捕らわれのリジェナ
◆剣の乙女シロネ
オーガ達が去り、ヴェロスは平穏を取り戻した。
幸い死んだ人はいない。全てクロキのおかげだ。
クロキがオーガを追い払ってくれなければ、キョウカさんによってヴェロス王国は壊滅していただろう。
そのクロキは白銀の髪の少女と共に消えてしまった。
今思い出してもすごい美少女だった。あの少女は何者なのだろう。すごく気になる。
そしてここに来る前に聞いたチユキさんの言葉を思い出す。
人を操る魔法の薬があるらしい。その薬をあの子が使えば誰もが言いなりになってしまうのではないだろうか?
そんな事を考えながらヴェロスの廊下を歩く。
私達はエカラスに連れられて、王宮を歩いている。
死者はいないけど、怪我をした人は何人かはいる。その人達はこの王宮の医療所に集められている。
そこには、この国のお抱えの薬師と治癒魔法が使える神官が治療にあたっている。
だけど、人手が足りてない。だから私とキョウカさんとカヤさんは、エカラスに連れられて怪我人の所へと向かっている。
私はサホコさんには及ばないが簡単な治癒魔法が使える。そして、カヤさんは対象の回復力を高める技を持っている。
その事を聞いたエカラスが助力を求めて来たのだ。
元々オーガがこの国を襲ったのは私達が原因だ。
だから助力を求められなくても治療する義務があるだろう。
まだ腰が治っていないエカラスは、お付の者とコルフィナに支えられて案内してくれる。
「それではお嬢様方お願いします。私は他の方々の所に戻らなければいけませんので……」
医療室の前でエカラスが私達に頭を下げる。
「まあ、ここは私達におまかせなさい。あなたは自分の役目を果たすと良いですわ」
キョウカさんがふんぞり返って言う。
キョウカさんに人を治癒する力は無いので、主に働くのは私とカヤさんなのだが……。
医療室に入る。中はとても広く、多くの寝台が用意されていた。
寝台の全てに人が横たわり、寝台で寝るほどではない軽傷の者は、床にしかれた布の上に座っていた。
見渡すと怪我をした人の殆どがこの国の兵士のようだ。
招待客で怪我をした人はあまりいないみたいである。
だけどエカラスは、まずは招待客から治療して欲しいと言っていたので招待客が集められた方へと行く。
兵士と違って豪華な服を着た人達が集められていた。
そのほとんどが軽傷みたいである。
大方オーガから逃げる時に転んで怪我をしたのだろう。
私達はあたりを見て、一応大けがを負っている人がいないかを見る。
そして、その中で1人の人物に目が行く。
「えっ、オミロス君!?」
その中にオミロスがいた。
「これはシロネ様」
こちらに気付いたオミロスが頭を下げる。
「どうしたの?」
私はオミロスの方へと行く。彼は怪我をしたのだろうか?
私は彼を放って行った事を思い出して申し訳ない気持ちになる。
そこでオミロスの隣に誰かがいる事に気付く。
そこにいたのはオミロスだけでは無かったのだ。
オミロスは側に椅子に座った女性がいる。
その女性の足首には濡らした布が乗せられていた。
どうやらオミロスは怪我をした彼女の治療をしているみたいだ。
「共にオーガから逃げているときに、彼女が足首を捻ってしまいまして……」
「へえ、そうなんだ」
オミロスは怪我をした彼女の付き添いをしている。なかなか優しいではないか。オミロスも隅に置けない。リジェナの事はもう良いのだろうか?
