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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
40/195

ミュルミドン

◆剣の乙女シロネ


 馬車に揺られて私達は進む。

 馬車はエカラスがくれた物だ。その馬車をヒポグリフが引いている。

 空を飛べれば良かったのだが、人数が増えてしまった。この人数ではさすがにヒポグリフで運ぶのは無理だ。

 よって、仕方が無いから陸路を行くことになった。

 馬車はヴェロス王国から提供された物でかなり豪華だ。窓は大きく、外の景色が見やすい。座席もふかふかである。

 その座席に、私とキョウカさんとカヤさんとリジェナが座っている。

 私達の一行は総勢7名となった。私とキョウカさんとカヤさんオミロスにリジェナ。そして、エチゴスにダイガンである。

 パルシスはいない。用事があるからと先にアルゴアに戻ってしまった。

 そのため、キョウカさんは少し上機嫌だ。

 舞踏会が終わってから、パルシスは輪をかけて気持ち悪くなった。目がギラギラとして、私達女性陣、特にリジェナをいやらしく舐めまわすように見る。そして息が荒く、常に興奮状態の犬みたいな様子を見せる。パルシスには悪いけど、キョウカさんと同じようにあまり見ていたくはなかった。

 なぜ、パルシスがそうなったかと言うと、何でもクロキと一緒に来た白銀の魔女に魔法をかけられたらしい。なぜ、彼女がパルシスに魔法をかけたのかはわからない。だけど、いずれわかる事だろう。

 まあそういう訳で、とにかく彼はいない。

 そして代わりと言うわけではないが、エチゴスとダイガンが付いて来た。

 なんでこの2人がいるのかといえば、まずエチゴスだけど、再びオーガに襲われるかもしれないから同行させてくれと泣きついてきた。

 どうやってあの森からヴェロスに戻って来たのかはわからない。ヴェロスを出る時に突然、馬車の前に現れ土下座してきた。

 エチゴスを操ったオーガはクジグと言って、このあたり一帯に広がる蒼の森の支配者との事だ。クジグはその蒼の森の中にある御菓子の城に住んでいるらしい。

 彼女は再び襲ってくるかもしれないから警戒した方が良いだろう。

 そして、ダイガンはヴェロス王国が危険な人狼を生かしたまま牢獄につないで置くこと難しいから引き取って欲しいと言われ、やむなく連れてきた。

 そのダイガンは鎖で何重にも縛られて、馬車の後部に備え付けられた荷物置き場に転がされている。ちなみにエチゴスは御者だ。

 それと、縛られているのはダイガンだけではなく、リジェナも縛ってある。

 あまり手荒な事をしたくはないのだけど、折角の情報源だ。このまま手放すのはおしい。

 幸いにもリジェナは口が軽い。本人は私達に話す事はないと言っておきながら、ナルゴルでのクロキの事をどんどん話してくれる。だから、もう少しこのまま捕えていようと思う。

 カヤさんの予想通り、リジェナを助けたのはクロキだったようだ。クロキがいなければ、リジェナはゴブリンによって酷い目に会っていただろう。

 そのため、リジェナはクロキに深く感謝しているようだ。

 ただ、助けられたためかリジェナはクロキの事を美化して語る。

 リジェナの中のクロキはこの世の誰よりも優しくてカッコ良くて、強いそうだ。

 クロキの事を話す時のリジェナは、うっとりとしていてまるで恋する乙女のようだ。

 特にクロキが「仕事はきつくないかい?」とリジェナの手を触った時の話をするリジェナの表情は、側で見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。

 一体どれだけクロキは美化されているのだろう。

 クロキなんて本当はかなり情けなくカッコ悪くて、おまけにかなりエッチなのにだ。

 ただ可哀そうなのはオミロスだ。

 私達と一緒にいたばかりに、オミロスまでも敵視されてしまった。

 自分が好意をよせる相手から嫌われるのは辛いだろう。

 しかも、その相手は自分の前で他の男性を褒め称えるのだ。見ているこっちが辛くなる。

 オミロスはリジェナをアルゴアに連れ戻したいと思っている。だから、オミロスに取ってクロキは邪魔だ。

 だけど、オミロスが少しでも反論しよう物なら「オミロスなんかよりも旦那様の方が何倍も素敵なんだから!!」とリジェナに怒ったように言われる。

 言われたオミロスはしょんぼりとしてしまう。その様子は可哀そうだ。

 オミロスはリジェナの事をずっと心配していたのだ。だから、もう少し優しくしてあげても良いのではなかろうか?

