表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第4章 邪神の迷宮
48/195

魔物と勇者

◆死神ザルキシス


「首尾はどうだ、アトラナクアよ」


 夜の闇の中、横にいる者に話しかける。

 そこにいるのは1人の女性である。姿だけなら普通の人間だ。

 その姿は絶世とまではいかないが美しく、人間の男の1人や2人なら虜にする事ができるだろう。


「はい、我が下僕が光の勇者共に応対しております。今頃酒と女に酔いしれているでしょう」

「そうか、お主の正体は気付かれておらぬだろうな」

「顔を会わせましたが、どうやら私の正体に気付いてはいないようです。むしろ私の美貌に見惚れていたようですわ」

「ククク、そうかそうか、お主の本当の姿を見たら勇者も驚くであろうな」

「嫌ですわ、ザルキシス。この姿もまた私の真実の姿でございますわ。あのナオとかいう小娘も私にもう1つの姿が有る事に気付きませんでしたわ」


 アトラナクアの言葉に少しだけ怒りが含まれているのを感じる。

 もう1つの姿の事を言われるのが嫌なのだろう。

 アトラナクアは人狼のように人間の姿とは別にもう1つの姿を持っている。自身すらも嫌うその姿を見れば、男共はそのおぞましさに我に帰るだろう。

 アトラナクアはこのザルキシスに従属する神である。

 そして、アトラナクアは潜む事に特化した能力を持っている。いかに感知能力に優れた者でも神族とは気付かないだろう。


「確かにそうだな、すまないな……アトラナクアよ」

「いえ、気にしておりませんわ。あのいけすかないレーナの大事な者を奪えるのですもの。つまらない事など気にしませんとも」


 その口調から絶対に気にしているのを感じる。それだけアトラナクアはもう1つの姿が嫌いなのだろう。

 そして彼女はレーナを嫌っている。おそらくあの美しさに嫉妬しているのだろう。


「そうか……。ならば進めようかのう」

「ふふ、レーナの勇者達をこの地におびき寄せる事には成功しました。後は迷宮に誘わなければなりません」


 アトラナクアの言葉に頷く。

 まずはこの地域で大きな騒ぎを起こして光の勇者をおびき寄せる。その事には成功した。

 次はラヴュリュスの迷宮におびき寄せなければならない。


「すでに手は打っているのだろう、アトラナクアよ」

「はい、ザルキシス。あの勇者をおびき寄せるには女の涙が必要です。その手配はすでについております」

「なるほどさすがだな」

「はいザルキシス。勇者達を見事に釣り上げて見せましょう」


 そう言ってアトラナクアは笑う。

 そして釣られて自分も笑う。


「くくく、レーナの勇者よ。食いついて来るがよいぞ」





◆水の勇者ネフィム


「あの、本当に大丈夫なんでしょうか?水の勇者様」

「心配はいりませんよ、船長殿。マーマン程度怖れるに足りません」


 早朝アリアディア共和国から他国へと向かう船の上。船長が心配そうに聞いて来る


「あなたねえ。ネフィム様が信用できないの!?」

「そうよそうよ」


 旅の仲間である彼女達が、私の腕を信じない船長に怒る。


「まあまあ、2人とも船長殿が心配するのもわかりますよ。すでにいくつもの船が醜悪なマーマンによって襲われているのですから」


 本来ならマーロウと呼ばれる種族は、西のセアードの内海にしかいない種族だ。

 この種族は男と女で姿がかなり変わっている。

 女性のマーロウはマーメイドと呼ばれ上半身が美しい人間の女性で、下半身が美しい魚になっている。

 それに対して男のマーロウはマーマンと呼ばれ醜悪な姿をしている。魚のような頭に人間の体を持ち、手足にはヒレがあり、そして全身が鱗で覆われている。

 私もセアードの内海にいた時は何度も見たが、見ただけで吐き気がするほど醜かった。

 マーマンとマーメイドは同じマーロウと呼ばれる種族だが、互いに仲が悪い。

 マーメイドは醜いマーマンを嫌い。マーマンはそんなマーメイドを嫌う。

 そしてマーマンは人間の敵対種族である。

 セアードの内海ではマーマンの海賊に沈められた人間の船は多い。

 すでにこのアリアド湾でも2隻の船が襲われている。船長が心配するのも当然だろう。


「さすがネフィム様」

「度量が大きいです」


 彼女達が私を誉める。

 彼女達は私の仲間である。本当は3人いたのだが、1人は私の子を孕んでしまい、休養中である。


「船長殿。安心しなさい、この水の勇者であるネフィムがついているのです。私は過去にマーマンと何度も戦った事があります。彼らは怖れるにたりません。それに私の他にも自由戦士が何人か付いてくれているのです。何を怖れる事がありましょう」

