海上の饗宴
◆戦乙女シズフェ
陽光が青い海を照らし海面をキラキラと輝かせている。
その美しいアリアド湾には大きな船が沢山浮かべられている。
大きな船は橋で繋がれて1つの大きな島があるかのようだ。
船の上には沢山の料理が並べられ、沢山の人達が食事を食べながら談笑している。
その船の上にいる人達を見る。
全員が綺麗な服を着ている。
身に付けた装飾品も豪華だ。
それを見てため息が出る。
「ねえシズちゃん……。私達こんな所にいても良いのかな?」
横にいるマディが不安そうに聞く。
マディも私と同じ思いみたいだ。
「良いはずだわ……。現にここに入る事が出来ているもの……」
私も不安そうに言う。
私達は光の勇者様を讃える宴会へと出席している。
理由はレイジ様が私達を誘ってくれたからだ。
当然私達は豪華な食事ができると聞いて喜んで参加した。
しかし、会場に来て後悔している。
ここには周辺諸国から来た王侯貴族が沢山いる。
私達のような下民が参加しても良いのだろうか?
「私……。おかしくないかなシズちゃん?」
マディが着ている服を私に見せる。
今日のマディは普段の魔術師の姿では無く。綺麗な服を着ている。
服はチユキ様達から借りた豪華な服だ。
青色の服は彼女の可憐さを表していると思うが自信が無い。
「さあ、そんな事を言われても……。私も自信がないわよ」
私は俯いて答える。
私も豪華な服を借りて着ている。
だから服装だけなら周りにいる貴族の令嬢に見劣りはしないはずだ。
しかし、普段は安物の服ばかり着ているので落ち着かない。
そもそも服が似合っていないかもしれない。
「いや、シズフェはもっと自信を持って良いと思うぜ。貴族の令嬢かと思うぐらいだぜ」
横にいるケイナ姉が言う。
ケイナ姉もまた豪華な服だ。
赤い服が似合っている。しかし娼婦に見えるから肌の露出は控えるべきだろう。
「そうですよ。私達の中でシズフェさんだけは自信を持っても良いと思います」
レイリアさんまでも私を褒める。
「ああ、シズフェは自信を持つべきだな。気が付かないのか?シズフェを見ている男は結構多いぞ」
「えっそんな!!」
ノーラさんの言葉で私は周りを見る。
そう言えば何人かの男性が私を見ているような気がする。
正直恥ずかしい。
そんな時だった。
1人の男性と目が会う。
とても身なりの良い若い男性だ。
その男性が近づいて来る。
一瞬ドキドキしたが、その男性が何者で有るのかに気付き心臓の動機が収まる。
前に会った事のある男性だ。
「これはシズフェ殿では無いですか。お久しぶりです」
男性は優雅に挨拶する。
「ああデキウス様でしたか……。お久しぶりです。いつもと違う格好でしたので気付きませんでした」
私も挨拶をする。
デキウス様は神王オーディス様に仕える神官で法を守る騎士だ。
過去に事件の捜査の為にテセシアに来た時に会った事がある。
その時に私達はフェリア神殿の依頼で彼の捜査に協力した。
普段の彼は騎士の姿をしているが今は貴公子の姿だ。
そのため最初は気付かなかった。
そもそも彼は本物の貴公子だ。
デキウス様はアリアディア共和国の名家の出身である。
本来なら気安く声を掛けて良い相手ではない。
しかし、彼は誰に対しても礼儀正しく、物腰もやわらかい。一緒に捜査をしていた時も気軽に話す事ができた。
顔も出自も性格も良い。それがデキウス様である。
ノヴィスもデキウス様を見習ってもらいたい。
「それはこちらも同じですよ、シズフェ殿。貴方を見た時どこの令嬢かと思いました。その服はご自身で作られたのですか?」
デキウス様が私の服を見て言う。
「いえまさか……。いくら私がフェリア様の信徒でも、これ程の服を作る事はできません。これは借り物です。似合いませんか?」
私は手を振って答える。
フェリア様は織物の女神様でもある。
そして、フェリア様の信徒は自分の服は自分で作るべきと教えられている。
実際に私の滅んだ故郷では自分の服はもちろん花嫁衣装も自分で作るのが普通だったりする。
私も母から裁縫を教わった。今でも自分の服は自分で縫ったり編んだりしている。
だけど、この服は借り物である。
デキウス様から見て似合っていないかもしれない。