 そして、そんなオミロスの姿と昔のクロキの姿が重なるのは一体なぜなのだろう?

 しょげたオミロスは馬車に同乗せずに馬に乗って付いて来ている。

 なんとか2人を仲直りさせられないだろうか?

 私は考える。

 一番良いのは、リジェナがクロキの元を離れたいと思うようになれば良いのではないだろうか?

 良し、リジェナにクロキの本当の姿を教えてあげよう。そうすればクロキに愛想を尽かしたリジェナは、オミロスの所に戻るかもしれない。

 そんな事を考えていると何かの気配を感じる。


「馬車を止めなさい」


 カヤさんも感じたのかエチゴスに馬車を止めさせる。


「どうかしたのですか?」


 急に馬車が止まったのでエチゴスが振り返って聞く。


「そうですわ、カヤ? 何があったのです?」


 キョウカさんも聞く。

 キョウカさんは気配を感じる能力がないので状況が掴めていない。


「前方から何かが来ます、お嬢様」


 そう言われて私達は前を見る。

 すると前から馬が駆けてくる。

 オミロスが前から来る馬から守るように前に出る。


「オミロース!!!」


 馬に乗った人がオミロスの名を呼ぶ。


「マキュシス! リエット!!!」


 オミロスが馬に乗っている人物達に向かって叫ぶ。

 馬には2人が乗っていた。私達と同じ歳くらいの男性とその後ろに乗る小さな少女だ。


「カヤ殿。あれは私の一族の者でございます」


 オミロスは振り返ってそう言うと手を振って駆けて来る馬の方へと向かう。


「お待ちなさい! 来ているのはその者達ばかりではありません!!」


 そう言うとカヤさんは馬車のドアを開けて飛び出すと、こちらに向かう馬の方へと駆けていく。

 その動きはオミロスの乗る馬よりも遥かに速い。


「えっ!?」


 向こうから来る馬が近づいて来る、その瞬間だった。馬に乗っていた小さな女の子が声を出す。

 その馬の横の茂みから突然に影が飛び出して来る。

 その影の姿は人間と同じ大きさの二足歩行をする蟻だ。そして、影は1つではない。その横の茂みからも複数の巨大な蟻達が飛び出して来る。


「うわああああああ!!!」

「きゃあああああ!!」


 馬に乗った2人が悲鳴を上げる。

 蟻は2人を襲おうと近づく。

 しかし、カヤさんの方が速い。カヤさんの両手の手甲に青い電光が灯る。

 蒼雷石の手甲トルマリングローブ。それがカヤさんが装備している手甲の名称だ。

 手甲の拳頭にあたる部分に付けられた魔法のトルマリンには、雷精が宿っており、打撃と共に雷撃のダメージを与える。

 カヤさんが最近手に入れた魔法の武具であり、今までの装備よりも段違いで強力だ。

 カヤさんは2人に襲いかかる蟻に飛び込むとその頭を拳で吹き飛ばす。そしてそのまま体を捻り、反対側の二匹の蟻を蹴りで吹き飛ばす。

 そして数秒後には蟻達は全て動かなくなる。


「すげえ……」


 馬に乗っていた男が呟く。確かオミロスはマキュシスと呼んでいた。


「リエット! マキュシス!!!」


 オミロスが2人の方へと馬を向かわせる。


「どうして、ここにいるんだ?」

 オミロスが2人に尋ねる。


「いや、俺はいいんだけどよ、リエットの奴がな……。お前がいつもよりも帰って来るのが遅いから、何かあったんじゃないかってな……」


 マキュシスが苦笑いを浮かべながら馬の後ろの少女を見ながら言う。

 どうやら2人はオミロスが遅いから様子を見に来てくれたようだ。だとしたら私達のせいだ。オミロスとパルシスだけなら、もっと早くアルゴアに戻る事ができただろう。


「ありがとう、リエット。心配してくれたんだね……」


 オミロスはそう言うとリエットの頭をなでる。すると少しだけリエットの機嫌が悪くなる。

 そして、ぷいっと横を向く。


