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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第4章 邪神の迷宮
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救出作戦

◆剣の乙女シロネ


 アリアディア共和国に来るのは簡単だった。

 チユキさんが前もって転移門ディメンションゲートをアリアディア共和国のレーナ神殿に設定していてくれたからだ。

 転移門を聖レナリア共和国以外に作るのはこれが初めてのはずだ。

 なぜなら、転移門を作るには転移門となる魔法陣を描ける広い場所が必要だ。

 その場所を提供してくれるのはレーナ教団ぐらいである。

 そのため、大きなレーナ神殿がある国で無ければ転移門は設定できない。

 だけど、それならヴェロス王国や他の国にも転移門を設定できたはずである。

 なぜしなかったかと言えば、どうやらチユキさんはレイジ君の行動範囲を広くしたくないかららしい。

 なぜかわからないけどそう言っていたのを思い出す。

 それでもアリアディア共和国に転移門を作ったのは、この国が豊かで大陸の中心にあるからだ。

 チユキさんはこのアリアディア共和国を聖レナリア共和国以外の拠点にするつもりのようだ。


「そう。レイジ君とは4階層で別れたのね……」

「はい、シロネ様」


 レイリアと名乗った女性からそう聞かされる。

 私よりも年上の人から跪かれると何だか変な感じがする。

 レイリアはアリアディア共和国にあるレーナ神殿の司祭だ。今いる場所もアリアディア共和国のレーナ神殿の一室だ。

 アリアディア共和国はレーナ教団の力が弱く、神殿もオーディス神殿に比べればかなり小さい。

 それでもアリアディアは大都市である。

 大きさだけなら人口10万ぐらいの国と同じ位の規模がある。

 神殿に勤めている司祭や信徒の数も多い。

 このアリアディア共和国のレーナ神殿には、1人の大司祭を頂点に数十名の司祭が勤めている。

 レイリアもその1人だ。

 ただ、レイリアは司祭ではあるが神殿の仕事はしていない。

 それはレイリアが使徒であるためだ。レーナは魔物から人々の生活を守る神だ。使徒となった信徒は神殿の仕事をせずに神殿の外で魔物退治に出る事が多い。

 彼女も自由戦士となって魔物退治をしているそうだ。

 いつもはこのアリアディア共和国の北にある自由都市テセシアに住んでいて、あまりアリアディア共和国に来る事はないそうだ。

 だけど、今彼女はここにいる。

 なぜなら、レイリアを使徒にしたのはレーナの配下である戦乙女である天使だ。

 その戦乙女から私達に協力するよう命令されている。

 アリアディア共和国に来た私達はレイリアと会う。

 彼女はレイジ君が邪神の迷宮に入った時に一緒にいたそうだ。

 神殿の一室には私達の他に大司祭とレイリアがいて私達に跪いている。


「じゃあ、今から4階まで案内をお願いしても良いかな?」


 私はレイリアに頼む。


「お待ちください、シロネ様!!」


 突然横にいたカヤさんが声を出す。


「どうしたのですか、カヤ?」


 キョウカさんが急に声を出したカヤさんに驚く。


「シロネ様にお嬢様。相手はあのレイジ様を捕えた者ですよ。何の策もなく迷宮に入るのは危険です」

「でもカヤさん! 急いで助けに行かないとレイジ君達の命が危ないよ」

「そうですわ、カヤ。このままではお兄様の命が危険です。急いで助けにいきませんと」


 キョウカさんも賛同してくれる。

 しかし、カヤさんは首を振る。


「駄目です、お嬢様。レイジ様が処刑されるまで。まだ時間があります。それまでに何か手を考える

べきです」

「そうは言っても……どんな手があるって言うの、カヤさん?」


 私はカヤさんに食ってかかる。

 理性ではカヤさんの言っている事は正しい。だけど、私の心は落ち着かなかった。


「はっきりと申しますと私達の力では無理でしょう。そもそも、レイジ様とチユキ様を捕える相手です。やみくもに突っ込んで行っても私達まで捕らわれるだけです」


 カヤさんはたんたんと言う。

 確かにそうかもしれない。

 レイジ君やチユキさんは強い。

 そのレイジ君達が抜け出せない程の所に闇雲に突っ込んでいけば私も捕らわれるだろう。

 だけど、わかってはいても動かずにはいられない。

 私はいつもそうだ。

 じっとしている事ができない。その事でいつもクロキに心配をかける。


「そんな……。それではどうしようも無いのですか、カヤ?」


 キョウカさんの言葉にカヤさんは首を振る。


「私達だけでは無理です。ですから外部に協力を求めるべきだと思います」


 そう言ってカヤさんはリジェナを見る。

 ここにはリジェナがいる。聖レナリアから、なぜかカヤさんが連れて来たのだ。


「あの、何でしょうか?」


 急に注目されてリジェナは戸惑う。


「リジェナさん。クロキ様の手を借りられないでしょうか?」


 カヤさんの言葉にキョウカさんと私はおおっと声を出す。

 そうか。だからリジェナを連れて来たのか、カヤさんはレイジ君を助けるために私達だけでは無理だと思ったのだろう。そしてクロキの力を借りる事を思いついた。

 確かにクロキは強い。クロキの手を借りる事ができれば百人力だ。

 そしてリジェナはクロキとまだ繋がっている。連絡する事ができるはずだ。

 なんで思いつかなかったのだろう?

