表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第4章 邪神の迷宮
58/195

蜘蛛の女神

◆剣の乙女シロネ


「本当にこんな事をしてて良いのかな……」


 思わず声に出してしまう。


「どうかしましたの、シロネさん?」


 横にいるキョウカさんが聞いてきた。

 キョウカさんは水着で船のデッキにあるビーチチェアに寝そべっている。

 その姿はまるでバカンス中のお嬢様だ。

 かく言う私も水着を着てビーチチェアに寝ているのだが、こんな事をしてて良いのだろうか?

 私達は今、

キシュ河に来ている。

 キシュ河に来たのは迷宮を調査するためだ。

 船を手に入れてリザードマン達を乗せてここまで来た。

 本当はリザードマンには私達が迷宮に入る間、余所に移動してもらうつもりだった。

 だけど彼らは迷宮周辺の地理に詳しい事が判明した。

 だからクロキと相談した結果、リザードマン達に迷宮の周辺の調査に協力してもらう事になったのである。

 しかし、このキシュ河に来たが実際する事がない。

 リザードマン達にはリジェナが指示を出している。

 リザードマン達は何故か、リジェナを竜司祭様と呼び従う。

 私の言う事は全く聞いてくれないのにだ。そのため、調査はリジェナにまかせっきりになってしまった。

 はっきり言ってする事がない。

 だけど、世間的にはリザードマンはクロキではなく、私達に従っている事になっているので現場を離れるわけにはいかない。

 私達がいるからこそ、リザードマン達は人前で活動が出来る。

 もし、私達がいなければ自由戦士や騎士がリザードマンの討伐に来るかもしれない。余計な騒動は起こしたくない。

 だけどする事がない。だからこうしてキシュ河クルージングをしているのだ。

 キシュ河は大河であり、大きな船が行き交う、ミノン平野にある国々の大動脈だ。

 このキシュ河の河口にアリアディア共和国がある。

 カヤさんが調達した船は大きくて快適だ。

 以前乗せてもらったレイジ君の家のクルーザーよりも大きいかもしれない。

 船は迷宮の近くの河岸で停泊中だ。

 私達は寝そべりながら対岸の景色を楽しんでいる。

 キシュ河が流れるミノン平野は自然が豊かで中々綺麗だ。この世界は私達が生まれ育った日本よりも遥かに自然が豊かである。

「お嬢様。シロネ様。お飲み物をお持ちしました」

 カヤさんが船の厨房から飲み物を持って来てくれた。

 カヤさんは水着ではなくメイド服だ。彼女は少しはめをはずした方が良いと思う。


「ありがとう、カヤさん」


 私は飲み物の入った陶器で出来た杯を受け取る。

 この世界ではガラスが一般的では無い。杯は陶器か金属か木製だったりする。


「いえ」


 私が礼を言うとカヤさんは頭を下げる。

 カヤさんが持って来てくれた果実のジュースは爽やかな風味で喉越しが良い。


「カヤ。調査はどうなっていますの? 退屈ですわ……。折角の水着も見せる人がいませんし」


 キョウカさんがつまらなそうに言う。

 私達はどちらも同じ形のビキニの水着を着ている。

 だけどキョウカさんはスタイルがかなり良いから同じ水着でも醸し出す色気が違う。男性だったらすごく見たいだろう。

 ちなみに、水着の材質は特殊な絹で出来ている。この絹は水を吸わない優れものだ。

 海で仕事をする者はこの絹で出来た水着を着るそうだ。

 大陸の西側は東側に比べてかなり温暖である。

 女性が着ている服もフェリア信徒を除けば肌がかなり露出している。

 女神フェリアの教義では、夫以外の男性に肌を見せるのはあまり良くないとされている。

 そのため、女神フェリアを信仰する女性の肌の露出具合は東側と同じだったりする。

 そんなフェリア信徒からしたら、今の私達の格好はかなりとんでもないだろう。

 しかし、私達は女神フェリアを信仰していないので、こんな格好をしても宗教的には問題はない。

 もっとも、私は誰かに見せたいとは思わないのだが、キョウカさんは違うのだろうか?