「……別に心配なんかしてない。それに子供扱いしないで」


 素直じゃない。だけどそんな所が可愛かった。


「ああごめん、リエット……。つい癖でね……。そうだお土産に御菓子を持って帰ってきたんだ。これで機嫌を治してくれないかい?」


 そう言ってオミロスは懐から何かを取り出す。


「お菓子っ! ホントにっ!!?」


 リエットが目を輝かせる。さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいだ。


「こほん」


 オミロスとリエットが微笑ましいやり取りをしていると横からカヤが咳を吐く。


「オミロス殿。いい加減、そちらの方達を紹介してくれても良いのではないのですか?」


 いい加減に待ちくたびれたのだろう。カヤさんが口を挟む。


「もっ、申し訳ございません、カヤ殿」


 そう言ってオミロスは頭を下げる。その声には怯えが含まれていた。

 リエットもマキュシスの背中をギュッと握る。どことなく不安そうだ。

 おそらく蟻達を簡単に倒した事で怖れられたのだろう。

 私も何度も怖れられた。言い寄って来る男性が減るのは良いけど、リエットのように可愛い子から怖がられたりすると少し落ち込む。

 オミロスは2人を馬車の前まで連れて来る。


「キョウカ様。こちらの2人は私の従兄弟のマキュシスとその妹のリエットでございます」


 オミロスは馬車の中のキョウカさんに紹介をする。


「そう、よろしくお願いしますわね」


 キョウカさんが馬車から顔を出す。


「えっ?……綺麗。誰なの?」


 リエットが思わず感嘆の声を上げる。マキュシスも見惚れているみたいだ。


「マキュシス、リエット。こちらは勇者様の妹君のキョウカ様だ。たしか、こちらのシロネ様はアルゴアに来た事があるはずだ」


 オミロスはキョウカさんを紹介した後で私を見て言う。


「あなたは勇者の奥方様……」

「あっ、ホントだ……」


 2人は私の事を覚えていたみたいだ。私の方は直接2人と会った事がなかったのだが。


「じゃあ、もしかして勇者様も……」


 リエットが少し怯えた声で言う。


「いや、勇者様は来られていない。来られたのはこちらのキョウカ様とお付のカヤ殿と奥方のシロネ様だけだ」


 オミロスがそう言うと安堵の表情を浮かべる。どれだけレイジ君は怖れられているのだろう。


「2人ともキョウカ様に挨拶を」


 オミロスに促され。2人は慌てて姿勢を正す。


「どうも、マキュシスと言います。キョウカ様」


「マキュシスの妹のリエットです。……あれ?」


 挨拶をするリエットの目が馬車の奥に座っているある人物の方へと動く。

 その視線の先にはリジェナがいる。


「なんで……」


 リエットの表情が変わる。


「なんでリジェナがいるの!!!」


 リエットは怒りの表情で叫ぶ。

 その声にはかなりの敵意を感じる。正直ただ事ではない。

 マキュシスも驚いた表情でリジェナを見ている。


「どういう事だ、オミロス!? なぜ、リジェナ姫がいる?」


 マキュシスも叫ぶ。

 その声は戸惑っている。そしてリエット程ではないが、リジェナの事をあまり良くは思っていないみたいだ。


「久しぶりね、リエットにマキュシス……。出来れば会いたくなかったわ」


 リジェナが馬車の中から冷たく言う。だけどその声には少し哀しみが含まれているような気がする。


「よくも私の前に顔を出せたな、リジェナ! お前達のせいでお母さんは……」


 そう言うリエットの目に涙が浮かぶのが見える。


「貴方達のせいで私の一族も殺されたわ……。お互い様じゃないかしら?」

「先に手を出したのはそっちじゃないか!!!」

「知らないわ、そんな事?」

「アルゴアに戻ってみろ! またゴブリンの巣穴に送ってやる!!」