「ははっ、そうですな」


 船長は笑うがまだ不安そうだ。

 それでも商売のために船を出さねばならないのが辛い所だろう。

 船が進む。

 船はゴブリンの奴隷によるオールで進む。太鼓に合わせて漕がれる。

 セアードの内海でもオールで進む船があるが、漕ぎ手がこんなに多いのは初めて見る。

 漕ぎ手が多いためか船の速度が速い。

 これならマーマンに出会わずに目的地に着くかもしれない。

 もっともそうなったら私が困る。マーマンと戦うためにここに来たのだ。船長には悪いがこの船を襲撃してもらわなくては困る。

 そして、どうやら自分の願いはかないそうだ。


「船長殿!!」


 急いで船長を呼ぶ。


「どうなされたのですか? 水の勇者殿」

「来ました! 急いで戦闘準備を戦士達は武器を取りなさい!!」


 そう言って私も自分の武器である三叉槍を取る。


「えっ、どこにですか?」


 船長や船員に自由戦士達が身を乗り出して海を見る。


「愚か者! 身を乗り出してはいけません!!」


 警告するが遅く、船が大きく揺れる。


「うわあ!」

「ああああ!!」

「落ちるう!!」


 船長や船員、自由戦士達の何人かが海に落ちてしまう。


「来ます! 残った者は警戒をしなさい!!」


 自分が叫ぶと水しぶきを上げて何者かが甲板の上へと上がって来る。

 予想通りマーマンだ。その数は7。

 それに対してこちらの数は11。

 数では勝っているが、自由戦士達は船が揺れているためか体がふらふらしている。

 それに対してマーマンはしっかりと甲板の上に立っている。

 戦闘が始まる。

 自由戦士達が応戦するが、船が揺れているためかうまく動けないようなので次々と打ち取られる。


「くっ! これしきの揺れで! これだから陸の者は頼りにならない!!」


 甲板の上を移動する。3匹のマーマンが剣を掲げて襲ってくるがそれを槍の柄で防ぎ。態勢を崩した所を槍で突く。


「ネフィム様!!」


 助けを呼ぶ声。彼女達が襲われている。

 槍の柄を甲板にひっかけて飛び一気に距離を稼ぐ。

 そして、彼女達を襲う3匹のマーマンを突き刺す。


「大丈夫ですか?!」

「はい、ネフィム様」

「大丈夫です」


 2人は元気に返事をする。どうやら無事なようだ。


「おめえ。やるでねえが」


 ふいに後ろから声がする。

 そこには1匹のマーマンがいる。


「ふっ。マーマンごときに遅れをとるはずがありません」


 そう言って目の前のマーマンを観察する。

 そのマーマンは他のマーマンに比べて体格が良い。そして体中に傷がある。


「おい、色男。その槍を持つって事はざ。もしや、おめいはトリトンだか?」


 私の持つ槍を見てマーマンが言う。


「そうですよ、私はトリトン族。陸の者達とは一味違いますよ」


 マーマンの言う通り私はトリトン族だ。

 トリトン族は海王トライデン様とマーメイドの女王との間に生まれた男子を祖とする種族だ。

 人間と見た目は変わらないが、海の中でも行動することができる能力がある。

  マーメイド達の騎士にして恋人だ。

 そして、マーマンは私達の敵である。彼らはマーメイドを凌辱するために襲う。

 私達はそれを防ぐために戦ってきた。

 私もセアードの内海にいた頃は海馬ヒポカンパスに乗ってマーマンと良く戦ったものだ。


「そうか、ならおめえはおでが倒すだ!!」


 マーマンは腰の2本の曲刀を抜く。そして構える。

 手ごわい。そう感じた。

 本来ならここで水の魔法を使う所なのだが、マーマンには効果が薄い。

 無駄に魔力を使う訳にはいかない。

 槍を構える。三叉槍は海王トライデン様が持つ武器と同じである。

 トリトン族として生まれた私は、父親から槍の手ほどきを受けた。

 私には才能があったのだろう。他のトリトンよりも遥かに強くなった。

 そして私は陸に興味を持ち、海を離れて旅をした。

 水の魔法と槍に長けた私はやがて、水の勇者と呼ばれるまでになった。

 色々な強敵と戦った。そして槍の研鑽を積み私はさらに強くなった。

 その私がマーマン程度に何を怖れる事があろうか?


