邪神の策謀
◆死神ザルキシス
「どういう事だ?!もう一度言え! ザルキシス!!!」
首を掴まれ、持ち上げられる。
「離せ……ラヴュリュス……。苦しい……死んでしまう……」
体を動かしもがく。
「ふん!!」
苦しそうにしているとラヴュリュスは面白くなさそうに投げ降ろす。
「ぐはっ!!」
地に降ろされ情けなく呻く。
「言った……とおりだ……。レーナに恋人ができたらしい。光の勇者と呼ばれる男だ……」
それを聞き目の前の男が怒りに震える。
姿だけなら普通の人間である。
剥き出しの両手両足には筋肉が盛り上がり、首は太く顎が大きい。暴力を人の形に無理やりしたかのようだ。
しかし、ラヴュリュスは人の姿をしているが、それは仮の姿である。真の姿は人間とはかけ離れている。
この男は人間ではない。エリオスに属さぬ神族であり、エリオスの神々から邪神と呼ばれる男だ。
ロクスという人間の国から戻り、ラヴュリュスにそこで起こった事を話た。
最初は興味なさそうに聞いていたラヴュリュスだが、光の勇者の事を話ていると突然に首を掴みかかってきた。
「くそがっ! レーナはこのラヴュリュスの物だ! 俺の女に手を出しやがって、殺してやる!!」
ラヴュリュスの怒声。
それを聞き疑問に思う。
いつレーナがこの男の物になったのだろう?
レーナは三美神と呼ばれる、エリオスでもっとも美しいとされる女神達の1柱だ。
モデス程では無いが、ラヴュリュスの真の姿も醜い。レーナがなびくはずが無い。
このラヴュリュスに限らず、多くの男神がレーナに言い寄っている。
そして誰もが、自分こそがレーナの恋の相手だと言って水面下で争っている。
そのレーナに恋人が出来た事でエリオスは大騒ぎらしい。
恋人の名はレイジ。光の勇者と呼ばれる人間の男だ。
この男がどこから来たのかはわからない。ただ力は凄まじく、オーディスに匹敵する程である。
また、容姿も非常に美しい。エリオスに限らず、この世の女神の間で噂になっている。
その光の勇者の存在を迷宮に引きこもっているせいか、ラヴュリュスは今まで知らなかった。だから今頃になって怒っている。
「命令だ、ザルキシス! その光の勇者とやらをここまで連れてこい!!」
ラヴュリュスが傲慢に言い放つ。
なぜこのザルキシスがこの男の命令を聞かねばならないのだろうか?
腹立たしく思う。そもそもこの男の配下というわけではない。
だが、エリオスに属さず、モデスにも敵対するラヴュリュスは味方にしておきたい。
それに今はこの迷宮に匿われている身だ、断る事は難しい。
ここはミノン平野にある地下迷宮の最深部である。
ラヴュリュスの玉座があるこの部屋は広く、壮麗である。
正直に言ってこの粗暴な神に相応しくない。
しかし、この迷宮の力は絶大だ。ドワーフの名工が作ったこの迷宮はラヴュリュスに力を与える。特殊な魔法素材とドワーフの魔法技能により作られた迷宮は強固である。
ラヴュリュスのために作られたこの迷宮の中では、自分の領域の魔法も使う事ができない。
だからこそ強いが臆病者のラヴュリュスはこの迷宮から出ようとしない。
「勇者の所に案内するのではなく、ここまで連れて来いと言うのか?」
ラヴュリュスは光の勇者を殺しに行くのではなく、己にとって有利な地であるこの迷宮に連れて来いと言う。なんと臆病なのだろう。
