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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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カルキノスの襲撃

◆暗黒騎士クロキ


 光の勇者レイジを讃える宴会は昼過ぎに始まった。

 だからまだ外は明るい。

 薄絹で覆われた天蓋の中から外の様子を見る。

 自分とクーナがいる船から少し離れた繋がれた大船の上では多くの人が行き交っている。


「む~~~~」


 自分の左隣ではクーナが唸っている。


「どうしたのクーナ? 料理が美味しくないの?」


 自分達の前には沢山の料理が並べられている。

 全て宴会で出されている料理だ。

 確かに料理の中にはあまり美味しくないのもある。

 例えばこのハギースの肉ははっきり言って美味しく無い。

 ハギースは高地に生息するくちばしを持ち全身が毛で覆われて丸っこいカモノハシのような姿の動物だ。

 このハギースは長い3本足ですばやく動き回ったりして捕えるのが大変だそうだ。

 このハギースの肉が宴会に出されているのは単純に珍しいからだろう。

 ちなみにこのハギースを食べる者は信用されないと言われている。

 だけどクーナが不機嫌なのはそんな理由からではないようだ。


「そうではないぞクロキ! なぜそこにシロネがいるのだ!!」


 クーナが自分の右隣にいるシロネを見て言う。

 シロネは自分の右腕にしがみ付いている。


「申し訳ありませんクーナ様……。チユキ様にシロネ様の事を頼まれたので仕方が無くこちらにお連れしました」


 リジェナが申し訳なさそうに頭を下げる。

 そもそもなぜここに自分達がいるのかと言えばリジェナが宴会に誘ったからだ。

 まあ折角ただで美味しい物を食べられるのだからクーナと一緒にここに来たのである。

 予定ではリジェナはレイジ達と共にこの国の偉い人達に挨拶をすませたらこちらに来る事になっていた。

 しかし、シロネが酔いつぶれるというアクシデントが有り、またシロネをレイジ達から頼まれたので仕方が無くここに連れて来たのである。


「クロキのバカ……。どこ行ってたの~。心配したんだよ~」


 シロネが酒臭い息を吹きかける。

 すごく臭い。

 どんだけ飲んだのだよと言いたい。

 ちなみに自分はお酒を飲まない。目の前の杯に入っているのは果実水だ。

 一応前にはナツメヤシに似た果実から造られた蒸留酒が置かれているが飲む気は無い。

 ちなみに、この世界でも蒸留酒がある。

 蒸留酒は酒の神であるネクトルの信徒が作る事が多いが、医と薬草の女神であるファナケアの神殿でも作られる。

 なぜなら蒸留酒は薬としても用いられる事もあるからだ。

 この世界でも医と食は密接な関係があると言える。

 なにしろ薬草は料理にも酒にも使われる。

 しかし、まあ何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。

 酒が百薬の長といえども飲み過ぎてはいけない。


「こら! シロネ! クロキから離れろ! クロキが困っているだろうが!!」


 クーナがシロネを冷たい目で見る。

 実はクーナはシロネが運ばれて来た時に寝首を掻こうとしたのだ。

 それを止めるのは少し大変だったりする。

 まあ、何とか頼み込んで勘弁してもらった。

 それからシロネがくっ付いているのは別に困ってなかったりする。

 シロネの柔らかい感触が右腕に感じるのでむしろこのままでと思う。

 だけどさすがにこのままだとクーナが不機嫌になりそうなのでシロネを離す事にする。


「ほらほら、シロネ離れて。折角の綺麗なドレスが皺になるよ」


 自分はシロネをなんとか離そうとする。


「う~ん……。ドレスが……わかった……。脱ぐね」


 そう言ってシロネは服を脱ぎ出す。


「駄目だよシロネ! ここで脱いだら!!」


