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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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パトローネス

◆黒髪の賢者チユキ


「結局、見つからなかったのね。デキウス卿」


 翌日になり、劇場内の来賓用の部屋で私はデキウスから話を聞く。

 マルシャスとかいう奴はまだ劇団に戻って来ていない。

 あの後、私とナオはレイジ達と合流すると、そのまま劇団の宿舎で宿泊した。

 そして、昼になりデキウスが劇場へと来たので話を聞いている所である。

 デキウスは夜遅くまで捜索していたそうだ。そのため起きるのが遅くなったみたいで、今ようやく来た所だ。


「はい、チユキ殿。店の奥に立ち入る事が出来れば良かったのですが……」


 デキウスが申し訳なさそうに言う。

 まあ仕方がない。

 あのあたりは特に治安が悪い。強制捜査しようとすればデキウスは殺されていただろう。

 ちなみにあのあたりじゃなくてもアリアディア共和国の治安はすごく悪い。

 なぜならアリアディア共和国は他の国よりも開かれているからだ。

 人が出入りしやすい分、素行の悪い人間も入って来る。

 私達は強いから、悪さをしてくる者は簡単に撃退できるので気にならないが、この世界の一般的な女性なら城壁内でも夜道を歩くのは危険だろう。

 しかし、そんな状態であるにも関わらず治安を維持すべき将軍の動きは鈍い。

 理由は警察的権限が少ないからだ。

 国家権力から市民の権利は守られているのかもしれないが、これでは犯罪は増加するばかりだろう。

 アリアディア共和国はこれだけ人口が多いのにも関わらず警察制度が未熟だ。

 どうにかしたほうが良いと私は思う。しかし、将軍に強力な権限を与える事を危険視する有力な元老院議員がいるらしく、どうにもならないらしい。

 私達の力を使えばどうにかなるかもしれないが、力づくで内政に干渉すれば別の問題を招くだろう。

 それに、この問題は下手に介入すると、この国の政治闘争に巻き込まれる事になる。

 だから私達も何もできない。


「もしかして、完全に逃げちゃったのかしら?」


 私は溜息を吐く。

 マルシャスは事件を起こすとさっさと逃げてアリアディア共和国にいないのかもしれない。


「アイノエさんの方も特に動きは無いみたいだし。どうするチユキさん?」


 リノが面倒くさそうに言う。

 アイノエはシロネと共に劇の練習をしている。

 そのためシロネはここにはいない。

 サホコもいないが、それはお茶を用意してくれているからだ。


「どうする? 無理矢理は良くないと思うが、リノの魔法でアイノエから聞き出すかい?」


 レイジの言う通り人の心に無理やり入り込むのは良くない。だけどマルシャスがいなくなった今、彼女だけが手がかりだ。


「確かにそうするしかないかも……。他に手がかりはないし」


 リノの魔法を使えば知っている事を全て吐き出させる事ができる。あまり使いたくはないが他に手がかりがないのなら仕方が無い。


「あの~。チユキさん、手がかりなら他にシェンナさんの残したメッセージがあるんじゃないっすか?」


 ナオがおずおずと私に言う。


「ああ、それもそうね。月光の女神を探さないといけないわね」


 私はシェンナの残したメッセージを思い出す。


「月光の女神? 何だいそれは?」

「シェンナさんが残したメッセージに書かれていた言葉よ。」


 私はレイジに昨晩の事を説明する。


「なるほどね。そんなすごい美人がいるのか?」


 レイジの言葉に頷く。


「まあ、私自身が見たわけじゃないから何とも言えないけど、詳しくはデキウス卿が知っているわ」