「そうだ! 悪いか、ザルキシス?! ここでなら俺は無敵のはずだ! 光の勇者だか何だか知らないが! 俺様の斧でぶった斬ってやる!!」
そう言って自分の斧を取る。
ラヴュリュスの両刃斧と呼ばれる巨大な魔法の斧である。この男の聖印も両刃の斧を模ったものだ。
ラヴュリュスが斧を振るい空を斬る。
斧から発せられる衝撃破が迷宮を震わせる。
斧をまともに受けなくても、この衝撃破だけで半ば朽ちたこの身を滅ぼす事は可能だろう。
半ば朽ち果てたこの身を触る。地上に生きる者どもの生命力を大量に吸い上げる事で何とか存在する事ができている。
裏切り者のモデスにより、この身は滅ぼされかけた。
何とか生き延びたが体は傷つき壊れ、徐々に崩れていく。
なんとしても肉体を再生したいが、それには多くの生命力が必要だ。
人間から生命力を吸っているが、いくら下等な生命体の力を吸っても体を維持するのがやっとである。効率が非常に悪い。
天使なら多くの生命力を得る事ができるが、エリオスの神々やモデスに敵対する身である以上、目立つ事はできない。
同じ理由で他の神族を狙う事もできない。
よって下等な生物で我慢するしかない。主に狙うのは人間である。
敵対するエリオスの神々に愛された種族である人間は滅ぼさなければならない。
いくつか人間の国を滅ぼして生命力を吸い、別の魔物を生け贄の羊にしてエリオスの神々の目から逃れてきた。
ロクスでの一件も自分の仕業ではなく、全てストリゲスのせいにするつもりだった。
しかし、奴の配下である暗黒騎士に出くわした事で自分が生きている事をモデスに知られてしまった。
そして、光の勇者の女にも自分の姿を見られた。つまりはエリオスにも知られたと言うことだ。
本当に奴らは何故あんな所にいたのだろう?理由はわからない。だが確実に言える事はこれから生命力を得るのは難しいだろうと言う事だ。
しかし、生命力を他者から吸い取らねばやがて滅んでしまう。どうすれば良いか?
ちまちまと生命力を吸うのは悪手だ。
ここは一気に大量に生命力を手に入れて、肉体を再生させるしかない。
勇者の姿を思い出す。奴からは強大な生命力を感じた。
奴の生命力を奪う事ができないだろうか?
そうすればこの肉体を再生させる事ができるだろう。
だからラヴュリュスの命令を聞く事にする。
「わかった、良いだろう。勇者をこの迷宮に誘いこんでやろう。この迷宮の中でお主に勝てるのはモデスぐらいだろうからな……」
「モデスの名は言うな!!!」
ラヴュリュスが大声で怒鳴る。
虚勢を張っているが怯えているのがわかる。どうやらまだモデスが怖いらしい。
良く見ると震えている。
自分よりも遥かに大きいラヴュリュスが小さく見える。
「そうだ、勇者を捕えたらそいつを餌にレーナをこの迷宮におびき寄せるというのはどうだ。そうすればレーナはお主の者だ」
ラヴュリュスを元気づけるためレーナをおびき寄せる事を提案する。ラヴュリュスには裏切り者と再び戦ってもらわなければ困る。
この世界でエリオスの者達を除き、モデスと戦えそうなのはラヴュリュスぐらいである。
再び迷宮から出て来てもらわなければならない。
「良い事を言うじゃねえか、ザルキシス! そうだ、あの女神はこのラヴュリュスにこそふさわしい」
レーナの事を思い出したのかラヴュリュスの震えが止まる。
それを見て、ため息をつく。さてどうやって勇者を誘い込むか?
