迷宮都市ラヴュリントス
◆黒髪の賢者チユキ
「ナオさん、どうだった?」
「駄目っすね……チユキさん。脱出できそうな所は無いっす。なかなか見つからないっすね、ルビー」
頭に乗せたネズミを撫でながらナオが答える。
ネズミは結局飼うみたいだ。
ネズミはルビーと名付けられた。名前の由来は、燃えるような紅い毛並が宝石のルビーのように見えるかららしい。
ルビーはなんとなくだけど諦めた表情をしているように見える。
最初は嫌がっていたように見えたが最近は大人しくなった。
「そう……。このあたりも駄目か……」
ここに来て5日になる。
私とナオは一緒に地下5階層から抜け出せないか日々探索をしている。
この5階層は全体に結界が張られているため、転移で抜け出す事はできない。
だから、抜け道が無いか探しているのである。
だけど、抜け道を見つけ出せずにいる。
リノの土の精霊魔法でトンネルを掘って脱出をしようとしたけど、この迷宮は特殊な素材で出来ているみたいで穴を開ける事が出来なかった。
そもそも、この迷宮の中では精霊の働きが弱くてどうにもならないらしい。
ナオの感知能力も結界で阻まれて発揮できないでいる。
レイジと私の魔法で迷宮を壊そうかと思ったが、そもそもこの迷宮は強固で壊せない。
それに例え破壊出来たとしても、そんな事をすれば私達以外の人達は無事では済まないだろう。
完全に手詰まりだ。
あの時に転移門に入ったのは迂闊だった。だけど入らなければ何もわからなかっただろう。
悔やんでも仕方が無い。
それよりも何とか抜け出す方法を見付けよう。
「どうするっすか、チユキさん?」
「仕方が無いわ。一旦ウスの街に戻りましょ」
私とナオはウスの街に戻る事にする。
私は飛行の魔法でナオは背中に翼を生やして空を飛ぶ。
ナオの翼はシロネの翼のように光り輝く純白ではなく、光らず少し青みがかかっている。そして直線距離ならシロネよりも遅かったりする。
ナオはその事でシロネに対して不公平だと言っているが、ナオの翼も充分綺麗だと思う。
空を飛んでしばらくするとウスの街が見えてくる。
このウスの街には城壁がない。
城壁が無いのはこの5階層には人間を脅かす魔物がいないからである。だから城壁も必要無い。
私達は街の中央広場へと降りる。
降りるとその広場にいた人達が私達から離れるように逃げて行く。
皆、私達と一緒にいる事が怖いのだ。人々は私達を遠巻きに眺めている。
話しかけて来る者はいない。
理由は私達がこの街を支配していたミノタウロスを殺したからだ。
ウスの街の人達は下の階層にいるミノタウロス達の報復を恐れている。だから私達になるだけ近寄らないようにしているのだ。
広場の人達の暮らしぶりは、外の世界の人間達とあまり変わらない暮らしをしているように見える。
ウスの街はこの迷宮都市ラヴュリントスの第5階層に有る街だ。
この第5階層から下は、ミノタウロス達が暮らす地下都市が広がっているらしい。
このミノタウロスが済む迷宮都市は、ラヴュリントスという名である事はウスの街で初めて知った。
そして、このウスの街は人間が暮らすためにミノタウロス達に作られた。
ウスの街の人口は約4万人。ここにいる人達は皆外からミノタウロスによって連れて来られた人達であるかその子孫だ。
つまり、このウスの街の人達は全員ミノタウロス族の奴隷……いや家畜である。
彼らはミノタウロス達に生贄を出す事を強要される。
連れて来られたばかりの人達の中には抵抗する者もいたそうだが、ミノタウロスには人間では立ち向かう事はできず。贄にされるだけだったようだ。
しかし、逆らわなければこの5階層で平穏に暮らす事ができる。
上下水完備の石造りの家は大変立派で、アリアディア共和国の高級住宅に匹敵するほどだ。
そして、頭上にある巨大な水晶が時間と共に暗くなったり明るくなったりして昼夜を作り出す。さらには、草木や水が豊富にある。
魔法の力でミノン平野にある大地の力が集められるせいか、土地が大変豊かであるため様々な作物を取る事ができる。
この5階層で人間は大切に飼育されている。年に何人かの犠牲にさえ目を瞑れば豊かに暮らしていく事ができる。
もしかすると地上にいるよりも豊かな生活が送れるかもしれない。
少なくとも人間にこき使われているゴブリンよりも良い暮らしをしているみたいだ。
それにミノタウロスを除けば魔物の脅威が無い。おそらく地上よりも安全だろう。
