地下迷宮
◆黒髪の賢者チユキ
「よくこんな道を見つけたわね」
細い通路を歩きながら言う。
罠のある正面の通路を避け、横の壁にある隠された通路を歩く。
「まあ、楽で良いっすね。この道はつい最近に多く人間が通った形跡があるっす」
ナオが振り返って言う。
今のナオの頭の両側には獣の耳が見え、お尻からはシッポが生えている。いわゆる半獣状態である。ナオが完全に獣化すると翼の生えた美しい豹の姿となる。
ナオは獣化していくごとに感知能力が鋭くなり、身体能力が上昇する。しかし、その代わり手先の器用さが下がり、装備できる武具防具が減り、また精神魔法に対する耐性が下がる。
つまり、獣化はメリットもあればデメリットもある。そのため、使い所を考えなくてはならない。
今は探索をするために半獣化状態になっている。探知能力が上がったナオが言うのだから、間違いなく連れ去られた人達はこの道を通ったのだろう。
「だとすればこの道で間違いないな。それにしても全く手ごたえがないな」
「ほんと、何も無くてつまんない」
「もう、レイ君にリノちゃん! 何も無い方が良いよ!」
サホコの言う通りだ。何も無い方が良い。
でも確かにうまく進み過ぎている気がする。これだけ大掛かりな拉致を行ったミノタウロスの狙いがわからない。それとも特に狙いはないのだろうか?
先行しているゴーダン達が魔物を全て倒してくれているから、地表を行くよりもはるかに楽だ。
私達は罠だらけの1階層を踏破して2階層を行く。ここまで特に何も無い。
この道はこの迷宮の探索を行った自由戦士達が見つけた物だ。この通路を見付けるまでどれだけの人が犠牲になったのだろう。
自由戦士達は4階層までなら踏破している。私達は彼らの見つけた安全な道を行くだけなので楽だ。ただし5階層から下はほとんどわからないらしい。何しろ戻って来た者がいないのだ。
おそらく私達の出番は5階層からになるだろう。
迷宮の通路を進んでいるとシズフェ達が立ち止まる。
「どうしたんだい、シズフェ?」
「レイジ様。ここから先は地下3階層になります。ここからはやっかいな魔物がでますのでお伝えしようと思いまして」
シズフェの前には地下3階層へと降りる梯子がある。
「そうなの? ちなみにどんな魔物が出るのですか?」
「アケファロスとイビルアイです。この魔物達が3階と4階を徘徊しています」
アケファロスとは首が無い人間の姿をした魔物だ。ただ首が無い代わりに人間の両胸に目があり、お腹の所に口がある。中国の刑天という妖怪に似ている。
アケファロスは鉄の体を持つ上に、武器を扱う能力に優れていて、また口から強力な酸を出すらしい。
そして、イビルアイは巨大な目玉に視神経のような触手がついた魔物だ。巨大な目から放つ光は対象を麻痺させたり、魅了したり、石化させる。
そして動けなくなった獲物を触手で絡め捕り生気を奪うそうだ。
どちらの魔物も普通の人間にとってかなり危険である。
シズフェ達は過去に探索隊に参加したときにアケファロスに遭遇したそうだ。
その時は探索隊の自由戦士の半数が犠牲になったが、なんとか逃げる事に成功したらしい。
先行したゴーダン達は大丈夫なのだろうか?