◆黒髪の賢者チユキ
魔術都市サリアからアリアディア共和国へと移動する。
私達を乗せたグリフォンが風を切って飛ぶ。
天気が良く、風が心地よい。
私が乗るグリフォンにはサホコが一緒に乗っている。サホコは私の背中にしがみ付くように乗っている。
私の横にはナオとリノを乗せたグリフォンが飛んでいる。
そして私達の前ではペガサスに乗るレイジがいる。
「なかなか良い乗り心地っすね、チユキさん」
横を飛ぶナオが笑う。
「ホントね、何で早く思いつかなかったのかしら?」
空を飛ぶ魔獣に騎乗する事を思い付いたのは、ナルゴルで暗黒騎士達と戦ってからだ。
暗黒騎士がワイバーンに乗って戦う姿を見て、同じことができないかと思ったのだ。
ただ、ワイバーンはナルゴルにしかいない。代わりの魔獣を探して、グリフォンとヒポグリフにたどり着いた。
手懐けるのは一苦労だったがうまく行った。
その事を思い出して私達は笑う。皆で苦労したのは良い思い出だ。
「何を笑っているんだ、チユキ?」
笑っていると先を飛んでいたレイジがこちらに来る。
レイジはペガサスに1人で乗っている。リノが一緒に乗りたがったけど、サホコとナオの事を考えて1人で乗ってもらった。
サホコとナオはいつも遠慮する。だから公平に考えて誰も一緒に乗らない事にしたのだ。
レイジが乗っているペガサスは、私達が乗るグリフォンやヒポグリフと違い、手懐けた魔獣ではない。
ペガサスはレーナから貰った物だ。ペガサスは聖騎士でなければ乗る事が許されない貴重なものらしいのだが、特別にレイジに与えられた。
なんでもロクス王国の事でのおわびらしい。
ペガサスを駆り青い空を飛ぶレイジはまるで一枚の絵のようだ。くやしいが良く似合っている。
「魔獣を手懐けた時の事を話していたのよ」
「ああ、あの時の事か。中々大変だったな」
レイジはさわやかに笑う。すると周りの皆も笑う。
グリフォンやヒポグリフを騎乗用にするのは大変だった。
捕えるのはそこまで大変ではなかったが、どうすれば魔獣を騎乗用にできるのか試行錯誤の連続だった。
まずグリフォンを使い魔にする事を思いついた。
使い魔となった生物は主人の能力をある程度使う事ができるようになり、使い魔になる前よりも強くなる。
ただし、生物を使い魔にするには、主人となる術者は使い魔となる生物よりも遥かに高い生命力や魔力等を持っていなければ使い魔にする事ができない。
つまりは同格の存在や 自分よりも強い存在を使い魔にはできない。また、自分より弱くてもその差が小さいと使い魔にはできない。
人間の魔術師が使い魔にできるのは、せいぜい犬や猫ぐらいで大きな獣は使い魔にはできない。
エルフであればかなり大型の獣を使い魔にする事ができるらしい。
ただ、人間よりも遥かに強い魔力を持つエルフでも人間を使い魔にする事はできないみたいだ。
人間を使い魔にできるのは天使族、もしくは同等以上の力を持つ種族でなければ難しいみたいである。
ただ、人間を使い魔にした場合は使い魔とは呼ばれずに使徒と呼ばれる。
グリフォンは強力な魔獣でありエルフはおろか天使でも使い魔にする事は難しいらしいが天使族よりも強い私達ならば可能である。
だけど、ある理由から使い魔にする事は断念した。
それは使い魔となった生物は、自身を使い魔にした主人しか愛さなくなるからだ。
そして、一度使い魔になった生物を元に戻す方法はわからない。
そこが問題だった。
前に一度、リノが某国の王子を使い魔に、この場合は使徒にしてしまった事があった。
使徒となった王子はリノしか愛さなくなり、大変な事になってしまった。
リノの話では王子の方から使徒にして欲しいと言ったらしい。
ようは遠回しにリノを口説いていたのをリノが面白半分に使徒にしてしまったようなのだ。
婚約者がいるにも関わらずリノを口説く王子も王子だが、リノもリノで問題だと思う。
その時に術を解く方法を探したが見つからず、後回しになっている。
いずれは何とかしなければならないだろうけど、正直頭が痛い。
まあ、そういった事があったから、必要が無い限り使い魔を作る事はやめようと言う事になった。
かわりにリノと私の魔法を駆使して騎乗用にした。使い魔にしなくてもこれで問題無いのだから良いだろう。
こうして私達はグリフォンやヒポグリフを手懐ける事に成功したのだ。
私達は談笑しながらアリアディア共和国を目指す。
タラボスの話ではアリアディア共和国で問題が起きたらしく、詳しい話はそちらで聞いて欲しいとの事だ。
「そういえば、シロネさん達は大丈夫なのかな?」
サホコがシロネ達の心配をする。
「わからないわ。でもキョウカさんはさておき、カヤさんが付いているもの。シロネさんが暴走するのは止められると思うわ」
私はそう答える。
シロネにキョウカとカヤを付けたのは私だ。やっぱりシロネ1人では危険だと思ったからだ。シロネ1人だとナルゴルに単身で乗り込みかねない。
「シロネさん、幼馴染を取り戻せるかな?」
今度はリノがナルゴルの方を見て言う。
「それはちょっと難しいと思うぞ、リノ」
レイジがリノを見て言う。
「え~、どうして?レイジさん?」
「考えてもみな、リノ。奴は魔王に従っていたんだ。魔王のせいでこの世界のどれだけの人が傷ついたと思っているんだ。例え正気じゃなかったとしても許される事じゃない。シロネに会わす顔が無くて、そのまま消えるんじゃないかな? うん、俺が奴の立場ならそうする」
レイジが珍しく真剣な顔をして言う。
「そんなあ……。折角会いたがっていた幼馴染に再会出来たのに」
「そうだよ、レイ君。シロネさんは幼馴染に会いたがっていたのに」
リノとサホコが残念そうに言う。
「残念だけど……。奴は責任を取らなきゃならないだろうな。自分のしでかした事の償いにシロネを巻き込みたくはないだろう。ここはそっと見守るべきだ」
レイジがうんうん頷きながら言う。
私はレイジの言葉を聞いて「それはあんたの願望だろ」と心の中で突っ込む。
シロネの幼馴染がこの世界に現れた事で、シロネが自分の元を去るかもしれないのが嫌なだけなんじゃないだろうか?
