愛と美の神殿
◆暗黒騎士クロキ
シロネ達と共に自由都市テセシアへと来た。
自由都市テセシアはあまり綺麗な都市ではない。
きちんと都市計画にそって作られた街ではないのは確かだ。
都市の出入りが自由であり居住も自由であるせいか、色々な人間が入って来る。
中には他の地域で犯罪をして追い出された人もいるようだ。
そのため、テセシアの治安はあまり良くない。
そもそも、このテセシアは他の地域から魔物が少ないこの地域へと流れて来た難民を収容するために作られた都市だ。
そして、この都市を作ったアリアディア共和国の首脳陣が、彼らを厄介な客人と思っているのは間違いがなかった。
何しろ、このテセシアはこの地域で唯一他の地域よりも危険な迷宮の側に作られている。
もっとも、難民を収容できる余った土地がここにしかなかっただけかもしれない。
危険な土地であるせいか、このテセシアに流れ着いた難民の男性は自由戦士になる者が多い。
もっとも、他に就ける職が自由戦士しかないだけかもしれない。
手に何の技術も無い人でも、健康な体があれば剣を一本持っているだけで自由戦士を名乗る事ができる。
そして、女性の中には生活のために娼婦になる者がかなり多い。
これも自分の体が一つあればなれる元手がかからない職業だ。
そんな娼婦達が信仰するのが女神イシュティアである。
女神イシュティアは、レーナや女神フェリアと同じく三美神の1柱であり、そしてエリオス十二神の1柱だ。
この世界の人間の宗教はエリオスの神々を崇める多神教である。
そのエリオスの神々で人間が信仰しているのは男女で6対になる12神。
自分は人間達から聞いた神々の事を思いだす。
1.法と秩序の男神オーディス、結婚と出産の女神フェリア
2.鍛冶と財宝の男神ヘイボス、美と愛の女神イシュティア
3.海と豊漁の男神トライデン、大地と豊穣の女神ゲナ
4.酒と料理の男神ネクトル、医と薬草の女神ファナケア
5.力と戦いの男神トールズ、知恵と勝利の女神レーナ
6.歌と芸術の男神アルフォス、知識と書物の女神トトナ
ヘイボス神はドワーフ達の神だが、人間からも信仰されている。
ただ、ヘイボス神は人間の間では財宝神としての性格がある。
ドワーフは地中にある黄金や宝石を見付けて扱う。そのため、人間の間でドワーフの神であるヘイボス神を崇めるとお金持ちになれると言われている。
だから職人だけでなく商人からも信仰されているようだ。
ちなみに、他にもエリオスの神はいるが人間から信仰はあまりされていない。
そして、この12神で特に信仰されているのが神王オーディスとその妻である神妃フェリアだ。
ただ、多神教であるためか複数の神を同時に信仰しても問題ではなく、神王オーディスとレーナを同時に信仰する事も可能である。
しかし、教義の内容によっては同時に信仰する事ができない神もある。
それが女神フェリアと女神イシュティアだ。
この2神の教団は仲が悪い事で有名だ。
そのため、フェリアを信仰する国が多いこの世界では、イシュティア信仰はあまりメジャーではない。
そして、どちらも女性が信仰する女神だが教義の内容はかなり違う。
フェリア信仰では良妻賢母であれと教えられる。
それに対してイシュティアは真逆だ。そもそもイシュティア信仰では結婚という考えが無い。
フェリアの教えでは、1人の夫に貞節であれと教えられるが、イシュティア信徒は恋人を複数持っても良いのである。
そんな女神イシュティアは娼婦達の神である。そして、フェリア神殿は娼婦という職業を認めていない。
この事がフェリア信徒とイシュティア信徒との争いの原因だったりするようだ。
そのためか、多くの国で信仰される女神フェリアと真っ向から対立する女神イシュティアはあまり信仰されない。
もっとも、所によっては国の守護神だったりもする。
ここから西にある聖サルゴニア王国では国王よりもイシュティア神殿の神聖娼婦の方が偉いらしい。
このテセシアでもイシュティア教団の力は強い。
そして、自分はその自由都市テセシアのイシュティア神殿に来ている。
なぜここにいるかと言うと、迷宮を案内してくれるというレーナの司祭がここにいるからだ。
イシュティア信徒とレーナ信徒はそこまで仲が悪いわけでは無いのでこういう事もできる。
イシュティア神殿はおそらくこの都市で一番立派な建物だろう。
「落ち着かないな……」
思わず声がもれる。
会談の場所であるイシュティア神殿は、愛と美の女神であると同時に娼婦達の女神だ。
イシュティアの信徒に案内されている途中で、何人もの薄着の女性達とすれ違った。