「ふん、あなたのような蛮族に私が負けるわけがないでしょうに」

「おでを蛮族と呼ぶでねえ!!」


 マーマンが咆える。


「だったら下着ぐらい身に付けたらどうです? 婦人の前ですよ。その見苦しい物を隠しなさい!!」


 マーマンは服を着ないため、下半身の醜い物が丸出しでぶらぶらしている。

 この私よりも立派な物を持つとは、マーマンのくせになまいきな。

 改めてこの下品な種族を抹殺しなければならないと思う。

 マーマンが襲ってくる。

 槍を繰り出す。

 マーマンは剣で受ける。

 槍を引くタイミングに合わせてマーマンは距離を詰めようとする。

 だがそんな事はさせない。奴が踏み込む瞬間を狙って足を狙う。

 足を狙われたマーマンは咄嗟に避けて後ろに下がる。


「やるだな、おめえ。強ええでねえか」

「こう見えても陸の上で様々な魔物と戦ったのですよ。今更あなたごときに負けるはずがないでしょう」

「そうだが。だがおめえはおでには敵わねえだよ」


 マーマンは双刀を構えると前屈の姿勢を取る。

 突っ込んでくる気か?ならば串刺しにしてあげよう。

 こちらも槍を構える。

 その時だったマーマンが曲刀の1つをこちら投げる。

 曲刀は回転しながらこちらに向かって来る。


「くっ!!」


 咄嗟に槍を上げて曲刀をはじく。

 相手を見る。マーマンは身を低くし、甲板の上すれすれの所を猛烈な速さでこちらに向かって来ている。おそらく曲刀を投げると同時に動いたのだろう。


「何の!!」


 急いで槍を構えなおすと相手に向けて突き出す。

 しかし、マーマンは体を回転させて槍を躱す。槍は空しく甲板を貫く。

 急いで槍を甲板から引き抜こうとするがうまく抜けない。


「ぐわっ!!」


 突然に右足に焼け串を当てられたかのような痛みが走る。見てはいないが何をされたのかわかる。間違いなく斬られた。

 続けて両腕に鋭い痛みが走る。

 そしてそのまま倒れ込む。


「「ネフィム様!!」」


 彼女達の悲痛な叫び。


「勝負あっただな、色男」


 マーマンはそう言って私の顔を踏みつける。


「ぐう……」


 顔を踏みつけられて声がでない。


「おめえのメスさわは、おでがもらってやるだよ。そこで見てるだよ」


 マーマンがいやらしく笑う。

 2人の方を見ると怯えている。


「逃げるんだ……」


 呻くように声を出すが、どうにもならない。

 この海の上では人間の娘である彼女達では逃げられないだろう。

 歯ぎしりするしかなかった。





◆ロリコンマーマン


 水の勇者のメスの2匹を水泡に入れて海の中を進む。

 水の勇者など敵ではない。

 陸の魔物達と戦ったと言っていたが、どうせぬるい戦いしかしていなかったのだろう。

 闘技場で生きるか死ぬかの戦いを強いられていたおでの敵ではない。

 闘技場は地獄だった。

 嫁を探しに陸に上がった途端に人間共に掴まり、闘技場送りになった。

 闘技場では相手を殺さなければ生きる事が出来ない。

 我武者羅に戦い、何とか生き残った。闘技場での戦いに比べれば水の勇者との戦いなどぬるくて仕方が無い。

 勇者だけではない。人間のオス共は皆弱かった。

 このアリアド湾ではおでは最強みたいである。

 こんな幸運をあたえてくれた海神ダラウゴン様に感謝する。


「くく。この海をおでの王国にしてやるだよ」


 人間共に復讐し、メス共を攫い王国を作る。薔薇色の未来を想像して笑う。

 水泡の中のメスを見て笑う。巨大な水泡の中で2匹のメスはぐったりしているが生きている。このメス共で丁度10匹目である。

 程なくして海底にある自分の巣が見えてくる。

 それはアリアド湾の中心に作った巨大な水泡である。

 人間のメス共は海の中では息ができない。だから巨大な水泡を作りその中に空気を入れて飼う。そしておでの子を産ませる。

 やがてこの海はおでの子でいっぱいになるだろう。

 水の勇者にやられて仲間が減ったが問題ない。すぐに増える。


「さあ、メス共今帰っただよ」


 水泡に入り、そこで異変に気付く。メス共がいない。

 いるのは知らない人間のメスだ。

 人間のメスは笑いながら近づいて来る。

 まだ少女と言ってよい顔つきだ。しかしその笑みは妖艶だった。

 少女に見惚れる。ここにいたメス達が束になっても敵わない程綺麗な少女だ。


「ごめんね、おじさん。ここにいる子達はリノがみんな逃がしちゃった。でもいいよね、おじさんはリノが相手をしてあげるんだから」


 リノと名乗る少女は悪戯っぽく笑う。


「おめが相手をしてくれるだが?」


 少女をなめまわすように見る。

 胸の膨らみは足りないが、少女の伸びやかな肢体は充分に情欲を誘う。


「いやらしい目だね、おじさん。股間のちっさいのが上を向いているよ。チユキさんは嫌いみたいだけど、リノはその目で見られるの嫌いじゃないんだ。だってリノがそれだけ魅力的って事だもの」


