邪神ラヴュリュス
◆蛇の女王ディアドナ
峻厳な中央山脈の中でもっとも高い山の頂上にある神殿は鳥女達の聖域だ。
青水晶で出来た石柱を複雑に組み合わされた鳥の巣に似た神殿はとても美しい。
この神殿の主である女神カーサと会う。
「ディアドナ。あなたがここに来るとは思わなかったわ」
カーサが私を見て言う。
その目は私を警戒している。
そもそもカーサと私は前は敵同士だった。
私は母であるナルゴルの側に立ち、カーサは父であるオルギスの側に立った。
「そんなに警戒しなくても良いわ、カーサ。あなたと争うつもりは無いわ」
今や父と母もいない。それにカーサを敵に回すのは良くない。
この目の前の女神は視力を失う代わりに予知能力を持つ。
できれば味方につけたい。
「……用件を聞きましょうか、ディアドナ。ただ世間話をしたくて来たのではないのでしょう?」
「話が早くて助かるわ。私の味方になってくれないかしら?」
「味方についてと言う事は敵がいると言う事ね。誰が敵なのかしら?」
「もちろんミナの子供達よ」
私がそう言うとカーサはやはりと言う顔をする。
「そう言うと思ったわ。でも急になぜ? 今まであなたは大人しくしていたのに」
「それはあの忌々しいメルフィナの娘であるレーナが、異界から光の勇者を呼び出したからよ。彼は太陽を作り出す能力を持っているわ。このままにしておくのは危険よ」
元々この世界には夜しかなかった。
それを異界から来た女神であるミナが明るい世界を望んだためにオルギスは太陽を作った。
オルギスがどうやってあれほどの太陽を作ったのかはわからない。
しかし太陽ができた事で世界は光輝く事になった。
我が父ながら馬鹿な男だ。そんな事をすれば母であるナルゴルにミナの存在が知られてしまうだろうに。
結局太陽は母によって半分壊され、1日の半分しか世界を照らさなくなった。
オルギスと同じ力を持つオーディスは太陽を元に戻そうとしたが、うまくいかず維持するのが精いっぱいのようだ。
そこに現れたのが光の勇者だ。
光の勇者もまたオルギスと同じ力を持っている。
オーディスと光の勇者が協力すれば太陽が元に戻るかもしれない。
そうなれば世界はミナの子供達の物になるだろう。
もちろん、そんな事を許すつもりはない。
この世界は闇夜であるべきだ。
「光の勇者? でも彼は暗黒騎士に敗れたわ。そこまで危険だと思えないけど……」
「でも光の勇者は生きている。暗黒騎士がいるかぎりモデスは倒されないかもしれないけど。他の神々はどうなるかわからないわ。噂によれば暗黒騎士はモデスを守る事はしても積極的に光の勇者を殺すつもりはないそうよ」
「でも……。光の勇者は、今はラヴュリュスに捕えられているわ。心配する必要は無いのではなくて、ディアドナ」
その言葉に首を振る。
「いいえ。先程光の勇者を捕えていた結界が壊されたそうよ。同行していたザルキシスが慌てて戻っていったわ。もしかするとラヴュリュスが危険かもしれないわね。私も助けに行くわ」
実はこの神殿にはザルキシスと一緒に来ていた。だけど、自分が作った結界が壊された事に気付き、急いで迷宮へと戻った。
私も迷宮に行った方が良いだろう。
だけど折角来たのだからカーサに一度会っておきたかった。
「ラヴュリュスを助けてもあなたに感謝するとは思えないわよ」
その言葉には同感だ。
欲望の神であるラヴュリュスは神々の嫌われ者だ。そして、助けられたからと言って感謝などしないだろう。
「確かにそうね。でも光の勇者はレーナの恋人だそうよ。レーナに執心なラヴュリュスが光の勇者を許すはずがないわ」
自分の欲望に忠実なラヴュリュスがレーナを諦めるわけがない。そして、恋人の光の勇者を許すはずがない。だが、その力は利用できる。
「なるほど。光の勇者はレーナの恋人なのね。ラヴュリュスに限らず光の勇者は男神達から恨まれてるでしょうね」
カーサの言葉に頷く。
レーナは愛と美の女神を名乗るイシュティアよりも美しい女神だ。
おそらく女神達の中で一番美しいだろう。
そんなレーナには、エリオスだけでなく様々な男神達が求婚している。