「いえ、とても良く似合っています。とても綺麗ですよ。シズフェ殿。まさかここで出会えるとは思いませんでした」
デキウス様が笑う。
私は顔が赤くなるのを感じる。
何しろデキウス様は美男子だ。
金色の髪に整った顔立ち、背もすらっとしている。
そんな人からお世辞でも褒められたら恥ずかしくなる。
「はい、勇者様のおかげで参加させてもらいました」
私は赤い顔を隠すようにお辞儀をする。
「ああ、シズフェ殿は光の勇者様に面識があるのですね。まだお会いしてはいないようですが素晴らしい方のようですね」
「はい、あれほど優しく美しく素晴らしい殿方には今まで会った事がございません」
デキウス様も良い男だけどレイジ様はその上を行く。
あれこそまさに光の御子様である。
「はは、そうですか。光の勇者様はとても御婦人に人気のようですね」
デキウス様が笑いながら言う。
だけどその笑いの中にある感情が含まれている事に気付く。
それは嫉妬だ。
少し意外だった。デキウス様はそんな負の感情を持つ事がないと思っていたから。
「所で、シズフェ殿。銀色の髪をした御婦人を見かけなかったでしょうか?」
デキウス様が唐突に聞く。
そういえば最初に見た時にきょろきょろしていたような気がする。
「銀色の髪の御婦人ですか? 銀色の髪と言う事はお年を召した方ですか?」
銀色の髪をした御婆ちゃんなら見ている。
「いえシズフェ殿と同じぐらい年齢だと思います。どこかの国の令嬢だと思うのですが……」
「いえ、見ていません」
「そうですか……。彼女のお付の従者が勇者様を見に来たと言っていたのでここに来ていると思ったのですが……。どうやらいないようですね」
デキウス様は残念そうな顔をする。
「とても綺麗な女性なのですか?」
「はい……あれはまさしく月光の女神様でした……。できれば、もう一度お会いしたいのです」
私が聞くとデキウスが遠くを見ながら言う。
その様子に私達全員が驚く。
こんなデキウス様は初めて見る。
彼は堅物なオーディスの神官として有名な人だ。
そのデキウス様がこんな顔をするとは思わなかった。
「驚いたな……。あの堅物のデキウスの旦那があんな顔をするとはな……」
「ホントびっくりだね……」
ケイナ姉とマディが小声でデキウス様を見ながら言う。
私も2人と同じ気持ちだ。
おそらくデキウス様はその白銀の髪の女性に一目惚れをしたのだ。
真面目で浮いた話が1つも無いデキウス様にそんな女性が現れるとは思わなかった。
デキウス様は美男子なので沢山の名家の女性から縁談を申し込まれていると聞いている。
しかし、デキウス様は修業中だからと全て断っているそうだ。
そのデキウス様が恋をするのだから一体どんな女性なのだろう?
「ああ……。失礼シズフェ殿。恥ずかしい姿を見せてしまいました」
デキウス様がコホンと咳をして顔を元に戻す。
「いえ……別に……。そうだ、もしその婦人を見かけたら声をお掛けしますね」
「ありがとうございますシズフェ殿。それでは私は勇者様に挨拶をしなければいけないのでこれで失礼します」
「ああ、そうなのですか?でしたら私達もまだレイジ様に挨拶をしていません。ご一緒させてもらっても良いでしょうか?みんなも良いよね?」
私が後ろを見て仲間に聞くと。全員が賛成してくれる。
「もちろん良いですよ。それでは一緒に行きましょう」
こうして私達とデキウス様は共に勇者様の所に向かった。
◆黒髪の賢者チユキ
アリアディア共和国の始まりはキシュ河の河口にある複数の小島の上に作られた船着き場が始まりだ。
浅瀬が多いアリアド湾には人間の敵となる海の魔物が少なく。
陸の魔物も海を越えては侵入してこない。
この天然の要塞に多くの人間が集まり。それぞれの島を橋でつなげて国を作った。
それが最初の頃のアリアディア共和国である。
その後アリアディア共和国は内陸の方向へと都市を広げて現在の大きさへとなる。
アリアディア共和国は大陸の東西の境にある交通の要衝にあり、キシュ河とアリアド湾の船貿易で栄え、今では世界有数の大国だ。
そして今アリアド湾には沢山の大きな船が浮かべられている。
大きな船は端で繋がれているため人工の島が1つ出来上がっているような感じだ。
多くの人が船の上を行き交いしているが船が沈む事は無い。
