表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
71/195

山羊男の行方

◆黒髪の賢者チユキ


 時刻はもう夜になろうとしている。

 辺りはだいぶ暗くなっている。

 普通の国であれば庶民も貴族も家に帰っている頃だろう。

 燃料となる物は節約しなければならないので明かりがあるのは魔物から国を守るための城壁ぐらいである。

 しかし、豊かなアリアディア共和国は安く油が手に入るため、夜でも通りの端にはランプが街灯のように並べられているため明るい。

 魔法の照明を使わなくても普通に歩く事ができそうだ。


「ほえ~。何か、すごい格好のお姉さんがいっぱいいるっすよチユキさん」


 ナオがきょろきょろと周りを見る。

 私とナオとデキウスが歩いているのは城壁の外にある街だ。

 この界隈には低所得者向けの宿屋兼食堂がある。

 ナオが見ているのはその宿屋の店員で客引きをしている女性である。

 しかし、彼女達は店員であると同時に店専属の娼婦でもある。

 宿泊代と食事代は店の収入となり、一晩の愛の代金は彼女達の物になる。


「もう、ナオさん。あまり見ては駄目よ」


 彼女達の服は露出が多い。

 明らかに異性に訴えかけるための服装だ。


「御免なさいっす、チユキさん。それにしても、むふふ、まさか、このナオさんも声を掛けられるとは思わなかったす」


 ナオは誘われた事を喜ぶ。

 ナオはリノやサホコやシロネに比べて男性から声を掛けられる事はほとんどない。

 だから、誘われた事が素直に嬉しいのだろう。

 この界隈にいる女性はほぼ娼婦である。

 城壁の外は魔物だらけのこの世界。女性で旅をする者は少ない。

 そのため、宿屋に泊るのは男性がほとんであり、女性はその男性目当ての娼婦ばかりになるのである。

 だからだろう、この界隈を歩いている私とナオは娼婦に間違われて沢山の男性に声を掛けられたのである。

 どうみても娼婦の格好ではないと思うのだが、そんな事はおかまいなしだ。

 おかげで追い払うのが大変だった。

 よって、なるべくデキウスの側を離れないようして歩こうと思う。

 それにしてもナオは喜んでいるが、あんなのに声を掛けられて嬉しいのだろうか?

