リザードマン
◆暗黒騎士クロキ
「偉大ナル竜人様。貴方様ニ従イマス」
そう言ってリザードマン達は腹を下にして大の字になる。いわゆる五体投地という奴だ。
リザードマンは8匹。全て闘技場から逃げ出した奴隷達である。
朝になり自分は迷宮に入った。
もちろん入ったと言っても地表部分だけだ。
かつてはこの地はミノタウロス達の都だった。
しかし、魔王であるモデスの襲撃を受けて地下へと逃げていった。
そのため、地表部分は廃墟となった。
地表部分もヘイボス神が作っただけあってかなり立派だ。
小さな丘の上に建てられた神殿を中心に街が作られている。
この都が作られたのはかなり昔のはずなのに、大部分の建物が原型を留めている。
石造りの建物の装飾は美しく、かなりの繁栄を誇ったようだ。
だけど、それも昔の話だ。
自分は飛翔の魔法で直接に街の中心へと1人降り立つ。
シロネ達はいない。
シロネは一緒に付いて来たがったが、一緒に結界の中に入れば暗黒騎士と勇者の仲間が手を組んだ事をラヴュリュスに知られる可能性がある。
レイジを救出するには秘密にしておいた方が良いだろう。
それに、シロネは人間の側に立つ者だ。勇者の仲間であるシロネ達の手を借りるわけにはいかない。
これは自分の手でやらなければならない。
そう思い、暗黒騎士の姿になってここに来た。
リジェナも一緒に来たがったがシロネに止められた。
昨晩、自分と一緒の部屋に泊まろうとしてシロネと喧嘩になった。
結局、リジェナはカヤの部屋で寝る事になった。ちなみに、カヤは主人であるキョウカと一緒の部屋に泊まったらしい。
暗黒騎士の姿になったのは、場合によっては力づくで言う事を聞かせようと思ったからだ。
だけどその心配は杞憂に終わる。
自分が彼らの前に現れると、リザードマン達はあっさりと言う事を聞いてくれた。
どうやらリザードマンは、自分の中にある竜の力を感じ取ったようだ。
ナルゴルのリザードマンと同じく、竜を信仰していたので話が早くすんだ。
1匹のリザードマンが忠誠を誓うと、この地のリザードマン全てを集めた。
そして、全てのリザードマンが自分にひれ伏している。
「申し訳ないけど……。しばらくこの地から移動して欲しいんだ。これから、この迷宮の邪神を相手にしなければならないから」
リザードマンを五体投地から起こして言う。
崇められるような存在ではない。
だから頭を下げる必要はない。
「竜人様ハコノ迷宮の奥ニイル者ヲ相手ニスルノデスカ?」
リザードマンの1匹が自分に聞く。
「そうなんだ。その時に君達がいるとこちらが動きにくい」
自分がそう言うとリザードマンは顔を見合わせる。
「ナラバ我ラガ役ニ立ツト思イマス」
その言葉に少し驚く。
「どういう意味?」
「迷宮ハ、河ト繋ガッテイルヨウナノデス。我ラハ、河ノ中ヲ行ク事ガ出来マス。何カ役ニ立テルカモシレマセン」
リザードマンの言葉を聞き考える。
そしてヘイボス神から貰った迷宮の設計図の事を思い出す。
レイジ達が閉じ込められている第5階層の地下庭園には湖がある。その水はどこから来たのだろう?
