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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
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月光の女神

◆暗黒騎士クロキ


 星空を飛び迷宮都市ラヴュリュントスの上空へと来る。

 迷宮の主であった邪神ラヴュリュスはもういない。

 あの邪神は蛇の女王に連れ去られてどこかに行ってしまった。

 ラヴュリュスに従っていたミノタウロス達もこの迷宮を脱出してどこかへ行った。

 主を無くした迷宮の地表部分。その中央の広場にグロリアスを降ろす。

 グロリアスの巨体によって広場は埋まる。


「クーナ。降りるよ。良い?」


 自分が聞くとクーナは頷く。


「良いぞクロキ」


 自分は一緒に乗っていたクーナを抱えて降りる。

 グロリアスから降りると周囲の建物から複数の影が出て来る。


「お待ちしておりました、旦那様にクーナ様」


 影が頭を下げる。

 出てきたのはリジェナだ。


「ありがとうリジェナ。来てくれて」


 リジェナは自分の使徒だ。使徒であるリジェナは自分と精神が繋がっているのでいつでも連絡を取り合う事ができる。

 クーナとアリアディア共和国に観光をしている間はグロリアスをリジェナに預けるつもりだ。

 だからここに来てもらった。

 この場所ならグロリアスを隠すのに丁度よい。

 そのリジェナの周りにはリザードマン達が付き従っている。


「いえ、旦那様のお頼みとあればどこにでも駆けつけるつもりです」


 リジェナが目を輝かせながら言う。

 それを見て申し訳ない気持ちになる。

 実は最初はリジェナに連絡するつもりはなかった。

 グロリアスも何とか隠せる所を探すつもりだった。

 しかし、すぐ近くにいるのに何の連絡もしないのも冷たい気がする。

 そう思ってリジェナに連絡をするとアリアディアにいる間は自分が世話をしたいと申し出てくれた。

 その申し出を聞いた時は迷ったが、結局その言葉に甘える事にした。

 それに実の所を言えば、市民権を持っていないとまともな宿に泊まる事は難しい。

 だからリジェナの申し出はありがたかった。


「すまないリジェナ、世話になるよ。それからグロリアスの事もよろしくお願いするね」


 自分はリジェナとリザードマンに頭を下げる。

 迷宮はヘイボス神の管理下に入る事になったけど用意が整うまでは光の勇者が管理する事になった。

 まあ正確には光の勇者の妹であるキョウカの管理下である。

 そしてリジェナはキョウカの命令でこの迷宮の実質的な管理者となっている。

 だから、リジェナの許可無しでこの迷宮に入る者はいないはずだ。

 グロリアスをここに置いても問題は起こらないだろう。

 またリザードマンは竜を信仰していからグロリアスを大切にしてくれるだろう。


「はい旦那様。グロリアス様の事は私共にお任せください。後それからこれを……」


 リジェナが目配せするとリザードマンが小箱を持ってくる。

 リジェナが箱を開けると中から綺麗な衣装が出て来る。


「これは?」

「旦那様とクーナ様の衣装です。クーナ様は目立ちますので衣装が必要かと思いまして」

「なるほど……。ありがとうリジェナ。何から何まで。それじゃクーナこれを着て」


 自分は服を手に取って横で大人しくしているクーナに渡す。

 クーナは前と比べて落ち着きが出てきた。

 もうリジェナに対して敵意を向ける事は無いようだ。

 これは良い傾向だ。一体何があったのだろう?


「これはなんだクロキ?」

「姿を隠すための衣装だよ。クーナは綺麗だからそのままの姿で歩くと注目を浴びてしまうからね。折角アリアディア観光に来たのだから変な人に寄って来てもらいたくないしね」


