御菓子の城のおかしな戦い
◆暗黒騎士クロキ
「ちょ!? どうなってんの!!」
オーガが来たと思ったらクーナが来たでゴザル。何を言っているのかわからないけど、恐ろしいものの片鱗を味わってしまう。
ダイガンがオーガが来たと言うから外に出て見てみれば、御菓子の城からクーナ映像が出て来てシロネに勝負を挑む。一体何がどうなっているのだろう。
そして、シロネが御菓子の城に飛んでいくのが見えた。
「まずい、止めないと……」
自分は飛び上がると暗黒騎士の姿になる。
急いで行かないと2人が戦いを始めてしまうかもしれない。
シロネの後を追おうとする。
「何っ?!」
体をひねる。避けた所を大きな何かが通りすぎる。
慌てて地面に降りる。降りた所はアルゴアの城壁の外だ。
自分が降りると続けて誰かが上空から降りてくる。
自分と同じ歳くらいの女性だ。その顔には見覚えがある。
最初に会ったのは聖レナリア共和国だった。
確かカヤという名前のはずだ。
「まさか、すでに潜入していたとは思いませんでした」
カヤという女性が拳を構える。
正直に言って、あまり関わっている時間はない。
「あの白銀の子が私達を引き寄せている間に、リジェナさんを連れ去るつもりだったのでしょう。ですが、そうはさせません」
違う。クーナに危ない事をさせるつもりはない。だから早くシロネとクーナを止めなければならない。
「少しあなたの行動に疑問を覚えます。あなたは自由意思があるようですが、なぜ魔王に味方をするのですか?」
彼女が強い口調で自分を問い詰める。
自分は何も答えない。
「魔王は人々を苦しめているのですよ! あなたは何とも思わないのですか!!」
怒ったように言う。
「それは違うよ。いつ魔王が人間を苦しめたんだ? ずっとナルゴルに籠っていたのにどうやって苦しめる事ができる?」
自分は反論する。
「ようやく答えてくれましたね、確かに魔王はナルゴルから動いていません。ですが、魔物達が人間を襲っています。それは魔王が人々を苦しめているのと同じではないのですか?」
「別に魔王が命じたわけじゃない……」
「配下が勝手にやった事ですか……。それは無責任なのではないのですか? 統制ができたのにしない。それでは苦しめているのと何も変わりは無いではありませんか」
その問いに何も答えられない。
別にこの世界の全ての魔物はモデスの配下ではない。だからその事は反論できる。
だけど、統制しないのが悪いと言われると何も答えられない。
おそらくモデスならば世界の大半の魔物を支配することができるだろう。それをしないのはそうする利益がないからだ。
では、モデスに魔物を支配して統制する義務があるのだろうか?
エリオスの神々だってそうだ。神々は人間の上に君臨しているが支配まではしていない。自分が調べた限りでは、神々は人々を強制的に支配する力があるみたいだが、そんな事はしない。多分面倒くさいからだろう。
そして、例えばある人が罪を犯した時に、その人を統制しなかった神が悪いと言えるのだろうか?
それではロボットのように人々を支配する事が正しい事になってしまう。
モデスは魔物を支配して、人間に危害が及ばないようにしなければならないのだろうか?
