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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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ソードダンサー

◆小悪党マルシャス


「くそっ……。失敗しちまった」


 月明りが照らす夜道を歩きながら呟く。

 シェンナを海に突き落とすはずが、寸前で避けられて自分が落ちてしまったのである。

 その時にアイノエ姉さんから預かった笛を落としてしまった。


「どうすりゃ良いんだ……。このままだと、このマルシャス様は終わりだぞ……」


 正直逃げ出したい。

 しかし、それは難しいだろう。

 あの魔女から逃げればもっと恐ろしい報復が待っているに違いない。

 それに俺には他に行くところがない。

 また、コソ泥に戻りたくはない。

 だから、何とかして許してもらわなくてはならない。

 そんな、事を考えていると目的地に着く。

 たどり着いたのはアリアディア共和国でもっとも暗い場所だ。

 アリアディア共和国には三重の城壁がある。

 これはアリアディアの都市が大きくになるに時に外へ外へと城壁を作っていったからだ。

 もっとも、その都市の拡張は何十年も前に止まっている。

 そして、今いる場所は全ての城壁の外にある。つまり外街だ。

 この場所にはどんな者でも入る事ができて住む事もできる。

 もちろん他所の国を追放された犯罪者も入る事が可能だ。

 そんな外街には犯罪者達が集まって作った組織が沢山ある。

 そして、犯罪組織の中には魔物を崇拝する邪教団も存在するのである。

 この邪教団はアリアディアの犯罪組織を統括し支配している。つまりアリアディアの影の支配者とも言えるだろう。

 市民権を持たず、何の後ろ盾も持たない俺は自由戦士になるか、犯罪者になるしかなかった。

 まあ腕っぷしに自信がなかったので後者を選ぶしかなかったのだが。

 歩いていると大きな建物が前方に見える。

 建物は木造だがかなり立派な造りである。

 一見普通の食堂兼宿屋だが実態は犯罪組織の本拠地である。

 この宿屋には地下がありそこに黒山羊の頭をした悪魔を祭る祭壇がある。

 ここにアイノエ姉さんがいるはずだ。


「うん?」


 そこで、入り口に誰かがいる事に気付く。

 入口に立っているのは1人の男だ。

 旅人には見えない。旅をする格好ではない。男が着ている者はどこにでもある一般的な物だ。

 何をしているのだろう?

 娼婦目当ての客だろうか?

 この食堂兼宿屋の従業員の女は娼婦でもある。

 おそらく、その中にお目当ての娘がいるのだろう。

 大人しそうな顔をしているが、野郎は一皮剥けば全員スケベだ。間違いないだろう。

 もしくは男娼が目当てかもしれないが何となくそんな感じはしない。

 今まで何人もの同性愛者を見て来たが、あいつらとは目つきが違う。

 しかし、疑問に思う。何故中に入らないのだろう?

