迷宮のミノタウロス
◆戦乙女シズフェ
「シロネ様は既に出かけられました」
カヤ様がノヴィスに冷たく言う。
昨日は会う事ができなかった。そして今日こそはと思ってシロネ様がいる宿へと向かうとすでに出かけた後だった。
「もういい加減あきらめなよ、ノヴィス……」
「い~や、シズフェ!!今度こそ剣を教えてもらうんだ!!」
私は止めるがノヴィスは諦めない。ため息が出る。
「もう……。シロネ様に迷惑だよ」
「いやそんな事はない! 俺は役に立てる! カヤ様、シロネ様は何処に行ったのですか?!!」
ノヴィスが言うとカヤ様はやれやれと首を振る。
「迷宮です。シロネ様達は迷宮へと行かれました」
あっさりと教えてくれる。
「迷宮?! だったら俺が案内できるはずだ!!」
「それは無理です。シロネ様達はあなた方が避けた道を行くのですから」
「避けた道?」
「そうです、避けた道です。これからシロネ様は困難な道を進もうとしているのですよ……」
そう言うとカヤ様は遠くを見るのだった。
◆剣の乙女シロネ
私とクロキは2人で迷宮へと来る。
手元にはノヴィス達からもらった迷宮の地図がある。
だけどこの地図は使えない。
なぜなら、自由戦士達が通らなかった道を行くからだ。
クロキが捕えたアトラナクアの情報によると、第1階層に入ってすぐの正面にある虫だらけの部屋の先に近道があるらしい。
私は横のクロキを見る。
クロキは暗黒騎士の姿になっていない。
なぜなら、私が嫌がったからだ。
もちろん、必要になったら暗黒騎士の姿になるだろう。
だけどできるなら暗黒騎士の姿になって欲しくはない。
それに折角一緒にいるのだから顔が見える方が良い。
そのためクロキは厚手の服と黒いマントに剣を持っているだけのシンプルな格好だ。
「ここから虫が沢山いる部屋へと入るけど……。シロネ大丈夫?」
「大丈夫だよ、クロキ! 虫ぐらいへっちゃらだよ! 昔は山に入ってカブトムシだって取っていたんだから!!」
私は笑って答える。
昔は2人で野山を駆け回った。
2人で虫を取ったり、木登りしたりしたのは良い思い出だ。
「そうじゃあ行こうか、シロネ。さっさと終わらせよう」
クロキが先に進む。
これから入る部屋にいる虫はカブトムシのように可愛らしいものではないだろう。
だけど、私とクロキの障害にはならないはずだ。
「そうだね行こう、クロキ。レイジ君達を助けるんだ!!」
◆黒髪の賢者チユキ
「ブモモモモモ!!」
ミノタウロスの1匹が両刃の斧を構えて向かってくる。
両刃の斧は邪神ラヴュリュスの武器であると同時にミノタウロス達を象徴する武器だ。
ちなみにエルフとケンタウロスは弓、ドワーフは斧とハンマーが種族を象徴する武器だったりする。
「レイジ君! そっちに行ったわよ!!」
「わかっている、チユキ!!」
私が言うとレイジが答える。
ミノタウロスがレイジに斧を振る。
レイジは斧を右手の剣で受け流すと左手の剣でミノタウロスの胴を斬り裂く。
倒れたミノタウロスの後ろから別のミノタウロス達が向かって来る。
だけど私達の敵ではない。
私達はレイジを中心に連携してミノタウロスを倒して行く。
そして激しい戦闘の後、向かって来たミノタウロス達を全て倒す。
私達は一息つく事にする。
私達が今いるのは第7階層だ。
タラスクと戦った湖の中は第6階層だったようである。
そして聞き出した情報によると第7階層から第9階層まではミノタウロス達が住む地下都市のようだ。
地下都市は螺旋状に上から下へと続き、第6階層の水が螺旋状の水路を通り都市の各部へと水を運ぶ。
そして第5階層と同じように魔法の照明が都市を明るくしている。
非常に見事な造りだ。私達が育った世界の建築技術ではこれほどの地下都市は作れないだろう。
第6階層から第7階層へと続く水路から私達は地下都市へと入る。そこでミノタウロス達と遭遇して戦闘になったのである。
「それにしても、建造物は立派なんだけどね。そこに住んでいるミノタウロスは野蛮よね」
