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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第4章 邪神の迷宮
47/195

豊かなるアリアディア

◆黒髪の賢者チユキ


 アリアディア共和国は、大陸の東部と西部のちょうど境となる所にあり、ミノン平野の中心を流れる大河であるキシュ河の河口にある国だ。

 市民の数は百万を超えるかもしれない。おそらくこの世界で最大の国といえるだろう。

 これだけの人が集まるのはこの国が豊かだからだ。

 アリアディアの北に広がるミノン平野は大変に豊かな土地で、白麦等の作物を多く実らせる。その作物は平野の中心を流れる中央山脈を水源とするキシュ河を通じてアリアディアへと運ばれる。

 そして、南にあるのは静かなるアリアド湾。この湾は水深が浅く外洋の大型の海の魔物が入ってこない。

 この湾岸諸国とミノン平野にある国々はアリアディア共和国を中心にアリアド同盟を結び、人の往来が自由である。

 そのため、多くの人がアリアディア共和国に集まる。

 また、ミノン平野の北東にはドワーフの国があり、そこから産出される道具や金銀といった鉱物がキシュ河を通じてアリアディアに運ばれる。

 そんなアリアディア共和国は、世界の通貨の基準となるテュカム貨幣を発行している。そのためか、貨幣経済がどこの国よりも進んでいる。

 なにしろ私達が拠点にしている聖レナリア共和国の通貨もテュカム貨幣を基準に発行しているのだ。

 富が集まる国。それがアリアディア共和国である。

 そして私とレイジは今、このアリアディア共和国の将軍府に来ている。

 サホコとリノとナオとは別行動を取っている。

 リノとナオは面倒くさいらしく、さっさとアリアディア共和国見物に出かけた。2人だけだと少し心配だからサホコに付いて行ってもらっいる。


「良く来られました。光の勇者殿。私はアリアディア共和国で将軍をしています、クラススと申します」


 部屋に案内されると40歳くらいの男性が出てくる。

 名前はクラスス、このアリアディア共和国の将軍である。

 将軍は、このアリアディア共和国の防衛と治安維持の最高責任者である。

 この将軍という役職は他の国にはないかなり珍しいものだ。

 大抵はその国の王様が執政官と将軍を兼ねている事が多い。他の共和国でも大抵執政官が治安と防衛の最高責任者になっている。

 これはアリアディアの人口が多い事と守るべき領域が広い事から、執政官の仕事から治安を分ける必要があったからだ。

 この世界ではほとんどの国に兵役があり、大なり小なり軍隊がある。

 だけどそれは人間と戦うためではない。この世界において人間の国同士の戦争はあまりない。

 戦う相手は魔物である。魔物の多いこの世界では、人間の国同士が争う余裕がないといえる。

 もっともこの辺りでは魔物は少ないから、将軍の仕事はもっぱら治安維持という事になる。

 国同士の争いはないが、民間の争いは私達がいた元の世界と同じようにある。むしろ人口が多い分、他の国よりも圧倒的に多い。

 目の前にいるクラススという将軍も元はこの国の騎士だったらしいが、あまり魔物と戦った事はないらしい。

 クラススが胸に手を当てレイジに礼をする。この世界ではこれが礼儀正しい挨拶の仕方である。


「ああ、光の勇者レイジだ。よろしく頼む」


 クラススが礼儀正しくしているのに対してレイジは傍若無人である。

 レイジはどの国の王様の前でも態度は変わらない。

 この態度のせいで何度争いになっただろう?

 ちらりとクラススを見る。気分を害したのではないのだろうか?


「ははは。光の勇者様が来ていただけたのなら、これでこの国も安泰ですな」


 そう言って笑う。レイジの態度を気にしているような感じはしない。

 むしろレイジみたいな人間に慣れた感じがする。

 しかし、レイジの態度を気にしないのなら話がしやすい。


「クラスス将軍殿。タラボス副会長からある程度は聞いていますが、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 レイジに代わり、私がクラススに聞く。