設計図は迷宮の構造だけで迷宮の外の事は描かれていない。ヘイボス神も迷宮を作ってから地形が変わっているだろうから、とあえて迷宮外の事を説明しなかった。
ヘイボス神は庭園を造る時に近くの河の水を利用したらしい。
迷宮が出来てからすでに何百年も経過している。
だけど地形はそこまで変わっていないのかもしれない。
リザードマンの詳しい話を聞いて、設計図と照らし合わせた方が良いのかもしれない。
「ちなみに、河から迷宮に入る事はできる?」
自分が聞くとリザードマンは首を振る。
「我ラヲ阻ム不可視ノ壁ガ有リマス。水ハ通シマスガ我ラハ入レマセン」
リザードマンの話しから結界が張られているのだろうと推測する。
迷宮の5階層は牢獄になっているらしい。
だけど元々は牢獄ではなかった。どこかに綻びがあるかもしれない。
そして、キシュ河のに張られた結界はその綻びを埋める為に張られたかもしれない。
一度戻ってシロネ達と相談した方が良いかもしれない。
そう考えている時だった。
わずかだが空気が振動するのを感じる。
「何、今の感じ……?」
「竜人様。何者カガ入ッテ来タ様デス」
自分が疑問に思うとリザードマンが説明してくれる。
この迷宮は地表部分にも強力な結界が張られている。
誰かが入って来ると結界の外の空気が入って来る。
そのため、誰かが入って来ると少しだけ空気が振動するらしいのだ。
リザードマンは人間よりも感覚機能に優れている。わずかな空気の振動でも感じ取れるそうだ。
この迷宮にいるかぎり、リザードマンは侵入者に対して先手を取れる。
その上、ここにいるリザードマンの何匹かは、周囲の景色に合わせて体色を変える事ができるそうだ。
今までの自由戦士達も待ち伏せして倒したらしい。
「なるほど……」
そう言うと自分は視線を飛ばす。遠見の魔法は結界の中にいる者なら見る事ができる。
そして、見た。
侵入して来たのは昨日会った自由戦士達だ。ノヴィスもいる。
昨日会った時よりも男の数が増えている。
弓を持った男と槍を持った男。見た所、実力はノヴィスと同じ位みたいだ。
「何故彼らがここに?」
考えられるのはここのリザードマンを退治するためだろう。
「竜人様。侵入者ヲ撃退シマス。コノ場ヲ離レテ宜シイデショウカ?」
そう言うリザードマンの声に怒りを感じる。
彼らは人間に捕えられて奴隷とされた。無理やり戦わされて見世物にされたそうだ。
そして、調べた所によると同じリザードマン同志で戦わされた時もあったそうだ。
彼らの人間に対する怒りは理解できる。
そう。なんとなくだけど理解はできる……。
だけど、その怒りは共有できない。
彼らが人間に復讐したいと言っても自分は手を貸す事はできないだろう。
人間の側にも魔物の側にも行けない自分を感じる。
だから、行動にぶれがでる。
特に信念も無く行動している自分は最悪なのかもしれない。
正義感も無ければ、思想信条も特に持っていない。
むしろ利己的な人間だ。自分の欲のために魔王に従う暗黒騎士だ。
リザードマンを助ける事も、ただ気まぐれだったりする。
「いや、自分が行くよ。君達は下がっていてくれないか……」
リザードマンの言葉に首を振って答える。
「オオ! 竜人様ガ自ラ行カレルトハ!」
そう言うとリザードマンは頭を下げる。
それを見て頭を下げないで欲しいと思う。
ノヴィス達の方へ歩き出す。
最近、覚えたばかりの魔法を使ってみよう。
そう思いながら歩を進める。
正直に言うと、どっちを守るために行くのか自分でもわからない。
ノヴィスと一緒にいる男達はかなり強そうだ。
そして、リザードマン達も闘技場で生き抜いた猛者達だ。
戦えばどうなるかわからない。
自分はノヴィス達の方へと歩く。
しかし、ここはあえてリザードマンの味方という事にしておこう。
運が良い。勇者の邪魔をするのは暗黒騎士の仕事なのだから。
本当なら勇者を助けるなんておかしいはずだ。
だから本来の仕事に戻らせてもらおう。
◆自由戦士の少女シズフェ