シズフェはアケファロスに遭遇した時の事を思い出しているのか不安そうだ。
「大丈夫だ、シズフェ。俺達がついている。だから安心しな」
「レイジ様……」
レイジが言うとシズフェが嬉しそうな顔をする。
そして横にいるノヴィスは面白くなさそうだ。
「先に行っているゴーダン達が心配ね。急ぎましょう」
◆自由戦士の少女シズフェ
「空気弾!!」
ソニックウェーブよりも下位の魔法をマディが放つ。
これにより巨大蝙蝠は方向感覚を失ってふらふらしだす。
そこを私とケイナ姉が落していく。
これぐらいの魔物なら私達でも勝てる。
私達の後ろにはレイジ様達がいる。
4階層までは私達が頑張るべきだ。こんな雑魚相手にレイジ様の手を煩わせる必要はない。
右から来たゾンビをノヴィスとレイリアさんとノーラさんが倒す。
「止まるっす! シズフェさん!!」
ナオ様の声に私は止まる。半分獣のような姿になったナオ様は鋭い感覚を持つそうだ。
「何か来るっすよ……」
ナオ様が壁の割れている部分を指差す。そこから巨大な目玉が出て来る。
「イビルアイ!!」
目玉の後ろには気持ち悪い触手が蠢いている。
「光よ! みんなに守りを!!」
聖女様の声が響く。そして次の瞬間イビルアイの目玉が光る。
私は思わず顔を手で覆う。
そして目を開けるが何ともない。私の周りを光の粒が舞っている。
どうやら聖女様が魔法で守ってくれたようだ。
「下がりなさい、シズフェさん」
賢者様が前に出る。
「賢者様! イビルアイは耐魔力が高いです。魔法では倒せません!!」
マディが賢者様に忠告する。確かにイビルアイは魔法に強い。ここは魔法では無く剣で戦うべきだ。
「大丈夫よ、見てなさい。爆裂弾!!」
賢者様の前に赤い光球が現れるとイビルアイに向かって行く。
そしてイビルアイに当たると爆発して目玉を完全に破壊する。
「嘘……魔法で倒すなんて……」
マディが信じられないという顔をする。
「おっと、まだ来てるっすよ」
ナオ様が今度は別の方向を指す。
「今度はリノがやるね。サラマンダーさん、お願い!!」
リノ様の手から火のトカゲが出ると浸みだすように現れたスライムを焼き尽くす。
あの色のスライムは過去に見た事があるが凶悪な酸を出して来る危険な相手だ。
レイジ様の奥方様達は一瞬にして2匹の魔物を倒してしまう。
「それじゃ先に行こう」
レイジ様がそう言うと皆があるき始める。
まるで何事もなかったかのようだ。
「すげえな……。あっさり倒しちまった……」
ノヴィスが呻くように呟く。
私もそれを聞いて頷く。
黒髪の賢者チユキ様。
純白の聖女サホコ様。
精霊使いのリノ様。
探知能力に優れたナオ様。
そして、彼女達を束ねる光の勇者レイジ様。
いずれも美しさと強さを兼ね備えた人達だ。
後、今はいないけど剣の乙女と呼ばれる方もいるらしい。この方もきっとすごいのだろう。
世の中にこれ程の人達がいるとは思わなかった。彼らに勝てる者がこの世にいるとは思えない。
レイジ様達は堂々と先へと進む。どんな魔物も彼らを止める事はできないだろう。
「私達も行こう」
私が言うとみんな頷く。
そして、私達もまた先へと歩き始めた。
◆黒髪の賢者チユキ
「おおおおおお!!」
地下4階に降りてゴーダン達に追いつくと。ゴーダンはアケファロスと戦闘中だった。
アケファロスの盾とゴーダンの斧がぶつかる。
アケファロスはゴーダンの斧を弾き返すと剣でゴーダンを攻撃する。
ゴーダンはそれを後ろに下がって避ける。
なかなか良い勝負をしている。だけどゴーダンの方がやや押されているみたいだ。
アケファロスの体は2メートルあり、巨体のゴーダンと同じ位だ。
あたりには自由戦士達が倒れている。アケファロスとゴーダンの戦いに巻き込まれたようだ。良く見ると中には鎧や盾が解けている者がいる。
ゴーダンが離れるとアケファロスがお腹の口を開ける。
「糞がっ!!」
ゴーダンは巨大な盾を構える。
アケファロスは口から液体を吐き周囲に何かが撒き散らかす。
「ぐわああああああ!!」
ゴーダンは盾で防いだが後ろにいた自由戦士がアケファロスの口から出た物を浴びる。
液を浴びた自由戦士の体から煙が出て叫び声を上げる。鎧ごと溶かしているみたいだ。
ゴーダンの盾が無事なのはおそらく魔法がかかっているからだろう。
ドワーフの自由戦士と魔術師がゴーダンを援護する。
「こりゃやばいっすね……」
ナオの言う通りこのままだと負ける。ゴーダンは善戦しているがアケファロスの力に押し切られている。
それでも他の自由戦士とは違い戦えているだけ、さすがは地の勇者と言うべきだろうか?