 交渉は私の役割だ。ここからは私の仕事である。


「いえいえ、立ち話しは何ですから会議室で話しませんか。飲み物も用意させましょう」


 私達はクラススに案内され応接室へと向かう。

 会議室は大国アリアディア共和国の将軍府なだけあって広く、装飾もかなり綺麗だ。

 広いテーブルには数名が座れる席が用意されていた。

 私達は各々席に座る。

 クラススが手を叩くと、扉が開き誰かが入ってくる。


「ゴブリン?!!」


 思わず声を出す。

 入って来たのはゴブリンである。ゴブリンの前には台車がありその上には飲み物が置かれてある。

 ゴブリンは台車を押して私達の前に来ると飲み物が入った杯を配る。


「どうぞでゴブ」


 ゴブリンはおじぎをする。

 いつも戦っている相手に頭を下げられ私達はとまどう。

 この将軍府に来るまでにゴブリンの奴隷は見たが応対されるのは初めてだ。

 この地域ではゴブリンの奴隷産業が盛んである。オーク等と違い、ゴブリンは奴隷にしやすい種族だ。

 このゴブリンを奴隷にする事を思い付いたのは、サリアの魔術師達だと聞いている。

 支配の魔法等を応用する事でゴブリンの残虐性を押さえ、従順にする事ができるらしい。

 このミノン平野ではゴブリンを使った大規模農場が複数あると聞いている。

 この安価な労働力のおかげでこの地域では食料が安く手に入るみたいである。

 ゴブリンは杯を配り終えると再びおじぎをして出て行く。

 私はそれを微妙な表情で見る。


「おや?ゴブリンの奴隷を見るのは初めて……。あっ! いえ、これは失念していました。レーナ様の教えではゴブリンの奴隷は禁止でしたな。これはうっかりしておりました」


 クラススは謝る。

 レーナは戦いの神であり、魔物の脅威から人間を守護者である。そして魔物は滅ぼさなければいけない対象だ。

 そのため魔物を使役する事はレーナ教団では批判的である。要は奴隷にせずに殺せと言う事だ。

 ただ、このアリアディア共和国では魔物の脅威が少ないためか、レーナ教団の力が弱い。

 この国で一番信仰されているのは法の神である神王オーディスである。オーディス教団では奴隷制を推奨はしていないが禁止もしていない。

 そのため、奴隷制が公然と存在する。

 もっとも私が微妙な顔したのは、奴隷という職業に対する嫌悪感からだ。当然私達がいた元の世界では奴隷制は禁止である。そのため、あまり良い気はしない。

 これが魔物でなく人間だったら、奴隷制をやめるように言っただろう。


「確かにあまり良い気はしません。ですが、今はその話をやめておきます。ですから私達に力を貸して欲しい理由を聞かせてください」


 奴隷制はこの地域で根付いている。もしこれを力づくでやめさせようと思ったら、この地域の人間達と争いになる。それは避けたかった。

 それに奴隷制をやめさせるにしても段階を踏んでからになるだろうし、解放されたゴブリンをどうするのかという問題も出て来る。それはかなりの手間になるだろう。

 だから今はこの話しを止めておく。

 レイジもあまり興味が無いみたいだし話を先に進めよう。


「そうですね、事件が会ったのは……」


 クラススは説明を始める。

 事件が起こったのは私達がシロネの幼馴染と戦った日の夜の事である。

 アリアディアでは3週間後に行われる建国祭の見世物の1つとして、5日間にわたり円形闘技場で試合が行われる予定であった。

 その試合は私達が知っている剣闘士とは違い、人間同士を戦わせる物ではない。

 そのほとんどが魔物と魔物を戦わせるものだ。

 そのため、多くの魔物が捕えられアリアディアに運ばれた。

 魔物達の多くはオーク族がほとんどだが中には凶悪な魔獣もいて、ケンタウロスに人狼やリザートマン、半漁人のマーロウ、下半身だけが蛇で上半身は女性であるラミアまでもいたそうだ。