彼女の顔を見る。なかなかの美人さんだ。
「ん?!」
そこで気付く。
「えっ、リジェナ姫!?」
私がそう言うと彼女もこちらを見る。
「あっ! あなたは勇者の奥方!!」
リジェナがこちらを見て呟く。
前は互いにほとんど話す事なく別れたけど互いに覚えていたみたいだ。
その時にレイジ君の奥方と勘違いしたみたいだ。
「なぜ勇者の奥方がここに……」
それはこちらのセリフだ。彼女はオミロスの話しではゴブリンの巣穴に追いやられたはずだ。
「それはこちらが聞きたいよ、リジェナ。君はゴブリンの巣穴に送り込まれたんじゃないのかい?そして、どうしてこのヴェロス王国に?」
オミロスが私の意見を代弁して聞いてくれる。
「いや、それはその……」
リジェナは何か言いにくそうだ。
「ああ! そう親切な人に助けてもらったの! そろそろその人の元に帰らないと」
リジェナが動こうとして転びそうになる。
転びそうになるリジェナをオミロスが支える。
「そんな足じゃ無理だよ、リジェナ」
オミロスが心配そうに言う。
「大丈夫?」
私はそう言ってリジェナに治癒魔法を唱える。
「えっ? 足が治った!?」
リジェナはオミロスの肩から手を離して1人で立つ。これぐらいなら私の魔法でも治す事ができる。
「あ……有難うございます。では私はこれで……」
リジェナはそう言うとそのまま行こうとする。
「待って、リジェナ!!」
「御免なさい、オミロス! もう行かなきゃ!!」
だけど、オミロスがリジェナの手を取り行かさないようにする。
私もリジェナの話が聞きたい。
「お待ちなさい。リジェナさん、忘れ物ですよ」
それまで横で見ていたカヤさんが手に持っている物をリジェナに差し出す。
その手には綺麗な鞘に収まった小剣が握られていた。
「えっ!? あっ?」
リジェナはスカートをあたる。
「有難うございます」
そう言ってカヤさんの手の小剣を取ろうとする。
だけどカヤさんはリジェナが小剣を受け取る前に、その小剣をリジェナから遠ざける。
「えっ!?」
リジェナの驚いた表情。
「カヤ……あなた、何を?」
キョウカさんも驚く。カヤさんは意味もなくこんな意地悪をしたりしない。
そしてカヤさんは小剣を引き抜く。
すると黒い炎を纏った黒い刃が姿を見せる。
「これは黒い炎……。どういうことですの!!!」
キョウカさんが叫ぶ。
「この小剣を握った時に奇妙な気配を感じましたが……。やはりそうですか……」
その黒い炎の事を私は知っている。
「クロキの炎」
私は呟く。
その呟きにリジェナが反応する。
「なぜ旦那様の真名を……」
「えっ?!」
そう言ったリジェナの顔を見る。
リジェナはしまったという表情をして口を押える。
「あなたを助けた親切な人が誰なのか、わかった気がします」
カヤさんの言葉に私も頷く。
ゴブリンの巣穴に追いやられた人間を助けたのは、おそらくクロキだ。
クロキは何故かヴェロスに来ていた。その時に彼女も一緒に来ていたのではないだろうか?
