眠りの神
◆暗黒騎士クロキ
これはどういう状況なのだろうか?
目の前にレイジがいる。
突然現れたので自分はきっと間抜けな顔をしているだろう。
光の勇者と暗黒騎士である自分が鉢合わせてしまったのだ。
ただではすむまい。
「あわわわわわわわ!!!」
思わず慌てた声が出る。
「お前がコルネスの使いかい?」
レイジが不敵な笑みを浮かべながら言う。
そして、そこで違和感に気付く。
あれ?何か様子がおかしい。
「ん、何だ? 俺の顔に何かついているのか?」
自分が何も言わないので訝しげな顔をしたレイジが言う。
「あの、自分の顔に見覚えはありませんか?」
「いや? 知らないが」
レイジは少し苛ついたように言う。
その言葉で確信する。
顔を覚えられてなかった――――――!!!!!!!!
そう言えばまともに顔を見せて無かったような気がする。
助かったのだけど、何かやるせない。
「何だ? 急に四つん這いになって何をしている?」
レイジが不思議そうに言うのが聞こえる。
レイジにとって男の顔等どうでも良いのだろう。
まあ、覚えてもらいたいとか、全く思って無かったので問題は無い。
むしろ存在しない者として扱ってもらった方が都合が良いはずだ。
うん。だから、気にしない。
「いっ! いえ! 何でもありません! いや、ほんと~にっ! 何でもないですよっ!!」
自分は力を込めて言う。
「そうか?変な奴だな」
レイジが首を傾げる。
変で悪かったな!!
それよりも何故ここにレイジがいる?
そう考えた時に気付く。
どうやらレイジ達もアイノエが妖しい事に気付いたようだ。
だとすればアイノエは終わりだろう。
そして、レイジ達がいるのなら接触は難しいだろう。ここは急いで退散する事にする。
「ちょっと気分が悪くなっただけです! それではこれをアイノエ様にお願いします!!」
花束をレイジに押し付けて無理やり笑顔を作る。
顔が引きつっていたのかもしれない。レイジが驚いた表情で自分を見ている。だが、もうどうでも良い。
「おっ? おう?わかった」
レイジは花束を受け取ると頷く。
そして自分は来た道を急いで戻り、その場を離れるのだった。
◆剣の乙女シロネ
目の前には美味しそうなチーズケーキと良い香りのお茶がある。
「うわ~、美味しそう。さすがサホコさんだね!!」
私はサホコさんを見て褒める。
「へへ、ありがとうシロネさん」
「それからこのお茶はメンティ?」
「そう。シロネさんの幼馴染が好きなお茶よ」
サホコさんの言う通りメンティはクロキがナルゴルで良く飲んでいたらしい。
ただ、これが本当に好きかどうかはわからない。なぜなら他に無いからこればかり飲んでいるのかもしれない。
私はクロキの好きそうなお茶を探しておこうと思う。
「戻ったぜ、みんな」
そんな事を言っているとレイジ君が戻って来る。
「お帰りなさい、レイジ君。どんな人だった?」
私はレイジ君に尋ねる。
レイジ君はアイノエさんを訪ねて来た人を応対していたはずだ。
「どんな奴かと言われると答えにくいな。だけど何か変な感じがする奴だった」
レイジ君は真面目な顔で答える。
私はそれを見て首を傾げる。レイジ君がこんな顔をするなんて珍しい。
レイジ君はいつも余裕のある表情をしている。
どんなに苦難があっても平気で乗り越えるのがレイジ君だ。何があったのだろう?