おそらく女神イシュティアの信徒だろう。
女神イシュティアの信徒は女性しかなる事ができない。
そして、この神殿にいる信徒は同時に娼婦でもある事が多い。
このイシュティア神殿の付近の宿はそういう事が目的のようだ。
さすがに今は昼だからそう言った18禁的な内容の事は行われていないみたいだが、それでもラブホテル街で会議をしますと言ったら落ち着かなくなるのは当然だ。
元々このイシュティア神殿は売春宿だったらしい。
経営者も男性であったようだ。
しかし、娼婦達の扱いが悪く、この地に来た女神イシュティアの使徒の怒りを買った。
イシュティアの使徒は娼婦達を率いて反乱を起こし、売春宿を乗っ取った。
売春宿はイシュティア神殿に改修され、神殿は今ではこのテセシアの娼婦達の元締めになっている。
元締めと言っても決して悪い物ではない。
神殿の組織は娼婦達で構成され互助組織のような物だ。
無理やり女性を娼婦にする事もしない、それどころか娼婦に非道な事をした男を懲らしめたりするそうだ。
それにイシュティア信徒の女性に非道な事をすれば、女神から不能の呪いを受けると言われている。だから、イシュティア神殿の娼婦達を粗略に扱う男はまずいない。
むしろ女神のように崇められていると言って良いだろう。
自分達はイシュティア神殿の廊下を歩く。
男達からの貢物のおかげでこのイシュティア神殿は大変立派だ。
装飾も優美で女性らしい繊細さがある。
「クロキ。誘われても絶対に付いて行かないでね」
左隣を歩いているシロネが小声で睨みながら自分に言う。
もちろん付いてい行く気はないが、そんな事を言うのだったらここを会談場所に選ばないで欲しいと思う。
案内役のレーナの司祭がこのイシュティア神殿と仲が良いから特別に部屋を貸してもらったのだ。
このテセシアにはレーナ神殿は無い。
なぜなら、レーナ神殿はアリアディア共和国や他の国にすでに立派な神殿があるため、このテセシアにはあえて作る事をしなかったかららしい。
フェリア神殿も同じ理由からテセシアにはない。だからこそ、このテセシアにはイシュティア神殿が作られた。
「そうですよ、クロキ。もし付いて行ったら怒りますよ」
右隣のレーナも小声で自分に釘を刺す。
なんでレーナが自分にそんな事を言うのかわからない。
そのレーナはフードを深く被り顔を隠している。
女神が地上に降りていたら騒ぎになる。だから身分を隠している。
だけど、今レーナはレーナ神殿の司祭や神官戦士を連れて来ている。ちなみに全員使徒だ。
こんなに大勢付いていたら、いかにも重要人物ですと言っているようなものだ。
見ている娼婦達がレーナを見て何者なのだろう?と相談している。
もっと自分みたいに目立たなくするべきだろう。
自分も暗黒騎士である事を隠してここにいる。今の自分は、勇者の妹であるキョウカに仕える従者だ。
身分を隠すために荷物持ちをあえて買って出て、服も薄汚れた古着である。当然剣はおろか武器になるような物は何も持っていない。
これなら自分が暗黒騎士だと誰も思わないだろう。
ちなみに自分が暗黒騎士である事は、レーナと一緒に付いて来たレーナ神殿の神官達は知らない。
このイシュティア神殿には自分とシロネとキョウカにカヤ。
そして、レーナとレーナにつき従うアリアディア共和国のレーナ神殿に所属する神官が10名。
かなりの大所帯だ。おかげで会談の場所が限られてしまった。
ちなみに、リジェナもこのテセシアに来ているが、今晩自分達が泊まるための宿に荷物を運ぶ手伝いをしている。
イシュティア神殿は信徒じゃなければ女性は泊めないそうだ。
男性は特別に認められた者なら宿泊できる。もっとも、よほどの事が無い限り認めないそうだ。
だから、この神殿の付近にある宿を取る事にしたのである。
何でもトルマルキスとか言うレーナ神殿の御用商人が宿泊先を手配してくれたらしい。
廊下を歩きしばらくするとある部屋へとたどり着く。
かなり広い部屋だ。神殿内にある多目的ホールと言った所だろう。
部屋に入ると部屋の中には自由戦士らしき男女が控えている。
おそらくこの自由戦士達が迷宮への案内役なのだろう。
そして自由戦士達を見て少し首を傾げる。
聞いていたよりも人数が多い。
自分は前もってどんな人がいるのか聞いていた。
自由戦士で一番前にいるのが案内役の神官戦士レイリアだろう。盾を持ちその盾にはレーナの聖印が刻まれている。
そして神官戦士レイリアの仲間は全員女性だと聞いていた。
だけど2名の男性がいる。
そして、女性も1人多いような気がする。イシュティア神殿の関係者だろうか?