「それでしたら、あちらにいる殿方に見ていただいたらどうでしょうか?」


 カヤさんが船の後部を見て言う。

 船の後部にはリジェナとノヴィス達がいる。

 殿方というのはノヴィスと水の勇者ネフィムと風の勇者ゼファの事に違いない。


「嫌よ、カヤ。お兄様よりも弱い殿方を相手にするなんて。そもそも、何故あの方達はいるのかわからないですわ」


 キョウカさんが冷たく言う。レイジ君よりも強い相手なら良いようにも聞こえる。

 この船にはノヴィス達も乗っている。

 ノヴィス達は「役に立つから一緒に連れて行ってくれ」と言って無理やり私達に付いて来た。

 最初は渋ったが、船を動かすのに人員は多い方が良いと言う事で乗船を許可したのである。


「他の2名はわかりませんが、どうやらノヴィスとかいう者はまだシロネ様から剣を学ぶ事を諦めていないようでございます」


 カヤさんが私を見て言う。


「うへー。それは勘弁してほしいな。それに剣を学ぶならクロキから学んだ方が良いのに」


 本当にやめて欲しいと思う。そもそも私は教えるのはうまくない。そう言う事はクロキに頼んだ方が良い。


「ですが、シロネ様。クロキ様は正体を隠しております。剣を教えるのは不可能ではないでしょうか?」

「まあ、そうなんだけどね……」


 そのクロキは今、テセシアの街で待機中だ。

 リザードマン達はクロキに従っている。だからクロキが指示を出すのが一番良い。

 だけど、レーナがクロキと2人で話したい事があると言ったからテセシアに残った。

 だから、リザードマンにはリジェナが指示している。

 リジェナはクロキから何か魔法をかけて貰ったようで、河の中で行動が出来るみたいだ。

 リザードマンと共に河に潜って調査をしている。

 それにしても何故リジェナなのだろう?私が指示できるようにしてくれれば良いのに、これでは何もする事がない。


「ところで、シロネさん。わたくし思うのですが?」


 キョウカさんが私を見て言う。


「どうしたの、キョウカさん?」

「クロキさんは剣だけでなく魔法もかなり使えると聞きますが、どうでしょうか?」

「うーん、かなり使えるみたいだけど……。それがどうしたの?」


 キョウカさんの質問の意味がよくわからない。


「いえ、剣を学ぶと聞いて思いついたのですが、わたくしに魔法を教えてもらえるようクロキさんにお願いしてもらえないでしょうか?」


 キョウカさんが真剣な目をして言う。


「お嬢様……」


 カヤさんが驚いた表情でキョウカさんを見る。


「ノヴィスという方を見て、わたくしも思ったのです。わたくしも強くなりたいですわ。いつまでも足手まといでは……」


 キョウカさんがしょんぼりして言う。

 彼女は私達の中で唯一能力を持たない。

 一応チユキさんから魔法を教わっていたようだけど、全く上達しなかった。

 結果、彼女は常に留守番をする事になり私達とはいつも別行動だ。

 キョウカさんがその事で悩んでいるとは思わなかった。


「そうなんだ。でもどうしてクロキなの?」


 再びチユキさんから教われば良いのではないだろうか?どうしてクロキなのだろう?


「いえ、シロネさんの話を聞く限りでは、クロキさんは教えるのが上手らしいと聞きますわ。ですから……」

「なるほど。確かにクロキは私よりも教えるのが上手いけど、あくまで剣術の方だよ」


 私の実家の道場にはたまに小さい子が教わりに来る。

 その時に私とクロキが師範代をする事がある。

 最初は私に教わりに来る子の方が多いけど、最後は何故かクロキの方に行ってしまうのだ。

 私はその事がちょっとショックだったりする。


「それでも良いですわ。何かきっかけが作りたいのですの!!」


 キョウカさんが私の手を取って言う。

 この感じは断りづらい。


「わかったよ、キョウカさん……。クロキに話をしてみる」

「ありがとう、シロネさん! 恩に来ますわ!!」


 キョウカさんは嬉しそうに笑う。

 まあ、クロキが教えてくれるかどうかはわからない。だけど、クロキは優しいから大丈夫だろう。

 それにしても今、クロキは何をしているのだろうか?