 その捕えられた魔物達はアリアディア校外にある調教施設に集められていた。

 問題はその魔物達が逃げ出した事である。

 それが、事故なのか外部からの人為的なものなのかは調査中らしい。

 ただ、逃げ出した魔物達の中にはかなり凶悪な魔物もいる上に、さらに魔物達は施設の監視役が持っていた武器を奪っていったらしく。野放しにしておくと大変危険である。

 そのため、アリアディアの治安維持を担当する将軍であるクラススは同盟国にその事を伝え、共同で対処することになった。

 アリアディアは貿易で成り立っている国だ。魔物により流通が止まればアリアディアは破滅である。

 既に食料が2倍以上値上がりしているらしい。そのため、市民の間で不満が出ている。

 もし、食料が足りなくなれば暴動になるだろう。

 備蓄があるからすぐに問題にはならないが、早急に何とかしたい。だから力を貸して欲しいとクラススは言う。

 私はちらりとレイジを見る。


「わかった、任しときな」


 レイジはふてぶてしい態度で言う。これで私達の方針は決まった。


「ありがとうございます」


 クラススはお礼を言う。


「所でクラスス将軍殿。私達もお助けいたしますが……、アリアディア共和国では騎士もしくは兵を出さないのですか?」


 私達ばかり働かせるのではなく、彼らの問題なのだから、彼らがまず最初に動くべきだ。

 私が言うとクラススは困った顔をする。


「確か黒髪の賢者殿でしたな……。実は既に騎士団は出しているのですよ……」


 クラススは言いにくそうだ。


「何かあったのですか?」

「実は……。魔物の討伐に出た騎士達が壊滅いたしまして……」


 私はその言葉に絶句する。

 クラススは説明する。

 魔物が逃げ出した次の日の事である。アリアド同盟の各国は騎士で構成されたそれぞれ討伐部隊を出したそうだ。

 そして、その日にアリアディア騎士団は逃げ出したケンタウロスをミノン平野で見付けたらしい。

 ケンタウロスの数は僅か23。それに対してアリアディア騎士達の数は300。

 数で勝る騎士団は当然のごとくケンタウロスを捕えようと突撃した。そしてケンタウロスを1匹も倒せずに半数以上が打ち取られたそうだ。

 私は頭を抱える。平野でケンタウロスと戦うなんてあまりにも愚かだ。

 ケンタウロス族は全員が優秀な弓騎兵だ。平原や平野で戦ったら、普通の人間ではまず勝ち目がない。

 彼らは雑食であり、弓を使い狩りをする。

 ケンタウロスは人間よりも遥かに強靭な肉体を持っている。その剛腕から放たれる矢は人間の矢よりも遠くまで飛び、何も魔力を帯びていない鎧や盾をたやすく貫通する。

 そしてケンタウロスの下半身は馬であり、高機動である。重装備の騎士を乗せた馬ではまず追いつけない。

 おそらくアリアディア共和国の騎士達はケンタウロスに触れる事すらできずに負けたのだろう。本来ミノン平野にはケンタウロスがいない。だから、ケンタウロスの力がわからずこのような結果になったのだろう。

 それでもアリアディアの生き残った騎士達はケンタウロスを追跡した。

 しかし、追いつく事ができず見失い、やがて夜になり野営をする事になった。

 今にして思えば無理をしてでもどこかの国に避難すべきだったとクラススは語る。

 この地域では魔物の数が少なく油断したのだろう。オーク達の夜襲を受け、残った騎士達のほとんどは殺されたらしい。

 そこでふと疑問に思う。


「オークが集団で襲撃してきたのですか?」


 私はクラススに聞く。


「はい、生き残った騎士の話では統率された動きだったそうです……」

「それではやはり、上級のオークがいますね。逃げ出したオークにそれらしき者はいますか?」


 オークは群れを作らないが上級種のオークがいた時は群れを作る。

 そして、軍団を作ったオークは凶悪な存在だ。人間の国の一つや二つを簡単に滅ぼす事ができる。

 他の魔物はともかく、その上級のオークは何としても倒しておかなければいけないだろう。

 しかし、私が聞くとクラススは首を振る。


「魔術師協会の魔術師からもその事を聞かれました。しかし、上級のオークはいなかったようなのです。それに、話を聞くかぎりでは我々に扱える魔物ではないみたいですが……」

「確かにそれもそうですね……」


 上級種のオークは普通のオークよりも体一回り大きく。鋼の肉体を持つ、魔法の武器でなければ傷つける事はできない。

 普通の人間ではまず勝てない。

 幸いなのは上級種のオークはナルゴルにしかおらず。人間の世界に出て来る事はまずない。

 しかし、人間の世界に出て来る上級種のオークがいないわけではないようだ。

 記録によれば、アリアディア共和国の北の地に現れたグレンデイルという上級種のオークは、軍団を作り各地の人間の国を滅ぼして人間を奴隷にしてオークの帝国を作ったらしい。