 私は周りを見るが良い男はいない。

 顔だけならレイジの方が圧倒的に勝っている。

 また、デキウスもかなりの美男子だ。しかも、レイジと違って誠実である。

 問題はこういった顔が良くて真面目な男性は私の所には来ない事だろう。

 ……考えるのはやめよう。悲しくなってきた。

 デキウスは美女が2人もいるのに全く見向きもしない。当然まわりの娼婦達などアウトオブ眼中だ。

 まあ、見向きをしたら、それはそれで問題だったりするので別に良いのだが。

 デキウスが歩くと周りの娼婦や怪しい人達が隠れるのがわかる。

 実を言うと彼を連れて来たのは失敗だったかなと思う。

 法の騎士はここにいる人達にとってありがたくない存在だ。マルシャスも逃げるかもしれない。

 私はデキウスを横目で見ながら考える。

 そこで私はデキウスの持っている物に気付く。


「デキウス卿。その武器は?」

「ああ、これですか? 十手ですよ。確かこれは賢者殿が広めた武器と聞いています。我々法の騎士は、この武器を正式に採用する事にしたのですよ」


 デキウスは腰から十手を取る。

 正確な大きさまで教えなかったので私が知る物よりも大きいが間違いなく十手だ。

 確かに十手は私が聖レナリア共和国の警士に対して教えた物だ。

 まさか、この国にまで伝わっているとは思わなかった。


「まさか、ここまで伝わっているとは思わなかったすね」

「そうね、ナオさん……。何が広まるのかわからないわね」


 私達の世界の変な知識が広まる可能性もある。気を付けた方が良いだろう。

 特にレイジとリノには注意しておかねばなるまい。

 もう手遅れかもしれないが……。


「賢者殿。マルシャスとかいう者はこのあたりの店にいる事が多いようです」


 歩いていると目的の場所に付いたみたいだ。デキウスが周りを見ながら言う。

 劇団員の話ではマルシャスはいつもこのあたりにいるそうだ。


「そうですか。マルシャスがそのあたりを歩いていると良いのだけど……ナオさん、少し周りを見てもらっても良いかしら?」


 マルシャスの似顔絵は劇団員に描いてもらってナオに渡している。直接顔を見ていないナオでもわかるはずだ。


「わかったっす」


 そう言った瞬間にナオの姿が消える。


「えっ?」


 デキウスがナオの姿を探してきょろきょろする。

 デキウスにはナオの動きが知覚できなかったようだ。

 私もナオの動きを見切る事ができない。

 シロネやカヤでも完璧には見切れない。

 ナオの動きを完璧に見切る事ができるのはレイジぐらいだろう。あの2人が本気を出して走り出すと誰も付いて行けない。

 しばらくするとナオが戻って来る。


「おかえりナオさん。見つかった?」


 私が聞くとナオは首を振る。


「見つからなかったっすけど、誰かが戦った後が見つかったっす」

「戦った後?」

「はいっす。チユキさん、ちょっと一緒に来て欲しいっす」


 私は頷く。

「行きましょうデキウス卿」


 デキウスは頷くと私とナオの後ろに続く。

 ナオは人通りの少ない場所へと来る。


「この上っす」


 そう言うとナオは屋根の上へと飛ぶ。


「デキウス卿は飛べますか?」

「いえ、さすがに……」

「では私が引っ張りますますね」


 私はデキウスの手を掴むと同じように屋根の上へと飛ぶ。

 デキウスが情けない声を上げるが気にしない。


「見て下さいっす。屋根に穴が開いているっす」


 屋根の上に登るとナオがある部分をさして言う。

 ナオの言う通り、屋根の上にはところどころ穴が開いている。

 ただ、私には戦った後なのかどうかわからない。

 だけど、穴は最近できた物みたいだ。


「ナオさん、誰と誰が戦ったものかわかる?」

「わからないっすけど、どちらも普通の人じゃないみたいっすね。かなり激しく立ち回ったみたいっす」


 ナオの言葉に考え込む。


「デキウス卿はどう思いますか? 戦っている一方は妹のシェンナさんだと思いますか?」


 私の問いにデキウスが困った顔をする。


「わかりません。ですがシェンナが戦っていたのなら。何か手がかりを残しているかもしれません」

「手がかりですか?」

「はい。何か持ち物を落しているかもしれんません」

「ああ、なるほど」

「ですから物体捜索の魔法を使ってみようと思います」


 デキウスの言葉に私は感心する。

 物体捜索の魔法はロケートオブジェクトと呼ばれる、特定の物体を探す魔法だ。