 私がそう言うと全員の目がデキウスの方へと向く。


「月光の女神の事ですか?彼女は……」


 デキウスが説明を始める。

 普段真面目で色恋沙汰とは無縁そうな男が、情感たっぷりに説明する様子に全員が驚いた顔をする。


「へえ。デキウスさん、その銀髪の美女は私達よりも美人だった?」


 リノが意地悪そうに聞く。


「えっ? それは……」


 デキウスは言い難そうな顔をする。

 嘘でも良いからリノの方が綺麗と言えば良いのに、嘘がつけない男だ。

 まあ、それをわかって聞くリノも悪い。


「もうリノさん。そんな事を聞くべきじゃないわ」

「は~い。でもちょっと悔しいかな。一体どんな人なんだろう?」


 リノが冗談っぽく言う。だけど少し本音が混ざっていると思う。


「確かに気になるな。で、その美女は俺に会いに来たって言っていたのだろう?ぜひ会ってみたいものだな」


 レイジが笑いながら言う。

 月光の女神の従者は勇者に会いに来たと言っていたそうだ。その事を聞いてレイジが喜んでいる様子がわかる。


「もうレイジ君。状況から見てその月光の女神は私達の敵かもしれないわよ。あなたに会いに来たのだって殺すためかもしれないのよ!!」


 私は思っている事を口にする。

 デキウスが月光の女神と呼ぶ銀髪の美女が事件に関わっている事は間違いない。

 もしかすると敵である可能性がある。


「まあね、だけどチユキだって気になるだろう?」

「まあ、確かにどんな人なのか気になるわね」


 デキウスが美人と言って見惚れるぐらいだ。一度顔を拝んでみたい。

 しかし、デキウスは気付いているのだろうか?妹が行方不明になっている原因は彼女にあるかもしれないと言う事を。


「敵かどうかはわからないが、ようはその美女を見付ければわかるさ」


 レイジが言うとリノとナオが頷く。

 まあ確かにそうなのだけど。


「結局はそうなのだけど、どうやって捜すの?手がかりはないわよ」


 私は全員向かって言う。

 その月光の女神を探す手がかりがない。


「手がかりかどうかはわかりませんが、彼女と出会った場所の近くには高級住宅街があります。そして、彼女の着ている服はかなり上等な物でした。そこから考えて彼女はその住宅街のどこかにいるのではないでしょうか?」


 そう言ったのはデキウスだ。

 デキウスが示す住宅街は少し丘になっている所で日当たりが良い。だからお金持ちがこぞってそこに家を建てているそうだ。

 そして、デキウスは前もって調べていたのだろう。その住宅街の場所とそこに邸宅が何軒あるかを説明する。また、その邸宅の持主までも調べているようだ。

 もしかすると遅れて来たのはそれを調べていたからかもしれない。

 その用意周到さに少し怖くなる。


「あれ? 確かその住宅街は、リジェナがいる所じゃないか?」


 レイジがデキウスの説明を聞いて答える。

 リジェナというのは元アルゴア王国のお姫様で、今はキョウカの部下だ。

 確かトルマルキスの邸宅の1つを貰ったと聞いている。

 デキウスが示した住宅街はそのトルマルキスの邸宅があった所だ。

 レイジはリジェナと少ししか話していないはずなのに、良く覚えていたなと思う。


「確かにそうですね。この住宅街の邸宅の1つは妹君が所有しています。リジェナ殿が住まれているようですね」


 リジェナはこの国でキョウカやカヤの代わりに働くために宴会に出席して有力者と挨拶をしている。その時にデキウスとも会っていたみたいだ。

 デキウスもリジェナを知っていた。


「それにしても良く覚えていたわねレイジ君。でも、さすがにそこに月光の女神がいるとは思えないわよ」

「そんな事はわかっているさ。ただ事件が終わったらリジェナの様子も見に行った方が良いかなと思ってね。それにキョウカに無茶な事を頼まれているかもしれない。もしそうなら助けてやりたい」


