謎の暗黒騎士登場
10/25サブタイトル変えました。
◆勇者の仲間賢者チユキ
「もう少しですねチユキ先輩」
くるくると踊りながら、佐々木理乃こと、リノが言う。
リノは元の世界で歌って踊れるモデルを目指していただけあって踊りがうまい。
最近、彼女はこの世界の人間から舞踏の女神と呼ばれ始めている事を知っているのだろうか?
彼女は人の街を歩く時に、どこでも踊るので人々の注目の的になっている。
問題は彼女がミニスカートっぽい服装を好む事にある。
そのため多くの男性のいかがわしい視線にさらされる事が多い。
私がその事を言うと、「慣れているから別に構わないよ」と言って、気にもしてないようだ。
モデルと言うのは、そういう視線に慣れなければ出来ない仕事なのだろう。
自分だったらとても耐えられない。
「そうね、本当にもう少しね、リノさん」
そのリノの言葉に私は頷く。
もう少しで魔王の城だ。
そこにいる魔王モデスを倒せば、元の世界に帰ることが出来る。
長かったこの旅も終わりだ。
「ああ、苦しかったこの旅も終わりだな」
レイジが感慨深く言う。
「嘘ね、あなたいつも楽しそうだったじゃない」
「そうだったかな?」
私がそう言うと、彼は笑う。
光の勇者として召喚された彼にとって、この世界は実際に楽しかったのだろう。
いや彼だけではない。
リノもナオも楽しんでいた。
私達がこの世界に来たのは半年前の事だ。
女神を名乗るレーナと言う女性によって、この世界に召喚されたのだ。
その私達にレーナは魔王を倒す事をお願いしてきた。
まるで、マンガみたいな状況だ。
正直私は不満だった。彼女がやったことは誘拐である。とても許されることではない。
だが、この世界から帰してとレーナに言うことは出来なかった。
美女の頼みを聞くのは当然とレイジがあっさり、魔王討伐を引き受けたからだ。
そのため他の女の子達も付き合わされる結果になった。
ただし、不満だったのは私ぐらいで、レイジとリノとナオなどはゲームの世界に入れたと大喜びだった。
こうして、私達の冒険が始まった。
最初は不安だった。
この世界でやっていけるのだろうかと心配だった。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
この世界での私達は強い。
この世界に来てからの私達は、身体能力がすさまじく向上していた、まるで超人のようである。
この身体能力の向上は、元の世界の能力に比例して高くなっていると私は見ている。
なぜなら、元の世界で身体能力が高かったレイジやナオが私達の中でもっとも身体能力が高いからだ。
もっとも、一番身体能力が低いサホコでもこの世界の平均的な大人の男性を数人ぐらいなら、投げ飛ばすことが出来るだろう。
もう一つ、魔法だ。
魔法はこの世界の一握りの人間しか使うことが出来ないらしい。
その魔法を私たちは全員使える。それも、この世界の人間では太刀打ち出来ないほどの最高レベルの魔法が使えるのだ。
ちなみに魔法能力の強さなのだが、私とレイジとサホコが高く、ナオが最低だ。
なぜそうなのかは元の世界に魔法がなかったのでわからない。
その魔法なのだが、全員が同じ魔法を使うことが出来なかった。
私はリノのように炎や雷の魔法をうまく使う事ができないし、サホコのように治癒の魔法は得意ではない。その代わりリノやサホコは転移等の魔法が使えない。
そういったゲームに詳しいナオが言うには、リノは精霊系魔法使いでサホコは治癒系魔法使い。そして私は魔力系魔法使いなのだそうだ。
こういった能力を駆使することが出来る私達はこの世界で最強の存在となった。
特に光の勇者と呼ばれるようになったレイジの戦闘能力はすさまじく、他の私を含む5人が束になっても彼には勝てないだろう。
レーナが言うには戦闘力だけなら神々の王オーディスに匹敵するらしい。
レイジを除く女の子だけだったら危ない所も、彼がいるおかげで簡単に乗り越えることが出来た。
その旅ももうすぐ終わりだ。
今にして思えば、もう少し欲を出しても良かったのでは。
元の世界に帰してくれるのは当然として何か報酬を要求しても良かったのではないだろうか?