 自分はシロネを止める。

 すごく見たいけどさすがにそれは悪いだろう。

 酔っている事を利用して女の子を辱める事はしてはいけない。だから止める。


「何~。クロキ」


 シロネは止められて不機嫌な顔をする。


「ほらシロネ。横になって。飲み過ぎで気持ち悪いだろ」


 自分はシロネを柔らかいソファーの上に寝かす。

 寝にくいだろうから髪留めを外す。


「あれ、この髪留め……」


 髪留めを見る。

 この髪留めはシロネが身に付けていた物だ。

 寝かせるのに邪魔だから外しておいたのである。

 そして、この髪留めは前の世界で自分がシロネにプレゼントした物である。

 大事に使ってくれているみたいだ。


「うう~ん」


 シロネが大きく足を開く。

 そのため青色の下着が丸見えだったりする。

 ちなみに下着はこの世界でもある。しかもブラまである。

 ただし、地域によっては下着が無い所もあるらしい。

 そして下着がある場所ではふんどし型や腰巻型、また紐パン型を履くみたいだ。他にもあるみたいだけど一般的では無い。

 男性はふんどし型が多く、女性は紐パン型が多い。

 ただし紐パン型は横で結ぶタイプ以外にも留め金で留めるタイプもある。

 レーナが落したと思われる下着は留め金タイプだった。

 それは今でも大切に保管してある。

 そして、シロネが履いているのは横を紐で留めるタイプだ。

 シロネは惜しげもなく足を開いてその下着を見せてくれる。

 その三角形にダイビングしたくなるが我慢する。

 それにしても折角綺麗なドレスを着ているのに台無しだ。

 口もだらしなく開いている。

 元の世界ではシロネの事を気にしている男にはこの姿は見せられないだろう。

 元の世界でもシロネはだらしない所があったように思う。

 この世界でもその生活態度は変わっていないようだ。


「ごめんリジェナ。シロネに何か被せてあげて」

「はい旦那様」


 リジェナはシロネに首から下の部分に白い布を被せる。

 これで下着は見えないだろう。


「むー! 何なのだ! こいつは!!」


 クーナが怒った顔でシロネを見る。

 怒った顔も可愛い。

 自分はクーナを抱きかかえる。


「ごめんねクーナ。シロネに攻撃する事を我慢してくれて」


 クーナに我慢させてしまって申し訳ないと思う。


「クーナは別に……。シロネが側にいても構わない。ただ、クロキがずっと側に居てくれるなら……」


 クーナが背中を預けて言う。

 ええ娘や。思わず涙が出そうになる。

 クーナの頭を撫でるとクーナが嬉しそうにする。


「きゃあああああああああああああ!!」


 その時だった。大きな悲鳴が少し離れた所から上がる。


「何? 今の悲鳴は……」


 場所は外からである。何かが起こったみたいだ。





◆黒髪の賢者チユキ


 悲鳴が上がった所に駆けつけるとサテュロスの格好した男達がパニックを起こしていた。

 彼らはこの饗宴を盛り上げるために呼ばれた芸人達である。

 劇を行う時に後ろで音楽を奏でる人もこんな格好をする。

 何故彼らがこんな格好をするかと言えば、元々この世界の演劇はサテュロスが始めたとされているからだ。

 サテュロスの格好をしているのもその名残だろう。

 サテュロスは陽気で歌と踊りが好きな種族と言われている。

 彼らは力こそミノタウロスに敵わないが強力な魔法と呪歌を使う。

 そして種族全員が好色で美女と美少年をこよなく愛する。

 楽しげに女性を誘っては魔法を使い襲って来るので注意が必要だ。

 また、ナルゴルに生息する黒いサテュロス族はかなり恐ろしい存在である。

 その姿は他のサテュロスよりも山羊に近い姿をして魔力も高い。

 彼らは魔王に仕え、時々人間の世界に来ては人間の女性達を誘惑して望みを叶える。

 その様子はまるでサバトのようだと聞く。

 そして黒いサテュロスに愛された女性は霊感を得て魔女になると言われている。

 もっともここにいるのはサテュロスに扮したただの人間なので女性を魔女にしたりはしないだろう。