私はミノタウロスを見る。
ミノタウロスが身に付けている鎧はかなり立派だ。
私達を襲って来たのはミノタウロスの戦士階級だったのだろう。
だけど戦士と言っても他のミノタウロスよりも体格が良く、力が強いだけで戦闘技術は全くないみたいだ。
また複数で私達に挑んで来たが連携が全く取れていない。
全員が力任せに突進して来るだけで何の捻りもない。
まあ、いかにも牛らしい攻め方だ。
しかも、ミノタウロス達は私達女性陣を誰が手に入れるかで仲間割れまでしたのである。
そういう事は勝利した後に話し合えば良いのにと思う。
まあ、ミノタウロス達がそんな馬鹿をしてくれたおかげで楽に倒せた。
都市は立派なのに住んでいる者のレベルはとんでもなく低い。
おそらく、この都市を造った者はミノタウロスでは無いのだろう。
「うう……」
「大丈夫、サホコさん?」
「大丈夫っすか、サホコさん」
向こうでサホコが泣いている。それをリノとナオが慰めている。
ミノタウロス達が一番の標的にしたのはサホコだ。
ミノタウロスはどうも胸が大きい女性が好きみたいである。
そのため、ミノタウロスは巨乳であるサホコに殺到した。中には下半身に何の防具も身に付けずに、サホコに迫る変態ミノタウロスもいたようだ。
もちろん、そんなミノタウロス達はレイジの光の剣の前に倒されるので、サホコにたどり着いた者はいない。
しかし、肉体的なダメージは無くても牛の化け物が股間をブルンブルンさせて迫って来たら彼女でなくても泣きたくなるだろう。
こういう時は胸が大きく無くて良かったと思う。
ちなみに私達の中で一番大きいのはサホコで2番目はキョウカ、3番目にシロネが来て4番目が私だったりする。
カヤは私よりも若干小さく残りの2人よりも少し大きい。
サホコはまだ泣いている。よっぽどミノタウロスがキモかったのだろう。
しかし、サホコには悪いが先に進むべきだ。
「レイジ君。話しによると下の階層にはエウリア姫だけでなく、人間の女性達が捕えられているらしいけどどうする?」
ミノタウロスは人間の男性を嬲り殺し、人間の女性を陵辱し快楽の限りを貪る。そう言われている。
彼らにとって女性は子供を作るための道具にすぎない。それが文化だと言われても受け入れる事はできない。
「できれば助けたいな……。捕らわれているとすればもっと下の方だろう」
レイジが下を見て言う。
ズーンの話しでは子孫を残す事ができるのは強い上位のミノタウロスだけらしい。
そして強い者は最下層にいる邪神の近くで暮らす事ができるそうだ。
だから女性達ももっと下の階層で捕らわれているのだろう。
「そうね……。でもちょっとキツイかもしれないわよ」
私はちらりとサホコを見る。サホコはいい加減立ち直りリノとナオと話している。
おそらくあまり愉快な光景ではないだろう。女性が捕らわれている姿はサホコには刺激が強いだろう。
「それなら大丈夫。俺が付いている。だからサホコの心配はする必要はない」
レイジが不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、そう。確かにそうかもね……」
サホコはレイジにべったりだ。そしてレイジさえいれば彼女はどんな困難も突き進む事ができる。
だけどレイジは知らない。
レイジがシロネの幼馴染である暗黒騎士によって死にかけた時にサホコがどんな顔をしていたのかを。
奥にいる邪神はどれくらい強いのだろう?またレイジが傷つく事になるかもしれない。
だから私は止めるべきなのだろう。
だけど、レイジは止まらない。
お姫様を助けるためならどんな危険もものともしない。
もっともそれに付き合っている私も大概なのだが……。
「さあ行こう、みんな!!」
レイジが言うと全員が頷く。
私達は迷宮の奥へと進む。
◆暗黒騎士クロキ
「きゃーーー!!気持ち悪いーーーーーーー!!!!」
シロネが炎の剣で虫を焼き払う。
部屋に入ると虫だらけだった。
だけど床の隙間から虫が次々と湧き出してくる。