 私はテセシアでレーナと共に留守番をしているクロキの事を思い浮かべる。





◆戦乙女シズフェ


「糞! なんで向こうにいけねえんだよ!!」


 風の勇者ゼファが文句を言う。

 船の前部には水着姿のシロネ様とキョウカ様がいる。


「何また馬鹿な事を言っているんだお前は……。そんな事をしたらカヤ様に殺されるぜ」


 ケイナ姉があきれてゼファを窘める。

 カヤ様は怖い人だ。そして強さはチユキ様達と同等だと聞く。

 そんな人を怒らせたらただではすまないだろう。

 あちらにいる人達は雲の上のごとき人達なのだ。変な事をすべきではない。

 なにしろ、シロネ様は私を助けたついでにリザードマン達を手懐けてしまった。

 あのリザードマン達を手枷や足枷を付けずに操るなんて普通は出来ない。

 そんな人をいやらしい目で見ようとするとはゼファは命知らずだ。


「でもよう、あんな美女2人があんな格好をしてるんだぜ。見るのがむしろ礼儀じゃねえかな?なあ、そう思うだろ、火の勇者よ?」


 ゼファが隣のノヴィスに話しかける。


「いやまあ……確かに……」


 ノヴィスが頷く。


「あきれた……ノヴィス。あなた、またシロネ様を怒らせるつもりなの?」


 私はノヴィスに怒る。


「でもなあ、シズフェ……。キョウカ様やシロネ様のあの姿を見ないのは人生の損失というか、何というか……」


 ノヴィスは鼻の下をのばしながら答える。


「何を言っているの、あなたは……」


 私は頭を押さえる。この馬鹿は学習すると言う事を知らないみたいだ。

 確かに気持ちはわかる。

 キョウカ様は胸が大きく、腰が細く素晴らしい体型だ。

 そしてシロネ様は胸がキョウカ様より一回り小さいが、世間一般的には充分に大きい。そして、足がすらりとしている。キョウカ様に負けず劣らず素晴らしい体型だ。

 2人共女性の私が見ても羨ましい体型だ。見たくなる気持ちはわかる。

 だけど、この馬鹿達をシロネ様の方に行かせるわけにはいかない。シロネ様は私の命の恩人だ。迷惑をかけられない。

 助けてもらったと言っても私は迷宮で倒れていただけで、あの暗黒騎士とは出会わなかったそうだ。

 だけど、それでも助けられるのが遅かったらどうなっていたのかわからない。それに女神様に直接治癒してもらえたのもシロネ様のお陰だろう。

 あんな美しい女神様に治癒してもらえるなんて、私はなんて運が良いのだろう。

 女神レーナ様は清純で可憐、そして心は優しく慈愛に満ちているらしいと聞く。あの美しさを見たらその噂は間違いないに違いない。

 その女神様に直接会えたのはすごい事なのだ。

 だからシロネ様には感謝をしている。

 そもそも、私がここにいるのもその事で恩返しがしたいと思ったからだ。

 それに、ノヴィスがシロネ様に迷惑をかけるかもしれない。ノヴィスが馬鹿な事をしたら止めなくてはならない。

 私1人で来る予定だったのだが、ケイナ姉も付き合ってくれた。

 ただ、誤算だったのは風の勇者ゼファと水の勇者ネフィムまでも付いて来るとは思わなかった事だ。彼らは彼らなりに何か思惑があって来たのだろう。

 だけど何だかノヴィスが増えたみたいで嫌だったりする。


「はっ!!」


 突然水しぶきがあがる。

 水しぶきと共に1人の男性が船の甲板へと降り立つ。

 河から上がって来たのは水の勇者ネフィムだ。彼は水の中でも行動できる。だからリザードマン達と共に水に潜っていた。

 ネフィムは気障な仕草で髪の水を落す。ネフィムの水色の髪が揺れ水しぶきが舞い散る。

 ネフィムは先程まで河の中にいたため水着姿だ。均整な体つきで、レイジ様程では無いが彼も中々の美男子だ。少なくともノヴィスやゼファよりも顔が良い。


「ふう……」


 ネフィムは息を吐くと船べりへと行き膝を付く。ネフィムが膝を付いた場所は河へ降りる梯子が付いている場所だ。

 すると、梯子の近くの水面から1人の女性が顔を出す。

 キョウカ様とシロネ様の従者の1人であるリジェナさんだ。

 彼女はシロネ様に代わってリザードマン達を指揮するために河に潜っていた。

 リジェナさんは聞くところによるとどこかの国のお姫様だったらしい。

 それがなぜ従者になっているのだろうか?きっと色々あったのだろう?

 しかし、リザードマンの指揮を任されるあたり、ノヴィスに殴られた従者の男性と違ってかなりの能力があるに違いない。

 現に彼女はネフィムと同じように水の中で行動ができるようだ。

 リジェナさんは手を伸ばし梯子を掴むとゆっくりと上がって来る。


「リジェナ、どうぞ御手を」


 そう言ってネフィムが手を伸ばす。しかし、リジェナさんは無視して船へと上がる。

 無視されたネフィムが苦笑する。

 その様子を見てノヴィスとゼファが笑う。全くあなた達は……。


「あの、どうぞ……」


 私は体を拭くための布を差し出す。


「ありがとうございます……」


 リジェナさんが私に頭を下げた。私に対しては柔らかい表情だ。

 リジェナさんは私から布を受け取ると体を拭く。この人もかなり綺麗な人だ。

 栗色の髪に白い肌。キョウカ様やシロネ様程ではないが出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 水着を着ている為、彼女の体型の良さが目に見えてわかる。

 レイジ様に仕える女性は綺麗どころしかいないのだろうか?

 正直に言って女性として自信が無くなって来る。

 この船に乗っている女性で一番胸が小さいのが私だ。フェリア信徒じゃなかったとしても水着になる自信は無い。


「これはなかなか……」

「ああ」


 水着姿のリジェナさんが体を拭いているのを見てゼファとノヴィスが鼻の下を伸ばす。

 こいつらを河に叩き込んでやりたいと思うが我慢する。


「君達。私のリジェナをいやらしい目で見るのは止めたまえ」


 ネフィムがリジェナさんの前に立ちノヴィス達の視界を遮る。


「あっ! ずりいぞ、ネフィム! 1人だけ良いかっこしやがって!!」

「そもそも! いつからリジェナさんがお前の物になったんだよ!!」


 2人が文句を言う。

 ネフィムはそんな2人を見てふふんと笑う。


「ところで、リジェナ。今夜一緒に食事でもどうです?」


 ネフィムが真面目な顔で言う。

 どうやら河の中でもネフィムはリジェナさんを口説いていたようだ。

 リジェナさんがネフィムに冷たいのはその事と関係があるみたいだ。


「あの……。申し訳ございません、私にはもう大切な旦那様がいます。ですから、あなたの申し出は受けられません」


 リジェナさんが困った顔をしてネフィムに言う。

 その言葉にノヴィスとゼファはもちろん、ケイナ姉からも驚きの声が出る。

 当然私も驚いた。


「ほえ~、旦那がいたのか。こいつはびっくりだ」


 ケイナ姉が目を開いてリジェナさんを見る。

 リジェナさんは結婚をしていたのか。私と同じぐらいの年齢みたいなのに。

 少し衝撃を受ける。


「リジェナさん! 旦那様がいたのですね! どんな人なのですか!!?」


 私は思わず聞いてしまう。

 レイジ様は結婚していないのだから、旦那様というのはレイジ様の事ではないだろう。一体どんな人なのか?

 結婚の女神の信徒としてはすごく気になる。


「とても暖かくて、優しい人です……」


 リジェナさんはふふっと笑いながら答える。

 その笑顔はとても素敵だ。

 私は思わず唸ってしまう。正直、羨ましい。

 ちらりと横を見るとネフィムが落ち込んでいる。

 少し可哀そうかなと思うけど、これで大人しくなるだろう。

 それにしてもリジェナさんにこんな表情をさせる旦那様ってどんな人なのだろう?

 一度会って見たいと思った。





◆暗黒騎士クロキ


「本当にこんな事をしてて良いのかな……」


 思わず声に出してしまう。


「どうしたのです、クロキ?」


 自分の横に立ち自分の腕を組んでいるレーナが聞く。

 レーナは今はフードを被って顔を隠している。

 それもそうだろう。自分達が今いるのはアリアディア共和国の大通りだ。レーナのような美人が顔を出して歩けば騒ぎになるだろう。

 顔を隠した方が目立つのではないかと思われるが、この世界では敬虔なフェリア信徒は顔を隠して歩く事も珍しくないので目立たない。


「いえ……。シロネ達が調査をしているというのに、自分達はこんな所にいて良いのでしょうか?」


 今、シロネ達はキシュ河で調査をしているはずだ。

 なのに自分達はここに遊びに来ている良いのだろうか?