そもそもモデスは人間のために存在しているわけではない。また、人間を苦しめたいと思っているようにも感じられない。
モデスの願いは単純だ。好きな女と生きられる場所を守りたいだけだ。
ナルゴルの王としてそれはどうかと思うが、それはナルゴルに生きる者が非難する事であってナルゴルの外の者には関係ないだろう。
でも彼女の考えもわからないでもない。
もし、自分がモデスではなくレーナに召喚されていたら、彼女と同じように考えていたかもしれない。
だけど自分は人間の側ではなく、魔物の側に召喚されてしまった。
人々の敵になりたいとまでは思わないが、この世界の人間の側の視点に立って見る事が難しい。
「悪いけど統制しなかった事が悪いとは思えない……。だから、あなたの主張を聞き入れられない」
「そうですか……。では、最初の質問をもう一度聞きましょう。なぜ、あなたは魔王に味方するのですか? あなたに何のメリットがあるのですか?それともあの白銀の髪の子のせいですか?」
白銀の髪の子といえばクーナの事だろう。確かにクーナの存在があるから魔王に味方をしている。
自分の願いもモデスと同じように単純だ。
聖竜王の山で見た光景を思い出す。レイジ達はとても楽しそうだった。
うらやましかった。本当にうらやましかったよ……。
兜の下で涙が出そうになる。
自分はこの世界で仲間と言える存在がいなかった。
モデスやナットはちょっと違う。
自分が欲しいのはレイジ達みたいに一緒に冒険をして笑いあい、互いを一番大切に思い合い、支え合える仲間だ。それが可愛い女の子ならもっと良い。
なんて贅沢な望みなのだろう。
だけど、その望みがかなったのだ。白銀の髪の可愛い女の子。
この世界に来なければ出会えなかっただろう。きっと元の世界にいたなら、ずっと自分は1人だったに違いない。
クーナと一緒にこの世界を冒険できたらきっと楽しいだろう。
一緒に楽しく冒険している様子を思い浮かべ、兜の下でにやけてしまう。
やっぱり可愛い女の子と旅をするのは良い。
「確かにそうだね……」
自分は彼女の問いに頷く。
「そうですか。やはりあの子が原因ですか。ならばあのクーナという白銀の髪の女の子を倒さねばならないようですね」
その言葉に自分の中の黒い何かが吹き出すのを感じる。
「悪いけど……、そうはさせないよ」
自分は、そう言って一歩踏み出す。
彼女は拳を構えたまま後ずさる。
なぜ、クーナを倒そうと言う結論に達したのかはわからない。だけどクーナを傷つけさせる訳にはいかない。
だから、進む。クーナがいるかぎり、自分は魔王に味方する。
もう暗黒騎士で良い。
自分の欲望の為に魔王に味方して、人々に背を向ける。本当に自分は悪役だ。もうそれで良い。
「これ以上、問答は無用! 押し通らせてもらう!!」
御菓子の城に向かわなくてはいけない。御菓子の城は目の前の彼女の向こう側にある。
自分は彼女に向けて歩き始める。
◆剣の乙女シロネ
透き通った砂糖菓子の窓ガラスを割って、御菓子の城の中心にある一番大きな尖塔から中に入る。
中に入るとそこは寝所だった。そこには巨大な天蓋付きのベッドがある。
触ってみると布団は綿菓子のようであり、下は柔らかいお餅のような感触。前にレイジ君の家で御馳走になった、ロクムという御菓子と同じ物ではないだろうか?
こんな時でなければ思いっきりベッドにダイブしたくなる。だけど、今はそんな事をしている暇は無いので我慢する。
おそらくここは城主の部屋だろう。
もしあの子がいるとしたらこの下の階層にあるであろう、玉座の間に違いない。
クッキーのような焼き菓子が敷き詰められた床を歩く。
下に降りる階段の所でミュルミドンの兵隊と遭遇する。
ミュルミドンを改めてよく見る。蟻と人間を掛け合わせたような姿だ。
御菓子の城に蟻の兵隊とは良く似合っているように思う。
ミュルミドン達は手に持っている槍を構えて襲いかかってくる。
「邪魔よ! フレイムブレード!!」
私は剣に炎を宿らせるとミュルミドン達を斬り裂く。
城内には透き通った飴細工でできた照明があって明るい。
白砂糖でできた大理石の通路を私は進む。
歩いていると焼き菓子にクリームでデコレーションされた巨大な扉の前に出た。おそらくこの扉の向こうが玉座の間だろう。
目を閉じる。意識を集中する。中に巨大な人影を複数感じる。おそらくオーガ達だろう。
私は扉をあけて中に入る。
「ぐおおりゃあああああああ!!」
「であああああ!!」
扉の影に隠れていた2匹のオーガが襲い掛かってくる。
もちろんそんな事は予測済みだ。私は少しステップを踏んで、攻撃を躱し剣を振るう。
体を袈裟懸けに斬り裂かれた2匹のオーガは、そのまま倒れ動かなくなる。
「レツグ! ザイグ!!」
「おのれ! 良くも兄弟を!!!」