「さすがにこれは……。ちょっときつい……」
1匹2匹なら虫は平気だけど。
さすがにこれは気持ち悪い。
出て来る虫は小さなスカラベっぽい黒い虫だ。昔の映画で見た事がある。
ノヴィス達の話しでは肉食で入ってきた人間を喰らうそうだ。
この虫はアトラナクアやミノタウロスを襲う事はないらしいが、自分達には当然襲って来る。
だけど、自分は黒い炎で身を守り、シロネは防御魔法で全身を覆っているから虫に喰われる事は無い。
しかし、虫は部屋中にいて気持ち悪い。
ミノタウロスだったら気にしないのかもしれないが自分達には無理だ。
シロネと自分は炎で虫を消しながら先に進む。
やがて沢山の虫がいる部屋を抜ける。
「ふー。なんとか乗り切ったね、クロキ」
自分達は広い部屋へと出る。この部屋には気持ち悪い小さな虫はいないみたいだ。
しかし、部屋全体に何かがいる気配がする。
部屋の中の照明は暗いが自分には問題無く見る事ができる。
「まだだよ、シロネ……。天井に何かいる」
大きな部屋の天井には長さが10メートルを超える巨大なムカデがへばりついていた。
「うわっ! 何よ、あれ!!」
ムカデが天井から落ちて来る。
「ちょっとーーーー!!」
「うわあ!!」
急いで自分達はムカデを避ける。おそらく当たってもダメージはないだろう。だけど直接には触れたくない。
自分とシロネは剣を取るとムカデに立ち向かうのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
大きな階段を降りて私達は地下11階層へとたどり着く。
「なんだかこれまでと違う雰囲気っすね……」
ナオの言う通りこれまでのミノタウロスの居住区域とは違って厳かな雰囲気だ。
天井は高く整然と並ぶ円柱。
聖レナリア共和国にあるレーナの神殿を思い出させる。
そして、所々にある両刃の斧を模った紋章はこの迷宮の支配者である邪神ラヴュリュスの聖印だ。
ここから先はミノタウロスの聖域のようだ。
「気を付けて行きましょう、みんな」
「ああそうだな、チユキ」
「わかったっすよ、チユキさん」
「うんそうだね、チユキさん」
「うん。みんなで無事に帰ろうね」
私が言うとみんなが頷く。
私達は第11階層を進む。
「誰もいないっすね……」
「10階層が激戦だったからな。ここにはあまりミノタウロスはいないかもしれないな」
レイジの言う通り10階層は激戦だった。
10階層には捕らわれていた女性達がいて、守備するミノタウロスの戦士の数が非常に多かった。
もちろん私達は勝利して女性達を解放したのだが……。
その時の光景を思い出す。
思ったよりも酷い光景ではなかった。
女性達は良い服を着て良い食べ物を与えらていた。
むしろ彼女達は低辺のミノタウロス達よりも遥かに良い暮らしをしていたのである。
そのため、彼女達を助け出すのは大変だった。
中にはこの迷宮に残りたがる者もいたからだ。
外の世界に出ても良い事はない。残りたいと言った彼女はそう主張する。
きっと、外の世界であまり良い思いをしなかったのだろう。
だけど、私達はこの迷宮の邪神を倒しに行くのだ。
邪神を倒した後、この迷宮がどうなるかわからない。
そのため、無理やり眠らせて外へと転移させた。
後で彼女達から文句を言われるかもしれない。
それを考えると頭が痛い。
ぽん
突然私の頭に手が乗せられる。
振り向くとレイジが私の頭に手を乗せていた。
「悩むなよ、チユキ。どんな事も俺が何とかしてやる。だから、チユキは何も心配する必要はない」
レイジが笑って言う。
こいつは本当に私の気持ちに敏感に反応してくれる。
「またそんな……いい加減な事を……。それに私は悩んでいないわ」
私はレイジを睨んで言う。
こいつはいつもこうだ。
調子の良い事を言う。だけど本当に何とかしてしまうから嫌になる。
「そうか、悩んでいないのなら良かった」
レイジは悪びれずに言う。
一体何人の女の子に同じ事を言っているのだろう?
