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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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歌神の劇場

◆黒髪の賢者チユキ


「ふわ~。チユキさん。まだ眠いっす……」


 ナオがあくびをしながら言う。

 見るとリノとシロネもきつそうだ。サホコも少しきつそうである。

 もう昼もかなり過ぎている。遊び過ぎだ。


「ごめんなさいナオさん。でも捜査をするのにナオさんの力が必要なの」


 私達は今からアリアディア共和国にある大劇場へと向かっている。

 理由はミダスが団長をしている劇団ロバの耳に所属している人達が今そこにいるからだ。

 私達はミダスの案内で劇場へと向かう。

 ミダスの他のメンバーは私にレイジにナオ、リオ、シロネ、サホコ。それにデキウスだ。

 クラススは別の仕事があるから将軍府に残った。シズフェ達は付いて来たがったがさすがに大所帯なので我慢してもらった。

 ほどなくして劇場へとたどり着く。


「へえ~。ここが大劇場なんだ」


 リノが呑気な声を出す。

 この劇場は正確にはアルフォス劇場と呼ばれる。

 アルフォスは知恵と勝利の女神レーナの兄であり、歌と芸術を司る男性の神様だ。劇場はこの神に捧げられる形で建設された。

 この天界一の美男子と呼ばれるアルフォス神の神話は女性絡みが多い。

 子供の時から美しかった彼の養育権を巡ってフェリアとイシュティアが争ったのは有名な話だ。

 結局どちらも譲らず、アルフォスは2柱の女神によって養育される事になった。

 そして、イシュティアを義母にしているためかアルフォス神はイシュティア信徒からも信仰されている。


「神官様を呼んで来るから~、勇者様はここで待って下さいましね」


 ミダスが流し目でレイジを見ながら言う。

 レイジは少し嫌そうだ。

 この劇場の管理をしているのはアルフォス教団だ。だからミダスの言う神官もアルフォス神の神官の事だろう。

 ミダスが奥へと入ると私達は取り残される。

 劇場は円形の闘技場とは違って半円形である。

 円弧になった客席は外側の高い所から中心に向かって低くなっている。

 私達がいるのはその劇場の出入り口だ。


「ねえチユキさん。このレリーフは何かな?」


 シロネが入口の所にある巨大なレリーフを見て言う。

 レリーフには弓を持った男性が奇妙な化け物を倒す様子が描かれている。


「これはアルバドンよ、シロネさん。そうよね、デキウス卿」


 私は疑問に答えるとデキウスを見る。


「よく御存じですね。その通りです」


 デキウスは頷く。


「何だいチユキ。そのアルバドンってのは?」

「昔の話よ、レイジ君。アリアディア共和国が建国されて間もない頃にバドンとか言う邪神が国を襲った事があるの。その時にかなり被害が出たらしいけど、結局その邪神はアルフォス神の弓によって倒されたわ。この劇場はそのアルフォス神の偉業を讃えて建設されたの。そして、このレリーフはその時の様子を描かれているってわけ。アルフォス神が邪神バドンを倒す所から縮めてアル・バドン。もしくはア・バドンとも呼ばれているわ」