 2人が言い争いを始める。


「リエット!!もうやめてくれ! リジェナも落ち着いて!!」


 オミロスが2人をなだめる。


「なんでよ、オミロス兄! どうしてそんな女かばうの!!」


 リエットが泣きそうな顔でオミロスを見る。


「リエット……」


 その目で睨まれオミロスは何も喋れない。

 沈黙が場を支配する。


「違うわ、リエット」


 少しの時間がたちリジェナが沈黙を破る。


「何が違うの!?」


 リエットは今度はリジェナを睨む。


「オミロスは私をかばったのでは無いわ。考えてもみなさい、リエット。私が誰の保護下にいるのかを。私に手を出せば、あなた達はそこのミュルミドンみたいになるわよ」


 リジェナが蟻人間の残骸を見ながら言う。

 リエットの顔が青ざめる。


「そう。オミロスは私をかばったのでは無くて、あなたの心配をしたのよ」


 リジェナが笑いながら言う。だけどその笑いは渇いていた。


「そんな、リジェナ……僕は……」


 オミロスがリジェナの言葉に何か言いたそうにする。

 だけどリジェナはそれには構わずカヤさんの方を見る。


「その通りですよ、御二人方。現在リジェナさんは私達の保護下にあります。危害を加えるなら私達に対する敵対行為とみなしますよ」


 カヤさんがリエットとマキュシスの2人に言う。

 マキュシスとリエットの顔が恐怖に染まる。

 何だか険悪な雰囲気だ。ここは何とかしないといけない。


「まあまあ、待って待って。みんな」


 私は馬車から降りる。

 みんなの視線が私に向かう。


「ねえ、この蟻人間なんだけどさ……。前に来た時はこんな魔物はいなかったよね?なんなのこれ?」


 私は話題を変えるために蟻人間の残骸に近づいて聞く。


「蟻人間? ミュルミドンの事ですか?そういえば、どうしてこんな所に?」


 答えたのはオミロスだ。


「この蟻人間はミュルミドンと言うのですか。そういえば、このミュルミドンはあなた方を追って来ているみたいでしたが?何かあったのですか?」


 カヤさんが2人に聞く。


「ううん、知ら……。いえ、わかりません。私もミュルミドンを見るのは初めてです」


 リエットが首を振って答える。


「俺……。いえ、私は過去に一度見た事はありますが……。それでも見た事があるのは1匹2匹ぐらいで、こんなに沢山のミュルミドンを見たのは初めてです」


 マキュシスが答える。マキュシスの視線の先にはミュルミドンの残骸が7体ある。


「それではこのミュルミドン達は急に現れたという事ですか? 普段のミュルミドンの生息地はどこなのですか?」


 カヤさんの言葉にオミロスは首を振る。


「わかりません……。ただ伝承によるとこの蒼の森の女王の城が現れる時に、このミュルミドンが大量に現れるそうです」

「蒼の森の女王? では、あのオーガの女がこの近くに来ているのですか?」


 蒼の森の女王とはヴェロスを襲ったオーガ達のリーダーである女性のはずだ。

 何でも、このあたり一帯に広がる蒼の森に住んでいて、自分の城に近づく人間を食べてしまうらしい。確か名前はクジグとか言ったはずだ。


「でも、どうして私達がここに来る事がわかったのかな?」


 カヤさんが振り返りエチゴスを見る。


「わっ! 私は何も!!」


 エチゴスが首を振って答える。

 だけど、カヤさんは何も言わずにエチゴスに近づく。


「ひっ!!」


 エチゴスは御者の席から降りて逃げようとする。

 でもカヤさんの方が速い。

 カヤさんはエチゴスの襟を掴む。


「安心しなさい。殺しはしません」


 カヤさんはエチゴスの体全体を撫でるように触っていく。


「あの、何を……」


 エチゴスが鼻の下を伸ばす。

 カヤさんはかなりの美人だ。そんな人に体を優しく触られたら嬉しいだろう。