 こういう事はまず私が思い付かなければいけないのに。

 考えなしの私の頭を叩く。


「旦那様の手をですか……。それは出来ません。レイジ様はナルゴルの旦那様の敵です。敵を助けるための要請なんて出来るはずがありません」


 リジェナは俯いて答える。


「そんな、敵だなんて……。クロキは敵じゃないよ。クロキはクーナって魔女に捕らわれているからナルゴルにいるだけだよ。それに敵対したい訳じゃないって言っていたもの」


 私はそう言うがリジェナは首を振る。


「シロネ様。それだけではございません。聞くところによれば迷宮は大変危険と聞きます。そんな所に旦那様を行かせるわけにはいきません」


 リジェナはぷいと横を向く。

 しかし、そんなリジェナを見てカヤさんが笑う。

 それはかなり意地の悪い笑みだ。


「ねえ、リジェナさん。これはクロキさんと会う理由に出来るのではありませんか?連絡を取るだけでもあなたに取っては利益なのではないですか」


 その言葉を聞いてリジェナは目を開いてカヤさんを見る。


「うう……大変ずるい言葉です。そんな事を言われたら……断れないではありませんか……。わかりました。ですが連絡をするだけでございますよ……」


 リジェナは俯いてしぶしぶ了承する。


「ふふ。ありがとうございます、リジェナさん」


 それを聞いてカヤさんは勝ち誇る。

 見ていて何だか良心が痛む。

 それにしてもクロキは何でリジェナにのみ連絡する方法を教えたのだろう。

 なんで私に教えてくれないのだろう?その事が少し引っ掛かる。

 ズルいと思う。何よりもまず私に教えるべきだ。

 でも、これでまたクロキに会える。

 レイジ君やチユキさんには悪いけど私は何よりもそれが嬉しかった。




◆暗黒騎士クロキ


 エリオスのヘイボス神の所に行く。

 ヘイボス神の住居はトトナ神の所に行くときにいつも通り過ぎていた。

 その時はヘイボス神に声を掛けない。ヘイボス神は用も無いのに声を掛けられる事を嫌う。

 だから、トトナ神の所に行く途中でナットが捕らわれた事をヘイボス神から聞く事ができなかった。

 ヘイボス神の応接間は様々な材料が置かれていて倉庫かと思うほど散らかっている。

 その部屋の中央で自分はヘイボス神と応対している。


「そうか、あの地下宮殿に……いや今は迷宮だったな。そこに行くのか……」


 ヘイボス神はいやそうな顔をする。

 エメラルドタブレットの情報によればあの迷宮はヘイボス神にとって屈辱そのものだ。

 だからだろう、その事件をヘイボス神は封印した。

 エリオスでもヘイボス神を憚ってその事件を口にする者はいない。

 ドワーフでもその事件を知っている者は少ないようだ。

 エリオスの書物庫での記録は本来なら部外者には見せられない記録だった。

 トトナが特別に見せてくれなければ自分も知る事はなかっただろう。


「はい、ナットを助けに行きます。ですからヘイボス神の力を借りたいのです」


 自分は頭を下げる。

 ナットはレイジ達に捕えられた。そのレイジはミノン平野にある迷宮に捕らわれている。

 あの迷宮を作ったヘイボス神ならば迷宮の事に詳しいはずだ。