残ったオーガ達は私を睨む。
だけど、オーガ達なんかどうでも良い。私は正面を見る。
広い部屋の奥に巨大な玉座がある。
様々なお菓子でデコレーションされた綺麗な玉座。その玉座に座る小さな少女。
少女の体は玉座に比べて小さいが、その態度はすごく大きい。
白銀の魔女クーナ。確かそういう名前のはずだ。そして、クロキを操っている張本人。
一度ヴェロスで会ったけど、あらためて見るとすごい美少女だ。
クロを基調にしたドレスに、青い花飾りが付いている。赤紫の髪留めが彼女の白銀の髪をさらに美しく魅せている。
少女は私が現れても何も喋らず、見下すように私を見ている。
「お前達、何をしてるんだい! クーナ様が見ているんだ! 早くあの人間を倒すんだよ!!」
オーガの女性の言葉に、他のオーガ達が私に向かって来る。
オーガ達の手には槍や剣に斧が握られている。どれも魔法の武器みたいだ。
槍を構えて突っ込んできたオーガを身を捻って躱し、剣を振るう。
そして、槍を持ったオーガを倒すと今度は3方向から別のオーガが襲って来る。
私は剣を持ったオーガの攻撃を軽いステップで躱して斧を持ったオーガの攻撃をはじき、別のオーガにぶつける。
そして、体を回転させながら移動してオーガを斬り刻む。
これで、残るは白銀の魔女とオーガの女性だけだ。
「よくもやってくれたね! これならどうだい!!」
オーガの女性が両手を上げる。その袖から黒い靄みたいな物が出て来る。
「くらいな、爆砕蟲!!」
オーガの腕から放たれた小さな蟲達がこちらに向かって来る。
「そんな物! 効かないわ!!」
私は翼を広げるとフェザーアローを放ち蟲達を撃ち落とす。
撃ち落とされた蟲達は小さく爆発して消えていく。
「なら、これならどうだい!!」
オーガの手に電気が走る。
「雷の蛇よ! 汝の敵を絞め殺せ!!」
手の電気が蛇の形を取りこちらに向かって来る。
「えい!!」
私は掛け声と共に雷の蛇を剣で受け止める。
「このまま返してあげる! ライトニングブレード!!」
剣は雷の蛇を吸収し光り輝く。
「なにっ!!」
オーガが驚きの声を出す。
「はっ!!」
気合と共に剣を振り下す。
雷の斬撃は真っ直ぐに進みオーガにぶつかる。
「馬鹿な! このクジグがーーー!!」
オーガの断末魔の悲鳴。
オーガを焼き尽くした雷の斬撃はそのまま進み、白銀の魔女へと向かって行く。
バチン。
しかし、白銀の魔女に当たるその一歩前で斬撃は弾かれて消える。
当然、白銀の魔女は無傷だ。
「これであなただけよ!!」
私は剣を向ける。
「弱い……」
白銀の魔女はそう言って玉座から立ち上がる。
「当たり前でしょ! こんなオーガ達が何匹いたって私は倒せないわよ!!」
私はオーガの残骸を指して言う。
しかし、白銀の魔女は首を振る。
「クロキよりもはるかに弱い……」
白銀の魔女はそう言って冷たい瞳で私を見る。
「同じ所で剣を学んだと聞いていたけど……。クロキの剣はもっと鋭い。強いのなら、撤退するつもりだった……。だけどそうではない。オーガ達はお前の力を計るのに役に立ってくれた」
そう言って大鎌を構える。
「来るが良いぞ、シロネ。お前はクーナが消してやる」
私はその言葉にカチンと来る。
「馬鹿にして!!」
私は床を蹴り一気に距離を詰める。
「はっ!!」
直前まで来るとステップを踏み上段から剣を振り下す。
白銀の魔女は大鎌で受け止めながら体を少し動かし、斬撃を受け流す。
「えっ?」
受け流された私は態勢をを崩す。
やばい。そう思い体を捻る。
大鎌が私を襲う。
避けきれないと思った私は、翼を出して大鎌の軌道を変える。
わずかに斬り裂かれた翼から羽が舞い落ちる。
「何の!!」
私は態勢を直すと剣を突き出す。
「ふっ……」
白銀の魔女は少し笑うと大鎌を回転させて剣の軌道を変える。
「ぐっ!!」
その直後、大鎌の柄の部分が私の腹部を直撃する。鎌の刃の部分ばかり見てたから油断した。
「刃先ばかり見てはいけない……。クロキの教えだ」
私は後ろに飛びのき、距離を取る。
この子強い。
白銀の魔女を睨む。
「クロキとの鍛錬が役に立った……」
白銀の魔女は嬉しそうに笑う。
私がいない所でクロキは何をやっているのだろう。すごく腹が立つ。
「何よ!!」
私は翼を広げるとフェザーアローを放つ。思った通り、羽矢は白銀の魔女の前で弾かれる。
だけど、それはフェイントだ。
私は飛び上がると天井を蹴り、白銀の魔女の後ろに回る。
私は魔力を高め、自身の動きを加速させる。
「くらいなさい、千翼飛燕刃!!!」
私は一瞬の間に千を越える斬撃を繰り出す。
しかし、白銀の魔女に剣はまったく届かない。全て見えない壁に阻まれる。
「嘘……。魔法盾を同時に複数展開させるなんて……」
私の攻撃を防いだのは魔法盾だ。
