月光の中で
◆暗黒騎士クロキ
「なるほどそういう事か……」
「はい、そうでございます……。ディハルト閣下。決して裏切ろうと思ったわけではないのです……」
暗黒騎士の姿になった自分はゼアルから報告を受ける。会った事は無いが自分の事は知っていた。どうやら自分は結構有名人のようだ。
そのゼアルは自分に跪いている。
ゼアルは黒毛種のサテュロスだ。ダークサテュロスとも呼ばれる事もある。
ダークサテュロスは他のサテュロスより山羊に近い容姿をして、黒毛である。
彼らはナルゴルに住むサテュロスで魔王モデスの腹心であるルーガスの眷属だ。
ルーガスは普段は角の生えた人間の老人の姿をしているが、その正体は翼の生えた山羊である。
ダークサテュロスは白毛や茶毛のサテュロスに比べて腕力や魔力が強く、上位の魔族であるデイモン族の次ぐらいに強い。
その為、同じぐらいの強さのケール族やハイリザードマン達と共に下位デイモンと呼ばれる事もある。
彼らのほとんどはルーガスとその弟子であるウルバルドの配下である事が多く、調査のためにナルゴル外に派遣される事がある。
ゼアルは元々ウルバルドの配下で邪神ラヴュリュスの監視の為にこの地に派遣されていた。
自分はゼアルの存在をこの地に来る時にウルバルドから少し聞いていたのである。
そして、この地に派遣されていたゼアルはある時を境に連絡が途絶えて行方を眩ませた。
理由は邪神ラヴュリュスの仲間のアトラナクアに抱き込まれたからだ。
ゼアルはウルバルトの配下の中でもかなりの強さだったが潜伏能力は低く、アトラナクアに発見された。
その存在に気付いたアトラナクアはゼアルに近づいた。
ゼアルはアトラナクアがラヴュリュスの仲間と気付かず、ナルゴルの情報を彼女に流していたらしい。
おかげでラヴュリュスはモデスの監視の目を逃れて地上に自身の傀儡国家を作る事に成功していたのである。
その後ゼアルはアトラナクアがラヴュリュスと繋がっている事がわかり、その事がウルバルトにばれた時の事を怖れて行方を眩ませた。
そして、逃げたゼアルはアトラナクアの元に身を寄せた。
もちろん、モデスは捜索隊を出したが、見付ける事は出来なかった。
また、当時はナルゴルもレーナとの争いが激しくなっていたため、捜索を続ける事ができなかった。そのままゼアルの行方はわからなくなっていたのである。
そして、今回アトラナクアを捕えた事でゼアルの行方がわかった。
今頃ゼアルの裏切りを知ったウルバルドは怒っているだろう。
いずれ、ウルバルドの配下がゼアルを捕らえに来るに違いない。
しかし、そんな事は自分にとってはどうでも良い。
一応自分もナルゴルの一員ではあるのだが、正直腹は立たない。
おそらく、ここに来るまでゼアルの事を知らなかったからだろう。
問題は今回のカルキノス騒動にこのゼアルが裏にいたという事だ。
ゼアルはアトラナクアの仲間として闘技場の魔物を逃がす事に加担していた。
その時にカルキノスを操る方法を知ったらしい。
それにしても、まだここにいてくれて助かった。
アトラナクアからこの場所を聞いてはいたが、アトラナクアが捕らえられた時点で、この拠点を放棄している可能性もあった。
そして、クーナを置いてここに来たのである。
クーナを置いて来たのはこの地下室の上にある店がかなりいかがわしい店だったからである。
可愛いクーナには、なるべく近寄らせたくない場所だ。
地下まで来るのは大変だった。
店の場所はアトラナクアから聞いていたがその内部構造まで聞いていなかったのである。
仕方がないから隠形の魔法で潜入したが、それは失敗だった。
店の奥を探索すると複数の男女が合体していたのである。
綺麗な女の人なら良いが、毛むくじゃらのおっさんが男娼に後ろから伸し掛かられているのを見た時はさすがに吐きそうになった。
気分を落ち着けるため店の外に出て、再び入ろうかどうか迷っている時にマルシャスという男に声をかけられたのである。
おかげここまで来る事ができた。
このマルシャスという男には感謝しなければならないだろう。
「あの、閣下……。どうかウルバルド様にお取りなしをお願いします」
ゼアルが山羊の頭を下げてお願いをする。
そもそもゼアルは裏切るつもりはなかったらしい。
だけど、弁明もせず行方を眩ませた以上は裏切りと見られても仕方がない。