 私はレイジに説明する。


「さすがは黒髪の賢者様。その通りでございます」


 声がした方を見ると1人の女性が立っている。


「初めてお目にかかります光の勇者様方。私は当劇場を預かるアルフォス様の神官クリオと申します」


 クリオが私達に礼をする。

 私達はクリオに見惚れる。少しウェーブがかかった青色の髪に白い肌、なかなかの美人だ。

 だけど、気になる所があった。

 クリオの耳が尖っている。彼女はエルフのようだ。

 私は珍しいと思う。

 エルフが人間社会に出る事はある。

 だけど人間社会の地位があるエルフは初めて見る。

 エルフが人間の社会的地位のある役職に就く事はめったに無い。これは別に人間がエルフを差別しているわけではなく、エルフが人間の社会に興味が無い事が大きい。

 つまり、このエルフはかなり珍しい部類に入る。


「ほえ~。エルフっすよ。しかも、お姉さんドライアドじゃないっすね。少し海の香りがするっす」


 ナオが目をくるくるさせながら言う。


「はい。私はドライアドでは無く、ネレイドになります」


 クリオが微笑む。

 ネレイドはエルフの1種だ。

 また、一般的なドライアドと違って森ではなく、海に住んでいる音楽に長けたエルフである。

 そして、ネレイドには美人が多い事で有名だ。そのために他種族の標的になったりもする。

 サイクロプスに恋人を殺されたあげくに、無理やり妻にされた可哀そうなネレイドの話は有名だったりする。


「珍しいな。こんな綺麗なエルフが人間の国の神官をするなんて。神様もさぞよろこんでいるだろうな」


 レイジがそう言ってクリオの髪をさわる。


「ふふ、勇者様はお上手ですね」


 クリオは頬に手を当てて朗らかに笑う。

 それを見てサホコとリノが唸り声を上げる。


「クリオ殿! 劇団ロバの耳の団員に魔王崇拝者がいるようなのです! その調査に伺いました! 場合によっては次の劇は中止せねばなりません! ご了承ください!!」


 デキウスがレイジとクリオとの間に割って入る。

 レイジは渋々クリオから離れる。

 良くやった。心の中で喝采する。


「それは困りますね。劇はアルフォス神様に捧げる物でもあります。みだりに中止はするわけには……」


 クリオはミダスを見る。

 ミダスは申し訳なさそうに肩を落とす。

 私なら行方不明になっている人がいるのだから中止は仕方が無いと思う。

 しかし、この世界の常識は違う。クリオにとって神への捧げものをやめる事には何よりも抵抗があるのだろう。演劇の中止を渋る。


「確かに申し訳ないですわ。ですが、事情がありまして。しかも、主役のシェンナまでいなくなるなんて……。代役なんてすぐに見付かるわけがないですし……」


 ミダスは目を泳がせながら言う。

 そして、ミダスの目がある一点で止まる。


「あの、何ですか?」


 ミダスがじっと見つめるのでシロネが後ろに下がる。


「そうだわ! シロネ様! シェンナの代わりに主役をやっていただけませんか!!」


 ミダスがシロネに駆け寄ると、その手を取る。

 いきなり手を掴まれて言われたのでシロネの口が驚きで開かれる。

 そして数秒の後。


「ええ――――!!」


 シロネの叫び声が劇場の入り口で木霊するのだった。




◆黒髪の賢者チユキ


 アルフォス劇場の客席とアリーナの上には天井が無く、陽光が差し込んでいる。

 天幕を広げれば雨でも公演が可能らしいが、今は必要ない。

 アリーナには劇団ロバの耳の団員が稽古をしている真っ最中だ。


「そんなの無理だよ! チユキさん! 絶対無理ッ!!!」


 シロネが私に向かって力いっぱい言う。


「そうかなあ? シロネさんだったら、いけると思うけどなあ~」

「もう無理だよ! リノちゃん! 私に劇の主役なんて!!」


 シロネが首をぶんぶんと横に振る。

 シロネが嫌がっている劇の名は『アルフェリア』。

 魔女にさらわれた王子様を助けに行くお姫様の物語である。

 シロネは劇団長のミダスからアルフェリア役をやってくれと頼まれた。