だけどレイジの言っている事も少しはわかる。
この世界の人々は魔物によって苦しめられている。その魔物達の支配者である魔王は許せない存在だ。
シロネの話では幼馴染の彼は善良な人らしい。魔王の先兵となっていた事に罪の意識を感じているかもしれない。
だけど、シロネの前から去る事は駄目だと思う。それではシロネが安心できないだろう。そうでなければ笑えない。
レイジは嫌がるかもしれないが、彼を私達の仲間として迎えてあげるべきだ。
だから悪いのは魔王だけと言う事にしなければならない。
今、私達が飛んでいる下にある森の中には魔物が生息しているかもしれない。
魔王を倒せば魔物達による被害は無くなるらしい。そうすればもっとこの世界が楽しくなるはずだ。
「待ってくれ、みんな!!」
飛んでいるとレイジが皆を止める。
「どうしたの、レイジ君?」
「女性の悲鳴がする」
レイジはそう言うとペガサスを目的地とは違う方向に飛ばす。
「どうなの、ナオ?」
私はナオの方を見る。
「すごいっすね、レイジ先輩……。このナオさんも今気付いたばかりっすよ……」
感知能力がずば抜けて高いナオがレイジの背中を見ながら言う。
「追うわよ、みんな!!」
私が言うとみんな頷く。
レイジのこういう所だけは頼りになる。多分ピンチになっているのは間違いなく美しい女性だ。
私達も急ぎレイジの後を追った。
◆自由戦士の少女シズフェ
「シズフェ!!!」
ケイナ姉が私の名前を呼ぶ。
「わかってる!!」
そう言って私は目の前を見る。
そこには一匹のオークがいる。
巨大な豚が人間のように立ち上がったその姿は私よりも大きい。
その情欲に濡れた目は私を舐めまわすように見下ろしている。
「なめないでよねっ!!!」
オークを睨みつけ私は剣を構える。
助けは求められない。仲間達は別のオークと戦っている。この目の前のオークは私が倒すしかない。
オークと戦うのは初めてでは無い。だけど、その時はオークは1匹であり、共に戦ってくれる仲間がいた。
しかし今回、襲ってきたオークは複数だ。数は良くわからない。
私達は護衛の依頼を受け、アリアディア共和国へと帰る途中である。
この地域は魔物が少なく楽な仕事のはずだった。
しかし私達は街道でオーク達の奇襲を受け、数を確認できないまま戦闘になっている。
複数のオークと戦うのは初めてである。
本来オークはゴブリンと違って群れを作ったりはしないはずだ。なのに今、オークは集団で襲って来ている。
こんな事は今までになかった。
オーク達の襲撃により馬車を護衛していた自由戦士達の半分は、既にやられて倒れている。
残っているのは私の仲間のケイナ姉とわずかの自由戦士だけだ。
本当なら私も既に殺されていてもおかしくない。それでも生きているのは私が女だからだろう。
オークは女である私を無傷のまま捕まえようとしている。まったく厭らしい奴らだ。
だがそこに隙がある。
「やー!!」
私はわざとゆっくり剣を振るう。
オークは笑いながら剣を弾こうと棍棒を振るう。
剣を弾き飛ばし私を無傷で手に入れるつもりなのだろう。
今だ!!