「チユキ! 蟹だ! 巨大な蟹がいる!!」


 レイジが叫ぶ。

 見ると巨大な蟹が船の甲板へと這い上がって来ていた。

 蟹は横が5メートル程もある巨大さで、左右のハサミも1メートル近くある。

 カルキノスと呼ばれる化蟹だ。

 そのカルキノス達は人間に向けて泡を吐き出している。

 この泡は強力な粘性が有るみたいで、何人かがこの泡に捕らわれ動けなくなっているみたいだ。


「はっ!!!!」


 レイジは自分の剣を呼び出すとカルキノスの1匹を斬る。

 しかし、カルキノスは全部で5匹。

 それぞれが違う船を襲おうとしている。


「誰か助けて!!」


 突然女性の声が聞こえる。

 この会場に来ていた踊り子だろう。

 踊り子は海の船べりから海を見ている。


「どうした?!!」


 私とレイジは踊り子に駆け寄る。


「仲間が海に!!」


 海を見るとサテュロスの姿をした男が海に落ちている。


「何だ、男か……。チユキ、そいつは任せた。俺は他の蟹を当たる」


 そう言うとレイジは他の蟹へと向かう。


「もう……。選り好みしないでよね」


 私は文句を言いながら魔法の手(マジックハンド)で男を引き上げる。

 サテュロスの格好をした男は気絶している。甲板に寝かせると海水をぐえっと吐き出す。


「ちょっと! マルシャスしっかりしなさい!!」


 踊り子が男に駆け寄る。


「シェンナ! 無事か!!」


 後から駆けつけてきたデキウスが踊り子に駆け寄る。


「兄さん!!」


 踊り子がデキウスを兄と呼ぶ。

 オーディスの神官と踊り子の兄妹とは珍しい。


「チユキさん、怪我人なの?」


 サホコがこちらに来てくれる。


「ええ、大丈夫そうだけど一応癒しの魔法をお願い」


 サホコがマルシャスに魔法をかける。

 マルシャスは顔が穏やかになる。

 私は周囲を見る。

 カルキノスはレイジ達によって全て倒されたようだ。


「それにしてもどうしてカルキノスが……?」


 デキウスが呟く。


「わからないわデキウス卿……。でも1つだけ言える事があるわ」


 私がそう言うとその場にいた全員が私を見る。


「今夜は蟹料理よ」





◆黒髪の賢者チユキ


 船の上でカルキノスを解体する。

 さすがに大きく、また下処理をしないと食べる事はできないのでこの船の料理人に預ける事にする。

 この世界では普通に魚介類を食べる。

 だから蟹や海老やタコ等も普通に食卓に上がる。

 しかし、カルキノスのような巨大蟹はさすがに食べないみたいで料理人の顔が引きつっていた。

 この世界には大豆から作る醤油は無い。

 そのかわりに魚醤がある。

 その魚醤を使えば和風料理も可能である。

 料理の得意なサホコは魚醤を使って私達のために和風の料理を作ってくれる。

 この世界にはジャガイモやトマトと言ったアメリカ大陸原産の食材は無いが、食感がジャガイモに似た蕪がある。

 その蕪を代用したサホコのにくじゃがはとても美味しかった。

 カルキノスも魚醤を付けて焼いたら美味しく食べる事ができそうだ。


「一体何かしら? この蟹さん達は?」


 キョウカが蟹を見ながら言う。

 今この場にはシロネを除く私達とエウリアと取り巻きの女の子達にシズフェ達、そしてデキウスとシェンナの兄妹がいる。

 クラススは警備の責任者を呼びに行き。ナキウスは来賓の様子を見に行っている。

 そしてトゥリアは他に行くところがあるからとこの場から離れた。


「多分闘技場から逃げ出したカルキノスでしょうね。どこに行っていたのかわからなかったけど、こんな所にいたなんて」


 闘技場のから逃げ出した魔物のリストにはカルキノスの名があった。

 逃げ出した数も同じだ。

 だから間違いないだろう。

 しかし、このカルキノス達は饗宴が始まったのを見計らって襲って来た。

 何者かの作為を感じる。


「レイジ殿。トライデン神殿の者達を連れて来ました」


 クラスス将軍が海王トライデンに仕える1人の戦士を連れて来る。

 トライデンの戦士らしく三叉槍と網を持った中年の男性だ。