なぜならすでに船底が海底まで沈んでいるからだ。
この辺りには浅瀬が続いているのでこんな事が可能なのである。
それぞれの船の上のテーブルには沢山の豪華な食事が運ばれている。
美しい容姿の男性が私の所に来て飲み物を注いでくれる。
色合いからして果実酒だろう。
「ありがとう」
私は注いでくれた男性に礼を言う。
「もったいないお言葉です。黒髪の賢者チユキ様」
男性は優雅に礼を言うと去って行く。
おそらく彼は酒神ネクトルの従属神であるアクエリオの信徒だろう。
胸に水瓶を模った聖印があったから間違いない。
アクエリオは天の宮殿で酒類・食器を管理し、給仕をする神だ。
また男性従者の神であり、女神フェリアに従属する女性従者の女神であるメイドリアを妻とする。
アクエリオは本来の職分の他にオーディスやネクトルの秘書のような仕事をするそうだ。
その多様さは男性版フェリアと言って良いだろう。
また、その職分からか私達はアクエリオを執事の神と呼んでいる。
そして、アクエリオは楽神アルフォスや女神イシュティアに従属する少年神ピスティスと同じく美男子で知られる神様でもある。
その信徒も美男子が多く、私の目を楽しませてくれる。
「なかなかの美青年だったっすなあ。チユキさん」
ナオが横から茶化すように声を掛けて来る。
「別に良いでしょナオさん。私達の為の饗宴なのだから」
私は杯を持ったまま答える。
「でもレイジ様の方がもっと良い男ですわ」
一緒に歩いているエウリアが言う。
エウリアは何故か私達と一緒に行動している。
「エウリアさん。何で貴方が一緒にいるの?」
私は少し冷たい目で言う。
「そんな……。冷たいですわチユキさん。別に一緒にいても良いですわよね。レイジ様?」
エウリアがレイジの腕に抱き着きながら言う。
「ああ、俺は別に構わないぜ。女の子が多い方が良いからな」
レイジがニッっと笑いながら言う。
そりゃあんたは良いだろう。それにエウリアだけでなく他に何人かの女の子がレイジの後について来ている。
それを見てリノとサホコが微妙な顔をしている。
「それにしてもシロネさんは大丈夫かしら?」
一緒に歩いているキョウカがシロネの心配をする。
シロネは酔いつぶれて先程リジェナによって運ばれて行った。
これはとても珍しい事だ。
いつもならシロネは酔う事は無い。
どうやら私達は魔力で酔いを調整できるみたいなのだ。
だから魔力をうまく使えないキョウカは酔うのだ。
よって本来ならシロネが酔い潰れる事は無い。しかし、魔力をうまく使う事ができず酔ってしまったようだ。
よっぽど幼馴染が去った事がショックだったのだろう。
「ホントっすね……。いつもならキョウカさんが真っ先に酔いつぶれるんすけどね」
ナオがキョウカを見て不思議そうに言う。
いつもならキョウカが酔って、シロネが酔わないのだけど今回は逆だ。
「ええ、これもクロキさんのお陰ですわ。またお会いしたいですわ」
キョウカがうっとりした表情で言う。
キョウカは魔法を使えるようになった。これは驚くべき事だ。
私が何度教えても上達しなかったのにだ。
どうやら私は教える事に向いていないようだ。
まあ少し短気なのは認めるが、こうもあっさり習得されてしまうと少し落ち込む。
ナオやカヤが言うには相性が悪いだけらしい。
本当にそうなのだろうか?
カヤが言うには彼はキョウカにとても優しく、失敗しても叱る事は無かったそうだ。
キョウカは褒めて伸びるタイプなのかもしれない。
私も叱らず優しくすれば良かったと思う。
「やめとけよキョウカ。顔はあんまり覚えていないがあれはきっとむっつりすけべだぜ」
レイジが酷い事を言う。
シロネがいたらきっと怒ると思う。
「確かにそうですわね……」
しかし、キョウカは肯定する。
それを聞いて私はずっこけそうになる。
折角魔法を教えてくれた恩人を悪く言うなと、つっこみを入れたくなる。
「そうだろう。いやらしい事をされても良い、そういう覚悟があるなら別だけど、そうじゃないのなら近づかない方が良いと思うぜ」
レイジが頷きながら言う。
「わかりましたわお兄様。お兄様の言う通りですわね」
キョウカもまた頷きながら言う。
さっきまた会いたいと言っていなかったけ?