 もっとも、そのグレンデイルは半神の勇者ベオルフにより倒され、彼の帝国は今は残ってはいない。

 神の子である勇者でようやく勝てる相手を普通の人間が扱えるわけがない。

 だから、クラススの言う通り逃げた魔物の中に上級種のオークはいないのかもしれない。


「だとすれば、事故ではなく外部の犯行でしょうね。何者かが魔物を意図的に逃がしたのでしょう」


 私がそう言うとクラススは頷く。


「魔術師殿も同じ事を言っておられました」


 まあ、普通に考えたらその結論に行きつくだろう。


「やっかいな状況ですね……」


 私はため息をつく。

 犯人が何者なのかはわからない。しかしオークを従わせる事が出来るのだから、かなりの上級の魔物だろう。

 しかも姿を見せない。まず何者なのか調べる所から始めなくてはいけない。かなりやっかいな状況だ。


「はい……。もはや我々だけでは対処はできないようなので……」


 クラススの話しではアリアディア騎士団だけでなく、各国の騎士達も魔物によって壊滅状態らしい。

 もはや、各国の騎士団だけでは対処ができる状況ではない。

 そう判断した各国は、民間の自由戦士や世界中に支部を持つオーディス教団と魔術師協会に連絡して力を借りる事にしたようだ。

 そして、魔術師協会の本部であるサリアにたまたま来た私に話しが来たようなのである。

 他にも有名な戦士にも個別にオファーを出しているらしく。

 既にレイジ以外にも勇者と呼ばれる人がアリアディアに来てくれたらしい。

 クラススが言うには、火の勇者や風の勇者と呼ばれる人等ともこの場で会ったそうだ。

 私はそれを聞いて勇者と呼ばれる人間が多い事に少しびっくりする。

 案外勇者というのは、ある程度強ければ誰にでもなれる物かもしれない。

 またクラススが言うには勇者様は皆レイジのような態度だったらしい。

 だからレイジの無礼な態度も気にならないのかもしれない。

 だけどそれを聞いてレイジは不機嫌になる。自分以外の勇者がいる事が気に要らないのだろう。


「どうかレイジ殿。このアリアディアをお救いくだされ!」


 そう言ってクラススはレイジに深々と頭を下げるのだった。




◆火の勇者ノヴィス


「ふああああああ!!」


 起きて体を動かす。

 隣にいる女性を起こさないように移動する。

 女性は自分の依頼主だった女性だ。未亡人で子供はいない。

 大金持ちだった夫の遺産があるからかなりの金持ちだ。

 夫になってくれと言われたけど、それは無理だ。

 何しろ俺は勇者なのだから。この世界には俺の力を必要としている人がいる。1つの所に留まる事はできない。

 こっそりと服を着て家を出る。


「公衆浴場にでも行くかな」


 そう言って歩き始める。

 アリアディア共和国の歓楽街を歩く。

 この国に来るのは久しぶりだ。

 魔物の少ないこの地域では俺の力はあまり必要とされない。

 発揮できる場所があるとすれば、今目の前にある巨大な円形闘技場ぐらいだろう。

 闘技場は基本的に魔物と魔物を戦わせるが、時々人間と魔物の試合をする時がある。

 腕試しに出て見たい気もする。

 だけど、事件があった事で闘技場は今は閉鎖されている。だから今は無理だ。

 ちなみに闘技場が閉鎖中だが、この国には巨大な公衆浴場や円形劇場に競馬場がある。

 そのため、この国は娯楽には事欠かない。

 公衆浴場は中央広場にあり、少し歩かねばならない。


「どうするかな……」


 魔物を倒すために呼ばれたが急いで動くつもりはない。

 折角このアリアディアに来たのだから今日ぐらいはゆっくりしよう。


「お願い、離して下さい……」


 小さいが女性の声がする。

 声のしたほうに駆けつける。

 見ると1人の女性が複数の男に取り囲まれている。

 男の手が女性の腕を掴んでいる。


「おいおい、俺様達がお前の見失った仲間を探してやるって言ってんだ。親切は素直にきくもんだぜ」


 男はそう言っているが、その顔を見れば親切で言っていない事はバレバレだ。

 女の顔を見る。そして息を飲む。

