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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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迷宮捜査

◆戦乙女シズフェ


「シズフェ! 何で俺だけ呼ばれねーんだよ!!!」


 ノヴィスが文句を私に文句を言う。

 その声が大きかったのでアリアディア共和国の中央広場にいた人達の視線が私達に集まる。


「そんな事を言われても知らないわよ!!」


 私は言い返す。

 時刻は昼であり、人も多い。そんな大声を出さないで欲しい。

 昨夜の晩餐に呼ばれなかった事をノヴィスが怒っている。

 そもそも今日会うまで晩餐の事すら知らなかったのだ。


「ごめんね、ノヴィ君。私達だけで楽しんじゃって」


 一緒にいるマディが謝る。だけどマディが謝る必要はない。

 そもそも、ノヴィスを呼んだら宴が台無しになる事は目に見えている。

 だからこそ呼ばれなかったのだ。

 また、自分だけが呼ばれなかった事を知ればノヴィスが怒る事もわかっていた。

 私はなるべく秘密にしようとしたがケイナ姉がうっかり喋ってしまった。

 そして、彼はここに来たのである。


「マディが謝る必要は無いわよ。もうケイナ姉が喋るから……」


 私はケイナ姉を睨む。


「悪いなシズフェ、喋っちまった。わはははは」


 ケイナ姉は謝るが、これっぽっちも悪いと思ってなさそうだ。


「そもそも何しに来たのよ! ノヴィス!!まさか文句を言いにだけ来たわけじゃないわよね」


 もし、ノヴィスが文句を言いに来たのならかなり暇な奴だと思う。


「いや……。だってよ、お前あの勇者に頼まれて何かするって言うじゃねーか」


 ノヴィスは何か言い難そうにそっぽを向く。

 確かにこれから捜査の打ち合わせにレイジ様達に会いに行く。

 だけどバラバラで行くのでは無く、皆で一旦集まってから行く事にした。

 そのためにこの中央を待ち合わせ場所にしたのだ。

 今の所レイリアさんを除いて全員集まっている。


「何それ?意味がわからないわ」


 本当に何が言いたいのだろう?ノヴィスは。


「ああ~。何だかノヴィ君が可哀そうになってきた」

「そうだな……」


 マディとケイナ姉が何か言い合っている。

 ちなみにノーラさんは興味が無いのか会話には参加していない。


「何よ2人共。何か知っているの?」


 私は2人を見る。


「ま~、何だ。ノヴィスはシズフェを手伝いたいんだよ」


 ケイナ姉がノヴィスを見ながら言う。

 ノヴィスは不機嫌そうにそっぽを向いている。

 ノヴィスが手伝いたいと言うのは本当だろうか?だとしたらお礼を言わなければならないだろう。

 何しろ人手は多い方が良い。


「そうだったのノヴィス。ありがとう助かるわ」


 私はノヴィスにぎゅっと抱き着いてお礼を言う。

 ノヴィスは探索向きでは無いが強い。戦闘では頼りになるだろう。来てくれるのは素直に嬉しい。


「おお……。別にいいって事よ!!」


 ノヴィスは嬉しそうに言う。先程のふてくされていたのが嘘みたいだ。


「うわー。ちょろいね」


 マディが呆れた声を出すのが聞こえる。


「さて、後はレイリアさんだけね」


 私は最後の1人が来ていないか周りを見る。

 そこである人を見付ける。


「あれ? あの人は?」


 一度会った事が有る人だ。

 名前は何だっただろう?だけど見覚えがある。

 あの人はノヴィスが殴った荷物持ちの男性だ。


「おや?名前は何だったか忘れたが、確かキョウカ様の従者の男じゃねえか」


 ケイナ姉が私の視線を辿って、同じように男性を見付ける。


「でも女の人を連れているよ。誰かな?」


 マディの言う通りだ。男性は顔を隠した女性を連れている。顔を隠しているがその豊かな胸の膨らみは間違いなく女性だろう。


「ほう……。顔を隠しているが、あれはかなりの美人だな」


 ノーラさんが笑いながら言う。

 ノーラさんの目は確かだ。一緒の女性はかなりの美人に違いない。

 女性の着ている服は一緒に歩いている男性に比べてかなり上等な物だ。顔を隠しているヴェールには綺麗な金糸の刺繍が施され陽光を反射して輝いている。

 どこかの貴婦人なのだろうか?