「お待ちしておりました。キョウカ様にシロネ様」
神官戦士レイリアがキョウカの前で膝を付く。
一応このメンツのリーダーはキョウカと言う事になっている。
この神官戦士は使徒らしいからレーナの正体に気付いているはずだ。だけど彼女を使徒にした天使の指令があったのかレーナを無視してキョウカに膝を付いている。
自分達は前面にキョウカ、そしてシロネとカヤが横に立つ。自分とレーナが後ろに控え、さらに後ろにはレーナ神殿の司祭と神官戦士が控えている。
レーナはいかにも重要人物のように見えるが、キョウカを前面に出す事で目立たなくしている。
「レイリアさん。こちらも準備が整ったよ。迷宮は今どんな状態なのかな?」
シロネがレイリアに声を掛ける。
「それが……」
レイリアと言う女性が何か言いにくそうする。
「何かあったの?」
「はい……実は今、迷宮の地表部分はリザードマン達が占拠しているのでございます」
「リザードマン? 確か前に聞いた話しでは地表にはコカトリスがいるって聞いてたけど?」
「はい……実は……」
レイリアは説明する。
迷宮の地表部分には元々はコカトリス達が生息していたそうだ。
だけどレイジ達がコカトリスの大部分を狩ってしまったから今はあまりいないらしい。
代わりに闘技場から逃げ出したリザードマン達が住み着いた。
リザードマンは普段はキシュ河に住み、行き交う船を襲っている。だけど、常に河にいるわけではない。地上の住処として迷宮の地表部分を選んだようだ。
そのリザードマンは迷宮に入る人間に攻撃をしかけている。
自由戦士の何人かが倒そうとしたがうまくいっていないようだ。
「確か、リザードマンって大きな蜥蜴の人の事ですわよね?」
「はい。その通りです、お嬢様。2本脚で歩く大きな蜥蜴の事でございます。また、上位のリザードマンには翼があり空も飛ぶそうです。この者達の話しでは上位のリザードマンはいない様ですが」
カヤの言う通りリザードマンは蜥蜴と人を掛け合わせた亜人だ。
ナルゴルの南の湿地帯にもリザードマンがいる。
そして八魔将軍の1将も上位のハイリザードマンだ。
ハイリザードマンは、ドラゴンの翼のような翼が生えているため空を飛ぶ事ができる。
また知能も高く戦士としても優れている。
自分は竜魔将軍を名乗るリブルムの事を思い浮かべる。
ハイリザードマン出身の彼は竜を信仰している。
そのためか、竜のグロリアスに乗る自分に対しても敬意を払ってくれる。
リブルムはレイジ達が攻めて来た時、魔王城で近衛騎士のジヴリュスと共に守りについていた。自分がレイジが魔王城に入る前に倒したので直接には戦っていない。
「リザードマンか……。でも私やカヤさんなら問題なく勝てるよ。今から行って、さっさと倒して先に進もうよ」
シロネが気楽に言う。
確かにシロネ達なら楽勝だろう。
だけど……。
「お待ちください、シロネ様……。リザードマンを討つのは待っていただけないでしょうか?」
自分は小声で言う。
今の自分は従者なので様づけでシロネを呼ぶ。
自分が言うとシロネ達がこちらを見る。
頭を下げる自分を見るシロネは少し哀しそうだった。
「どうしたの、クロキ? 一刻も早くレイジ君を助けに行かないと」
シロネは自分に問う。シロネは明らかにリザードマンを退治する事に何も疑問を持っていない。
だけど思うのだ。リザードマンを殺す事は自分にとって正しい事だろうか?
この世は弱肉強食だ。それを否定するつもりはない。
狼に羊を食うなとは言えない。人間が生きるために魔物を退治する事を止めるつもりはない。
だけど、今回は少し違うような気がする。
何故リザードマン達はここにいるのだろうか?
この地域はリザードマンの生息していた地域では無い。
リザードマンは闘技場で見世物にするために連れて来られた。それは生きるために魔物を退治する事とは別ではないだろうか?
リザードマンは闘技場を逃げ出した後で人間を襲っているらしい。
だから、シロネや人間を守る勇者であるレイジから見れば、その経緯がどうであれリザードマンを退治する事は正しい事かもしれない。
だけど、自分は暗黒騎士だ。モデスに召喚されたせいだろうか人間の味方に立つことが難しい。
それに竜魔将軍リブルムとの事もある。だから、リザードマンを退治する事に賛同はできない。
何より、勇者を助けるためにリザードマンを無理して退治する必要はない。自分達が迷宮に入る間は他に移動してもらえば良いだけだ。
「いえ……。闇雲に突っ込むのはまずいのではないかと。少し周辺を調べてからの方が……」
自分はなるだけで小声で言う。
「えっ……でもレイジ君が……」
「お待ちなさい、シロネ。闇雲に突入してもレイジと同じ事になるだけです。ここは充分に調べてから進むべきです」
後ろにいたレーナも声を出す。
「シロネ様。確かにレ……大聖女様の言葉にも一理あります。私達まで捕らわれたら誰がレイジ様を助けるのでしょう?ここは迷宮の地図もあるのです。周辺を調査をしてからの方が良いかもしれません」
カヤも助け舟を出してくれる。
レーナはお忍びで来ている。だからレーナとは呼ばず大聖女と呼ぶ事になっている。
「うーん。わかったよ……。少し待つ……」
レーナとカヤから反対されてシロネが渋々了承した。
本当はすぐにでも迷宮に行きたいのだろう。シロネは少し先走りすぎる。それは今でも変わっていない。
前はシロネが危ない事をしようとするときは自分が止めていた。
レイジ達と一緒に居る時のシロネはどうだったのだろうか?
だけど、前の世界でもこの世界でもシロネが危険な目にあったと言う話は聞かない。
きっと誰かが止めていたのだろう。
「あの! 剣の乙女シロネ様! お願いしたい事があります!!」
突然、自由戦士の1人が声を上げる。
赤毛の男性だ。まだ若い。自分とそんなに年齢は違わないだろう。
「ちょっと、ノヴィス!!今そんな事を言わなくても!!」
横にいる女性が男性を止める。しかし、ノヴィスと呼ばれた男性は止まらない。
「シズフェは黙っててくれ! お願いです! 俺に剣を教えてくれませんかっ!!」
ノヴィスという男性はさらに頭を下げる。
自分達は突然の事にびっくりする。
「ノヴィスさん! 今はそのような事を言う時では! それは勇者様を助けた後に改めてお願いするべきです! すみません、シロネ様。この方は火の勇者ノヴィス殿です。この前にレイジ様の戦う姿を見てそれに触発されたようなのです。何しろ素晴らしいお方でしたから……」
レイリアが頭を下げる。
「レイジ君にか。それなら仕方がないか」
シロネが嬉しそうに言う。好きな男が褒めらて嬉しいのだろう。
レイジは色々な男性から嫌われているが、全ての男性から嫌われているわけではない。何しろ強くて女性にもてる。中には憧れる男性もいる。
このノヴィスという火の勇者を名乗る男性もそうなのだろうか?