 ただし、その物体をよく知っているか、はっきりと視覚的に思い描けなければ見付ける事はできない。

 デキウスはかなり優秀みたいだ。天使の加護だけでこれだけの事ができるとは思えない。加護が無くても、かなり出来が良かったに違いない。

 ちなみに私もその魔法を使う事ができるが、シェンナさんの持ち物を知らないから意味がない。


「では使います。あまり捜索できる範囲は広くないのですが……。何とかやってみます」


 デキウスは目を閉じると意識を集中させる。

 デキウスの体から魔力を感じる。

 数分の後デキウスの顔から汗が流れる。おそらく無理をして捜索の範囲を広げているのだろう。かなりきつそうだ。

 私とナオはデキウスの邪魔をしないように静かに見守る。

 そして、突然目を開く。


「はあ……はあ……。見つけました」


 肩で息をするとデキウスは膝を付く。


「デキウス卿。大丈夫ですか?」

「大丈夫です賢者殿。それよりも行きましょう」


 私達は屋根から降りるとデキウスを先頭にして進む。

 デキウスがふらふらしている。かなり魔力を消費したみたいだ。


「ここです」


 デキウスは2棟の建物の間を示す。


「この狭い場所に、シェンナの曲刀があると思うのですが」


 私は狭い路地裏を見る。人が何とか通れそうだけどゴミが積まれていて入りたくない。


「うう、何だか汚いっすね」

「おそらく不法なゴミ投棄場だったみたいね。あまり入りたくないわね」


 私は魔法の手を複数作ると狭い路地裏へと伸ばす。

 手探りで探っていると、やがて曲刀らしき物を見つけ出す。


「やはりシェンナの剣ですね」


 取り出した曲刀を見てデキウスが言う。


「そうですか……。だとしたらやはり屋根の上で戦っていたのはシェンナさんようですね。無事だと良いのですが……」


 私は目を下げて言う。


「はい……。おそらく魔王崇拝者に追われたのでしょう。シェンナは逃げ足が速いのできっと無事だと思います。しかし、もしかすると怪我をしているのかもしれません。急いで見つけないと」


 デキウスは険しい顔で言う

 デキウスは妹の無事を信じているようだ。おそらく彼女もかなり優秀な人間なのだろう。

 無事でいてくれたら良いのだが。


「そうですね……うん?」


 私は曲刀を見て首を傾げる。


「どうしたんっすかチユキさん?」

「見てナオさん。刀身に何か書かれているわ」


 私はナオに曲刀を見せる。


「ホントっすね。何が書かれているっす」

「月光の女神って書かれているわ。どういう意味かしら? デキウス卿、わかりますか?」


 おそらくこの曲刀の文字はシェンナがデキウスに宛てたメッセージだ。

 誰にでもわかるように書いていないのは、敵に見つかって消されるのを怖れての事だろう。

 剣そのものを廃棄される可能性もあるが、それ以上の事まで望めなかったのかもしれない。

 私は曲刀をデキウスに渡す。

 私達にわからなくてもデキウスならわかるかもしれない。

 デキウスは妹の曲刀に書かれた字を見る。


「これは間違いなくシェンナの字ですね……。そして、月光の女神ですか? まさか?」


 デキウスは考え込むと、眉を顰める。


「何か思い当たる事でもあるのですか?」

「いえ、宴が開かれる前の夜の事です。シェンナと一緒に歩いていると不思議な女性に会ったのです。美しい女性でした……。月明かりに照らされた彼女はまさに月光の女神でした。私が月光の女神と聞いて思いつくのはその女性だけです」


 デキウスが惚けたように空を見上げて言う。

 ナオがその表情を見て、ひゅーっと口笛を吹く。

 私達を見ても何も反応しなかった堅物が、こんな表情をするとは思わなかった。

 少し面白くなく感じるが、今はそんな事を考えている場合ではない。


「デキウス卿、その女性の名前は聞きましたか?」

「いえ、すぐに立ち去ってしまいましたので……。ただ、光の勇者殿を見に来たと言っていました」

「レイジ君に会いに? あちゃ~」


 私は額を押さえる。

 デキウスが失恋する様子が目に浮かぶ。


「それじゃあ、その美女の行方はわからないっすね」

「はい、おそらく外国の令嬢だと思うのですが。こんな事なら名前と滞在先を聞いておくのでした」


 デキウスが後悔する。


「わからないのは仕方がないわね。その女性が月光の女神である事は間違いなさそうだし、どうしましょうか? 新しい手がかりが見つかったけどマルシャスとか言う人の行方も探さなきゃいけないし……」