でも、もうもたないだろう。手助けをするべきだ。
「ここは俺が行こう。ここまでほとんど何もしていないからな」
レイジが前に出て剣を抜く。
余裕の表情だ。まあ、あれくらいならレイジは一撃で倒せるだろう。
「いくぜ、閃光烈破!!」
レイジは素早い動きで間合いを詰めるとアケファロスを光速の連続攻撃で斬り裂く。
体を細切れにされたアケファロスはそのまま崩れていく。
「すげえ……」
「剣閃がまったく見えなかった」
「これが光の勇者の力」
それを見た自由戦士達が感嘆の声を上げる。
「もうしわけございやせん、光の旦那」
助けられたゴーダンが近寄り頭を下げる。
サホコが怪我をした自由戦士達を治療する。
先行していた自由戦士達はほとんどが動けなくなり、まともに動けるのはわずかみたいだ。
「もうそろそろきついみたいね。後は私達だけで行きます」
私はシズフェ達やゴーダン達に言う。
彼女の案内で罠のある部屋を避け、安全な道を通りここまで来る事ができた。
ここから少し先に5階層に降りる場所があるはずだ。5階層からはこの場にいる自由戦士で案内が出来る者はいない。そして、これ以上一緒にいられても足手まといだ。
だから、ここからは私達だけで行こう。
「ごめんなさい、レイジ様。最後まで案内できなくて……」
シズフェがレイジに謝る。
「気にするなよ。そうだな、帰ってきたら一杯付き合ってもらおうか。出来れば2人っきりでね。良いかな?」
レイジは爽やかに笑いながら言う。
「はい、ぜひご一緒に」
シズフェは嬉しそうに言う。これで帰った時の楽しみができたみたいだ。
シズフェ達とゴーダン達は来た道を戻る。
後には私達だけが残された。
「ここからは私達だけよ。ナオさんこの道であっている?」
「間違いはないと思うっす。明らかに自由戦士じゃ無い人間がここを通った匂いがするっす」
ナオは周囲の匂いを嗅いで答える。
「じゃあ連れ去られた人がこの先にいるのかな?」
「多分そうだろうな、サホコ。問題はどこまで続くのかだ」
レイジが真剣な顔で言う。確かに地下迷宮はどこまで続くのかわからない。
あまり長く続くようなら一旦帰るべきだろう。
「私はそろそろ帰りたーい。ここ暗いもの」
「もう少し我慢して、リノさん。それに少しは明るいでしょ」
この迷宮は地下1階からずっと魔法の灯りがあって少し明るかった。
この迷宮は暗視能力が有る者のために作られてはいないみたいだ。
「ところでどこまで行くっすか?」
「まあ、できれば連れ去られた人がいる所まで行きたいのだけどね……。次の階層で見つからなかったら一旦帰りましょう」
最低でも誰も行った事のない5階層に行かなければならないだろう。そうでなければ何のために私達がいるのかわからない。
「それじゃ行くか、みんな」
レイジの声で私達は先に進む。
◆自由戦士の少女シズフェ
「はあ……何とか戻って来れたね」
私は地表に戻って来て息を吐く。
行きと違いレイジ様達がいないので、ここまで戻るのも一苦労だったが何とか戻って来れた。
周りには同じように戻った自由戦士が安堵の表情を浮かべている。
第4階層は危険な階層だ。
あの階層に入って犠牲者が1人もいなかったのは奇跡だ。これもレイジ様達のおかげだろう。
「それにしてもすごい人達だったね……」
マディが地下1階へ降りる階段を見ながら言う。
「確かにあれはすごいな……。私が精霊と話が出来た時でもあれ程うまく精霊とは仲良くできなかった」
ノーラさんがリノ様の事を思い出して言う。
「聖女様もすごいですわね。あれほどの治癒魔法を使えるのですから」
「ナオって娘もすごいな。あの狭い中であれ程の動き出来るなんてよ」
レイリアさんとケイナ姉がそれぞれ聖女様とナオ様を誉める。
「賢者様の魔法もすごかった。私じゃいくら勉強してもあれだけの魔法は使えないよ」
続けてマディが賢者様を誉める。
皆がレイジ様達の事を口々に褒める。
ノヴィスには悪いが、あれこそ本当の勇者様だろう。
他の勇者とでは天と地以上の差がある。