 それにリザードマン達の事も気になる。結果的にリザードマン達に人間への復讐を無理やり止めさせる事になってしまった。

 その事が心に引っ掛かる。

 彼らは自分を神のように崇めている。別に彼らを救うつもりはないのにだ。その事を思うと心苦しい。

 別に人間の味方をする気はないはずなのに、行動が一貫しない事も何だか嫌だった。


「別に良いじゃない。シロネ達に任せておけば大丈夫でしょう。それにあなたの使徒もいるのだから」


 レーナが笑いながら言う。

 そこでちょっと気になる。リジェナが自分の使徒である事にどうやって気付いたのだろう?シロネだって気付いていないみたいになのに。

 リジェナは自分に代わってリザードマン達の指揮をしている。リザードマン達は自分の使徒であるリジェナに対しても従順だ。


「はあ……。ところで良いのですか? お付の人達に黙って出て来ても」


 いつもならレーナは護衛に守られている。だけど今はいない。

 何故自分達がここにいるのかと言えば、レーナが人間の世界を見てみたいと言ったからだ。

 護衛を連れていないのも大人数で歩けば目立つからだ。

 それでも、1人や2人なら護衛を連れても良さそうだが、レーナが嫌がった。

 もちろん、護衛達がレーナの単独行動を許すはずがない。そこでレーナは、自分だけを連れて黙って出てきたのである。


「大丈夫よ。あなたがいれば他の護衛なんていらないでしょ? だから今日は私の騎士になりなさい」


 そう言ってレーナが体を寄せて来る。

 今は暗黒騎士の姿になっていない。着ている物も布製の服だ。そのため、レーナの柔らかい膨らみが左腕にあたる。


「まあ、確かに今日はあなたの騎士になる事を了解しましたが……。護衛の人達に一言あっても良かったのでは?」


 レーナは護衛達に何も言わずにここに来ている。

 言えば当然反対されるからだ。

 そして、自分がレーナと行動を共にする事を了解したのは、シズフェという女性を助けた事に対する見返りを求められたからだ。

 見返りの内容は護衛として2人きりで人間の街を歩く事である。

 なんで自分と2人きりなのかはわからない。だけど内面はともかく外見は良いレーナと一緒にいる事は別に嫌ではない。だから一緒にいる。


「別に良いわよ。それよりもさっきから歩き方がおかしいけどどうしたの?」


 レーナが不思議そうに聞いて来る。

 それはあなたが胸を押し付けるからですとは言えない。

 大きな胸が腕に押し付けられたせいで、体の一部が石のようになって歩きにくいのです……。


「いえ、特に何でもないですよ……。それより、どこに行きます?」


 アリアディアは、この世界でも有数の大都市なので見る所がかなりある。レーナはどこか行きたい所があるのだろうか?


「あら、あなたが決めてくれないかしら。色々と調べているのでしょ?」

「えっ……どうしてそれを?」


 確かに自分はアリアディア共和国の観光スポットを調べていた。

 折角大都会に来たのだから観光しようと思ったからである。だから、そのための本も手に入れた。このアリアディア共和国にはドワーフの作った製紙器と印刷器があるから、こういった案内本が簡単に手に入る。

 しかし、なぜ自分が案内本を持っている事をレーナは知っているのだろうか?


「どうしてって?あなたの部屋に入った時に、アリアディア共和国の案内本があったからよ」


 レーナがさも当然のように言う。


「ああ、なるほど……って! 部屋に入ったのですか?」

「そうよ。いけなかったかしら?」

「いけなかったかしらって……」


 自分にプライバシーはないのだろうか?あれはさすがに見られていないと思うが、油断も隙もない。


「もう、細かい事は気にしなくて良いでしょ。さっ、行きましょう。ねえ、最初はどこに連れて行ってくれるの?」


 レーナが甘い声で囁く。

 レーナの綺麗な顔がすぐ近くまで来る。その事にドキドキして文句が言えなくなる。

 よし、このまま厭らしい事をするために路地裏に連れて行こう。

 ……ごめんなさい、冗談です。馬鹿な事を考えるのはやめよう。


「う~ん、そうですね……。どこに行こうか?」


 雑念を払い自分は考える。

 真っ先に思いつくのは公衆の大浴場だろう。

 アリアディアの大浴場はただの入浴施設ではない、様々な娯楽施設が用意されている。遊ぶならそこが良いだろう。

 しかし、問題もある。大浴場は女神フェリアに捧げられているためか男女の別が厳格なのだ。一緒に行ってもレーナと別行動になる。男女が共に行くには不向きだろう。

 他にも闘技場は閉鎖中であり、劇場はまだ開演していない。

 だとすればどこに行くべきか。


「トライドの泉はどうですか?」

「トライドの泉?」


「はい、この国の水道の終端施設として作られたドワーフ製の泉です。海王トライデンの像を中心に、周りを美しいマーメイドの像が取り囲んだ見事な彫刻があるそうです」

 このアリアディアの水道施設はドワーフ達が作った物だ。

 トライドの泉はその終端施設として作られた。

 海王トライデンは水の神であり、泉はトライデンに捧げられた物でもある。


「ふーん、トライデンに捧げられた物ね……。あれに捧げられた泉が良いとはおもえないけど……。でもあなたと一緒なら構わないわ」


 こうして2人で歩く。程なくしてトライドの泉にたどり着く。

 トライドの泉は中々綺麗だった。水道の終端施設として作られたトライドの泉は自然の泉ではない。直径10メートルの泉の真ん中からは噴水がある。そして泉の周りには海王トライデンの彫像等が取り囲んでいる。