そこまで考えて首を振る。
例えどんなに豊かで安全でも、それは家畜の安寧だ。私には受け入れられない。
それに、この街に連れて来られたパシパエア王国の人々を助けると約束した以上は、何としても脱出しなければならない。
パシパエア王国の人達もこのウスに連れて来られているみたいだ。
もっとも、連れ去られた人全員ではない。途中で殺された人もいたし、ここよりも下の階層に連れ去られた人もいるようだ。
何よりもエウリアの母親であるパシパエアの女王がいない。生きているのなら下の階層に連れ去られたのだろう。
このウスの街にいるパシパエアの人々は3000人ぐらいである。いなくなった人間の数よりもかなり少ない。
だけど、少なくなった理由はあまり考えたくない。
パシパエアの人々と会ったが全員表情が暗かった。まあ、これからどうなるかわからないから当然だろう。
それにしても、地上ではゴブリンを奴隷にしていた人達がここでは自分達が家畜になる。何という皮肉なのだろう。
私とナオは街の中央にある神殿へと足を運ぶ。
神殿の門には左右に刃の付いた斧の紋章がある。
邪神ラヴュリュスの聖印だ。
また、この双刃の斧はミノタウロス族を象徴する武器でもある。
この斧はミノタウロスの支配階級しか持つ事ができないらしい。
「チユキ様」
神殿の中に入ろうとすると呼び止められる。
振り向くとそこには小さな女の子が1人立っていた。
年は10歳に満たないだろう、中々可愛い顔立ちをしている。
「どうしたの?」
私は意識してなるだけ優しい声で言う。
「あっ……あのお野菜とパンを持ってきました」
少女は手に持っている籠を差し出す。
「そう、ありがとう」
私が受け取ると少女は頭を下げ踵を返すと走って去って行く。
ほとんどの人間は怖がって近づかないが例外もある。
先程の少女がそうだ。
なんでも少女の姉は1ヶ月後にミノタウロスの生贄になる事が決まっていたそうだ。
だけど、私達が来たことで助かったらしい。
少女とその姉がお礼に来たのを覚えている。
それ以来、彼女は私達に食べ物を持って来てくれる。
私達を応援してくれる人もいる。私達に助けを求めている人がいるのなら助けたいと私は思う。
ゴブリンが奴隷にされている時は助けたいとは全く思わなかったが、やはり人間が奴隷にされているのは我慢ができない。
ナオを連れて神殿の奥へと行く。
奥は祭壇になっていて10メートルを超える巨大な像がある。像は牛頭六腕の人間の体をした化け物だ。
邪神ラヴュリュスの像である。
その像の前に誰かが立っている。
身長2メートルぐらいのミノタウロスである。
「これはチユキ様にナオ様。お帰りなさいませブモ」
私達に気付いたミノタウロスが頭を下げる。
「ただいま、ズーン。レイジ君達は何処かしら」
ミノタウロスの名はズーン。
このウスの街で人間を支配していたミノタウロスの1匹だ。
だけどこのズーンは他のミノタウロス達からいじめられていた。
ミノタウロス族は強さで上下関係が決まる。
このズーンはこのラヴュリントスで一番弱く、そして一番の下っ端だ。
私達はこの街に来た時に人々を支配していたミノタウロス達と戦い勝利した。
その時にズーンはただ一匹命乞いをした。だから、命までは取らなかった。
そしてリノが魅了の魔法で支配して情報を引き出した。
ズーンによるとこの5階層に出入りするには外から開けなければならないそうだ。
他にもこのズーンから色々と聞いた。
ミノタウロス族は強さで決まる。そして弱い者は強い者に絶対服従らしい。
場合によっては殺され喰われる事もあるらしい。
どうもミノタウロス族には共食いの性質があるようだ。
私達のいた世界の神話でもミノタウロスは、人間の女性から生まれてきたにも関わらず人間を食べる、共食いだ。それはこの世界でも同じみたいである。
そして、ズーンも人間をうまく飼育できなければ喰われる立場にあったみたいだ。
扱いも悪く、むしろウスの街の人間よりも酷い扱いだったようである。
ブラック企業が経営する牧場の従業員と言った所だろう。家畜よりも下の立場とはとても物悲しい。
だからズーンを人質ならぬ牛質にしようとしても意味がない。
下の階層のミノタウロス達はズーンをあっさり見捨てるだろう。
「申し訳ございませんで、チユキ様……。今日はまだ会っていないのでわかりませんブモ。もしかするとまだ寝ていらっしゃるのかもしれませんブモウ」