全員が集まるのを待っていたら遅くなってしまった。
と言うのもノヴィスが寝坊するのが悪い。4勇者で仲良く前祝いなんかするからだ。
地水火風の4人の勇者を先頭に私達は迷宮へと向かう。
勇者以外では私とケイナ姉とマディにノーラさんにレイリアさんのいつもの仲間。
そして今回はジャスティも一緒に付いて来た。
ジャスティは自由戦士ではないが戦う事もできる。
兄のゴーダンの予備の武器である巨大なモーニングスターを持って来ている。
そのモーニングスターは私はもちろん、ケイナ姉も持ちあげる事が出来ないぐらい重い。
それを軽々と持ちあげるジャスティは、私よりも自由戦士に向いているのかもしれない。
ただ思う事は、どう見てもイシュティア信徒には見えないと言う事だ。
イシュティア様に仕える戦巫女は戦舞バトルダンスという特殊な技を使える。
その戦巫女が使う武器は曲刀シミターだったり、戦扇バトルファンだったり、柔らかい鉄でできた帯だったりする。
その武器の中にモーニングスターは無かったはずだ。
モーニングスターを使って舞う姿はあまり綺麗では無いと思う。
優美な動作を求めらるイシュティア信徒らしくない。
もっとも、こんな事は本人を前にしては言えない。彼女は敬虔な信徒なのだから。
そんな事を考えていると迷宮の地表部分の門へとたどり着く。
「こっからは気を引き締めてくれ」
風の勇者ゼファは私達を見て言う。彼が私達の司令官だ。
私達は頷くと門へと入る。
中に入ると空気が変わる。前と同じく結界の影響だ。
ただ、前と違うのはとても静かと言う事だ。
前回はいきなりゴブリンとコカトリスに襲われた。
巨大な建造物からは何の気配も感じない。
「ところで風の勇者よ、どうやってリザードマンを見付けるんだ? かなり広いぞ」
ゴーダンの言う通り、迷宮の地表部分は広い。
何しろテセシアの街よりも大きいのだ。
逃げ出したリザードマンは8匹。探すのはかなり大変だろう。
「いや、探さない。奴らの方から現れるのを待つ。だから全員武器を取って備えてくれ」
ゼファはそう言うと弓に矢を番えていつでも矢を放てるようにする。
水の勇者のネフィムも槍を構える。
「おい、どういう意味だよ!!」
ノヴィスがゼファに聞く。
「そういきり立つなよ、火の勇者。調べたところによるとだな、リザードマンを退治に来た自由戦士は皆待ち伏せされて返り討ちに会っている。しかも入ってから数刻とたたないうちにだ。何とか逃げ帰って来た奴らが言っていたから間違いねえ。奴らはどうやってかはわかんらないが侵入者が来たらわかるんだよ」
ゼファが周囲を警戒しながら言う。
「なるほどな、だから武器を取れってか。シズフェ、みんな。何時襲われても対処できるように武器を取った方が良さそうだぜ」
ケイナの姉の言葉で私達は各々武器を取る。
私も剣を抜き構える。
そうして私達は進む。
マディとノーラさんとゼファを真ん中に先頭をゴーダン。次に私とジャスティ。左右をノヴィスとネフィム。殿はケイナ姉とレイリアさんだ。
「どこにいるのかな……」
マディが不安そうに言う。
「目には頼りすぎるな。奴らは周囲の景色に合わせて体色を変える。だから俺の能力で奴らを見つける。それからそこのエルフのねーちゃんの力も頼りにしてるぜ」
ゼファがノーラさんに言う。
「責任重大だな……」
いつでも矢を放てるようにしているノーラさんが答える。
ノーラさんの長い耳がぴくぴくと動く。わずかな音も聞き逃さないと言わんばかりだ。
エルフのノーラさんはするどい感覚を持つ。
それから風の勇者ゼファもまたレンジャーとして優れていると聞いている。
「おい、ゼファ! 本当に勝てるんだろうな!? ケンタウロスに負けた時みたいになるんじゃねえだろうな?」
ケイナ姉が不安そうに聞くとゼファは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「そう言ってくれるなよ、ケイナ……。前は油断したが今度は負けねえ。そもそも奴らは普通の奴らとは違う。闘技場で生き抜いた奴らだ。通常の奴らと同じに考えたらいけねえ。だが、今度は違う。入念に調査して対策も練ってある。それにな……」