 主人公のアルフェリアは姫であると同時に騎士で、剣の達人でもある。

 確かにシロネに合いそうなキャラだ。


「そうかな? シロネにピッタリな役だと思うぜ」


 レイジがにやにやしながら言う。

 完全に面白がっているのがバレバレだ。


「無理だよ! そうだ!!それよりもリノちゃんの方が向いているんじゃない?!!」


 シロネがリノに話を振る。


「う~ん、リノのキャラじゃないと思うな。このお姫様は」


 リノが首を振る。

 リノもレイジと同じように笑っている。この2人のこういう所は似ている。


「お願いしますわ! シロネ様!!」


 ミダスがシロネに詰め寄る。

 暑苦しい顔のミダスに詰め寄られてシロネが困った顔をする。

 シロネは何だかんだと言われても、困っている人を見捨てられない所がある。


「ミダス団長、あまり無理強いしてはいけませんわ」


 稽古をしている団員の中から1人の女性が出て来る。

 一見20代半ばぐらいの美女だ。しかし、私はその姿が嘘である事に気付く。

 彼女は魔法で姿を少し変えている。

 実際の年齢は30歳後半、いや40代かもしれない。

 普通の人なら気付かないかもしれないが、私達の目はごまかせない。

 他のみんなもその事に気付いたようだ。微妙な顔をしている。

 一体何者だろう?


「アイノエ。そんな事を言っても、延期もそんなに続けられるわけがないわ。ここはシロネ様にお願いするべきよ」

「ですが、無理強いはできませんよ。団長、シェンナがいないと言うのなら、ここは前のように私が姫役をやるわ」


 2人が私達の前でやりとりをする。

 そして、ミダスが口にしたその名に聞き覚えがあった。


「もしかして、あなたが大女優のアイノエさん?」


 私は2人の間に割って入る。

 するとアイノエと呼ばれた女性はこちらを見る。

 大女優アイノエはアリアディア共和国の有名人物だ。上流階級のおじ様達にファンが多いと聞く。

 そして昨年までは彼女がアルフェリア姫役をやっていたそうだ。

 しかし、今回はデキウスの妹のシェンナがその役をやる事になった。彼女はその事をどう思っているのだろう?


「はい、勇者様方。私はアイノエと申しますわ。ところでかの有名な光の勇者様がどうしてこのような所にいらしたのでしょうか?」


 アイノエが不思議そうに私達を見る。


「お久しぶりですアイノエ殿。妹がお世話になっています」


 デキウスが前に出て挨拶をする。


「あら? まさかデキウス様までいらしているなんて。お久しぶりですわね。以前に会ったのはいつだったかしら? 確かシェンナが入団した頃かしらねえ? それにしても、今日は何の御用事ですか?何か事件でも?」


 アイノエが妖しく笑いながら言う。


「実はその事なのですが……ご存じと思いますがシェンナが失踪しました。そして、シェンナが失踪した事に魔王崇拝者が関わっているようなのです。そして、その者はこの劇団の中にいます」


 デキウスが厳しい口調でそう言うとアイノエの表情が変わる。


「魔王崇拝者が? どうしてそんな事がわかるのですか?」

「それは、この笛が事件の起きた現場に有ったからです。この笛を見て下さい。ここに黒山羊の紋章が付いているでしょう?」


 デキウスは笛を取り出す。

 その笛を見た時、アイノエの目が大きく開かれる。


「この笛はシェンナが事件が起こったその時に私に預けてくれました。この笛はサテュロスに扮した男が吹くと聞いています。そして、事件の時にこの笛を吹いていたのはここの劇団員のようなのです。アイノエ殿、劇団員に何か心当たりはありませんか?」

「マルシャス!!」


 突然アイノエが大声を出す。

 その声があまりにも大きかったので劇団員も含めて全員がアイノエを見る。


「アイノエ殿?」


 デキウスが恐る恐るアイノエを見る。


「ごめんなさい、デキウス様。何でもございませんわ」


 アイノエは「ほほほ」と笑う。

 しかし、私は聞き逃さなかった。

 マルシャスは事件の起きた時に溺れたサテュロスの名前だったはずだ。

 なぜ突然その名前を叫んだのだろう?