 女はとんでもない美人だ。少し癖の有る亜麻色の髪からのぞく顔は白く整っている。少し涙目の瞳は男の庇護欲をさそうだろう。

 そして女の姿で何より目を引いたのは、服の上からでもわかる胸の膨らみだ。

 かなりでかい。

 女は腕を掴む男に離すように懇願するが、男は離さない。

 そりゃあれだけ美人なら離さないだろう。

 周りにいる人々は見ているだけで動こうとしない。

 女を取り囲んでいる男はいかにも強そうである。女を助ける事で自分に暴力を振るわれる事を怖れているのだろう。

 ここは俺が助けなければならないだろう。

 それが火の勇者と呼ばれる俺の役目だ。

 助けたら何かお礼をしてくれるかもしれない。

 想像してにやりと笑う。


「そこまでにしておけよ! おっさん!!」


 男達の前に出る。


「なんだ、おめえは! 俺が地の勇者ゴーダンと知っての事か?」

「何が勇者だ。嫌がってるじゃねーか! 離したらどうなんだ!!」


 こんな男が勇者とは笑わせるぜ。真の勇者の力を見せてやろう。


「はあ、何言ってんだ? 俺達はただ親切にもこの御婦人の連れを探してあげようって思っただけだぜ!!」

「ふん! どうだかな。どうせ助ける振りをして暗がりに連れ込んでいやらしい事をしようとでもしていたんだろ?いかにもそんな事を考えていそうな面だな」

「なんだと貴様!!」


 取り囲んでいた男の1人がこちらに向かってくる。

 だが、近寄らせるつもりはない。自分が念じると何もない空間から炎が生まれる。


「何だ?!!」


 突然目の前に炎が出現したので向かってきた男が驚き尻餅を付く。

 炎は俺の体を守るように纏わりつく。


「魔法戦士……」

「何者だ……」

「知ってるぜ、ありゃ火の勇者だ」

「俺も聞いた事がある。火の勇者ノヴィスだ。火を自在に操るらしい」


 周りで見ていた人々が口々に俺の事を喋る。

 へへっ、この俺も有名になったものだ。

 この火を自在に操る能力があるおかげで俺は勇者となった。

 もちろん勇者となったのは火の力だけではない。

 剣技や体術でも他の男よりも上だという自信がある。

 地の勇者は気勢を上げて襲ってくる。腕力に自信があるみたいだが当たらなければ意味が無い。

 地の勇者の攻撃を掻い潜るとその腹に掌をあてる。


「衝撃爆!!」


 魔力を発動させ小さな衝撃波を相手に叩き込む。

 これでこいつは悶絶して動けないだろう。

 ゴーダンを見る。

 表情に変化が無い。

 突然横から強い衝撃を受ける。


「ぐはっ!!」


 吹き飛ばされ転がる。


「残念だったな、火の勇者。地の勇者ゴーダン様は固えのよ」


 ゴーダンは笑う。


「くそっ!!」


 わき腹を押さえて立ち上がる。

 油断した。勇者を名乗るだけの事はある。


「おっ!? まだやる気かよ!!」


 地の勇者が構える。


「あたりまえだ!!」


 こちらも構える。剣は抜けない。市街で剣を抜く事は違法だ。

 勇者である以上、法は守らなければならない。

 だけど、素手では地の勇者に勝てる気がしなかった。

 衝撃爆を何度も叩き込むしかない。

 魔力を高めようとするが、わき腹が痛むので力が入らない。


「やめてください! もう勝負はついているじゃないですか!!」


 捕まっていた女性が男の手を振りほどき、地の勇者を止めようとする。


「ふん、先に喧嘩を売ったのはそいつだぜ、御嬢さんは下がってな」


 地の勇者はそう言って腕を下げ女性を下げようとする。

 その腕が女性の大きな胸にあたる。

 むにゅん。

 そんな音がしたような気がした。


「きゃあああああ!!」


 叫び声と共に女性が地の勇者を吹き飛ばす。


「ぐわああああああああ!」


 突き飛ばされた地の勇者がこちらに来る。


「ちょっとま……ぐはっ!!」


 地の勇者と共に吹き飛ばされる。

 そして、そのまま飛ばされ壁にぶつかる。

 ぐしゃ。そんな音が聞こえた気がする。

 おそらく俺の体の骨が折れた音だ。

 口から血が吹き出る。

 そして、俺と地の勇者は地面に落ちる。


「なんて力だ」

「すげえぜ……火の勇者と地の勇者を投げ飛ばしたぜ……」