「よいだろう。ナットの奴には世話になっているからな。出来る限り手を貸してやろう」

「ありがとうございます、ヘイボス神」


 自分は頭を下げる。


「だがな、暗黒騎士よ。あの地下宮殿を作ったのはこのヘイボスだが、奴はその後地下宮殿を迷路へと改修した。迷路に変わった後の事はわからん」


 ヘイボス神は困った顔をする。

 今から行こうとする地下迷宮は元々は迷路ではなかった。

 モデスを怖れた邪神ラヴュリュスが迷宮へと変えたのだ。だから迷宮となった以後の事まではヘイボス神は知らないようだ。


「そこまで大きくは変わっていないはずです。ですから知っている範囲で良いので教えていただければ大丈夫です」

「そうか……。ならばあの迷宮の設計図を渡してやろう」

「それで充分です。ありがとうございます」


 再び礼を言う。

 ヘイボス神は後ろの戸棚から宝石で出来た石板を取り出す。

 どうやらエメラルドタブレットと同じ物のようだ。

 ヘイボス神から石板を受け取ると頭を下げる。


「礼は良い。だがな、問題はそれだけではないぞ。迷宮を踏破してもラヴュリュスがいる。ラヴュリュスは強い。勝てるか?お主に?」


 ヘイボス神の言葉に不安になる。


「そんなに強いのですか、ラヴュリュスは……」

「ああ、強い。モデスとまともに戦って命があるのだからな」

「なるほど……」


 ヘイボス神の言葉に頷く。確かにそれなら強い。

 モデスとは手合せをした事はない。だけどおそらく自分よりも強い。

 戦えば命を落とすかもしれない。

 そのモデスと戦って命があるのなら、ラヴュリュスは相当強いのだろう。

 なんだか不安になってきた。


「しかもだ、あの迷宮はラヴュリュスに無限の力を与える。あそこにいる限りラヴュリュスは無限に回復できるぞ。どうするつもりだ、お主?」


 その言葉に考え込む。

 モデスは自分なら大丈夫と言っていたから安心していた、だけど違うようだ。

 勝てるかどうかわからない。


「ヘイボス神……。何か良い手はありませんか?」

「あの迷宮の中でラヴュリュスに勝てる者はおそらくいない。モデスならば勝てるだろうが、奴の破壊の力を使わせるわけにはいかぬ」


 ヘイボス神はくやしそうに言う。

 前にモデスはラヴュリュスを倒そうと迷宮に入ろうとしたらしい。

 しかし、さすがのモデスも迷宮の中ではラヴュリュスと全力で戦わなければ勝てないのだろう。そしてモデスの力は強大で全力で戦えばどうなるかわからない。

 だから、力を使わせるわけにはいかないとヘイボス神は判断して、ドワーフ達の仇を取ってもらうのを止めたのである。

 本当は何よりも自分が仇を取りたいだろうに。

 ヘイボス神と共に捕えられたドワーフは、特に彼が可愛がっていたドワーフ達だったそうだ。

 そのドワーフ達を殺された事はヘイボス神の心に棘となって突き刺さっているように見える。


「だから、戦わずにナットの奴を助け出す事を考えた方が良い」

「方法があるのですか?」

「ナットがいるのは第5階層のようだ。あそこは元は地下庭園だ。ラヴュリュスの奴はそこを人間を閉じ込めるための監獄に変えたようだがな。監獄の中には外から連れて来た人間達も一緒に捕えられているようだな」


