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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第4章 邪神の迷宮
53/195

女神と魔王

◆知恵と勝利の女神レーナ


「シロネ達はアリアディア共和国に行きましたか」

「はい、レーナ様。今頃、私の配下の者の使徒がシロネ達を迎えているはずです」


 エリオスにある私の部屋で、ニーアが勇者達の現状を報告してくれている。

 3日前の事である。ラヴュリュスの使いがエリオスに来た。

 ラヴュリュスの使いは、魔法の水晶をその場にいた天使に渡してすぐに去った。

 水晶を受け取った天使はどうすれば良いかわからず、オーディスにその水晶を渡した。

 オーディスはその水晶が危険でないかどうか、技巧の神であるヘイボスに調べてもらう事にした。

 ヘイボスが調べた所、水晶には魔法の映像と伝言が入っているだけで危険はないとの事だった。

 ヘイボスが水晶を機動させると中から映像が現れた。

 魔法の映像には、レイジ達が迷宮に入って捕らわれるまでの一部始終収められていた。

 そして、伝言には「光の勇者を捕えた。女神レーナが妻にならなければこの男を殺す。期限は一か月。その間に決断をしろ」である。

 水晶の内容を知ったオーディスは私にその水晶を渡したのである。

 水晶の内容を知って正直頭が痛い。

 どうすれば良いのだろう。

 この事はエリオス中に広まっている。

 オーディスが水晶の内容を見た時には、ヘイボスの他に天使が何名か同席しており、その天使達が他の神々に報告したのだ。

 私に渡された時には、水晶の内容をエリオスの神々の全員が知っていた。

 オーディスも箝口令を敷いてくれれば良いのに気が利かない。

 おかげで、私はラヴュリュスの元に行かせまいとした男神達の監視を受ける事になってしまった。

 今でも彼らの配下である天使達が私を監視している。非常に面倒くさい。

 そもそもなぜ、私がレイジを助けるためにラヴュリュスの妻にならなければいけないのだろう?

 まったくあの役立たずは……。レイジに怒りを覚える。

 正直に言って見殺しにしたい。私の役に立てない男は死ねば良いと思う。

 しかし、エリオスの神々にこの事を知られてしまった以上、簡単に見殺しにしたのでは外聞が悪い。

 私はエリオスの神々の中でも優しき女神で通っているのだ。断じて自分が呼んだ勇者を見殺しにするような女神ではない。

 だから、監視されながら地上に降りてシロネ達にレイジの事を伝えたのである。

 もちろんラヴュリュスの要求は隠してだが。

 まあ、私が傷つかないぐらいには出来る限りの事をしよう。

 しかし、どうすれば良いだろうか?

 ラヴュリュスに勝てるのは、今のエリオスではオーディスぐらいだ。

 他の神々では私を含めて勝つことができないだろう。

 正直に言ってどうしようもない。打つ手なしだ。

 ため息が出る。


「レーナ様。やはりレイジの事が心配なのですか?」


 私がため息をついたからだろう、ニーアが聞いてくる。


「そう見えますか、ニーア?」

「はい、最近お体が優れないように感じます。ちょうど勇者が捕らえられた時と一致します」

「そうですか……」


 はっきり言ってレイジの心配なんかしていない。

 正直に言うと、やつれている原因はクーナにある。

 あの子がクロキにものすごい事をされるから、それが私の夢に出て眠れなかったのだ。

 今でも思い出すと体が熱くなる。

 あの子ばかりずるいと思う。私もあんな事をクロキにされたい。


「レーナ様はレイジの事を愛されているのですね」


 ニーアのその言葉を聞いてあなたもか、と思う。

 なぜかエリオス中で私とレイジが愛し合っている事になっている。

 その事を女神達に聞かれるので面倒くさい。

 そしてレイジの事を紹介してと女神達から頼まれたりする。

 私の男と思っているのにどういうつもりだろう?

 また、トールズを初めとしたエリオスの男神がレイジを敵視しているようだ。

 私はトールズを初めとしたエリオスの男神からも、エリオス以外の男神からも妻になってくれと言い寄られている。そのため、私に愛されていると思われているレイジが邪魔なのだろう。