 その貴婦人は顔を隠して誰かわからない。だけど、知っている人のような感じがした。


「いったいどんな関係なんだろう?」


 マディでは無いが私も気になる。


「さあな。見る限り、主と従者みたいだが、何か親密そうだな。おい」


 ノヴィスは下卑た笑いを浮かべて2人を見る。

 貴婦人の格好がとても良いのに対して男性の服はあまり上等ではないので、普通なら2人の関係は主人と従者だと思うだろう。

 しかし、貴婦人は男性の腕にしがみ付いて歩いている。

 主従関係だとすれば2人は親密すぎる。

 2人は広場を仲良さそうに歩いている。


「そういえばノヴィス。あの人に謝った?」

「謝る? 何をだシズフェ?」


 私は頭が痛くなる。


「ノヴィス! 一緒に来てあの人に謝るわよ!!」


 私はノヴィスの手を引っ張る。


「ちょっ?! 何だよ! シズフェ!!」


 抗議をするが聞かない。私はノヴィスをあの男性の元へと連れて行く。


「ちょっと待ってくれあたいも行くぜ」

「あっ私も!!」

「うむ一緒に行こう。美人は近くで見たいからな」


 一緒にケイナ姉にマディやノーラさんまで付いて来る。


「あの!!」


 私は2人に声を掛ける。

 2人は振り返る。


「何だ? お前達は?」


 貴婦人が私達を見て不機嫌な声を上げる。

 綺麗な声だ。その声はレーナ様に似ている。

 声を掛けられた貴婦人はかなり怒っているみたいだ。

 その怒りを察したのか男性が慌てて前に出て私達と貴婦人の間に立つ。


「はははは、また会いましたね。頭の怪我はどうですか?」


 男性は笑いながら私を見て言う。怒っている貴婦人とは対照的だ。

 そして、頭の怪我と言われて一瞬何の事かわからなくなるが、思い出す。

 おそらく、女神レーナ様と出会った時の事だろう。

 この男性は私が頭を怪我してレーナ様の神殿に運ばれた所を見ていたに違いない。

 しかし、まさか気にされているとは思わなかった。


「はい、ある御方に治癒していただきましたので……」


 私は少し言葉を濁す。女神様に治癒してもらったと言うわけにはいかない。それに言っても信じないだろう。


「ああ、それは良かったです。ところで何かご用でしょうか?」


 男性は貴婦人のように怒ってはいない。とてもにこやかに応対してくれる。


「いえ……。ただ、あなたに対してノヴィスを謝らせようと思いまして」


 私がそう言うと男性は訝しげな顔した後、何かを思い出したような顔をする。


「ああ、そんな事ですか。もう良いですよ。膝枕もしてもらいましたから」


 男性が笑いながら手を振る。

 膝枕とは何の事だろう?