 レーナと同じくクーナはすごい美人なのでアリアディア共和国を歩く時は顔を隠す必要がある。

 だからリジェナに衣装を用意してもらったのだ。


「綺麗……。そうか、わかったぞクロキ。クーナはその服を着よう」


 綺麗と言われて喜んだクーナはリジェナに手伝われながら衣装を纏う。

 クーナが衣装を纏うといかにも女神フェリアを信仰する貴婦人という格好になる。

 衣装にはベールも付いていてクーナの顔の顔を隠す。


「なんだか動きにくいぞ……」


 クーナが不満そうな声を出す。


「ごめんねクーナ。自分が手で引っ張ってあげるから我慢して」


 もし顔を出して歩けば大変な事になるだろう。だからアリアディアを歩く時は顔を隠してもらわなければならない。


「クロキが引っ張ってくれるのか?それならばこの格好は何も問題ないぞ」


 クーナが納得してくれる。


「良かった……。じゃあ自分も着替えるかな」


 自分は暗黒騎士の鎧を外すと用意された服に着替える。

 服はクーナと違って使用人の男性の物だ。

 これを着てクーナと並ぶと貴婦人とその従者に見えるだろう。


「少し地味すぎたでしょうか?」


 リジェナが不安そうに聞く。


「いや良いよ。派手なのは好きじゃないから」


 目立つのは苦手だ。

 だからリジェナの用意してくれた服は丁度良い。

 リジェナはナルゴルにいた時は自分の服を管理していた。

 だから自分の好みがわかっている。


「それからリジェナ。彼らはまだいるのだよね?」


 自分はリジェナに尋ねる。


「はい。光の勇者達はまだこの国にいます。少なくとも明日の祝賀会まではこの国に滞在すると思います……」


 リジェナの話しでは迷宮に捕らわれた人々を助け出した光の勇者レイジを讃える祝賀会が開かれるみたいなのだが、その祝賀会に出席したいという各国の要人のスケジュールを調整した結果、開催日が少し遅れたそうだ。

 だからレイジ達はまだこの国にいる。


「そうか……。でもいちいち気にするのも馬鹿らしいな……。まあ普通にしていれば気付かれないだろう。だから気にせずアリアディア観光を楽しむ事にするよ」


 アリアディア共和国は広い。簡単に出くわすとは思えない。


「わかりました旦那様。それではアリアディア共和国に向かいましょう。トルマルキスの別宅があります。そこならシロネ様達には気付かれないでしょう。案内いたします」

「ありがとうリジェナ」


 こうして自分達はアリアディア共和国に向かうのだった。





◆踊り子シェンナ


「まったく、あの飲んだくれはどこに行ったのよ!!」


 私はマルシャスを探しに夜の街を歩く。

 マルシャスは私と同じ劇団「ロバの耳」に所属する劇団員だ。

 明日は光の勇者様の前で踊らなければならない。

 だと言うのにあのバカはまだ帰ってこない。

 だからミダス団長が私にマルシャスを探して来て欲しいと言ったのだ。


「シェンナ。マルシャスを探しにいってくれない?」


 ミダス団長の言葉を思い出す。

 ミダス団長には悪いがマルシャスを劇団に入れたのは間違いだと思う。

 しかし、尊敬するアイノエ姐さんがマルシャスをミダス団長に紹介して、そのまま入団させてしまった。

 マルシャスは問題のある男だ。

 彼は元盗賊だ。

 そして賭け事と酒が好きでいつも酔っぱらっている。

 だからあの不良はさっさと追い出すべきなのだ。

 だけど、ミダス団長は首を縦に振らないだろう。

 なぜなら劇団は人手不足だからだ。

 特に後ろの合唱隊や音楽隊の数が足りない。

 マルシャスの笛の才能は確かで他の劇団員で勝てる者はいない。

 マルシャス自身も自分の笛はアルフォス神に勝ると大口を叩く事がある。

 そんな事を言っていると皮を剥がれるかもしれないと注意をしても本人は改める気がないようだ。

 しかし、アルフォス神様程ではないかもしれないが笛の実力は確かである。

 だからこそミダス団長はマルシャスの行動に目を瞑るのだ。

 私はため息を吐く。

 ミダス団長は歌と踊りに対する愛情は良くわかる。

 団長は踊りの女神であるイシュティア様と歌の神であるアルフォス様の信徒だ。

 そんな団長にとっては才能があれば他の問題はどうでも良いのだろう。

 だけど、マルシャスが問題を起こせば、劇団の活動が禁止される可能性もある。

 人手不足なのはわかるが団長はどうしてそこに思い至らないのだろう?

 それにアイノエ姐さんも姐さんだ。どこからあんなのを拾って来たのだろう?