 問題が起こらなければ良いのだけど。

 やはりレイジにはこのまま死んでもらった方が良いのかもしれない。

 もし、レイジを助け出したらトールズと争いになるかもしれない。

 トールズはフェリア様の愛する息子だ。

 そのトールズを傷つけたらかなりまずい。だからこそ、レイジ達をエリオスに近づけないようにしていた。

 フェリア様はおそらくエリオスで一番怖い人だ。フェリア様には神王オーディスも頭が上がらない。

 フェリア様には戦うための力は無い。しかし、多くの神がフェリア様の世話になっているためか、フェリア様に逆らえる者は少ない。

 私は母であるメルフィナが死んだあと、フェリア様に育てられた。だから私もフェリア様には頭が上がらない。

 私に限らず、聖母ミナの孫の世代であたる第2世代の神の全てがフェリア様のお世話になっている。

 そのため、第2世代の神はフェリア様のナルゴル嫌いの影響を受けている。

 だからこそ、ヴォルガスの悲劇が起こった。

 普段は優しく思いやりのある方なのに、ナルゴルの事になると性格が真逆になる。

 それはオーディスに味方した者であっても変わらない。例外はカーサだけだろう。

 フェリア様もさすがにカーサだけは嫌う事ができないみたいだ。

 だけど、他の協力してくれたナルゴルの血を引く神は嫌っている。

 特にフェリア様はモデスの事が嫌いだ。いや、あれは嫌うのではなく恐怖していると言って良いだろう。

 ナルゴルをもっとも怖れているフェリア様は、その血を色濃く引いているモデスが怖いのだろう。

 そして、モデスが本気になればエリオスは簡単に滅ぼされる。少なくともそう言われている。

 第1世代の神々が皆そう言っている。だから本当の事なのだろうし、私もそう思う。

 だけど私と同じ世代の神達は、直接にモデスが戦う姿を見た事がないから信じていない者が多い。これは大変に危険な事だ。

 そして、そのモデスに強力な仲間が出来た事で、フェリア様を初めとした第1世代のエリオスの神々は警戒している。

 だけど、その心配は杞憂だ。

 なぜなら、クロキは私の物になるのだから警戒する必要はない。

 私の美貌をもってすれば可能なはずだ。

 それにクロキならばモデスにも勝てるだろう。

 そもそも、クロキがいればレイジはいらない。だからレイジを愛していると噂されても「はあっ?」と思うだけだ。


「私とレイジは魔王を倒すための同志。レイジとの関係はそれ以上でもそれ以下でもありません」


 私は首を振ってニーアの言葉を否定する。


「ですが、レーナ様……。その……」


 ニーアの視線が私のお腹に行く。


「確かにそうですね……。このお腹の事もあるからそう考えるのも仕方がありませんね。ですが、魔王と戦う女神である私にはそのような気遣いは無用です」


 私はお腹を撫でながら答える。

 まさかこの私がこんな事になるとは思わなかった。

 全てクロキが悪い。クロキには責任を取ってもらわなければならないだろう。

 そしてニーアを初めとした戦乙女達は、私がこんな体になったのはレイジのせいだと思っている。

 さすがに敵対しているモデスの暗黒騎士と通じ合っていると知れれば、私の立場が悪くなる。だから、クロキとの事はニーアにも秘密にしている。


「申し訳ございません、レーナ様。レーナ様がそのような覚悟持っていたとは考えが足りませんでした」


 ニーアが頭を下げる。ニーアは私が小さい頃から私の為に働いてくれている。

 私の事が本当に心配みたいだ。


「良いのですよ、ニーア。ですがこの事はレイジ達にはもちろん、誰にも言ってはいけませんよ。良いですね、ニーア」


 私に求婚している男神達がこの事を知ったら争いになりかねない。だからこの事は秘密にしなければならない。


「はい。わかっております、レーナ様。女神が人間の男になど……。誰にも知られないようにします。レーナ様と私達だけの秘密です」