 水の勇者と呼ばれたネフィムは網を持っていなかったらしいが本来トライデンの戦士は網戦士、もしくは網闘士と呼ばれ、網と三叉槍を持つのが一般的だ。

 網で相手の動きを封じ三叉槍で止めを刺す。それがトライデンの網戦士の戦い方である。

 やって来た彼も肩に網を担いでいる。

 クラスス将軍が言うには彼が今回の警備責任者だそうだ。

 船上パーティーなのでトライデン神殿に所属する網戦士達が警備をしていたのである。


「申し訳ねえ! 俺達の不手際だ!!」


 男性が頭を下げる。

 そしてトライデンの戦士はトールズの戦士と同じ位の荒くれ者揃いだ。言葉づかいが粗い。


「別に構いませんよ。貴方達の事情は知っています」


 アリアド湾にある各国のトライデン神殿に所属する網戦士達はマーマンにやられた事で人員が不足している。

 そのため砂の中まで警戒できなかったようだ。

 しかし、人手が足りていたとしても彼らにはどうする事もできなかっただろう。

 相手は化蟹カルキノスだ。ただの人間に対処できたとは思えない。


「黒髪の賢者様にそう言っていただけるとはありがてえ」


 網戦士達は再び頭を下げる。


「それよりもカルキノスの事を教えてくれませんか? 大きな蟹である事しか知りませんので」

「カルキノスの事ですかい? あっしも良くは知りやせん。ただ西の内海ではマーマンの奴らがカルキノスを操る事があるそうで……」


 網戦士の言葉になるほどと思う。

 海の民と言われるマーマンは強力な海の魔獣を操る事ができると聞く。

 過去にマーマンはその魔獣を使って赤い河のほとりにあるハッティ王国を滅ぼしたらしい。


「なるほど、化蟹は操る事が可能なのですね。饗宴が始まる前に何か変わった点はありましたか?」

「いえ、特には……。砂の中に潜っていたみたいで見つける事はできやせんでした」


 網戦士は首を振る。


「そうですか、でも間違いないと思うわ。カルキノスは誰かに操られていた。ナオさんもカルキノスが動き出す前まではその存在に気付かなかったわ。おそらく前日に砂の中にずっとカルキノスを潜ませていたに違い無いわね。そして、頃合いを見てカルキノスを動かした」


 私は断言する。


「なるほどな。どうやらあの邪神の残党が残ってたってわけか。そして俺達にまだ敵対しようとしている」


 レイジ君の言葉に頷く。


「間違いないわね。闘技場から逃げたカルキノスを使っているのだもの」


 彼らの目的はわからない。だけど私達に敵対しようとしているのは間違いないだろう。

 そこで私はエウリアを見る。


「あの……。何かしら?」


 エウリアは不安そうに私を見る。


「エウリアさん、あなた何か知らない?」


 私が尋ねるとエウリアは首を振る。


「いえ何も知りませんわ。知っているとすればアトラナの方ですわ」


 エウリアがそっけなく言う。

 アトラナは本名をアトラナクアという蜘蛛の姿をした女性の邪神だったらしい。

 しかし、彼女はシロネの幼馴染であるクロキに捕えられナルゴル送りとなった。


「カヤさん、あなたは何か聞いていない?」


 私が尋ねるとカヤは首を振る。


「いえ……。しかし、クロキ様が誰かを庇ってアトラナクアを私共に引き渡さなかった事は考えられます」

「誰かを庇って?」

「おそらく闘技場で戦わされていた魔物です。彼は闘技場で戦わされていた魔物に同情的でした」


 カヤが淡々と答える。


「なるほどね……」


 確かに闘技場から逃げ出した魔物の何匹かは行方不明だ。アトラナクアを問い詰めればその所在がわかったかもしれない。

 彼はそんな魔物達を匿ったと言える。


「ふふ、やはりクロキさんは優しいですわね」


 横でキョウカがうんうんと頷いている。

 キョウカは彼の事をかなり高く評価しているのかそうじゃないのかわからない。


「しかし、その事で被害に会っている人もいるはずだ。闘技場で無理やり戦わされていたからといって、そのままにしておいて良いはずが無い。そのために被害が出ている可能性もある」