 少女の蠱惑な笑みに、下半身に血が流れるのを感じる。

 確かに少女は魅力的だった。この少女がいれば他のメスはいらないかもしれない。


「ああ、おめはとても魅力的だ。おめが相手してくれるなら他のメスはいらねえ」

「そう、じゃあその子達はリノが預かるね」


 少女がそう言った時だった。抱えていた水の勇者のメス達が少女の方へと引っ張られる。その力は強く、手を離してしまう。

 2匹のメスの状態を確認すると少女は笑う。

 無邪気な笑みだが、どこか怖ろしかった。


「それじゃ。やろうか、おじさん」


 少女がそう言うと、水泡のドームが割れて一気に海水が流れ込む。


「まさかおでと戦うつもりだが?」

「そうだけど、おじさん」

「人間のメスっ子がおでに敵うわけねえだで。このままだとおめは死んじゃうだで」


 折角の少女に死なれてはまずい。急ぎ少女の所に行こうとする。

 だけど、流れが速くて近づけない。


「大丈夫だよ、おじさん。リノは海の中でも息ができるから。それよりもおじさんは自分の事を心配した方が良いよ」


 強い流れで体の自由が効かない。


「馬鹿な! おでが流れにのまれるなて!!」


 ありえなかった。こんな事は初めてだ。

 そして流れの中に黒い巨大な影が見える。


「なんだで、あれは!!?」

「リノの友達を紹介してあげるね。海の上位精霊のカリュブディスちゃんだよ。彼女の大渦潮メイルシュトロームに耐えられるかな、おじさん?」


 少女が笑う。その笑みが怖ろしかった。

 少女はとんでもない魔女だったのだ。すぐに逃げるべきだった。

 流れが渦を巻き始める。


「待つだ! やめでげろ!!」


 しかし、その声は届かないみたいだ。体が軋む。骨が折れるのを感じる。

 全身がこのまま砕ける程の力だ。

 激しい痛みの中意識が暗い海の中へと沈んでいくのを感じた。





◆風の勇者ゼファ


「あの本当に大丈夫なんでしょうか? 風の勇者様」

「心配はいらねえよ商人の旦那。この俺が付いてるんだぜ」


 早朝アリアディア共和国から他国へと向かう隊商の馬車の中。隊商を率いる商人が心配そうに聞いて来る


「あなたねえ。ゼファ様が信用できないの!?」

「そうよそうよ」


 旅の仲間である彼女達が私の腕を信じない商人に怒る。


「まあ待ちな、2人とも商人の旦那が心配するのもわかるぜ。すでに旅の商人が何人もケンタウロスに襲われているからな」


 本来ならケンタウロスは、このミノン平野にはいない種族だ。

 殆ど馬だが、馬の首に当たる所が人間の上半身になっている。

 今まで会った事はないがケンタウロスは全員が弓の達人らしい。

 何でもこの地域の国々の騎士達が1匹も倒せずにやられまくっているらしい。ケンタウロスの数は少ないと言うのに何てざまだ。

 だが、この風の勇者と呼ばれるゼファも弓には自信がある。襲ってくるなら返り討ちにしてやる。


「さすが、ゼファ様」

「度量が大きいです」


 女達が俺を誉める。

 女達は俺の仲間だ。本当は3人いたのだが、1人は俺の子を孕んでしまい。休養中である。


「旦那、安心しな。この風の勇者であるゼファが付いているんだぜ。ケンタウロスは弓の達人かもしれないが、俺の弓の方が上だ。奴らは怖れる必要は無い。それに俺の他にも自由戦士が何人か付いているんだ。何を怖れる必要があるんだ」