私は剣を素早く下げる。棍棒はそのまま空を切る。
うまくいった。私は剣術だけなら自信があるのだ。
空振りしたオークは体勢を崩す。私はそれを見逃さない。
私は地を蹴り相手の懐に入り込むと剣をオークの心臓に突き刺す。
「ぐ?!」
オークは信じられないという表情で私を見下ろす。
それもそうだろう。本来なら私の腕力ではオークに傷1つ付けることは出来ない。
オークの皮膚は固く、皮鎧や皮の盾の材料になるくらいだ。
オークに傷を付けるには相当に鍛えた戦士でなければ難しいだろう。
ましてやオークを倒すなんて、特に筋肉が付いていない細腕の17歳の小娘に出来るはずがない。
だけど、それを可能にしているのが私の持つ魔法の剣だ。自由戦士であった父の形見のこの剣が有るからこそ私は自由戦士としてやっていける。
オークは剣を刺した状態でそのまま倒れる。女だからと甘く見た報いだ。
私は倒れた剣を引き抜こうとする。
「あれ?!」
剣が抜けない。しまった、力を入れ過ぎた。
引き抜こうとしている時だった、突然体が持ち上げられる。
振り向くとすぐ近くにオークの顔がある。
しまった、後ろから近づいて来ているのに気付かなかった。
「ぶほほほほほ♪」
オークは楽しそうに笑っている。背筋に冷たい物が流れる。
「いあああああああああああああああ!!」
私は思いっきり叫ぶ。
オークは私を抱えたまま森へと運ぼうとする。
「助けて――! 助けて嫌だっ!!」
暴れるがオークの腕から抜け出せない。
こんなの嫌だ。初めてがオークなんて死んでも嫌だ。
その時だった空が光り輝く。
「えっ?!」
私は思わず目を瞑る。
そして、突然地面に降ろされる。
「何が……」
目を開け後ろを振り向くと頭を失ったオークが倒れている。
私は光が飛んで来た方向を見る。
空に馬が飛んでいる。馬から放たれた光はオーク達を次々に貫いていく。瞬く間にオーク達は全て倒されてしまった。
「綺麗……」
思わず声が出る。
空から天馬に乗った男性が私達の前に降りてくる。
その姿は光輝き神々しい。
天馬から降りた男の人が私の前に立つ。
私を助けてくれた男性は今まで見たどの男性よりも美しかった。
整った顔立ちにすらりとした体、明るい髪が太陽に照らされて輝いている。
その綺麗な顔が私に優しく微笑みかける。頬が熱いその顔に見惚れてしまい声が出ない。
「大丈夫かい?」
声を掛けられるが思わず見惚れてぼーっと突っ立ってしまう。さっきまで危なかったのに何を考えているのだろう。有りえない事が起こったので頭が追い付かない。
だけど、このまま何も喋らないのは失礼だ。
「はっ、はい助かりました! もう少しでオークに攫われてしまう所でした」
私はしどろもどろにお礼を言う。
「空を飛んでいると助けを求める声が聞こえてきたから急いで来たが。間に合ったようだな」
そう言って手を差し出す。
私はその手を取り引き起こされる。
引き起こされると、男性の顔が近くなる。オークと違って爽やかな香りだ。
「俺はレイジ。名前を教えてくれないかな、御嬢さん?」
「シズフェリア……です」
「こほん!!」
突然レイジ様の後ろから咳払いが聞こえる。
いつの間にかレイジ様の後ろに誰かが立っていた。レイジ様ばかり見ていたから気付かなかった。
私は大急ぎで手を離す。
「何だい? チユキ?」
レイジ様は振り返る。顔が見えなくなって残念に思う。
「取り込み中悪いんだけど、ちょっと良いからしら、レイジ君」
私はレイジ様の背中から声の相手であるチユキと呼ばれた女性を見る。
そこで私は息を飲む。
「綺麗……」
思わず呟く。今日2回目の言葉。
チユキという女性はとても綺麗だった。
白く整った顔立ちに切れ長の綺麗な目。体はすらりとして出るとこは出ている。特に綺麗なのが腰まで届く黒髪だ。太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