 有名なデザイナーの設計図を元にドワーフが作った彫像は見事である。

 そのトライドの泉の周りには多くの人がいる。姿からアリアディアに住んでいる人ではなく、余所の国から観光に来た人だろう。


「ねえ、クロキ。あの人達は何をしているの?」


 レーナが観光客を見て言う。

 観光客は何かを泉に投げ込んでいる。


「ああ、おそらくあれは願い事をしているのですよ」

「願い事?」

「ええ、泉にお金を投げ込むと願い事がかなうらしいです。やってみます?」


 そう言って自分は懐から1テュカムの銅貨を取り出す。

 テュカム貨幣はアリアディア共和国が発行した貨幣だ。アリアド同盟内はもちろん、遠い聖レナリア共和国でも使用が可能だったりする。

 そして、テュカムという通貨単位もまた他の地域で使われている。


「人間は変ね、こんな物を投げたら願いがかなうなんて」


 レーナが不思議そうに銅貨を見る。

 レーナから見たら貨幣の存在は不思議だろう。

 神族はお金を使わない。なぜなら、お金を必要としないから。

 神族ならお金など無くても大抵の物は簡単に手に入る。また、神族が欲しがる物はとても値段が付けられるような物ではない。だからお金を必要としない。


「自分は面白いと思いますけどね。ちなみに男女が一緒に金貨を投げると、永遠に一緒に居る事ができるそうですよ」


 自分がそう言うとレーナは驚いた声を出す。


「そんな魔法は聞いた事がないわ」


 レーナが首を信じられないと首を振る。


「魔法じゃないのですが……。まあ……なんというか、人の間でそう言われているというかなんというか……」


 自分はどう説明すれば良いかわからず。言葉が変になる。


「ますます訳がわからないわね……」


 レーナは腑に落ちないみたいだ。


「ええと……。自分は人間の真似事をしてみるのも良いと思うのですよ。まあ、無理にとは言えませんけど」


 自分は銅貨を仕舞おうとする。無理にやる事でもない。でも少しさみしい。


「待って、クロキ。理解はできなけど、折角だからやってみましょう」


 レーナがぽんと手を叩く。


「そうですか」


 自分は少し笑うと再び銅貨を出そうとする。このまま何もしないのは味気ないと思う。折角だから

やるべきだ。


「違うわよ、クロキ。投げるのは銅貨じゃなくて金貨の方よ。持っているのでしょう?」

「えっ?」


 自分は驚く。先程の説明を聞いてなかったのだろうか?

 だけどせっかくやる気になっているのだから水を差すのどうだろうか?

 自分は銅貨では無く金貨を出す。


「一緒に投げるわよ、クロキ」


 レーナの白い手が金貨を持つ手を握る。


「えっ、レーナ……?」


 自分は戸惑いながらもレーナと一緒に金貨を投げる。

 金貨は放物線を描くように泉の中心にある噴水のすぐ近くに落ちる。


「ふふ、人間の真似事をするのも良いわね」


 レーナの顔は見えないが楽しそうなのがわかる。

 その様子にほっとする。

 正直、女性を楽しませる自信はない。だから笑ってくれた事に安心する。

 それにしてもレーナは愛するレイジじゃなくても良いのだろうか?

 少し気になったが、折角の美人が喜んでくれるのだ。だから考えない事にしよう。


「それでは、クロキ。次はどこに行きましょうか?」

「そうですね……」


 自分は次に行く場所を考えるのだった。





◆暗黒騎士クロキ


「レーナ、急にどうしたのですか?」


 トライドの泉に続き、アリアディア元老院議事堂を見た後でアリアディア港に行く。

 アリアディア港には船で運ばれた食材を貯蔵するための魔法の巨大冷蔵倉庫がある。

 その冷蔵庫の冷気を利用して作られたアイスクリームを2人で食べた後、急にレーナが人気の無い路地裏へと入り込んだ。

 路地裏に入るとレーナはフードを取る。


「ふう……。ずっと被っていたから息苦しいわ」


 確かにここに来てからレーナはずっとフードを被っていた。さすがに息苦しいだろう。

 だけど、フードは被っていてもらわなくては困る。

 顔を隠しているにも関わらず、なぜかレーナは注目を浴びていた。

 フードを取れば注目を浴びるどころではすまない。

 まったく、この女神は存在感がありすぎる。


「大丈夫ですか、レーナ?」


 自分はレーナを心配する。神様とはいえ女性だ。それに今日だけは騎士になると約束している。だから彼女を守らなければならないだろう。


「ふふ、少し疲れました」


 そう言ってレーナが身を寄せてくる。

 レーナの濡れた瞳が自分を見つめる。ピンク色の小さな唇が熱い吐息を出す。

 濡れた瞳で見つめられて心臓がどきどきしだす。

 そのレーナの表情はとてもまずい。

 いや、もう本当にまずい……。

 そんな表情をされたら、すけべえ百回じゃすみませんぜ、旦那!!

 そして、ここは路地裏であたりに人影は無い。チャンスだった。

 自分の中の悪魔と天使が言い争う


 悪魔クロキ「良いじゃねえか。誰も見てねえんだからよ。こんな人気の無い所に自分から来たんだ。この女神だって望んでいるに違いない。服を全部脱がしちまいな!!」

 天使クロキ「悪魔よ、あなたは間違えています。女性の服を脱がすなんてとんでもない。服を脱がさないでする方が興奮するでは無いですか!!」


 天使だと思ったら堕天使だった。畜生なんて世界だ!!