モデスなら許してくれるかもしれないが、ウルバルドは許さないだろう。
「悪いけどそれは無理。だけど見逃してあげるよ」
自分にできる事はそれだけだ。
それに自分が言った所でウルバルドが許すとは思えない。
「そうですか……」
ゼアルが悲しそうに言う。
「仕方がないだろ……。それよりもここから逃げた方が良いと思うよ。そのつもりが無かったとはいえ、勇者に敵対したのだからね」
自分はそう言ってゼアルの後ろに控えているアイノエと魔女達とマルシャスを見る。
彼女達は震えながら頭を下げている。
先ほど自分が使った恐怖の魔法を影響がまだあるようだ。
今回の一件はアイノエがシェンナに嫉妬して引き起こしたものだ。
レイジ達が標的ではなかった。
アイノエはゼアルの愛人だ。
黒毛とはいえサテュロスである事には変わりはないので、同じように女好きだ。
なんでもナルゴルの外へと派遣されたダークサテュロス達はこっそりと人間の女性を愛人にする者が多いらしい。
そして、愛人となった女性は見返りに力をもらい魔女となる。
この力を与えるという行為は神や天使が人間に与える加護と似ている。
エリオスの神々は自分達の眷属である人間を増やしたいと考えている。
また、天使達は数が少なくエリオスの守りや天空の管理や他の雑事が多く、地上まで手が回らない事が多い。
よって、人間達だけで頑張ってもらわなくてはならない。
しかし、人間は弱い。そこで何とか強くしようと色々とてこ入れをするのである。
代表的なのが使い魔にする、つまりは使徒にするわけだが。使徒にするには手間がかかる上に子孫を増やそうとしなくなるなどの問題が発生する。
そこで、手間がかからず、より効果的な方法を模索して人間を強化しようとする。
その強化する行為が加護である。
この加護の内容はそれぞれの天使が仕える神によって違う。
例えばレーナに仕える戦乙女達は目ぼしい信徒に対して特殊な戦闘力を向上させる魔法を使ったりする。
この魔法は人間用に開発されたものらしく、天使が通常使う魔法に比べて能力はあまり向上しないが効果は長く続く。
しかし、それでも天使が使う魔法なので人間から見たら強力だ。同じ天使に使うには物足りないかもしれないが、人間にとっては大きな恩恵だろう。
また加護の中には戦闘とは関係ないものもある。結婚と出産の女神フェリアに仕える天使達は子供ができやすくなる加護を人間に与える。
それは魔法だったり、別の方法だったりする。
そして、ゼアルも天使と同じようにアイノエに力を与えたようだ。
場末の踊り子にすぎなかったアイノエはゼアルの愛人となる事で力を得た。
ゼアルがどのような加護を与えたのかはわからない。まあおそらく魅力を上げる魔法と感性を鋭くする魔法でもかけたのだろう。
そして、ゼアルの加護を受けたアイノエは今ではアリアディア共和国で一番の女優となった。
一番の女優となったアイノエには多くの男性が近づき、贈り物は山となった。連日のように上流階級の宴席に呼ばれ。紳士淑女の話題をさらった。
アイノエは得意絶頂だったようだ。何しろただの場末の踊り子が、今や押しも、押されぬ大女優なのだから。
しかし、そんなアイノエを脅かす存在が現れた。それがシェンナだ。
最初は優しくしていたアイノエも、シェンナが頭角を現してくるにつれて憎らしくなったようだ。
あの手、この手で排除しようとしたがシェンナはそれを全て躱した。
そして、ついにマルシャスを使いカルキノスをけしかける事までしたのである。
これが今回の事件の真相である。
笛はゼアルから貰ったらしい。ゼアルもアイノエが可愛くお願いするからつい渡してしまったようだ。
頭が痛くなる。何をやっているのやら……。
「閣下、お願いがあります」
こめかみを押さえていると、突然後ろに控えていたタラボスが自分に話しかける。
自分はタラボスを見る。
タラボスは少し太り気味の中年の人間の男性だ。
一見人の良さそうな外見をしているが、自分はこの男から危険な何かを感じる。
「何かな……?」
「そこの娘を私にいただけないでしょうか? その娘のせいで私の可愛いドラウグルの一体が壊れてしまいましたので」
タラボスが自分の横で寝ているシェンナを見ながら言う。
タラボスの言うドラウグルとは彼の後ろにいる白い仮面を付けた黒いローブを着ている者達の事である。
ドラウグルはアンデッドでゾンビの一種だ。