「ははっ、確かにそうですな」


 商人はそう言っているがまだ不安そうである。

 まあ、このあたりは魔物が少なかったのが急に増えたのだ心配するのもわかる。

 その時、一陣の風が吹く。

 どうやら来たようだ。


「旦那!!」

「どうしました、風の勇者殿?」

「来たぜ、ケンタウロスだ! こちらに来ている! 自由戦士達は武器を取れ!!」


 自分はそう叫ぶが商人も他の自由戦士も戸惑う。

 彼にはわからないのだ。だが、風の力を持つ俺にはわかる。

 目の届かない遠くからケンタウロスがこちらに向かって来ている。


「そうは言ってもよ、ケンタウロスなんか見えねえぜ」


 自由戦士の1人が荷台に乗って周りを見る。まったく見当違いの方向だ。

 どうやら頼りにならないみたいだ。


鷹の目(ホークアイ)!!」


 こちらも荷台に乗って能力を発動する。

 北西の方向からケンタウロスの集団がこちらに向かって来ている。

 この隊商に気付いている所から俺と同じ能力を持つ者がいるようだ。

 ならば近づかれるとマズイ。

 矢を取り構え弓を引く。


「風よ、矢を運び敵を貫け!!」


 魔法を発動させて天に向けて矢を放つ。

 矢は真っ直ぐにケンタウロスの所に飛んで行ったはずだ。これで1匹は倒せただろう。


「何っ!!」


 しかし鷹の目を発動させた俺にははっきりと見えた。


「俺の矢を射落しただと……」


 ケンタウロスの1匹が矢を放ち。俺が放った矢を射落したのである。

 特別に魔法を使ったような感じではなかった。魔法なしで俺の魔力を込めた矢を落したのである。

 そして2本目の矢を放とうとしている。


「まずい、逃げろ!!」


 今の矢のやり取りでわかった。こいつは俺よりも強い。


「ぐはっ!!」


 俺の横にいた自由戦士が矢に射られて倒れる。


「まずいな……」


 矢を構え魔法を発動させる。魔力には限界がある。先程の一射は何度も撃てない。

 ケンタウロスは近づく。

 周りの自由戦士達が倒れて行く。相手の方が速い。逃げられない。


「くそが……」


 歯ぎしりするがどうにもならなかった。




◆人妻好きのケンタウロス


「ふん、人間が我らケンタウロスに敵うわけがないだろうが」


 先程の人間共の事を思い出す。どれもこれも弱い奴らだった。

 唯一風の勇者とか言う人間のオスは少しはやるみたいだったが、それでもケンタウロスの勇者である我の敵ではない。

 我らケンタウロスの神であるサジュタリス様は弓神と呼ばれている。

 だから人間がケンタウロスに弓で勝てるわけがないのだ。

 人間は壁を作らなければ、我らに対抗する事ができない。さすがの我らも人間の作った壁を越える事はできない。

 だが平原で正面から戦えば、必ず我らが勝つ。

 あの隊商を守っていた人間のオス共は全員倒した。そして食い物と女を攫い、移動している最中だ。


「ふん! まったくですね、族長!!」


 一族の者達が笑う。

 我らは元々は中央山脈を越えたキソニア平原に住んでいた部族だ。

 だが、そこで敵対する同じケンタウロスの部族に負けて人間共に売られた。

 同じケンタウロスであるにも関わらず、人間と仲良くして同族を売る。

 人間は我らケンタウロスの獲物にすぎないというのにだ。

 その部族の事を思い出すと腹が立つ。必ず復讐してやる。

 だが、そのためには一族を増やさなければならない。

 だから、女を攫い子を産ませ一族を増やす。そして、キソニアに帰り奴らを皆殺しにする。

 幸い、このミノン平野には我らケンタウロスの敵になるものはいない。うまくいくだろう。

 その時だった。空から何かが飛んで来るのを感じる。この感じはキソニアに居た時にも感じたものだ。