 だけど自分の理性が警告を出す。これは死亡フラグだ。

 このまま流されてはいけない。大変な事になりそうな気がする。

 そもそもこの女神様は信頼できない。

 レーナは、ふふふと笑っている。

 思考がぐるぐる回る。正直このまま欲望に身を任せたい。

 その時だった。

 空気が震える。


「これは結界……」


 このあたりの空間が結界により閉じられた。

 そして誰かが近づくのを感じる。


「誰もいない場所に自ら来てくれるとはね……。よほど私に殺されたいようね、女神レーナ」


 近づいて来た者が声を掛ける。それは1人の女性であった。

 自分とレーナは驚いて声を掛けた者を見る。おそらくこの女性が自分とレーナを閉じ込めた張本人だ。

 そして声を掛けた女性には見覚えがある。


「あなたは確か、アトラナさん?」


 女性はレーナ神殿の御用商人トルマルキスの妻のアトラナだ。一度会った事がある。

 自分達の宿を手配してくれたのも彼女のはずだ。


「ふふ、顔を隠していても私にはわかっていたよ、レーナ。積年の恨みここで晴らさせてもらおうじゃないか!!」


 そのアトラナは引きつったような笑みを浮かべながらレーナを指差す。そして、アトラナはレーナに気付いている。

 何者なのだろう?


「レーナ……。彼女は何者なのです?そして、何をしたのですか?」


 この女神の性格を考えればどこかで恨みを買ってもおかしくない。


「私にもわかりません。誰ですかあなたは?」


 レーナは首を振って答えるとアトラナを見る。


「ふふふ……。私を知らないだと……。この姿を見てもそんな事が言えるか、レーナ!!」


 アトラナが叫ぶとアトラナの下半身が変化していく。


「蜘蛛!!」


 思わず叫ぶ。

 アトラナの下半身が巨大な蜘蛛に変わったのである。アトラナの口からもも牙が生え顔も少し虫っぽく変化する。

 アトラナは人間ではなかった。

 汗が吹き出してくるのを感じる。

 彼女の正体に全く気付かなかった。

 完全に人間になりきっていた。これほど完全に自分の正体を隠しおおせる者がいるとは思わなかった。


「まさか……。あなたは……」


 レーナもまた驚いてアトラナの変化を見ている。どうやら相手を知っているようだ。


「くく、驚いたようだね、レーナ。そうだよ、私だよ」

「……誰?」


 レーナの言葉にこけそうになる。

 アトラナもこけそうになっている。


「私を覚えていないだと……。この糞女神がっ! このアトラナクアを忘れたとは言わさないよ、レーナ!!」


 アトラナ改めアトラナクアがレーナを睨む。


「冗談ですよ、アトラナクア。忘れたくても忘れられません……。また私に文句を言いに来たのですか?」


 レーナとアトラナクアは昔の知り合いのようだ。一体どんな関係だったのだろう?


「なんだ、その態度は! 私の夫を誘惑しておきながらぬけぬけと!!」


 アトラナクアが怒鳴る。


「夫……? ああ、あのすごくしつこい男神の事ですね。それなら誘惑した覚えはありませんよ 。そもそも向こうから言い寄って来たのです。むしろ、こちらが迷惑ですよ」


 レーナは平然としている。こういった事に慣れているみたいだ。


「私の愛しい夫がそんな事をするはずないわ! あなたが誘惑したに決まっている! 少し私よりも顔が良いからといい気になりやがって!!」


 アトラナクアの顔は、昆虫と人間が掛け合わされたような顔だ。人間ならレーナの方が美人と言うだろう。

 そして彼女の夫はどんな姿なのだろう?すっごい気になる。


「自分がブサイクなのを自覚しているのなら、少しは綺麗になる努力したらどうでしょう?もっとも、あなたがどんなに努力しても私には勝てないでしょうけどね」

「なんですって!!!!!!」


 レーナがふふふと笑うとアトラナクアが怒る。

 話しを要約すると、過去にアトラナクアの恋人がレーナに浮気したようだ。その事をアトラナクアは怒っているようだ。

 聞いていて頭が痛くなる。

 すごく…………どうでも良い。


「ブース! ブース!!」

「キィ――――――ッ!!!!!!!!!」


 レーナが自分の背に隠れながらアトラナクアを嘲る。

 とんでもなく低レベルの争いが目の前で繰り広げられる。

 レーナのこの姿を信徒達が見たら哀しくなるだろう。


「ううう!!もう良いわっ! 良く聞きなさい、レーナっ! お前の男の光の勇者を迷宮に誘いこんだのは私だ!!ふふふふ、今頃あの男は迷宮の中でラヴュリュスの娘と愛し合っているだろうさ!!さあ悔しがれ、レーナ!!」


 アトラナクアが勝ち誇ったように笑う。


「そう……レイジが……」


 レーナは感情を押し殺したような声を出す。そして、形の良い眉の両端を吊り上げてアトラナクアを睨んでいる。

 そのレーナの表情に心が痛くなる。

 やはりレーナはレイジの事を……。

 本当はレイジの事が心配で心配でたまらなかったのかもしれない。これまでそんな様子はなかった。だけど健気にも耐えていたのだろうか?

 気付かなかった事を恥じる。女性の気持ちを見抜けないから自分はもてないのだ。

 こんな事ならレーナにもっと優しくしてあげれば良かった。


「ほほほほほほ、悔しいでしょう、レーナ。私としてはもっと悔しがってもらいたいのだけどね……。ふん! あなたにはそこのどうでも良さそうな凡夫がお似合いよ!!」


 アトラナクアが自分を指差し笑う。

 凡夫と言われて少し凹む。

 凡夫ですか……。そうですか……。どうせ女心もわからない駄目男ですよ……。


「なんですって!!もう一度言いなさい!!」


 レーナが大声を出す。


「ほっほっほっ! 何度でも言ってあげるわ! あなたにはそこのいかにも弱そうで、とろくさそうで荷物持ちしかできなさそうな箸にも棒にも引っ掛からなそうな男がお似合いよ!!」


 アトラナクアが自分を再び指差す。

 そこまで言わなくても……。

 良い男で無い事は自覚している。だけど面と向かって言われると傷つく。

 これでも見栄えが良くなるように努力はしているつもりである。

 常に清潔にして。髪を整えて。太らないように体も鍛えている。だけど、それでも足りないのだろうか?