 私は2人に提案する。


「もう少し探して見つからなかったら、一度戻りましょう」


 デキウスの言葉に私達は頷く。


 月光の女神。


 おそらく、この事件のカギを握るのはこの女性だろう。

 私はその名を胸に刻むと夜の街を探索した。




◆小悪党マルシャス


 夜になり酒場の中に明かりが灯される。

 だけど魚油の匂いも酒の匂いも全くしない。代わりに桃色の煙が広い部屋の中へと充満している。

 この良い香りがする煙は光に照らされ、部屋を桃色に染め上げている。


「おいマルシャス。戻らなくて良いのか?」


 1人で酒を飲んでいると仲間が片手に女を抱きながら、俺に言う。

 仲間は俺と同じく邪教団の一員だ。だらしない顔で女の胸をさわっている。

 以前の俺なら、下卑た笑みを浮かべて言葉を返すが、今はそんな気になれない。


「戻らなくても良いさ。今は戻りたくねえ……」


 俺は呟く。


「へへ、そうか……。じゃあ行くぜ俺は」


 去って行く仲間と女を見送る。

 そして、仲間が抱き寄せている女を見る。


「蜘蛛……」


 呟く。

 仲間が連れている女が一瞬蜘蛛に見えたのだ。

 去って行った女だけじゃない。この店にいる女の何人かが時々魔物に見えるのだ。

 女達はこの店の女中であると同時に娼婦だ。

 だが、普通の娼婦ではない。路地裏で客引きをしている女どもに比べてはるかに美人だ。

 これほどの美人を揃えているのはここだけだ。

 表向きは普通の酒場だが、実態は邪教団『紅い蜘蛛』が経営する非合法の娼館であり賭博場だ。

 この店に来れば、どんな嫌な事も忘れられた。

 女は美人で酒も料理もうまい。だからこの店に来た。

 しかし、今日はちっとも楽しい気分になれない。

 何故違って見えるようになったのか原因ははっきりしないが、おそらくあの暗黒騎士のせいだろう。

 暗黒騎士の事を思い出すと体が震える。

 あの目立たない男が正体を現した時に感じた恐怖がまだ残っている。

 俺は事もあろうに暗黒騎士を売ろうとしたのだ。殺されても仕方がなかった。

 しかし、暗黒騎士は殺すどころかお礼を言ったのだ。おかげで助かったと。

 そして俺の頭に手を置いた時に何か力を感じたのだ。

 あの時から見える景色が少しだけ変わった。おかげで酒が不味い。

 いや、酒はこんな味だっただろうか?

 前はもっと甘く感じた。だけど同じ種類の酒のはずなのに今日は嫌な味がする。

 そういえば以前にも俺と同じ事を言った奴がいた。そいつも酒の味が変だと言っていた。

 ある日を境に見なくなったが今頃どうしているだろうか?


「マルシャスさん」


 声を掛けられ横を見る。女が1人立っている。女の顔には見覚えがある。教主の側にいる女だ。


「へへ、何ですかい?」


 俺は内心を悟られないように笑う。


「新教主様がお呼びです。付いてきて下さい」

「新教主様がですかい? もちろん行きますよ」


 俺は笑う。新教主様は元副教主で、前教主だった女性の後任だ。なぜ、そうなったのかは聞かされていない。俺のような下っ端には何も教えてくれない。

 俺は立ち上がり女の後へと続く。

 新教主様は信頼できるお方だ。あの御方に会えばきっとこの不安も解消されるかもしれない。

 新教主様はしばらくこの国を留守にしていた。いつ戻って来たのだろう?