 レイジが真面目な顔で言う。

 女性を助ける事に関してならレイジは嘘を吐かない。本気でリジェナを助けたいのだろう。

 しかし、何か面白くない。


「はいはい、それは終わった後でね。皆で様子を見に行きましょう。それよりも今は月光の女神を探しましょうよ。ナオさん、デキウス卿のいう住宅街だけど調べられそう?」


 私はレイジの言葉を軽く流すとナオに聞く。


「住宅の数も少ないみたいっすし、調べるのは簡単っす」


 ナオは笑って答える。

 ナオの力を使えばこれぐらいの数の住宅はすぐに調べる事ができるみたいだ。


「お待ちください。実はその邸宅の持ち主の中にさらに怪しい人物がいます。アイノエ殿の後援者である元老院議員コルネス殿の邸宅がそこにあるのです」


 私達は驚きの声を出す。

 仕事が速い。再度デキウスの優秀さを確認する。


「さすがっすね……。ナオさんの出番はないかもしれないっすよ」


 ナオもリノもデキウスを褒める。


「いえ……。実は私が出来るのはここまでなのです。相手が元老院議員ではこれ以上の事はできないのです」


 デキウスが俯いて言う。

 元老院議員はこの国の有力者である。下手に捜査をすれば政治問題になるだろう。

 また、元老院議員を逮捕したり、裁いたり捜査をするには元老院の議決が必要なのだそうだ。

 過去に権力を握った将軍が政敵である元老院議員達を軽い罪で処罰して排除した事があったために、そんな法律ができたそうだ。

 そのため有力な元老院議員が罪を犯しても法で裁く事は難しい。

 そんな彼らの中にはその地位を利用して非合法な事もしているみたいだ。

 もちろん度がすぎれば裁かれるが、逆に言えば度が過ぎなければ裁かれないと言う事だ。

 どんなに法の騎士が優れていても、巨大な権力の前では何もできない。

 もし裁くとすればそれは非合法なやり方と言う事になるだろう。

 法で裁けない悪人がいる時は非合法なやり方でしか解決できないのは問題だ。

 聞いた所によると強大な権力を持つ王が暗殺される事は珍しくないらしい。

 アリアディア共和国も権力を巡って血生臭い事が過去に何回もあったそうだ。

 きっとダモクレスの剣の逸話はこういった権力を巡る話から生まれたのかもしれない。

 コルネスという元老院議員は評判の良くない人物らしい。

 しかし、それでも元老院議員だ。これ以上の捜査はできない。


「ならここからは俺達の出番だな」


 レイジが不敵な笑みを浮かべる。

 気が進まないが仕方がないだろう。


「結局そうなるわね……。でも、まずは調べてからよ、レイジ君。無関係かもしれないのだから」


 だけど、ここまで状況証拠があるなら黒で間違いないと思う。


「みんな、お茶を淹れて来たよ」


 話が纏まって来た時だった。木製の扉が開かれてサホコがお茶を持って入る。

 彼女が持っているお盆には茶器の他に大きなが丸い物体が乗せられている。


「サホコさん。それは?」


 私は丸い物体を見て言う。


「ああ、これはチーズケーキだよ。リコッタチーズが手に入ったから作ってみたの」


 サホコが笑いながら言う。

 リコッタチーズは乳清を煮詰めて作るチーズだ。この世界でもあるみたいだ。


「おお、これは美味しそうっすね」

「でしょ。これにリジェナさんから貰ったメンティのお茶を合わせてどうぞ」


 メンティはナルゴルの闇の森で咲く花だ。清涼感のあるお茶は精神を安定させる効果があるそうだ。

 このお茶はシロネの幼馴染が好んで飲んでいたらしい。

 リジェナがナルゴルから出る時にお土産として沢山もらったそうだ。

 こんな美味しいお茶をくれるのだから、シロネの幼馴染が悪い人ではないとわかる。


「ちょっと休憩にしましょうか。シロネさんを呼んで来るわね」


 私が立ち上がろうとするとレイジが制止する。


「俺がシロネを呼んで来るよ。チユキは座っててくれ」

「そう? ありがとう」


 レイジが部屋を出て行く。

 サホコがお茶を淹れて。リノとナオがケーキを切り分ける。

 メンティの良い香りが部屋に漂う。

 その香りに包まれながら私は月光の女神の事を考える。

 何者なのだろう?

 今回の事件に関わっている事は間違いないが、もしかすると首謀者の可能性もある。

 まあ良い。お茶でも飲んでこれからの事を考えよう。





◆剣の乙女シロネ


 劇の練習が終わり、私達は少し休む事にする。

 正直に言って疲れた。

 アイノエさんも疲れたらしく化粧室へとお付きの人を連れて行ってしまった。

 一緒に行って監視した方が良いかもしれないが、そんな気になれない。

 それにしてもこの劇場の仕掛けはすごいと思う。

 役者を宙吊りして登場させるためのクレーンのような物もあれば、床から持ちあげるための開口部もある。

 一体どれだけの費用が掛かったのだろう?