ブモブモとズーンが申し訳なさそうに言う。顔が牛なので不気味だ。
さてこれからどうするか?お昼でも食べながら考えようと思う。
◆黒髪の賢者チユキ
お昼になりズーンを除く全員が食堂に集まった。
目の前には薄焼きのパンと野菜とチーズがある。
この世界のパンは薄焼きなのが普通である。
薄焼きのパンは穀物と水から造られるシンプルなパンで酵母が使われていない。
別にこの世界では酵母が無い訳では無い。現に聖レナリア共和国では酵母を使ったふんわりしたパンが売られている。
薄焼きのパンが一般的なのは、保存の為とわずかな燃料で焼くためだろう。
そして、このパンに野菜や肉をはさんで食べるのが普通だ。
パンに何かを挟んで食べるのは私達の元いた世界でもポピュラーな食べ方だ。
私はパンにチーズと野菜を乗せる。
チーズはこの5階層で飼われている山羊から取られたフェタチーズのような物である。
5階層には巨大な岩塩があるので塩には困らない。水もどこから引かれているのかわからないがある。
だから、この5階層から出なくても永遠に暮らしていけそうだ。
「駄目ね……他に抜け穴はないみたい」
昼食を食べながら私はナオと一緒に探索をした結果をみんなに話す。
「そうですか。残念ですね、チユキ。どうしましょう、レイジさまぁ~」
エウリアがレイジに身を寄せながら甘えた声を出す。
それを見てリノとナオが険しい顔をする。サホコもあんまり面白くなさそうだ。
「エウリアさん……。真面目な話しをしている途中よ、あんまりべたべたしないでくれるかしら?」
私はエウリアを睨む。だけどエウリアは涼しい顔だ。
「いやですわ。折角レイジ様が無事だったのですもの、離れません」
そう言ってレイジに抱き着く。
エウリアは2日前にレイジを追いかけてミノタウロスに掴まった。そして、ここに連れて来られた。
そして何故かこの神殿に住み着いている。
かなり危ない目にあったにしては余裕がある。
そして、母親が見つかっていないのに心配する様子もない。
そして気になるのは彼女と共に連れて来られた侍女達だ。
エウリアと同じようにこの状況に全く動じていない。
彼女達もこの神殿に当り前のように住み、エウリアの世話をしている。
部屋の掃除や食事の支度やお風呂の支度等をしてくれるから助かっているが、彼女達は不安では無いのだろうか?
「まあ良いじゃないか、チユキ。のんびりしようぜ」
レイジがリンゴに似た果実を頬張りながら言う。
「ちょっと、レイジ君! ずっとここにいるつもりなの!?」
私は怒鳴る。だけどレイジはそんな私を見て優しく微笑む。
「大丈夫だ、チユキ。ミノタウロス達もずっとこのままにしておきはしない。何か行動を起こすはずだ。それまで待てば良いさ。それに外にはシロネやカヤがいる。何とかしてくれるはずだ。それまでのんびりしよう」
閉じ込められたというのに全く動じていない。いつも通りだ。
ため息が出る。レイジは本当に大物だ。
実を言えば、私は閉じ込められた事でかなり動揺している。普通の人間なら皆そうだろうと思う。
だけど、この中で慌てているのは私だけだ。
エウリア達だけで無くサホコもリノもナオも平然としている。
こう見ると落ち着きのない私の方が変なのかもしれない。
皆レイジが何とかしてくれると信じているのだ。
もしくは、レイジさえ側にいれば別に閉じ込められても問題無いと思っているのかもしれない。サホコなんかはいかにもそう考えていそうだ。
エウリアも日は短いがレイジを信じているのだろう。だからこんな態度なのだ。
私はそこまでレイジを信じる事ができない。
ため息が出る。他の人達は良くても私は正直不安だ。もう5日もこのままなのだ。どうなるのだろう私……。
私は食卓に伏せる。
「チユキ」
すぐ耳元で声がする。
声をした方を振り向くと何時の間にかレイジが私の側に来ていた。
「大丈夫だ、チユキ。俺を信じろ。そして外にいるシロネ達を信じるんだ」
そう言ってレイジが顔を寄せてくる。
綺麗な顔が迫って来てドキリとする。こいつは顔だけは間違いなく良いから困る。
これで私だけを見てくれるなら、きっと私は落ちていただろう。
顔を寄せてくるレイジの目は何時になく真剣だ。いつもこんな顔だったら良いのにと思う。
そしてレイジはそのまま私に顔を寄せてくる。
このままじゃまずい!!