「どうやらこのままあなたを行かせるわけにはいかないようですね」
そう言ってカヤさんはリジェナを見るのだった。
◆アルゴアの元姫リジェナ
「あなた方にお話しすることはありません!!」
私はそう言って彼女達を睨む。
視線の先には勇者の妹とそのお付人と勇者の妻の3人がいる。
彼女達に旦那様の事を教えるつもりはない。
私は今、ヴェロスの王様の執務室で尋問を受けている。
私が旦那様と関係があると知られ、私は捕えられた。
オミロスに構わず、さっさとナルゴルに帰れば良かった。
しかし、オミロスに出会った懐かしさのあまり、帰る時期を間違った。
そして、帰るための転移魔法が込められた石と旦那様の小剣は取り上げられてしまった。
石はともかく、旦那様が私のためにくれた小剣だけは返して欲しい。
目の前には私を捕えたカヤとかいう女が私に旦那様の事を聞き続けている。
だけど、殺されたって旦那様の事を言うつもりない。
彼女達は旦那様の敵だ。ならば、彼女達は私の敵だ。敵に教える事など何もない。
私はぷいっと横を向く。
「うーん、困ったな。ちょっとクロキの事を知りたいだけなのに。」
シロネという女が困った顔をする。
「力づくで吐かせますか?」
カヤとかいう女が言う。
私はその言葉に震える。
「あのできれば……。フィリオナの娘に酷い事はしないでいただきたいのですが……」
そう言ったのはこの国の王様だ。
ちなみにフィリオナとは私のお母さんの事だ。
そして目の前にいるヴェロスの王様の婚約者だったらしい。
いかにも人の良さそうな恰幅の良いおじさんである。
お母さんがなぜ彼を裏切ってアルゴアに行ったのかは聞いていない。
だけど多分、容姿の問題だろう。目の前の王様は、お世辞にも容姿が優れているとは言えない。間違いなくお父様の方が美男だ。
でも中身はこの王様の方が良いのかもしれない。
娘の私から見てもお父様はどこか敵を作りやすい性格だったような気がする。
それに対して、この王様は皆から慕われているみたいだ。
少ししか話していないが性格も優しい。
自分を捨てた婚約者の娘に対しても怒りをぶつける事もなく、国を追われた私の境遇を悲しんでくれる。
でも逆に言えば、いかにも悪い人に騙されそうである。
「カヤ殿! 彼女は邪悪な暗黒騎士に騙されているだけなんです!どうか手荒な真似はやめてください!!!」
オミロスが叫ぶ。
「旦那様は邪悪じゃない!!!」
「クロキは邪悪じゃない!!!」
なぜかシロネと言う女も叫ぶ。真名を知っている事といい、旦那様とどういう関係なのだろう。
私とシロネから怒鳴られてオミロスは小さくなる。私を庇おうとしてくれたのに少し罪悪感を感じる。でも旦那様を悪く言うのは駄目だ。
「カヤ。あまり私も手荒なまねは好きではありませんわ」
勇者の妹であるキョウカという女性も私を庇う。
カヤとかいう女は、このキョウカの言う事にはあまり逆らえないみたいだ。だから助かったといえる。少なくとも拷問にはかけられないだろう。
「わかりました。手荒な真似はいたしません」
そういってカヤはこちらを見る。
「では別の事を聞きましょう。あの夜、クロキさんと一緒にいた銀髪の女性は何者です?」
「銀髪? クーナ様……」
カヤとかいう女の問いに思わず答えてしまう。何も言うつもりがなかったのにだ。
「ほう、その女性はクーナと言うのですか。その女性は何者です?」
「……」
今度は何も答えない。
「何も答えませんか。まあ、おそらく上位の魔族か何かでしょうね」
当たっている。クーナ様は魔王陛下の姫君なのだから。
「私もその子の事が気になる。ねえ、リジェナさん。その子は一体何者なの?」
もちろん何も答えない。
「もしかしてその子がクロキを操っているんじゃ?」
「操る? 旦那様を?」
「不思議だとは思わないのですか?そのお優しい旦那様がなぜ、邪悪な魔王などに従っているのかを」
カヤとか言う女が冷たく言う。
言われてみれば、なぜあんな優しい人がナルゴルにいるのだろうか?