 ニーアの言葉に私は頷く。この事は信頼できる戦乙女の一部だけしか知らない。多分、大丈夫なはずだ。

 再びお腹を触る。

 まだ目立たないからゆったりした服を着ればわからないはずだ。

 そして、魔法を使ったから1ヶ月もしない内に生まれるだろう。

 そもそも、神族は人間族とは違って成長が早い。誰にもばれないはずだ。


「全く、私をこんなに苦しめるなんて……。早く生まれなさい、私の可愛い勇者」





◆魔王モデス


 玉座の間には重臣達が集まっている。

 この魔王城はヴォルガスがまだ生きていた頃、ヘイボスと共に作ってくれた城だ。

 黒大理石と魔法の宝石をふんだんに使った城は、エリオスの宮殿にも負けないだろう。

 その魔王城の玉座の間は広く壮麗である。

 改めてヴォルガスとヘイボスには感謝したい。

 そして、玉座に座る自分の前にはディハルト卿が臣下の礼を取っている。

 彼は正確には配下では無い。しかし、他の者との立場上、自分を陛下と呼び臣下の礼を取ってくれている。

 彼ならばヘイボス神と同じように陛下と呼ばず、モデスと呼び捨てでも構わない。

 しかし、配下の者達の中にはそれを良く思わない者もいる。下手をすると無用な争いを招きかねない。

 だから、余計な争いをしたくないというディハルト卿の気遣いに感謝したい。


「ナットがレイジ達に捕らえられたのですか?」


 ディハルト卿の言葉に頷く。

 ナットが捕まった事を知らせてくれたのはヘイボスだ。

 彼は光の勇者を捕えた映像にナットが映っていたので知らせてくれた。

 ナットは勇者の仲間の女に捕えられていたようだ。そのため、ラヴュリュスの迷宮に一緒に捕えられるはめになった。

 ナットは捕まった時に連絡用の魔法の道具を持っていなかったようだ。おそらく、探知されるのを怖れて捨てたのだろう。

 だから、気付くのに遅れた。


「その通りだ、ディハルト卿。助けに行ってもらえないだろうか?」

「もちろんです。ナットには自分もお世話になりました。陛下の命令が無くても助けに行きます」


 ディハルト卿の言葉に笑う。

 予想通りディハルト卿は助けに行ってくれるみたいだ。

 自分の為に働いてくれた者を見殺しにはしたくない。だからナットは助けたい。

 私の配下の者達の大半は、ネズミ1匹なんか見殺せと言う。

 モーナも役立たずはいらないと言う。

 ディハルト卿だけは違うようだ。

 信義に厚く、誰にでも分け隔てなく優しく接するこの者は信頼に値する。

 モーナはディハルト卿が裏切るかもしれないと言うが、彼からは野心が感じられない。

 むしろ魔王の地位に興味がなさそうだ。


「ディハルト卿よ。迷宮に行く前にヘイボスの所に行くが良い。あの迷宮はヘイボスが作った物だからな」

「承りました陛下。必ずやナットを助けてご覧にいれましょう」

「ありがとうディハルト卿よ。それから余はそなたも大事に思っている。無理はしないでくれ」

「はい、陛下。それでは行ってまいります」


 そう言ってディハルト卿は退出する。

 後には自分と重臣達が残された。


「よろしいのですか、陛下? 閣下を失う事になりかねませんか?」


 黒い翼を持つミュレナス卿が進言。

 彼は元天使族である。天使族を離反しナルゴルに亡命した。今では白い翼を黒く染めてナルゴルの将となっている。

 ただ、彼は剣の乙女とか言う光の勇者の仲間の1人に敗れ、今まで療養中だった。


「良いではないですか、ミュレナス卿。うまくすれば勇者共々死んでくれるのだからね」

「ウルバルド卿! どういう意味だ! 閣下は陛下を守った方だぞ!!」

「何を言っているんだい、ミュレナス卿。ディハルト閣下は強すぎる。あの力は危険だ。それに閣下は魔族ではない。陛下に忠誠を誓っているとは思えないな。死んでもらった方が陛下のためになるかもしれないよ」