「綺麗な顔して……やる事がすごいぜ……」

「あのゴーダンが倒されるなんて」


 周りにいる人々の声が聞こえる。


「ごめんなさーい! 大丈夫ですかー!!」


 女性が叫びながら近づくのが聞こえる。


「今治癒魔法をかけますからね……」


 その優しい声を聞きながら意識が沈む。




◆黒髪の賢者チユキ


 クラススとの会談が終わり、サホコ達と合流する。

 リノの話しでは彼女達は私とレイジがクラスス将軍と会っている間、この国の公共の大浴場に行っていたそうだ。

 話しによれば、女神フェリアに捧げられた公共の大浴場は広く巨大な宮殿がそのままお風呂になったかのようだったらしい。

 調べた所によると巨大な浴槽を中心に大小50の様々な浴槽がある。

 そして浴槽だけでなく、マッサージ場やカフェに遊具などもあり、浴場というよりもまるでレジャー施設ようだ。

 これほどの大きな浴場は他の国にはないはずだ。何しろ燃料代がバカにならない。

 だけどこの大浴場は、ドワーフが作った魔法の炉の力により、ほぼ燃料無しでお湯を沸かす事ができる。

 しかも、この余熱で公共のパン工場まであるというのだから驚きだ。

 その魔法の炉の事を聞いた時は本当にびっくりした。こんな物は私達が来た元の世界にはなかった。

 この世界は魔法があるため、文明レベルがわかりにくい。

 しかし、はっきり言うならこの世界の技術力は高くはないと思う。

 むしろ私達の世界の技術力に比べて遥かに低いようだ。

 たとえば魔法の炉だけど、これはドワーフの技術によって作られたのではない。これはドワーフの能力によって作られた道具だ。

 技術であるならば、人間でも学べば魔法の炉を作る事ができるだろう。

 だけど能力ならそうはいかない。同じ材料を用意しても魔法の炉は人間に作る事はできない。

 もちろん技術的な所もあるのだろう。だけど魔力を持たない者が魔法を習っても魔法を使えないように、技術を習ってもその能力が無ければ魔法の道具は作れない。

 そのため、私達のいた世界と比べる事は難しい。

 改めて面白い世界だと思う。

 後でその公衆浴場に行ってみようと思う。

 それから、合流する前に会った面白い出来事をリノから聞かされる。


「そんな事があったの」


 私はサホコの方を見る。

 どうやらサホコが久しぶりにナンパされたみたいだ。

 聖レナリア共和国とその周辺諸国ではもう私達に声を掛ける男性はいない。レイジが怖いと言う事もあるし、私達が抵抗して怪我をさせる事もあるからだ。

 だけど、このアリアディアでは私達の事を知っている者はまだ少ない。だから声を掛けてくる男性がいても不思議ではない。

 それにサホコは美人で、どこか庇護欲をかきたてる。1人にしておくと色々な人から声を掛けられる。だからこそトラブルが起こった。


「サホコさん、もっとうまくあしらわなきゃダメっすよ」

「そうだよ、サホコさん。もっとうまくやんないと」

「ちょっとリノちゃん、ナオちゃん。見てたんなら助けてよ……」


 サホコは涙目だ。

 2人ははぐれたサホコに気付いてすぐに引き返して見つけたが、面白そうだったから隠れて、そのまま見ていたらしい。


「いやいや、これも試練すよ」

「そうそう」


 リノとナオはにこやかに笑う。


「まったく、何をやっているのよ。あなた達は……」


 私は額を押さえる。

 サホコを巡って火の勇者と地の勇者が争い、サホコの胸を触った地の勇者をサホコが突き飛ばしたらしい。

 本当に何をやっているのだろう。頭が痛くなる。

 確かにサホコはもう少し男のあしらいかたを覚えた方が良いだろう。リノを見習って、適当にあしらえるように練習しておくべきだ。

 サホコはキョウカのように攻撃魔法が使えないから被害は小さい。だけどもし攻撃魔法が使えていたらキョウカと同じぐらいの被害を周囲に与えていただろう。


「全く、人の女に手を出すとはなんて野郎だ。次に会ったら殺してやろう」


 レイジは怒っている。レイジはサホコの事になると冷静ではなくなる。

 だからレイジだと本当にやりかねない。

 それにレイジにとって女の子の命以外は軽い。殺す事をためらわないだろう。