ただし、ドラウグルとなった者はゾンビと違い生前よりも超人的な力を持っている。知能もわずかだけど残し、状況判断もできる上に生前より速く動ける。
その強力さから兵士として作成される事が多く、通称で屍兵と呼ばれる。
ナルゴルにおいても冥魔将軍ゲウーデが兵士として使っていたのを覚えている。
しかし、強力であるだけにゾンビに比べて作るのが難しいと聞く。
死霊魔術の能力が高くなければ作れないのはもちろんだが、材料が入手しにくいのである。
ゾンビを作るには「ゾンビ粉」が必要だけど、ドラウグルには「流星の欠片」という材料が必要になる。
それが中々手に入りにくいみたいだ。
ナルゴルなら他の地域に比べて入手しやすいが、それ以外の地域では入手しにくいらしい。
実際にタラボスもドラウグルから流星の欠片を大事そうに回収している。
流星の欠片を回収したのは再利用するためだろう。
「この娘をどうするつもりなのかな?」
自分はわかっているが聞かずにはいられなかった。
「もちろんドラウグルにいたします。生前は優秀な戦士であったドラウグル達と戦って生き延びる程の技の持ち主です。きっと強いドラウグルになりましょう」
タラボスは笑いながら言う。
思った通りこの男は死霊魔術師のようだ。
人間で死霊魔術を使う事が出来る者は少ないと聞く。
なぜなら、ただ魔力を持って生まれただけでは使う事ができず、別の生まれ持った資質が必要だからだ。
例えば死霊魔術を得意とするストリゲスから生まれた男性は死霊魔術を使う資質を持って生まれてくるらしい。
それにしても、好き好んでアンデッドになりたがる者はいない。
タラボスの後ろにいるドラウグル達は、自ら望んでドラウグルになったとは思えない。
この男はこの娘を殺してドラウグルにすると言う。
どうやらこいつは人の皮を被った悪魔のようだ。
しかし、タラボスではないが、このシェンナという娘の技は見事だった。
強力なドラウグルを相手に一歩も引く事はなかった。だけど、相手が悪かった。
彼女の剣は生者を、しかも人間を相手にするための剣に見えた。
いわゆる殺人の剣だ。すでに死んでいるアンデッドが相手では分が悪い。
あのまま彼女が逃げ切れたとは思えない。
自分が捕えなければ殺されていただろう。
「この娘は渡せない。連れて行かせてもらうよ」
冷たくタラボスに言う。
「閣下の言う通りだぞ! 愚かな人間よ! これほどの綺麗な足をしているのだ! 生かしたまま体中をペロペロするのが普通だろうが! そうでございますな!!閣下!!」
自分とタラボスの話しを聞いていたゼアルが突然に力を込めて言い出す。
「おっ、おう」
その勢いに思わず押されて思わず賛同してしまう。
まさか人間よりも悪魔の方に賛同するとは思わなかった。
というよりもこいつは悪魔の皮を被ったエロオヤジのようだ。
「そうでしたか閣下。もうしわけございません」
タラボスは残念そうに引き下がる。
何か誤解しているみたいだ。
そんな事をするつもりは無い。ちょっと複雑な気持ちになる。
だけど、ゼアルではないがこの女の子の綺麗だ。
そんな女の子をアンデッドにするわけにはいかないのは確かだった。ここは嘘でも言っておくべきだろう。
「タラボスよ、ゼアルの言う通りだ……。その娘は帰ってペロペロする予定だ。よって連れて帰る」
自分はシェンナを担ぐ。
そろそろ戻らねばならない。
どうやらシロネが目を覚ましそうだとリジェナから報告があった。
酔いつぶれたシロネは今自分達が宿泊している別宅へと連れて帰っている。
シロネが起きるとクーナと争いになるかもしれない。
「さすが閣下ですな! わかっていらっしゃる! どうぞ閣下これをお持ち帰り下さい!!」
ゼアルが何かが入った箱を差し出す。
「これは?」
自分は箱の中身を見る。
布きれや何かの道具らしき物が入っている。
「女の身をより美しく見せる服と女に性の悦びを与える道具でございます。いずれ使おうと思っていたのですが、閣下に差し上げます」
ゼアルが箱を差し出す。
おそらく、自分に取り入って、何とか裏切りを許してもらいたいみたいだ。
しかし、先程も言ったが、自分に出来る事は無い。
そして箱を見て、ため息を吐く。
スケスケの薄い服に、紐みたいな服、そして下着のような鎧まで入っている。
頭が痛くなる。こんないかがわしい物を作って何をやっているのだろう?