「ウルバルド卿! 貴公は魔族でない者は疑うと言うのか!!」


 ミュレナス卿とウルバルド卿が言い争いを始める。

 ウルバルド卿は魔族の中で最強の魔術師だ。しかし、少し性格に難が有る。

 そもそも彼はルーガスの部下だった。しかし、地味な文官の仕事が性に会わず、魔王軍の幹部となった。

 実際はルーガスがただ単に厄介払いしたようだ。ウルバルドは魔術の才能と絶大な魔力はあるが、性格に問題がある。

 他の文官とうまく行かなかったようだ。

 そして他の者と連携が取れず、光の勇者との戦いでも良い所がなかった。

 また、ウルバルド卿は光の勇者の仲間である黒髪の賢者と言う者に魔法戦で負けて瀕死の重傷を負った。なんとか回復したが、まだ体がふらついているみたいである。

 それにウルバルド卿は誤解している。

 ディハルト卿は強い。おそらくラヴュリュスに負ける事はないだろう。

 それはあの迷宮の中でも同じ事だ。

 だが、ウルバルド卿にはそれがわからないようだ。

 いや、ここにいる者でそれがわかる者はいないようだ。


「両名ともやめなさい!!陛下の御前よ!!」


 魔族の女性の騎士であるジヴリュス卿がとめる。

 魔族の女性騎士で構成された近衛騎士団の団長を勤める彼女はモーナの側近でもある。

 魔王城が陥落する時は、彼女がモーナを連れて逃げる事になっている。

 また、光の勇者が魔王城に入る前にディハルト卿に倒されたので彼女は光の勇者達と戦ってはいない。


「すまない、ジヴリュス卿」

「ごめんよ、ジヴ卿」


 2名が謝る。

 だが、ウルバルド卿は本当の意味で謝っていないだろう。


「そうだ。陛下の御前だ、ミュレナス卿にウルバルド卿。これ以上見苦しい姿を見せるならこのランフェルドが卿らを討つぞ」


 ランフェルド卿がそう言うと、ミュレナス卿とウルバルド卿が恐怖で顔を歪ませる。

 両名が束になってもランフェルド卿には敵わない。そして、ランフェルド卿は言った事を必ずやる者だ。

 上からランフェルド卿、ジヴリュス卿、ミュレナス卿、ウルバルド卿の序列である。この4名が四天王と呼ばれ魔王軍の頂点に君臨する。

 そして、四天王の下には八魔将軍がいる。

 この場にはその内の六将軍がいたが、四天王達に遠慮してか何も喋らなかった。


「ウルバルド卿よ。ディハルト閣下は陛下が認められたお方だ。失礼な事を言うべきではないぞ」


 横にいる宰相のルーガスがウルバルド卿を窘める。


「わかりましたよ、宰相閣下。ディハルト閣下にこれ以上無礼な事は言いません」


 そう言うとウルバルド卿は頭を下げる。

 ウルバルド卿には本当に口を慎んでもらいたい。ディハルト卿が本気になればウルバルド卿を一撃で葬る事ができるだろう。卿自身の命ためにも何もするべきではない。

 そう言いたいが、それでは上からの命令で押さえ付けるみたいで嫌だった。母のようにはなりたくない。

 母の事を思い出す。

 全員が母の顔色を窺っていた。喜んで従っていたのは姉のディアドナとザルキシスぐらいだろう。

 母に従わなかった中立の神々は、破壊神となった母に関わりたくなかったに違いない。だから距離を取った。

 母を倒した時もむしろ安堵した声ばかりだった。

 母に従っていた者のほとんどが、母を怖れて従っていた者ばかりだった。ルーガスもその1柱だ。

 母が死んだ事で多くの神が喜んだ。

 だけど、我が心は暗かった。

 そして、母を裏切る程の大罪を犯したにも関わらず、何も得られなかった。

 ミナの血を引く女神達は誰も愛してはくれなかった。

 それどころか危険視され、敵意を持たれたあげくに追放される始末だ。

 そして勇者を送り、我が命を取ろうとする。

 これは母を裏切った報いなのかもしれない。

 この手で母を倒した事は今でも心を締め付ける。我が子に裏切られた母はどんな気持ちだったのだろう?