「いいの、レイ君。私が悪いの……。私がうまく出来なかったから……」


 サホコが謝る。


「それにしても……。勇者ってのも案外情けないわね……。それでもレイジと同じ勇者なのかし

ら?」


 サホコは私達の中では非力な方だ。

 そのサホコに簡単に負けるようでは話しにならない。


「それを言っちゃお終いっすよ、チユキさん。レイジ先輩が特別なんすよ」


 ナオが茶化すように言う。

 確かにレイジと比べるべきではないだろう。元の世界でもレイジと比べられる男は少ない。

 レイジが特別というのは私も同意見だ。

 そしてナオを見る。ナオは一匹のネズミを片手で抱きかかえている。

 何でも私達の荷物に紛れていたのをナオが見つけて捕まえたらしい。

 初めて見る種類のネズミだ。紅く輝く毛を持ち、それが室内の光を反射してまるで燃えているみたいだ。体型も丸っこくハムスターを思わせる。普通のネズミだったら捨てさせる所だが。結構可愛い顔をしているので、そのままにしている。


「ナオさん、もうすぐ食事なんだから、ネズミはテーブルの下に置いたら?」

「はーいっす」


 ナオが返事をしてネズミを下に置く。当然逃げ出さないように細く丈夫な紐で縛ってある。

 ネズミは最初は縛られる事を嫌がっていたが今は大人しくなっている。

 そして、なんだか人間の言葉を理解しているように見えるが気のせいだろうか。

 ナオがネズミを下に置くと、扉が開かれ誰かが入って来る。


「皆様、お待たせいたしました」


 部屋に入って来たのは50歳くらいの太った中年の男性である。

 この館の主であるトルマルキスだ。

 彼は今日の昼に助けたアトラナの夫だ。

 彼はクラススとも知りあいで会談が終わった後、アトラナを連れて私達に接触してきた。

 なんでも妻を助けてくれたお礼に一晩の宿と食事を御馳走したいそうだ。

 だから今私達はトルマルキスの館にいる。


「本日はお招きいただきありがとうございます、トルマルキス殿」


 私はみんなを代表して胸に手を置き頭を下げる。

 このトルマルキスは、この国でも有数の富豪だ。元々はこの国の人間ではなかったらしい。

 しかし商売で頭角を現し、公共事業等に金を出す事でこの国の市民権を得て、今では元老院の議員でもある。


「いえいえ、妻を助けていただきお礼をいうのはこちらございますとも、勇者様方。妻も同席させた

いのですが生憎と重要な用がありましてな、席を外しております。お許し下され。レイジ様、妻に変わって礼を申します」


 そう言って礼をすると席に着く。

 アトラナがいないと知ってレイジが残念そうな顔をする。

 人妻に手を出すなよと言いたい。


「今日は我が料理人に腕によりをかけて作らせました」


 トルマルキスが合図をすると扉が開いて料理を持った人間が入って来る。

 いずれも若い人間の男性と女性だ。

 ゴブリンの使用人では無い事に少し安心する。

 トルマルキスは安価なゴブリンの奴隷では無く、高価な人間を使う所から将軍であるクラススよりも金持ちなのかもしれない。

 この国の生まれでは無く、ただの一般市民がこの国の権力者よりも豊かになる。それがこのアリアディアという国なのだろう。

 そして、若い男性は私とサホコとリノとナオの所にきて、若い女性は皆レイジの所に行く。

 料理を運んできた若い男女達はなかなかの顔だ。ブサイクはいない。

 おそらく、ただの使用人ではないだろう。性的な接待も命じられればするのかもしれない。

 だけど、私達には不要な接待だ。むしろサホコにはマイナスと言える。知らない男から接待を受けて固まっている。

 正直に言ってレイジを接待している女性とサホコを接待している男性を変えた方が良いだろう。

 レイジは笑いながら女性の接待を受けている。よくもまあ飽きないものだ。


「さあ、どうぞ皆さん」


 トルマルキスの言葉で運ばれた料理を見る。

 サラダと魚の卵とチーズを混ぜた料理。強制餌食された鳥の肝を添えた牛肉のロースト。香りの良い茸のスープ。野菜や豚肉を小麦粉の皮で包んで焼かれたパイ。魚を香草と共に蒸した物。