「それじゃ、教えてくれるんだな?!!」
ノヴィスは嬉しそうにシロネを見る。
「う~ん……でも、私は教えるのあんまりうまくないし。教えるのはちょっと……。ごめんね」
シロネはノヴィスに頭を下げる。
確かにシロネはあまり教えるのが上手くない。シロネには剣の才能があるが、教える事はまた別だ。
「そ……それじゃ、俺を従者にしてくれませんか! 何でもします!!」
ノヴィスが頭を下げる。
おそらく従者になって無理やり剣を教わるつもりなのだろう。
簡単には引き下がるつもりはないようだ。
「ごめんね。従者は今は募集してないんだ」
シロネは苦笑する。
「だったらそいつを解雇して俺を従者にしてください!!」
突然ノヴィスが自分を指差す。
自分はいきなり指差されてびっくりする。
「君……いきなり何を……?」
シロネも驚いているようだ。
「見た所、剣も持っていないし、荷物持ちぐらいしか特に役に立た無さそうだ。俺ならそんな奴よりも役に立ちます! 俺はこう見えても火の勇者と呼ばれているんだ! 戦う事だってできるし、ただの荷物持ちなんかよりもずっと役に立ちます!!」
ノヴィスが自信たっぷりに言う。
「ちょっと、ノヴィス……!!」
ノヴィスの横にいた女の子が止める。
長い髪の結構綺麗な女の子だ。いかにもイシュティア神殿の巫女という顔立ちだ。
「シズフェは黙っててくれ! 俺は強くなりたいんだ! だから何としても剣を習わなきゃならない!!」
ノヴィスは強引に話しを進める。
そして、こちらに向かってくる。
「おっさん!!従者を代わってくれよ!!」
ノヴィスが自分をおっさん呼ばわりする。
おっさんと言われ傷つく。従者っぽく薄汚れた格好をしているがそんな風に見えるのだろうか?
「悪いな、おっさん! 俺はおっさんと違って強くなりたいんだ!!」
そして、自分の胸倉を掴む。
「何を……?」
「どうせ、光の勇者に取り入りたくて無理やり付いて来ているんだろ!!剣も持っていないみたいだしな!!いかにもそんな顔だぜ!!」
正直、なんでこんな状態になっているんだと言いたい。
そもそもからして、自分からシロネ達と行動しているわけではない。助けてくれと言われたから一緒にいるのだ。
なんでこんな事を言われなきゃならないのだろう。
そして心の中から黒い何かが吹き出してきそうになるのを感じる。
「ちょっと君! クロキに何をするの!!」
「シロネ様! 俺はこういう奴を知っています! 強い奴に媚びへつらい! その威を借りて利益を得ようとする奴です! いかにもこいつはそんな面をしています!!」
ノヴィスは決めつける。あまりにも強引なこじつけだ。
自分はそんな顔をしているんだろうか……?そんな風に言われるとかなりショックである。
そして、自分の中の黒い感情を何とかして押さえ付ける。
まずいなと思う。
クーナに飲まされたお茶の影響で、感情の枷が外れやすくなっているような気がする。
もっともこの場合は劣情ではなく激情だが。
「や……やめてくれ……お願いだ……」
自分は情けない声を出す。
この感情を爆発させたくなかった。
心から溢れる黒い心を抑え込む。
「安心してください、シロネ様! こいつは俺が成敗してやりますよ!!」
ノヴィスが自分に拳を振る。
すごく遅い。避けるのは簡単だけど正面から受ける。
拳が顔にあたる。まったく痛くない。
そして自分は拳に殴られたのに合わせて後ろに倒れ、格好悪く転げる。そして、そのまま寝転んだまま起き上がらない。
「これにこりたら、二度とシロネ様に近づくんじゃないぞ!!さあ、シロネ様!!こいつはいなくなりました!!さあこれで俺を従者にするしかないですね!!」
ノヴィスが胸を張ってシロネに言う。
地面から見上げるとノヴィスはすごく良い事をしたかのような晴れやかな表情をしている。
「何を言ってるの君は……。クロキに酷い事を言って私がそんな事をすると思っているの?」
シロネの声が震えている。
その声にはかなりの怒りが含まれている。
部屋の空気が変わる。
シロネの背中から翼が生えている。
その翼から発せられる力場が部屋を震わせている。
「あ……あのシロネ様……?」
ノヴィスが不安そうな声を出す。
声の感じからシロネは完全に怒っている。
シロネがここまで怒っているのを見るのは久しぶりだ。
「少し頭冷やそうか……?」
シロネが腰の剣に手を伸ばすのが見える。
「ひい!!」
自由戦士達から悲鳴が聞こえる。
「待って下さい、シロネ様! 殺してはいけません!!」
それまで黙っていたカヤがシロネの前に立つ。
「シロネさん、落ち着きなさって!!」
キョウカもシロネの腕を押さえて止める。
「皆の者! シロネ様を止めなさい!!!」
神官の1人が叫ぶとレーナの周りにいた神官達が全員シロネの側に行く。
「何をしているのです! あなた達は早く退出しなさい!!」
カヤが叫ぶ。
自由戦士達は急いで部屋を出て行く。
ただ一人ノヴィスだけは茫然としてシロネを見ている。
「ノヴィス! 何をしてるの! 今は下がるわよ! 申し訳ございません、シロネ様! この馬鹿には後で良く言って聞かせますから!!」
シズフェと呼ばれていた女性がノヴィスを引っ張っていく。