 前に他の国の劇場を見た事があるがこれほどの仕掛けは無かった。

 壁を見ると色々な仮面が見える。穏やかな女性に怒った男性、それに面白い道化。仮面の種類は様々だ。

 これは全て演劇用の仮面である。

 この世界では本来なら演劇は仮面を付けて行う。元は儀式用だったらしいが、詳しい事はわからない。

 だけど、この仮面を使えば役者は少なくて済むはずだ。仮面を変えれば1人が何役もできる。だから、本当なら私が代役をする必要はないはずだ。

 しかし、ミダス団長は仮面を使わずに劇をする事にこだわっている。

 なんでも美しい役者なら仮面を使わない方が、劇が華やかになるかららしい。

 おかげでミダス団長の劇は人気かもしれないが、そのせいで私は迷惑をしている。


「さすがですわシロネ様。初めての役だとは思えませんわ」


 休んでいるとミダスが私の所に来る。


「はあ、そうですか……。」


 私は適当に答える。


「まるで本物のアルフェリア姫のようですわ。私の見立てに狂いはなかったみたい」


 ミダスが身をくねらせながら言う。ちょっと不気味だ。

 魔女をあの子に見立てて台詞を言うと自然と言葉が出て来るだけだ。

 ではクロキが王子様だろうか?

 いやいや!!それはない!!絶対ない!!似合わな過ぎる!!

 せいぜい魔女に騙された間抜けな一般人の役しかできないだろう。

 だけど、それでも放っておく事はできない。どれだけ私に心配をかけるのだろう、あいつは。


「そうですよシロネ様。シロネ様には才能があります」


 アルト君が褒めてくれる。


「ありがとう。アルト君」


 王子の格好をしたアルト君が寄って来る。

 正直彼は王子様というよりもお姫様の方が似合いそうな気がする。顔も女性みたいだし女装したらきっと似合う。

 それに、すごく弱そうだ。一般的なこの世界の女性にも負けるだろう。

 もっともこんな事は彼には言えない。

 彼は強い男になりたいみたいなのだ。だから勇者であるレイジ君を尊敬している。

 そう言えばクロキも昔はすごく弱かった。何時の間にあんなに強くなったのだろう?


「アルトさん。休憩にしませんか?お菓子を作って来たのですよ」


 1人の女性がアルト君の方へと来る。

 劇団の後援者の女性だ。


「ありがとうございます。セヴィリア夫人。夫人は僕に優しくしてくれるから大好きです」


 アルト君が無邪気に笑ってセヴィリア夫人に抱き着く。

 抱き着かれた夫人が嬉しそうにする。

 うまいな~、と思う。

 アルト君は弱いけど、自分の武器を心得ているみたいだ。

 セヴィリア夫人はこの国の有力者の妻だった女性である。

 夫の残した遺産が莫大で、その資産を劇団に寄付しているらしい。

 劇団の活動には、こういった後援者の存在がかかせないらしく、中には劇団ではなく劇団員個人を支援する者もいるみたいだ。

 アイノエさんにもそういう後援者がいるみたいだ。

 アイノエさんの演技を思い出す。

 彼女の演技は見事だった。おそらく魔法だけの力ではない。本人の努力もかなりあるだろう。

 なぜ彼女が私達の敵に協力しているのだろう?チユキさんの言う通り、裏で手を引く人がいるのだろうか?

 その者はアイノエさんの後援者の可能性もある。無理やり加担させられているのなら助けて上げたいと思う。


「シロネ!」


 私がアイノエさんの事を考えているとレイジ君がやって来る。


「丁度よかった、休憩中みたいだな。サホコがお茶を淹れたんだ。一緒にどうだい?」


 レイジ君が爽やかに笑う。それを見た劇団に所属している女の子が黄色い声を上げる。

 本当に人気がある。その彼が特別扱いをしてくれるので少し優越感を感じる。


「うん、わかった。行くね」


 私は笑顔で答える。

 きっとお茶菓子も用意しているだろう。サホコさんのお菓子は美味しいから楽しみだ。


「アイノエ姐さん! アイノエ姐さんはいますか?」


 アイノエさんを呼ぶ声がする。

 劇団員の男の人だ。何か有ったのだろうか?


「どうした?」


 レイジ君が劇団員の人に聞く。レイジ君に問われると男性は少し怖れた顔をする。

 女の子から人気はあるが、同性からはいまいち人気がない。

 あまり同性には優しくないので仕方がないだろう。

 レイジ君は女の子にすごく優しいけど、男性にはすごく厳しい。

 だけど、クロキが私達の所に来たなら仲良くして欲しいと思う。うまく行くだろうか?