私は火の勇者と呼ばれるノヴィスの方を見る。ノヴィスはどことなく不機嫌だ。
もしかすると、ノヴィスはレイジ様に対抗意識を持ったのかもしれない。
小さい頃から知っているがノヴィスは負けず嫌いだ。だけど、レイジ様に対抗意識を持つ事は意味が無いと思う。
なぜなら、レイジ様は女神様に選ばれた存在だ。勇者と呼ばれる人は他にもいるけど、女神様に愛された勇者はレイジ様だけだ。レイジ様こそ本当の勇者である。
だから特別な存在であるレイジ様に対抗意識を持つなんてあまりにも愚かだ。
「ノヴィス、何不機嫌そうな顔をしているの?」
「別に……。不機嫌じゃない」
その表情を見てため息が出る。
「もう、あなたじゃレイジ様に敵うわけないじゃない! 対抗したって無駄よ!!」
「なっ!!!」
私が言うとノヴィスが変な声を上げて私を睨む。
その顔を見て思った通り図星だったのだと思う。やっぱりレイジ様に変な対抗意識を持っていたのだ、大人になりなさいよと言いたい。
「まあ、そう言うなよシ~ズフェ♪」
ケイナ姉が私の後ろから抱き着く。
「ケイナ姉?!!」
振り向くとケイナ姉はにやにやと笑っている。
「にししし、ノヴィスはな、光の勇者が最後にシズフェを誘ったのが面白くないんだよ。そうだよなノ~ヴィス」
「ケイナ姉!!!」
ノヴィスが叫ぶ。
「私がレイジ様に誘われたたのが面白くない……。なんで?」
「そりゃシズフェを取られ……もがもが」
ノヴィスがケイナ姉の口を塞ぐ。なんか良くわかんない。
「良くわからないけど。レイジ様が私を誘ったのは社交辞令だよ。私なんかを本気で相手にするわけないじゃん」
レイジ様は私を2人きりで飲みに行きたいと言っていたが本気なわけがない。何しろあんなに綺麗な女性達がいるのだから、私と飲んでも面白くないだろう。
「はあ……シズフェにはわかんねえか……。ありゃ本気だった……」
ノヴィスが首を振りながら言う。
しかし、どう考えてもレイジ様が私なんかを誘うとは思えない。
そして、私がレイジ様に誘われた所でノヴィスに何の関係があるのだろう?
「もう、何わけのわからない事を言っているのよ! そんな事よりもテセシアに戻りましょ!!」
私はそう言って歩き始める。
後ろから仲間達のため息が聞こえる。
一体何なのだろう?
◆黒髪の賢者チユキ
私達は広い空間に出る。
広間の奥に巨大な扉がある。
あの扉の向こうの部屋から5階層へと降りる事ができるらしい。
だけどこの広間には恐るべき守護者がいる。
私達は広間の中心を見る。
そこには1体の巨大な金属製の巨像ゴーレムが立っていた。
「あれが5階層への道を塞ぐ門番ね」
シズフェの話しではあのゴーレムのせいでほとんどの人が5階へ降りる事ができないそうだ。
しかし、あのゴーレムの隙をついて5階へ降りた人もいると聞いている。ただし、戻って来た人はいないそうだ。
「どうする、レイジ君。あのゴーレムを倒す? それとも迂回する?」
無駄な戦闘を避けるのも1つの手だ。それに戻って来た人がいない事を考えると5階層に何かがあるのかもしれない。力を温存しておいた方が良いのかもしれない。
「いや、ここは戦おう、チユキ。もし5階層に連れ去られた人がいた時に帰りの障害になる」
レイジが剣を抜く。
レイジの剣はレーナからもらった光の聖剣だ。鞘から抜くと黄金の光が剣身から溢れ出す。
「それもそうね」
私は杖を構える。
「それじゃ行くっすかね」
ナオもブーメランを構える。
「最初は誰が行くの?」
「私が行くわ、リノさん。リノさんはこの閉じられた空間では精霊の力を借りられないでしょ」
そう言って私は前にでる。
リノは精霊魔法と精神魔法が得意だ。
だけど精霊は閉じられた空間だと呼び声に応えてくれない。
リノはこの迷宮に入る時に火蜥蜴サラマンダー等の下位の精霊を連れて来ているからある程度は戦える。しかし、ここでは上位の精霊を使役する事はできないだろう。
そして、相手は無生物の巨像ゴーレムである精神魔法は通じない。
つまりリノとは相性が悪い。
だから私が前に出る。