 そして菓子類は蜂蜜練り込まれた薄い生地に、果実が何層にも入ったケーキ。それに白く甘い氷菓が付いている。

 他にもさまざまな料理が並べられる。どれも入手困難な材料で作られた豪華な料理だ。


「大変豪勢な食事ですね。これ程の食事は初めて見ます」


 私は干果をベースに作られたリキュールを手に取って言う。杯を口に近づけると濃厚な香りがする。


「そうでしょうとも、これだけ豊かなのは世界広しと言えどもアリアディアだけでございます」


 トルマルキスは嬉しそうに言う。丁寧な口調だが、その言葉の中に田舎者を馬鹿にするような所を感じる。

 お付の男性が運んでくれた料理の説明をしてくれる。○○産の肉だとか□□産の魚だとかだ。実に様々な国の食材が使われている。

 しかし、これらの料理には1つの共通点があった。

 それは今、私達が食べている料理にはアリアディア産が1つも無い事だ。

 話によるとはアリアディア共和国の食料自給率はゼロである。

 今までいくつもの国に行ったが食料自給率がゼロの国は初めてだ。それだけこの地域には魔物が少ないのだろう。

 私はなぜこの世界は都市国家が一般的で領域国家が少ないのかを考えた事がある。

 それは、魔物が存在するせいだ。魔物が領域国家を作る事を阻んでいるのだ。

 この世界では人間は決して強くない。比較的弱いゴブリンでも夜になればたった1匹でも人間にとっては脅威である。

 常に流通を阻害する要因が有るこの世界では、食料を他都市に依存する事など出来るはずが無い。

 そのため、都市は基本的に自給自足が普通である。衣食住はもちろん防衛も1都市が自分達でしなければならない。

 そうなれば、1つの都市が1つの国になるのは自然な流れといえる。

 その中でアリアディア共和国は例外と言える。

 このアリアディア共和国は周辺の国々とアリアド同盟という通商同盟を結んでいる。

 このまま何事も無ければ、このアリアディア市を首都したアリアド国という領域国家が出来るかもしれない。

 だけど、今回の事件でアリアド同盟は危機に瀕している。

 これまでアリアド同盟の領域ではゴブリンがたまに街道に出るか、中央山脈からハーピーが時々飛んで来るぐらいだった。

 しかし今アリアド湾には半漁人が、そしてキシュ河ではリザートマンが住みつき商船を襲っている。

 またミノン平野ではケンタウロスが野盗となり街道を行く人々を襲う。

 この3種族は元々アリアド同盟の領域には生息していなかった種族だ。今はまだ数が少ないから被害も大きくはない。

 しかし彼らは人間と交配が可能である。人間の娘を攫い自らの種族を増やせば、やがてこの地域は他の地域と同じ様に人間の住みにくい土地になるだろう。

 またクラススはオークの上位種はいないと言っていたが、現にオークが群れをなして人を襲っている。やはりオークの上位種、もしくはオークを操る事が出来る者がいる事は間違いない。

 この地域にもオークはいるが、めったに人里に出てはこない。だが、徒党を組むようになれば街道に出て人を襲うようになるだろう。

 そして、やはり人間の娘を襲い数を増やせば人間の脅威となる。

 そして、同盟国の中にはアリアディア共和国と同じように食料自給率が少ない国が多々ある。

 魔物により流通が滞れば国が滅びかねない。さすがに備蓄があるだろうからすぐには滅ばないだろうけどいつまでもつだろうか?

 クラススが私達に下手に出たのも、それだけアリアディア共和国が危険な状況だからだろう。どんな手を使っても今の状況を何とかしたいのだ。


「全く……。逃げた魔物が暴れてようやく他の地域と同じだというのに……」


 私は誰にも聞こえないように小さく呟く。少しアリアディアは贅沢すぎると思う。

 男達が料理を次から次へと運ぶ。それを見る限りまだまだアリアディアは豊かと言える。

 だけど流通が止まればこんな贅沢はできないだろう。

 トルマルキスは笑いながら話しかけてくる。あまり危機を感じていないようには見えない。彼は貿易商のはずだ。交易路が遮断すれば自身が破滅するかもしれないのに。

 話しもあまり面白くない。あまり商才があるようには見えない。

 もしかすると彼が成功できたのは、今この場にいない彼の妻であるアトラナのお陰かもしれない。

 彼女は今どこにいるのだろう?

 もしかすると重要な用とは魔物の事で他の商人と対策を話し合う事なのかもしれない。

 既に色々な人が魔物対策のために動いている。

 私達も明日から動く事にしよう。

 他の勇者も既に動いているみたいだ。

 リキュールを口に運ぶ。それは濃厚な味わいだった。



しばらく主人公のクロキは出ません。レイジ達の物語になります。

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