「私達がお似合いですって……」


 レーナの肩が震えている。

 やはり、自分とお似合いと言われて嫌なのだろう。これまでの一緒にいたのは自分にレイジを助けさせるために無理をしていたのかもしれない。

 気になりレーナの顔を見る。

 ……………………笑っている?


「あの、レーナ……?」


 何故か嬉しそうなのですが?。


「ちょっと待ちなさい、レーナ! 何で笑っているの! あなたは自分の男を取られて悔しいはずでしょ!?」

「ええ、それはそれで悔しく思う所もあります。ただね、アトラナクア……、貴方は色々と勘違いをしているわ。容姿と同じように頭も残念なのですね。だから夫にも浮気されるのですよ」


 レーナが冷たく笑いながら言い放つ。


「キィ――――――! 何ですって!!もう良いわ、殺してやる! 護衛もつれずに行動した自分の愚かさを恨みなさい!!」

「護衛を連れずに、ですか……。本当に頭が悪いのですね。私の護衛の騎士なら、ここにいるではないですか?」


 レーナが自分を指す。

 正直このくだらない争いに巻き込まないで欲しい。


「ふん! そんな弱そうなのが護衛だと!? だったらその男から殺してやる! 出てきなさい!!」


 アトラナクアが手を掲げると

 大きな影がアトラナクアの後ろから2体。自分達の後ろから2体出て来る。


「ゴーレム?」


 出てきたのは金属製のゴーレムだ。2メートルの体に4本の腕にはそれぞれ剣が握られている。


「そうよ、戦闘用のゴーレム。このゴーレムはヘイボス神が迷宮の守護者として作ったゴーレムの複製よ。だけど、このゴーレムは同じ素材を使っているのでかなり強力よ。このゴーレムが4体、そしてこの私が共に戦えばいかに貴方が戦いの女神でも勝てないでしょう」


 アトラナクアが笑う。


「それで私に勝てるつもりなのですか、アトラナクア?」


 レーナは余裕の表情を崩さない。


「なぜ!? なぜなのっ!? なぜ恐怖しない!?護衛もおらず、いるのはそこのどうでも良さそうな男だけだというのに! 結界の中では助けも呼べないはずなのに! なぜそんな余裕でいられる? もう良い、行けゴーレムども奴らを殺せ!!」


 4体のゴーレム達が向かって来る。


「仕方がないか……」


 自分は呟くと鎧と剣を呼び出す。暗黒騎士の鎧と魔剣は時空を超えて自分と繋がっている。

 どんな場所にいようと呼び出す事が可能だ。


「何っ! 暗黒騎士?!!」


 暗黒騎士の姿になった自分を見たアトラナクアが驚きの声を出す。

 だけど自分は構わずに前から向かって来た敵に素早く移動する。

 自分に向けられたゴーレムの剣を魔剣で受け流すと、ゴーレムは体勢を崩し別のゴーレムにぶつかる。

 ゴーレムは素材と製作者の力量で強さが決まる。ヘイボス神が作成したゴーレムならともかく、複製品からは強さを感じない。

 それにゴーレムは細かい動きができない。剣の動きもすごく単調で読みやすい。これなら楽勝だ。

 自分は2体のゴーレムがぶつかり一時的に動けなくなるのを確認すると、素早く後ろに跳び、後方から来る2体のゴーレムの相手をする。

 左後ろから来たゴーレムの4つの剣をうまく誘導して空を斬らせると胴を斬り裂く。

 特殊な魔法合金で出来ているかもしれないが、モデスからもらった魔剣なら簡単に斬る事ができる。

 そして、そのまま回転しながら移動してレーナに向かって来た右後方のゴーレムに向かう。

 ゴーレムは4本の剣を振る。自分はその剣を魔剣で弾くと4本の腕と頭を斬り落とす。

 前方から来たゴーレムが再び動き始めたので、跳びはねて移動すると2体のゴーレムの相手をする。

 2体のゴーレムの単調に繰り出される剣を体を反らしながら避け剣で弾き、受け流すとすれ違いながら同時に回転して斬り捨てる。

 そして4体のゴーレムはただの金属片となる。

 その間レーナは1歩も動いていない。もし、自分がうまく動けなかったらどうするつもりなのだろう?