 やがて、同じ運命を辿るのかもしれない。そう思うと心が締め付けられる。

 我が子ともいえる魔族も裏切るかもしれない。

 愛するモーナも離れるかもしれない。

 そう考えれば今更ディハルト卿の裏切りなぞ気にするだけ無意味だ。

 そして、ディハルト卿の今の境遇はエリオスに居た頃の自分と同じだ。彼のおかげで助かったにも関わらず、皆が彼を危険視する。

 そんな事はすべきではない。してはならない。だが言っても聞かないだろう。

 しかし、母と同じように力で皆の行動を押さえる事もできなかった。

 もし、ディハルト卿が裏切るなら大人しく滅ぼされよう。

 それが母を裏切った者の末路にふさわしいではないか。

 あの誠実そうな者の顔を思い出す。彼からは、このモデスと同じような匂いがする。彼にならば討たれても良いような気がする。

 だから、ディハルト卿よ。必ず生きて戻って来い。このモデスを罰するために。





◆暗黒騎士クロキ


 魔王城の廊下を歩く。

 廊下は広く様々な装飾されて綺麗だ。

 黒大理石の壁や床には美しい装飾が施され、それを数多の輝く魔宝石が美しく照らしている。

 まるで星が輝く銀河の中を歩いているみたいだと思った。

 魔王城が別名で星の城のと呼ばれるのも納得だ。

 この城を歩いていると先ほどの少し嫌な事も忘れられる。

 謁見の間での事を思い出す。

 ウルバルドは敵意を隠そうともしなかった。

 ランフェルドやジヴリュスは、ウルバルド程あからさまではないが敵意があった。

 あの中で敵意が無かったのはミュレナスだけだ。

 彼は魔族では無い。エリオスを裏切った堕天使で、ナルゴルの支配階級である魔族とは違う。だから同じように魔族ではない自分に敵意を持たないのだろう。

 ミュレナスを除く四天王は、上級魔族であるデイモン族出身だ。

 このデイモン族は自分に対して敵意を持っている。新参者である自分が魔族よりも高い地位にあり、モデスの信頼を得ている事が我慢できないようだ。

 自分の配下となった女騎士達も最初は自分に敵意を向けていた。

 その女騎士達は元々モーナの配下である。

 モーナは自分を嫌っている。その彼女の影響のためか、魔族の女騎士達は自分を嫌っている。

 グゥノの話しでは彼女達は自分をスパイするようにモーナから命令されていたそうだ。

 もっとも、それは自分が暴走した事で失敗した。おかげでモーナやジヴリュスからさらに嫌われたようだ。

 これでグゥノ達をモーナの元に返す事は出来なくなった。どうすれば良いのだろう。


「お待ちくださいな、ディハルト閣下!!」


 後ろから声を掛けられる。

 振り向くと1人の少女がこちらに来る。


「これは、プチナ将軍。どうかなされましたか?」


 彼女の名はプチナ。現在の姿は10歳前後の人間の女の子だが、その正体は人熊ワーベアである。

 見た事はないが熊の姿になると10メートルを超える巨体となるそうだ。

 彼女は言葉を話さない魔獣と意志疎通することができる魔獣使いである。

 また、魔獣の軍団を操る所から獣魔将軍プチナと呼ばれる。そしてモデスの直属の配下である八魔将軍の1将である。

 ちなみに魔王軍はモデス直属の軍とモデスに服属する諸王国の軍で構成される。

 諸王国の軍があるとおり、魔王モデスが支配するナルゴルの体制は封建制だ。魔王・領主・家臣の間の緩やかな主従関係により形成されている。

 例えば、カロン王国が良い例である。

 カロン王国の領主ダティエはモデスに従っているが、カロン王国に所属するゴブリン達は直接にモデスに仕えていない。

 つまり、臣下の臣下は臣下でないのである。カロン王国は完全に独立した政治機構を持っている。

 モデスはカロン王国の内政に関与する事はない。

 つまり、カロン王国内で何が起こっても内部問題に留まるかぎり、干渉はする事はないである。

 それは、他の諸王国においても同じである。広大なナルゴルにはオーク族の諸王国やトロールの諸部族等があり、それぞれ独立した政治機構を持つ上に独自の軍団を持っている。

 モデスの直轄地はナルゴルの3割程度である。

 しかし、中央集権体制で無いからと言ってモデスの権力が弱いわけではない。

 魔王であるモデスの力は絶大である。反乱なぞ起こせないだろう。

 そして、モデス直属の軍は他の領主の軍を合わせた以上の力がある。

 それが上級の魔族のデイモン族で構成された暗黒騎士団であり、下位の種族で構成された八つの軍団である。

 暗黒騎士団は四天王と呼ばれる4名の騎士が率いている。

 そして下位の種族で構成された軍団を率いるのは、八魔将軍と呼ばれる様々な種族の出身の将軍である。

 プチナもその八魔将軍の1将である。

 元々は彼女の母親が獣魔将軍だったが、レイジとの戦いによって死んだために娘である彼女が将軍となった。


「いやね、閣下にお菓子のお礼を言いたくてね」

「ああ、その事ですか。気にしないで下さい、プチナ将軍。あれはお礼ですよ」


 リジェナ達の食料を求めているときにプチナから、蜂蜜と女王鮭クィーンサーモンの提供があった。

 おかげでリジェナ達の食事が助かったのである。

 そのお礼にリジェナ達がシロネの所に行った後で、残った蜂蜜を使いお菓子を作ってプチナの所に送った。どうやらプチナはそのお礼を言いたいようである。