まあでも少し気が楽になった。
「さあ行こう、みんな!!」
「「「おーー!!」」」
私達は掛け声を出し先へと進む。
◆暗黒騎士クロキ
大ムカデことジャイアントセンチピードを倒した自分達は、アトラナクアから聞き出した近道を通り下の階層へと行く。
そして、下の階層へと続く階段を降りるとアントライオンの群れに出くわす。
またの名をミルメコレオと呼ばれるアントライオンは、上半身がライオンで下半身が蟻の魔法生物だ。
蟻の卵とライオンのオスの因子を使って生み出されたアントライオンは、侵入して来た自分達に襲いかかる。
アントライオンは肉食のライオンと草食の蟻を合わせた魔物だから、何も食べられずに死ぬと言う俗説があるが、蟻は別に草食というわけではないから肉を食べて生きる事ができる。
「はあっ!!」
シロネが剣を振るいアントライオン達を斬り裂いていく。
自分はその動きに見惚れる。
シロネが剣を振るう姿は舞うようでとても綺麗だった。
特にミニスカートから伸びる剥き出しのすらりとした太ももがすごく良い。思わず太ももを凝視してしまう。
シロネは軽くステップを踏んで回転しながら剣を振るう。やがてアントライオンは全て倒されてしまう。
アントライオンを倒したシロネは剣を仕舞うとこちらを見る。
その顔は少し怒っている。
「さっきからいやらしい視線を感じるんだけど……」
シロネがジト目でこちらを見る。
「べっ……別に見てないよ!!」
思わず声が裏返る。
なぜわかった!!!
「いや、バレバレなんだけど……」
「…………」
「…………」
沈黙が場を支配する。
「ごめんなさい」
自分は素直に謝る。
「もうどこ見てんのよ、クロキ……」
シロネが呆れた顔をする。
「申し訳ございません……」
「そもそもスカートの下は短パンなんだけど。見てて楽しいの?」
シロネがスカートをめくる。
スカートの下には短パンを履いているため下着は見えない。少なくともシロネはそう思っている。
「それなんだけど、シロネ……」
「何よ?」
「跳びはねている時に短パンの隙間から……その……下着が見えてるから気を付けた方が良いよ」
「なっ!!!?」
自分は言いにくそうに言うとシロネがスカートを押さえて睨む。
「ちょっと! 見たの?」
「いやでも……見えたと言うか何と言うか……」
しかしこれは言っておかないと永遠に気付かないままだ。
「むー! 勝手に見ないでよね!!」
シロネが睨みながら唸る。
「うう、ごめん……。自分が前を歩いて戦うよ。そうすれば見えないから」
自分はシロネを追い抜き前を歩く。
女の子は好きな相手以外から見られるのを嫌がる。
とは言ってもこちらも男だ。つい見てしまう事もある。
シロネの嫌がる事をしたくはない。
だから前を歩く。視界に入れなければそういう目で見る事はない。
「もう、クロキのバカ……。いっつも私のおしりばかり見てるんだから」
背中からシロネが文句を言うのが聞こえる。少し笑っているような気がする。
本気で怒っているわけではないようだ。その事に安堵する。
「いや、もうホント御免……。もう絶対見ないから」
自分はシロネの方を見ずに謝る。
そう、もう見る事はない。シロネにはもう良い人がいるのだから。
シロネも好きでもない人から見られたくないだろう。だからもう見ない。
「それじゃあ行こうか」
シロネを背に先に進むと新手のアントライオンが姿を現す。
「悪いけどどいてもらうよ!!」
剣を振るいアントライオンを倒し自分達は迷宮の奥へと進む。
◆黒髪の賢者チユキ
「レイジ君! 先に進み過ぎよ! ナオさんはサホコさんとリノさんを守って!!」
私はレイジとナオにそう言いながら爆裂弾の魔法を唱える。
爆風で数匹のミノタウロスの戦士を吹き飛ばす。
第12階層に降りるとミノタウロスの戦士達が私達の行く手を阻んで来た。
おそらく最後の防衛部隊だろう。
彼らは防衛用のゴーレムを引き連れているからやっかいだ。