 考えられるのはこの男は童貞なのだと言う事だ。

 おそらく娼婦を誘うのは初めてなのだろう。だから勝手がわからず中に入れないのだ。

 見れば育ちが良さそうな顔をしている。

 良く見るとぶん殴りたくなる程の整った顔立ちだ。

 そこである事を思いつく。

 こいつを連れて行けば許してくれるかもしれない。

 ようするに人身売買である。

 この男には悪いが犠牲の羊になってもらおう。

 魔女達の生贄にするのも良し、薬漬けにして男娼にするのも良いだろう。

 この男の身内が探すかもしれない。

 しかし、こういった店に入ろうとした事を知ったら逆に隠そうとするだろう。

 そうなれば捜査が俺まで行き着く事は無い。

 だから問題は無いはずだ。


「よお、兄ちゃん。そこで何をしてるんだい?」


 俺は優しく声を掛ける。

 すると男は振り向く。

 少し驚いた顔をしている。いきなり声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。


「いえ、特には何も……」


 男は答えにくそうに言う。

 思った通りだ。娼婦を買う事は黙認されているが本来なら禁止だ。

 真っ当な家に生まれた者なら躊躇するだろう。

 しかし、女が欲しいと思う感情は捨てきれ無い。

 だからこんな態度なのだろう。


「良かったらこの俺様が案内してやるよ。俺はこの店の関係者だからな。どんな娘でも紹介できるぜ」


 俺がそう言うと男は目を開いてこちらを見る。

 そして何かを考え込むと再びこちらを見る。


「そういうことでしたら、よろしくお願いします」


 男はニコリと笑う。

 こちらを警戒している様子はない。それを見て俺はほくそ笑む。


「決まりだな。付いて来な、兄ちゃん」


 俺は男を連れて店に入る。

 店の1階は食堂であり酒場だ。

 すでに日は落ちているので店の中には明かりが灯されている。

 酒場には多くの人間が飲みに来ている。

 中には市民権を持つ者もいるだろう。

 こういう娼婦がいる店が黙認されている背景には市民の支持があるからなのだ。

 市民権を持っていようが持っていまいが人間の性質が変わるはずがない。

 女神フェリアの教えに反しているにも関わらず、イシュティア女神が12神に数えられるのはその存在を否定できないからなのだろう。

 だからこそ神王オーディスはイシュティアを12神に迎え入れたに違い無い。

 俺は酔客と従業員の女や男を避けて店の奥へと行く。

 男は何も疑問を持たず付いてくる。

 何てバカな奴なのだろう。この先には恐ろしい運命が待っているというのに。

 店の奥に入り通路を歩く。そしてある部屋に入る。

 部屋はただの倉庫である。


「ここは?」


 男は倉庫に連れてこられたので少し困惑しているようだ。


「へへ、まあ見てな」


 俺は笑うと1つの戸棚に近づく。

 そして、戸棚を横に動かす。すると地下へと続く階段が現れる。


「おおっ!」


 男が驚きの声を出す。


「くく、驚いたか? ここから地下に入るけど良いか?中にはとびっきりの美女がいるぜ」


 嘘は言っていない。

 魔女達は美人揃いだ。

 もっとも魔法で姿をごまかしているのかもしれないが。


「良いですよ。なぜこんなに親切にしてくれるのかわかりませんが助かります」


 男が礼を言う。

 どこまで馬鹿なのだろう?

 普通地下に女がいる訳が無いだろう。

 少しはおかしいと思わないのだろうか?

 人を疑わなくても生きていける恵まれた環境で育ったのかもしれない。

 心に黒い炎が生まれるのを感じる。

 こんな奴を不幸のどん底に叩き落としたくなる。

 お前はこれから生贄になるのだよ。

 俺は心の中で笑う。

 男と共に地下へと降りる。

 地下はただ地面を掘ったのでは無い。

 石や床や天井がきちんと整地され地面が剥き出しになっていない。

 この地下室を作ったのは何者かわからない。かなりの技術だ。

 しかし、アイノエに魔法を与えた悪魔の存在を考えればこのぐらいの事は動作も無いのかもしれない。

 広い地下通路を男と2人で歩く。壁には明かりが灯されているので暗くは無い。

 男は何も言わず素直に俺の後を付いて来る。

 歩いていると広い場所にたどり着く。

 部屋にはいつもの魔女達とローブを着た男達がいる。

 ローブを着た男達の方は初めて見る。

 先頭に立っている男以外は白い仮面を被っている。

 仮面は簡単な造りで目と口の部分が少し空いているだけだ。

 何者だろう?