 ヘイボス神の話しではラヴュリュスの配下のミノタウロス達は人間達をそこに捕えて奴隷にしているらしい。


「その監獄を解放する方法はわかりますか?」

「わからん……。そもそも監獄としては作っていない。監獄になった後の事まではわからん」

「そうですか……」

「だがな、監獄として作っていない以上は監獄も完璧ではないはず。どこかに抜け道があるだろう。そこを調べれば何とかなるはずだ」


 だとすると調べる必要がある。


「では、それを調べる必要がありますね」


 自分が言うとヘイボス神は頷く。


「まあ、それにな。レーナの勇者達と違ってナットが処刑される事はないだろう。勇者達の件が済んでから助けに行っても良いのではないか?」


 確かにそうだ。

 レイジ達が処刑されるか解放されてから助けに行った方が確実だ。

 ラヴュリュスもナットまで処刑をしようと思っていないだろう。ぶっちゃけナットはどうでも良いと思っていそうだ。


「確かにそうですね……。色々と教えていただきありがとうございます、ヘイボス神。それではそろそろ行きます」

「気を付けて行くが良いぞ、暗黒騎士」


 ヘイボス神が手を振る。

 自分は頭を下げて部屋を後にする。

 部屋を出て自分は扉の側にある巨大な物を見る。

 何かの素材だろう。

 ドワーフの工房にはこういった雑多な物が無造作に置かれている。


「そろそろ出て来たらどうですか?」


 自分はその素材の物陰に隠れている者に言う。

 部屋の外で誰かが盗み聞きをしていた事には気付いていた。

 自分が言うとフードを被った何者かが物陰から出て来る。


「さすがはクロキね。愛の力かしら?」


 その何者かがフードを取ると中から綺麗な顔が出て来る。


「愛って……。やはり貴方でしたか女神レーナ」


 盗み聞きをしていたのはやはりレーナだった。

 なぜかこの女神の気配はわかる。

 この女神と会うのは3度目だ。

 1度目は聖レナリア共和国。

 2度目はロクス王国。

 だけど、以前会った時と何か雰囲気が違う。

 以前よりもすごく艶めかしい目で自分を見ているような気がする。

 また、前に会った時と比べて何だか着ぶくれている。


「どうして自分がここに来る事がわかったのですか、レーナ?」


 それがいつも疑問だった。あきらかにこの女神は自分を待ち伏せしていた。前もってここに来る事がわかっていたのだ。

 見張られている感じはしない。どうやって自分の動きを監視しているのだろう。


「さあ、どうしてかしらね?」


 レーナはふふと笑う。

 まったく、この女神は何を考えているのだろう?油断はできない。


「ねえ、クロキ。あなたもあの迷宮に行くのでしょ。私も一緒に行って良いかしら?」


 そう言って自分の方へと来る。


「レイジを助けに行く気はないですよ」


 自分は横を向いて冷たく答える。

 噂によるとレーナとレイジは恋人同士らしい。

 前に会った時はそんな感じはしなかった。

 だけど、ナットの情報によると間違いないようだ。

 そして、レイジを助けて欲しいと言う所を見ると噂は本当だったみたいだ。

 正直、レイジが羨ましい。シロネ等のすごい美人を侍らせておきながら、こんな綺麗な女神をも恋人にしている。

 血涙が出るほど羨ましい。

 自分もこんな美人といちゃいちゃしたい。

 もうクーナがいるから良いもん。と心の中で強がるが羨ましいと思う心は消せない。

 だからだろうか、レイジを助ける気が起きない。

 心が狭いと思うがどうしようもなかった。

 それに自分が助ける必要は無いと思う。

 彼らは強い。レイジに限らずその周りの女の子達は優秀だ。

 シロネやあんな美人達が側にいるレイジに、自分なんかの助けが必要だと思えない。

 シロネもレイジがいるから心配の必要は無いと言う。

 自分の心配なんてただのおせっかいだった。

 だからもう心配はしない。

 自分は自分で勝手にやらせてもらおうと思う。


「ふふ、レイジの事は関係ないわ。私はただあなたと一緒にいたいだけよ」


 レーナはそう言うと蠱惑的な笑みを浮かべながら顔を寄せて来る。

 ちょ!!近い!!近い!!