「横からごめんなさい、アイノエさん。もしかしてこの笛の持ち主を知っているのではありませんか?確かサテュロスに扮した人でマルシャスって名前の人がいたはずなのですが?」


 私はアイノエに聞く。


「……いえ、知りませんわ」


 アイノエは首を振る。

 私はその様子を見て怪しいと思う。

 後でリノに聞いてみよう。リノは嘘かどうかを判別する能力を持っている。アイノエが嘘を吐いているかわかるはずだ。


「そういえばマルシャスがいないわね。ねえ誰かマルシャスを知らない?」


 そう言って、ミダスが劇団員達の方へ行く。


「マルシャスか……。そいつが一番怪しいんじゃないか?」


 レイジが言うとみんなが頷く。正直アイノエも怪しいが本人を前にそれを顔に出す訳にはいかない。

 しばらくするとミダスが戻って来る。


「どうやら昨晩出かけたきり戻って来ていないみたですわ」


 そう言うミダスの顔が渋面になっている。


「どうかされたのですか? ミダス殿?」

「いえ……。実はマルシャスが出かけた時にシェンナが後を付けるのを見た者がいるらしいのですわ」


 その言葉に私達は顔を見合わせる。


「そうですか……。ちなみにそのマルシャスさんがどこに行ったかわかりますか?」


 私の言葉にミダスは首を振る。


「いえ、知っている者はいませんでしたわ」

「それでは、彼が行きそうな場所に心あたりはありますか?」

「よく、西側の城壁の外の街に飲みに行っているようですが……。詳しい者がいないか聞いて来ましょうか?」

「そうですね、お願いします。それから、ちょっと私達だけで話をしたいので、失礼しますね」

「はい……」


 ミダスが不安そうに頷くと私はみんなを連れてミダスとアイノエから離れる。


「さてと、今後の事だけど。とりあえずリノさん、彼女は嘘を吐いていたかわかる?」


 私が聞くとリノは頷く。


「アイノエさんは嘘を吐いていたよ。笛の事を知っているみたい」

「はい、私もそう感じました」


 そう答えたのはデキウスだ。


「デキウス卿、あなたも嘘を感知する能力があるのですか?」

「はい賢者殿、私は天使スルシャ様の加護を受けていますから」


 デキウスは笑って答える。

 スルシャは神王オーディスの耳と呼ばれる大天使だ。別名を監察天使と言う。

 この天使は地上で起きた事を監察してオーディスに報告する役目を持っている。

 そして、人間達が規則正しく生きるように干渉する事もあるようだ。

 その時に有望なオーディスの信徒に加護を与えるらしい。

 デキウスも大天使スルシャに認められて加護を与えられたみたいだ。だとすれば他に魔法が使えるかもしれない。


「ところで怪しいのが2人いるっすけど、どうするっすかチユキさん?」

「そうねえ、2手に別れましょうか?アイノエさんを監視する者とマルシャスって人を探す者で。そういうわけだからシロネさん」


 私はシロネを見る。


「何、チユキさん?」

「ミダス団長の主役の話を受けてくれないかしら」


 私が言うとシロネが首を振る。


「えっ? なんで?」

「アイノエさんに怪しまれないためよ。おそらく彼女の背後には何者かがいるわ。泳がせて突き止める必要があるわね。そして、怪しまれずに近づくにはシロネさんが主役を受けるのが一番だと思うの」


 アイノエは魔法で姿を変化させていた。そして、おそらく彼女は魔術師ではない。

 よって彼女に魔法をかけた者がいるはずだ。

 その者をつきとめなければならないだろう。


「それだったら、リノちゃんの魔法を使った方が速いんじゃ……」


 シロネは渋る。

 確かにシロネの言う通りだろう。リノの読心の魔法等を使った方が速い。

 だけど、彼女はその者と魔法で繋がっているかもしれない。


「確かにその方が速いわね。でももし、彼女に魔法を使ったのがその者にバレたら逃げられる可能性があるわ。例えば魔法をかけた者の使い魔がアイノエの側にいるとかね。だから、リノさんの魔法は出来る限り避けたいの」