 まあ良い、そんな事よりもノヴィスに謝らせなければ。

 私はノヴィスを前に出す。


「ほら、ノヴィス!!」


 私はノヴィスを前に出す。


「ああ、悪かったな」


 ノヴィスがぶっきらぼうに言う。

 ちょっと待て!!そういう謝り方はないだろう。

 ノヴィスの頭を掴むと無理やり下げさせる。


「ごめんなさい。こいつにはもっと言って聞かせますから」


 私も一緒に頭を下げる。


「いえいえ、もう良いですよ」


 男性は本当にもう気にしていないみたいだ。


「なあ、兄ちゃん。そっちの方はどなたなんだい? 勇者様の関係者かい?」


 ケイナ姉が気になっている事を聞く。

 実は私もさっきから気になっていたのだ。

 男性はキョウカ様の使用人のはず。

 だとすれば一緒にいる彼女もまた勇者様の関係者なのだろう。

 顔を隠している所を見るとかなり重要人物かもしれない。


「こちらは……。そうですね。……自分の妻です」


 しかし、男性の口から発せられた言葉は意外だった。

 全員の口から「おおっ!!」と驚きの声が出る。

 横でノヴィスが嘘だろと呟くのが聞こえる。


「そうだ、妻だぞ」


 貴婦人が嬉しそうに胸を張る。すると豊かな胸が揺れる。

 ノヴィスがその胸を凝視するのを感じる。


「それでは自分達はこれで失礼します。妻と共にアリアディアを見物しますので」


 男性が一礼すると妻と共に去って行く。


「まさか、妻帯者だったとはな」


 ノヴィスが呟くとマディが頷く。確かに奥さんがいるような感じではなかった。


「それにしても、かなり仲が良い夫婦みたいね。羨ましいわ……」


 結婚の女神の信徒でもあるので、仲の良い夫婦には憧れる。


「おいおい、シズフェならすぐに良い相手が見つかると思うぜ……」


 ケイナ姉が何故かノヴィスを見ながら言う。


「もう、私よりもケイナ姉が先でしょ! 結婚しないの?」

「あたいには結婚は無理だな……。それよりもレイリアは遅いな」


 ケイナ姉が話題を反らす。

 私は溜息を吐く。

 まあでも、結婚の話を振られたくないので、乗る事にする。

 結婚はまだする気になれなかった。

 以前に、お母さんから何件もお見合いの話しを進められた事を思い出す。

 歳は20も30も上で、お世辞にも美男子とは言えないが、全員お金持ちで誠実そうだった。

 若い美男子じゃないと嫌だと言うつもりはない。

 同じお金持ちでも若い美男子は数が少ない上に、もっと良い所のお嬢様と結婚する。よって、そんな事を言っていたら結婚できない。

 彼らは若い時に、すごく苦労してお金持ちになり、ようやく結婚できるようになったのだ。

 本当ならかなり良いお相手と言える。だけど私は断った。

 もったい無い事をしたなと思う時もあるが、もう良いだろう。

 私は違う話題を持ち出す。

 みんなで延期された歌劇の話しをしている時だった。レイリアさんがやって来る。


「皆さん。遅くなりました」


 レイリアさんが謝る。


「もう遅いよ! レイリアさん!!」


 私は冗談っぽく言う。


「すみませんシズフェさん。おや……」


 レイリアさんが私の頭を見る。


「へへ、どう似合うかな?これで私も戦乙女よ」


 私は自分の兜を触って言う。

 今、私の兜の両側には翼の飾りが付いている。

 この兜の翼の飾りは戦乙女が付ける物だ。

 レーナ様から加護をもらった私は正式に信徒となり、レーナ神殿から戦乙女の称号をもらった。兜はその時に渡された物だ。

 私はフェリア様の信徒でもあるが問題は無い。レーナ様はフェリア様の義理の娘であり、同時に信徒になる事は許される。

 戦乙女は本来ならレーナ様に仕える天使様の事を指すが、特別な信徒に対して神殿が同じ称号を授けたりする。

 そして、神殿は戦乙女の称号を持つ者に魔法の兜を授けるのである。

 この兜は敵を感知する能力がある上に着用者に勇気をくれる。

 ちなみに、この翼の飾りは戦乙女の称号を持つ者のみが付けて良い物では無いわけではない。個人で勝手に付けても特に問題はなかったりする。


「ええ、とても良くお似合いです」


 レイリアさんは笑って答える。


「それじゃあ、行きましょうか」


 私が言うと皆が掛け声を上げるのだった。






◆暗黒騎士クロキ


「クロキ、人が多くて歩きにくいぞ。吹き飛ばしても良いか?」


 何度目だろう?またクーナが物騒な事を言う。


「駄目だよ、クーナ。吹き飛ばしたりしたらさ……」


 そういえば前にも同じ事をレーナが言っていた事を思い出す。元が同じだから行動も同じなのだろうか?