私の理性が危険信号を出す。
「大丈夫よ、レイジ君! 何か元気が出てきたから!!」
私はレイジを押しのける。
危うく流される所だった。危ない危ない。
だけど何だかさっきまで不安だったのが消えた気がする。
でも心臓はまだドキドキしている。
レイジを見ると押しのけられたのにも関わらずニヤニヤしている。全くこいつは……。
「さて、チユキも元気が出た事だし。明日はピクニックにでも行くか。ここは雨も降らないみたいだし。気持ちが良いはずだぞみんな」
「さんせ~い!!」
レイジが明るく言うとリノが賛同する。
この5階層は広く、湖に草花が生えた丘がある。
水晶から放たれる光は暖かくピクニックをするには丁度良いだろう。
「それじゃ、私はお弁当を作るわね。ナオちゃん手伝って」
「はいっす! サホコさん!!」
サホコとナオが私を見ながら言う。
どうやらレイジだけでなくサホコやナオも私を気遣ってくれているみたいだ。
確かに落ち込んでいても仕方がない。
私は元気を出す事にする。
「サホコさん、私も手伝うわ」
「ありがとう、チユキさん」
サホコはにっこりと笑う。それは聖女の微笑みだ。見た者の心を癒す。当然私もだ。
落ち込んでばかりはいられない。私が真っ先にダウンするなんて真似はできない。
私は強くなければいけないのだ。
「へえ、久しぶりにチユキの手料理を食べさてもらえるのか、楽しみだな」
レイジが茶化すように言う。
「サホコさん程うまく出来ないから期待しないでね」
私は少し睨みながら言う。
「チユキの料理ならどんな物でも俺は食べるよ」
それだと私の料理がすごくまずいみたいではないか。
レイジのその言葉にすごく辛い物でも入れてやろうかと思う。
「レイジ様~。わたくしも一緒に行っても良いですか?」
「良いぜ、エウリア。皆で行こう」
「ありがとうございますわ、レイジ様っ!!」
そう言ってエウリアはレイジに抱き着く。
その様子に私達全員が険しい顔をする。
何はともあれ明日はピクニックだ。
外のシロネには悪いけど暗く過ごすよりは良いだろう。
私達は昼食を続けた。
◆死神ザルキシス
「なぜだ、ラヴュリュス! なぜ勇者達をよこさん!!」
地下13階層の玉座に座るラヴュリュスに詰め寄る。
「何を言っているんだ、ザルキシス。勇者を渡す等と約束した覚えはないぞ。それに勇者を捕えたのは我が娘エウリアの功績だ。だからエウリアにやる事にした」
ラヴュリュスが笑いながら言う。
「ぐぐ……」
呻くしか出来ない。
確かに奴の娘が光の勇者を迷宮に行かせるきっかけになった。
奴の娘エウリアは今は勇者達を監視している。
異変があったらすぐに知らせる手はずになっている。
エウリアの功績は大きいのは認める。
しかし、第5階層の結界は我が知識を元にラヴュリュスが作った物だ。我が知識があっての牢獄である。
それにこの地下宮殿を迷路に変える手伝いをしたのはこのザルキシスだ。その恩を忘れおって……。
しかし、ラヴュリュスに逆らうのは得策では無い。
「ならば勇者の女達はもらえるのだろうな……」
「駄目だ。あの娘達はレーナ程ではないが美しい。お前には渡せんよ」
再び呻く。思った通りの返答だった。
ラヴュリュスはそんな自分をみて笑う。
「しかし、ラヴュリュスよ。レーナが来なかったらどうするつもりだ? 娘にやると言ったが勇者を殺さないつもりか?」
そこの所は気になっていた。
ラヴュリュスは勇者を餌にレーナをおびき寄せるつもりらしいがエリオスの奴らが許すとは思えない。
レーナが来なかった時まで生かしておくのだろうか?