 白い仮面を被った者達から嫌な気配を感じる。

 広場に入るとアイノエ達がこちらを見る。


「ふん、逃げずに来たようだね。マルシャス。まあもっとも逃げられるはずが無いさ。お前には呪いをかけてあるのだからね」


 アイノエがこちらを見て言う。


「逃げるだなんて……そんな。ところでアイノエ姐さん。そちらの方達は?」


 俺は話題をそらすようにローブを着た男達を見る。


「ふん、お前が知る必要が無いけど、特別に教えてやるよ。こちらの方は魔術師協会の副会長のタラボス殿さ。私達の協力者って所かねえ」


 アイノエが唯一仮面を被っていない男を見て教えてくれる。

 確かに男は魔術師の格好をしている。

 しかし、魔術師協会の副会長が協力者だとは思わなかった。


「アイノエ殿。あまりそのように喋られても……」


 タラボスが困った口振りで言う。

 確かにあまり喋って良い内容では無い。魔術師協会の副会長が魔女と手を組んでいる事が知られたら一大事だ。

 しかし、アイノエは口が堅い方では無い。しかも、かなり抜けている所もある。

 ペラペラと重大な事を喋ってくれる。


「ああそうだね、すまないね。タラボス殿。それよりもそこの男は何者だい?中々良い男じゃないかい」


 アイノエが男を見て言う。


「へへへ。そうでしょう。姐さん達にどうかと思いましてね」


 俺はそう言うと素早く男の後ろに回り短剣を抜く。

 この男を突き出して、失態を許してもらわなくてはならない。


「動くなよ。兄ちゃん」


 短剣を突き付けて俺は低い声で言う。

 これで男も騙された事に気付くだろう。だが、もう遅い。逃がしはしない。

 男の反応を見る。

 しかし、男は全く反応しない。

 様子がおかしい。


「お前がゼアルだな! 聞きたい事がある!!!」


 突然男が叫ぶ。

 ゼアルと言う名を出すとアイノエとその周辺にいた魔女達が驚きの声を出す。

 ゼアルはアイノエを魔女にした悪魔の名だ。

 なぜこの男は知っているのだろう?

 男の視線はアイノエの方を向いている。

 しかし、アイノエを見ている感じはしない。

 アイノエの後ろの空間を見ているようだ。その空間には何も無い。


「ほう……。俺が見えるのか?何者だ?」


 部屋の中に野太い声が鳴り響く。

 その時だった。アイノエの後ろから巨大な人影が出て来る。

 その姿はサテュロスに似ているがサテュロスと違い黒毛で頭部はより山羊に近い。そして前に見た事のあるサテュロスよりも筋肉質で一回り大きい。

 その黒いサテュロスはこちらを見る。


「ひい!?」


 その視線の圧力に耐えられず。床に座り込む。

 タラボスも意外だったのか驚いた顔で黒いサテュロスを見る。

 この中で驚いていないのは魔女と隣の男だ。

 隣の男を見る。黒いサテュロスが姿を現しても何も驚いていない。

 平然としている。


「会うのは初めてだな。ゼアル。一応ウルバルト卿からお前の事は聞いているよ」


 男が黒いサテュロスに向けて言う。

 一体この男は何者なのだ?

 黒いサテュロスを見ても驚かないどころか平然としている。

 そこで初めて男が只者では無い事に気付く。


「ウルバルト様の事を知っているだと! 貴様! 何者だ?! ただの人間ではないな!!」


 黒いサテュロスが叫ぶ。


「そうだね……。この姿になった方がわかりやすいかな」


 男がそう言うと黒い炎が男の全身を包む。

 そして黒い炎が消えた時、男が立っていた場所には漆黒の鎧を纏った騎士が立っていた。


「馬鹿な?! 暗黒騎士だと! まさかお前は?! ……いや貴方様は」


 突然黒いサテュロスが跪く。


「その通りだ! ゼアル! お前の思う通りの者だ。聞きたい事がある! 答えろ! ゼアル!!」


 暗黒騎士と呼ばれた男がそう言った時だった。

 暗黒騎士から強力な風が発せられる。


「ぐ……」


 その風を浴びた時、呻き声を上げて地面に倒れ込む。

 体の奥底から言い知れぬ恐怖が湧き上がって来る。

 足が震える。立っている事が出来ない。

 顔を横にして見るとアイノエやタラボスもまた地面に倒れ震えているのが見える。

 ゼアルと呼ばれた悪魔は倒れてこそいないが震えている。

 だけどタラボスの後ろにいた仮面の男達は普通に立っている。


「ああ……」


 この部屋の入口の方から声が聞こえる。

 顔を逆側に向けると誰かが跪いている。

 おそらく恐怖で足がすくんでいるのだろう。

 そして、その顔を見て驚く。


「シェンナ……」


 入口にいたのはシェンナであった。





◆踊り子シェンナ


「あいつどこに行こうってのかしら?」


 溺れたマルシャスは聖女サホコ様の癒しの魔法ですぐに回復した。

 そして回復したあいつは夜になり劇団の宿舎から外に出た。

 宿舎から夜に出る事は別に悪い事では無い。

 ミダス団長は興業に支障が出ないなら自由にする事を認めている。

 明日は特に何も無い。

 劇団は勇者様をもてなす為に劇を延期している。

 そのためか劇団員の何人かは外の酒場へと出かけたようだ。

 アイノエ姉さんまでもどこかへと出かけたみたいだ。

 もしかすると恋人の所へと行ったのかもしれない。

 私はマルシャスの後を付ける。

 マルシャスが向かうのは城壁の外にある歓楽街だ。

 あいつは時々そこへと向かう事を知っている。

 昨日は見つけられなかったがどの店に行くのだろう?