「族長! この感じは!!」

「わかっている! メスと荷物を捨てて森まで走れ!!」


 予感が正しければ空から我らの天敵が来ている。

 急いで走る。


「ぐわっ!!」


 突然一族の者の1人が倒れる。

 倒れた者を見る。深い傷だ。これでは走る事はできない。

 空を見上げる。


「グリフォンだ! 皆弓を取れ!!」


 今は遠くにいるが我が目ならば見る事ができる。間違いなくグリフォンだ。

 しかし、なぜここにグリフォンが?聞く所によればこの平野にはグリフォンは来ないはずだ。

 今グリフォンは遠くにいる。だが、グリフォンの翼ならばこの距離など一瞬だ。

 一族の者達が弓を引き矢を放つ。しかし、遠すぎて届かない。

 だから、グリフォンがこちらに向かって来た時に矢を放つしかない。

 グリフォンがこちらに向かって来る。


「くそが!!」


 矢を放つ。しかし、グリフォンから放たれる風圧により矢が弾かれる。


「ぐわっ!!」


 グリフォンが高速で通り過ぎた後には仲間が1人やられている。キソニアでも同じことがあった。

 そして、一瞬だがグリフォンの背に誰かが乗っているように見えた。


「駄目だ、族長! 逃げよう!!」


 仲間の悲痛な声。

 グリフォンは強い。そして、グリフォンは我らよりも速い。だが一か八か逃げるしかない。

 急いで逃げる。森を探して入ればグリフォンはこちらに手出しはできないはずだ。


「ぎゃ!!」

「げっ!!」


 走る後ろから仲間の悲鳴が聞こえる。

 だが、気にするわけにはいかない。このままでは全滅だ。

 そして後ろから声が聞こえなくなる。

 後ろを見る。一族の者は誰もいない。


「もうお兄さんだけっすよ」


 頭上から声が聞こえると自身の馬の背に誰かが降りてくる。

 振り向くと1人の少女が我の背に立っている。


「猫……人?」


 可愛らしい少女だが、その少女には尻尾が生え、耳は猫の耳のようである。人間ではない。

 確か南の大陸にスフィンクス族という獅子と人間を混ぜた種族がいたはずだ。この娘もそなのだろうか?


「いえ、このナオさんは人間っすよ。こんな姿なのは獣化ビーストモード状態になってるからっすよ。この状態になるとナオさんは少しワイルドになるっすよ」


 少女が楽しそうに笑う。


「もしかして、あのグリフォンを操っていたのはお前か?」

「もちろんっす!」


 その少女の言葉を聞くと急ぎ弓を構え矢を放つ。


「おっと!!」


 しかし、少女は目にもとまらぬ速さで矢を掴む。


「馬鹿な……。飛ぶ矢を掴むなんて」

「もうしわけないっすけど、お兄さんのへろへろ矢じゃ、このナオさんは倒せないっすよ」


 そう言って掴み取った矢をへし折る。

 化け物かこの少女は。


「なぜ我だけグリフォンから逃した?」

「それは話しを聞きたかったからっす。お兄さんを逃がした者は誰っすか?」

「知らぬ……。気が付けば足枷が外れ、門のカギが開いていた。故に逃げた」


 少女がじっと見ている。本当か嘘か判断しているみたいだ。


「どうやら本当みたいっすね……。首謀者を見てないみたいっすね」


 少女がため息をつく。


「我をどうするつもりだ……」

「もちろんこのままアリアディアに引き渡すっすよ」

「取引がしたい……。お主の配下になろう。だから奴らに引き渡すのはやめてもらいたい」


 だが少女は首を振る。


「駄目っすよ。お兄さんが捕まった理由は調べ済みっす。キソニア平原では人間の女の子相手に酷い事をしまくったらしいっすよね。あれは少しやりすぎっすよ。だからお兄さんには罰を受けてもらうっす」