だけどこの程度の相手は私達の敵ではない。
私達はミノタウロスとゴーレムを倒して行く。
そして、第5階層のような閉じ込めるための結界はもう無いみたいだ。だから私達の行く手を阻むものは何もない。
「これで終わりかな?」
リノが倒れたミノタウロスを見て言う。
「だと良いわね。さっさと邪神の所に行きたいわ」
「いや……。リノ、チユキまだだ」
レイジが通路の奥を見る。
そこには一匹のミノタウロスが立っていた。
そのミノタウロスは他のミノタウロスよりも遥かに小さく武器を持っていない。
「あなたは……ズーン?」
ミノタウロスには見覚えがあった。第5階層で出会い、そして私達を裏切ったズーンだ。
「よく俺達の前に顔を出せたな」
レイジが剣を構える。
「まって、レイジ君! 私に話をさせて!!」
私はレイジを止める。
「チユキ。奴は俺達を裏切った。今更何を話す?」
「気になる事があるの。お願い、レイジ君」
私がそう言うとレイジは剣を下す。
「わかったよ、チユキ。でも手短にな」
「ありがとう、レイジ君」
私は前に出てズーンに向かう。
「チユキ様……ブモ」
ズーンは悲しそうな顔で私を見る。
「ズーン……。私はあなたに優しく接したつもりだったのだけど……」
ズーンはおそらくこの迷宮都市で一番弱いミノタウロスだろう。
他のミノタウロスから奴隷のように扱われていた。
私はそんな彼に優しく接したつもりだった。
「ズーンにはこうするしかなかったブモ……。チユキ様がいなくなったらズーンはどうなるブモ……」
「それは……」
私は言葉に詰まる。
実は私達が邪神を倒した後、ズーンをどうするのか考えていなかった。
ズーンの立場を考えれば私達がいなくなれば他のミノタウロスに殺されるだろう。
「えっと……。私達と一緒に地上に連れて行って上げる。きっとやっていけるわ」
私は取りあえず思いついた事を言う。
だけどズーンは首を振る。
「人を食べたズーンを人が受け入れるはずがないブモ……。そう言われたブモ」
その言葉に衝撃を受ける。
ズーンはミノタウロスなのだから人間を食べていてもおかしくない。
「ズーンはここでしか生きていけないブモ……。チユキ様達を逃がさないようにすれば命は助けてもらえるブモ……」
「ズーン、あなた……」
目の前のミノタウロスが少し可哀そうになってきた。
ミノタウロスの神話を思いだす。
ミノス王の妃と牛の間に生まれたミノタウロスは人食いの性質があったために迷宮に閉じ込められた。
ミノタウロスは生まれたこと自体が罪悪だった。
ズーンも神話と同じようにこの迷宮でしか生きていけないと言う。
そう誰かに吹き込まれた。
そして気付く。エウリア姫を攫う事を考えたのはズーンではない。
何者かがズーンの背後にいる。
「でも……やっぱりチユキ様が酷い目に会うのは嫌だブモ。だからチユキ様……。行ってはいけないブモ。ラヴュリュス様は強いブモ。敵わないブモ。だから逃げるブモ……。今ならまだ間に会うブモ!!」
ズーンが力を込めて言う。
「ありがとう、ズーン。でも私達が逃げたら、あなたはどうなるの?」
「…………」
ズーンは何も答えない。ズーンは迷っている。
迷いながらも私達を助けるために来てくれたみたいだ。
「それにエウリア姫を助けないといけないわ」
私がそう言うとズーンは首を振る。
「姫様を助ける必要はないブモ……。あの方はラヴュリュス様の……。ブモオオオオオオオオオ!!」
突然ズーンの体が炎に包まれる。
「ズーン?!!!!」
私は駆け寄るが間に合わずズーンは炎によって消えて行く。
「ズーン……どうして……」
私は跪き塵となったズーンをすくいあげる。還るべき肉体がここまで崩れてしまったら魔法で蘇生する事もできない。
「チユキ……」
「チユキさん」
みんなが私の所に来る。
「裏切り者には死んでもらわないとな!!」
突然頭上から声が聞こえる。野太い声だ。
「誰!?」
私は上を見るが誰もいない。