「そういえば、クーナ様はいつも旦那様の事を自分の物だとおっしゃっているような……」
私の呟きに勇者の妹の仲間たちが顔を見合わせる。
「やっぱり……。あの子が原因なんだ」
「みたいですわね……」
「どうやら彼の状況が掴めたようですね」
どうやら勇者の妹達は、クーナ様が旦那様を操っていると思っているみたいだ。
でも私にはそうは思えなかった。
もし、旦那様がクーナ様に操られているなら、私を助けたりなどしないだろう。
それに、クーナ様が常日頃から私を邪魔だと思っているのは間違いない。本当に旦那様が操られているなら、とっくの昔に私は殺されているだろう。
しかし、私が疑問に思っている様子に構わず、彼女達は今後について相談している。
「どういたしますか、一度戻ってレイジ様達と合流した方が良いのではないでしょうか? リノ様ならもっと情報を彼女から引き出せますし……。少なくともチユキ様に連絡をすべきだと思います」
「うん、そうだね。連絡はした方が良いよね……。でも私としては、もう少しここにいたいな……。そのクーナって子にもう一度会ってみたいしね」
シロネとかいう女が笑う。
「シロネさん……顔が怖いですわよ……」
彼女達の相談は続く。
私はそこでふと視線ずらす。
そこにはこの部屋にいるにもかかわらず、一言も喋っていない者がいた。
確かパルシスと言う男だ。
過去に一度会った事がある。オミロスの父親の食客のはずだ。あまり話しをしたことはない。
初めて会ったのは半年前だ。お父様と対立する一族の者だが、かなりの美男子なので私の一族の女の子の間でも噂になっていた。
だけど、彼はお父様達の仇だ。魔法も剣も使えるとんでもない戦士である。
もっとも、そのパルシスも旦那様と比べたらはるかに弱いだろう。
そのパルシスの様子がおかしい。荒い息を吐き目が血走っている。
何でもクーナ様の魔法によってこうなったらしい。
なぜクーナ様がパルシスを攻撃したのかはわからない。
何があったのだろうか?
だけど、それ以上に気になるのは私を見るその目だ。彼はこの部屋に入った時から私を見ている。
その目で見られるとなぜか背筋が震えた。
思えば、アルゴアにいるときもずっと私を見ていたような気がする。私はその目が嫌でずっと彼を避けていた。
すごい美男子なのになぜか近づきたくなかった。
パルシスと目が合う。
私と目が会ったとき彼は笑う。
その笑みを見た時、なぜか寒気がした。
◆剣の乙女シロネ
「どうだった、カヤさん」
私はカヤさんに聞く。
彼女は先程までチユキさんと通信の魔法で連絡を取っていた。
リジェナとの話を終えて、私達は用意してもらった部屋にいる。隣の部屋ではリジェナが眠っている。彼女が暴れたのでカヤさんが眠らせたのだ。
彼女はクロキの所に戻りたがったが、重要な情報源なので帰す事はできなかった。ちょっと可哀そうだなと思う。
彼女の持っていた転移魔法が込められた石を使えば、クロキの所まで簡単に行く事ができる。私はそれを使おうかと思ったが、カヤさんに取り上げられた。まだ向こうの状況がわからないのに、そんな危険な事はさせられないそうだ。
「どうやら合流は難しそうですね……」
話しを終えたカヤさんは左手の腕輪を触りながら言う。
その腕輪には通信の魔法が込められている。
通信の魔法は少し厄介な魔法で、互いに通信の魔法が使える者でなければ会話をする事ができない。
私達の中で、まともに通信の魔法が使えるのはチユキさんだけだ。だけど、魔法の道具を使えば問題なく会話をする事ができる。
レーナからもらった腕輪は、通信の魔法を使えない者でも腕輪の力によって同じ魔法が使う事ができる。
私達はレイジ君と別行動をとる時にチユキさんからこの腕輪を渡された。もし何かあったときにはこれで連絡する手はずになっている。
「向こうで何かありましたの、カヤ?」
キョウカさんがカヤさんに聞く。
「どうやら魔術師協会の依頼がかなりやっかいな事のようで、すぐには終わりそうではないそうです」