ゼアルは他の黒サテュロスと同様に、この地下祭壇で魔女を相手に乱交集会を行っていたに違いない。
追われる身でありながらだ。ここは叱るべきだろう。
だから言ってやった。
「ありがとう、貰っておくよ♪」
箱を受け取ると急いで戻るのだった。
◆剣の乙女シロネ
昔の夢を見る。
私の家族とクロキの家族で一緒に旅行した時の事だ。
旅行先は自然豊かな場所。
私はクロキを誘うと親達から離れて山野を駆け巡った。
クロキが危ないと止めるのを聞かずに高い樹に登った時だった。
枝が折れて私は落下してしまった。
私は落下の衝撃で足を挫いてしまい。親達の所へ戻れなかった。
クロキが親達を呼んで来ようとしたが、私は1人になるのが嫌で引き留めてしまった。
仕方が無いからクロキは私を背負って親達の所まで戻る事にしたのである。
きっと重たかっただろう。だけどクロキは何も文句を言わず私を運んでくれた。
「ううん……」
私は目を覚ます。
なぜ昔のそんな夢を見るのだろう。
きっとクロキに運ばれる夢を見たからだ。
お姫様抱っこでベッドに運ばれる夢を見てしまった。これは恥ずかしくて誰にも言えない。
夢の中でもクロキは私に優しい。
そうだ、クロキは昔から、いつも私に優しかった。
だけど、私はクロキに優しくなかったと思う。
私はいつもクロキを家来扱いしていた。気が弱いクロキはいつも私に従っていた。
やがて、レイジ君達出会って私はクロキを避けるようになってしまった。
それは、とても冷たい仕打ちだったと思う。
きっと、どこかで引っ掛かっていたのだろう。
この世界に来てその引っ掛かりに気付かされた。だから、元の世界に戻って、もう一度会いたいと思ったのだ。
そしてクロキとこの世界で再会できた。
だけど、クロキは魔王の手先になっていた。
それはとても可笑しなことだ。クロキはとても優しい。魔王の手先になるような人じゃない。
一緒に迷宮に潜った時もクロキは私に優しかった。だけど何故クロキは私達の所に来ないのだろう?
おそらく、きっとあの子のせいだ。
白銀の魔女クーナ。
あの子がクロキを魔法で操って家来にしたのだろう。だから、クロキはナルゴルから離れられないのだ。
すごく面白くない。クロキを家来にして良いのは私だけだ。だから取り戻さなければならない。
私は上体を起こす。
頭がガンガンする。お酒の影響を受けたようだ。
それにしても、どれくらい寝ていたのだろう?もう夜のようだ。
私は周りを見る。
部屋には明かり無く少し暗いが窓からの月明かりが差し込んでいるので部屋の中を見る事ができる。
「ここはどこ……」
知らない部屋だ。
私は部屋の中央にある服を着たままベッドに寝かされていたみたいだ。
ふかふかの布団はとても気持ちが良かった。
ベッドは大きく4、5人は一緒に寝る事ができそうだ。まるでレイジ君が使っている部屋ようだ。
「お目覚めですか? シロネ様」
誰かが入って来る。
「リジェナさん……。ありがとう、あなたが運んでくれたのね」
だけど、リジェナは首を振る。
「違いますよ。私ではございません」
「えっ……。それじゃ誰が?」
もしかしてレイジ君だろうか?それならお礼を言わなくてはいけない。
「レイジ君達は今どこにいるのかな?」
「おそらくまだ宴の最中だと思います」
「そう……」
私は寝台から出ようとして気付く。
服を着たまま寝ていたからよれよれだ。着替えた方が良いかもしれない。
「ねえリジェナさん、着替えになるような物は無いかな?出来れば着替えたいのだけど」
私が聞くとリジェナが頷く。
「ええ、それでしたらシロネ様にお似合いの服がございますよ」
リジェナはそう言うと、部屋に置いてある何か差し出す。
リジェナが差し出したのは下着型の鎧。つまりはビキニアーマーであった。