そんな事を考える。
「それにしてもシロネさんは少し残念だね。折角のパーティなのに」
リノが残念そうに言う。
「いえ、リノ様。シロネ様にとってはその方が良かったのかもしれませんよ」
キョウカの後ろに控えているカヤがシロネが運ばれた方を見て言う。
少し離れた海上に繋がれた大きな船とは別に船が浮かんでいる。
船の上には天蓋があり中は薄絹で見えなくされている。
あの中にはリザードマン達がいるはずだ。
迷宮の攻略にはリザードマン達も活躍したのでリジェナが連れて来たのだ。
しかし、人間の中にリザードマン達がいれば騒ぎになるので少し離れた船で宴会をしてもらっている。
「どうしてあっちに行った方が良いのカヤさん?」
リノが不思議そうに聞く。
私も少し不思議に思う。なぜそんな事を言うのだろう?
「いえ、こちらの話でございます。それよりも前から将軍達が来るようですよ」
カヤの言う通り前からクラスス将軍がやって来る。
「いかがですかな? 勇者様方。楽しんでいますか?」
クラスス将軍が挨拶をする。
「ええ、クラスス将軍。楽しんでいます。それから一緒に居る方達はどなたですか?」
クラスス将軍は1人では無かった。
後ろに2人の人物を引き連れている。
1人は豪華な服と宝石を纏った中年の太った女性。
もう1人は質素な服装だけどなかなかの美形である中年の男性である。
「ああチユキ殿。紹介いたしましょう。この2人方は我が国の政治と財の頂点に立つ方です」
クラススは横に移動して2人を紹介する。
「お初にお目にかかりますわ。光の勇者レイジ様。私はトゥリアと申します。この国の商工会の会長をしておりますわ。ほほほほ」
太った女性が私に挨拶する。
商工会の会長と言う事はヘイボス神殿の関係者だろう。
彼女はヘイボス信徒を示す小さな槌の飾りを持っている。
宝神ヘイボスは商人達から信仰されている神様だ。
本来ヘイボス神はドワーフや職人の神であり商業神としての性格は無かったらしい。
しかし、質の良い品物を作り、世界中の鉱山を管理しているドワーフ達と仲良くなりたい多くの商人達がヘイボス信徒となったので商業神の性格を帯びる事になった。
ヘイボス神の持つ小槌は打つと金銀財宝が出て来る打ち出の小槌と言われている。
商人はそれにあやかって小槌の飾りを持ちたがる。
「商工会の会長という事はヘイボス神様の信徒なのでしょうか?」
「はい、賢者様。わたくしは地下に眠る財宝の主である偉大なヘイボス様に仕える商いの女神クヴェリア様の信徒ですわ」
トゥリアが笑う。彼女が笑うと宝石が揺れる。
女神クヴェリアはヘイボス神に仕え工作の為の材料や物の管理を司る神である。
元は天使だったとも人間だったとも言われる神だ。
そして、材料や物の管理の神で有る所から倉庫業者の神と思ってしまうが、扱う品物には金銀等の貨幣も含まれる。
そしてクヴェリア信徒はその預かった貨幣を貸し出したりして利子を取ったりしているらしい。
つまり、女神クヴェリアは銀行や金融の神なのである。
クヴェリア神殿はヘイボス神殿のすぐ隣に建てられる事がほとんどである。
それに、クヴェリア神殿は両替商も兼ねている。
この世界ではそれぞれの国家はもちろん個人ですら貨幣を作って良い。
そのため両替商が必要となる。
何しろ国ごとに度量衡が違う事があるのだ。一度アリアディア共和国のテュカム貨幣に変える必要がある。
そして、両替商は粗悪な貨幣を見分けるだけでなく、それぞれの通貨の交換比率決定の基準となる金銀の含有量を鑑定する技術が必要となる。
もちろん、それは両替商に頼まれたドワーフが行う。
何しろドワーフは触っただけでエレクトロン貨幣の金銀含有量を鑑定する事ができるのだから。
神同様、ドワーフとクヴェリア信徒は密接な関係にあると言える。
「それからチユキ様。トゥリア殿は我が国の元老院議員でもあります」
横からクラススが彼女の事を説明してくれる。
元老院は日本における国会と同じである。ただし、元老院議員は国会議員と違って任期は無く終身だ。
この世界は政教分離という考えが無く、宗教団体は堂々と世俗に関わっている。
宗教関係者が政治の要職に就く事も珍しく無い。
それに女性政治家も珍しく無い。
むしろ、世界的に見ても女王が多いようだ。
この世界では女性の社会進出は珍しく無く、こういった饗宴に女性が参加しても問題は無い。
それは男女平等の考えでは無く、男性の死亡率が高いからである。
魔物が多いこの世界では男性は戦士である事を求められる。
男性は城壁の外で畑を耕し魔物と戦い、女性は城壁の中で仕事をする。