「その時は殺す。その首をレーナの元に送る。このラヴュリュスの誘いを断ればどうなるか、レーナに知らしめる必要がある」
ラヴュリュスはさも当然に答える。
「娘は良いのか?」
エウリアとか言う娘はラヴュリュスのお気に入りだったはずだ。
正確には奴の横で半裸で仕えているパシパエアの女王がお気に入りなのだが同じことだろう。
ミノン平野にはラヴュリュスが影で支配する王国がいくつかある。
パシパエア王国もその1つだ。
パシパエア王国の女王はまだ王女であった頃に自らの父親によってラヴュリュスに差し出されたと聞く。
「なぜ俺がエウリアを気に掛ける必要がある? レーナを手に入れるためなら他のメスはどうでも良い」
ラヴュリュスが冷たくそう答えると横のパシパエアの女王が少し震える。
このパシパエアの女王は女神レーナが手に入ったら用済みとなる。本人はその事が良くわかっているみたいだ。
もっとも、娘はその事がわかっていないみたいだ。父親に似てわがままそうな顔を思い出す。
自分は父親に愛されているつもりみたいだが、ラヴュリュスは不要になったら簡単に見放すだろう。
ラヴュリュスの眷属であるミノタウロスも同じだ。
ミノタウロス族はラヴュリュスと人間のメスの間から生まれた種族だ。
だから全てのミノタウロスはラヴュリュスの子孫と言える。
だが、ラヴュリュスのミノタウロス族に対する扱いは奴隷である。
我が子孫と言えど逆らえば殺す。それがラヴュリュスだ。
だからラヴュリュスに何を言っても無駄だ。
「他に何か言いたい事はあるか、ザルキシス?」
「……無い。お主の好きにするが良い」
そう答えるしかなかった。
この肉体を再生させる方法は他に考える必要がある。
「ところでザルキシスよ。エウリアの話しでは勇者の仲間の女がいるはずだ。その女達も捕えたい」
ラヴュリュスがいやらしく笑いながら尋ねる。全く欲張りな奴だ。
「それならば大丈夫だ、アトラナクアに任せている」
「ああ、あの醜い蜘蛛女か。それなら大丈夫だろう」
アトラナクアはアリアディア共和国にてレーナ神殿を監視している。
動きがあれば知らせてくれるだろう。
もはや、このザルキシスが出来る事はない。
そう思い。ラヴュリュスに背を向ける。
「どこに行く、ザルキシス?」
「野暮用だ。しばし、留守にする」
「ほう、何の用だ?」
「ディアドナの奴に呼ばれてな、すぐ近くまで来ているらしい」
「ほう……あの蛇の女王が来ているだと?」
蛇の女王ディアドナはこのザルキシスと同じくナルゴルの者だ。
モデスの手から逃れ今は南海の孤島に身を隠している。
「気になるのか、ラヴュリュス?」
「当り前だ。今まで身を隠していたあの女が動いたのだぞ、気にもなるわ。答えろ、ザルキシス。ディアドナは何しに来た?」
「知らぬ。それを今から聞きに行くところよ」
「そうか……」
そう言うとラヴュリュスは興味を無くす。
奴の目の前で5階層の映像が流れている。
そこには勇者達が映っている。
だがこのザルキシスには知らぬ事だ。
そう思いこの地を後にした。
◆暗黒騎士クロキ
「いらっしゃ~い、クロキ! ありがとう、来てくれて!!」
アリアディア共和国に転移すると突然シロネに抱き着かれる。
レーナはこの神殿にいる戦乙女の使徒達に自分が来る事を知らせていた。