「降りて来なレーナの勇者! 逃げるんじゃねえぞ!!」
頭上の声はそう言うとそれっきり聞こえなくなる。
「行こう、チユキ!!」
レイジが私に手を差し出す。
「うん……レイジ君」
私は手を取り立ち上がる。
「大丈夫、チユキさん?」
サホコが心配そうに聞く。
「大丈夫よ……。それよりも先に進みましょう。邪神をブッ飛ばさないと気が済まないわ」
私は頭上を見る。おそらく今の声は邪神だろう。邪神はどこからか私達を見ているようだ。
邪神が待っている第13階層へと私達は先に進む。
◆暗黒騎士クロキ
自分を先頭に自分とシロネは進む。
通路は広く30人が横一列に並んで通れそうだ。
もう少しでこの近道は終わるはずだ。
「ちょっと、クロキ!!」
進んでいると後ろからシロネが声を掛ける。
「何、シロネ?」
自分は振り向かずに聞く。
「もう、何でこっちを見ないのよ! それから、魔物も全部1人倒しちゃってさ! これじゃ私と一緒にいる意味が無いじゃない!!」
シロネが文句を言う。
「いやでも……。見たら怒るし……」
いやらしい目で見るとシロネは怒る。
自分は煩悩が多いのでどうしてもいやらしい目で見てしまう。
だからこそ、視界に入らないようにしているというのにだ。こっちの苦労もわかって欲しい。
そもそもシロネは隙が多い。
エロい目で見ている男は多いと思う。
「だからって見ないつもりなの?!」
シロネは文句を言うがそうは言ってもどうすれば良いのかわからない。
自分はシロネに言い返せないので黙ったまま先に進む。
「待って、シロネ!!」
自分は止まりなおも文句を言おうとするシロネを止める。
通路の先に何者かがいる。
その者は黄銅色の鎧に身を包んだ背丈が2メートル程の騎士に見える。
手には巨大な大剣を持ち、背中には翼らしき者が見える。
「何、あれ……」
シロネが騎士を見て言う。
「おそらくこの近道を守る番人。ヘイボス神が作ったタロスだと思う」
アトラナクアから聞いた知識ではこの通路にはヘイボス神が作ったタロスが番人として守っているそうだ。
そのタロスの事はヘイボス神からも聞いている。
タロスは金属製の人形だ。それだけなら金属製のゴーレムと同じだけど、内部にイーコールという魔法の血が流れている所が違う。
内部に血が流れているタロスはゴーレムよりも人間に近い。
「止まりなさい。あなた方はここを通る事を許されていません」
タロスが自分達に気付いたのか止まるように言う。涼やかな中性的な声だ。
ヘイボス神が作ったタロスには意志があり、また喋る事もできる。
「下がって、シロネ。少し手間取りそうだ」
自分は剣を構える。
この近道を守るタロスはオリハルコン製だと聞いている。
オリハルコンはハルコンと呼ばれる銅に似た金属を元に作られる魔法合金である。
そのオリハルコンは非常に硬く、普通の剣では傷1つ付ける事はできない。だけど自分の持つ魔剣なら斬る事が出来るはずだ。
「待って、クロキ。私がやるわ。ここまでほとんどクロキばかりが戦って私は何もしてないもの」
シロネが剣を抜いて前に出る。
青く透き通った剣身が姿を現す。剣身は青く魔法の光を輝かせている。
シロネの持つ剣も特別製みたいだ。タロスを傷つける事ができるだろう。
「でも、それだと見えちゃうよ……」
自分が言うとシロネがジト目で睨む。
「そんなに見たくないなら後ろを向いていれば」
「それは無理だよ。さすがに戦いは気になる。それに見たくないわけじゃないよ。シロネの足は綺麗だから、むしろ舐めまわすように見たい!!」
自分は右手で拳を作ると力を込めて言う。
「それはそれで、嫌なんだけど……」
シロネがスカートを押さえて困った顔をする。
「むう……」
自分は唸る。
これだから女の子は難しい。
本能的な物だからいやらしい目以外の目で見る事は絶対にできない。
だけどシロネの嫌がる事はしたくないので視界に入らないようにするしかない。
どうすれば良いのだろう?