 そんな事を考えながら歩いていると目的の場所にたどり着く。

 ここは中心からかなり離れた区域である。

 外から来た不法滞在者が多く住む治安が悪い所だ。

 歩いている人間もガラが悪い。

 通りを歩くと沢山の酒杯の印の看板が建物の軒に吊るされている。

 酒杯の印は酒神ネクトル様の聖印である。

 この聖印が吊るされた家屋は居酒屋兼宿屋である事を示している。

 この中の店のどこかにマルシャスがいるはずだ。

 あの飲んだくれはどこかで酔っぱらっているはずだ。

 通りには旅人らしき者が多く歩いている。

 その旅人を女性の店員が誘っている。

 彼女達は居酒屋の店員であると同時に娼婦である。

 1階の食堂で店員をして2階の寝室で客と寝る。

 売春はこの国では禁止なのだが、黙認されている状態である。

 もちろん彼女達の行動をとやかく言うつもりは無い。

 彼女達は私と同じイシュティア様の信徒だ。

 自由な愛を唱えるイシュティア様は踊りの神様で有ると同時に娼婦達の神様でもある。

 そんな事を考えながらマルシャスを探して路地裏に入り込む。

 たまに路地裏で酔いつぶれて寝ている事があるからだ。

 歩いていると前方に3人の男が立ちはだかる。

 これはまずいと思い来た道を戻ろうとする。

 しかし、戻ろうと振り返るとそこには大男が立っていた。


「いよう、お姉ちゃん。誰かをお探しかい」


 大男が私に声を掛ける。


「ええ、人を探しているけどそれが何か?」


 私は大男を睨む。


「もしかすると俺達が力になれるかもしれねえ。どうだ一緒に探してやろうか?」

「悪いけど……。あんた達の力を借りるつもりはないわ」

「そう冷たい事を言うなよ」


 男が手を伸ばして来る。


「触らないで!!」


 私は手を払いのける。


「ちっ、気の強い女だな。まあ良いか……。ちょっと付き合ってもらうぜ」


 男が下卑た笑みを浮かべる。

 私はため息を吐く。

 左右の腰にある曲刀を触る。

 腕には自信がある。こいつらの動きを見る限り強くはなさそうだ。叩きのめす事もできるだろう。

 しかし、後で問題になりそうだ。


「悪いけどあんた達の相手はしてられないの」


 おそらく居酒屋の女性に払うお金も持っていないチンピラ自由戦士共だろう。

 魔物を相手にせず弱い人間を相手に強請る最低な人種だ。

 そんな奴らをいちいち相手にするのも面倒である。

 私は横の壁へと走る。


「何を?!!」


 男の仲間が叫ぶが構わない。

 私は壁を蹴ると駆け上がりそのまま宙返りして大男の後ろへと飛ぶ。

 そして、そのまま走って逃げる。


「待ちやがれ!!」


 待てと言われて待つ馬鹿はいない。


 私はそのまま夜の街を走って逃げた。

 そして、ここまで来たらもう大丈夫だろう。私は息を吐く。


「シェンナ」


 私は突然声を掛けられる。

 そこには1人の男性が立っていた。

 男性は鎖帷子の上に皮鎧を着ている。そして皮鎧の胸のあたりには神王オーディス様の聖印がある。

 オーディス神殿に所属する法の騎士だ。法の騎士は犯罪の捜査や治安維持を行う者である。


「デキウス兄さん」


 法の騎士は私の兄であるデキウスだった。




◆踊り子シェンナ


 兄のデキウスと共に裏通りの道を歩く。

 マルシャスの事は諦めた。

 この辺りは先程まで巡回していた地域よりも治安が良い。

 先程の事を思い出す。

 巡回したのは宿屋等が立ち並ぶ地区である。

 このアリアディア共和国は大陸の東西を結ぶ交通の要衝であるため外からの旅人が多い。

 しかし、今は特に外国人が多い。

 理由は光の勇者様が原因である。彼を一目見ようと近隣諸国から人々がアリアディア共和国に来ているのだ。

 そして、そんな外国人を狙った盗賊等も出る。

 そのために法の騎士である兄は巡回していたようだ。

 水路沿いの道は灯りが少ないが今日は月が出ているので明るく照明の魔法を使わなくても周囲を見る事ができる。


「兄さん。その格好似合っているよ。真面目な兄さんにぴったりだね。いかにもオーディス様の騎士って感じでさ」


 兄の格好を見て言う。

 私と兄のデキウスはテセシアのイシュティア様の神殿で育った。

 母は有名な踊り子であると同時にイシュティア様の巫女だったイシュパシアである。

 そこでオーディスの騎士である父ナキウス・ペリクレトスと出会い恋に落ちた。

 しかし、オーディスの騎士と自由な愛を主張するイシュティア様の巫女とでは正式な結婚ができず。2人は別れる事になった。