 だけど、それですむわけがない。

 カヤさんの手がエチゴスのお腹あたりで止まる。


「ふん!!」


 カヤさんがエチゴスのお腹を突然押す。


「ふががあああああああ!!」


 押されたエチゴスが突然苦しみだす。


「あがあが……」


 エチゴスの口から涎と泡が吹き出る。


「きゃああああああ!!」


 リエットの悲鳴。

 涎と泡と共にエチゴスの口から大きな虫が出て来る。

 口から出た虫はじたばたと動いたあと、ピクリとも動かなくなる。

 エチゴスは口から泡を吐いて、ぴくぴくと動いているがなんとか生きているみたいだ。多分再起不能だろう。


「何なんですの、これは?」


 動かなくなった虫とエチゴスを見てキョウカさんが眉をひそめる。


「おそらく、あのオーガの仕業でしょう。私達の動きはオーガ達にすべて筒抜けだったようですね」


 カヤさんが淡々と言う。

 エチゴスはどうやらオーガに操られていたようだ。そして、体内に埋め込まれた虫を通じてオーガに情報を送っていたようだ。


「あの、カヤ殿……それでは」


 オミロスが不安そうに聞く。


「おそらく再びオーガが襲って来るでしょうね。アルゴアに戻ったら防備を固めた方が良いでしょうね」

「そんな……」


 オミロスの顔が青ざめる。

 でもこれはあまり良くない状況だ。


「どういたしますか、シロネ様? クロキさんが来る前にオーガを退治しておきますか?」


 カヤさんが私に聞く。


「うーん、そうしたいけどクロキがいつ来るかわからないし……。あんまり相手をしていたくないなあ……」


 正直に言って、クロキの事だけでも大変なのにオーガの相手をしている余裕はない。でも放っておく事もできない。

 私は考える。


「はあ……。シロネさん、カヤさん。取りあえずアルゴア王国に行ってから考えません?いい加減、馬車から降りたいですわ」


 考えているとキョウカさんが言う。馬車に乗っている事に飽きたみたいだ。


「確かにそうでございます。シロネ様、取りあえずアルゴアに行きましょう」


 キョウカさんの気持ちを察したのか、カヤさんも先に進もうと言ってくる。

 カヤさんの言葉に私は頷く。

 考えた所で今はどうにもならないだろう。私達は進む事にする。

 クロキやオーガ達は今何をしているのだろう。

 私はここにいない者達の事を考える。




◆ゴブリンの王子ゴズ


 カロン王国は、アケロン山脈の北側の大地をくり貫いて作られた地下にある王国である。

 地面の下にあるだけなら他のゴブリンの集落と変わらない。

 しかし、カロン王国は他のゴブリンの集落と違って壁など整備され平らになっており、また壁には装飾が施されている。

 その装飾は人間の物と比べて素晴らしいとはお世辞でも言えないが、ゴブリンにしては上出来だろう。

 そのカロン王国の通路を歩き、下へと降りて行く。カロン王国の最奥部、そこが目的地だ。

 たどり着くとそこには巨大な扉がある。

 そして、その扉の前には2匹のゴブリンがいる。おそらくこの扉の奥に有る物を守る番兵といった所だろう。


「これはこれは、ゴズ王子ゴブ。どうしてこんな所にいるゴブか?」


 一匹のゴブリンが声を掛けてくる。


「お役目ご苦労。その中の有る物に用がある。通してもらおう」


 そう言うと2匹のゴブリンは顔を見合わせる。


「いくら王子様とはいえ、女王様の許可が無いと通せないでゴブ」


 ゴブリン共は相談するとこちらに向かって言う。

 それを聞いて心の中で舌打ちをする。


「許可ならもらっているとも……。ここになっ!!」


 外套を広げ隠し持った剣を引き抜くと1匹のゴブリンの首をはねる。。


「ゴブッツ!!」


 声を上げる前に体をひねりもう1匹のゴブリンの胸を貫く。