「はあ……わかったわ。見ても良いよ。でもあんまり見ないでね、恥ずかしいから」
シロネの頬が少し紅くなっている。
自分は横目で見る事にする。これならあまり見なくて済むだろう。
シロネがタロスに向かって行く。
「侵入者を排除します」
タロスはそう言うと翼を広げ大剣を構える。
「ふふん! かかって来なさい!!」
タロスがシロネに向かって突進して大剣を振る。
かなり速い。だけどシロネはもっと速い。
シロネはその攻撃を軽くステップを踏んで躱す。
「次はこちらが行くよ♪」
シロネは素早く踏み込むとタロスに向かって剣を振るう。
タロスは後ろに下がる。なかなか良い反応だ。
しかし、避けきれずオリハルコンで出来た腕が少し斬り裂かれる。
「へえ、中々速いじゃない」
シロネの声は少し楽しそうだ。
「右腕を損傷。修復します」
タロスの体が光ると腕が瞬く間に治っていく。
「嘘!? 回復するの?何よ、それだったら修復が追い付かないように斬りまくってやる!!」
シロネがタロスに向かう。
しかし、タロスは翼を広げると空中に逃れる。
通路が広いので空を飛ぶ事も可能だ。
「悪いけど、空中戦は私も得意なの」
シロネも背中から翼を出すと空中へと舞い上がる。
シロネとタロスが猛烈なスピードで飛び回り、何度も交差する。
交差する事12回、タロスが地面へと叩き落とされる。
「ふふ~ん。どうかしら?」
シロネが笑いながら降りる。
地面に落されたタロスが起き上がる。
起き上がったタロスの体の色が黄銅色から赤胴色と変わると紅く光る。
タロスがシロネに向かって1歩踏み出すと床から煙が上がる。
「何? 怒ったの?」
シロネが笑いながら聞くとタロスがシロネに向かって距離を詰める。
先程よりも速い。
ガキッ!!
そんな音がしてシロネとタロスの剣がぶつかると鍔迫り合いを始める。
「へえ。さっきよりも強くなっているじゃない」
シロネの声には余裕がある。
タロスは先程よりも強くなったみたいだが、まだまだシロネの方が強いようだ。
タロスは剣を引くと怒涛の攻撃を始める。
シロネは体を回すように剣を振るい、タロスの攻撃を1つ1つ弾いていく。
タロスの攻撃はただ力任せに剣を振るっているだけだ。そんな攻撃ではシロネに傷1つ付ける事はできないだろう。
だけど気になる事があった。
徐々にだけどタロスの体の光が強くなっている気がする。
嫌な予感がする。
再びシロネとタロスが鍔迫り合いを始める。
「その程度の力じゃ私は倒せないわよ」
シロネは笑っている。
タロスの体の光がさらに強くなる。
自分は急いでシロネの所に走る。
ヘイボス神から聞いた事を思い出した。
「危ない、シロネ!!!!」
自分はシロネの側に駆けるとタロスを弾き飛ばしシロネと共に地面に伏せる。
地面に伏せた時だった突然タロスの体が白く輝き爆発する。
自分はシロネの上に乗り庇うと急いで魔法で防御する。
ヘイボス神が作ったタロスは敵わないと判断した時は、自身の中にあるイーコールを濃縮させて自爆する。その事を忘れていた。
強烈な光が自分達を襲う。
自分はシロネの上に乗って蹲る。
やがて光が収まる。
自分が目を開けるとタロスがいた場所には大きな穴が開いている。
周りを見ると通路の壁が溶解しているのがわかる。一体どれ程の熱量があったのだろう?