 昼になり、陽光の中を自分とクーナは一緒にアリアディア共和国を歩いている。

 クーナでは無いが確かに人が多く感じる。

 おそらく、レイジを見に来た観光客が多いのだろう。

 それでなくてもアリアディアは外から来る人が多い。

 元々、アリアディア共和国は中央大陸の東側と西側の境にある国だ。

 そのため、外の国に比べて旅人の数が多い。

 自分はアリアディア共和国を歩いている旅人らしき者達を見る。

 ズボンを履いて、丈夫そうなブーツを履いているのはおそらく東から来た者だろう。

 大陸の東側は森や山が多い。そのため歩く時に肌を傷つけないようにズボンを履く者が多い。

 逆にセアードの内海がある西側はズボンを履かずに、素足にサンダルを履くものが多い。

 もちろん例外もある。東側でも海の近くにある国は素足にサンダルで、西側でも山や森が多い所はズボンに靴を履くだろう。

 この東西が入り混じるアリアディアはこの世界の服装の坩堝である。

 その東西の旅人が多く来ているために中央広場は歩きにくかった。

 しかも、クーナは顔や体を隠すヴェールを被っているために余計に歩きにくいだろう。そのためか、少しいらいらしているみたいだ。

 先ほどシズフェから話しかけられた時に攻撃しようとしたのもそのためである。

 早めに戻った方が良いかもしれないな。


「クーナ。戻るかい?」


 自分が尋ねるとクーナは首を振る。


「いや、クーナはもっとクロキと歩きたい」


 クーナがぎゅっと左腕を掴んでくる。クーナの柔らかい胸の感触が左腕をとおして伝わって来る。

 どうやら自分は勘違いをしていたようだ。クーナは歩きにくくていらいらしていたが、自分と一緒に歩く事が嫌なのでは無い。むしろクーナも楽しんでいるみたいだ。


「そう、じゃあ行こうか」


 この先に氷菓子を売っている所がある。

 レーナと一緒に食べた場所だ。そこへ向かって歩き出す。


「むっ? そういえばこの道は知っているぞ。夢の中でクロキと氷菓子を食べた場所だ」


 クーナのその言葉を聞いて驚く。

 どういう事だろう?

 もしかして、レーナとクーナは精神的な何かが繋がっているのかもしれない。

 そこで、自分はある事に気付く。

 クーナがレーナの夢を見るのなら、その逆もあるのではないだろうか?

 だとすれば、何故レーナが自分の行動を把握していたのかも理解できる。

 レーナはクーナを通して知っていたのだ。


「どうしたのだ?クロキ?」


 突然黙り、考え込んだのでクーナが自分の顔を下から覗き込む。


「いや、何でもないよ」


 考えた所でどうにもならない。今更クーナ無しの人生は考えられない。情報が筒抜けだったとしてもどうしようもない。


「そうか、行こうクロキ!!」


 クーナが引っ張る。

 その笑顔を見てまあ良いかと思う。別に知られて困るような情報は特に無い。

 むしろ見せつけてくれるわっ!!

 そう思いながらクーナと歩くのだった。





◆黒髪の賢者チユキ


 昼になり、私とレイジは2人で将軍府へと行く。

 理由はカルキノス事件の捜査本部を将軍府に設置するからだ。

 2人なのはシロネとリノとナオははしゃぎ過ぎて、まだ眠っているからだ。サホコはその3人の面倒を見るために残った。キョウカとカヤは商売のために聖レナリア共和国に帰った。

 レイジもまだ眠たそうだったが、無理やり起こして連れて来たのである。

 部屋に入るとクラススとデキウスがすでに来ていた。


「どうぞで、ゴブ」


 クラススに仕える奴隷ゴブリンが私とレイジにお茶をくれる。

 お礼を言いかけてやめる。

 奴隷ゴブリンには下手にお礼を言ってはいけない。

 調べた所によると、奴隷ゴブリンを作ったのはホバディスという魔術師らしい。

 そのため奴隷ゴブリンをホバディス・ゴブリン。縮めてホブゴブリンと呼ぶ事が多いそうだ。

 魔術師ホバディスは多忙なため家を留守にする事が多かった。そこで、留守にしている間、忠実に家を守る使用人を求めた。

 彼はゴブリンに目を付け、自身を奴隷であるという暗示の魔法をかける事で忠実な「家付き妖精」を作りだしたのである。

 ホブゴブリンは自身を奴隷であるという暗示の魔法をかけられている。そのため、奴隷として相応しくない行為をすると魔法が解けてしまう可能性がある。

 だから、食べ物も残り物のパンとミルク等を与えなければならない。着る服も上等な服を与えてはいけない。

 もし、奴隷らしくない上等な服を与えてしまうと「もしかしてオイラは奴隷じゃないかも、なら良い事や~めた」と言ってどこかへ行ってしまう可能性がある。

 だから、下手にお礼を言う事もできない。彼らは奴隷として当然の事をしているのだから。

 ホブゴブリンはお茶を出すとやがて退出する。


「今後の方針なのですが……。正直、どうしたら良いかわからない状態です」


 デキウスが申し訳なさそうに言う。

 レイジが横で落胆するのがわかる。


「そうですか……。では地道にやるしかありませんね。クラスス将軍殿、そちらの人員はどれくらい割けそうですか?」


 私はクラススを見る。

 そもそも捜査本部を将軍府に設置したのは、捜査のための人員をあてにしたいからだ。

 オーディス神殿の法の騎士の数は少ない。人手が必要な時はあてにできない。


「チユキ殿。兵士でしたら、いくらでも用意できます。またテセシアの自由戦士に声を掛ければ何人でも来るでしょう」


 クラススは笑って答える。これで人員は確保できた。さてどうするか?