そしてゼファはネフィム、ゴーダン、ノヴィスを見る。
「この面子だったら負ける気はしねえ」
そう言ってゼファはにやりと笑う。
それを聞きその場にいる勇者達が笑う。
考えてみると確かにすごい面子だ。
勇者の称号は戦士でも最高である。それが4人も集まっている。
レイジ様達を除けば最強の面子かもしれない。
力が強く魔法の盾を持つ地の勇者ゴーダンは、前衛となり全ての攻撃を防ぐ。
火力の高い攻撃魔法を使える火の勇者ノヴィスが攻撃を行い敵を倒す。
水の魔法や治癒魔法を使える水の勇者ネフィムが仲間を癒す。
エルフに匹敵する感知能力を持つ風の勇者ゼファが敵を発見して、戦闘では得意の弓で仲間を援護する。
4人が連携を取ればかなり強い魔物も倒す事ができるだろう。
「本当にそうだと良いんだけどな……」
ケイナ姉がやれやれと水を差すような事を言う。
どうしてもゼファの事を誉める気はないようだ。
そもそも、ケイナ姉も私と同じようにこのリザードマン退治に乗り気ではない。
4勇者を除く私達がまともに相手をする事ができるのはせいぜいゴブリンぐらいだ。それ以上になるとかなりキツイ。
リザードマンを退治すればかなりの報酬がでるらしいが、それでも死んだらお終いだ。
それでも参加したのはノヴィスに押し切られたのもあるが、レイジ様を助けるお手伝いを少しでもしたいと思ったからだ。
あんなにすごくてカッコ良い人が、この世からいなくなるのは損失だ。
彼と出会った時、世界が輝いて見えた。お近づきになるのは私なんかじゃまず無理だろう。だけど見ているだけでも眼福だ。
「そこで止まってもらおうか?」
突然声を掛けられる。
そして全員が前を見る。
視線の先にある広い階段、その階段の上がった所に漆黒の鎧を纏った騎士のような誰かが立っていた。
漆黒の重厚な鎧を身に纏い、黒いマントを身に付けた漆黒の騎士。
騎士の鎧は遠目から見ても立派で何かの魔法を帯びているみたいだ。
その姿はまるで夜の闇を切り取ったかのようだ。
その漆黒の鎧を纏った騎士が幽鬼のように私達の前に立っている。
漆黒の騎士を見た瞬間、背筋がざわつく。熱くはないはずなのに汗が出て来る。
それは皆も一緒みたいで全員が驚いた顔をしている。
「馬鹿な……。何時の間に……。何も感じなかったぞ」
ゼファが呻くように呟く。
ゼファのレンジャーとしての能力はずば抜けている。喋りながらも周囲を警戒していたはずだ。
ノーラさんの方を見ると、ノーラさんも信じられないというような顔をしている。
「何なのだ、あれは? 全く気配を感じなかったはずなのに。現れた途端に空気がぴりぴりする」
ノーラさんは首を振って答える。心なしか顔色が悪い。
私も同じだ。全く気付かなかったのに。気付いた後は目が離せない。
そして、漆黒の騎士が放つ気配が私達を捕える。
「何よ。この感じ……」
嫌な気配だった。暗く重い気配、世界を闇に包みこむような感じがする。
目の前の騎士はレイジ様と真逆の存在に思えた。出会った瞬間に世界を暗黒へと変えてしまう。そんな存在だ。
「何者だよ? リザードマンじゃないみたいだけどな」
ケイナ姉の言うとおりだ。リザードマンは鎧を着ない。鎧を着れば擬態の能力を使えなくなるからだ。
本当に何者だろう?
頭をすっぽりと覆う兜を身に付けているため顔が見えない。そして兜の目の部分には赤い宝石のようなものがはめ込まれているのか、赤く輝く視線が私達の方へと向けられている。
「おい、風の勇者よ! 奴の首元にある紋章を見ろ!!」
ノーラさんが漆黒の騎士を指差す。
私の目では少し遠く見る事が出来ない。
「おいありゃ……。魔王の紋章じゃねえか?」
ゼファが呻く。
魔王の紋章である八芒星。それが描かれた鎧を身に付けていると言う事は魔王崇拝者と言う事だろうか?