「らっ! 来客です! アイノエ姐さんに来客です! コルネス様の使いを名乗っていますが、初めて見る顔だったので入口で待ってもらっています!!」


 私とレイジ君は顔を合わせると互いに頷く。


「アイノエさんは今休んでいますので私が代わりに応対します。だから後は任せてください」


 私は言うと劇団員の男性は困った表情をする。


「えっ……?ですが」


 どうやら私が言っても聞いてはもらえないみたいだ。


「なあ、お前。シロネが代わりに見てやるって言っているんだ。何か問題があるのか?」


 背の高いレイジ君が劇団員の男性を見降ろすように言う。


「い、いえ! 何も問題はありません!!」


 レイジ君に脅されて男性はささっと席を外す。


「ごめんなさい。もっとうまく言えれば良かったのだけど……」

「別に構わないぜ。こういうのは俺の役目だ。それから、俺が訪ねて来た奴の対応してやるよ。シロネは休んでいてくれ」

「えっ? でもレイジ君」

「気にするな。劇の練習で疲れているだろ。休んでいてくれ」


 レイジ君は優しく笑って言う。

 確かに慣れない事をしているので疲れている。ここは好意に甘えよう。


「ごめんねレイジ君」


 私はそう言うとチユキさん達の所へ行く。

 アイノエさんに来客。どんな奴なのだろうか?

 そんな事を考えながらみんなの所に行くのだった。




◆暗黒騎士クロキ


 ザンドを逃がしてしまった。

 昨晩、奴がいる店を強襲した。

 逃げ惑う奴らを無視してザンドの部屋へと直行した。

 しかし、首だけになった女の子に阻まれ逃げられた。

 犠牲者の女の子を前に剣が鈍ってしまった。情けない。

 ザンドと相対している間に1階にいた者も逃げたのでどうにもならない。

 全く自分の手際の悪さに腹が立つ。

 奴がどこに行ったのかわからない。ゼアルやタラボスの居場所もわからない。

 だけど、手がかりはある。それはアイノエだ。

 アイノエはゼアルから力を貰っている。つまり、ゼアルの居場所は絶対にわかるはずだ。

 だから彼女に会いに行く。

 会ってゼアルの居場所を聞き出す。

 前に会った時に見逃さずに監視していれば良かった。しかし、今更言っても仕方が無い。


「一緒に連れて行ってくれて、ありがとうございます暗黒騎士様」


 隣にいるシェンナがお礼を言う。シェンナは顔を隠して一緒に歩いている。

 シェンナは劇場の様子が気になるのでアイノエに会いに行くと言ったら連れて行けと懇願して来た。

 だから同行させた。

 それに自分は劇場の事が良くわからない。アイノエに会うのに役に立ってくれるかもしれない。

 本当はクーナも連れて来ようと思った。だけど姿や顔を隠すための動きにくい格好をするのが嫌だったみたいで屋敷で大人しくしている。

 ここがレーナと違う所だろう。レーナは同じ格好をしても嫌がらななかった。

 元が同じでも、全てが同じにはならないのだろう。

 そういうわけでシェンナと2人で行動している。


「いや良いよ。劇場の事はわからないしね。後援者のふりをすれば会いやすくなるなんて考えもつかなかったよ。うまく会えれば良いのだけどね」


 自分の腕にあるメンティの花束を見ながら答える。

 メンティの花束はアイノエに渡すためだ。後援者の使いを騙るのに手ぶらではおかしい。

 シェンナが言うには後援者の支援がなければ劇団の運営は難しいらしく、劇団も後援者を無下にはできないそうだ。

 本当は魔法で侵入したいのだが、劇場にはドワーフ製の不審者防止用の魔法装置が設置されているらしいの難しい。

 過去に踊り子目当ての魔術師が姿を消して不法侵入した事があったらしくて、そんな装置が付けられたそうだ。

 他に強行突入する事もできるが、まずは穏やかな手を使いたい。


「大丈夫ですよ。コルネス議員の名前を出せば簡単に会えると思います」


 シェンナはコルネスの事を説明する。

 コルネスはアイノエを後援している元老院議員だ。だからコルネスの使いの振りをすればすぐに会えるみたいだ。

 ちなみに自分達が滞在している邸宅のすぐ近所に住んでいるそうだ。

 シェンナの説明によると後援者は後援と引き換えに影で体を要求する事もあるそうだ。

 しかし、後援者というのはそういう存在らしく、シェンナの様子を見る限りではそれは当たり前の事のようだ。感覚の違いを見せつけられた気分だ。

 日本でも芸能人の枕営業の話を聞くが、それが堂々と行われている。


「シェンナにも後援者がいるの?」


 自分は何気なく答える。


「いえ、まだですけど。個人的な後援者いません。父と兄が助けてくれますが、後援者とはちょっと違うと思いますので」

「そう」


 シェンナの父は元老院議員で兄はオーディスの神官と聞く。

 元老院議員の娘ならお嬢様のはずだ、なぜ踊り子をしているのだろう?