「だけど、このシェンナ様から逃れられないわよマルシャス」


 足音と気配を消す。

 音を立て無いで歩く体術を習得している私にはたやすい事だ。

 しばらくするとマルシャスは外街でも一番大きい店へと歩いて行く。

 昨日、あの店を探した時にはマルシャスはいなかったはずだ。


「あれ? あの男は確か……」


 店の前でマルシャスがある男に話しかける。

 その男の顔に見覚えがあった。

 兄のデキウスが月光の女神と呼んでいた女性と一緒にいた男だ。

 なぜここに?もしかしてマルシャスの仲間なのだろうか?

 だけどこの位置からでは話す内容までは聞こえない。

 マルシャスと男は連れだって店へと入る。

 私も2人の後を追うように中へと入る。

 店に入ると何人かが私を見るがすぐに興味を無くしたように目を背ける。

 今は踊り子の格好では無い。顔や体をフード付のローブで隠している。

 こういう店には身分を隠した者が入る事もある。

 そういう者は店に入る時に顔を隠すので私の格好はそこまで変では無いはずだ。

 この服の下には愛用の2本の曲刀といくつかの武器を持って来ている。

 カルキノスを操ったのはマルシャスだけの力では無いはずだ。裏に手を引いている者がいる。

 そして、そいつらは危険な奴に間違い無い。

 用心した方が良いだろう。

 店に入ると2人は店の奥へと入って行くのが見える。

 昨日この店に入った時に知ったのだが、確か関係者以外は立ち入り禁止のはずだ。

 なぜマルシャスは通してもらえるのだろう?

 しかし、そんな事を考えている暇は無い。

 2人が先へと行ってしまう。

 だけどさすがに従業員達の目があるから私が中に入るのは難しい。

 ではどうするか?