普通、魔法盾はどんなに強力であっても1つぐらいしか出す事ができない。だけど彼女は複数の魔法盾を同時に展開させている。
チユキさんでもここまでの防御魔法は使えない。
これだけの防御魔法を使えるのは私が知る限りレーナぐらいだ。
レーナはあまり戦う事をしないけどかなり強い。
特に防御に関する魔法と技に優れていて、一度お願いして手合せさせてもらったが、全く攻撃が届かなかった。
他にもレーナは回復魔法と精神魔法が使えたりする。
ナオちゃんによれば神官戦士と言うらしいが、彼女も同じタイプなのかもしれない。
「九重魔法盾だ。クーナは最大で九つの魔法盾を同時に出す事が出来る。クロキが言うにはクーナは回復と防御魔法に特化しているそうだ。それにしても、今の攻撃は少し焦ったぞ……。クロキならば全て避ける事ができるだろうが、クーナでは今のは避けられないな」
白銀の魔女が言うとおり、確かに過去にクロキはこの技を避けた。
この技だけではない。聖レナリア共和国で戦った時にクロキは、私のもてる全ての技を簡単に避けてしまった。
本当に何時の間にあんなに強くなったのだろう?
「だが、それでもクーナの方がお前よりも強い。いや、強さだけではない。お前より胸が大きく、腰も細い。美しさにおいてもクーナが勝っている!!」
白銀の魔女は私を見て続けて言う。
「なななな何よ、それ! そっちが大きすぎるんでしょ!!」
私は自分の胸を押さえて言う。
確かに向こうの方が私よりも背が低いのに胸が大きい。そして腰も細くくびれている。
悔しいけどスタイルでは負けている。
だけど、決して私の胸は小さくないはずだ。むしろ平均よりも大きい方のはずである。向こうが大きすぎるのだ。
そもそも、なぜこんな時にそんな事を言うのだろう?意味がわからない。
「シロネ、お前はもう必要がない。だから、このクーナがお前を消してやろう!!」
白銀の魔女の魔力が高まるのがわかる。
なぜかわからないが負けたくなかった。
白銀の魔女が大鎌を構えて向かって来る。
「何よ、絶対に負けないんだから!!」
私は剣を構え迎え討つ。
◆アルゴアの元姫リジェナ
「ああ、旦那様が来てくれた……」
心が温かくなる。
もうここにはいたくなかった。
リエットの事を思いだす。
「昔は遊んだ事もあったのにな……」
思わず呟く。
リエットの自分を憎む目を見る事は悲しかった。
リエットの母親も私に優しかった。その母親を殺したのは他ならぬ自分の父親だ。
だからリエットが私を憎むのは当然だ。他の人達もそうだ。だからここにいたくない。
そうじゃないのはオミロスだけだろう。
だけどオミロスには悪いけど、やっぱり旦那様の所にいたい。
だから、急いで旦那様の所に行かなくてはならない。
今、部屋には私の他にキョウカとか言う勇者の妹が1人いるだけだ。
シロネとか言う女はクーナ様に呼ばれてこの部屋を飛び出した。
カヤとか言う女は旦那様を見付けたみたいで、これもまた部屋を飛び出した。
何とかしてこの部屋を出よう。
キョウカと言う女はあまり強くはないみたいだけど、それでも私では敵わないだろう。
彼女の目を盗み、どうやって抜け出そう。
不意に扉が叩かれる。
「どなたかしら? 入っても良いわよ」
扉が開かれる。そこにいたのはオミロスだ。旦那様達を警戒しているのか武装をしている。
「あら、オミロスさん。どうかしたのかしら?」
「キョウカ様。リジェナを連れ出す許可を頂けないでしょうか?」
「えっ、私を?」
オミロスはどういうつもりだろう。
「リジェナさんを連れ出してどうするつもりかしら?」
「暗黒騎士がアルゴアに来ました。ですから、リジェナを暗黒騎士の元に帰します」
「えっ……」
その言葉に驚く。
「そうですの。あなたがそう言うのなら、わたくしどもは何も言いませんわ」
キョウカは何かを悟ったように言う。
「その前にリジェナと外で……、2人だけで話をしたいのですが……」
オミロスとキョウカが私を見る。
「どうしますの、リジェナさん……」
私もオミロスを見る。嘘ではない。オミロスは私を騙したりはしない。
オミロスは本当に私を旦那様の元に帰してくれるつもりなのだ。
だから私は頷く。私を想ってくれた幼馴染と最後の別れをするために。
「行きます」
私は立ち上がりオミロスの方へ向かう。
「お待ちなさい、リジェナさん。忘れ物ですわよ」
そう言ってキョウカは私の所に来るとある物を差し出す。
「これは、私の剣……」
キョウカが差し出したのは旦那様が私のためにくれた小剣だ。
「大切な物なのでしょう? 先に返しておきますわね。それから、わたくしの所に来るという話を忘れないでくださいましね。いつでもお待ちしてますわ」
キョウカはそう言って微笑する。
このお嬢様は、本当はものすごく良い人なのではないだろうか?