そして、レーナに腕を掴まれた自分はレーナに逆らう事はできず、シロネが待ち構えているアリアディアに一緒に行く事になった。
何しろレーナの胸は大きい、その胸が自分の腕に押し付けられているのだ。振りほどける訳がない。
逃れられないと悟った自分はここに来る事を前もってリジェナに知らせた。
リジェナや使徒達からシロネに連絡が行き、そしてシロネは転移門が有る部屋で待ち構えていたのである。
シロネはレーナ程ではないがかなり胸が大きい。それが思いっきり顔に押し付けられる。
シロネに抱き着かれるのは久しぶりだ。
今は兜をしていないので胸の感触が直接顔に来る。
小さい頃はぺったんこだったのが、何時の間にこんなに大きくなったのだろう。
幼馴染の成長に感動する。
しかし、幼馴染の成長ぶりをたっぷりと堪能する前にレーナが自分とシロネを無理やり引き離す。
「ちょっと、女神レーナ! 何をするのよ!!」
シロネが抗議するがレーナは動じない。
「シロネ……。今はそのような事をしている場合ではありませんよ。私達はレイジを一刻も早く助けなければなりません」
レーナの言葉は静かだがその言葉の中に怒りを感じる。
やはりレイジの事が心配なのだろう。
レイジが危険な目に会っているのに、それを感じさせないシロネに怒っているのだ。
「そうだね、レイジ君が危険なのに……。ついクロキに会えたものだから……。ごめんなさい、女神レーナ」
シロネが謝る。
「でも本当にありがとう、クロキ。私は本当に嬉しいよ」
シロネのその笑顔にため息が出る。
やっぱりこうなったか……。
まだ、助けるとは言っていない。
だけどシロネの中で自分はレイジを助ける事になっているみたいだ。
「女神レーナ様。少しよろしいでしょうか?」
声を掛けたのはカヤと言う女性だ。
この部屋には自分とレーナとシロネ、そしてリジェナにキョウカと言う女性とカヤと言う女性の6人がいる。
「何ですか、カヤ?」
「なぜ、貴方はクロキ様と一緒にいるのですか?そもそもレーナ様はあまりレイジ様を助ける事に協力的はなかったような気がします。リジェナさんから連絡が会った時は驚きました」
カヤという女性は訝しげにレーナを睨む。
「それは誤解ですよ、カヤ。私もレイジの事は心配です。その証拠に暗黒騎士を連れてきました。彼を連れて来る事に私はかなり無理をしているのですよ。それからシロネにキョウカ、カヤ。ナルゴルの暗黒騎士が私達の手伝いをしてくれる事は当然秘密です。良いですね?」
レーナが言うとシロネ達が頷く。
エリオスに敵対している自分がレーナ達と一緒に居る事は本来あってはならない事だ。
ヘイボス神やトトナと同じように、レーナが自分に接触している事は当然まずい。
だから、一緒にいる事は秘密にしなければならない。
レーナは自分が暗黒騎士と一緒にいる事は配下の戦乙女にも秘密にするみたいだ。
だから、この地では自分が暗黒騎士である事を知っているものはこの部屋にいる者だけという事になる。
「そうですか……。色々と疑問に思う所がございますが。クロキ様が折角来てくださったのですから、今はそれで納得することにいたします」
カヤと言う女性は一応引き下がるが納得をしていない表情だ。
自分もこの状況に納得していない。どうしてこうなった?