ただし今までレーナはどんな男神も相手にしてこなかった。
それもそうだろう、世界で一番の美男子であるアルフォス神を間近で見て育ったら他の男に目が行くわけがない。
だけど、そのレーナに恋人ができたのだから男神達は大騒ぎになっている。
「私はあの女神のどこが良いのかわからないわね……。きっと性格が悪いわよ、あの女神は」
「確かにレーナには嫌な所はあるわね……」
カーサは同意する。
あの忌々しいメルフィナの血を引いているのだからレーナの性格は悪いに違いない。
レーナに限らずミナの血を引く女神達は皆が美しい。だけど、その美しさを鼻にかけている所がある。
そして、醜い存在は滅ぼしても良いと思っている。
「そろそろ行くわね、カーサ。それから味方になってくれる話は考えておいてね」
私はカーサに背を向けて言う。
ラヴュリュスを助けるためにカーサの神殿を後にした。
◆黒髪の賢者チユキ
「出て来い、ボナコン共よ!!」
ラヴュリュスが叫ぶと7匹の炎に包まれた牛が出て来る。
火の中位精霊であるボナコンがお尻をこちらに向けて灼熱のう○こを噴射してくる。最低最悪の攻撃だ。
「リノさん!!」
私は慌てて叫ぶ。
「わかっている、チユキさん! ケルピーさん! みんなを守って!!」
リノが中位精霊であるケルピーを呼び出す。
呼び出された7匹のケルピーが口から水を出し灼熱のう〇こを防ぐ。
うんこを防がれたボナコンがケルピーに襲い掛かる。
ボナコンとケルピーはぶつかり互いに消滅する。
「これでも喰らうっす!!」
ナオがブーメランで攻撃する。
しかし、ブーメランはラヴュリュスの剥き出しの腕に当たるが傷つける事なくはね返される。
ラヴュリュスの体は、魔法の鎧を身に付けている上に皮膚が鋼のように固いみたい。
先程からナオの攻撃はラヴュリュスには通じないようだ。
「うう、駄目っす。ナオは戦力にならないっす」
ナオが悔しそうに言う。
「ナオさんはサホコさんを守って! 私とレイジ君で攻撃するから!!」
私はそう言うと魔法で複数の氷槍を作りラヴュリュスに放つ。
ラヴュリュスは物理防御が高い上に火が効かず、雷が効かない。
だから氷系の魔法で攻撃する。
「ふん! そんなものが効くか!!」
だけど私の魔法はラヴュリュスにダメージを与えられない。
この空間はラヴュリュスに有利に働く。
私達の魔法の威力が下がっているみたいだ。
だけど狙い通りだ。
私の魔法はラヴュリュスの目を塞ぐためにある。
レイジが横に回りこむ。
「喰らえ閃光烈破!!」
「ふん!!」
ラヴュリュスは魔法の盾を構えると盾が分裂して壁になる。
2本の剣から放たれる斬撃がラヴュリュスを襲う。
斬撃は盾の壁に防がれて消える。
「くそ!!」
レイジが悔しそうにする。
「これでも喰らいな!!」
ラヴュリュスが両刃の斧を振る。衝撃波が私達を襲う。
「光よ! みんなを守って!!」
サホコが叫ぶと私達の前に光の壁が現れる。
だけど衝撃波は光の壁を壊し私達を吹き飛ばす。
直撃を受けていたら死んでいたかもしれない。
「もういや~~!!!」
リノが泣きごとを言う。
あの両刃の斧の威力はまずい。
サホコの防御魔法を破るとは思わなかった。
「よくも俺の女に手を出しやがったな!!」
ただ1人衝撃波を逃れたレイジがラヴュリュスに挑む。
「ふん!!」
ラヴュリュスが剣でレイジを迎え撃つ。
レイジはラヴュリュスの剣を回転して躱すと剣でラヴュリュスの足を斬る。
しかし部屋が光りすぐに傷が治る。
「ちょこまかと! これでもくらいな!!」
ラヴュリュスの頭の2本の角が電撃を放つ。
電撃の範囲は広くさすがのレイジも避けられない。
レイジは電撃を剣で弾くが動きを止める。
そこをラヴュリュスの斧と槍が襲う。
レイジは剣で受けて飛ばされる。
しかし、レイジは体をバネのようにしならせ壁に激突する衝撃を最小限に抑える。
「光翼天破!!」
レイジが壁を蹴り光の矢となる。
「ブモオオオオオオオ!!!!」
ラヴュリュスが吹き飛ぶ。
「やったか?!!」
レイジがラヴュリュスを見る。
しかし、ラヴュリュスは起き上がる。
ラヴュリュスの盾が光っている。