カヤさんがキョウカさんに頭を下げる。
「という事は、レイジ君達はまだ聖レナリアに戻っていないって事?」
「そのようです、シロネ様。今はアリアディナ共和国にいるそうです」
「アリアディナ共和国? そこはどこですの、カヤ?」
「大陸の東側と西側の境、ミノン平野の南にある国でございます、お嬢様。商業が栄えるかなりの大国だと聞いています」
「それじゃ、そこに行こうと思ったら結構大変だよね……」
聖レナリアまでなら転移魔法ですぐに移動できる。でも、そのアリアディナ共和国に行こうと思ったらかなり時間がかかる。
「それで。これから、いかがいたしましょうか?彼女を取戻しにクロキ様が来る可能性があります。レイジ様達と合流できない以上、私達だけでは彼に対処する事はできません」
カヤさんが私達に尋ねる。
カヤさんの言うとおり、クロキは強い。私達全員で相手をしないと勝てない程だ。だけど、戻る気はなかった。
「もちろん、このままアルゴアに行こうと思う。クロキが来るなら、むしろ好都合だよ」
でもそれでも行くべきだろう。
それを聞いたカヤさんがため息をつく。
「はあ、やはりそうなりますか……。しかし、危険だと判断した時は無理をせずに撤退をお願いしますね」
「うん、その約束は守るよ」
みんなが私の事を心配してくれる。それに、私の事で2人を危険にさらす訳にはいかない。だから無理はできない。
だけど、来て早々にクロキに会えたのだ。きっとまだ糸は繋がっている。私はそれを信じて進もうと思った。
◆ゴブリンの王子ゴズ
目の前には裸のメス達が寝そべっている。
不器量なのもいれば、なかなかの美人もいる。
だけど、勇者の妹達やリジェナには及ばない。
だが、今はこれで我慢しよう。
リジェナの尋問を終えた後、彼女は勇者の妹達に連れ去られて行った。
リジェナに嫌われた哀れなオミロスは、彼女と話す事ができず、すごすごと自分の宿へと戻っていった。
自分は薬を飲まされた事で疼く下半身を静めるため、舞踏会を訪れたメスの何人かを誘って、付いて来たメスを抱き終わった所だ。
魅力的なパルシスに抱かれてメス共は満足だろう。
だが、自分の下半身の疼きはおさまらない。
あの忌まわしい白銀の魔女に飲まされた薬の影響は消えてくれない。
この疼きを治めるのには、この程度のメスでは全然たりない。
「この疼きはリジェナに静めてもらわなければな……」
笑いが込み上げてくる。
いなくなったと思っていた自分のメスが見つかった。
リジェナはあの白銀の魔女に捕らわれていたのだ。
あの白銀の魔女の事は良く知らない。なぜなら、自分はナルゴルの事にはあまり興味がなかったからだ。
第一、ナルゴルには自分よりも遥かに強い化け物が沢山いる。
だからあまり近寄りたいとは思わなかったので、ナルゴルの事が良くわからない。
なので、あんな美しい魔女がいたなど知らなかった。
リジェナの話では、魔王の姫との事だ。
あの醜い魔王にあんな美姫が生まれるとは信じがたいが、以前に魔法の映像で見た魔王の妃に似ているからきっとそうなのだろう。
正直に言って、魔王に似てなくてよかった。
そして勇者を倒した暗黒騎士の御主人様との事だ。
そして何故かは知らないが、リジェナを連れてヴェロス王国に来たのだ。
自分は舞踏会の間、体を動けなくされていた。
そして、動けるようになった後、アルゴアに関係する事だからと王の執務室に呼ばれたのだった。
そして、リジェナに再会した。
どういう訳か勇者の妹達に捕縛されたみたいだ。
まあ、ナルゴルはあのメス達の敵なのだから、白銀の魔女とその下僕の暗黒騎士に連れられて来たリジェナを捕えるのは当然と言える。そして幸いな事にリジェナを殺す気がなさそうだ。
再びリジェナを得る機会が巡ってきた。
やはり、自分とリジェナは運命で結び付けられているようだった。
運命の女神カーサにお祈りをしたくなる。
今度こそ、逃しはしない。
勇者にも白銀の魔女にも渡さない。