「変な感じ? 気になるわね」
チユキさんがレイジ君に聞く。
「わからない。ただ奴と会ってから震えが止まらない」
そう言ってレイジ君が右手を差し出す。少し震えていた。
「どうしたのレイジさん。まるで怯えているみたい」
リノちゃんが心配そうに言う。
「怯え? 俺が怯えているだと?」
レイジ君は信じられないという表情で右手を見ている。
私も信じられない。チユキさんやサホコさんにリノちゃんにナオちゃんも信じられないといった表情でレイジ君を見ている。
何よりレイジ君自身が信じられないようだ。
「信じられないわね、レイジ君が怯えるなんて。その訪ねて来た奴は一体何者なのかしら?」
レイジ君は首を振る。
「わからない、チユキ。どこにでもいるどうでも良い奴に見えたのだがな」
少し重い空気が立ち込める。
「あはは、みんな何暗くなってんすか。ただの気のせいっすよ!!」
ムードメーカーであるナオちゃんが明るい声を出す。
「そうね、気のせいかもしれないわね……。それよりもレイジ君、右手に持っている花は何?」
チユキさんはレイジ君が持っている花を見て言う。
「ああ、これか」
そう言うと持っていた花を一輪私達の前に出す。
「綺麗な花ね、レイ君」
サホコさんが花を見て言う。
花は淡い紫色をして可愛らしい。
「アイノエを訪ねて来た奴が持って来た花さ。アイノエに花束を渡す時に一輪だけ貰ったんだ。チユキ、この花の香りに覚えはないかい?」
そう言うとレイジ君がチユキさんに花を渡す。
チユキさんが花の香りを嗅ぐ。
「これはメンティ?」
「ああ、そうだ。香りからしてメンティに違いない」
レイジ君の言葉に全員驚く。
メンティがお茶になっているのは見ているが、実物の花を見るのは初めてだからだ。
「あれ? メンティってナルゴルに咲く花じゃなかったっけ?」
「リノちゃんの言う通りっす。確かメンティはナルゴルの花っす」
リノちゃんとナオちゃんの言う通りだ。メンティはナルゴルの花だ。
「シロネさん、確かその花を持って来た人はコルネス議員の使いを名乗っていたのよね?」
チユキさんの言葉に頷く。
「その花をコルネスの使いが持って来た……。だとすればコルネス殿は魔王崇拝者と関係があると見て間違いないでしょうね」
デキウス卿が頷いて言う。
「ああ、それからそいつは俺の事を知っているみたいだった。まあ俺が有名人だから知っていて当然かもしれないがな」
レイジ君が険しい顔で言う。
おそらくコルネスの使いの事を思い出しているのだろう。
レイジ君にこんな顔をさせるなんて只者では無い。
「なるほど、それでは我々がアイノエを怪しんでいる事がコルネス殿に伝わる可能性がありますね」
「デキウス卿の言う通りだわ。急いでコルネスを調べた方が良いかもしれないわね。これを食べたらコルネス邸に向かいましょう」
チユキさんの言葉にみんなが頷く。
◆踊り子シェンナ
先程暗黒騎士から預かった刀を握り、少し離れた所から隠れて劇場の様子を見る。
そして、時々周囲を確認する。
マルシャスをあんな風にした奴が私を襲ってくるのではないだろうかと思うと体が震える。
刀を少し抜くと黒い刀身が見える。その黒い刀身から黒い炎が見えたような気がした。
間違いなく魔法の武器だ。
この刀は暗黒騎士が作った物らしい。
あの暗黒騎士は剣の腕もすごいが魔法の武器を作る事もできるなんて驚きだ。
朝の事を思い出す。
暗黒騎士が木剣を振る姿を。暗黒騎士は毎日剣の鍛錬をしているらしい。
その剣を振る様子はとてもゆっくりだった。1回剣を振るのに時間をかける。
それを何回も続ける。
私も真似をしようとしてみたが1回やるだけで汗が吹き出してきた。
暗黒騎士が言うには普段使わない筋肉を使ったかららしい。
疲れた私をそのままに暗黒騎士は自分の動きを一つ一つ確認するように剣を振るう。
その動きは綺麗だった。
月光の女神も横で真似をしていたがこちらはぎこちなかった。
あの暗黒騎士は間違いなく強い。そして、私の後援をしてくれるというのだから何も怖れなくて良いはずだ。
私は刀を元に戻すと劇場の様子を見る。
すると暗黒騎士が1人で戻って来る。
何か様子がおかしい。
「あのどうしたのですか?」
私が聞くと暗黒騎士が首を振る。
「何だか力が抜けちゃってね……。それから、ごめんねシェンナ。アイノエに会うのは無理だ。勇者達が見張っている」
暗黒騎士が私に頭を下げる。
「えっ? そうなのですか?」
「ああ。だけど、どうやってアイノエにたどり着いたのかわからないな」
暗黒騎士が考え込む。
何故アイノエ姉さんに勇者達が……。いや待てよ、兄に渡した笛を手掛かりに劇団に捜査が入ったのかもしれない。
最後に兄と別れた時に兄は勇者と共に事件の捜査をすると言っていた。
私はその事を暗黒騎士に伝える。
「なるほど、笛を兄にね」
「はい、そこから劇団に捜査が入ったのだと思います」
「そうか。しかし、これじゃあ劇団に近づくのは無理だな……。何とかレイジ達の情報が得られないかな」
暗黒騎士は悩む。
私も考える。
兄は勇者達と捜査をすると言っていた。だとすればあの劇場には兄のデキウスがいるのかもしれない。
マルシャスの事を思いだす。アイノエ姉さんの背後にはすごく危険な奴がいる。
もしかして兄に危害が及ぶのではないだろうか?