「その話は旦那様に了解を取らねばなりません。でも、その気持ちだけでもありがたく思います」
私は頭を下げる。
「ではこれで……」
頭を上げてオミロスの所に行く。
「行こう、リジェナ」
オミロスの後に付いて行く。
「どこに行くの、オミロス?」
「まずは、お墓だよ」
オミロスは振り返らずに答える。
「なぜ……お墓に?」
「お母さんのお墓。ナルゴルに行ってしまったらもうここには戻って来れないかもしれないだろ」
そこで、なぜオミロスがお墓に連れて行こうとしたのかわかる。オミロスは私を私のお母さんのお墓に連れて行ってくれるつもりなのだ。
「だめ、行けないわ!!」
だけど私は拒絶する。
「なぜだい、リジェナ?」
「だって、ナルゴルに残った皆はお墓詣りをできないのに、私だけする事はできないわ……」
皆ができないのに私だけ良い目を見る事は許されない。
「そう……」
「ごめんねオミロス……。私の事を想って言ってくれたんだよね……」
「いいんだ……。僕はリジェナに再び出会えて嬉しかったよ」
オミロスは振り返って笑う。
心が締め付けられる。
私はオミロスの気持ちに気付いている。だけど、すでに私の心は決まっている。
だから、例えアルゴアに残る事ができてもオミロスの想いには応えられない。
私はあの日の事を思い出す。
あの日、私達はゴブリンの巣穴に追いやられた。
私はゴブリンが怖かった。ゴブリンに見つからないよう、逃げる私達。
1人減り、また1人と減っていく仲間たち。私の心は恐怖で壊れてしまいそうだった。
そして、私達の前にそれは現れた。この世の恐怖を具現化したかのような巨大な竜。
その竜が現れた時、私の心は砕けてしまった。
怖くて怖くて泣き出しそうだった。
だけど奇跡が起こった。
その竜には暗黒の騎士が乗っており、兜を脱いで私達に優しく微笑んだのだ。
ゴブリンよりも怖ろしい竜に乗った暗黒騎士はさらに怖ろしい存在なのにだ。
その笑顔を見た瞬間、私の心はどうにもならなくなってしまった。
それまであった恐怖心が嘘のように消えてしまった。
その時から私のナルゴルでの生活が始まった。
周りは魔物達ばかりなのに、不思議と何も怖くなかった。
それは旦那様の元にいるからだ。旦那様が側にいるとゴブリンに追われたあの日の事も思い出さずにすんだ。
この世でもっとも怖ろしい存在が私に微笑んでくれるのならば、私は何も怖れなくても良いはずではないか。
私は旦那様がいないと駄目なのだ。私は旦那様の側にいないと安心できない。
旦那様がいないと私はゴブリンが追って来る悪夢ばかり見る。旦那様が側にいる時はそんな悪夢を見た事はない。
だから旦那様の側にいたい。妻でなくとも良い。愛妾の1人じゃなくても良い。奴隷でも良い。とにかく側においてもらえるだけで良い。
だから、早く旦那様の元に戻りたい。
私のために色々してくれたオミロスには悪いけど、こればかりはどうにもならない。心の中で謝る。
「じゃあ、物見台に行こうか。マキュシスに頼んで人払いをしてある。あそこなら暗黒騎士もリジェナを見付けやすいはずだ」
そう言ってオミロスは歩き出す。
物見台はナルゴルを監視するために他の城壁よりも高くなっている所だ。
確かにあそこなら旦那様も私を見付けてくれるだろう。
私達はそこに向かう。
歩いてしばらくすると物見台にたどり着く。
梯子で上がったその場所は意外に広く2、30人は立っていられそうだった。
「ここなら、きっとすぐに見つけてくれるよ」
オミロスが笑う。
「ありがとう、オミロス」
私はオミロスに礼を言う。
旦那様はどこにいるのだろう?私は周囲を窺う。
「待って、リジェナ! 誰か来る!!」
オミロスの言葉に私は慌てて顔隠す。