「魔王の紋章を身に付けた騎士って……。まるで伝説に出て来るナルゴルの暗黒騎士みたい……」
マディが不安そうな声で言う。
ナルゴルの暗黒騎士は伝説に謳われる存在だ。
その暗黒騎士が現れた時、災厄が起こると言われている。
「暗黒騎士だが何だか知らねえが俺が倒してやる!!!!」
そう言うとノヴィスが飛び出す。
「馬鹿野郎! 早まるな!!」
ゼファが止めるが聞かず。ノヴィスは瞬く間に暗黒騎士へと迫る。
「くらえ! 爆裂!!」
爆裂エクスプロージョンの魔法はノヴィスの最大魔法だ。まともに当たればオーガですら一撃で倒せる威力がある。
魔術師が本業のマディでですら使えない高等な魔法だ。魔法戦士のノヴィスは魔術においても優れている。
ノヴィスの左手から放たれた紅い球が暗黒騎士に向かい巨大な爆発が起こる。
「やったか?」
ケイナ姉が言うが爆発の煙が晴れた先には暗黒騎士が平然と立っている。
そして、暗黒騎士の周りには爆発の跡は無い。防がれたようだ。
「でやあああああああああ! フレイムブレード!!!」
最大の魔法が防がれたにも関わらず、ノヴィスが火の魔力を帯びた剣を暗黒騎士へと振るう。
あの剣の一撃はオークをたやすく斬り裂く程の威力がある。
しかし、暗黒騎士はノヴィスの一撃を指でたやすく弾く。
「くそう!!」
ノヴィスは立て続けに剣を振るう。
だけどその攻撃は簡単に弾かれる。
それでもノヴィスは諦めずに何度も剣を振るう。
その怒涛の攻撃は凄まじく剣圧の余波で周囲に熱風が吹き荒れる。
しかし、その全てが暗黒騎士には届かない。
「何!!」
ノヴィスの驚く声。
後ろからだけど、暗黒騎士がノヴィスの剣を右の人差し指と親指でつまんでいるのが見える。
「くそう!!」
ノヴィスは剣を引き戻そうととするがびくとも動かないようだ。
「剣の振りがめちゃくちゃだよ……。偉そうな事は言えないけど、少し基礎からやり直した方が良いと思うよ」
暗黒騎士がそういうと左腕を振るいノヴィスを叩く。
「がっ!!!」
ノヴィスが変な声を出して吹っ飛ぶ。
ノヴィスは吹っ飛ばされると私達を越えて地面に叩きつけられると2度跳ねて転がり、そのまま動かなくなる。
「ノヴィス!!」
私の横にいたジャスティがノヴィスへと駆け寄る。
「レイリアさん! ノヴィスをお願い!!」
レイリアさんは頷くとノヴィスの方へと行く。
「どうする? このまま立ち去るのなら追わないけど」
暗黒騎士がノヴィスの剣をこちらに放り投げて言う。その声は静かなのにはっきりと聞こえる。
「くそ、何者だよ手前! えれえ強えじゃねえか? 本当に伝説のナルゴルの暗黒騎士かよ?!!」
ゼファの声が廃墟に木霊する。
ノヴィスは強い。前のコカトリスの時は相性が悪かったが、本来ならコカトリスと同等の強さの魔物だって相手にできる。
そのノヴィスが全く敵わなかった。一体どれくらいの強さなのだろう?
もしかするとレイジ様と同じ位強いのかもしれない。
「どうするんだ、風の勇者? ここは撤退するか?」
「冗談を言うなよ、地の勇者! このまま逃げ帰れるかよ! ネフィム!!」
「わかってます! 水泡散弾!!」
ネフィムが左の掌を前に出すと魔法を放つ。
「俺も行くぜ! 風よ舞い踊れ!!」
ゼファが5本の矢を同時に弓に番え放つ。
いくつもの水泡が暗黒騎士に向かう。
そして矢は不規則な軌道を描きながら暗黒騎士に向かう。
しかし、全ての矢は暗黒騎士に当たる寸前で黒い炎によって消されてしまう。
そして水泡散弾は暗黒騎士にあたる寸前で急に方向を変えてネフィムへと戻っていく。
「魔法反射!!!?」
マディの驚く声。
「危ねえ!!」
ゴーダンが盾を構えネフィムを庇う。
水泡はゴーダンの魔法の盾にあたると消える。
「助かりましたよ、地の勇者……」
ネフィムがゴーダンに礼を言う。
「構わねえよ」
ゴーダンが不機嫌そうに答える。
「おい、ゼファどうするんだ! 全く敵わねえじゃねえか!!」
ケイナ姉が叫ぶ。
「いや、まだだ、ケイナ! まだ……ぐえっ……」
喋っている途中でゼファが首を押さえて苦しみだす。
そして、そのまま空中へと浮かび上がる。
「嘘! 魔法の手 ! あの距離から使えるの?!!」
マディが叫ぶ。
魔法の手 は魔力で作った透明な手だ。
強い魔力を持つ者なら遠くの物を持ちあげたり、直接心臓を握り潰す事もできるらしい。