もし、そうなら何とかしなくてはいけない。
「あれ?何か連絡が入ったみたいだ」
私が兄の事を考えている時だった。
暗黒騎士が声を上げる。
「あの? どうしたのですか?」
しかし、暗黒騎士は何も答えない。
ここにいない誰かと会話をしているみたいだ。
「ごめんシェンナ。行く所が出来た。先に戻ってくれないか?クーナにはランフェルドに会いに迷宮に行って来ると言っておいて」
暗黒騎士は私を1人残すと急いでどこかへと行ってしまった。
◆???
ここは天国だな。
何しろ美味しい食べ物が豊富にある。
生まれ育った西の砂漠とは大違いだ。
ここに呼んでくれた長に感謝する。
屋敷の中を歩く。
目を隠した子供達が楽しそうに回っている。
俺はそれを見て嬉しくなる。
俺は子供が大好きなのだ。見ているだけでも幸せな気分になる。
子供達は夜に出歩いていたのを砂男が連れて来たのである。
砂男は俺が仕える死の神の息子である眠りの神の信徒となった者だ。
砂男は『砂』と呼ばれる粉薬を街にばらまき人間達に楽しい夢を見せる。
だが、『砂』を使い続ければやがて眠りから覚めなくなり、夢の国の住人となる。
そして、やがて眠りの神の眷属となるのである。
なんとも愉快な話ではないか。
俺もお腹一杯になってしまう。
子供達が全員目隠しをしているのは目を開ける必要が無いからだ。
俺は楽しく遊ぶ子供を楽しく見つめる。
子供達が楽しく遊んでいるからだろうか?光る蝶が現れて楽しく一緒に回っている。
「おや?」
俺はそこで気付く。
1人の少女が子供達の輪から離れて歩いている。
白銀の髪の綺麗な少女だ。
だけど、その子は目を隠していない。
「待ちなよ」
俺はその子を引き留める。
少女が振り返る。
「何だ?」
何だかとっても不機嫌そうだ。
「何故目を開けているんだい?悪い子だね。君も目を瞑らないといけないよ。さあ、皆と楽しい夢を見よう」
俺は楽しく回っている子供達を指して言う。
「クーナが楽しい夢を見る時はクロキと一緒にいる時だけだぞ。ここで眠る事はない」
少女の言葉を聞き疑問に思う。
おかしい。連れて来た子供の中に銀髪の子供なぞいなかったはずだ。
俺は大変な事に気付く。
「侵入者だ! 皆来てくれ!!」
俺は仲間を呼ぶ。
「どうした!!」
仲間達が集まってくる。
「ふん! お前達に構っている暇は無い。クーナは先に行く」
光る蝶が少女の周りに集まって行く。
そして全身を覆うと少女は姿を消してしまう。
まるで先程の少女は幻だったかのようだ。
しかし、もし違うなら大変だ。
「大変だ! みんな侵入者を探すんだ!!」
◆眠りと夢の神ザンド
暗い地下祭壇は死を司る神である父を祀るための物だ。
肉体が崩壊する前の父の姿を久しぶりに見たような気がする。
僕は振り返ると目の前に平伏している者を見る。
醜い者だ。しかし、使える。
確か今の名前はコルネスだったはずだ。
コルネスは人間の中でもかなり位の高い者らしい。もっとも人間の位なんか神族である僕にはどうでも良い。
このコルネスの正体はアトラナクアも知らない。
何故ならアトラナクアと僕はあまり仲が良くなかったからだ。
だから、僕は彼の事を教えなかったのである。
「なかなか立派な祭壇だね。儲かっているようじゃないか?」
「はい、全てはザンド様の力でございます。砂漠の民である我らをこの地へと導いていただいた事を感謝いたします」
コルネスが僕に再び頭を下げる。
「ところでザンド様。今日はどのような御用件でしょうか?」
「ああ、この近所でちょっと手に入れたい子がいてね。様子を見に来たのさ」
「そうでございますか。眠りの神に愛されるとは幸運な娘ですな。きっと良い夢を見る事ができるでしょう」
コルネスの言う通りだ。僕に愛されるのだから幸運というべきだろう。
僕は眠りの神。夢の国の案内者だ。
楽しい夢を見せるのが僕の魅力だ。
女神もきっと喜ぶだろう。
そして、僕の女神は暗黒騎士が根城にしている邸宅にいる。
問題はどうやって女神を手に入れるかだ。
暗黒騎士ほどでは無いにしても白銀の女神はかなり強いらしい。小神の僕では正面から戦ったら勝てないだろう。
何とか隙をつくしかない。何か良い手は無いものか?