「えっ……。なんで……?」
呟かずにはいられなかった。
思わず額を押さえる。なんでやねん!!と、つっこみをいれたくなるのを我慢する。
この下着型の鎧は戦神トールズの娘である狩りと戦いの女神アマゾナを信仰する女戦士達が身に付ける鎧だ。
この世界の神話ではトールズは鍛冶の神であるヘイボスと仲が悪く、鎧を作ってもらえなかった。
しかし、トールズは「お前の鎧などいらぬ」と言って裸になり魔獣の毛皮を鎧替わりにしたのである。
信仰する神であるトールズが鎧を着ないのでその信者である人間の戦士達も鎧を着ないで戦う。着ても毛皮だけだ。
そして、トールズの娘である女神アマゾナもまた鎧を身に付けるのをやめて裸で戦う事にしたのである。
もっとも女神フェリアが怒るので2神は下着だけは身に付ける事になった。
そして、女神アマゾナは戦う時に胸が揺れるので丈夫な下着を求めた結果、ビキニアーマーが生まれたのである。
このビキニアーマーは人間の世界にも伝わり、そして、アマゾナを信仰する女戦士である通称アマゾネス達は、宗教上の理由からビキニアーマーを身に付けるのである。
そのビキニアーマーをリジェナは笑顔で差し出す。
リジェナの笑みに邪気は無い。
本気で私に差し出している。
何だか頭が痛くなる。
これが、レイジ君かナオちゃんだったら冗談だと思う所だが、相手はリジェナだ。
この世界の住人である彼女にとってこの衣装は別に冗談ではないのだろう。
現に私もすごい格好をした女性を何人も見た事がある。
それにしても、何でビキニアーマーがこの部屋にあるのだろう?
「ごめんなさい……。できればその服はやめて欲しいのだけど」
私が言うとリジェナが不思議そうな顔をする。
「えっ?でもシロネ様は前にこの鎧を着た事があるのでは……。旦那様が良く似合っていたと言っていました」
私は吹きそうになる。
あれはクロキと再会するために仕方なく着たのだ。再会した以上、着る必要は無い。
まさかあの姿をクロキに見られているとは思わなかった。
それにしてもリジェナに何を吹き込んでいるのだろう。連れ戻したら、とっちめてやらねばなるまい。
「いや……。できれば本当に、違う服をお願い」
私は懇願する。
「そうですか……。では別の服をお持ちしますね」
リジェナは少し残念そうにビキニアーマーを持って去ろうとする。
「待ってリジェナさん……」
私はリジェナを引き留める。
「何でしょうか?」
「今は着ないけどその鎧、後で貰っておくわ……」
私はビキニアーマーを貰う事にする。
もしかするとこれを着たらクロキをあの子から引き離せるかもしれない。
馬鹿な考えだと思うが、なぜかクロキが相手だと何故か有効な気がするのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
「チユキさん。これ結構美味しいっすよ」
隣にいるナオがお肉を食べながら言う。
ナオが食べているのはヤマネの蜂蜜漬け焼きだ。
ヤマネとは山鼠の事だ。
この山鼠は野生の物では無く、中が螺旋状になった陶器で養殖された食用の物である。
食用とはいえネズミの肉なので、最初は食べる事に抵抗があったが、食べてみると意外と美味しい。
それにしても、猫っぽいナオがネズミの肉を食べると様になっているような気がする。
ヤマネの肉だけでなく色々な御馳走が私達の前にある。
カルキノスが現れたのにもかかわらず宴はまだ続いている。
私達が簡単に片づけたので事件を大きく考えなかったせいだろう。
それに、何があっても私達がいるから大丈夫と思っているみたいだ。
時刻はすでに夜になっている。
月光が船の上を照らし、また魔法の灯りがあるので昼間と同じよう明るい。
踊り子が舞い、芸人が曲芸を見せる。
楽師はともかく、踊り子や芸人は女神イシュティアの信者が多い。