シロネはここからだと背中しか見えないが、かなり怒っているみたいだ。
シロネは普段怒らない。とても珍しい物を見た。
「大丈夫ですか、クロキ?」
小さな声で誰かが自分を呼ぶ。
寝転んだ状態で上を見るとレーナがすぐ近くに来ていた。
そして、後頭部に柔らかい物を感じる。
「えっ? レ……レーナ?」
レーナが自分に膝枕をしてくれている。
フードに隠れて顔が見えないが笑っているみたいだった。
レーナの周りにいた司祭や神官戦士は、全員シロネを止めるために離れている。
「すみませんね、クロキ。私が正体を隠させたばかりにこんな事になって……」
「いや……別に何も痛くないです……」
ノヴィスの攻撃では自分に身体的なダメージを与える事はできない。
それに反撃しなかったのはレーナの為と言うよりも、自分の力を暴走させたくなかったからだ。
お礼を言われるほどの事はしていない。
「それでも私にあなたの看病をさせなさい。折角誰も見ていないですから」
そう言って自分を抱き寄せる。
レーナの取り巻きはシロネの方に行っている。だから周りには誰もいない。
レーナの大きな胸に左頬がむにゅりと埋まる。
そのやわらかさには感動を覚える。
殴られた分の役得かなと思う。ここは心の中でうひょーと言っちゃおう。
レーナに抱きしめられると黒い炎が心から消えて行く。
首を回して見るとシロネは自由戦士を追いかけようとしている。それをカヤが押しとどめている。
さて、これからどうするかな?リザードマン達を助けてあげたい。
レーナの胸を堪能しながらそう思った。
◆自由戦士の少女シズフェ
イシュティア神殿を後にした私達は近くの店に集まった。
この店は元娼婦の女性が経営している飲食店だ。この店は軽食やお茶を出してくれる。イシュティア神殿の女性に人気の店である。
店員も女性が多く、ジャスティも神殿の仕事が無い時はこの店で働いている。
イシュティア神殿で育てられた子供は、一定の年齢になると外に出て自分で稼いで暮らさなければならない。
働く職業は何でも良く、娼婦にならなくても良い。
もっとも、ジャスティの場合は兄のゴーダンを怖れて男の人が寄り付かないから、娼婦にはなれなかったりする。
そのジャスティは兄のゴーダンと共に私達と一緒にシロネ様に会っていた。そして今はこの店の手伝いをしている。
「ちょっと、ノヴィス! シロネ様はかなり怒っていたよ! どうするのよ!!」
大人数が座れる卓に全員座ると私はノヴィスを叱る。
先程のノヴィスとシロネ様のやり取りを思い出す。
ノヴィスの言う通り、強い人間にはその強さを利用して甘い汁を吸おうとする人が寄って来る事がある。
過去にノヴィスにもそういう人が近づいた事があった。
言葉巧みに取り入って、無理やり仲間になる。そして俺は火の勇者の仲間なんだぞと言って威張るのだ。
自分には何の力も無いくせにそう言う事をする人間はいる。
そして、こういう事をする人間は一見普通の良い人に見えたりするのだ。むしろ見るからに怪しい人にはできない。
ノヴィスが殴った人は結構顔が良かった。シロネ様が側に置いときたくのもわかる。
そして、ああいう顔だけが良い男は悪い奴が多いと言うのがノヴィスの持論だ。
光の勇者様の名声を利用して利益を得ようとする人間。確かにノヴィスが殴った人はそう言う人かもしれない。
だけど、そう決めつけるのはどうかと思う。
私はそう思いノヴィスを怒るが、当の本人は魂が抜けたみたいに座っている。
シロネ様から殺されそうになったのがかなりショックだったのだろう。
だけど、しっかりしてもらわなくては困る。
「ちょっと、ノヴィス!?」
今度は体を揺する。
「ああ、シズフェか……」
「ああ、じゃないわよ……。しっかりしてよ、もう」
本当にしっかりして欲しい。
「それにしてもすごかったな……。部屋が揺れてたぜ。あれで剣の腕も立つってんだからな。こりゃ本当に弟子にしてもらわなくちゃな」
ノヴィスは笑いながら言う。
そんな事を考えていたのか……。全然こりてない。頭が痛くなる。
こいつは前からこんな感じだ。
自分の都合の良いように世の中が動くとでも思っている。
「ちょっと、まだ弟子になるの諦めてないの? 明らかにシロネ様は怒っていたわよ」
私は飽きれて言う。
「何言ってんだよ、シズフェ! 諦めるわけないだろ!!」
ノヴィスはにっと笑いながら言うとぐっと腕を上げて拳を作る。
殴った事を悪いと全く思っていないようだ。
「だがな、ノヴィス……。シロネ様の様子はただ事じゃなかったぜ。お前が殴った奴、ありゃ、ただの荷物持ちじゃないかもしれねぇぜ」
ケイナ姉が言う。
確かにあの男性を殴った時のシロネ様の様子はただ事ではなかった。
ただの荷物持ちではないのかもしれない。
「でもよう。確か光の勇者の旦那の仲間に野郎はいないんじゃなかったか?」
ゴーダンが言う。何故か私達と一緒にいる。
ジャスティの兄と言う事で会って話しをしてみると意外と良い人だった。
そして、ゴーダンの言う通りレイジ様の仲間は全員女性のはずだ。男性はいなかったと思う。
「ゴーダンの言う通りだぜ! 光の勇者の仲間には野郎はいないはずだ! レイリアさん、奴は何者なんだい?」
ノヴィスがレイリアさんに聞く。