それを見て少し落ち込む。そりゃこんだけカッコ良いのだから女の人が放っておくわけがない。短い恋だった……。
そのチユキという女性はどこか不機嫌そうに私を見ている。
「少し話を聞かせてもらっても良いかしら?」
綺麗だけど冷たい視線にさらされて及び腰になる。
「はい。何でございましょう!!」
綺麗な目に睨まれ声が上ずる。
「襲って来たオークは12匹。これで間違いないかしら?」
「えーっと……いえ……私もわかりません。突然襲われたので何匹のオークが襲って来たのか確認できませんでしたので……」
私はしどろもどろに答える。
「そう……。それじゃ仕方がないわね……」
チユキという女性がため息をつく。
「オークの数がどうかしたのかい、チユキ?」
「オークの死体は12体あったわ、これはレイジ君が全部倒した奴よ。奇妙な事にその12匹の中に上位のオークはいないみたいなの。これはとても変だわ」
チユキという女性は私に興味が無くなったのか無視してレイジ様と会話を続ける。
「近くに他の魔物の気配は?」
「一応近くに別の魔物がいないか、リノさんとナオさんに捜索してもらっているけど。隠れている感じはしないわね」
「そうか……。もしかすると、 魔術師協会の副会長の言っていた事件の影響かもしれないな。アリアディアに行って詳しい話を聞けばわかる事かもしれない」
「確かにそれもそうね……」
レイジ様の言葉にチユキという女性は頷く。
「あと怪我人がどれだけ出たのかはまだわからないわ。だけど今サホコが治癒魔法を使っているから全員無事のはずよ」
「そうか。ところで怪我をした人の中に女の子はいるかい?」
「えっ……?女の子で怪我をしている者はいないみたいだけど……」
「そう、なら安心だ」
その言葉を聞きレイジ様と同じように私も安心する。どうやら私の仲間も無事みたいだ。
「もう、何で女の子の心配しかしないのよ……」
「そりゃ、か弱い女性を守るのは勇者のつとめだろ」
「あきれた……できれば全ての人の守り手になってよね」
2人が話ていると誰かが近づいて来る。
近づいて来たのは私達の護衛対象の女性であるアトラナさんだ。
私達は商人である彼女とその商品をアリアディアまで護衛するために雇われた。
「ありがとうございます。助かりましたわ、勇者様」
アトラナさんはレイジ様に礼をする。
品の有る妙齢の夫人であるアトラナさんが礼をする姿はとても優雅だ。
「あなたは?」
「この隊商を率いているアトラナと申します。勇者様が来て下さなければ大変な事になっていましたわ」
「いえ、あなたのような美しい方を守れて良かった」
レイジ様はアトラナさんに礼をする。こちらもかなり優雅だ。
「まあ、お上手ですわね」
アトラナさんが微笑む。私と違って余裕のある対応だ。これが経験の差なのかもしれない。
ただ横でチユキと言う女性は、それを見てさらに不機嫌そうな顔をする。
私は何だか場違いな気がする。
話が長くなりそうだったのでその場を離れる。
「お互い無事だったようだな、シズフェ」
レイジ様から離れるとケイナ姉が自分の所に来る。彼女も自分と同じように女だったから無事みたいだ。
「そうだね、ケイナ姉……、なんとか無事みたい」
オークの群れに襲われたにもかかわらず、命が助かった。これは奇跡だ。
私達は無事を喜び合う。
「それにしてもすげえな……。あれだけのオークが一瞬で倒されちまった。もしかしてあれが光の勇者って奴か?」
「光の勇者?」
「なんだ知らねえのか、シズフェ。まあこのあたりじゃまだ有名じゃねえか……。中央山脈を越えた大陸の東側じゃ最強らしいぜ。なんでも女神レーナ様に愛された男って話だ」
ケイナ姉はレイジ様を見て言う。
「女神様に愛された勇者様か……」
彼の力はまさに勇者と呼ぶにふさわしい物だ。ケイナ姉の言葉を聞き、私はレイジ様の後ろ姿を熱く見つめるのだった。
ようやく4部です。あと作品を投稿してから1年になります。