 踊り子は社会の最下層ではないが、明らかに下の方だ。何か理由があるのかもしれないが立ち入って聞く事でもない。


「それとも、暗黒騎士様が後援者になってくれますか?」


 シェンナが上目使いで笑いながら言う。


「いいよ。後援者になってあげる」


 自分はあっさりと了解する。

 シェンナの踊りは見事だった。もし事件が終わってシェンナが劇団に戻れたなら資金的な援助はしても良いかなと思う。

 もちろん暗黒騎士の名は使えないがリジェナを通して後援をする事はできるだろう。


「えっ……。あの……。その……」


 自分がそう言うとなぜかシェンナが驚いた顔をする。


「どうしたの?」

「いっ、いえ! 何でもないです!!」

「?」


 どうしたのだろうシェンナは顔を赤らめている。そして、「壊れたらどうしよう」とかぶつぶつと呟いている。

 意味がわからない。自分は首を傾げる。

 そんなやり取りをしながら自分達は劇場へと向かう。

 やがて劇場へとたどり着く。


「シェンナ。ここで待っていてくれないか?」


 シェンナを知っている者に気付かれるとやっかいだ。ここで待ってもらう事にする。


「はい。ですが、旦那様がいない間にマルシャスをあんな風にした奴が襲ってきたら……」


 首を失ったマルシャスの事を思いだしているのだろう。シェンナは体を震わせて言う。

 既にシェンナの拘束は解いているにも関わらずシェンナが逃げないのはアイノエ達が怖いからだろう。

 シェンナは不安そうに自分を見ている。


「ならこれを渡しておくよ」


 自分は持っている刀を渡す。

 刀はもし自分がナルゴルを離れた時のために自分用にと作っていた物だ。黒い刀身には自分の魔力が込められている。時間稼ぎぐらいにはなるだろう。

 シェンナは刀を受け取ると抱きしめる。

 少しは震えが止まっただろうか?


「じゃあ行ってくるよ」


 自分は1人歩を進める。

 いくら警報装置があっても、堂々と正面からくる者を拒む事はできないはずだ。

 だから一般人の振りをすれば問題ない。

 自分は劇場の入口へと入る。

 入ってしばらく進むと2人の男が立っている。


「お待ち下さい。ここからは関係者以外は立ち入り禁止です」


 1人の男が前に立つ。


「我が主人である元老議員コルネス様より、アイノエ様に花束を持ってまいりました。取次をお願いします」


 自分は用意していた台詞を言う。


「コルネス様の? しかし、いつもの方では無いのですね」


 男はコルネスの使いの顔を知っているのだろう。これは失敗だったかもしれない。


「そんな事を言われましても……。自分は主人より花束を渡すように言われただけですから」


 自分は困った顔をして頭を下げる。


「はあ……、まあ仕方がないですね。ならば花束だけ預かります」


 男が花束を受け取ろうとする。


「いっ! いえ! 主人より私から直接渡すように言われております。どうかアイノエ様にお取次ぎお願いします」


 自分は後ろに下がって花束を渡さないようにする。

 正直このやり取りは面倒くさい。

 脅した方が速いかもしれないが、相手は真面目に自分の仕事をしているだけだ。

 真面目に自分の仕事をしている人間を脅すようなまねはできない。


「はあ、わかりました。アイノエ姐さんに伺いを立てて来ますので、ここで少々お待ち下さい」


 男の1人が奥へと引っ込む。

 入口には自分ともう1人の受付の男が残される。

 やがて奥から誰かが来る。


「えっ?」


 奥から来た人物を見て思わず間抜けな声が出てしまう。

 光の勇者レイジが目の前に立っていた。

語り部がわかりにくいと言う感想がありましたので、◆の後に名前を付けました。

もし、何か他にありましたら感想お願いしますm(_ _)m


※5/30追記 今更アクセス解析なるものを知りました。昨日だけで2809人の方に読んでいただけたようです。しかし、ブックマークと評価者人数は少ない。評価してもらう事は難しいですね。

でも好きで書いているので、好きな物を書いていきたいと思います。

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