「それが……。私共もわからないのです。いつの間にか現れてシロネ様の従者をしているのです。どうやらシロネ様の昔からの知人らしいのですが……」
レイリアさんは首を振って答える。
「知人かあ……どんな関係なんだろ。恋人とか?」
マディがにやにやしながら言う。
「いや、それはないでしょ、マディ。シロネ様はレイジ様の恋人の1人なんだから」
私はマディの言葉を否定する。
確かレイジ様の側にいる女性達は皆レイジ様の恋人のはずだ。
「恋人じゃないにしろ、親しい間柄なのかもしれないな。ノヴィス、謝った方が良いのではないのか?」
「えっ、なんでだよ、ノーラさん?」
ノヴィスが首を傾げて言う。本当に何も悪くないと思っているみたいだ。
昔からノヴィスはこうだ、自分勝手で周りを気にしない。
私はノヴィスのこういう所があまり好きにはなれない。
もちろん、ノヴィスには良い所もある。可愛い女の子にはとても優しい。女の子を守るためなら危険を顧みない。
だから、ジャスティや他の女の子はノヴィスを好きになるのだ。
もっとも、シロネ様がノヴィスを好きになる事はないだろう。ノヴィスよりも強いし、何よりもレイジ様がいる。
「はあ、謝らないのだったらシロネ様はあなたに剣を教えてくれないと思うのだけど、どうするつもりなのよ」
私は睨むようにノヴィスを見ながら言う。もっとも、私が冷たい目で見てもこいつが気にしたりはしないだろう。
「心配するなよ、シズフェ。たかが荷物持ちの従者を殴ったくらいでそこまで根に持ったりしねえよ。シロネ様も俺が役に立つ所を見せれば考えを変えてくれるはずだぜ」
ノヴィスは自身たっぷりに言う。
「そうかな……」
私は首を傾げる。シロネ様はすごい剣幕で怒っていた。許してくれるのだろうか?
そもそも、従者なら殴っても良いとは思えない。
「役に立つ所を見せたいか。それだったらリザードマンを退治しにいかねえか?」
突然声を掛けられる。
声がした方を見ると私達の座っている席の近くの席に2人男性が座っていた。
何時の間に来たのだろう。話しに夢中になって気が付かなかった。
声を掛けたのは茶色の髪に頬に傷がある男性だ。
野性味があり中々かっこ良い。
弓を背負い、剣を腰に差している所からして自由戦士なのだろう。
もう一人は水色の長い髪で女性のように顔が整っている。
槍を持っている所から見ても彼も自由戦士なのかもしれない。
「お前はゼファじゃねえか! 何のようだ!!」
突然ケイナ姉が立ち上がり弓を持つ男性を睨む。
「よう、ケイナ。久しぶりじゃないか?」
男はケイナ姉に微笑む。
ゼファと言う名には聞き覚えがある。
風の勇者ゼファ。ケイナ姉と過去に仲間だった男性だ。
ケイナ姉から女癖が相当に酷い聞いている。ケイナ姉の言葉からあまり良い感じがしない。
「よう、じゃねえよ。お前確かケンタウロスに半殺しの目にあったって聞いたがもう良いのかよ?」
そういえば彼はケンタウロス討伐に失敗して怪我をしたと聞いている。もう治ったのだろうか?
「ぐっ、それを言わないでくれよ、ケイナ……」
ゼファの顔が険しくなる。
「そういや、いつもいる女達はどうしたんだよ?」
「……」
ケイナ姉が聞くけどゼファは顔をそむけ何も言わない。
「なるほどな。わははっははは。ケンタウロスに負けて愛想を尽かされたのかいい気味だぜ。これにこりて、女漁りをやめるんだな」
ケイナ姉は豪快に笑う。
ゼファはどこかくやしそうだ。
風の勇者ゼファとケイナ姉は私が自由戦士になる前に戦士仲間だったはず。一緒に迷宮に入ったりしていたそうだ。しかし、過去に何かあったのか今は仲が悪いみたいだ。
「もうやめなよ、ケイナ姉。所でそちらの人は?」
私はゼファと一緒にいる人を見る。
「私は水の勇者ネフィム。御嬢さん、あなたに出会えた事を光栄に思います」
そう言って私の側に来ると膝を地面につけると手を取る。
「なっ!?」
ネフィムが私の手を取るとノヴィスが驚きの声を出す。
水の勇者ネフィムの名は聞いた事がある。西のセアードの内海で有名な自由戦士だ。
「あなたが水の勇者ネフィム様ですか? 確かマーマンに負けたとか?」
私がそう言うとネフィムは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「ぷぷっ」
ノヴィスの笑い声が聞こえる。
「はは……なかなか厳しい御嬢さんだ」
そう言ってネフィムは私から手を離す。
平静を装っているけど顔が引きつっている。
「ところで風と水の勇者が俺達に一体何のようだ?」
ゴーダンが聞く。
ゴーダンの言う俺達には私達も含まれているのだろうか?疑問に思うが何も言わないでおこう。
「君は確か地の勇者ゴーダンだったかな? 俺達に手を貸して欲しいのさ。リザードマン退治のな」
ゼファがふっと笑う。
「リザードマンを退治? どういう事だ、ゼファ?」
「簡単な話しだぜケイナ。このままやられたままじゃ終われないって事さ」
ゼファは悔しそうに言う。
「なるほどな、仮にも勇者を名乗る者が負けっぱなしじゃ格好がつかないもんな」
ケイナ姉は頷きながら答える。
ゼファとネフィム。2人の勇者はつい最近魔物討伐に失敗した。
その汚名返上をしたいのだろうか?