レイジがさっさと安請け合いしたため何も報酬を確約する事が出来なかったのだが、後からでも報酬を要求しても良いのではないだろうか。
美女に弱いレイジは何れ女性で失敗するのではないだろうか。
その優しさを同性にも向ければと思うのだが、その気はないらしい。
彼に言わせれば男は自分の問題は自分で解決しなければならないらしく、自分は女性のみを助けるそうだ。
ただ、私の目にはピンポイントで可愛い女の子のみを助けているように見えるが、気のせいだろう。
「魔王城の様子を見てきたっすよ~」
偵察に行ってきたナオが戻ってきた。
彼女は私達が通っていた学園の陸上部のエースであり、レイジ並みに身体能力が高い。
学園の野生児などと言われているが、実際に付き合ってみると、かなり可愛い女の子だ。
彼女はゲームでいう所のレンジャーやシーフという役職を自認し、こういった偵察を行うのは彼女の役割だ。
「ナオさん様子はどうだった?」
「ん~、特に罠もないし、兵隊で守りを固めてなかったっす。このまま進んでも大丈夫と思うっす」
「変ね、最後の本拠地なのに?」
「私達に恐れをなして引きこもっているんじゃない?」
リノが楽観的に言う。
「もしかすると、もう守るだけの兵隊がいないのかも? ほらこの間、暗黒騎士団って奴らをやっつけたじゃない。あれで最後だったのかも……」
自信なさそうにシロネが言う。
シロネは実家が剣道場を営んでおり、彼女自身も剣道をしている。
この世界での彼女は今や最強クラスの剣士の一人であり、この中で魔法を使わない戦いならレイジの次に彼女が強いだろう。
実際に彼女が戦っている姿を見た事があるが、ポニーテールが躍動的に動きまるで「舞」を舞っているかのようだった。
そんな彼女は動きやすいよう軽装の鎧を着ている。
レイジがビキニアーマーを勧めたが、さすがに断ったようだ。
ちなみに彼女が言う暗黒騎士団は4日前に私達と戦った相手だ。
そのとき、レイジが別行動をとっており、レイジ抜きで戦った私たちは苦戦を強いられた。
特に騎士団長を名乗るランフェルドとか言う奴は強敵で、剣の腕ではシロネと互角、魔法抵抗も強く私達は苦戦した。
もっとも、私達の危機に気付いたレイジが駆けつけた事により形成は逆転。ランフェルドは命からがら逃げ帰った。
そのレイジの活躍で襲ってきた暗黒騎士団はほぼ壊滅、その残党が少し残っているだけだろう。
「私も何も無いのが一番だと思うのだけど……」
サホコが言う。
彼女は私達の中で何よりも争い事を嫌う。
治癒魔法に長けた彼女は病気や怪我をしている人を暇があれば、癒している。
癒しの聖女などと言われている。
「確かにこのまま抵抗がないのが一番ね、弱い奴らが出てきても面倒くさいだけだしね」
私はサホコに同意する。
「まあ行ってみればわかることだ。みんな行くぜ!!」
「「おー!!」」
レイジの掛け声にリノとナオが賛成の声を上げる。
私たちは魔王の城へと歩を進める。
数分後。
何の問題もなく城の正門まで来る。
守備隊はいない。その代わり漆黒の鎧を着た者が1人立っていた。
「暗黒騎士……?」
それは、この前に戦った暗黒騎士と似たような恰好だった。
兜で覆われて顔が見えないが、ランフェルドではないようだ。
しかし、なぜ1人で。
私以外の皆も首をかしげている。
今更、暗黒騎士がたった1人では私達の相手にもならないはずだ。
魔王は何を考えているのだろう。
暗黒騎士が剣を抜く。
「我が名は暗黒騎士ディハルト! 勇者レイジよ一騎打ちを所望する!!」
◆暗黒騎士となった青年クロキ
「我が名は暗黒騎士ディハルト! 勇者レイジよ一騎打ちを所望する!!」
暗黒騎士の鎧を身に纏った自分は彼らの前に立ち名乗る。
自分の手には一振りの剣。
モデスが自分にと渡してくれた魔剣だ。なんでも、持ち主の魔力に応じて切れ味が変わるらしい。
抜き身の剣の刀身は黒く、朱の紋様がところどころ入っていた。
剣を持つ感触は竹刀とは違う。
以前に日本刀を握ったことがあるが、それに似ていた。
あの時は刃引きの刀だったがこれは違う、この剣なら人が斬れるだろう。
結局、モデスの頼みを断れなかった。
頼みごとをはっきりと断る事が出来ない自分が情けなく思う。
それにディハルトという偽名に自分で言ってて笑ってしまう。
ディハルト。それは自分が過去に見たアニメの敵役の名だ。
無駄にプライドが高く主人公に簡単にやられてしまう道化師の役。
今の自分にぴったりの名だ。
そのアニメの敵役の名を名乗ったのは、シロネに自分だと気付かれたくないからだ。
モデスが自分に与えてくれた暗黒騎士の防具の一つである兜は頭全体を覆うタイプなので顔は見えない。
よって、シロネに自分とは気付かれないだろう。
暗黒騎士の兜には魔法が付与されているらしく、兜をかぶっていても魔法の力で声がさしさわりなく届くようになっている。
そして、その魔法を少し変えてもらうことで普段とは違う声が出るようにした。