 やがて、新教主様の部屋の扉の前に来る。


「新教主様。連れてまいりました」

「ああ、入って良いよ」


 中から新教主様の声が聞こえる。

 若い男の声だ。

 女に促され部屋に入ると桃色の煙が充満している。

 その部屋の中央に一人の男が座っている。黄金の髪に血管が浮き出てきそうなぐらいの白い肌、目は切れ長で唇は紅い。

 まるで女性と見間違うほどの美しい若い男だ。


「えっ?」


 新教主様の姿を見た時、俺は思わず声を出してしまう。前に会った時と違う感じがしたからだ。

 前に会った時は出会えた事がとても嬉しかった。この人のためなら死んでも良いと思った。

 音楽家の子供として生まれた俺は博打で身を持ち崩して、家を勘当された。

 それからの人生は散々だった。腕っぷしの弱い俺は戦士になる事ができず、さらに弱い奴から奪って生きていくしかできなかった。

 そんな行き詰った俺を拾ってくれたのがアイノエ姐さんだ。

 そして組織に入り、新教主様に出会った。

 今まで生きてきて、ここまで信頼できる相手に出会えたのは初めてだった。

 しかし、今は何も感じない。いや、むしろおぞましい何かを感じる。

 俺は部屋を見る。前と同じだ。前と同じように沢山の女の生首が所狭しと戸棚に飾られている。

 前に一度だけ部屋に入った時は何も不思議には思わなかった。

 だけど、今ならわかる。この部屋は異常だ。


「マルシャス君だったかな? どうしたのだい、きょろきょろして?」


 新教主様が笑いながら言う。


「いえ、何でもございやせん。えへへ」


 俺は笑うと部屋に入る。背中に汗が噴き出しているのを気づかれないようにする。


「さっそくだけど、聞きたい事があるんだ。確か君は彼に会ったのだよね?どうだったかい?」


 新教主様に聞かれるが意味が解らない。


「彼? どなたの事でございやしょう」


 俺が言うと新教主様の顔が不機嫌になる。


「わからないかな。暗黒騎士の事だよ」


 暗黒騎士と言われてびくっと体が震える。


「暗黒騎士ですかい?」

「そう暗黒騎士だよ。僕達の間で光の勇者と同じぐらい彼の事は有名だよ。僕の父ザルキシスの計画を2度も邪魔したみたいじゃないか? どんな奴なのか気になってね」


 新教主様は子供のように無邪気に笑う。


「どんな奴と言われましても。う~ん……。一見目立たない男です。ですが突然恐ろしくなるとしか言いようが……」


 俺は何とか説明しようとするがうまく言葉が見当たらない。


「ゼアル君も同じ事を言っていたね。自分を隠すのがうまいのかな? 少しやっかいかもしれないね」


 新教主様がうんうんと頷く。


「ん?」


 ふと視線を感じる。

 視線を感じた方を見ると女の生首と目が合う。

 思わず叫びそうになる。


「うん? どうしたんだいマルシャス君?」


 俺の様子に気付いた教主がこちらを見る。

 そして、何かに気付いたように立ち上がる。

 立ち上がった新教主様は俺を見ていた生首を手に取る。


「そっ? その生首は?」

「ふふっ。見覚えがあるだろう。君が連れて来た女の子だよ。今では僕の大切な妖精の1人さ」


 新教主様は愛おしそうに生首を撫でながら楽しそうに笑う。

 確かに見覚えがある。アイノエに憧れて家出してきた娘だ。美人だったが才能が無いので入団できなかった。

 しかし、それでもあきらめずに食い下がった娘だ。確か名前はカティアだったと思う。

 俺はこの娘を裏で入団させてやると言って騙して新教主様に差し出したのだ。

 その首だけになった女が俺を見ている。


「あなたにお礼が言いたいの、あなたのおかげでザンド様に出会えたのだから」


 女の生首が優しく微笑む。

 俺は声にならない叫び声を上げる。

 逃げようとして体を扉の方へと向ける。