「大丈夫? シロネ?」
自分はシロネから離れる。見る限り怪我は無いみたいだ。
「何よ、あれ。自爆するなんて聞いてないわよ……」
シロネが立ち上がる。
「ごめん……。知ってたけど忘れていた。でもシロネに怪我が無くて良かった」
本当にそう思う。シロネは美人だし傷つくのはもったいない。
「ちょっと待って、クロキ! 腕が!!」
シロネが慌てた声を出す。
自分の左腕を見ると表面が溶けて骨が見えている。防御魔法が間に合わなかったみたいだ。
火竜の力を持つ自分の体を焼く程の光だった。
正面から受けていたら死んでいたかもしれない。
「治癒魔法を!!」
シロネが回復魔法を使おうとするのを止める。
「大丈夫、これぐらい何ともないよ。すぐに治る」
自分はシロネを安心させるために笑う。
シロネは回復魔法があまり得意ではない。無駄な魔力を使わせるわけにはいかない。
それにシロネから癒してもらわなくても、自分の力で立ち直る事ができる。
だから自分で左腕を治癒する。自分の再生能力は高いつもりだ。
「私を庇って……」
シロネが泣きそうになっている。
まずいなと思う。これは本当に泣いている。
「これは自分が不覚を取っただけでシロネのせいじゃないよ」
だけど運が悪い。
暗黒騎士の鎧を着ていればこれ程傷つく事は無かっただろう。それに横目で見ていたから気付くのが少し遅れた。
「ごめんね、クロキ……」
「大丈夫! 大丈夫! 本当に大した事は無いから」
左腕を振ってアピールする。
正直に言うとかなり痛い。だけどそれを顔に出してはいけない。
「本当に大丈夫なの……?」
シロネが心配そうに聞く。
これぐらいどうって事はない。だけど、ちょっと休まないと回復はしないだろう。
「本当に大丈夫だから。でも少しだけ休もう。邪神と戦うのだから万全を期すべきだ」
自分は笑うと床に腰を下ろす。そして左腕を治癒するために瞑想を始めた。
◆黒髪の賢者チユキ
私達は迷宮の最奥である第13階層へとたどり着く。
第13階層は暗く所々にある魔法の照明が不気味に通路を照らす。
私達は巨大な通路を進む。
進むとやがて広い部屋へと出る。
部屋は円形で1000人以上は入れそうだ。
部屋の奥の方に誰かがいる。
私達は部屋の奥へと向かう。
部屋の奥には巨大な祭壇があり、その中央の椅子に1人の男が腰かけている。
黒髪の長い髪に四角い顔。剥き出しの上半身は筋肉に包まれ強そうだ。
だけど普通の人間ではない。その男の頭には巨大な2本の角が生えている。
男は大きな口をゆがめ私達を見下ろしている。
その男の周りには複数の人間の女性達が侍っている。おそらく邪神に無理やり妻にされた女性達だろう。
その女性達の中に縛られたエウリアの姿が見える。
「ふん! よく来やがったな勇者共!!」
男のその声には聞き覚えがある。第12階層で聞こえた声だ。
「あなたがラヴュリュスなのかしら?」
私が大声で聞く。
「ああ、そうだ。俺がラヴュリュスだ。大人しく武器を捨てろ。そうすりゃ命は助けてやる」
ラヴュリュスは笑いながらこちらを見る。
「お願いです、レイジ様! 武器を捨てて下さい! 私を見捨てないで!!」
縛られたエウリアが大声で言う。
「無駄よ、エウリア!!貴方がラヴュリュスの娘である事はズーンから聞いているわ!!」
ズーンの最後の言葉は私に届いていた。だからもう騙されない。
「あの裏切り者め!!!」
エウリアが悔しそうに言う。
「悪いな、エウリア! 君の父親はブッ飛ばさせてもらう!!」
レイジが剣を構える。
「この俺様をブッ飛ばすだと?! 大きく出たな、レーナの勇者よ!! 大人しくしていれば命は助けてやろうと思ったがもうやめだ!! その首をレーナの元に送ってやる!!」
ラヴュリュスが立ち上がり横に置いてあった巨大な両刃の斧を取る。
斧を持ったラヴュリュスの体が膨らんでいく。
人間だった頭が牛へと変わる。背中から4本の腕が生えてくる。
現れたのは牛頭の6腕の巨人。
新しく出した腕にはどこからか取り出したのかわからないが槍と剣と盾をそれぞれ持っている。
第5階層で見た邪神の像と同じ姿だ。
「いくぞ、みんな!!」
おそらくこれがこの迷宮での最後の戦いになる。
私達はそれぞれ武器を構えた。
年末は仕事が多いですね……。
頑張って続きを書きたいと思います。
次はいよいよ邪神と対決です。