 考えていると、将軍府の役人が来訪者を告げる。

 部屋に案内されて来たのはシズフェ達だ。


「ごめんなさい遅くなりました」


 シズフェが頭を下げる。


「いや、良いよ。俺たちも今来たところさ」


 レイジが笑って答えると、喜ぶシズフェ達とは対照的にノヴィスの顔が険しくなる。

 どうやら、彼も来たようだ。

 理由はシズフェをレイジの魔の手から守るためだろう。


「あれ、シズフェさん。その兜は? 女神レーナの信徒になったの?」


 今シズフェが付けている兜は戦乙女の兜に似ている。

 レーナの聖鳥は白鳥だ。戦乙女達はもちろん、その信徒は兜の両側に白鳥の翼の飾りを付ける者が多い。

 余談だが、戦乙女達を白鳥の乙女、そして聖レナリアの神殿騎士達を白鳥の騎士と呼ぶ事があったりする。

 そのレーナ信徒の翼の飾りがシズフェの兜にもある。


「はい、レーナ様から加護を貰いましたので」


 シズフェは笑顔で言う。すごくうれしそうだ。


「へえ、良く似合っているよ。シズフェちゃん」

「ありがとうございます。レイジ様。ああ、そうだ。先程従者の男性に出会いましたよ」

「従者の男性?」


 私は何の事かわからない。


「男の従者は知らないな。知っているかチユキ?」

「私も知らないわよ、レイジ君。キョウカさんが新しく雇ったのかしら」


 キョウカはカヤと共に商売をしている。

 そのために人を雇う事もある。基本的に女性しか雇わないみたいだけど、男性を雇わないとは限らない。


「そうですか……? シロネ様と昔からの知り合いだと聞いたのですが?」


 シズフェは首を傾げる。


「シロネの?」

「はい。奥さんと一緒に歩いていました」


 私は頭が混乱する。妻帯者でシロネの昔の知り合いなんて知らない。


「わからないな。シロネにそんな男がいるなんて聞いた事がない」


 レイジが少し不機嫌そうに言う。

 私も同意見だ。昔からと言う事は聖レナリア共和国で知り合ったという事だろうか?この世界に来てまだ何年もたっていない。それでも昔からと言うのだろうか?

 そもそも一体、何時の間にそんな男性と?しかも妻帯者ですって?


「シズフェさん。その男性の名前は何て言うのかしら?」


 私はシズフェに聞く。


「ごめんなさい。以前に聞いていたのですが覚えていなくて……。その……」


 シズフェは仲間を見る。

 シズフェの仲間達は全員首を振る。どうやら誰も名前を憶えていないらしい。


「まあ、名前を覚えていないって事は、そんなに重要な奴じゃないって事だな。たまたま、キョウカが雇った男と知り合っただけだろう」


 レイジがそっけなく言う。

 確かにレイジの言う通りだろう。たまたま、キョウカが雇った男性と知り合っただけに違いない。

 昔からの知り合いなどと大げさに言うから混乱するのだ。


「まあ、そうでしょうね。それよりも先に進めましょう」


 私はその男性の事を忘れる事にする。


「それでは今後の方針なのだけど、とりあえず、あの晩にいた人達を全員調べようと思うわ」


 全員を見ながら言うとクラススとデキウスが苦笑いをする。

 当然だ、出席者の数は多い。お客さんだけでなく警備員や給仕まで調べるとかなりの数になるだろう。だからこそ人員が必要なのだ。


「まあ、他に手がかりがあるなら良かったのだけどね……。男性はデキウス卿とクラスス将軍の兵士にお願いしたいわ。そして女性の出席者にはシズフェさん達と私達が調べるわ。良いかしら?」