城壁の外は魔物が多く危険なので死亡率が高い。
男として生まれた者の半分は魔物によって死ぬと言われているぐらいだ。
だからこの世界の男女比は1対2。魔物がより多い地域では1対3ぐらいの割合で女性が多い。
そうなると国家運営を男性だけでする事が出来ないので女性の社会進出が進むのである。
もっともフェリア信徒は家庭に入る事が一般的なので夫がいる時は表に出て来る事はまずない。
しかし、フェリア信徒ではないトゥリアは普通にこういう場に出て来るようだ。
「私はナキウスと申します光の勇者様方。神々の王であるオーディス様に仕える者でございます」
もう1人の中年の男性が挨拶をする。
「ナキウス……? もしかすると元老院議員の第1人者のナキウス・ペリクレトス殿ですか?」
第1人者は元老院議員筆頭と言う意味だ。
第1人者は称号にすぎないがこの称号を持つ者の言葉は重く、ナキウスは事実上この国の政治のトップと言って良いだろう。
そして、ナキウスはこの国を作った最初の12人の1人であるペリクレトスの子孫だ。
実はこの世界には姓がはっきりと定まっていない。
名乗りを上げる時も○○の子△△みたいに言う。
そして、△△の子は△△の子□□と名乗るのが一般的だ。
また、同名の者がいる時は綽名が付けられる事が多い。
例えば黒髪の○○だったり、茶髪の△△みたいにだ。
私の黒髪の賢者もある意味綽名だったりする。
それがやがて代々黒髪ならブラックという姓に、そして茶髪ならブラウンという姓になるかもしれない。
だけど姓と呼べるまでには至っていないような気がする。
また、ちびとかのっぽとかの身体的特徴や、外国人なら出身地などが綽名がある場合もある。
だけどどれも姓とはまだ言えない。
そんな中でナキウス・ペリクレトスは例外と言える。
ペリクレトスの家は父の名では無く代々初代の名を付けるのである。
これはもう姓と呼んでも良いのでは無いだろうか?
そして、こんな姓を持つ者は名家と決まっている。
私が聞いた所によるとペリクレトス家からは何人も執政官を出しているらしい。
そして、ペリクレトス家は代々オーディス神に仕える神官の家系でもあるみたいだ。
彼の胸の所にもオーディスの聖印がある。
オーディスの聖印は丸に十字、薩摩島津家の家紋と同じ形だ。
これは太陽車輪と呼ばれ日本以外でもこのシンボルは使われていたりする。
この世界でも神王オーディスの聖印となっている。
「おお、黒髪の賢者殿のような美しい方にまで知っていただけているとは驚きですな。いかにも私がナキウス・ペリクレトスでございます。この度は我が国を救っていただき厚くお礼を申し上げます」
ナキウスが笑いながら頭を下げる。
私はオーディス信徒にしては珍しいと思いながらナキウスを見る。
オーディス信徒は真面目でお世辞なんか言わないと思っていたからだ。
まあ厳しすぎる人に比べたら好感が持てる。
これで軍事のクラスス。財政のトゥリア。政治のナキウスというアリアディアを動かす者達がここに集まった事になる。
「父上!!」
誰かがクラスス達の後ろから来る。
見ると1人の若者とその後ろから複数の女性達がやって来る。
若者の顔は初めて見るが女性達は知った顔だ。
「おや、あれはシズフェさん達っすね。一緒にいるのは誰っすかね?」
「ホント誰だろう。結構なイケメンだね」
若者と一緒に来たのはシズフェ達だ。
「おおデキウス、来たか。紹介します勇者様。我が息子のデキウスです」
ナキウスが息子を紹介する。
デキウスと呼ばれた若者は茶色瞳に金髪。
顔は整っていて、背丈はすらりと高い。
なかなかイケメンだ。それにレイジと違って誠実そうである。
「デキウスでございます、光の勇者レイジ様。この度はアリアディア共和国を救っていただいてありがとうございます」
デキウスが礼儀正しく挨拶をする。
「やあシズフェちゃん、良く来たね。その服とても似合っているよ。本物のお姫様みたいだ」
しかし、レイジはデキウスを無視してシズフェと話す。
「そ……そうですか! ありがとうございます!!」
しかし、シズフェはデキウスの後ろに隠れる。
レイジに褒められて喜ぶよりも怯えているみたいだ。
横を見ると私とナオとリノを除くエウリア達女性陣がすごい目でシズフェを睨んでいる。
普通の子だったら怖いだろう。
「ねえ……シズフェさんでしたっけ? あなたレイジ様とどういう関係なのかしら」
エウリアがシズフェに凄む。
さすが父親が邪神なだけあってすごい迫力だ。そのうち頭に角が生えるのではないだろうか?