 レイジが横から口を出す。

 彼の事が気に喰わないのだろう。重傷を負わされたのだから無理も無い。

 しかし、シロネが聞いたら悲しむぞ。

 だけど、確かにレイジの言う事にも一理ある。

 逃げ出した魔物は隠れて人を襲っているかもしれない。そうだとすれば退治する必要があるだろう。


「まあ、でも済んだ事は仕方が無いわね。それよりもこれからどうするのかが大事だと思うわ」


 私は少し話題を変える。私は彼に助けられた。だから彼を悪く言いたく無い。

 それに、彼は魔王の側に立っているかもしれないが、私を助けてくれた行動には彼の意志を感じた。

 シロネの言う通り彼は完全に操られていないのかもしれない。だから一度彼の状況を確かめる必要があるだろう。


「もちろん、残党は叩き潰すさ。誰に喧嘩を売ったのか教えてやるよ」


 レイジが不敵に笑う。

 やはりそうなったか、私は頭を抱える。


「でもレイジ君。犯人をどうやって捜すの? 手がかりは何もないみたいだけど」


 実はあの後ナオとリノが現場の海域を調べたけど手がかりらしい物は今の所見つかっていない。

 また、会場にいた人達に対して身体検査をしたけど全員人間だった。

 おかげで調査をしたリノとナオは疲れて座りこんでいる。それをサホコが介抱している。

 あれだけ調べて私達の目を逃れるならもうお手上げだったりする。

 それにアトラナクアのような魔物が何匹もいるとは考えたく無い。

 おそらく犯人はカルキノスを動かすとすぐに逃げたのだろう。

 だからあの場所にはいなかったのだ。


「それは、アリアディアを虱潰しに捜査して……」

「無理よ。アリアディアは広いし人口も多いわよ。まあ、この国のどこかにいるとは思うけど……」


 レイジの言葉をすかさず否定する。

 おそらく邪神の残党はこの国、もしくは周辺の国に潜んでいる可能性が高いと思う。

 なぜなら人間に化ける能力があるなら城壁外にいるよりも都市の内部の方が身を隠し易いからだ。

 特にアリアディア共和国は人口が多く、戸籍の無い非市民も多く住み着いている。

 そのため人間に紛れるのは簡単なはずだ。

 小国だと怪しい人間が住みつけば、すぐにわかる。しかし、ここではそうでは無いのである。

 そんなアリアディア共和国を私達だけで捜査するのは無理だ。

 当然周辺の国まで捜索する事は不可能である。

 それに私達が捜査しようとすれば人間に化けた魔物は逃げるだろう。

 またレイジは強引な捜査をしそうだ。この国の人達と揉め事を起こすのは避けたい。


「あの、お待ちください。勇者殿」


 突然声が掛けられる。


「デキウス卿? どうかされたのですか?」


 声を掛けたのはデキウスだ。私はデキウスに尋ねる。


「犯罪の捜査は本来なら我々の仕事です。犯人を捜すのはどうか我々にお任せいただけませんか?」


 そう言うとデキウスは頭を下げる

 通常警察と言っても2種類ある。行政警察と司法警察だ。

 前者は犯罪の予防や治安維持を行い、後者は犯罪の捜査などを行う。

 この国において行政警察はクラスス将軍率いるアリアディア共和国軍と、それを指導する立場にあるレーナ神殿が行っている。

 また火事を防止するための消防組織である、トライデン神殿の者達が夜の見回りをする等の事実上の警邏活動をしたりしている。

 そして司法警察は法の神である、神王オーディスに仕える神官や騎士等が行う。

 現代の日本において宗教組織が警察権を持つ事はありえない。だけど、この世界では普通にあったりする。

 だからデキウスが捜査を行うと申し出るのも当然と言える。

 また、デキウスはいかにも真面目なオーディスの信徒に見える。きっと公正な捜査を行うだろう。


「なるほど、確かにそうね。法の騎士なら捜査もしやすいでしょうしね。それに各国のオーディス神殿と連携も取れるわね。レイジ君。ここはデキウス卿に頼るべきだわ」


 私はそう言ってレイジを見る。

 実際の所、捜査をするとなると人手が欲しい。


「しかし、なあ……」


 しかしレイジは渋い顔をする。


「もちろん私達も捜査に関わらせてもらうわ。そもそもカルキノスを操る程の奴だもの。おそらく私達でなければ倒す事は無理でしょうしね。そう言う事だけどどうかしらデキウス卿?」