マディも魔法の手 を作れるがすぐ近くまでしか伸ばせず、重い物は持ちあげられない。当然、人を持ちあげたりなんてできない。
しかし、あの暗黒騎士はそれをやってのけた。
ゼファは暗黒騎士の魔法の手で持ち上げられているようだ。
「ぐああああああ!!」
ゼファが振り回されて最後に地面に叩きつけられる。
「撤退だ! お前ら逃げるぞ! おらあああ!!」
ゴーダンが叫ぶと右手に持つ大金槌を地面に叩きつける。
地面が砕かれ土煙が舞う。
ゴーダンの行動は相手の視界を防ぐためだ。私達はそれに合わせて逃げ出す。
ゴーダンがゼファを抱え。ノヴィスはジャスティが抱える。
「ケイナ姉! マディをお願い!!」
「わかった!!」
運動神経が鈍いマディがケイナ姉に引っ張られて逃げる。
私はそれを見て、一緒に逃げ出そうとする。
ゴン。
突然私の後ろ頭に何かがあたる。
「何……」
私の頭にあたった何かが地面に落ちる。
大きな石だ。
どうやらゴーダンが地面を砕いた時に飛んで来た石が私にあたったようだ。
頭がくらくらする。
視界がゆっくりと動き。地面が近づいて来る。
そして私の意識が闇に飲まれる。
◆暗黒騎士クロキ
「ふう、逃げたか……」
自由戦士達の気配が消える。
元々殺すつもりは無く、追い払うつもりだったのでこれで良いのだが。
土煙が消える。
「えっ?」
そこで自分は気付く。
1人の女性が倒れている。
自分は女性の側に行く。
そして、地面に膝を付き女性の顔を覗き見た。
綺麗な顔立ちの女性だ。正直に言うと自由戦士をするようには見えない。
この女性は確かノヴィスからシズフェと呼ばれていたはずだ。
どうやら地の勇者と呼ばれていた大男が地面を砕いた時に、飛ばされた石にあたって気を失ったらしい。そして、そのまま置いて行かれた。
頭から血が出ているが、医療の知識がない自分には女性がどのような状態かわからない。
「まずいな……」
当たり所が悪ければこの女性は死ぬだろう。
そして自分は治癒魔法が使えない。
こんな時にクーナがいれば治癒する事ができるのだが、今はいない。
シロネならある程度は治癒魔法が使えるらしいが、この女性を治癒できる程かどうかわからない。
「どうすれば良いのやら……」
リジェナのように使い魔にする事は出来れば避けたい。
「やっぱり、連れ帰って彼女に頼むしかないか。あまり頼み事はしたくないのだけ……」
そう思いクーナの元になった美女を思い浮かべる。
クーナのオリジナルである彼女ならば、治癒魔法を使う事ができるだろう。
自分はシズフェを抱えると移動した。
◆剣の乙女シロネ
「シロネ様! シズフェを助けて下さい!!」
ノヴィスがいきなり訪ねて来て、いきなり頭を下げる。
訪ねて来たのはノヴィスだけでは無い。
シズフェの仲間の女性達も一緒だ。彼女達も私に頭を下げている。
彼らの説明によると、今日の昼ごろにリザードマンを退治しに行ったらしい。
そこでクロキに遭遇したようだ。
全く運が悪い。
「シズフェは俺の大切な仲間なんだ……。俺達じゃどうにもならねえ……。頼むよ……」
ノヴィスは悔しそうに言う。
「わかった、今から助けに行く。それからちゃんとわかっているね?」
私は睨んで言う。
「ああ、わかっている。ちゃんと詫びるよ……」
ノヴィスがしおらしくなる。よほどシズフェという女性が大切なようだ。
だからこそ良く考えて欲しい。
あなたがシズフェを大切に思うように、私にとってもクロキは大切なんだ。だから酷い事をしたら私は怒る。
彼にはよく反省して欲しい。
「よろしい。じゃあ準備するから、君達は帰って良いよ」
「あの……俺も一緒に……」
「駄目。足手まとい」
私が冷たく言うとノヴィスは悲しそうな顔をする。
「わかりました……」
そしてすごすごと彼らは部屋を出て行く。
「少し可哀そうだったかな?」
そう思うがクロキに酷い事をした罰だ。
これぐらい良いかなとも思う。
「いえ、あれぐらい当然だと思います」
横にいるカヤさんが言う。
「そうだよね、カヤさん。それに、本当はクロキが先に連れ帰っているんだけどね」
実は、シズフェという女の子は彼らが帰り着くよりも先にクロキが連れ帰っている。
そして、レーナの魔法によって治癒されている。
だから、私も助けに行くふりをするだけだ。
助けを求めている女の子が既に助けられていると知ったらどう思うだろうか?