レイジの攻撃は盾によって半減させられたようだ。
「ぐぐ……やるじゃねえか、光の勇者。今のは少し痛かったぞ。だがこれぐらいでは俺は倒せん!!迷宮よ、俺に力を与えよ!!!」
部屋全体が光るとその光がラヴュリュスに集まって行く。
この感じは第4階層で戦ったゴーレムと同じだ。
おそらくラヴュリュスを回復させているのだろう。
「この迷宮にいるかぎり俺は無敵だ。貴様らでは俺は倒せん」
ラヴュリュスが笑う。
「まずいわ! ここは撤退するべきだわ、レイジ君!!」
私は叫ぶ。
「わかった! みんな集まってくれ!!」
レイジの言葉にみんなが集まる。
そして私は転移魔法を唱える。
「嘘!? 発動しない!!」
私は茫然とする。
転移ができない。
「残念だが第11階層から下は転移禁止だ。お前達はこの俺からはもはや逃れられん」
ラヴュリュスが慌てる私達を見ていやらしく笑う。
「まずいっすよ、これは……」
ナオの言う通り私達は絶対絶命のピンチであった。
◆知恵と勝利の女神レーナ
レイジ達を出迎えるために私と戦乙女達はラヴュリュスの迷宮の上空に来ている。
「レーナ様。大丈夫でしょうか、レイジ達は」
ニーアが心配そうに空船の上から下を見ている。
「そんなに心配なの、ニーア?」
「いっ、いえ! 別に心配などしてはおりません!!」
ニーアは慌てた声を出す。
ニーアの態度はわかりやすかった。
「大丈夫ですよ、ニーア。彼は強い。きっと助かります」
私が言うとニーアが私を見る。
「レーナ様は信用しているのですね。彼を……」
そう言うニーアの表情は何故か暗くなっている。
「もちろんですよ。彼は私の騎士なのですから」
私の騎士であるクロキが迷宮に入っているのだ。
だから心配はしていない。
だけどニーアは違うようだ。
他の戦乙女も心配そうに下を見ている。
私も心配した方が良いのだろうか?
私は下を見ている戦乙女の所へと行く。
「皆、そこまで心配する必要はありませんよ。必ずレイジは帰ってきます」
私が言うと戦乙女達が笑う。
少しは気が晴れただろうか?
「速く帰ってきなさい……。あの子が迎えに来ているわよ」
そう呟いてクーナが向かって来ている方角を見つめた。
◆白銀の魔女クーナ
「もうすぐだ、グロリアス。もうすぐクロキの所だ」
魔竜グロリアスに乗って空を飛ぶ。
クーナの左手の指輪がクロキの居場所を教えてくれる。
長い間クロキに会っていない。もう限界だ。
だからこちらから迎えに行く。
「待っていろ、クロキ」
◆黒髪の賢者チユキ
「もう限界だよ、チユキさん」
リノが疲労した顔で言う。
いつも元気はつらつのリノがこんな風になるとは思わなかった。可愛い顔が台無しだ。
おそらくこの迷宮ではラヴュリュス以外は魔法が使い難くなっているのだろう。
私の魔力の消費もいつもより大きい。
サホコも治癒魔法と防御魔法を何度も唱えたせいで疲れ切っている。
唯一元気なのはレイジだけだ。
レイジだけはラヴュリュスに挑んでいる。
それもいつまで持つのかわからない。
ラヴュリュスは迷宮から力を貰っているため、この場所なら永遠に戦う事ができるようだ。
最悪な状況だ。
しかし、レイジと同じように戦わなくてはならない。
「立って、リノさんサホコさん……。レイジ君を助けないと」
私は立ち上がる。
限界まで戦うつもりだ。
目の前でレイジとラヴュリュスが戦っている。
レイジは諦めない。
どんな劣悪な状況でも諦めずに戦い。そして最後には勝利して来た。
だから私も諦めない。
私と同じようにリノもサホコも立ち上がる。
「なんなんだ、お前達は! なぜまだ戦える?!」
ラヴュリュスが叫ぶ。
苛ついているのがわかる。いい加減面倒臭くなっているのだろう。
「ふん、俺達が諦めるかよ!!!!!」
レイジが2本の剣を構えて笑う。
それを見てラヴュリュスがさらに不機嫌になる。
「もういい! この手だけは使いたくなかったが! もう面倒だ!!全力で殺してやる!!!」
ラヴュリュスが体が赤くなる。
「まさか、今までは本気じゃ無かったっすか!!!」
ナオが驚きの声を出す。
信じられなかった。まだ奥の手があるのだろうか?