 しかし、そこには戸棚に飾られていた生首が飛んでいて俺が部屋から出ようとするのを阻んでいた。

 生首となった女達が俺を見ている。


「ああっ……」


 俺は座り込む。


「ひどいなあ、逃げ出さなくても良いじゃないか? まさか、正気を取り戻しているとは思わなかったよ。さてどうするかな?」


 背中から新教主様の声が聞こえる。


「ザンド様。この方を私の首無し騎士(デュラハン)にしてもよろしいでしょうか?」


 娘の声が聞こえる。


「良いのかい? 彼はとても弱そうだよ」

「ええ、かまいません」

「そうかい、それならば問題は無いね。喜びなよマルシャス君。君はこれから彼女の忠実な騎士になれるんだよ。ふはははは」


 その声が聞こえた瞬間だった。首に熱い何かを感じると突然部屋がくるくる回り始める。

 そして、視界が止まった俺が見た光景は首を失った自分の体だった。




◆眠りと夢の神ザンド


「さあ、私を運びなさい。飛んでいるのは疲れるわ」


 カティアが言うと首を失ったマルシャスの体が起き上がる。

 そして、首だけの彼女を愛おしそうに抱きかかえる。

 首の有った所に乗せないのは、あくまで主人と従者だからだ。だからお姫様として抱きかかえるのである。

 それにしてもまさか術を破られるとは思わなかった。

 この店の人間達は僕に逆らわないようにしてあるはずなのに、どうしてだろう?

 まあ、どうでも良いか。

 醜い首しか持たない者に興味は無い。


「もう、カティアったらそんな弱そうな男を首無し騎士(デュラハン)にしてもよいの?」

「別に構わないわお姉様方。もっと良い御方がいたら取り換えるだけですもの」

「それもそうね。私も選り好みしないで、そこら辺の男を騎士にしておこうかしら」


 彼女達は笑い合う。

 妖精となった彼女達には首を奪った相手の体を支配する能力を与えた。

 ただし、操る事ができる人数には限りがある。

 そのため殆どの妖精達は優秀な騎士であった男の体を操る。首を奪われた騎士は彼女達の忠実な下僕であるデュラハンとなる。


「さて、ゼアル君達の所に戻るかな。そろそろ話は終わっているだろうしね」


 僕は可愛い妖精達に見送られ部屋を出る。

 ゼアルはナルゴルに生息する黒毛のサテュロスの事だ。いや下級レッサーデイモンと呼んだ方が良いのかな?

 そのレッサーデイモンのゼアルは蜘蛛女のアトラナクアが抱き込んで魔王を裏切らせた者である。今はこの建物の地下にいるはずだ。

 僕は廊下を歩き、地下へと続く入口まで行く。

 地下には降りると複数の影が並んでいるのがわかる。

 影達は1階にいる者達と違い人間ではない。全てがナルゴルに住む魔王の配下である。


「話は終わったかい、ウルバルド君?」


 僕は笑うと影達の中心に居るデイモンに話しかける。

 デイモンの名はウルバルド。魔王に仕える4名のデイモンロードの1柱である。彼は裏切った配下のゼアルを捕えるために配下を連れてこの地に来た。


「おおザンド殿。感謝しますよ、この裏切り者の居場所を教えてくれたのですから」


 ウルバルドの前にゼアルが頭を地面に付けて跪き、震えている。


「できれば彼を許してあげて欲しいのだけどね。彼のお陰で君と会談する事ができたのだからね」


 ゼアルを捕えに来たウルバルドの配下を探すのは簡単だった。

 そして、こちらから接触して会談を申し込んだのである。もちろん父には内緒だ。

 僕は父であるザルキシスとは違う。父は魔王を敵視して、和解しようとしない。それを残念に思う。

 争いからは何も生まれない。

 だけど、僕なら魔王とだって仲良くする事ができるはずだ。

 実は本当はエリオスの女神達とも仲良くしたい。

 しかしなぜか、あの美しい女神達は僕を嫌う。もっと美しくしてあげようと思うのにどうしてだろう?