巨像はある程度近づかないと動かないみたいだ。微動だにしない。
巨像は異様な姿をしている。2人の人物が背中合わせにつながっているような姿だ。手が4本に足が4本。そして4つの手にはそれぞれ大きな魔法の剣らしき物が握られていている。
5メートルはある鈍く光る金属の体は硬そうである。
私は魔法を発動させる。前に私と同じ大きさの赤い光球が現れる。
「極大爆裂弾!!」
赤い光球が勢いよく動き巨像に当たると爆発する。
爆裂弾は、爆裂の威力を落さずに範囲を狭くした私のオリジナルの魔法だ。その爆裂弾を強化して放った、いくら強固な巨像でもただでは済まないだろう。
爆発による煙が晴れる。巨像の腕の1本が垂れ下がり全身にひびが入っている。
「硬い。全部壊れなかったみたいね……」
もう少し火力の高い魔法を使えば良かったと思う。室内だからと思って少々弱くしすぎた。
それに巨像は何か特殊な金属で出来てるみたいだ。かなり硬いみたいである。
それでもかなり破壊できたと思う。後数発当てれば粉々だ。
巨像の4つの目が赤く光る。攻撃を受けた事で私達を認識したみたいだ。
すると突然部屋の壁と床に光の帯が現れる。
「えっ!! あれ? ねえ再生してない?」
サホコが驚きの声を出す。
部屋の壁や床の光に呼応するように巨像の体が光り、垂れ下がっていた腕が徐々に元に戻ろうとしている。全身のひび割れが少しづつ消えていく。
「まさか自己修復機能があるなんてね。おそらく、この部屋全体に仕掛けられた魔法の装置の影響でしょうね」
かなりやっかいな敵のようだ。
巨像は動き出すと剣を掲げてこちらに向かって来る。
レイジが前に出る。
「させるかよ! 閃光烈破!!」
レイジの光速の連続攻撃により巨像の動きが止まる。
「避けて、レイジ君! 三重極大爆裂弾!!」
私はレイジが横に避けた瞬間に強化した爆裂弾を三つ放つ。
爆発により巨像は後ろへと吹き飛ぶ。
「やったの?」
「いえ、まだよ!!」
私はサホコの声を否定する。
見ると巨像の持つ4つの剣が光り、防御の姿勢を取っている。最初の時のようにはいかないようだ。
ダメージは与えられたみたいだけど、倒す事はできない。
巨像が動きを止めると再び部屋が光りだす。すると巨像が回復していく。
生半可なダメージでは倒せないみたいだ。だけどこれ以上、火力が高い魔法を撃てば部屋が壊れかねない。
「これでも喰らうっす!!」
ナオがブーメランを放つ。
ブーメランは鎌鼬を発生させながら巨像にせまる。
再び巨像の持つ4つの剣が光る。
すると巨像の周りに金色の光の膜が現れる。
光りの膜に当たりブーメランの動きが鈍ると、巨像の剣によりブーメランははね返される。
「およっ?! 中々硬いっすね」
ナオが感心して言う。
ナオは素早く探知能力に優れているが攻撃力が弱い。
ナオの攻撃では巨像にダメージが通りにくいみたいだ。
「ナオさんとリノさんは下がって! 私とレイジ君で倒すわ!!」
リノとナオでは相手にダメージを与える事は難しい。ここは私とレイジで戦うべきだろう。
「いや、チユキも下がってくれ。ここは俺が1人でやる」
そう言ってレイジは私を下がらせようとする。
「良いの、レイジ君? あのゴーレムはかなり強いみたいよ」
「大丈夫だ、チユキ。それに試したい事もあるからな」
そう言ってレイジは不敵な笑みを浮かべる。
そして、背中からもう1本の剣を抜く。剣はレーナからもらった聖剣程ではないが名の有るドワーフが作った1品だ。
レイジは2本の剣を構える。二刀流である。
正直に言ってこの姿はシロネには見せられない。なぜならこれはシロネの幼馴染に勝つための物だからだ。
敗北したレイジは強くなるために考えて二刀流に行きついた。
レイジは進化する化け物だ。今度戦えばシロネの幼馴染に勝つだろう。そしてもう2度とレイジには敵わない。
レイジが巨像に突撃する。巨像は4本の剣を構え迎え撃つ。
レイジは巨像の大剣を2本の剣で巧みにさばいていく。
「すごいっすね、レイジ先輩は。あんな動きはナオじゃ無理っすよ」