「我が内にあるモロクの火よ! この場にいる者を焼き払え!!!」
ラヴュリュスがそう言うとラヴュリュスの体が炎に包まれる。
ラヴュリュスの体の炎はそのまま部屋全体へと広がる。
「光よ!!!」
サホコが魔力を振り絞り全力で防御魔法を唱える。
私達の体が光に包まれ炎を防ぐ。
「ありがとう、サホコさん!!」
私はサホコを見る。
笑ってこちらを見るがサホコはきつそうだ。
魔法を使う事がきつくなっているのだろう。
「きゃあああああ!!!」
「いやあああああああ!!!」
叫び声がラヴュリュスの背後から聞こえる。
炎はラヴュリュスの後ろにいた女性達の方にも向かったようだ。
女性達は逃げるが炎に巻かれて消えていく。
「あなた! 自分の女性達も殺すつもりなの?!!」
「ふん!! メスの代わりなどいくらでもいる! また攫えば良いだけの事だ!!!」
ラヴュリュスはつまらなそうに言う。
「なんて奴なの!!!」
私はラヴュリュスを睨む。
こいつは許しておけない。
「エウリア!!」
レイジが飛びエウリアの所に駆けつける。
間一髪エウリアはレイジにより炎から守られる。
レイジがエウリアを抱えてこちらへと来る。
「どうして? レイジ様? 私は貴方を騙したのに」
エウリアが不思議そうにレイジを見る。
「俺は自分の女を見捨てない。安心しろよ、エウリア」
レイジが笑う。
「レイジ様……」
エウリアの潤んだ瞳でレイジを見ている。
私はそれを冷たい目で見る。
助けるのは良いけど、防御する対象が増える分サホコの負担が増える。
その事がわかっているのだろうか?
空白
「このモロクの火は俺の魔力が尽きぬ限り消える事は無い。いつまで守る事ができるかな」
ラヴュリュスが近づいて来る。
レイジはエウリアを下がらせると1人ラヴュリュスに向かう。
私は氷槍の魔法で援護しようとするが魔法が発動しない。
リノを見ると私と同じように精霊の力を使えないみたいだ。
おそらく、このモロクの火が有る所では氷や水属性の魔法や精霊は使えなくなるのだろう。
こうなるとレイジしかラヴュリュスに挑む事が出来ない。
「もはや援護は望めないぞ、勇者!!」
「それがどうした! 俺だけでも戦ってやる!!」
レイジとラヴュリュスが戦い始める。
私達は見ている事しかできなかった。
それがとてももどかしかった。
「なぜだ! 何故戦える! お前にとって絶望的な状況のはずだ何故絶望せずに戦える!!」
「俺の女が背後にいるんだ! カッコ悪い所を見せられるかよ!!!」
「ならば! その女の方から殺してやろう」
レイジに向かうと見せかけたラヴュリュスが私達の方に来る。
「みんな散開して!!」
私が叫ぶとみんながばらばらに逃げる。
ここで一番心配なのはサホコだけどナオが付いているから大丈夫だろう。
「いやーーーーー! お父様!」
エウリアが叫び声を上げる。
ラヴュリュスはエウリアを狙ったようだ。
「自分の娘を狙うのかよ!」
レイジが猛烈なスピードでエウリアの前に立ちラヴュリュスの攻撃を防ぐ。
エウリアは腰が抜けているのか動けない。完全な足手まといだ。
エウリアが後ろにいるため動けないレイジにラヴュリュスが攻撃する。
レイジは2本の剣で攻撃を防いでいるが危ない状況だ。
「うわあああああ!!」
レイジの持つ剣の1本が折れて背中のエウリアと一緒に弾き飛ばされる。
「レイジ君!!!」
私は叫ぶとありったけの魔力を込めて魔法弾をラヴュリュスに放つ。
注意をこちらに向けてレイジに向かうのを阻止しなければならない。
私は続けて魔法弾を放つ。
「このメスが! 五月蠅いぞ!!!」
レイジに向かっていたラヴュリュスがこちらに来る。
逃げなければ。
「あれ……」
逃げようとして転ぶ。立ち上がろうにも力が入らない。
「魔力切れ……」
魔力を使い過ぎた事で力が入らなくなってしまった。
足を動かそうにも言う事を聞かない。
「チユキさん!!!」
ナオがこちらに来ようとしているのがわかるが、逆方向に逃げてしまったので遠い。間に合わないだろう。
ラヴュリュスが私に斧を上から振るう。
迫ってくる斧がスローモーションに感じる。
これが私の死なのだろうか?
涙が出て来る。嫌だ誰か助けてよ。そう願わずにはいられなかった。
私は目を瞑る。
「ブモオオオオオオオ!!!!」
突然ラヴュリュスの叫び声がする。
斧は私に当たっていない。
私が目を開けると黒い服を着た誰かが立っていた。
ラヴュリュスを探すと離れた所で倒れている。
彼がラヴュリュスをブッ飛ばしたようだ。
「大丈夫ですか?」
黒い服の誰かが背中から私に声を掛ける。
この声は聞いた事がある。ロクス王国の地下で私を助けてくれた人だ。
その人が振り返り私を見る。
「あなたは……」
何故彼がここにいるのだろう?
何故私を助けてくれるのだろう?
わからなかった。
「後は自分がやります。下がっていてください」
彼の体が黒い炎に包まれる。
黒い炎が消えるとそこには漆黒の鎧を身に纏った暗黒騎士が立っていた。
そこで気付く。
ロクス王国で私を助けてくれたのは彼だったのだ。
後2話で終わりです。
次回は暗黒騎士対邪神です。