この兜をかぶっている限り、普段の自分の声とは違う声が相手に聞こえているはずだ。
又、兜の目の部分には赤い宝石がはまっている。この目の部分には視覚を阻害する魔法を防ぐ効果があるらしい。
また、赤い宝石がはまっているにも関わらず、視界は普通に見えるのだから魔法とは大したものだ。
その兜の下から彼らを見る。
長い美しい髪が魅力的な水王寺千雪。
レイジの幼馴染で癒し系の美少女、吉野沙穂子。
モデルをしている、2つ後輩の佐々木理乃。
陸上部エースで学園の野生児の轟奈緒美。
そして、自分の幼馴染である赤峰白音。
全員が美少女であり、レイジの取り巻きだ。
レイジの隣に立つシロネ。
レイジの隣にいる姿は正直見たくなかった。
だから、見ないようにしていた。
それが、今日見ることになるとは思わなかった。
レイジを見る。
純白に金の模様が入った鎧。
頭には中心に蒼い宝石が嵌った黄金のサークレット。
背中には高価そうな真紅のマントを着けている。
まさに女神に呼ばれた光の勇者に相応しい恰好だ。
正直、カッコ良いと思う。
それに対して自分は魔王の手先。しかも仲間もおらずたった一人。
何だろう、この差は。正直泣けてくる。
「みんな下がってくれ」
レイジが予想通り女の子を後ろに下げる。
一騎打ちに応じてくれるらしい。
対峙すると圧力を感じる。
今になって後悔する。
何でもっとはっきり断らなかったんだろう。
これは殺し合いなのに。
死ぬ覚悟なんか出来ていないのに。
恐怖で押しつぶされそうになる。
みじめに斬り殺される予感しかしない。
馬鹿だ自分は大馬鹿だ。
今からでも剣を捨て相手に頭を下げろ。
だが、なぜか剣を構えてしまう。
レイジもまた剣を抜く。
剣身が光り輝く。相手の持つ剣もまた魔法の剣なのだろう。
「一撃で終わらせる」
レイジは爽やかに笑う。その笑みは自分が絶対に負けるわけがないという自信の表れだ。
戦うのはこれで2度目だ。あの時もこんな感じでレイジは笑っていたように思う。
対峙して数秒。
「来ないのならこちらから行くぜ!!」
先に動いたのはレイジ。
レイジは地面を蹴ると一気に間合いを詰めてくる。その速度はランフェルドよりもはるかに速い。
だが、その動きはあの時とあまり変わらないように見えた。
レイジは自分の前まで来ると突如消える。
その動きも予想出来た。前に自分が負けた時と同じだ。
剣を右に構える。
衝撃波が剣身に伝わって来る。自分はすり足と腰の回転と手首のひねりを使ってレイジの攻撃を剣で受け流した。
レイジはそのまま態勢を崩すかに見えたが―。
「おっと!!」
普通ならば、そこで態勢を崩すだろう。それをレイジは力に逆らうことなくそのまま縦に回転し立ち上がると態勢を整える。
まるで猿のような動きだ。どう言う運動神経をしているのだろう?
レイジは態勢を直すとそのまま正面から斬りこんで来る。
自分はその剣をそのまま受け止めるのではなく、重心を崩さぬようにすり足で横に移動すると剣を回転し打ち弾く。
この地面を滑るような動きは長い練習の末に最近ようやく習得したものだ。
レイジは態勢を崩されそうになるが横に回転し態勢を立て直す。
そのまま再び剣を合わせる。
剣を合わせるたびにさらに頭の中が真っ白になっていく。
剣戟の音が高く響く。
「くっ!!」
そして、何度目かのレイジの攻撃。
ちょっと焦ったような声とともに繰り出さるそれは雑な一撃だった。
その攻撃をぎりぎりで躱しながら、そのまま剣を振るう。
何かを斬り裂く感触が手に伝わって来る。
時が止まったような感覚。
自分の振った剣は右肩から斜めにレイジの体を斬り裂いていた。
体を二つに切断することは出来なかったがそれでも致命傷だろう。
傷から血が噴き出す。
「えっ……」
レイジは自分の胸を見て信じられないと言う顔をする。
そして、ゆっくりと仰向けに倒れる。
「レイジ君!!」
「レイ君!!!」
「レイジ先輩!!」
「レイジさん!!」
「レイジ君!!!」
悲鳴が5つ上がる。
彼女達が動く。
殺気を感じあわてて後ろに下がる。
その瞬間、自分が立っていた場所に炎の塊がぶつかる。
いつの間にか前に巨大な炎の巨人が立っている。
その傍らには佐々木理乃が立っている。
「行け、炎の王!」
彼女が叫ぶと、炎の巨人が攻撃してくる。
やばいと思った自分は剣を持たない左手を前に出す。
「黒炎よ!」
自分の手から黒い炎が出て炎の巨人の攻撃を防ぐ。
この戦いの前に覚えたばかりの魔法である。
「レイ君! 癒しの風よ、彼の者の傷を癒したまへ」
吉野沙穂子が倒れたレイジの傍へと駆け寄る。
「みんな! レイジ君の側に集まって!」
水王寺千雪の慌てた声に少女達はレイジの側に集まる。
「転移!!」
その掛け声とともに炎の巨人の攻撃が止まる。
前を見るとそこには誰もいなかった。
「勝ったのか……」
呟くと、体が震える。
そのまま自分は地面に膝を突く。