 自分は今、鎧を着てはいるが兜は脇に抱えている。つまり顔を出した状態だ。

 だからレーナの超絶に綺麗な顔が迫ってきてドキリとする。

 レイジを助けるためにそんな嘘を付くのだろうか?

 レーナが自分と一緒に居たがる理由がない。


「あの子ばかりズルいわ。あの子がいない時ぐらい貴方は私の相手をするべきだわ。抜け出すの大変だったのよ。この機会を逃したら次はいつ会えるかわからないもの」


 そう言ってレーナが自分の腕を取る。


「ちょ!? レ、レーナ!!??」


 戸惑う。

 あの子というのはクーナの事だろうか?

 クーナはまだ本調子ではないからナルゴルにある自分の屋敷で休ませている。

 ナットを救うためにヘイボス神の所に行く事を告げたら一緒に行きたがったのでなだめるのが大変だった。

 良い子にしてくれると良いのだが。

 しかし、なぜレーナはその事を知っているのだろう?


「さあ行きましょう、クロキ。チユキが設定した転移門を使えばすぐにたどり着はずよ。そちらから行きましょう」


 レーナはそう言うと自分の腕を引っ張る。

 まだ、一緒に行くとは言っていない。だけど何故かレーナに逆らえない。

 自分はドナドナの子牛のように引っ張られて行くのだった。





◆自由戦士の少女シズフェ


「はっ!!」


 私は木剣をノヴィスに振るう。


「よっと!!」


 しかし、木剣はノヴィスの木剣で簡単に打ち払われる。


「やっ!!!」


 ケイナ姉の棒が横からノヴィスに振るわれる。

 だけど、ノヴィスは後ろに素早く飛んで簡単に避ける。

 私とケイナ姉はノヴィスから離れ距離を取る。

 さっきから私とケイナ姉の2人がかりで戦っているのにまったくノヴィスには敵わない。

 さすが火の勇者と呼ばれる事はある。


「やめた……」


 突然ノヴィスが構えを解く。


「ちょっとどうしたのよ、ノヴィス!!」

「駄目だ。シズフェが相手じゃ上達しない……」

「ちょっと失礼ね! あなたが剣の練習に付き合えって言って来たんでしょーが!!」


 そもそも私とケイナ姉が剣の練習に付き合っているのはノヴィスが頼んだ事だ。


「だって、仕方が無いだろ……。身近で剣の相手をしてくれるのはシズフェしかいねえんだよ。それに怪我をさせるわけにもいかないから本気も出せないしな……。これじゃ練習相手にならねえ」