「また蜂蜜をあげたら作って欲しいのさ、閣下 ?」

「もちろんですよ、プチナ将軍」

「わーい! ありがとうなのさ、閣下!!」


 そう言ってプチナは抱き着いてくる。

 自分はプチナの頭をなでる。

 プチナは人熊なので本当の年齢はわからない。

 だが、プチナの今の姿は人間の少女である。お菓子をねだるその姿は無邪気な子供だ。

 なので、中々可愛らしかった。

 これで少しは敵対的な人達が減ったかなと思う。

 下位の種族はそこまで自分を嫌ってはいない。むしろ上級種族である魔族を怖がっている。

 だからだろうか、自分が優しくすると簡単に心を開いてくれた。


「そうだ!!あたいも一緒に行って良いかなさ?閣下を手伝いたいのさ!!」


 プチナは笑いながら言う。


「よろしいのですか?あなたは魔王軍の将軍。ナルゴルを離れるのは問題なのでは?」


 彼女はランフェルド等の四天王よりは下位ではあるが幹部である。勝手にナルゴルを離れるのはまずいはずだ。


「まあ良いじゃないさ。硬い事は言いっこなしだよさ~」


 笑いながらプチナは言う。

 しかし、許可ない以上は同行させるわけにはいかない。

 どうやって断ろうかと考えている時だった。誰かが近づいてくるのに気付く。


「お待ちください、プチナ将軍。閣下が困っているではないですか」


 そう言って現れたのはダークエルフの女性だ。

 黒いビキニアーマー姿のため目のやり場に困る。

 彼女の名は妖魔将軍シャーリ。ダークエルフ族出身の八魔将軍の1将だ。

 ダークエルフは魔族の男性に魅せられたエルフを祖とする種族だ。好きになった魔族を追いかけてナルゴルに住み着き種族を増やした。

 そして、ダークエルフ族は魔族の血を引いているためか肌が褐色である。

 彼女達は元はエルフ族であるため、精霊を操る事ができる。

 だけど彼女達はレイジ達が攻めて来た時は精霊が言う事を聞いてくれず、全く役に立たなかったそうだ。

 おそらくレイジの仲間に強力な精霊使いがいるため、精霊がレイジ達を攻撃する事を嫌がったのだろう。

 また、彼女もプチナと同じく食料を融通してくれた。

 ダークエルフ族は魔王直轄の果樹菜園の管理者だ。シャーリからは沢山の果実や野菜をもらっている。

 その野菜を使い料理を作ってお返しに行ったら大層喜ばれた。ダークエルフが知らない料理で美味しかったそうだ。おかげで仲良くなれた。


「シャーリ! あんさんはあたいと閣下の仲を邪魔する気かえ?」


 プチナが自分から離れるとシャーリを威嚇する。個の戦闘能力ではプチナの方が強い。威嚇されたシャーリの顔が引きつっている。


「いえ、プチナ将軍……。私達は陛下直属の将軍。ご命令無しで勝手な事をなさればランフェルド様よりきつい御咎めがあるかもしれませんよ」


 ランフェルドの名前を出されプチナが威嚇するのをやめる。


「うう……確かに。ラン様は怖い」


 ランフェルドの事を考えプチナは怯える。

 プチナが怯える姿を見てランフェルドが少し可哀そうになった。

 彼は魔王軍の規律を高めるために必要な事をしているだけだ。決して悪い人には見えない。


「ですからどうでしょう、閣下。我が配下の娘達を連れて行くというのは。我が娘達は必ず、閣下の夜の役に立つと思います」


 シャーリが頭を下げる。

 なんで夜限定なの?そうつっこまずにはいられない。

 しかし、困った事になった。

 将軍が勝手な事をしたらまずい事は確かだが、その部下を連れて行く事もまずいだろう。

 なぜなら、グゥノ達が黙っていないだろうからだ。直属の配下となった彼女達を連れて行かず、ダークエルフを連れて行けば争いになりかねない。

 どうやって断ろう。


「ねえ、良いでしょ、閣下?」


 しかし、自分が考えているとシャーリが身を寄せてくる。


「ちょ! シャーリ将軍!!」

「こりゃー! シャーリ!!あんさんが閣下を困らせてどないすんねん!!」


 プチナも抱き着いて来る。

 これはまずい状況だ。

 プチナから抱き着かれても微笑ましいだけだが。

 しかし、シャーリはヤバイ。チチがフトモモがヤバイ。

 鎮まれ――!!鎮まれ――!!自分の中の暴竜よ鎮まれ―!!

 必至に素数を数える。4、6、8、10……って何か素数じゃないような気がする。


「何をなさっているのですかな、あなた方は?」


 困っていると誰かが近づいて来る。


「フェルトン! ゲウーデ!!」

「フェルトン将軍! ゲウーデ将軍!!」


 プチナとシャーリが近づいて来た者達を見て自分から離れる。

 現れたのは天魔将軍フェルトンと冥魔将軍ゲウーデという名の2将軍である。


「中々色っぽい話しをなされているようですね。私も混ぜていただけませんか?」


 フェルトンが笑いながらプチナとシャーリに言う。

 しかし、笑ってはいるが目が笑っていない。フェルトンは大体いつもそうである。

 常に笑みを浮かべているが本当は笑っていない。

 フェルトンはケール族の男性である。

 ケール族はインプ族やエンプーサ族と同じ下級魔族である。黒い肌に巨大な蝙蝠の羽が背中から生えて、頭には2本の角を持つ種族だ。その姿は自分達の世界で知る悪魔の姿にもっとも近い。