 私が言うとシズフェさんが頷く。兵士のほとんどは男性だ。

 そのため女性を調べるための人手が少ない。シズフェ達にお願いしたのもそういう理由からだ。


「任せてくれ! 女を調べるのは俺がブギャ!!」


 ノヴィスが何か言っている途中でシズフェが肘鉄をノヴィスに喰らわせる。


「申し訳ありません。こいつが暴走しないように監視しますから……」


 シズフェが謝る。

 そう言えばこいつがいる事を忘れていた。まあシズフェがいれば問題は……多分ないだろう。


「はあ、まあ良いわ。それじゃ……」


 私がさらに何か言おうとした時だった。役人が新たな来訪者を告げる。

 来訪者の名前はミダス。何でも劇団の団長をしているらしい。


「ミダス団長と言う事は、妹のシェンナに関しての事でしょう。私に用事みたいですね。少し席を外しても宜しいでしょうか?」


 デキウスは席を外そうとする。


「待ってくれ。シェンナと言うのはあの時の踊り子の事だろう? 事件の現場にいた子の話なら俺達も聞いた方が良いんじゃないかな?」


 レイジの言葉で思い出す。

 カルキノスが現れた時に現場にいた踊り子が確かそんな名前だ。ちょっとしか顔を会わせなかったのに良く覚えていたなと思う。さすがレイジだ。

 しかし、確かに話を聞いておきたい。


「確かにそうね。デキウス卿、私達も一緒に話を聞かせてもらえないでしょうか?」


 私が言うとデキウスが頷く。


「……わかりました。こちらに連れて来ましょう」


 デキウスが少し困った表情で承諾する。

 1人の男が入って来る。大きな男だ。


「初めましてえ。勇者様ぁ。劇団ロバの耳の団長をしているミダスと申しますわ」


 ミダスの声は独特だった。

 男性にしては何か変だった。レイジも奇妙に感じたのか眉を顰める。


「レイジ殿にチユキ殿。ミダス団長は女神イシュティア様の熱烈な信奉者なのです」


 私が疑問に感じたのを察したデキウスが説明してくれる。


「ああ、なるほどそうですか……」


 私は違和感の正体に気付く。

 愛と美の女神イシュティアの熱烈な信奉者の男性は聖なる儀式で自分の性器を女神に捧げる。

 性器を捧げた彼らは儀式を一晩中続ける。太鼓の乱打、剣と楯を打ち鳴らし、踊りに歌に叫び声によって、女神への崇拝を示すのだそうだ。

 つまり、ミダスは自らの意志で去勢した男性なのだ。いや、イシュティア教団では女性として扱われるらしいので女性と言うべきだろう。

 違和感の正体はそれだ。ミダスは男性の姿をした女性なのだ。


「ミダス団長。どうかされたのですか?」


 デキウスが尋ねるとミダスは困った表情で言う。


「デキウス様。実はシェンナが昨晩出かけたまま戻って来ないのです」

「シェンナが?!!」


 ミダスは頷く。


「他の団員ならともかく、シェンナは必ず遅くなる時は連絡をしますわ。それが昨夜出かけたまま戻って来ないのです。昼になっても戻って来ない所を見ると何かあったのかもしれませんわ。だからデキウス様にお知らせしようと思いまして……」


 ミダスが野太い声でしなを作りながら言う。そのしぐさにデキウスを除く男性陣が嫌そうな顔をする。


「そんな、シェンナが……いなくなった……。もしかして……」


 デキウスが何か考えると腰から何かを取り出す。

 布に包まれている細長い物だった。


「それは?」

「これは、事件が起こった後にシェンナから預かって欲しいと渡された物です」


 クラススの言葉にデキウスが説明する。


「中身は何なのですか、デキウス卿?」

「わかりませんチユキ殿。シェンナから中身を見ないで欲しいと言われたので……。しかし、シェンナがいなくなった事に関係するかもしれません。ですから中身を見ようと思います」