「何をするで……ゴブ……」


 胸を貫かれたゴブリンはそう言って動かなくなる。


「ふん、馬鹿な奴らだ。大人しく通せば死なずにすんだのに」


 死体を蹴る。

 もっとも、大人しく通しても母から後で殺されるだろう。どの道この番兵達は死ぬしかなかった。

 番兵達の死体を魔法の火で燃やして消す。死体が見つからなければしばらく安心だろう。

 扉を見る。

 番兵達が守っていたのはカロン王国の宝物庫だ。この中には母の宝が眠っている。

 いかに王子とはいえ、この中の物に手を出せばただではすまない。露見すれば自分は殺されるかもしれない。

 だが、これから暗黒騎士と対決するかもしれないのだ。母ごときを怖れてどうするのだろう。

 扉には魔法で施錠されているが、問題は無い。開けるための魔法の言葉は調査済みである。

 魔法の言葉を口にして扉を開ける。

 中に入ると広い空間の中には様々な宝物が並べられている。

 宝石や装飾品、そして様々なドレスや化粧品。どれもとても美しい物だ。

 そしてそれを見て笑う。あの母にはどれも似合わない。あの醜い容姿ではどんな美しい宝石も下品な駄物に成り下がる。

 宝物庫の中を歩く。

 やがて、目の前に再び扉が行く手を阻む。宝物庫の中の宝物庫だ。母の宝の中でも特に重要な物が置かれた部屋だ。中に入るのは初めてである。そして、この中に目当ての物が有るはずだ。

 この宝物庫の扉には特別な魔法がかけられているが、開錠の方法はすでに調べてある。

 魔法の言葉を言うと扉が開かれる。


「げっ!!!」


 中に入ると思わず声が出る。

 部屋の中の壁には、オスの裸体が描かれた絵で埋めつくされていたからだ。

 絵のオス共は同じ性別である自分から見ても美形ばかりある。

 オスの種族は様々だが、見た感じ人間が一番多い。

 おそらく母の趣味の1つだろう。その姿に似て悪趣味だ。

 母の餌食になったオス共だろうかと思ったが、絵の中に天使族のオスや魔族のオスの絵があったので違うだろう。

 いくら母でも天使族や魔族には敵わないはずだ。

 だからこの絵のオス共はこの世に存在する母の好みのオスを誰かに描かせたものだろう。

 ある1つの絵を見る。その絵は順番からして3番目に新しいみたいだ。

 そのオスには見覚えがあった。

 絵のオスは間違いなく勇者である。

 絵の中の勇者は裸で不敵な笑みを浮かべている。

 それにしても、なんと精密に描かれた絵だろうか。アルゴアで遠くから姿を見たことがあったが細かい所まで忠実に描かれている。今にも動き出しそうだ。


「うん?」


 勇者の右隣の絵を見てあることに気付く。


「これは俺様じゃないか……」


 勇者の右隣の絵のオスはパルシスであった。ゴズの姿ではなく、美しい人間の姿を取ったときの自分だ。


「なんで俺様が……」


 母が自分と気付かずに描かせたのがそのままになっているのだろうか?

 偽りの姿とはいえ、母の性欲の対象になる事に寒気がする。

 そしてパルシスの絵の一点を見る。


「どうやって調べた……」


 パルシスは自分の偽りの姿だ。だけどある部分だけは正確である。

 思わず股間を押さえる。

 そして勇者の絵と見比べる。


「くそっ……負けた……」


 少し気分が沈む。

 そして今度はパルシスの右隣の絵を見る。その絵は順番からして1番新しく描かれた物だ。

 そこには黒髪の人間のオスがいた。見たことの無い顔だ。なかなか整った顔立ちだが、あまり目立つ顔ではない。

 そして顔から目線を下げる。


「なっ!!!」


 絶句する。

 それは絵のオス達の中で1番凶悪だった。


「ありえん!? 何者だ?」


 長く人間の世界にいるが、こんなオスが近隣にいただろうか?それともどこか遠くにいるオスだろうか?母はいつこんなオスと知り合ったのだろうか?