 フェルトンは魔法にも精通した戦士である。上等な赤と黒のローブを着て、腰には剣をぶら下げている。

 またフェルトンの配下は下級魔族で構成されている。そして、フェルトンは八魔将軍筆頭でもある。

 レイジ達と戦った時は、ランフェルドの副将として出陣した。そして、重傷を負ったランフェルドを担いで魔王城まで撤退させた功績がある。

 その時、彼の配下の軍団はレイジ達を足止めするために壊滅したらしい。もっともそのおかげで暗黒騎士団は全滅を免れたそうだ。

 一緒に来たゲウーデは元ケール族のアンデッドの将軍だ。

 死霊魔術に長けている彼はその力を高めるために自らアンデッドとなった。

 ローブで姿を完全に隠しているが、その下には靄のような黒い影があるだけである。

 物理攻撃が完全に無効らしいが、その分不安定で脆い所もあるらしい。

 そして、彼は八魔将軍の軍の中で最大規模の100万を超えるアンデッド軍団を率いていた。

 ただし、その軍団はレイジによって一瞬で消滅させられた。自身もレイジによって消滅させられかけたらしく、モデスが魔法で回復させなければ完全に消えていたそうだ。

 ゲウーデは同じケール族出身のためか、フェルトンと行動を共にする事が多い。


「プチナ将軍にシャーリ将軍。閣下が困っているではありませんか。ここは退き下がってはいかがですかな」


 フェルトンは笑いながら言う。


「もしどうしても閣下に用があるのでしたら、私が変わって貴方達のお相手をしますよ、どうですかな?」


 フェルトンがプチナとシャーリに詰め寄ると2名は嫌そうな顔をする。


「ぐぐぐ、わかりましたのさ。また今度お話しをするのさ」

「……私も。また今度」


 そう言ってプチナとシャーリは逃げるように去っていく。

 フェルトンはいつも悪巧みをしていそうな風貌であり、笑い方も厭らしい。そのため彼を苦手とする者は多い。

 しかし、実際に話して見ると常識的な考え方をしている上に思いやりもあったりする。

 わざと憎まれ役を買って出て組織の規律を守っているような気がする。


「助かりました、フェルトン将軍」


 フェルトンに頭を下げる。


「いえいえ、滅相も無い。それにしても大変ですな、閣下も」

「はい、好意を持ってくれるのはありがたいのですが……」


 だが、勝手な事をされては困る。

 そもそも彼女達と仲良くしようと思ったのは、敵意に囲まれて生きるのは嫌だと思ったからだ。

 彼女達が自分のためにしてくれるのは嬉しいが、そのために余計な争い事を増やす事になったら意味が無い。

 自分が原因で争いになれば敵意を持つ者はさらに増えるだろう。

 全ての者と仲良くできるとは思わないけど、争いはなるだけ避けるべきだ。

 だから、フェルトンが助けてくれた事は素直にありがたい。

 フェルトンは魔族にしては珍しく自分を嫌っていないようだ。後ろのゲウーデからはあまり良い感じがしない。ウルバルド程ではないが敵意を感じる。

 しかし、なぜフェルトンが好意的なのかと勘繰るのは失礼だ。ここは素直に好意を受け取っておこう。


「また何かありましたら、このフェルトンをお頼り下され、閣下」

「ありがとうございますフェルトン将軍。ではこれで」


 そう言ってフェルトンに頭を下げ背を向けて歩き出す。

 魔王軍には色々な者がいる。

 自分は万人に好かれる程、魅力的な人間ではない。それでも好意を持ってくれる者を裏切りたくはないし、力になりたい。

 だからこそ、ナットは助けてあげたかった。

 そう思い自分は魔王城を後にした。




◆天魔将軍フェルトン


「お主にしては珍しいではないか、フェルトンよ?」

「何がですか、ゲウーデ?」

「もちろん、ディハルト閣下の事よ、フェルトン。我らの中で、お主が一番閣下を危険視しそうではないか?だがお主は閣下を気に掛けておる。何故じゃ?」


 ゲウーデの言葉を聞いて笑う。


「閣下は私達が勝てなかった光の勇者を倒したお方です。そして陛下に信頼されておられる方ですよ。気に掛けるのは当然です」

「本当にそうか?他に理由がありそうに感じるのじゃが……」


 どうやらゲウーデの目はごまかせないみたいだ。本当の事を言おう。


「……陛下の境遇と同じだからですよ、ゲウーデ」


 私の言葉にゲウーデが首を傾げる。


「陛下と同じ……。どういう意味じゃ?」

「良く考えてごらんなさい、ゲウーデ。かつて陛下もエリオスに居た時に、エリオスの神々のから危険視されていました。陛下のおかげで助かったにも関わらず、です。その時の陛下の状況と閣下の状況は似ていると思いませんか?」