「クロキ様……。わたくしからも礼を言いますわ。お兄様を助ける手伝いをして下さるのですから」
キョウカと言う女性が自分に頭を下げる。
「別に……。自分はその……」
まだ助けるとは言っていない。
ただ、美女からお礼を言われると助けませんとは言いにくい。
キョウカは真っ直ぐに自分を見ている。美女から見つめられてドキドキしてしまう。
美女とは仲良くなりたいが正直苦手だ。
「何でれでれしてんのよ、クロキ」
シロネが横からジト目で自分を見る。
仕方が無いだろうと言いたい。自分は今まで美女から感謝される状況なんかほとんどないのだ。
レイジみたいに平然とはできない。
「キョウカ……。暗黒騎士が困っています。少し離れてはいかがでしょう?」
自分の状況を察したのかレーナがキョウカと自分の間に割って入る。
顔は笑っているが少し不機嫌そうに感じる。
引き離されたキョウカは少し残念そうにする。
「お嬢様。お礼はレイジ様を助けた後にすれば宜しいかと思います。取りあえず迷宮に行く支度をしましょう」
「はあ、わかりましたわ、カヤ。それでは、クロキさん」
そう言ってキョウカとカヤは部屋を後にする。
「私も行くね、クロキ。レイリアさんに連絡しなくちゃ」
そう言うとシロネは部屋を出て行く。
「クロキ。私もここの神官長に会わねばなりません。また後で色々と話しましょう」
レーナも出て行く。
この神殿の神官長はレーナの配下の戦乙女の使徒だ。
レーナの配下の戦乙女は戦士としては優秀だが隠密行動は苦手だ。
だけど、使徒ならば元は人間だから目立たない。
レーナは隠れてここに来ているみたいだ。直接天使に身の世話をさせるよりもその使徒にさせた方が良いだろう。
そしてレーナが去った後には自分とリジェナが残された。
「リジェナ……。調子はどう?」
自分は不安げに尋ねる。
「はい、とても良い調子です。私の主である旦那様に会えたのですから……」
そう言ってリジェナは頭から角を出す。
リジェナの頭の左右から生えた2本の角は竜の角と同じ物だ。
そしてリジェナの目が金色に輝いている。それは人の目ではない、竜の目だ。
それを見て自分は申し訳ない気持ちになる。
リジェナは自分の使徒になってしまった。
使徒となったリジェナは自分の中にいる竜の影響を受けたせいだろう。竜人ドラゴニュートの一種である竜女メリュジーヌと化してしまった。
メリュジーヌは普段は人間の姿をしているが、竜と人を掛け合わせた姿にもなれる。
竜人の姿はもはや人間とは言えない。
本当なら化け物にされた事を悲しむはずだけど、使徒になっているせいかむしろ喜んでいる。
リジェナを使徒にしたのはリジェナの命を助けるためだった。
あの日、自分はクーナの淹れたお茶を飲んで暴走してしまった。
あの中で一番か弱かったリジェナは、自分の暴走に耐えきれず瀕死の状態になってしまった。
しかし、自分は治癒魔法は使えず、治癒魔法を使えるクーナもボロボロで魔法を使えない状態だった。
だから自分は応急処置でリジェナを使徒にしたのだ。
元に戻す方法を探しているが見つかっていない。
リジェナを見る。
リジェナは自分と会えた事で嬉しそうにしている。
自分の置かれた状況を悲しむ事もできずに喜んでいる。
その事に心が痛んだ。
◆剣の乙女シロネ
「シロネ様」
カヤさんから呼び止められる。
「何? カヤさん?」
私は振り返る。
そこにはキョウカさんとカヤさんがいる。
「これはチャンスですよ、シロネ様。あの白銀の魔女はいないようです。今がクロキ様を取り戻すチャンスです。この機会を逃してはなりません」
だけど、私はその言葉に首を振る。
なぜかクロキは白銀の魔女と一緒では無い。そしてなぜかレーナと一緒に来た。
理由は良くわからない。カヤさんと同じく私も色々と疑問に思う所はある。
だけどそんな事はどうでも良かった。クロキは私を助けに来てくれた。それだけで十分だ。
それに、ここに来て私を助けてくれると言う事は、やはり完全には支配をされてはいないのだろう。
だから、これはクロキを取り戻すチャンスなのかもしれない。しかし……。
「駄目だよ、カヤさん。確かにクロキを取り戻したいけど……。今はレイジ君が危険なんだもの」
確かにクロキは取り戻したい。
だけど今はレイジ君達の命が危ない。
レーナが怒るのも無理は無い。今はレイジ君を助ける事に専念すべきだろう。
「シロネさんは律儀ですわね。お兄様を優先してくれるのは嬉しいですが、クロキさんを後回しにしてもよろしいのかしら?」
カヤさんと一緒にいるキョウカさんが言う。
「大丈夫だよ、キョウカさん。クロキは必ず取り戻す。だけど今はレイジ君を優先するだけ」
それにクロキは必ず私の所に戻って来る。だから大丈夫だ。
私は自分に言い聞かせるように歩き始めた。
ようやくミノタウロスを出せました。神話に出て来るモンスターをたくさん出したいと思って作品を書いています。
神話でのミノタウロスはケンタウロスと違って種族としては存在しないみたいですが、この世界では普通に種族として存在します。