「罰だと。なぜ我が罰を受けねばならぬ。弱い者が喰われるのは当然だろう」


 弱肉強食それがこの世の摂理だ。なぜそれが悪いのか?

 だが、それを聞いた少女の目が一瞬だけ暗くなる。


「確かにそうっすね……。弱者には何でもやって良いっすよね~♪ おもちゃにしても許されるっすよね~♪」


 少女は楽しそうに笑う。

 だが、その笑みから何か怖ろしいものを感じる。


「じゃあ、お兄さんよりも強者のナオは何をやっても良いっすよね♪」


 そう言って少女は我の顔を踏む。

 そして、そのまま力を込めて来る。

 獣の足の爪が顔に食い込む。


「待て!!やめ……」


 何かが折れる音が聞こえる。そして意識が闇に沈む。




◆姫の事が好きなパシパエア王国の騎士


「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「心配はいらないぜ、騎士長。この俺が付いてるんだ」


 早朝パシパエア王国からアリアディア共和国へと向かう途中である。

 横でペガサスを歩かせている光の勇者に聞く。


「騎士長殿。レイジ様が信用できないのですか?」

「そうよそうよ」

「そうよ、レイジ様がいなければ大変な事になっていたわ」


 パシパエア王国の姫とお付の侍女2人から責められる。


「待ちなよ、エウリア。騎士長が心配するのもわかる。すでにオークによって襲われているのだからな」


 光の勇者がパシパエア王国の姫の名前を呼び捨てにする。

 主である姫を呼び捨てにされて、怒りが込み上げてくるが我慢する。

 この男がいなければ姫はオークによって凌辱されていたのかもしれないのだ。

 アリアディア共和国へ姫君を送る途中。オーク達の襲撃を受けた。

 闘技場の魔物が逃げ出し街道が危険になったと言う知らせは我がパシパエア王国に届いていた。だからこそ私が護衛としてついていたのに……。くやしさで歯ぎしりする。

 正直に言うと甘く見ていたのである。

 そして、オークに襲われ姫達は攫われてしまった。我々は突然の事に対処できず、追う事すらできなかった。

 近くを飛んでいた光の勇者がいなければ大変な事になっていただろう。

 光の勇者はオークを退治すると姫君を連れてここまで戻って来た。

 ただ、ほとんど一撃でオークを倒したと言っていた割には戻って来るまでに時間がかかったのが気になる。

 そして、姫君と侍女達の服が乱れていて、光の勇者を見る目が艶っぽいのが気になる。


「さすがレイジ様」

「度量が大きいです」


 侍女達が光の勇者を誉める。

 ただ助けてもらっただけにしては何かがおかしい。もしかして姫君に何かあったのでは?