 何とかして、あの美しい女神達の首を手に入れたいものだ。


「ええ、良いですよ許しましょう。そういうわけだゼアル。お前を見逃してやる。お前などいてもいなくても特に問題は無い。だから、ザンド殿を手伝え。それに元々閣下からの連絡で温情ある処置をしてくれと頼まれていたからな」


 ウルバルドは冷たく言い放つ。


「ありがとうございますウルバルド様!!」


 ゼアルは頭を地面に擦り付けてお礼を言う。


「いや~、良かったねゼアル君。君にはまだまだ働いてもらわないといけないからね」


 僕はほっと胸をなでおろす。

 ゼアルは僕と同じく人間を愛する同志である。愛し方は違うが助かって良かったと思う。


「いえいえ。こんな奴で良ければ好きに使って下さい」

「ありがとうウルバルド君。必ず光の勇者を、そしてエリオスの奴らを倒して見せるよ。父も最初から僕に任せてくれれば良かったのにねえ」


 僕は人間を愛しすぎたためか父であるザルキシスから疎まれた。

 父に疎まれた僕はラヴュリュスの企みにも参加させてもらえなかったのである。

 僕が変な事するかもしれないからと、計画が終了するまでこの地を離れるように命令された。

 僕はその事を哀しく思う。

 しかし、今は違うラヴュリュスが失敗したおかげで、この地は僕の自由にする許可をもらった。

 今こそ僕が役に立つ事を証明してみせようじゃないか。そのためにもウルバルドと手を組む事にしたのである。


「それは頼もしい。期待していますよザンド殿」

「ふふ、任せておいてよ。必ず光の勇者と暗黒騎士を共倒れにしてみせるよ。それから凶獣フェリオンの情報をありがとうね」


 僕は笑う。

 光の勇者と暗黒騎士。この2者をぶつけて殺し合わせる。それが僕の計画だ。

 それから凶獣フェリオンはかつて父ザルキシスと共にエリオスの神々と戦った神だ。

 魔王によって封印されたらしいが、どこに封印されたのかわからなかったのである。

 だけど、ウルバルドからの情報でそれを知る事ができた。さっそく父に知らせようと思う。


「ええ、有効に使ってください。あとそれからこの事は……」

「ああ、もちろん黙っておくよ。魔王陛下が君のやった事を知ったら怒るだろうからね。秘密にするさ」


 僕とウルバルドが手を結んだ事は秘密だ。

 なぜか魔王はエリオスの神々と戦う事に消極的だ。

 そして、配下の者にも手を出さないように命じてあるみたいだ。

 だからウルバルドもゼアルと同じように魔王を命令に背いている事になる。

 ウルバルドが秘密にしたがるわけだ。


「よろしくお願いしますよザンド殿。それでは私はこれで。良い結果出る事を待っていますよ」

「もちろんだとも。必ず首を手に入れてみせるよ」


 ウルバルドと配下の者達が転移する。

 光の勇者さえいなくなれば彼の連れている女の子の首を手に入れるのは簡単だろう。

 その後、フェリオンを蘇らせてエリオスを叩く。

 光の勇者の女達も、エリオスの女神達の首も必ず手に入れてやる。

 そして、僕は魔法である女の子の姿を映し出す。

 そこには白銀の髪の女神が映っていた。

 美しい。一目で恋に落ちてしまった。

 この女神の存在を知ってから恋焦がれていたのである。

 彼女の首を何としても手にいれたい。折角この国にいるのだ。今が絶好の機会のはずだ。

 だから邪魔な暗黒騎士には消えてもらわなくてはいけない。

 そのための仕込みもしている。


「タラボス君に連絡しないといけないね。バドンを復活させる計画はどうなっているかな?」


 バドンは大母神ナルゴルが生み出した破壊の獣のうちの1つだ。

 凶獣程ではないがかなり強力と聞いている。

 バドンの死体は大劇場の地下にある。元々バドンを倒して埋めた上にアルフォスの祭壇が出来て、その後劇場へと変わったそうだ。少なくとも、タラボスからそう聞いている。