 だけど、兄は優秀で父の正妻が子供を産まないまま死んでしまい。兄は後継ぎとして父に引き取られた。

 それからあまり会う事は無くなったけど時々私の様子を見に神殿に来る事が有った。


「はは、まだ修業中の身だけどな……。それよりもお前の方はどうなんだ? 何か危ない事をしているのじゃないか?」


 兄が先程の事を思い出して言う。


「そんな危ない事なんかしてないわよ」


 私はさらりと嘘を吐く。

 オーディス様と違いイシュティア様は嘘を吐く事は禁じられていない。


「本当かい?まさか体を売るなんて事は……」

「してないわよ。兄さんも知ってるでしょ。私が劇団に入っている事も。それからね、今度私主役をさせてもらえる事になったのよ」


 私は兄の前でくるりと回る。

 イシュティア様の神殿で育てられた子供は大きくなると神殿から離れて生活しなければならない。

 女の子のほとんどは娼婦になるけど私はその道を選ばなかった。

 イシュティア様は娼婦の神様だけど娼婦になる事を強制される事はない。

 代わりに選んだのは役者の道だ。

 イシュティア様は踊りや役者等の芸人の神でもある。だから、イシュティア様の信徒である私が役者の道を選んでも良いはずだ。

 私は踊りの才能をミダス団長に認められて劇団「ロバの耳」に入団する事ができた。

 私は今度、アリアディア共和国にあるアルフォス劇場で主役を任された。これはかなりの大抜擢である。

 アイノエ姐さんには悪いがやはり主役をやりたい。


「ああ知っているよ。確かアルフェリアだったね。必ず見に行くよ」


 今度行われる劇はアルフェリア。

 魔女に攫われた恋人を助けに行く勇敢なお姫様の話しだ。

 勇者様の饗宴のために開演が延期されている。だけど兄には絶対に見に来て欲しい。


「ええ、きっとよ。絶対に見に来てね兄さん」


 兄は頷く。


「だけどシェンナ。そろそろ前に話した事の返事を聞かせてもらえないか?」


 私は兄を見る。


「またその話なの? 私は改宗なんかしないよ。私はイシュティア様が大好きだもの。別に結婚できなくても困らないよ」


 兄は私を引き取り、フェリア信徒にしたいみたいだ。

 だけどそんな事をするつもりは無い。

 私も母と同じだ。イシュティア様の信徒である事に誇りを持っている。

 だから結婚できなくても構わない。

 正式な結婚をしなくても事実婚をすれば良い。


「しかし、やっぱりそのな……。一生結婚できないというのもな……」


 兄は言い難そうに口ごもる。

 オーディス信徒となった兄は正式な結婚によらない男女の営みは認められないのだろう。

 だからそんな事を言うのだ。


「もうそんな事を言って。兄さんこそ結婚はしないの?色々と縁談があるって聞いているよ」


 私は兄に言う。

 兄は妹の私から見ても美形だ。

 兄と結婚したいという近隣諸国のお姫様は多いだろう。

 だけど兄はその全てを断っているらしい。


「それは、いや……。私はまだ修行中の身だからな。まだ結婚は考えられない」


 私はその言葉を聞いてため息を吐く。

 兄はおそらく無理をしている。

 母の出自の事で周りから色々と言われているようだ。

 だからこそオーディス信徒として振る舞っているに違い無い。

 また、兄の生真面目な所がオーディス信徒に相応しいと思う。

 だけど、そんな兄が恋に落ちる所を見てみたいと思った。

 しかし、これは意地悪な考えだろう。

 そして水路沿いの道を歩いている時だった。

 前方に人がいるのが見える。

 2人の男女だ。

 一時恋人同士かと思ったが着ている服装から見てどこかの令嬢と従者の男性といった所だろう。

 おそらく光の勇者様を見に来た他国の者に違いない。


「外国の人かな? こんな所で何をしているのだろう?この辺りは治安が良い方だけど、それでも夜に出歩くのは危ないのに」


 私は自分の事は棚に上げて呆れた声を出す。

 この水路沿いの道は広いが人通りが少なく昼間はともかく夜にこのあたりを歩くのは危険だ。

 おそらく彼女はこの先にある高級住宅街の知り合いを訪ねて来たどこかの国の令嬢だろう。

 雰囲気もそんな感じだ。

 そして、今はお姫様が出歩くような時間じゃない。

 何か有ってからでは遅い。注意をした方が良いかもしれない。


「注意をした方が良いかもしれないな……。シェンナはここで待っていてくれないか?」


 兄もそう思ったのか私を見て言う。


「わかったわ。兄さん」


 兄は私を残して2人に近づく。

 2人は道の水路の側に立って月を見上げている。


「そこの者。ちょっと良いか?」


 兄は2人に近づき声を掛ける。