 ナオが以前に捕えたネズミの事を思い出す。アイノエに何かあれば気付かれるだろう。


「うう~」


 シロネが唸る。よほどやりたくないのだろう。


「大丈夫だよ、シロネさん。リノがサポートしてあげるから♪」


 リノが明るく言う。


「俺もシロネのお姫様姿は見たいな。きっとすごく似合うと思うぜ」


 レイジがにっと笑って言うとシロネの肩にぽんと手を置く。

 実は私も見たい。

 もちろん、この事はシロネには言えない。


「それから、もしかすると向こうから何か私達に仕掛けてくるかもしれないわね。だから、これはおとりの意味もあるの。相手の陣地に攻めるよりも、待ち構えるべきだわ。これは邪神ラヴュリュスと戦った時の経験よ」


 私は本心を隠してしれっと続ける。


「う~。わかったよ、チユキさん。でも、あくまで捜査のためだからね! 事件が終わったらすぐやめるからね!!」


 私とリノとレイジから説得されて渋々とシロネは了承する。


「賢者殿。私はマルシャスという男が気になります」


 デキウスが言う。


「それじゃあ、これで決まりね。シロネさんとリノさんとレイジ君。それからサホコさんもシロネさんに付いてあげて。良いかしら?」

「うん。わかったよ、チユキさん」


 サホコは心地よく了承する。

 レイジのストッパーになってくれると良いのだが。


「そして、残った私とナオさんとデキウス卿でマルシャスって人の行方を追うわ」


 ナオとデキウスが頷く。

 ふと見るとデキウスの顔色が悪い。妹のシェンナの事が心配のようだ。

 私もまたシェンナの無事を祈る。

 生きていれば良いのだが。





◆踊り子シェンナ


 シェンナ……。シェンナ……。

 暗闇の向こうから兄さんが私の名を呼ぶ声が聞こえたような気がする。

 おそらく兄さんが私を心配している。

 戻らないと。

 そう思った時だった。私はどこかの部屋で目を覚ます。


「ううん」


 寝ている状態で周りを見る。

 どこだろうここは?

 かなり良い部屋だ。部屋の壁には模様が描かれ、寝台はふかふかだ。

 置いてある調度品も高価なように見える。

 高い所にある小さな窓を見ると、夕日が差し込んでいる。どうやら時刻は夜になろうとしているようだった。

 それにしてもどうしてこんな所で寝ているのだろう?