 その事を考えれば腸が煮えくりかえる。奴らは陛下のお陰で助かっておきながら陛下を邪魔者扱いした。

 エリオスの奴らはさらに陛下を追放した。許せる事ではなかった。

 いつか、奴らを痛い目に会わせてやる。その時に閣下の力は必要になるだろう。

 だから、閣下に陛下の味方であってもらわねばならない。

 つまらない嫉妬で敵に回すなど愚の骨頂だ。

 その事をゲウーデに説明する。


「なるほどな……」

「そうですよ、ゲウーデ。さらに言えば、奴らはあの忌々しい勇者を送り込んで来ました。陛下が一体何をしたのでしょう?ただ危険だというだけで……。そして、閣下のおかげで陛下を危険に晒さずに済んだのです。また、閣下は陛下に対して友好的です。みすみす敵に回す愚は避けるべきですよ」

「そうか、だから閣下を気に掛けているのか……」


 ゲウーデの言葉に頷く。

 おそらく陛下も同じ事を考えているのだろう。

 陛下はどこか、ディハルト閣下と自身を重ね合わせている。だからこそ閣下の事を気に掛ける必要がある。


「そうですよ、ゲウーデ。閣下と陛下を同じ目に会わせる事はしてはならないのです。あのエリオスの下劣な奴らと同じ事をしてはいけません」


 そうだ。あの愚劣で滅ぼすべき存在であるエリオスの神々と我々は同じであってはならない。

 だから閣下を陛下と同じ目に会わせてはならない。


「ふむ、お主の考えはわかった。ところでフェルトンよ、お主はまた人間達にちょっかいをかけるつもりか?」


 ゲウーデの言葉に頷く。


「もちろんですよ、ゲウーデ。陛下はエリオスの奴らに何もしないつもりですが、私は違います。奴らの愛している人間共を苦しめねば気が済みません」


 私は陛下に隠れて配下の者達を人間達の元に送っている。理由はもちろん苦しめるためだ。

 人間の王を操り、そこに住む人間を苦しめたり、人間の国に毒をばらまいたりしている。

 陛下の命令では無いから大っぴらにはできないがそれぐらいは良いだろう。

 エリオスの連中は人間の繁栄を願っているようだ。だから、それを邪魔してやる。

 この世界は魔王陛下の物だ。

 いずれ時が来たらエリオスの連中を滅ぼしてやる。

 その未来を考えると自然と笑いが込み上げてきた。




◆闇の女王モーナ


「そうですか、ジヴ。グゥノは失敗したのですね……」

「申し訳ございません、モーナ様。グゥノはディハルト閣下の虜になったようです。もはやモーナ様のお役には立ちません。これは私の失態です。いかような罰も受ける所存でございます」


 四天王のジヴが私に頭を下げて報告する。

 どうやら私の考えはディハルトにお見通しだったようだ。

 グゥノ達にはディハルトの弱点を探るように命令していた。どんなに強い者でも何か弱みがあるはずだ。

 そして、もしディハルトがモデス様の敵になるようなら速やかに排除するつもりだった。

 だが、それも奴の行動によりできなくなった。

 グゥノ達はディハルトの虜になってしまった。送ってたった1日で虜にするなど、なんて奴だろう。


「全く魔族と言えども所詮は女ですか……。役に立たないわね」


 そう言うとジヴの体が震える。

 冷めた目でジヴを見やる。

 役立たずは死ねば良いと思う。

 正直に言ってジヴに罰を与えてやりたい。

 しかし、ジヴはモデス様が私を守るために与えて下さった部下だ。

 罰を与えるにはモデス様にお伺いを立てねばならないだろう。だが、理由が理由なだけにそんな事はできない。


「もう良いわ。下がりなさい、ジヴ」


 追い払うようにジヴを下げる。ジヴは申し訳なさそうに退出した。

 全く魔族は役に立たない。ジヴが退出した扉を見てそう思う。

 どうすれば良いか考える。あの男は危険だ。ほんの数日で魔族の娘を虜にしてしまった。

 もし、あの男が敵になったらと思うとぞっとする。そうなれば、私の愛しいモデス様の命が危ない。

 今はまだ大丈夫かもしれないが、先の事はわからない。

 だが、どんな事になっても必ずモデス様は守る。

 モデス様を想いそう思った。

魔王の配下を出しましたが、すでに敗北しているので活躍する事は多分ないです。

取りあえず魔獣を操る将軍とアンデットを操る将軍はお約束だと思い出しました。

仕事がきつくなってきたけど可能なかぎり書いて行きたいと思います。

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