 声を掛けると女性がこちらを見る。


「えっ……?」


 おもわず私は声を出す。

 その女性はあまりにも美しかった。

 月が明るいためその顔ははっきりと見る事が出来る。

 整った顔立ちに白磁のように白い肌。

 薄紅色の唇。

 瞳は星のように美しい。

 そして何より目を引くのはその髪だ。

 白銀の髪が月明かりを反射して幻想的に輝いている。

 もはや目を離す事が出来なかった。


「何だお前は……」


 女性がこちらに何か言おうとするのを側にいた従者らしき男が遮る。


「あの……何でしょうか?」


 従者らしき男が尋ねてくる。

 しかし、女性から目が離せない。


「えっ……あの……」


 兄が声を出そうとしているが、うまく言葉が出せないようだ。

 無理も無い。あれ程美しい女性は初めて見る。

 兄が舞い上がる気持ちもわかる。


「あの……騎士様とお見受けしますが、我々は光の勇者様を見に来ただけです。怪しい者ではございません」


 従者らしき男が話しかけるが兄は相変わらず声を出せないようだ。

 私も視線が女性から外せない。

 女性が訝しげな目でこちらを見ている。

 もしかすると気に障ったのかもしれない。


「兄さん!!」


 私は兄の耳元で大声を出す。

 そこで兄は我に返ったようだ。


「えっ……と」

「ほらちゃんと言わなきゃ!!」

「あっ……あのっ! 夜は危険ですので! あまり出歩かないようにお願いしますっ!!」


 兄の声が裏返る。

 そして彼女の反応を見る。

 冷たい瞳だ。何こいつと言わんばかりだ。


「そうですか……。わざわざありがとうございます。それでは我々はこれで」


 従者の男性がそう言うと白銀の髪の女性と共に去って行く。


「すごい美人だったね兄さん。思わず見惚れちゃったよ……」


 私は後ろから兄に声を掛ける。

 だけど兄は何の反応もしない。


「ちょっと兄さん?」


 私は声を掛けるが2人が去った方向をじっと見たままだ。


「女神様……・。あれは月光の女神様だ……」


 兄が呟く。

 顔がうっとりしている。

 私は兄が恋に落ちる瞬間を見てしまったのだった。




◆暗黒騎士クロキ


「お帰りなさいませ。旦那様にクーナ様」


 トルマルキスの別宅に戻るとリジェナが出迎えてくれる。

 先程までクーナと一緒に夜の街を散歩していた。

 寝るにはまだ早い。そう思い折角だから夜の街を見に行ったのだ。


「うむ、出迎えご苦労だぞリジェナ」


 クーナが胸を張って言う。

 その様子は完全に女主人だ。


「出迎えご苦労様リジェナ」


 自分もリジェナを労う。


「ふふ、どういたしまして旦那様。夜の散歩はいかがでしたか?」

「中々良かったよ。リジェナ。他の国に比べてアリアディアは見る物が多いね」


 アリアディア共和国は今まで見た人間の国で最大だ。

 他の小さな国では夜になると真っ暗になるがアリアディア共和国では夜でも明るい所があり、娯楽も多い。

 しかし、中にはかなり卑猥な物もあるのでクーナと一緒に行く事は難しかった。

 調べた所によるとこの世界の宿屋は食堂も兼ねている。

 宿屋の主人は酒神ネクトルの信徒で有る事が多く、宿屋の店先にはネクトルの聖印が下げられている。

 1階の食堂では宿泊客達が飲み食いして賭博をする。

 そして、娼婦でもある女性従業員を誘い2階で一緒に寝たりするのだ。

 この世界でも男の娯楽は飲む・打つ・買うである。

 ただし、女神フェリア信仰が強い国なので大っぴらには出来ない。

 しかし、人の欲望を抑える事はできないようだ。こういった賭博や売春は公然の秘密である。

 そして、そんな場所にクーナを連れて入るわけにはいかないので結局散歩しただけになってしまった。

 まあ、今夜は月が綺麗だったので、それはそれで良かったのだが。

 月光に照らされたクーナは幻想的でとても綺麗だった。

 それにしてもクーナは前よりも綺麗になったような気がする。

 クーナから目が離せない時がある。

 もっとも、その当の本人は何も自覚をしていないみたいだ。

 月を見上げている時に声を掛けて来た巡回中の騎士らしき男性もクーナに見惚れていた。

 話をしていたのに一度もこっちを見なかったのを覚えている。

 もっとも見つめられていたクーナは騎士の事を既に忘れているようだ。

 あの騎士は気付かなかったようだけどクーナは魔法で彼を殺そうとしていた。

 止めなければ死んでいただろう。

 そしてあの騎士は綺麗な女性を連れていた。

 兄さんと呼んでいた所を見ると兄妹だろうか?