 なんだか悲しくなってくる。

 もう見るのはよそう。

 他にも変な形の台座や鞭などがあるが、自分の母親の性癖など知りたくもない。

 なるだけ見ないように移動する。

 悪趣味な領域をすぎると少し広い空間に出る。どうやらここが部屋の一番奥のようだ。

 そこにはそれまであった悪趣味な物は何もなく、代わりに台座があり、台座の上には1つの壺が置かれていた。

 この壺こそが目当ての物だ。

 自分が王子としてこの国にいるときに、この国の宝物のいくつかを調べて、この壺の存在を知った。

 そしてこの壺には破壊神ナルゴルの従属神が封じられているはずだ。

 魔王は破壊神を裏切り、その眷属達と戦った。

 勝利した魔王はかつての同胞達を殺す事ができず、封じるだけに留めた。

 この壺の中の神もその1柱。他にもナルゴルの各地で破壊神の眷属達は封じられ眠っている。

 このカロンに封印の壺があるのは1つの場所で封じるよりも分けていた方が危険が少ないと判断したかららしい。

 だが、そんな事はどうでも良い。いかに強力な暗黒騎士といえども神には対抗できないだろう。

 壺を手に取り笑う。

 この中の従属神を暗黒騎士にぶつけてやる。この壺の中の従属神はあまり強くないらしいが、それでも神だ。暗黒騎士の1騎ぐらい簡単に倒せるはずだ。

 他にも勇者の仲間の女がいるが、所詮は人間。自分よりも強いかもしれないが、この壺の中の物には敵わないだろう。

 さあ、アルゴアに戻ろうか。

 奪われた宝を取り戻すのだ。


「くくく……絶対に手に入れてやるぞリジェナ……」




◆オーガの魔女クジグ


「ちっ、気付かれたようだね!!」


 先程、勇者の妹達を監視するために送り込んだ蟲が殺された。


「まったく、役に立たない奴だね……」


 確か名前はエチゴスといっただろうか?

 所詮は人間だ、この程度といった所か。


「どうする、母ちゃん。奴ら只者じゃないぜ」


 7男のレツグが人間の子供の包み揚げを食べながら言う。

 リングの言葉に他の息子達も食事をしながら頷く。

 息子達と共に食事をしながら今後の事を話あっている所だ。

 そして息子達が食べているのは、この御菓子の城が捕獲した人間の子供だ。

 このクジグの居城である御菓子の城は、主であった天空の巨人族の遺産を改修したものだ。

 自己修復機能を持つこの城は防御力こそ低いが、獲物を捕らえるのに役立ってくれる。

 城は甘い芳香を放ち、近づく生物を城の中へと引き入れる。

 引き入れられた生物は、甘い芳香に耐えられず御菓子の城の壁や床を食べ始める。

 城の御菓子には麻薬の成分があるため、この城無しでは生きられなくなり虜となる。

 もっとも、抵抗力の強い存在には城は無力だ。この城で捕える事が出来るのは最高でもエルフぐらいで、天使族や魔族を捕える事は無理である。

 それでも人間を捕えてくれるので、非常に役に立つ城である。

 肉の串焼きを頬張る。

 旨い。

 人間は直接支配するより、自由にさせておいた方が肉に旨味が増す。

 その気になればこの地域の人間の全てを捕える事も可能だがそんな馬鹿な事はしない。

 人間は放し飼いにしておくに限る。

 まさか、この地域の人間達もわざと自由にされていると気付いていないだろう。

 それに、こうしておけばやっかいな奴らからも見つからず、我が身も安全である。

 ゼングはそれがわからず、人間を直接支配して勇者の妹共に殺される事になったのだ。

 なんとか仇を取ってやりたい。

 しかし、どうすれば良いか?

 奴らを閉じ込めた結界はかなり強力な物だった。それを簡単に破る奴らだ、正面から戦うのは危険だ。


「さて、どうするかねえ?」


 息子達の方を見る。


「考える必要はないぜ、母ちゃん! 人間なんかが俺らに敵うわけがない! ゼングがやられたのだって、まぐれに決まっている! 正面から突っ込もうぜ! そして、お宝本の仇をとろうぜ!!」


 勇ましい発言をしたのは3男のトウグだ。トウグはこの中で1番勇猛だ。

 トウグの発言に5男のカイグと8男のザイグが賛同する。


「そうだ、あれは貴重な物だったんだ!!」

「トウグ兄ちゃんの言うとおりだ! お宝本の仇を取るべきだ!!」


 3名とも弟が殺された事で怒りで頭がいっぱいのようだ。


「やめておけ!!」


 そう言ったのは2男のピョウグだ。冷静で兄弟の中で1番頭が切れる。


「奴らはナルゴルに攻め入る程だ。それに母ちゃんの結界を破ったのだ。へたに攻めればこちらが危ない」

「じゃあどうすれば……」


 問われたピョウグは長兄のリングを見る。


「弟共よ。ここは少し情報を集めるべきだ。奴らの弱みを探るんだ。そうだよな、母ちゃん」


 長男のリングの言葉に頷く。さすがは長男だ、私の考えをわかっている。


「リングの言うとおりさね。まずは奴らの情報を集めるんだよ、お前達。確か奴らはアルゴアとかいう人間の国に向かっているんだったね? そこにいる人間の何人かを操って、奴らの弱みを探る。そして、勇者の妹共を殺すんだ!」