ナオが感嘆の声を上げる。ナオは私達の中で一番身体能力が高い。そのナオでもまねできない動きをするレイジは本当に化け物だ。
実はレイジは両利きである。両手にペンを持ち同時に文字を書く事ができる。最初にそれを見た時は驚いた。そのためか、2本の剣を違和感無く同時に操る事ができる。
巨像はレイジよりも巨体で大剣を4本も持っている。それに対してレイジは2本しか剣を持っていない。それにも関わらず巨像は押されている。
レイジの息もつかせぬ連続攻撃により巨像は壊されていく。
顔は見えないが笑っているのがわかる。
あれは楽しんでいる。レイジに取ってあの程度の敵は遊び相手にしかすぎないようだ。
だけど、体を壊されても部屋が光るたびに巨像が回復していく。あれでは倒しきれない。
「さすがに面倒くさいな……。ならこれならどうだ!!」
そして、レイジは後ろに跳び巨像から少し離れる。
「くらえ!!光翼天破!!」
レイジは剣を低く構えると、全身をバネのようにしならせて相手に向かって飛ぶ。その速度は凄まじく、まるで1本の光の矢のようだ。
あの技は過去に見た事がある。全身をバネのように弾かせ飛ぶ体当り攻撃だ。予備動作が大きいから避けられ易いが、当たればどんな物でも貫く程の威力がある。
レイジの攻撃が巨像に当たり打ち貫かれる。
そして通り過ぎた後には、巨像の体に大穴が開いている。そして、その穴を中心にひびが入り巨像は砕ける。
再び部屋が光る。しかし、巨像が回復する様子はない。
粉々にされてしまい、もう再生はしないみたいだった。
「やったっす!!」
「レイジさん!!」
「レイ君!!」
3人がレイジの所に駆け寄る。3人はすごいすごいと言いながらレイジに抱き着く。
私も本当にすごいと思う。あの巨像を実質たった1人で倒してしまった。
しかも、まだレイジは本気を出していないように見える。
私もレイジに駆け寄る。さすがに抱き着きはしないが賞賛せずにはいられない。
「やるわね、レイジ君!!」
「当然。惚れ直しただろ?」
レイジは私を見て笑う。
本当に調子に乗らなければ最高なのにと思う。
まあそれがレイジなのだから仕方がない。
「もう、何を言っているのよ! 先に行きましょ」
そう言って私は巨像が守っていた扉を見る。
ここから先は何が待っているのかわからない。
私達は扉を開けて入る。
下に降りる階段がある。
階段を降りるとそこは大きな部屋へと行きつく。
大きな部屋は先程の広間よりも小さいが中々の広さだ。そして中央に魔法陣がある。
「これは転移の魔法陣? ここから先に行くにはこの魔法陣で移動しないと駄目みたいね」
私は魔法陣に近づいて言う。
「チユキさん。靴が落ちてるっす」
ナオが何かを見つけたみたいだ。
みんながナオの所に行く。
「これ、子供の靴みたいだね」
リノの言う通り靴は小さく子供用みたいだった。
「やっぱり連れ去られた人達の中にいた子供の物なのかな?」
「間違いなくそうだろうな、サホコ。おそらく魔法陣でどこかに移動させられたんだろうな」
私もレイジの言う通りだと思う。連れ去られた人達はどこかに転移させられたのだろう。
「どうする、レイジ君。転移先がどうなっているのかわからないのだけど……」
「行くしかないだろうな。生きたまま連れ去るくらいだ。人間が生きられないような場所じゃないはずだ」
「確かにそうね……」
生きたまま連れ去るのだ。人間がすぐに死んでしまうような危険な罠になっているとは考えにくい。例えば転移先が炎の中というような事は無いだろう。
魔法陣を調べると転移は一方通行になっている。転移したら戻って来れないかもしれない。
だが行かなければ何もわからないだろう。
誰かを1人を残しておくと良いのかもしれない。だけど、レイジは最大の戦力であり残せない。
魔法の仕掛けがあるかもしれないから私も行く必要がある。
探知能力に優れたナオも連れて行きたい。
サホコの治癒魔法は外せない。
リノは適任だが仲間外れは嫌がるだろう。