 デキウスは困った顔をすると布を広げる。

 中から現れたのは一本の細長い筒だった。


「そっ! それは!!!」


 ミダス団長が慌てた声を出す。

 全員がミダスを見る。


「どうかしたのですかミダス団長?」

「いえ……。何でもありませんわ……」


 しかし、ミダス団長の顔は青い。


「これは笛のようですね。ですがここに魔術師の紋章があります。チユキ殿、見ていただけませんか?」


 デキウスが私に笛を渡す。

 横に座っていたレイジも私の側に来て笛を見る。


「確かに魔術師の紋章だな」


 レイジの言う通り。笛には魔術師の紋章である五芒星が描かれている。

 五芒星は知識と書物の女神であるトトナの聖印であり、魔術師協会の紋章だ。

 この世界でも五芒星は魔術の紋章である。日本でも五芒星は晴明紋と呼ばれ魔術や呪術の紋章になっている。

 だけど、ここに描かれているのは違うだろう。


「違うわよ、レイジ君。文字の向きから、多分これはこちらが上よ」


 私は首を振ると、笛を逆さにする。

 すると逆さになった五芒星は逆五芒星となる。


「逆五芒星……。黒山羊の頭の紋章……。魔王崇拝者の印」


 呟いたのは魔術師のマディと呼ばれる女の子だ。魔術師である彼女はこの紋章の意味を知っているのだろう。

 私は頷く。

 逆五芒星はその形から黒山羊の頭の紋章と呼ばれる。そして魔王の配下の邪神であるルーガス・サテュナキアの紋章だ。

 私達がナルゴルに攻め込んだ時に、その邪神は姿を現さなかったが彼の配下のレッサーデイモンはこの紋章の旗を掲げて私達と戦った。

 また、この紋章はその邪神の崇拝者だけでなく人間の魔王崇拝者も好んで掲げる事が多い。つまり、この笛を持つ者は魔王を崇拝している可能性が高い事になる。


「馬鹿な! なぜシェンナがそんな物を?!!」


 デキウスが大声で立ち上がる。


「落ち着いてくださいデキウス卿。チユキ殿……。どういう事でしょうか?」


 クラススが尋ねる。


「この笛からは魔力を感じます。そして何かを操るための道具みたいね……。この笛が現場にあったとすると、もしかするとカルキノスはこの笛の音で姿を現したのかもしれないわね」


 私が笛を魔力感知で調べて言うと全員の顔が驚きで染まる。


「なぜ、そんな物をデキウス卿の妹君が持っていたのだ?まさか、彼女が犯人だとでも言うのでしょうか?」

「クラスス将軍殿! シェンナは犯人ではありません!!」


 デキウスが即座に否定する。


「俺も彼女が犯人とは思えないな。それなら法の騎士である兄にそんな物を預けたりしないはずだ。おそらく彼女はその笛を現場で拾ったんだ。そして、それを兄に預けた」


 レイジも同調する。

 女性を庇う事に関してレイジは素早い。


「彼女が犯人かどうかわからないけど、事件に関わっていると思うわ。そして、この笛だけど、確かこの笛って事件の時にサテュロスに扮した男性が吹いていた笛じゃないかしら?」


 私は笛を見る。

 この笛は2つの管を1つに纏めた物だ。笛は吹く時に頬を膨らませなければいけないので、奏者は面白い顔になる。

 そのため、貴族や上流階級が趣味として嗜まれる竪琴とは違って敬遠される事が多い。よって、この笛は主に職業演奏者によって奏でられる。

 そして、職業演奏者達は主に宴会等でその笛を奏でるのである。

 事件が起きた時も、この笛が吹かれていたのではないだろうか?


「そうですな……。確かにサテュロス達が吹いていた笛に見えます」


 クラススが同意する。


「確か、宴会にいたサテュロス達は……」


 私はミダスを見る。確かシェンナは溺れたサテュロスの1人を仲間と呼んでいた事を思い出す。


「……宴席にいたサテュロス達はうちの劇団員のはずですわ……」


 ミダスは観念したように言う。


「なるほど、彼女はこの笛を吹いていたサテュロスが犯人だと気付いた。しかし、劇団を庇って自分の力のみで事件を解決しようとした。笛を預けたのは万が一の保険と言う所かな?」


 レイジが推理をする。


「だとすればシェンナの身が危ない! 急いで助けにいかないと!!」

「デキウス卿、落ち着いてください。まだ危険と決まったわけではないわ」


 デキウスの気持ちはわかる。私も仲間が危険だったら平静でいられないだろう。だけど、今は落ち着くべきだ。


「ミダス団長。あなたの劇団を調査したいのですが宜しいですか?」


 私はミダスを見る。


「はい……。仕方がありませんわ」


 ミダスはしぶしぶ了解する。


「予定変更ね。出席者を全員調べなくても良さそうだわ」


 私はこの場にいた全員を見る。デキウスには悪いが余計な手間が省けたと思う。

 私達は劇団を調査する事にするのだった。


「妖精ディックの戦い」は妖精物の小説としてすごく面白いと思います。ホブゴブリンの参考にしました。またイシュティア信徒はキュベレイとアティスやアフロディーテとアドニスの神話を参考にしています。後は何気にシズフェさんをワルキューレにクラスチェンジです。

九州に住んでいますが地震で揺れています。大丈夫かな(゜д゜;) 。

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