今まで僕は弱い奴しか相手にしてこなかった。なるべく自分自身は安全な場所に身を置いていた。
だけど、あの白銀の女神の首は欲しい。
あの女神の首を斬り落したい。
こんな事は初めてだ。僕は恋をしてしまったのかもしれない。
あの女神がこの地にいる時が絶好の機会なのである。
そんな事を考えている時だった。
コルネスの部下がこの祭壇のある部屋へと入って来る。
部下はコルネスに近づくと耳打ちする。
「そんな馬鹿な?! 見間違いでは無いのか?!!」
コルネスが大声を出す。
「どうしたのだい?」
「ザンド様。部下が言うには、どうやら侵入者がいたようなのです。そのような事はありえないと思うのですが少し見て参ります」
コルネスが頭を下げて立ち去る。
コルネスが去った後で考える。
侵入者だって?そんな馬鹿な?
この邸宅には結界を張っている。誰にも気付かれずに入るのは不可能なはずだ。
入口にも姿を消して入って来る者に対して対応をしている。
どういう事だ?
悩んでいると目の前を光る蝶が横切る。
まただ、この蝶を見るのは2度目だ。
この地下には虫一匹だって入れないはずなのに。どういう事だ?
良く見ると部屋中に沢山の白く光る蝶が飛んでいる。
「何だ?! 一体どういう事だ?!!」
僕は周囲を見る。
そして、後ろを見た時だった。
そこには大鎌を構えた女神が立っていた。
◆黒髪の賢者チユキ
アリアディア共和国はキシュ河の河口を中心に扇型に広がる国だ。
城壁の数は3つあり、その第2の城壁の西側にカピリノ地区がある。
このカピリノ地区は少し丘になった所にあって日当たりが良い。
そのため高所得者がこの地区にこぞって邸宅を持つようになった。
このカピリノ地区に私とレイジとナオとリノ、そしてデキウスがいる。
ちなみにシロネとサホコはいない。アイノエを見張るために留守番をしている。
「あれが、コルネス邸なのかしら? かなり大きな屋敷ね」
私は少し離れた所からコルネスの屋敷を見て言う。この地区の不動産は高いのにも関わらず元老院議員コルネスの邸宅はかなり大きい。
そのコルネス邸の中には武器を持った人が多くいる。
元老院議員等が護衛用の私兵を持つことは珍しい事ではないが、少し数が多すぎるような気がする。
このように物々しいのでは市民が陳情に行きにくいのではないだろうか?
元老院議員は他国においては貴族に相当する。
貴族の家はなるべく市民に対して開かれているのが普通だ。そして陳情に来た市民の意見を社会に反映させる義務がある。
しかし、コルネス邸は固く門を閉ざしている。
そういう所がコルネスという議員の評判を悪くさせているのかもしれない。
そして、それ以上にコルネス邸には気になる所がある。
彼の屋敷には強力な結界が張られているのだ。やはり何かやましい事をしているのではないだろうか?
「その通りですチユキ殿。コルネス殿はどうやってあれほどの邸宅を手に入れたのか謎なのです」
私の問いデキウスが答える。
「謎? どう言う事っすか?」
ナオがデキウスに尋ねる。
「コルネス家はアリアディアの名家なのですが、それは昔の話です。コルネス殿は3年前まで借金で没落寸前でした。それが急に羽振りが良くなったのです」
「急に羽振りが良くなった?怪しいな」
レイジ君が険しい顔をする。
「はい。何でも『砂』の販売で儲けたのではないかと言われています」
「砂? 何それ~」
リノの言う通りだ。砂を売って儲けるなんて意味がわからない。
「『砂』というのは粉薬の事です。砂みたいにさらさらしている所からそう呼ばれています」
デキウスが説明してくれる。
「『砂』ねえ。それ何の薬なの?デキウス卿?」
「睡眠薬です、チユキ殿。その薬を使うと良い夢を見る事ができるそうです」
その説明を聞いて私達は眉を顰める。
「何だかあからさまに怪しいっすね……」
「そうだねナオちゃん」
ナオとリノの言う通り怪しすぎる。明らかに怪しすぎる。その『砂』というのは麻薬なのではないだろうか?