 恋人には見えなかったからきっとそうだろう。


「ところでリジェナ。用意は出来ているのか?」


 クーナが突然リジェナに尋ねる。


「はいクーナ様。お風呂の用意はできています」

「そうか、それではクロキ。一緒に入るぞ」


 そう言ってクーナが引っ張る。


「いや……それはまずいだろ。リジェナもいるし」


 そんな事をしたら大変な事になる。主に下半身的な意味で。


「それならば大丈夫だぞクロキ。リジェナよ、今日は気分が良いから一緒に入る事を許してやる。これなら問題はないだろう」


 クーナがふふんと笑いながら言う。

 クーナは名案だと思っているみたいだけど、それはさらに問題だろう。

 第一リジェナが嫌がるだろう。


「本当ですか! ありがとうございますクーナ様! それでは私もご一緒させていただきますぅ!!」


 しかし予想に反してリジェナは嬉しそうだ。

 そしてリジェナまでも自分をお風呂へと引っ張る。

 クーナとリジェナに掴まれてそのまま引っ張られて行く。

 自分の方が圧倒的に強いのになぜか抵抗できなかった。





◆小悪党の男マルシャス


 暗い地下の道を歩く。

 何度来ても良い気分がしない。

 しばらく歩くと開けた場所へと来る。

 そこには複数の女性がいる。

 女共は全員黒い服を着ている。

 そして、女達のいる部屋の奥には山羊の頭を持つサテュロスの像が立っている。

 この場所は祭壇である。女達は先程まで祈りを捧げていたようだ。


「来たかいマルシャス」


 女の1人がこちらを見る。

 20代半ばの美しい女だ。

 しかし、俺はこの女が見た目通りの姿では無い事を知っている。


「へへへアイノエ姐さん。いきなりこんな所に呼び出して何か用ですかい?こちらもいろいろとやる事がありやして。何しろ明日はあの勇者様の前で演奏しなきゃならねえんですから」


 俺は卑屈な笑みを浮かべて言う。


「話はその事だよ。マルシャス。お前は明日あのいけ好かない小娘と一緒に勇者の前で演奏するのだよね? 私は呼ばれなかったのにさ」


 アイノエは悔しそうに言う。

 いけ好かない小娘と言うのはシェンナの事だろう。

 足を舐めましたくなる娘だ。

 アイノエはシェンナが嫌いだ。

 つい最近まで劇団「ロバの耳」で一番の花形女優だった。

 しかし、今はシェンナに追い抜かれている。

 今度の演劇の主役もシェンナに奪われたその事が面白くなく想っているようだ。

 さらに言えば明日の勇者様の接待で呼ばれたのがシェンナだけなのが気に喰わないようだ。

 一応俺も呼ばれているが、俺はただのオマケだ。

 俺は明日サテュロスの格好をして笛を吹きながら踊る事になっている。つまり道化である。


「そんな事を言っても仕方がないっしょ。それが仕事なんですからね」


 俺は両手を上げて首を振る。


「ふん、まあ良いさ。マルシャスこれを受け取りな」


 アイノエがこちらに何かを持ってくる。


「これは笛ですかい?」


 俺は渡された物を見て言う。


「そうだよ。その笛を吹くとね、魔物が現れてそれを操る事ができる。それであの小娘を殺して欲しいのさ」


 アイノエはさらりと飛んでも無い事を言う。


「シェンナを殺すのですかい……?」


 まさかアイノエがそこまでシェンナを憎んでいるとは思わなかった。


「そうさ、あの小娘を殺すのさ……。饗宴に来ている客を狙っていると見せかけてね。私達が犯人だとばれないようにうまくやりな」


 そう言うアイノエの顔はうっとりしていた。

 狂っている。

 側にいる女達もくすくすと笑っている。

 ここにいるのは全員魔女だ。

 全員が黒いサテュロスと交わり霊感を得た女達だ。

 そして、俺は犠牲の羊だ。

 渡された笛を見る。

 そこには黒山羊の頭の紋章が描かれていた。





ようやく新章に入れました。あと宗教風俗はあまりにも未完成なので全体的に書きなおそうと思います。

皆さんもインフルエンザには気を付けてください。

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