 私は手投剣を他の人に見えないように小さく構える。

 手投剣は掌に収まる程の小さな剣だ。

 その手投剣を手首だけを動かして投げる。

 手投剣は1人の客の足元の靴へとあたる。

 靴を床に縫い付けられた客はそのまま倒れ込む。

 傍目には客が酔って倒れただけに見えるだろう。

 倒れた酔客は卓にあたり上に会った酒や食べ物を床へとぶちまける。

 その時大きな音がして客や従業員の目がそちらへと向く。

 私はその視線の死角をついて音を立てずに飛び壁を蹴りマルシャスの入って行った場所へと滑り込む。

 これは手品と同じ要領だ。客を右手に集中させて左手でこっそりと動作をする。

 もっとも、音を立てずに素早く動く体術が無ければできないだろう。

 入口の近くに立っていた従業員も私に気付かなかったみたいだ。

 私はマルシャスの後を追う。

 通路には複数の扉が有る。

 何処の部屋に入ったのだろう。

 私はフードを脱ぐと聞き耳を立てる。

 するとある部屋から人の気配を感じる。

 その部屋へとこっそり近づくと話し声がはっきりと聞こえる。


「くく、驚いたか? ここから地下に入るけど良いか? 中にはとびっきりの美女がいるぜ」


 マルシャスの声だ。


「良いですよ。なぜこんなに親切にしてくれるのかわかりませんが助かります」


 男が礼を言うのが聞こえる。

 すると何かが動く音が聞こえる。

 すると、中から人の気配が消える。

 私は中に入る。

 部屋の中は一見普通の倉庫であった。地下に降りる場所は見当たらない。


「おかしいわね。確かにこの部屋にいたはずなのに」


 私は床と壁を注意深く見る。

 やがて、戸棚の1つを動かした跡が見つかる。


「これみたいね」


 戸棚を調べて横に動かす。すると、地下へと降りる階段が現れる。


「さて何が待っているのかしらね……」


 私は地下へと降りて、マルシャスの後を追う。

 通路を歩くと前方に広い空間が見える。

 その部屋の中央にはマルシャスと月光の女神と一緒にいた男がいる。

 私は部屋の入口の影になっている所へと身を潜め中の様子を窺う。

 部屋にはマルシャス達の外に魔術師のような姿をした者達が立っている。

 そして、部屋の奥を見て息をのむ。


「嘘……。アイノエ姉さん」


 部屋の奥にいたのはアイノエ姉さんだ。

 だけどそれ以上に驚く事があった。

 アイノエ姉さんの隣に黒い山羊頭の男が立っていたのである。

 サテュロスは何かをマルシャスの隣にいた月光の女神と共にいた男に何かを話しかける。

 すると突然に黒い炎が男の体を包み込む。

 そして黒い炎が消えたときに男が立っていた場所には黒い鎧を纏った騎士が1人立っていた。

 それを見て思わず声が出そうになる。

 黒いサテュロスが騎士を暗黒騎士と呼ぶのが聞こえる。

 もう何が起こっているのかわからない。

 その時だった。暗黒騎士から強烈な風が発せられる。


「えっ……」


 その風を浴びた時だった。急に足がすくんで震えだす。

 私は堪えきれず膝を床につける。

 その時、部屋の内部へと身を乗り出してしまう。

 複数の視線が私を見るのがわかる。

 顔を上げるとマルシャスと目が合う。


「シェンナ……」


 マルシャスが私の名を呼ぶ。

 気付かれた。逃げないと。

 私は足を叩き、無理やり立ち上がる。

 足はまだ元に戻っていない。しかし、逃げなければ不味い。

 私は急いで来た道を戻る。

 何かが追ってくる気配がする。

 急げ!!

 私は顔を隠すために着ていたローブを脱ぎ、動きやすい格好になる。

 階段を駆け上がり1階へと戻ると店の出口へと走る。

 私を見た従業員の女性が驚くが気にしない。

 酔客を掻き分け店を出る。

 すると店の中から怒声が聞こえる。

 おそらく追って来た者とぶつかり喧嘩になったのだろう。

 今の内に距離を稼ごう。

 足には自信がある。簡単に追いつかれるものか。

 人ごみを掻き分けて走る。

 そして人気の無い所まで来たときだった。

 目の前に突然白い仮面を被った者が立ちはだかる。


「嘘! いつの間に!!」


 仮面を被った者が剣を振るう。

 速い。

 私はとっさに後ろへ避けて剣を躱す。

 相手の動きが速いので背中を向けるのは危険だ。

 私は咄嗟に判断すると相手の剣を掻い潜ると足払いをする。

 剣を振るっていた白い仮面の者はそのまま地面へと頭から倒れ込む。

 私はその間に逃げる。

 逃げながら少しだけ後ろを見る。

 白い仮面の者は痛みを感じた様子も無くすぐに起き上がろうとする。

 そして見てしまった。

 地面に当たって割れた仮面から覗く素顔を。それは生きた人の顔ではなかった。

 私は走る。

 複数の追跡者の気配を感じる。

 その速さは異常だ。人間の動きでは無い。


「仕方が無いか……」


 私は左右の腰にある曲刀を触る。

 そして、懐から薬の入った小さな水袋を取り出す。

 水袋に入っているのは霊薬アサシュだ。これを飲めば一定時間強大な力を得られる。

 元はガーミの熊達が飲む魔法の果実水を魔術師ゲタフィクスが改良した物である。英雄アステリクスはこれを飲む事により強大な魔物と戦ったと聞く。

 しかし、アサシュは危険な薬だ。

 強大な力を得る代わりに制御できなければ体を壊す事もある。

 だけど、私はこの薬を使っても大丈夫なように訓練させられた。

 訓練させたのは母だ。このことは父も兄も知らないだろう。

 母はアサシンだった。

 霊薬アサシュを使う所からアサシンと呼ばれる私達はイシュティア様の信徒を守る戦士である。

 イシュティア様の信徒は法に反する事が多く。諸国の法に守ってもらえない事が多い。

 そのため信徒たちには自衛の為の力が必要だった。

 その結果生み出されたのがアサシンである。

 しかし、戦士の教団ではないので戦闘には優れない。

 そのためアサシュという危険な薬物を使う事にしたのである。

 そして、イシュティア様の信徒が戦う相手は必ずしも魔物ではない。人間だって相手にする。

 アサシンは教団の信徒に乱暴狼藉を働く者を気付かれずに闇へと葬る。

 闇討ちするのはその国の兵士達に捕らえられないようにするためだ。さすがに正面から殺せば逮捕は免れない。

 だけど、イシュティア様の信徒に危害を加えたから殺されたのだという印は残して置く。

 こうすれば誰もイシュティア様の信徒に危害を加えようと思う者はいなくなるはずだ。

 そして、闇討ちをするところからアサシンは暗殺者の代名詞になった。

 私はアサシュを飲み干す。

 禁止薬物を飲んでいると知ったら兄はどんな顔をするだろう?