「デキウス卿。その『砂』は人間の体に害は無いの?」
「はい。私も気になったので『砂』を手に入れてファナケアの司祭殿に調べてもらいましたが、強力な魔法の薬だと言う事しかわかりませんでした。ただ『砂』を使った者の中には目を覚まさなくなった者もいるそうです」
「明らかに危険じゃない! 何で取締りをしないの?!」
私は思わず叫びそうになる。
「『砂』が主に出回っているのは外街です。使っているのも主に非市民ばかりなのです。市民も使っているみたいですが、被害はまだ報告されていません。市民に被害が無いのでは元老院も動かないのです」
私は頭が痛くなる。
この国の重鎮は市民じゃ無いならどうでも良いのだろうか?
「で、その『砂』を供給しているのがコルネスって事なのか?」
「はい、勇者殿。どうもそのようなのです。『砂』の売人である『砂男』がコルネス邸に出入りしているらしいので……」
デキウスが『砂男』を説明する。
袋を担いで『砂』を売る男の事を。しかも、その『砂男』には子供の拉致の疑いもあるそうだ。
最近では夜に早く眠らないと『砂男』がやってくるぞという噂まであるそうだ。
その『砂男』がコルネス邸に出入りしている。
証拠は出そろっているのに市民に被害も無く、相手が元老院議員なので何もできない。
デキウスも歯がゆいのかもしれない。
それにしても『砂』に『砂男』。それも確認した方が良いかもしれない。
「チユキさん。何かコルネス邸が騒がしいみたいっすよ」
ナオの言う通りだった。
コルネス邸から叫び声が聞こえる。
「行くしかないな」
レイジが歩を進める。
「そうね、レイジ君。デキウス卿、強制捜査では無く任意捜査ならできるのでしょう? コルネス議員に任意に話を聞くぐらいなら良いわよね?」
私はレイジの後ろを歩きながら聞く。
「はい、賢者殿。強制でなければ問題はありません」
私は頷く。
そして、私達はコルネス邸へと向かう。
◆白銀の魔女クーナ
「痛い……。痛いよ……。クーナ様。お願いもうやめて……」
踏みつけている醜い六目の鼠が呻く。
だが、今は鼠では無く蛆虫だろう。何しろ、こいつの手足を全て斬り落してやったのだから。
蛆虫が何かを言っているが踏むのを止めない。
この蛆虫は神族の端くれらしいが、後ろから不意を突くと簡単に倒す事ができた。
クロキではないのだから不意打ちをすれば簡単に倒す事が出来てあたりまえだろう。
「キーキーと五月蠅い。少し黙れ」
足に力を入れて踏みつける。
蛆虫がさらに喚く。本当に耳障りだ。
こいつだけではない。ウルバルドの奴にも痛い目に合わせてやらねば気が済まない。
「全て話したでしょ! だから許して!!」
蛆虫は泣いている。
確かに踏むのにも飽きた。これぐらいで踏むのはやめにしよう。
「まあ、良いだろう。これで止めにしてやるぞ」
クーナがそう言うと蛆虫は卑屈な笑みを浮かべる。
「では、首を斬らせてもらうぞ」
クーナは大鎌を振り上げる。
「何で?! 僕を許してくれるんじゃ!!」
「うん? 別に許してやるとは言っていないぞ。お前はこれからこうなる。喜ぶのだな」
空間から干し首を取り出す。
かつてオーガだった者達の干し首である。この干し首は生きていてクーナに様々な事を教えてくれる。
これは魔王城の西に住む沼地の大魔女から教わった秘術だ。
この蛆虫も同じにしてやろう。
神族の首を手に入れるのは初めてなので少し楽しみだ。
「ひいい! 干し首! 首だけにされて喜べるわけないじゃないか! 何でそんな酷い事ができるんだよ!!」
蛆虫が泣き叫ぶが聞く耳を持たない。
この蛆虫はクーナの役に立てるのだから感謝すべきだ。
さあもう良いだろう。
大鎌を振り下し、首を刈り取る。
「さて、次は勇者共か」
静かになった蛆虫を踏みながら上を見上げる。
ザンドの名前の由来は砂の英語読みのサンドとドイツ語読みのザントだったりします。元ネタはザントマン。眠りの神という設定なので正体は鼠。なぜなら眠りの神は夢の国の案内役だから。
ザンドよりもクーナさんの方が怖ろしかったりします。
それから次回はクーナとレイジ達の初顔合わせです。