 私は頭を働かせる。

 そして、思い出す。酒場の地下で起こった事を。

 マルシャスを追っていたら、悪魔に出会いそこにはアイノエ姉さんまでいた。

 そして、白い仮面の者達に追いかけられて、暗黒騎士と戦った。

 頭が混乱する。色々ありすぎて訳がわからない。

 確か、私は暗黒騎士に負けたはずだ。だけど、生きている。

 私は身を起こす。

 何故生きているのかわからないが、悪魔がこの国に潜んでいるのだ。

 この事を兄に伝えなければならない。


「うん? 何これ?」


 そこで私は気付く。全身に黒い棘が巻き付いている。しかし、全く痛くない。この棘は私を傷つけないみたいだ。

 きっと何かの魔法なのだろう。だけど、動く事に支障が無いみたいだ。

 考えても仕方が無い。私は移動する事にする。

 寝台から降りると眩暈がする。霊薬アサシュの影響だろう。霊薬は大きな力を与えるが、効果が切れた時の反動も大きい。

 ふらつく足を無理やり動かし、部屋の出入り口まで行く。

 扉は部屋の内側へと開く造りだ。閂も内側にある。

 どうやら閉じ込めるつもりは無いようだ。

 私は部屋を出ると階段が見える。

 下の階から人の声が聞こえる。

 私は手すりで体を支えながら、何とか階段を降りる。


「待ってリジェナ! そんな事はしなくて良いから!!」


 男性の慌てる声が聞こえる。

 声のする方へと行くと水の音が聞こえる。どうやらこの先には浴室があるようだ。

 薄々気付いていたが、かなりのお金持ちの家らしい。

 浴室は集合住宅にはもちろんあるわけが無く、その他の家にも普通は無い。だからこそ公衆浴場は人気なのだ。

 個人の邸宅で浴室を持っている者はお金持ちと決まっている。

 私は浴室に近づく。一体何者だろう?せめて顔ぐらいは拝んでやろう。


「お願いです旦那様! ここにいる間だけでも背中を流させて下さい!!」

「いや、そうは言っても……。ってクーナ! 何をしてるの!!」

「むう。リジェナがクロキの背中を流すのなら、クーナは前を流してやろう」

「ちょ! 駄目だよ! クーナ! うほおう♪♪」


 何をやっているのだろう。浴室は薄い絹のような布で目隠しをされていて中が見えない。

 近づいた時だった。足がもつれて倒れてしまう。

 目隠し用の布を引っ張りそのまま倒れ込む。


「なんだ!!」


 気付かれた。逃げないと不味いだろう。

 しかし、足が動かない。

 誰かが私の近くに来る。


「大丈夫?」


 声がかけられた私は頭に覆いかぶさった布を取ると顔を上げる。

 面の前に男性がいる。

 そして、見てしまう。


「ひっ! 化け物!!」


 思わず声が出てしまう。

 私は娼婦の守り神であるイシュティア神殿で育った。神殿にいれば自分が相手をしていなくても男性の裸を見る機会はいくらでもある。

 中には、粗末な芋虫を見せつけてくる質の悪い男もいた。

 だけど、目の前の男性の物は芋虫ではない。そして、蛇でもない。それは、まさしく邪竜だ。

 男性の顔を見る。その顔には見覚えがある。

 暗黒騎士だ。

 私の中で恐怖が広がる。


「顔が青い。君の体は衰弱しているんだ。まだ寝ていないと駄目だよ」


 暗黒騎士はそう言うと屈んで手を伸ばす。屈んだ事で暗黒騎士の邪竜が目の前に迫る。


「ううん」


 そして、私は気を失った。





◆暗黒騎士クロキ


「嘘よ! アイノエ姉さんが私を殺そうとしたなんて! 暗黒騎士の言う事なんて信じない!!」


 シェンナがこちらを睨んでいう。

 自分はため息を吐く。

 浴室で気を失った彼女は再び目覚めると暴れ始めた。それを落ち着かせるのは大変だった。

 そして、落ち着いた所でこれまでの事を説明したのである。


「信じるか信じないかは別にして、それが事実だよ」


 しかし、彼女は信じていないみたいだ。


「信じられないわ……。アイノエ姉さんは私に優しかったもの」


 シェンナは俯いて言う。

 実際にアイノエは最初の頃は優しかったのだろう。

 しかし、シェンナが頭角を現すにつれて憎らしくなったようだ。


「最初はそうだったみたいだね。でも最近はどうなのかな?」

「…………」


 シェンナは黙る。

 どうやら心当たりがあるみたいだ。


「それに、カルキノス以前にも、命を狙われてたのじゃないかな?心当たりはないかい?」


 自分がそう言うと。

 シェンナは顔を上げる。


「確かに……。突然頭上から物が落ちたり、飲み物や食べ物に異物が入ってたりしてたけど……。もちろん後で犯人を捕まえてやろうと思っていたのだけど。まさかそれがアイノエ姉さんの仕業だなんて……」


 シェンナは考え込む。


「はあ……。それから、これは返しておくよ」


 自分は持っていたある物を机の上に置く。


「私の剣? 返してくれるの?」

「うん。元々、君の持ち物だからね。それからこの薬はもう飲まない方が良いと思うよ」


 自分は剣の次に小さな壺を取り出す。


「それは……? アサシュの入っていた壺」


 アサシュとか言う薬は少し調べたけど人間には危険な物だった。

 飲めば強くなれる。しかし、効果が切れた時に体を著しく衰弱させる。

 下手をすると命に係わる危険な薬だ。

 彼女はこの薬のせいで、ほぼ一日中寝ていた。

 まあ、その間にクーナとアリアディア見物をしていたりするのだが、それは別の話だったりする。


「何でそんな事を言うの? あなたはまるで私を心配しているみたい」


 シェンナが不思議そうに聞く。

 確かに自分が彼女の心配するのはおかしい。

 どうしてだろう?