「そうです! 我々は汚名挽回しなければならないです!!」
ネフィムが卓を叩き力一杯言う。
私はそれを聞いてずっこけそうになる。
汚名を挽回してどうするのだろう?
誰か突っ込まないかなと思う。しかし、誰も何も言わない。
「そうだ! 今、剣の乙女が来ているのだろう? 彼女にリザードマンを倒される前に俺達の手で倒すんだ!!汚名挽回だ!!」
ゼファも声を大きくして言う。
ゼファも間違えている。
「ふーん、なるほどな。シロネ様に先に倒されたら活躍の機会なくなるからな。急いでいるってわけか」
ケイナ姉がお尻を掻きながら言う。
行儀が悪いのはフェリア様の教えに反するからやめるべきだと思う。
「そういう事だ、ケイナ。お前達と会う前にイシュティアの巫女に聞いたが、剣の乙女はすぐにリザードマンを退治には行かねえそうじゃねえか。だが、急がなきゃならねえ。俺だけで勝てるなら良いが、さすがに心許ない。だったら4人の勇者の連名で倒すしかないだろう」
「だから俺達に手伝えと言うのか?」
「そう言う事だぜ、火の勇者ノヴィス。話しによるとお前は光の勇者の仲間の女に吹っ飛ばされたらしいじゃないか? それから特に活躍して無いと聞く。光の勇者に良い所を取られてばかりじゃ嫌だろう? どうだお前も汚名挽回したいと思わないか?」
ゼファがノヴィスを真剣な目で見て言う。
「確かに汚名挽回はしたいかもな……。それに、シロネ様に俺が役に立つ所を見せる良い機会だ。良いぜ手を貸してやる。汚名挽回だ!!」
ノヴィスは立ち上がり力一杯言う。
「地の勇者ゴーダンよ、お前も来てくれるよな?」
ゼファが聞くとゴーダンが頷く。
「ああ、良いだろう。あのリザードマンは協会でも問題になっていた。お前らの汚名挽回に付き合ってやるよ」
ゴーダンも間違えている。
私は周りを見る。ケイナ姉とマディとレイリアさんが頭を押さえている。
どうやら私と同じように間違いに気付いたようだ。
4人の勇者はそろって「汚名挽回だ!!」と声を揃える。
聞いていて頭が痛い。
「だが、今日は遅い。明日にしよう。だから皆今日は充分に休んでくれ」
ゼファが言うと3人の勇者が頷く。
「そういう訳だ。シズフェにケイナ姉。明日はリザードマン退治に行くぞ!!」
ノヴィスが笑いながら私に言う。
だけどちょっと待って欲しい。
「えっ……私達も行くの?」
そう呟かずにはいられなかった。
◆暗黒騎士クロキ
「それでは、剣の乙女様。何かお入り用でしたらいつでも声を掛けて下さい」
アトラナと名乗った女性が部屋から出て行く。
彼女はこの宿を手配してくれた商人トルマルキスの妻だ。
トルマルキスはレーナ神殿の御用商人らしく、その妻のアトラナは神殿に良く出入りしているそうだ。
自分はノヴィスとか言う勇者に殴られて気を失ったふりをしてここに運び込まれた。
そして、レーナが秘密の話しがあるからと神官達を遠ざけた。
だから、この部屋にいるのは自分とシロネとキョウカにカヤ、そしてレーナとリジェナの6人だ。
神官達は自分がいる事に難色を示したが、レーナの言葉の前では納得するしかないみたいだった。
自分が運び込まれた部屋は従者の部屋にしてはかなり広い。寝台も2人は寝られそうだ。
この部屋を指定したのはリジェナだ。自分の為に頑張ってくれたみたいだ。
「もう起きても大丈夫だよ、クロキ」
シロネが言うと上体を起こす。
「ふう、従者のふりも楽じゃないな……」
「そう言うのだったら従者じゃなくて、私達の新しい仲間って事にすれば良かったじゃない」
シロネが怒ったように言う。
自分が殴られた事をまだ怒っているみたいだ。
理不尽な扱いをされて怒るぐらいにはシロネも自分の事を考えてくれるようだ。
だけど、自分がシロネ達の仲間になれるとは思えない。
なにより、レイジが自分を仲間にしてくれるとは思えないし、いても仲間の中で孤立しそうだ。
「そんな事をすれば目立つよ……。正体を探る奴が出て来る」
だから自分は首を振って答える。
「えー」
その答えにシロネは不満そうだ。
「そうですよ、シロネ。クロキは私のために従者の振りをしてくれているのですから」
レーナが嬉しそうに言う。
実際に正体を隠しているのはレーナの為だ。
少しは恩に感じてもらいたい。
レーナが諦めれば自分もレイジと戦わなくて済む。
「ねえ、クロキ……。レーナと何時の間に仲良くなったの?」
シロネがジト目で聞いて来る。
正直に言うと自分もよくわからない。
まあ、きっとレイジを助けに来てくれた事に対する感謝だろう。他に理由が思いつかない。