「あの、本当に大丈夫だったのでしょうか?」


 聞かずにはいられなかった。




◆黒髪の賢者チユキ


「ご苦労様、みんな」


 戻って来た皆を労う。


「別に~。マーマンのおじさんはあんまり強くなかったし全然疲れてないよ」

「同じくっす。ケンタウロスのお兄さんもあんまり強くなかったっす」

「同じくだ、楽勝だった」


 リノとナオにはそれぞれアリアド湾とミノン平野でマーマンとケンタウロスを退治してもらい、レイジには他の魔物を退治してもらった。

 ただ最後はレイジが魔物になっていたような気がするが気のせいだろう。気にしたら負けだ。

 そして、サホコは魔物の被害にあった人々の治療にあたってもらっていた。

 ちなみに私は魔物が捕えられていた施設を調べていた。もっとも、何もわからなかったので意味は無い。


「ナオさんの話しじゃ、逃げた魔物達も何も知らないみたいだし、どうしょうもないわね」


 私達の働きにより逃げた魔物の半数は倒したと思う。

 ただし、残った魔物はやっかいだ。

 まずリザートマンだけど、彼らの中に周囲の景色に擬態する能力を持つ者がいるため、見付ける事は普通の人間には不可能である。

 見付けるにはナオの力が必要だろう。後で探してもらわなければならない。

 そして人狼やラミアもやっかいだ。

 この2匹は人間に化ける事ができる。人間に紛れたら探すのは難しい。これもナオに頼らなければならないだろう。

 それに魔物を逃がしたであろう首謀者は見つからない。これもナオの力が必要だ。

 ナオの負担が大きすぎる。だけど他に方法がなかった。

 もしかするとこの案件は長引くかもしれない。後でシロネ達に連絡しておいた方が良いのかもしれない。

 向こうはどういう状況なのだろう?


「急いでも仕方がないぜ、チユキ。まあ、のんびり行こうぜ」


 レイジが呑気に言う。


「レイジ君。それじゃ犠牲者が出るわよ」

「ああ、間違いなく出るだろうな。だけど、これ以上はどうしようもない。それにナオにばかり負担をかけるわけにはいかないからな。だから今日はあきらめて遊びにいこう♪」


 レイジが笑いながら言う。

 どうやらナオの事を気遣っているみたいだ。

 他の女の子が犠牲になるよりもナオに負担をかけたくないのだろう。

 基本的に探索はナオに頼るしかない。するとナオにばかり負担がかかる。

 確かにそれは駄目だ。私にとって、この世界の人間よりもナオの方が大事だ。

 レイジも何だかんだと言って私達を優先してくれる。もっとも、そうでなければ私はレイジと一緒にいようとは思わない。


「賛成~♪ リノは劇場に行きたい!!」

「良いっすね、それ。確か夕方に開演のはずっす。皆で見に行こうっす」


 リノが円形劇場に行こうと提案して、ナオが賛成する。

 実は私も劇場には興味がある。見に行きたい。

 アリアディアにある巨大な円形劇場では毎日のように催し物が行われている。

 今劇場で公演されているのはサーカスで明日まで行われている。その次は女性に人気の歌劇が行われるらしい。私としてはこの歌劇の方が見てみたい。だけど今は無理だろう。


「……仕方が無いわね。これ以上調査してもわからないし。皆で行きましょうか」


 私も欲望には勝てない。


「それじゃ話はまとまった事だし劇場に行くか」


 レイジがそう言うと私達はおーと掛け声を上げるのだった。





◆ピュグマイオイの郵便配達屋


「あなた。まだ起きているのですか」

「ああ、手紙の仕分けが終わらなくてな」


 妻の問いに手紙を仕分けながら答える。

 今、アリアド同盟諸国は危機的な状況にある。

 今までと違い街道が危険になった。

 そのため情報のやり取りをするために我々ピュグマイオイ族の仕事が増えた。

 魔物はほとんどが陸の魔物のため空はまだまだ安全だからである。

 手紙がいつもに比べて多い。効率良く配達しなければならない。

 だが妻の言う通り、もう夜も遅い。灯りももったいないしそろそろ寝た方が良いだろう。


「うわあああああああ!!」


 突然叫び声が聞こえる。

 妻と顔を見合わせる。

 叫び声は続けて複数聞こえる。


「城壁の方からだ! 様子を見て来る!!」

「あなた、気を付けてください……」


 心配そうに妻が言う。


「わかっている!!」


 服を着替え鳥小屋へと向かう。

 鳥の縄を外し、乗って飛ぶ。

 鳥は自分を乗せて城壁の塔から飛び出す。

 そして見た。


「これは……。魔物の大群だ」


 ピュグマイオイ族の自分は人間と違って暗視の能力がある。だからはっきりと見えた。

 地上には魔物が沢山いて、自分が住むホロン王国の城壁に取りついている。

 悲鳴は城兵の声だ。


「まずいぞ……」


 このままではこの国は滅ぶ。

 地を埋め尽くす魔物を見て茫然とするしかなかった。


連休中にどこまで更新できるかわかりません。なるだけ頑張りたいです、


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