「いえあのその……」
シズフェはデキウスの後ろで小さくなる。少し可哀そうだ。
「ははは、噂通りの方の様ですね。勇者様は綺麗な御婦人方に人気のようですね」
デキウスがシズフェの前に立ち笑う。
爽やかな笑顔だ。そしてシズフェを庇いながらさらりとエウリア達を褒めている。
その笑顔にエウリア達の怒りが収まるのがわかる。
顔が良いので効果は抜群だ。
「デキウスよ、お前も少しは勇者様を見習ったらどうなのだ?もう良い歳だというのに今だに独り身で。勇者様、もし良ければどなた良い人はいませんかな? 息子に紹介してやってくださいませんか?」
ナキウスがため息を吐きながら言う。
この世界では大体結婚するのは10代半ばから10代後半ぐらいだ。
デキウスは見た感じ10代後半から20代前半ぐらいに見える。
私達の世界なら行き遅れではないのだが、この世界では遅いのかもしれない。
良い所の御曹司ならすぐに見つかりそうなのに。それとも同性愛者なのだろうか?
「父上……。私はまだ修行中の身でございます。伴侶等とても……」
デキウスが困った顔をする。
「あれ?デキウスの旦那。気になっている女性がいるんじゃなかったっけ?」
「ちょっとケイナ姉!!!」
デキウスの後ろにいる女性の言葉でシズフェが慌てる。
「本当かデキウス?」
ナキウスが聞く。
「いえ……。その……。確かに気になると言えば気になりますが……」
デキウスは言い難そうだ。
「これは珍しいですわね。あのデキウス卿に気になる娘がいるなんてね」
「そうですなトゥリア殿。あの真面目一筋で、全ての縁談を断っていたデキウス卿にそのような娘が現れるとは……」
トゥリアとクラススが驚いた表情で話す。
「おお息子よ。その気になるという御嬢さんはどちらの娘さんなのかね?」
しかし、父親の言葉にデキウスは首を振る。
「それがわからないのです父上。昨晩一度だけ会っただけなので……」
デキウスが昨夜起こった出来事を話す。
「へえ~。つまりたまたま出会った銀髪の美女に一目惚れしちゃったってわけっすか」
ナオが楽しそうに言う。
「ねえその人すごい美人だったの?」
リノが楽しそうに聞く。
「はい、あれはまさしく月光の女神でした」
デキウスは空を見上げて言う。
月はまだ出ていないがその時の事を思い出しているのだろう。
「そいつは気になるね。俺に会いに来たのだろう? その女性は?ぜひ会ってみたいな」
レイジが笑いながら言う。
私はその言葉に頭を抱える。
折角のデキウスの想い人を横取りするつもりだろうか?
レイジにはあの絶世の美女であるレーナがいると言うのに、それでも足りないのだろうか?
この饗宴が終わったら聖レナリア共和国に戻って転移門を封印した方が良いのかもしれない。
「きゃあああああああああああああ!!」
その時だった大きな悲鳴が少し離れた所から上がる。
あちらには饗宴の為に呼ばれた芸人達がいるはずだ。一体何事だろう。
「何事だ!!」
クラススが大きな声を出して悲鳴が上がった方向へと行く。
当然私達もそこへと向かう。
どうやら何か事件が起こったみたいだった。
サテュロスの事を色々と調べていたら、サバトに繋がっていきました。
実際に悪魔のイメージはサテュロスからきている感じがしますね。