「そんな事よりもさっきリザードマンの話なんだけど……。良いかな?」
「なんだか話を反らされた気がするけど……まあ良いわ。リザードマンがどうしたの?」
「できれば退治するのをやめて欲しいんだ」
本題を口にする。
「リザードマンを? どうして?」
「彼らは闘技場で無理やり戦わせるために連れてこられた……。退治する事には賛成できない。だから迷宮に入る間は、彼らを説得してどこかに行ってもらうのでは駄目かな?」
自分は思っていた事を口にする。
「なるほどね……。クロキらしいわ。何も変わっていなくて安心したわ」
自分の話しを聞いたシロネはなぜか嬉しそうだ。
「クロキさんはお優しいのですわね」
キョウカが笑いながら感心したように言う。
だけどキョウカの隣のカヤは冷たく自分を見る。
「クロキ様。リザードマンは人間に対してすでに敵対しております。一時的には良いかもしれませんが、どこかで人を襲います。そのリザードマンを助けるのですか?」
カヤの言う通りだ。
一時的にリザードマンを迷宮から避難させても、いずれまたリザードマンは人を襲うだろう。そうなればやがて、誰かがリザードマンを退治する。
「だけどそれでも退治する事は止めて欲しい……。それが一時的でもね」
自分はそう言ってカヤの視線を受け止める。
そもそも自分は暗黒騎士だ。人の味方ではない。
だからリザードマンを助けてもおかしくないはずだ。
「なるほど。ですが……」
「お待ちなさい、カヤ!!」
突然キョウカが大きな声を出す。
「お嬢様……」
「クロキさんはお兄様を助けに来てくれた人ですのよ。ここはクロキさんの意志を優先させるべきですわ」
「カヤさん。私からもお願い。クロキのお願いを聞いてあげて」
シロネとキョウカが助け舟を出す。
「お二人がそう言われるのでしたら私からは何も言う事はありません……。申し訳ございません、クロキ様」
カヤは自分に頭を下げる。
「いえ……。あなたの言う事も正しいです」
勇者の仲間と言う立場で見るならカヤの言う事が正しい。
リザードマンは人間に敵対している。
リザードマンを退治せずにいれば誰かが犠牲になるかもしれない。
「ですが、今日はもう遅いです。彼らを説得するのは明日になさってはいかがでしょうか?今日はシロネ様と共に夕食を一緒になさってください。リジェナさん、用意はできていますか?」
カヤは1歩離れた所にいたリジェナに言う。
「はい、準備は整っています。旦那様がお好きな物を取り揃えています。神官の方々にも手伝っていただきました」
リジェナが自分を見て言う。
「従者と一緒に食事をするのはおかしいと思うけど……。わかったよ、食事は一緒にしよう」
できればあまり目立つ行為はしたくないが、折角リジェナが用意してくれたのだ、無下にはできない。
「クロキと一緒に食事なんて久しぶり。色々と話そうね?」
シロネは何だか楽しそうだ。
その様子を見てまあ良いかと思う。
明日は迷宮に行ってリザードマンを説得しよう。彼らがナルゴルのリザードマンと同じなら話ができるはずだ。
自分は明日の事を考えた。
◆蜘蛛の女神アトラナクア
暗い闇の中で無数に蠢く者達がいる。
全て私の眷属であるアルケニー族の女達だ。
アルケニ―族は女性しかいない種族だ。上半身は人間の女と変わらないが下半身は蜘蛛である。
この自由都市テセシアの暗黒街に姿を人間に変えて暮らしている。
人間達もまさかこれほどアルケニー族が住み着いているとは思わないだろう。
さきほど事を思い出す。
光の勇者の仲間と一緒にいた女。
間違いない、あれはレーナだ。顔を隠しているが気配でわかる。
まさかあの女神が勇者を助けるために来るとは思わなかった。
ラヴュリュスに報告しなければならないだろう。
だけど考える。
レーナはこの私の手で始末したい。
そうだ……。ラヴュリュスには悪いがそうすべきだ。
今なら護衛の天使達もいない。良い機会だ。
だけど、剣の乙女達がいる間は手を出す事は難しい。
同じようにお付の神官達がいる間も襲うのは難しいだろう。
だが、必ず隙はあるはずだ。なければ隙を作れば良い。
他に警戒すべき相手はいないはずだ。
従者の人間の男がいるが弱そうだ。
なんでも火の勇者に殴られて簡単に倒れたそうではないか。警戒しなくても良いだろう。
「待っていなさい、レーナ。必ずあなたに復讐してやるから……」
そう思うと笑みがこぼれて来た。
アトラナさんには死亡フラグを立てさせました。
次回は暗黒騎士対4勇者です。
最初に書いていたのを全部書き直していたら更新に時間がかかりました。