私はアルゴアの人達から嫌われている。見つかると厄介だ。
誰かが梯子を登ってくるのが聞こえる。
「誰だ! ここには誰も来るなと言われているはずだぞ!!」
オミロスが登ってくる者に言う。
「私ですよ、王子」
「パルシス殿?!」
登って来たのはパルシスだった。
梯子を登り物見台の上へと立つ。
「パルシス殿か! 今までどこに行っていたんだ!? そしてどうしてここにいるのですか!?」
オミロスがパルシスに詰め寄る。
「いえ、王子が物見台に登るのが見えましたのでね……。それよりも私も王子に聞きたい事があるのですよ。なぜリジェナ姫をこんな所に連れて来ているのですか?」
顔を隠したけどバレバレだったみたいだ。私は顔を出す。
「そんな事はあなたに関係がないはずだ。ここから早く降りて欲しい!!」
しかし、パルシスは首を振って笑う。
「それが無関係では無いのですよ、王子……」
「それはどういう意味ですか?」
「それよりもここに姫を連れて来た理由を教えて下さい」
私はその言葉に訝しむ。なぜそんな事を聞いて来るのだろう?
「わかりました。教えましょう……。暗黒騎士にリジェナを渡すためですよ。これでわかったでしょう。早くここから降りて下さい」
根負けしたオミロスがパルシスに答える。
「それはいけない……。それはいけませんよ、王子……」
パルシスが首を振りながら、呟くように答える。
その様子に何か不穏な物を感じる。
何だろう、何か嫌な予感がする。身に付けた剣が鳴っている。
オミロスの方を見る。オミロスの持つ盾が輝いているように感じる。
「どうしたのですか、パルシ……? ん、盾が?」
盾が輝いている事に気付いたオミロスが自分の盾を見る。
「きしゃああああああああ!!」
突然だった。パルシスが突然、剣を引き抜きオミロスに斬りかかる。
その動きは速くオミロスに声を掛ける暇も無かった。
だけど、それ以上にオミロスの盾が素早く動いて剣を受け止める。それは、まるで自分の意志を持っているかのようだった。
「何を……?」
オミロスは後ろに下がり私の所にまで来る。
「大丈夫、オミロス?」
「ああ、盾が勝手に動いてくれた……。守ってくれたみたいだ……」
オミロスは盾を見て言う。
盾はほのかに輝いている。魔法の盾みたいだ。どこでこんな盾を手に入れたのだろう。
そして、パルシスを見る。なぜこんなことをしたのだろう?
「何をするのですか、パルシス殿! どういうつもりですかっ!!」
オミロスはパルシスを睨む。
「ちっ……。防いだか。この一撃で殺してやるつもりだったのによお……」
パルシスの口調が変わる。先程までの礼儀正しい口調が嘘みたいだ。
「なっ……パルシス殿?」
パルシスの顔がぼやける。そしてぼやけた顔がはっきりしてくるとそこには全く別の顔が現れる。
私はその顔を見て叫びそうになる。
「ああ……。あなたは……」
その顔には見覚えがあった。意識の底に封じた忌まわしい記憶が蘇って来る。
「お前は……ゴズ?!」
オミロスがその名を呼ぶ。
「そう……ゴズだよ、オミロス。まさか覚えているとは思わなかったぞ」
ゴズのその言葉にオミロスは首を振る。
「忘れたくても忘れられないさ、ゴズ……。お前と会った日の事を忘れた事など一度もない。まさかパルシスがお前だったとは……」
オミロスは剣を抜く。
「覚えていてもらいまして、光栄でございますよ、王子様。くくく」
ゴズはいやらしく笑う。
「下がって、リジェナ」
オミロスに言われて私は少し下がる。だけどこの物見台の上では逃げ場がない。
ゴズの目が私を捕える。その目で見られると鳥肌が立つ。
「こっちへ来い、リジェナ。迎えに来たぜ」
そう言ってゴズはニヤリと笑う。
少し更新です。