 なんでもタラボスはナルゴルの研究をしていたらしく、その時にバドンの事を知ったみたいだ。

 まあ、そんな由来はどうでも良い。問題は利用できるかどうかだ。

 そして、あの劇場にはゼアルの魔女がいるはずだ。彼女に働いてもらおう。

 ウルバルドがいなくなった後も平伏しているゼアルを見る。


「ゼアル君。君は暗黒騎士をおびき出すのに協力してもらうよ。ふふふ」


 僕はこれからの事を考えて笑うのだった。





◆踊り子シェンナ


 目の前で月光の女神が踊っている。

 それは、とても美しかった。

 時刻は夜。

 大きな窓から月の光が差し込み、彼女の綺麗な白銀の髪を妖しく輝かせている。

 幻想的な光景に目が奪われる。


「どうだ。シェンナ? お前が教えた通りに踊れているか?」


 踊りをやめると白銀の女神が妖しく笑う。


「とても、お上手です。クーナ様」


 私は溜息を吐く。

 一生懸命練習して会得した踊りを月光の女神は少し教えただけで簡単に自分の物にしてしまった。

 とても羨ましくて妬ましかった。

 女神と私とでは持って生まれた物が違うのだろう。

 私は自分の暗い感情に気付く。もしかしてアイノエ姉さんも同じ気持ちだったのだろうか?

 暗黒騎士が言うにはアイノエ姉さんは悪魔と契約をする事でのし上がったらしい。

 そして、私は悪魔と契約せずに成功しようとしていた。

 もし、私がアイノエ姉さんの立場ならどう思うだろうか?今と同じように暗い気持ちを持ったのではないだろうか?

 ふと、そう思った。

 それにしても劇団はどうなっているのだろう?

 暗黒騎士が明日にでも様子を見に行ってくれるらしいのだが……。

 私は横の暗黒騎士を見る。

 黒い鎧を着ていない暗黒騎士は普通の男性と変わらない。

 だらしない視線で月光の女神を見ている。

 月光の女神はイシュティアの踊り子の格好をしている。薄地に露出の多い衣装は女神の妖しい魅力を引き出している。

 それを見ている暗黒騎士は踊っている時の私を見ているスケベおやじ達と何も変わらない。

 今なら、簡単に倒せそうな気がする。もちろん実行はしないのだが。

 話によると暗黒騎士は光の勇者様に勝ったらしい。しかし、そんな風には全然見えない。はっきり言って弱そうだ。

 目の前の飲み物達を見る。

 お酒は一つもない。

 メンティとか言う花から造るお茶はともかく、果実を煮詰めて作られた飲み物を出された時は子供みたいだと思った。普通大人はこんな物を飲まない。

 どうやら暗黒騎士は全くお酒を飲まないみたいだ。

 目の前のお菓子を摘まむ。

 干果と木の実が入った焼き菓子は素朴な味で美味しい。このお菓子はメンティのお茶と良く合う。

 だけど暗黒騎士には似合わない。お菓子が好きな暗黒騎士なんて何か変だ。

 私の中の悪魔像が歪んでいく。何だか頭が痛くなってきた。

 そんな事を考えてながら暗黒騎士の方を見る。


「えっ?」


 思わず声が出る。

 暗黒騎士の顔が先程までのだらしない顔ではなく、戦士の顔つきになっている。

 突然の変化に私は驚く。

 暗黒騎士が突然立ち上がる。

 どうしたのだろう?


「どうしたのだクロキ? 何か会ったのか?」


 突然雰囲気が変わった暗黒騎士を見て月光の女神が不安そうに聞く。


「マルシャス……」


 暗黒騎士の鋭い瞳が城壁の外へと向けられている。

 私は言い知れぬ不安を感じた。


デュラハンを登場させる事ができました。

ただの首を斬られた騎士のゾンビだと味気ないと思ったので、こんな設定にいたしました。

一応色々な文献やスリーピーホロウとか見たのですが全くいかせていない気がします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