そして、クロキはリザードマンを助け出す事で迷宮の攻略の手がかりを掴んだらしい。
さすがクロキだ。
「じゃあちょっと行って来るよ、カヤさん。動く振りだけでもしないとね」
私はそう言って部屋を後にした。
◆戦乙女シズフェ
「あら、目が覚めたようですね……」
目を覚ますとそこにはすごく綺麗な人がいた。
美しい白磁の肌に光り輝く髪。怖ろしいほど整った顔立ち。
黒髪の賢者様等を見た時もすごい衝撃だったけど。この目の前の女性はそれを上回る。
誰なのだろう?
「あの、あなたは……?」
私が尋ねるとその綺麗な人は優しく微笑む。
その微笑みにドキリとする。
「良いのですよ、人の子よ。貴方には感謝しなければなりません」
「感謝?」
「ええ、だって彼が私に頭を下げたのだもの。とても良い気分です」
女神はふふふと笑う。とても嬉しそうだ。
だけど意味がわからない。
「だから貴方には少し恩寵を与えましょう」
女神が私の額に触る。何だか力が湧いて来る。
「ふふ。それでは後は任せましたよ、使徒レイリア」
そう言うとその女性は立ち上がりフードを被る。
フードを被ったその姿には見覚えがある。シロネ様と一緒に居た人だ。
「シズフェさん!!」
フードを被った人が私が寝かされた部屋から出て行くとレイリアさんが私の所に来る。
どうやら最初からこの部屋にいたようだ。
レイリアさんは私が寝かされている寝台へと来る。その様子はただ事ではない。
「レ……レイリアさん?」
「シズフェさん! なんて羨ましい! あの方に手を取ってもらえるだなんて!!」
レイリアさんが私の手を取る。
いつも彼女は落ち着いているのに様子が変だ。
「どうしたの、レイリアさん?私は一体どうなったの?」
「シズフェさん……。あなたは迷宮で死にそうになっていたのですよ。それをシロネ様に助けていただいたのです」
「そうなんだ……」
私はシロネ様に感謝する。
「でも無事で良かったです」
レイリアさんは少し笑う。
「そう言えばさっきの綺麗な人は誰なの?」
私は気になっている事を聞く。
「あの人は……。いえ、あの御方は女神レーナ様です。シズフェさんはあの御方に直接治癒してもらったのですよ……。なんて羨ましい」
レイリアさんが首を振りながら答える。
そして、レイリアさんの言葉に耳を疑う。
「嘘……。あの方が女神様……?」
私は自らの幸運に驚愕した。
◆暗黒騎士クロキ
「どうしてこうなった?」
なぜ自分が自由戦士の女の子を助けるためにレーナに頭を下げなくてはならないのだろうか?
そもそも、レーナは人間を守る女神なのだから進んで傷ついた人を助けるべきではないだろうか?
だけどレーナはそんな事はしない。
神が人々を救う、それは人間の作り出した幻想だ。
神は人を救わない。
そもそも、人間が作られた経緯を考えたら、人間のために神が存在するのではなく、神のために人間が存在するのだ。
だからレーナが死にそうな人間を助けなくても当たり前の事だ。
シズフェを助けて欲しいと言ったら、レーナは何で自分がそんな事をしなければいけないのだろうと言う顔をした。
そのため、自分が頭を下げてお願いしたのである。
その時のレーナのにんまり笑った勝ち誇った顔は忘れられない。
そもそも暗黒騎士である自分がなんで自由戦士を助けるために女神に頭を下げなければならないのだろう?
普通逆だろと言いたい。
「全く、何をやってるんだろう……」
自然とため息が出てきた。
何だか話しが詰まっています。
自分の表現力の無さに絶望しそうです。