 このあたりの人間は全て私の道具だ。私のために役に立ってもらおう。

 私がそう言うと息子達が頷き気勢をあげる。


「そうだ、お宝本の仇を打つんだ」

「そうだそうだ!!!」

「必ず奴らを殺してやる!!」

「おうともさ!!」


 なんて弟思いな兄弟だろう、それを聞いて目頭が熱くなる。


「おお! その意気だぞ、オーガ達よ!!」


 突然声がする。


「何者だ!!」


 4男のシャグが声のした方を怒鳴る。

 いつのまにか食卓の上に一匹の人間のメスが立っていた。おかしい、先程まではいなかったはずだ。

 何時の間にこの部屋に入って来たのだろう。それになぜこのメスが声を出すまで誰も気付かなかったのだろう。

 人間のメスを見る。その髪には見覚えがあった。


「銀色の髪……。お前は、あのときの……」


 そのメスの鎌に前に切り刻まれた事のある6男のジングが呟く。

 確かヴェロスとか言う人間の国で出会った白銀の髪の魔女だ。あの時と同じように鎌を持っている。


「オーガよ、勇者の妹共を始末したいのだろう? 良かったらこのクーナも手伝ってやるぞ」


 白銀の魔女は可憐に笑う。この蒼の森の女王と呼ばれたクジグを前にしても怯む所がない。

 むしろこちらを見下している感じがする。


「どうやってここがわかった!!」


 この御菓子の城には結界が張っており、また位置は誰にもわからないようにしている。

 息子達でさえ、私が招きいれなければこの城の場所がわからないのにどうやてここを嗅ぎつけたのだろう。


「何、お前達を斬ったときに少々目印をつけておいた。それをたどって来た」

「この城の守りは!? 馬鹿なミュルミドンは何をやっているんだい!!」


 思わず叫ぶ。

 ミュルミドン達はこの城に寄生させてやる代わりに、私の下僕となっている種族だ。

 ミュルミドンの感覚はかなり優秀だ。どうやって見つからずに此処まで来れたのだろう?


「ミュルミドン?ああ、あの蟻どもの事か? これで簡単に通れたぞ」


 白銀の魔女は首に下げた首飾りをもてあそびながら言う。

 おそらく何らかの魔法の道具だろう。その首飾りの魔力でミュルミドン達から見つからずに此処まで来たのだろう。


「それよりもクーナの下僕になるのか、ならないのか返事を聞かせてもらおうか?」


 下僕?そんな話ではなかったはずだが。


「誰がお前なんか……」


 拒絶の言葉を言おうとした時だった。急に体が動かなくなる。

 見ると息子達も直立して動かなくなっている。その顔は苦しそうだ。


「まあ、別にお前達の意志なぞどうでも良いのだがな。クーナがここに来た時点で、お前達は生きて全てを奪われるか。死んで全てを奪われるか。そのどちらかしかないぞ」


 そう言って白銀の魔女は近づいて来る。

 オーガに比べてはるかに小さい体なのに、なぜか自分よりも大きく感じた。

 白銀の魔女がすぐ眼の前に立つ。

 言い知れぬ恐怖が湧き上がって来る。

 叫び出したいのに声が出ない。


「今日からお前達はクーナの道具だ、役に立ってもらうぞ」


 そう言って笑う。

 心が何かに縛られていくのを感じる。とんでもない魔力だ、抵抗ができない。


「さあ、アルゴアに進撃だ、オーガ達よ。シロネをこの世から消し去ってやるのだ!!」


仕事の都合で更新がまったくできませんでした。ようやく再開できます。

7/13誤字を訂正しました。

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