 ノヴィスが残念そうな声で言うがそんな事を言ってもどうにもならない。


「もう……。そうは言っても私じゃ貴方の相手なんかできないわよ。それにしても本当に急にどうしたのよ。剣の練習につきあえとか?」


 私は疑問に思う。

 なんで急に強くなりたいから剣の相手をしてくれとか言い出すのだろう。今までこんな事はなかった。

 しかし、ノヴィスはその言葉に応えない。


「まっ、光の勇者を見た後じゃこうなるわな」

「ケイナ姉!!」


 ケイナ姉が笑いながらノヴィスの背中に抱き着く。

 それを聞いてため息が出る。

 どうやらまだレイジ様に対抗意識を持っているようだ。だけどどんなに頑張ってもノヴィスがレイジ様に勝てるとは思えない。

 でも強くなろうとするのは良い事だろう。

 マディも黒髪の賢者様を見て自分も頑張らなきゃと言ってアリアディアにある魔術師協会に行って勉強中だ。だから今はここにいない。

 私達は今イシュティア神殿の裏庭で剣の練習をしている。

 本来ならここは、愛と美の女神イシュティア様に仕える巫女達の洗濯物が干したりする場所なので男性は入る事はできない。

 だけど、私は何度かイシュティア神殿の依頼を受けたりしている。その時に神殿の巫女達と仲良くなったので特別に使わせてもらっている。

 フェリア信徒である私にも優しくするあたりイシュティア神殿は大らかである。

 もしこれがフェリア神殿だったら改宗をせまるだろう。

 そもそも一般的にフェリア信徒とイシュティア信徒は仲が悪いと言われている。

 だけどそれはフェリア信徒が一方的にイシュティア信徒を嫌っているからだ。

 なぜなら結婚の女神であるフェリア様の教えでは、夫に対して貞節である事が良いとされる。そしてフェリア様も夫である神王オーディス様一筋である。

 それに対して、美の女神イシュティア様は複数の男神を愛人にしている。

 つまりイシュティア様はフェリア様の教えに反しているのである。

 そのためフェリア信徒はイシュティア信徒を嫌うのである。

 しかし、フェリア信徒である私が気にしなければ問題にはならない。

 それに、この自由都市テセシアではアリアディア共和国と違いイシュティア教団の力が強く彼女達に逆らうのは得にならない。

 だけど教義さえ気にしなければイシュティア様に仕える巫女達は皆大らかで付き合いやすい。

 また、私もこの都市に着た頃はまだ子供で、その時にイシュティア教団の巫女達のお世話になった事がある。

 だから何も言えない。

 そして、今裏庭には私とケイナ姉とノヴィスの他にノーラさんと仲良くなった神殿の巫女達がいる。

 この巫女達の中にはあきらかにノヴィスを見に来ている子もいるようだ。

 レイジ様には及ばなくてもノヴィスは充分にすごい。別にそこまで意地に思う必要は無いのじゃないかなと思う。


「はあ……。レイジ様に勝てるかどうかはわからないけど、私の所じゃなく本格的な武術の先生に習った方が良いんじゃない?」


 私が言うとノヴィスは首を振る。


「それも考えたんだけどな。前に剣術の有名な先生と喧嘩したからな……。どこも入門を拒否されちまったんだよ」

「あー。そういえば前にそんな事があったわね……。それじゃあこの辺りで剣を教えてくれる人はいないわよね……」


 ノヴィスは前に剣術道場を1つ潰した事があった。

 その剣術道場はあまり性質の良くない所だったみたいだけど、あんな事があった後じゃ誰もノヴィスに剣を教えてくれないだろう。


「それなら光の勇者から教えを乞うてはどうだ、少年。彼は強いし、少年が全力で剣を振っても大丈夫なはずだ」


 横で見ていたノーラさんが声を掛ける。


「少年はやめてくれよ、ノーラさん。もう少年じゃないぜ」

「ああ、すまないな……。人間の成長は早いのを忘れていたよ、失礼した」


 エルフのノーラさんの年齢は知らないが、おそらく100年以上は生きているだろう。

 そのノーラさんから見たら人間は全員子供である。


「でもノヴィス。ノーラさんが言った事は一理あると思うけど」


 ノーラさんが言った事は良い考えだと思う。

 教えてくれるかどうかはわからないけどレイジ様は強い。私達が相手をするよりずっと良いだろう。


「確かにそうだけど……。なんだかな」


 ノヴィスは何だか嫌そうだ。


「まっ、確かに理由が理由なだけに。当の光の勇者に教えを乞うのが嫌だろうな~♪ それならノヴィス、剣の乙女から教えてもらったらどうだ?」


 ケイナ姉がにやにやしながら言う。

 どういう理由だったらレイジ様を嫌がるのかわからない。


「剣の乙女? なんだよそれケイナ姉?」

「何だ、知らねえのか、ノヴィス。光の勇者の仲間だよ。あの時にはいなかったみたいだけどな。何でも剣技だけなら光の勇者以上だって言うぜ」