 自分は善人になるつもりはない。だから、彼女を助けるのはおかしい。


「クロキ~」


 自分が悩んでいるとクーナが部屋に入って来る。

 クーナは隣室で髪を乾かしていたはずだ。もう乾いたのだろうか?

 薄い絹のような布で作られた部屋着はスタイルの良いクーナの体を際立たせている。


「月光の女神……」


 シェンナがクーナを見ながら呟くのが聞こえる。

 クーナは側までくると横から自分の膝の上へと座る。

 そして、自分の胸に頭を寄せるとシェンナを見て「ふふん」と笑う。

 まるでシェンナに見せつけているみたいだ。


「クロキ、そんな女は助ける必要はないぞ。殺してどこかに捨てるべきだ」


 クーナが笑いながら言うとシェンナの体がびくんと震える。


「駄目だよ、クーナ。それは駄目だよ」


 クーナの頭を撫でながら言う。

 クーナの言う通り殺すのが手っ取り早い。しかし、殺す気にはなれなかった。

 自分の立ち位置を考えれば人間側よりも魔物側だ。しかし、自分は過去に魔物を殺した事がある。

 魔物は殺せるのに人間相手だと躊躇してしまう。多分、容姿の問題だろう。

 彼女の姿が人外なら助けなかったかもしれない。

 これはある意味差別だ。


「む~。それではその女をどうするのだ。クロキはまた女を増やすのか?」


 クーナが頬を膨らませながら言う。


「いや! いや! そんな事はしないよ!!」


 自分は首を振る。

 シェンナはなかなかの美人だ。

 しかも、細い体であるにも拘わらず、中々さわり心地が良かったのは運んだ時に確認済みだ。

 だけど、無理やりするのは駄目だと思う。

 それが、どんなにペロペロしたくなるような足であっても、そんな事をしてはいけない。


「むむむ~!!」


 そんな事を考えているとクーナが自分をつねる。

 しまった。顔に出ていたみたいだ。

 クーナが可愛く睨んでいる。


「痛い! 痛いよ! クーナ!!」


 何とかクーナを宥める。

 シェンナを見ると不安そうにこちらを見ている。

 当然だろう。殺すと言われれば不安に思うに違いない。

 殺すつもりもないが、解放するわけにもいかない。

 シェンナを解放すれば、アイノエはシェンナを殺すだろう。

 それにシェンナはレイジ達の所に行くかもしれない。

 そうなればアイノエは終わりだ。

 アイノエの味方をするつもりもないが、シェンナの味方をするつもりもない。

 だから、シェンナを殺さず逃がさず監禁しているのだ。

 彼女に巻き付けた黒い棘はこの家から出ようとすると締め付けるようにしておいた。

 これで彼女はこの家から出る事はできないはずだ。

 逃げないのならそれなりの生活は保障しよう。

 しかし、クーナの言うとおりこのままにしてはおけない。

 何とかならないだろうか?

 要はアイノエがシェンナを狙わなければ良いのだ。そうなればレイジ達の所に行かないと約束する事を条件に解放しても良いだろう。

 そのためには、まずアイノエを説得するしかない。

 だけど、できるだろうか?殺そうとした相手と和解できるだろうか?


「はあ」


 だけど、やるしかない。

 とりあえず、明日にでもアイノエの様子を見に行こう。そう思った。


サブタイトルをつけてみました。タイトルだけでストーリーがわかると良いのですが。

何とか頑張って続きを書きたいと思います。



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[一言] 勇者に演劇をやれっていう流れが唐突すぎて
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