女神フェリアの教義に反しないなら、彼女らの存在は認められる。
そもそも、女神フェリアだって踊りが好きだと聞く。
つまり、売春や賭博をしないのならイシュティアを信仰しても良いのである。
ただし、どちらも禁止されているが公然と行われていたりするのが現状だ。
しかし娼婦と言っても、いろいろとある。古代ギリシャのヘタイラみたいな高級娼婦もいる。
彼女達の中にはその美貌で一国の王妃になる者もいるらしい。
しかし、それでもフェリア信徒からは良く思われない。
オーディス信徒やフェリア信徒が多い上流階級はどうにかしたいみたいだけど、どうにもならないみたいだ。
そもそも、オーディス信徒の中にもイシュティア信徒の娼婦と恋に落ちる者がいるのでどうしようもない。
欲望という物は抑えようとしても抑えられるものではない。ここが政治の難しい所だろう。
踊り子を見ている人から歓声が上がる。
飛び入りでリノが踊り始めたのだ。
リノは元の世界でもダンスを習っていただけあって、踊りが上手い。
見ている男性がリノに釘付けになっている。
私は少し眉を顰める。
リノの露出の多い服を着ているので男性の目がちょっと危ない。
本人は気にしていないかもしれないが、友人がそういう目で見られる事には抵抗がある。
レイジはリノがそんな目で見られている事が気にならないらしい。サホコや女性達と共にリノの踊りを楽しんでいる。
そして、少し離れた所ではキョウカとカヤがいる。その周りにはレイジとは真逆で男性がほとんどだ。
どうやら、キョウカを誘っているみたいだけど、キョウカは全く興味が無さそうだ。
キョウカはレイジよりも強く、顔の良い男がいたら付き合うと言っていた。
しかし、この世界でレイジに勝てる男はごく少数だ。
該当しそうな人物を1人だけ知っているが、どうなのだろう?
キョウカもまんざらではないみたいだが。
「おや、シロネさんが戻って来たみたいっすね」
ナオが空を見上げる。
ナオが見ている方角を見ると光の翼で飛んでいるシロネを発見する。
シロネは真っ直ぐこちらに来る。
「ただいま。みんな」
シロネは私達の所へと降り立つと背中の翼を消す。
天使が現れた事でリノを見ていた人達がシロネに注目する。
「シロネさん。もう大丈夫なの?」
「ええ! もう大丈夫! 酔いは抜けたから!!」
私が聞いたのは酔いの事ではない。
しかし、シロネの顔を見る限り、元気が戻ったような気がする。
「何だか元気が戻ったみたいだけど、何かあったの?」
私が聞くとシロネが首を振る。
「ううん、何も無いよ。ただ、夢を見ちゃってね。落ち込んでいられないと思ったの」
シロネは笑って答える。
幼馴染がいなくなって落ち込んでいるみたいだったが、もう大丈夫みたいだ。
「もうシロネさんが来たから、リノが目立たなくなっちゃったじゃない」
リノがこちらに来て少し怒った表情で言う。
しかし、本当に怒っていないみたいだ。怒り方が可愛らしい。
「御免ね。リノちゃん」
シロネが謝る。
「罰として一緒に踊ってね」
そう言ってリノはシロネを引っ張って行く。
「ちょっとリノちゃん!!」
シロネは無理やりリノに引っ張られて行く。
シロネは正式にダンスを習ったわけではないが、センスがあるのだろう。リノに負けないぐらいに踊りがうまい。
シロネは仕方がないと諦めてリノと踊る。
月光の中、2人の踊りはとても綺麗だ。
「何があったのかわからないけど、吹っ切れたみたいだな」
レイジが私の所に来る。
「そうみたいね」
私は頷く。
シロネが元気になったのは良い事だ。
「もしもの時は俺が慰める予定だったのだけどな……」
私はそう言うレイジの後ろにいる女性達を見る。
シロネを慰めるつもりだったみたいだが、そんな暇があるのだろうか?