「本当か、ケイナ姉!!」


 ノヴィスの驚く声。

 そういえば、私もチユキ様から聞いた事がある。レイジ様には一緒に迷宮に潜った女性達以外の仲間に剣の乙女と呼ばれる女性がいるらしい。

 確か名前はシロネだったはずだ。

 その女性は他のレイジ様と一緒にいる女性と同じように美しく。その剣技はまるで舞っているようだとの噂だ。

 ただその人はレイジ様達と別行動を取っていると聞いている。

 今頃は遠い北の地にいるはずだ。


「でも……。その人からどうやって教えを乞うの? 遠くにいるんでしょ?」

「ああ、それがな、シズフェ。何でもここに来るみたいなんだよ。レイリアがその剣の乙女を迎えに行っているみたいなんだ」

「えっ、そうなの?」


 レイリアさんは教団の用事でアリアディアにあるレーナ神殿に行っている。

 何の用事か聞いていなかったけどまさかそんな用事だったとは。


「そっか、じゃあ剣の乙女はここに来るんだな。やっぱり美人なんだろうな。えへへへ」


 ノヴィスの鼻の下が目に見えて伸びる。

 全く何を考えているのやら。少しだけ腹が立つ。

 レイジ様がいるのだから、万が一でもノヴィスには機会はないだろう。

 でも、私も気になる。どんな人なのだろう?

 ノヴィスじゃないけど私も剣を習いたい。

 なぜなら、私も強くなれるのならなりたいからだ。弱いのはみじめだ。

 剣の乙女シロネ様。会って見たいと思った。


「ノヴィ~~ス!!!」


 突然声が聞こえるこの声には聞き覚えがある。

 声と共にあらわれたのは昔からの知り合いだ。


「「ジャスティ!!」」


 私とノヴィスの声が重なる。

 現れたのは私とノヴィスの子供の頃からの知り合いだ。

 名前はジャスティア。呼ぶときは少し短くしてジャスティと呼ぶ。彼女はイシュティア様に仕える巫女である。

 私がここに来たばかりの頃に知り合った同世代の女の子だ。小さい頃は私とマディとノヴィスと共に遊んだ事がある。

 そのジャスティはドタドタと走ってくる。


「帰ってきたのなら声を掛けてくれても良いじゃない、ノヴィス!!」


 そう言ってノヴィスに抱き着く。ジャスティはノヴィスが帰ってきてからまだ会っていなかったようだ。


「ぐふう!!」


 ノヴィスが苦しそうにする。

 ジャスティは女の私から見てもかなり太ましい女の子だ。そして、男性顔負けの力持ちだったりする。抱き着かれたノヴィスは女の子に抱き着かれて嬉しそうではなく苦しそうにしている。

 実は、彼女は地の勇者ゴーダンの妹である。その事を知ったのはつい先日だ。

 ジャスティから聞かされた時は本当にびっくりした。

 そう言えば2人はどこか似ている。


「あら、シズフェ。貴方いたの?」


 ジャスティがノヴィスに抱き着きながら言う。

 小さい頃からジャスティはノヴィスの事が好きでなぜか私を敵視する。

 ジャスティは、どうやら私がノヴィスの事を好きだと思っているようだ。そんな事は無いのに。

 だけど、気付いていながら、いなかったかのように言われるのは面白くない。


「最初からいたのに気付かなかったの、ジャスティ? ごめんね、私あなたのように大きくないから」


 私は笑い、ジャスティのお腹を見ながら言う。


「ええ、シズフェ。あなたの胸が小さすぎて気付かなかったわ」

「なっ!!」


 私の胸は決して小さい方ではない。少なくともマディやノーラさんよりは大きい。ようはジャスティが大きすぎるのだ。

 ただジャスティの胸は大きいが胴回りもかなり大きいのでまったく悔しくない。だけど少し不愉快だ。


「なに、よあなたのは太っているだけでしょーが!!」

「私は太っているのではないわ! ちょっとぽっちゃりしているだけよ!!」


 私とジャスティは睨みあう。


「待て待て! お前らノヴィスが泡吹いてるぞ!!」


 そばで見ていたケイナ姉が間に入る。

 見るとジャスティに抱き着かれたノヴィスが泡を吹いてぐったりしている。


「きゃあ――――ノヴィス!!」


 ジャスティが抱き着くのをやめてノヴィスを揺する。

 火の勇者と呼ばれたノヴィスを絞め落すとはおそるべしジャスティ。そう思うのだった。

レーナは一応ヒロイン(?)の1人だったりします。

あと設定ですがイシュティア神殿の巫女は神聖娼婦みたいなのを考えています。ですがそのシーンをくわしく書くと18禁になるので、さらりと流すだけです。

ちなみにジャスティはお兄さんが怖いので男性との付き合いがまだなかったりします。


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