 きっと絶対に止めようとするだろう。

 だけど今はそんな事を考えている場合では無い。

 アサシュを飲んだ事により体の奥底から活力が湧き、力がみなぎってくる。

 そして、より研ぎ澄まされた感覚は取り囲まれている事を教えてくれる。

 相手は徐々に近づいてくる。

 私は飛ぶ。

 脚力が増大した私は壁を1度蹴っただけで2階建ての建物の屋根まで飛ぶ事ができる。

 しかし、相手もまた屋根の上へと上ってくる。

 すごい身体能力だ。

 屋根の上まで上がった事により追って来た相手の姿が見える。

 全員が魔術師のローブを着て、顔には白い仮面を付けている。

 彼らの動きは私と同等ぐらいはあるだろう。

 不安定な屋根の上でも臆する事無く歩いている。

 仮面の者達は各々武器を持ち構える。

 中には重そうなメイスまで持っている。素早さだけでなく力も強いのだろう。

 私は腰の2本の曲刀を抜く。


「来なさい、イシュティア様に仕える者の剣舞を見せてあげる」


 仮面の者達が迫って来る。

 一番近くにいた仮面の者の剣を躱すと私は曲刀を横に振るい相手の首を切り裂く。

 そして、後ろから来た仮面の者が横に振ってきたメイスを回転しながら身を屈めると相手の足を斬り後ろへと逃れる。

 私が2人の仮面の者から離れるとすぐに2本の小剣を左右の手に持った仮面の者が上から襲ってくる。

 2本の小剣を横に移動して躱し回転して相手の左腕を斬る。

 しかし、相手は左腕を斬られたのにもかかわらず右腕だけで攻撃してくる。

 痛みを感じていないようだ。

 しかもその攻撃はかなり速い。

 小剣使いを相手にしていると大剣と槍を持った2人の仮面の者達が近づいてくるのを感じる。

 私は小剣を持った者を相手にしながら精神を集中させる。

 大剣と槍が私に繰り出される。

 しかし、その攻撃は私に当たらず小剣を持った仮面の者に当たる。

 小剣を持った仮面の者は槍と大剣に体を斬り裂かれ動けなくなる。

 幻術である。

 イシュティア様の信徒は加護により幻惑の魔法を使う。私もその加護を少しは受けているから幻術を少しは使う事ができる。

 そしてアサシュを飲む事により魔力が上がった私はより強力な幻術を使う事ができる。

 その魔法で私の幻影を作り身代わりにしたのである。

 大剣と槍は私の幻影をすり抜けて対面にいた小剣を持った者を切り裂いた。

 痛覚は無いみたいだが、視覚はあるみたいなので利用させてもらったのである。

 私は槍と大剣を持った仮面の者が小剣の仮面の者の体に武器を取られている間に後ろから首を斬る。

 アサシュで力が強くなったとはいえ、首を斬り落とす事まではできないが致命傷のはずだ。

 しかし、血が吹き出さない。

 大剣と槍を持った仮面の者は普通に動いている。

 私は新手が来ているのを感じ別の屋根へと逃げる。

 しかし、逃げた先からも違う仮面の者が近づいて来る。

 首を斬った剣使いの仮面の者と足を斬ったメイス使いの仮面の者がこちらを追って来る。

 やはり人間ではないのだろう。

 仮面の者達の数は全部で13人。

 かなり厳しい状況だ。

 アサシュは強大な力を与えてくれるが長時間使い続けていると体がもたない。

 先程の攻防でも力を制御するのは大変だった。

 どうする?

 私は思考を張り巡らせる。


「すごいな……。見事な動きだ」


 突然頭上から声がかけられる。

 上を見ると月を背に漆黒の鎧を着た騎士が空に浮かんでいる。


「貴方は……」


 その姿はとても幻想的だが見惚れている場合では無い。

 あれは地下室にいた暗黒騎士だ。油断はできない。

 暗黒騎士が屋根の上へと降りてくる。


「ここからは自分が相手をするよ」


 暗黒騎士はそう言うと右手を振るう。すると仮面の者達が全員吹き飛ばされる。

 何をしたのかわからなかった。

 何かの魔法を使ったのだろうか?