 私が言うとデキウスが頷く。


「確かに私ではカルキノスを操る程の相手を捕えるのは難しいと思います……。勇者殿達の助けが必要かもしれません」


 デキウスが認める。

 虚勢を無駄に張らない人間は嫌いじゃない。その態度は好感が持てる。


「そういう事だけど、レイジ君」


 私はレイジを見る。


「ああ、仕方が無いか……」


 レイジも了承する。

 さすがに自分達だけで捜査をするのは無理だと思ったのだろう。


「後それからシズフェさん、貴方達も捜査に協力してくれる?もちろん報酬を出すわ」


 私はシズフェを見る。


「はい、私達で宜しければ。みんなも良いよね」


 シズフェの仲間達全員が頷く。


「さてこれで決まりね。明日から皆で捜査を開始しましょうか?」






◆暗黒騎士クロキ


「カルキノスですか……」


 目の前にいるトゥリアという女性が頷く。


「はい。そうでございます、黒き嵐の神よ」


 黒き嵐の神と言うのはどうやら自分の事らしい。

 どうも最近ドワーフの間でそう呼ばれているようだ。

 自分とクーナがいる船にトゥリアという女性が尋ねて来て報告してくれる。

 クーナはトゥリアとの話しには興味ないのか自分の膝を枕にしてうたた寝をしている。

 そしてこのトゥリアと言う女性はドワーフのダリオの知り合いである。

 そのダリオとの繋がりから自分の事も知っている。

 彼女の夫はドワーフで彼女の娘の夫もドワーフである。

 ドワーフと結婚した女性はドワーフから沢山の金銀財宝を贈られる。

 彼女はそれを元手に商売を始めて今やこの国一番の金持ちらしい。

 また、ドワーフと共に迷宮の管理に関わるそうだ。

 モデスにアリアディアにしばらく滞在する事を報告したときにヘイボス神とも連絡を取る事ができた。

 そこでトゥリアの事を知ったのである。

 トゥリアもヘイボス神の側近のドワーフであるダリオから自分がこの国にいる事を知らされた。

 そして彼女は自分に接触をしてきたのである。

 彼女は自分がアリアディアにいる間は色々と便宜を図ってくれるらしい。


「そのカルキノスは闘技場から逃げ出した物なのですね。知らせてくれてありがとうございますトゥリア殿。しかし、だとするとアトラナの残党がいる事になりますね」


 闘技場の魔物を解放したのはアトラナクアだ。

 つまり、この事件はアトラナクアの残党が引き起こしたと言う事になる。


「はい、まさかあのアトラナが魔物で邪神の配下だったとは思いもよりませんでした。そしてその残党がこのアリアディアにいるなんて……。なんて怖ろしい」


 トゥリアが信じられないと首を振る。

 アトラナは商人組合に加入していた。

 当然トゥリアもアトラナを知っている。

 もちろんその正体には気付いていなかったようだ。


「残党についてなのですが、アトラナクアの情報が確かなら彼らの居場所は知っています」


 自分はトゥリアを見て言う。


「本当でございますか? 黒き嵐の神よ」


 その言葉に頷く。

 捕えたアトラナクアから自分は沢山の情報を得ている。その中にはシロネ達に伝えなかった物もある。

 何故伝えなかったかと言えばそれはナルゴルに関わる事だからだ。


「はい、ですから私がそこに赴いて彼らが何をしようとしているのか確かめに行こうと思います」

「おお黒き嵐の神よ、ありがとうございます」

「もっともすでに本拠地を捨てている可能性はありますが……。とにかくこの件は自分に任せてください。トゥリア殿」


 自分がそう言うとトゥリアが安堵した顔をする。

 だけど、トゥリアと違って自分は気が重い。

 この事件を起こした者のことを考えると頭が痛い。

 自分は膝の上で寝ているクーナの頭を撫でながらため息を吐いた。





◆踊り子シェンナ


 勇者様達と別れ私と兄のデキウスは父の元へと向かう。

 父はまだ船のどこかにいるはずだ。


「兄さん。明日からの捜査をするみたいだけど何か目星はあるの?」


 兄に声を掛ける。


「いや、ないな……。シェンナはどうだい。何か気付いた事はあるのかい?」


 私は何も答えない。

 気付いた事はある。だけど兄には言えない。

 もしかすると劇団に関係するかもしれないからだ。

 兄には悪いがミダス団長達に迷惑はかけられない。


「シェンナ……? どうしたんだい?」


 兄が私の様子を見て声を掛ける。


「ううん、何でもないの。ああそうだ兄さん、これを預かってくれない?」

 私は布でくるんだある物を渡す。


「これは?」


 兄は受け取ると布を取ろうとする。


「待って兄さん! 中は見ないで!!」


 私は慌てて兄を止める。


「シェンナ?」

「ただ預かって欲しいだけなの。お願い兄さん」

「わかったよ、シェンナ。中身は見ない」


 兄は怪訝な表情を浮かべながらも了承する。

 真面目な兄の事だから中身は見ないだろう。


「ありがとう兄さん。それじゃ私はこれで」


 そう言って私は兄と別れる。


「シェンナ! 父上に会わないのかい?!!」


 兄が私の背に声を掛ける。


「ごめんね兄さん! 父さんには適当に言っておいて!!」


 私は走りながら事件の起こった時の事を考える。

 あの時マルシャスの様子はおかしかった。

 そしてあの場に落ちていた黒山羊の紋章が描かれた笛はマルシャスが落した物だろう。

 兄に渡した物はその笛だ。

 だけど、劇団員が事件に関わっていると知られると劇団の活動が停止される恐れがある。

 だから兄には何も言えない。

 言えばミダス団長達に迷惑がかかる。


「確認しないと……」


 私は呟くと劇団へと急いで戻った。


小説の展開につまりました……。

一度書いたものを全て書き直したりしてたので時間がかかりました。

もっと速く更新したいのですが。さすがに難しいと思います。


ちなみにトライデンの戦士は剣闘士のレティアリイをモデルにしています。

また下着の説明をするためにシロネには恥ずかしい目に会っていただきました。


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