だから全員で行くしかない。
私達は顔を見合わせると頷く。
そして、全員で魔法陣に入る。
魔法陣が光り出す。
景色が歪み収まると私達はどこかの部屋に飛ばされる。
部屋は密室では無く、部屋の外から光が差し込んでくる。
「明るい。どうなってるの?」
サホコの言葉で私達は外へと向かう。
「すごい広いっすね……。迷宮の中とは思えないっす」
ナオの言う通り、広い空間がそこにあった。都市が10個以上は入るような広さで、天井は非常に高い。
そして天井には1つの都市と同じぐらいの巨大な水晶が突き出ている。光りはその水晶から出ている。
その光のおかげでこの広い空間は迷宮の中とは思えない明るさだ。
「森や湖もある。まるで外にいるみたいだよ」
リノが驚きの声をあげる。
私も驚きだった。迷宮の中にこんな場所があるとは思えなかったのだ。
「畑があるな。誰か住んでいるみたいだな」
レイジが遠くを見ながら言う。
私達が飛ばされたのは祠のような建物だ。その祠は少し丘になっている所に建てられている。そのため、広い空間全体を見る事ができた。
広い空間には森や湖に畑があるのがわかる。
「遠くに街があるみたいっすね……」
ナオが見ている方角を見る。
そこにはいくつかの建物が見える。
「行くしかないな。おそらくこの場所に連れ去られた人達がいるんだろう。だから進もう、みんな」
レイジの言葉に私達は頷く。
何が待っているのかわからない。だけど今は進むしかないだろう。
私達は街に向けて歩き始めた。
◆アトラナクア
アリアディア共和国にある私の屋敷の中でパシパエア王国の姫であるエウリアは窓から外を見ている。
「ふふ、レイジ様は今頃お父様の所かしら。これでレイジ様は私の物……。そう思わない、アトラナ?」
エウリアが迷宮のある方角を見ながら呟く。
「エウリア様……。ザルキシスも勇者の力を欲していました」
「あんな死にぞこないに、あの方はもったいないわ。私の物になるべきだわ」
エウリアの言葉を聞いて頭が痛くなる。
この姫はラヴュリュスと人間であるパシパエア王国の女王との間に生まれた娘だ。
神であるラヴュリュスが父親ではあるが、この娘は人間である。特に大した力は無い。
しかし、人間であっても父親がラヴュリュスである以上、無礼な態度を取るのは危険だ。
だから頭を下げる。
この姫は運の良い事に母親に似ているのでかなりの美人だ。父親に似ていたらぞっとするような容姿になっていただろう。
「それでは約束が……」
「駄目よ。それにお父様にはすでにお願いしているもの。私が願えばザルキシスとの約束なんかどうでも良いはずよ」
エウリアは笑う。その笑みはどこかラヴュリュスに似ていた。
父親のラヴュリュスは男を嬲り殺し、女を陵辱し快楽の限りを貪る怪物。そして娘は父親に似て傲慢で貪欲。
欲しい者は絶対に手に入れようとする。
ラヴュリュスは約束を平気で破る男だ。ザルキシスの願いなど娘の頼まれたら反故にするだろう。これではザルキシスは勇者の力を吸う事はできない。
エウリアは無邪気に笑っている。親子そろって自分勝手だ。
「それに、あなたの狙いはレーナでしょう。好きな男が私に奪われて、あの女神は悔しい思いをするはずよ」
エウリアが頬を染めながら言う。
光の勇者を誘い込むために彼女には一芝居打ってもらった。その時に光の勇者の事を大層気に入ったみたいだ。
そして、エウリアの言うとおりだ。
あの糞女神のレーナを叩きのめしてやりたい。ザルキシスには悪いがその気持ちは変えられない。
そう思えば狙い通りに事が運んだと言える。
レーナに向かってざまあみろと言いたい。お前の大切な男を捕えてやった。さぞくやしいいだろう。
貴様には凶暴なラヴュリュスがお似合いだ。
そう考えて少し笑う。
さてレーナはどう動くだろうか?その事を考えると心が躍った。
次はようやくクロキの出番です。勇者の敵を主人公にしている以上。勇者の活躍も書いておきたい。だから主人公なのに出番が少ない・・・。
暗黒騎士、勇者達、その他の視点で物語が進んで行きます。