 信頼してくれているのかもしれないが、自分はそこまで強くはない。少しは動いて欲しい。


「そんな……ゴーレム達が一瞬で……。嘘よ……」


 アトラナクアが声を震わせる。

 アトラナクアには悪いけど、すごく弱かったです。


「残念でしたね、アトラナクア。私の騎士は強いのですよ」


 レーナがふふふと笑う。


「くそ! くらいなさい、私の鉄をも斬り裂く糸を!!」


 アトラナクアが腕を振るうと周りの建物の壁が斬り裂かれていく。

 自分は剣を持っていない左腕を動かすと向かって来た極細の糸を掴みとる。


「嘘っ?! この私の糸を掴み取ったっていうの?!!!」

「申し訳ないけど。邪魔をさせてもらうよ……」


 自分は糸を手繰りよせレーナが傷つかないようにする。

 アトラナクアは手を動かして糸を動かそうとするがそんな事はさせない。


「そんな……。そいつはいかにも弱そうな男だったのに。まさか暗黒騎士だったなんて……」


 弱そうで悪かったなと言いたいが、油断してくれたおかげで助かった。

 アトラナクアは、完全に自分を敵と見ていなかった。もし、注意していたら違う結果になっていたかもしれない。

 だけどもう遅い。自分は黒炎を出す。

 黒炎は糸を焼き消す。

 それを見たアトラナクアが急いで逃げようとする。


「悪いけど逃がさない! 黒血薔薇の縛りよ!!」


 魔法を唱えると黒い薔薇のイバラが出て来てアトラナクアの体を縛り上げる。


「馬鹿な! これはザルキシスが使う魔法じゃないか!!!」


 アトラナクアが言う通り、この魔法はロクス王国でザルキシスが使った魔法だ。

 調べて習得しておいたのだ。

 そして、アトラナクアはザルキシスを知っているみたいだ。ますます逃がすわけにはいかない。


「私の勝ちね、アトラナクア」


 レーナがアトラナクアの所まで行き見下ろす。


「ぐぐぐぐ……。まさかあなたが魔王と手を組むなんて。予想外だったわ……」


 アトラナクアは呻くが、自分のイバラからは逃れられない。

 正確には、レーナはモデスと手を組んだわけではない。だけど説明するのは面倒だ。


「運が悪かったですね、アトラナクア。今の私は、千の天使に守られているよりも安全なのよ」


 レーナは高らかに笑うのだった。




◆剣の乙女シロネ


 クロキ達と宿屋で合流してアリアディア共和国での出来事を聞く。


「そう言う事がありましたの……。まさかあの方が人間じゃなかったなんて……。気付きませんでしたわ」

「はい、迂闊でした、お嬢様……」

「そうだね……。このままだと、私達の行動が相手に筒抜けだったのね……」


 キョウカさんの言葉に私達は頷く。

 アトラナクアの擬態は完璧だった。私も彼女が人間では無い事に気付かなかった。

 彼女を野放しにしておくのは危険だ。捕える事が出来て良かった。


「でもレーナは気付いていたんだよね? クロキをテセシアに残したのもそれが理由なのでしょ?」


 私達と違ってレーナだけは気付いていたはずだ。だからこそ、クロキをここに残したのだ。

 身を隠しているアトラナクアをおびき寄せるために、自らを囮にするとはさすがだ。

 私達にまで秘密にしたのは相手に気付かれないために違いない。

 もし気付かれればアトラナクアは逃げていただろう。

 敵を騙すためにはまず味方からと言うけど、できれば教えて欲しかった。


「えっ?」


 だけど私がそう言うとレーナが驚く表情をする。


「えっ?」


 もしかして違うのだろうか?だったら何をしにクロキと2人きりでアリアディア共和国に行ったのだろう?


「ああ、そうですね! その通りですよシロネ!!」

「やっぱりそうなんだ。さすがだね、レーナ」


 私はうんうんと頷く。

 クロキとレーナが一緒にいる理由はそうとしか考えられない。

 レーナみたいな綺麗な女性が、クロキなんかとデートなんかするわけがない。

 少しだけ馬鹿な事を考えてしまった。


「そちらの調査も終わったようですね。結果はどのような感じなのですか?」

「調査結果はリジェナから聞いて。今はリザードマンと一緒にクロキと会っているはずだよ」


 リジェナは今リザードマンと一緒に別室で調査結果をクロキに報告している。

 リザードマンはクロキにしか従わない。

 私達が一緒にいると報告しにくいかもしれないから別室で話しを聞いている。

 リジェナから詳しい話しを聞いていないけど、何かわかったみたいだ。これでいよいよ迷宮に入る事ができる。

 レイジ君達を助けるために多くの人が動いている。女神のレーナもレイジ君を助けるために一生懸命になっている。

 そしてクロキも来てくれた。だからきっとレイジ君達は大丈夫だろう。


「待っててね、みんな。今助けに行くから」




◆暗黒騎士クロキ


「お疲れ様、リジェナ。そして君達も」

「いえ、旦那様のお役に立てるのなら、どんな苦労も苦ではありません」

「モッタイナイオ言葉」


 リジェナとリザードマンが頭を下げる。

 リジェナ達のお陰で迷宮の周辺の地理は大体把握した。

 レイジ達がいる第5階層は、元々牢獄として作られたわけではないので完璧ではない。

 そしてヘイボス神からもらった設計図とアトラナクアから得た情報と合わせれば攻略する方法も見えてくる。


「ちょっと、暗黒騎士! 知っている事を全て話したのだから早く解放しなさいよ!!」


 縛られたアトラナクアが自分に怒鳴る。

 アトラナクアは素直に話してくれた。

 別に迷宮の主である邪神ラヴュリュスに忠誠を誓っているわけではないみたいだ。


「素直に話してくれた事は感謝します。ですがこのまま解放はできません。あなたをナルゴルに送ります」


 自分がそう言うとアトラナクアは不満そうにする。

 だけど、レーナに引き渡さなかったでも感謝をしてもらいたい。引き渡せばアトラナクアは酷い目に会うだろう。

 そして、モデスなら手荒な事はしないと思う。だからナルゴルに送る事にする。

 さて、情報は集まった。明日はいよいよ迷宮に突入である。

 だけど、レイジを助けるために行くのは正直気が進まない。

 そう思うのだった。


少し長くなりました。うまく話を纏められなくて落ち込みます。

ちなみに貨幣単位のテュカムは「掴む」からです。

取りあえずアトラナクアさんは退場です。

次回はやっと迷宮に突入です。

今年中に第4部を終わらせたい……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