しかし、レイジはレイジでシロネを心配していたようだ。
「レイジ君。明日から捜査をするのだから、ほどほどにしましょうよ」
私がレイジに言うと、レイジが不思議そうな顔をする。
「ああ捜査ね。忘れていたよ」
私はこけそうになる。
でも、まあこれがレイジだ。レイジは敵には容赦しないが根に持つ事はない。
過ぎた事は忘れる。それは良い所でもあり、悪い所でもある。
「それに、あの神官がある程度調べてくれるさ」
レイジが気楽に言う。
オーディスの法の騎士であるデキウスは捜査の為にここにはいない。
「確かにデキウス卿の報告を待ってからでも良いのだけどね……」
法の騎士は犯罪捜査の権限が国家から与えられているが、その権限は小さい。
どんなに優秀な法の騎士でも捜査ができない事がある。
そのため、どれだけ捜査が進展するかわからない。
レイジを見る。あまり真剣ではない。捜査とかいう地味な仕事は嫌いなのだろう。
デキウス卿は大丈夫だろうか?何か手がかりが見つかれば良いのだが……。
そして、この事件を引き起こした犯人は今頃何をしているのだろう?
私は月を見上げてそう思うのだった。
◆暗黒騎士クロキ
「旦那様。シロネ様は戻られたようです」
リジェナが報告をしてくれる。
「そう、ありがとうリジェナ」
クーナがいるのでシロネと顔を会わせるわけにはいかない。
「クロキ、これは何だ? 猫の尻尾みたいだぞ」
クーナがゼアルから貰った箱から中身の1つを拾い上げる。
拾い上げた物は確かに猫の尻尾に見える。その猫の尻尾の付け根には丸っこい金具が付いている。
クーナは不思議そうにその猫の尻尾を眺めている。
「えーっと。たぶん、それは身に付ける物だよ……」
自分はとぼけた調子で言う。
「ほう! これは身に付ける物なのか! どうやって付けるのだ?!!」
クーナが無邪気に聞く。
この装身具の付け方はわかる。だけど、クーナに本当の事を説明するのは駄目なような気がする。
「うーん。どうやって付けるのだったかな。忘れちゃったよ。あはははは」
自分は笑ってごまかす。
箱をゼアルから差し出された時に、こんな物をもらってどうするのだ?と自分の中の理性が囁いた。
しかし、同時に自分の中の悪魔が囁いたのだのである。
「貰っておけ」と。
だから、仕方が無い。
衣装はどれも体を隠す機能が無い物ばかりだったりする。
しかし、貰ったのは良いがクーナに着せるのは、さすがにまずい。
この衣装は物置部屋行きだろう。
ただし、衣装の1つにビキニアーマーがあったので、それはシロネに渡すようにリジェナに預けた。
理由はシロネに似合いそうだったからだ。
実際シロネのビキニアーマー姿は似合っていた。
できれば近くで見たいがおそらく無理だろう。
「旦那様。ところで連れ帰った娘はどうするおつもりですか?」
リジェナが聞く。
連れ帰った娘とはシェンナの事だ。
シェンナを連れ帰った事でクーナが少し不機嫌になって大変だった。
しかし、シェンナをあの場に置いておく事はできなかった。
置いておけば必ず殺されるだろう。
「さて、どうするかな……」
実は何も考えていない。
どうすれば良いのだろう。
何も思い浮かばなかった。
そもそもゼアルはこの国に害をなすつもりはないようだ。
だからトゥリアにはそう報告しよう。
真意を確かめた以上、これ以上ゼアルに関わるつもりは無い。
問題はゼアルと一緒にいたタラボスだ。彼からは危険な何かを感じた。
このアリアディアの街はドワーフ達が希少な素材を使って、結界を簡単に張れないようにしていると聞く。
死神ザルキシスが何かしようとすれば気付く事ぐらいはできるだろう。しかし、害をなそうすれば方法はいくらでもある。
自分は頭を悩ませる。
「クロキ! 似合うか?!!」
クーナが猫の尻尾を服の上からお尻に当てて腰を振る。
これは萌死ぬ!!
「うん、すごく可愛いよ」
自分はクーナの頭を撫でる。するとクーナは嬉しそうにする。
まあ考えても仕方がない。
その内、良い考えが浮かぶだろう。
今はクーナと旅行を楽しもうと思うのだった。
年度末の忙しさで死ぬかと思いました。正直仕事をやめて小説を書きたいのですが、そんな事をすれば飢え死にしますね(TωT)
後ファンタジーなのだから、ネタではなく堂々とビキニアーマーを出したい。レッドソニアさんみたいな感じで・・・。
ビキニアーマーを着る理由は宗教的な物とすれば良いと思う。