 私は暗黒騎士を見る。

 相手は1人になったが、状況は好転していない。

 この暗黒騎士はおそらく仮面の者達よりもはるかに強いだろう。


「助けようと思ったけど……。いらなかったかな。とても綺麗な動きだったから見惚れてしまったよ」


 暗黒騎士が私に向かって言う。

 助けるとはどういう事なのだろう?意味がわからない。

 しかし、考えている暇は無い。この暗黒騎士を倒さなければ逃げられないだろう。

 私は暗黒騎士に向かって走る。

 そして、幻術で複数の剣を作り出すと暗黒騎士に放つ。

 幻影の剣は真っ直ぐ暗黒騎士に向かう。

 暗黒騎士は右手を軽く動かす。

 その手には幻影の剣に隠して投げた2本の手投剣が握られている。


「化け物め!!」


 そう言わずにはいられなかった。

 私は暗黒騎士に迫ると2本の曲刀を別々に動かして相手の首と腕を狙う。


「えっ?」


 私はそのまま倒れそうになる。

 暗黒騎士が突然目の前から消えたのだ。


「なかなかの動きだね。レイジの動きと似ている。でもレイジの方が鋭いかな」


 後ろから暗黒騎士ののんびりとした口調が聞こえる。


「もしかして目暗まし?」


 私は振り返って言う。


「ああ、別に幻術を使わなくても。動きだけでこれくらいの事はできるよ」


 暗黒騎士は平然と言う。

 その言葉に背筋が凍るような感覚に捕らわれる。

 動きだけで私の目を騙したというのだろうか?

 しかも今の私はアサシュを飲んだ事で感覚がするどくなっているはずなのだ。

 私は後ろに下がる。

 どうやってもこの暗黒騎士に勝てる気がしない。

 ならば、やる事は1つしかない。

 相手は私をすぐに殺す気は無いようだ。

 そこに賭ける。

 私は右手の曲刀を咥えると懐から小壺を取り出す。

 暗黒騎士は興味深そうにこちらを見ている。

 思った通りだ。相手は何時でも私に勝てると思って油断している。

 その隙をつく。

 私は左の曲刀に文字を書く。

 そして意識を集中する。

 複数の私が姿を現す。

 多重幻影の魔法だ。


「へえ……」


 暗黒騎士が驚いたような声を出す。


「行くわよ!!」


 私は作りだした幻影と交差しながら暗黒騎士へと走る。

 幻影を四方から暗黒騎士に向かわせる。


「悪いけど無駄だよ」


 暗黒騎士が飛ぶと私の前に現れる。


「くっ!!」


 私は暗黒騎士を睨む。


「幻影で攻撃する間に自分は逃げるか……。悪くない手段だけどね」


 暗黒騎士の言葉にやはり効かなかったかと思う。

 しかし、もう1つの事には気付かなかったようだ。

 後は兄が気付いてくれれば良い。私は悔しそうな顔をしつつ心の中で笑う。


「さっきの攻撃の時に伝言を書いた剣をどこかへ隠したみたいだけど……。見つかると良いね」


 だけど暗黒騎士の言葉に絶望する。

 どうやら全てお見通しだったようだ。

 後は兄に渡した笛だけが手がかりになるだろう。

 それに賭けるしかない。


「捕えさせてもらうよ」


 その言葉に体が震える。

 捕らわれた女性がどんな目に会うかわからない訳では無い。

 おそらく嬲り者にされる。

 この暗黒騎士の素顔を見たが大人しそうな顔の奥底にいやらしい心を隠しているのを感じた。

 踊り子をしている時に何人もの男の視線を浴びて来た私にはそれがわかる。

 きっと、言葉では表せないようないやらしい事をされるのだろう。

 暗黒騎士が右手を上げる。

 すると体から力が抜けて行く。


「兄さん……」


 私はそう呟くと意識が闇の中に沈んでいくのを感じた。



アサシンキャラを出す以上は宗教性と薬物性は外せないかなと思います。

国家間の争いが少ない世界なので設定が難しかったです(-。-;)

出さなければ良いじゃんとお思いかもしれませんが。出したかったのです……はい。

ガミ○ベリ○ジュースを飲んでみたい。

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