女神の憂欝
◆技工の神ヘイボス
「あなたですね、技工の神ヘイボス!!」
部屋に怒声が鳴り響く。
光り輝くエリオスの中で唯一暗い場所、そこが自分の住居だ。
この場所は美形揃いのエリオスの神々の中で、その例外である自分にふさわしい場所だろう。
この薄暗い場所には他の神々はめったに近づくことはないはずだった。
しかし、今日は別だ。
自分は珍しい来客を迎えいれる。
「どうしたね知恵と勝利の女神レーナよ。いつものように使者ではなく君自身がこんなとこに来るとはね」
そこには怒った顔をしたレーナがいた。
三美神の一柱に数えられるレーナは怒った顔も美しかった。
レーナと顔を合わせるのは久しぶりである。
いつもレーナは自分に要件があるときは使者を送ってくる。
前に使者が来たときの要件は、異界から勇者を呼ぶその召喚術の補助となる道具を造ってくれとの事だった。
その補助道具を造った時もレーナがここに来た事はなかった。
それが今日はレーナ自身がここに来ている。
「どうしたじゃないわ!!」
レーナが怒声を上げる。
「あなたですねヘイボス。魔王モデスに勇者の事を教えたのは!!」
レーナが問い詰める。
モデスは彼がエリオスに居た頃からの、このヘイボスの唯一の友といえる存在だ。知っている事を教えない理由がない。
「ああ教えたよレーナ。聞かれたからね」
召喚術の補助道具を造るときに召喚術の全てを知る事ができた。
勇者によって窮地に追い込まれたモデスが自分に使者を送ってきた。その時に勇者の事と召喚術に関するすべてを教えたのだ。
「モデスは神々の決定に背きました。このエリオスの敵ですよ!!」
その決定に自分は参加していない。いつも自分が知らない所で決定されている。
もっともそれは、この暗がりから出てこない自分が悪いのだが。
いつの間にかモデスはエリオスに追放された。
理由は女神達の配下の妖精や天使にモデスが悪さをしたかららしい。
だが、自分の知る限りモデスは直接的な嫌がらせや悪さをしたりはしないはずだ。せいぜい遠くから視姦するくらいだろう。
それが悪さだと言うのならもうどうしようもないが。
また、モデスはレーナと戦争を始めている。
戦争の原因はモデスがレーナの複製を造ったことだ。
勝手に自分の複製を造られたレーナが怒るのは無理もない。
だから、この件に関してはモデスが明らかに悪いはずだ。
だが、自分にはモデスを責める気にはなれない。自分と同じく容姿が醜い者であるモデスでは、ああでもしなければ美しい女を得ることはできないだろう。そんなモデスの気持ちが自分にはわかるのだ。
そのモデスがその複製を引き渡せと言われても拒否する気持ちもわかる。
たとえ、そのために魔王と呼ばれることになってもだ。
それに複製を造る作業には自分も手助けをしてしまった。
そんな自分がモデスを悪いとは言えなかった。
よって、エリオスがモデスを敵としても、自分にはモデスを敵と見ることはできなかった。
「確かにモデスはエリオスの決定に従わなかった。だがそのモデスに接触してはならないという決定はなされていないはずだが……」
自分の行動を縛る神々の決定はされていない。どう動こうが文句を言われるすじあいはない。
決定に従わなかったモデスをどうするか他の神々は決定をすることができなかった。
モデスは強く、オーディスぐらいしかモデスに勝てない。モデスを倒そうと思えば、オーディスが動くしかない。神々の王であるオーディスは軽々しく動けないので何もできずにいるのだ。
また、モデスは別にエリオスに攻めてくるわけではない。無視しても別に問題はない。
そのため神々はレーナに手助けをしない。
だからこそレーナは勇者を召喚した。
「詭弁ですね」
自分の言葉にレーナは冷たく反す。
「ではどうするかねレーナ。このヘイボスを殺すかね」
レーナが沈黙する。
戦う力はレーナの方が強い、その気になれば自分はあっさり殺されるだろう。
「殺せるわけないわ……。あなたの技工の力はエリオスに必要だもの……」
レーナが悔しそうに言う。
「ですが、このままモデスの手助けをするなら、こちらにも考えがあります。これは忠告ですヘイボス」
レーナはそう言うと帰ろうとする。
「ときにレーナ。一つ聞いてもよいかな?」
帰ろうとするレーナを呼び止める。
「なんですかヘイボス」
「勇者達は強大な力を持っておる。モデスを倒した後、その勇者達をどうするつもりだったのかな?」
直接勇者達に会ってはいないが、神々に匹敵する力を持っていると聞く。
捨て置いては危険だろう。
エリオスの神として迎えるのだろうか?
だがそのためには他の神々の了解をとらねばならず。簡単にはいかないはずだ。
「異界から来たものは異界に還す、それが当然ではなくて?」
首をかしげる。
あの召喚術ではこの世界に引き寄せる事と、この世界から出す事はできても、元の世界に戻す事は難しいはずだ。
元の世界とは違う世界に行く可能性が高い。下手をすると、世界と世界の狭間で永遠に漂流することもあり得る。
それは帰還とはいえない。少なくとも自分はそう思う。
「彼らはこの世界の外から来たのですから、全てが終わったらこの世界から出てもらいます」
ようやくレーナの言う意味がわかった。
レーナは内と外で物事を考えている。内でなければどこでも同じなのだ。
それは、海で釣った魚を水槽から逃がしてやると言って、陸に逃がすのと同じだ。
「これ以上話がないなら帰るわね、ヘイボス」
レーナが出ていく。
「ふん、勇者は使い捨ての道具か。モデスは醜いがお前たちほど性悪ではないぞ」
レーナが出て行った戸を見て呟く。
知っていた。モデスを追放する謀にレーナが深く関わっていることを。あの女神は美しいが性格はあまり良くない。
そして、作業机の上まで歩くとその上にある書状を読む。
それは、モデスから送られた感謝状だ。
このヘイボスが教えた召喚術で勇者を撃退できたことと、そのための感謝の言葉が書かれていた。
「律儀な奴め」
思わず笑みが出る。
いろいろな奴にいろいろな物を造ったが感謝状を書いてよこすのはモデスぐらいである。
勇者達にも感謝してもらいたいものだ、あのままモデスを倒していたらどうなっていただろうか。
勇者の力を目の当たりにしたエリオスの神々は召喚術を永遠に封じる事を決定した。
そのため、レーナは召喚術を使う事ができなくなってしまった。
また、あの術は簡単に行う事はできない。様々な媒体となる物が必要だ。エリオスならともかく、ナルゴルではそう何度も媒体を集める事は不可能だ。
よって、これから異界の者がこの世界にくることはほぼないと見て良いだろう。
暗黒騎士ディハルト。
それが、モデスが召喚した者の名だ。
ディハルトの存在によりモデスを倒す事は難しくなった。
ディハルトに対抗するためには勇者の力が必要になるだろう。
レーナも勇者を粗略には扱えないはずだ。
「さてこれからどうなる事やら」