そのためにはまず、キョウカ達が邪魔だ。
だから考えなくてはならなかった。
◆暗黒騎士クロキ
「リジェナが捕縛されただって?」
朝になり、ナルゴルの自分の屋敷でリジェナが捕縛されたと報告を受ける。
そう報告したのは、リジェナと共にヴェロスに行っていたリジェナの一族の者だ。
彼女は朝に、シロネ達と共にアルゴアへと向かったらしい。
彼女は馬車で連れ去られるリジェナを見たらしい。そして大変だと急きょ戻ってきた。
そして、リジェナの数少ない一族達がリジェナを助けて欲しいと自分に懇願してきている。
「どうかお願いです、姫様をお助けください……」
報告した彼女が、リジェナを助けて欲しいと自分にお願いする。確か、彼女はリジェナの婆やだったはずだ。リジェナと一緒にヴェロスまで連れて行ったのを覚えている。
彼女はリジェナのように舞踏会に潜入せずに、ヴェロスの街にいたらしい。
「アルゴアに行けば、姫様は殺されるかもしれません……。もしくは酷い目に会されるかも……。どうか旦那様、姫様を助けてくださいませ」
リジェナの婆やが泣きそうになっている。リジェナの一族も騒いでいる。
「大丈夫。リジェナはそう簡単に殺されたり、酷い目に会ったりしないよ」
自分のその言葉を聞いた全員が意外そうな顔をする。
「なぜそんな事がわかるのですか……」
リジェナの婆やを安心させるためにそう言う。これは嘘ではない。
「捕えたのは勇者の仲間なんだよね……。だったら大丈夫だよ。少なくともシロネは、か弱い女の子を傷つけるような事を黙って見ていたりはしないよ。もしそんな事をしようとする者がいるなら、シロネは全力で阻止する。賭けても良いよ」
なぜなら、彼女は正義の味方だ。お姫様を助ける側の人間だ。か弱い女の子を酷い目に会わせたりなど絶対にしない。
「だから、リジェナが酷い目に会う事はないよ」
自分は断言する。
そう言ってふとクーナの顔を見る。
クーナの顔がふくれている。
「クロキはシロネとかいう女の事をよく知っているのだな……」
クーナは何故か不機嫌そうであった。
「どうしたの、クーナ?」
「別になんでもないぞ、クロキ!!」
何でもないと言っておきながら、その口調は怒っていた。
「ふんだ!!」
ぷいっとクーナは横を向く。そして不機嫌そうにこの部屋から出て行く。
何なんだろう一体?
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
リジェナの婆やが聞いてくる。
「もちろんだとも。それに今からリジェナを助けに行く。君たちは何も心配せずに待っていてくれ」
「はっ……はい」
リジェナの一族はそう言って頭を下げる。そしてこの部屋から出て行く。そしてこの部屋には自分1人が残された。
周りを見る。誰もいないのを確認すると自分は頭を抱える。
「まずい……。これは非常にまずい……」
まさかリジェナが捕まるなんて。頭を抱えてそうなる。こんな姿は誰にも見せられない。
「うう……。やばいよ。絶対にやばいよ、これ……」
絨毯の敷かれた床を頭を抱えて転げまわる。
リジェナをシロネが捕えた理由は一つしかない。自分を誘っているのだ。正直に言って、シロネに会いたくない。
それにしてもなぜ、リジェナは捕まったのだろう?
「いや、違うか……」
起き上がり頭を振って呟く。
リジェナが捕まる理由はかなり多い。
つい先ほど知った事だが、リジェナの母親はヴェロス王国の貴族だったとの事だ。
しかも、現王の許嫁だった。そのリジェナの母親はアルゴアの先代の王と駆け落ちをしたらしい。
そしてリジェナは母親に似ている。だからそんな所にリジェナを連れていけば問題が起こる可能性があった。
しかも、リジェナの幼馴染のアルゴアの王子までもヴェロスに来ていた。これでは捕まえてくださいと言っているようなものだ。
ゴズがヴェロスに行くことは知っていたが、オミロスが来る事までは知らなかった。
さらに言えば、ゴズとリジェナが過去に会っているという情報も初耳だ。
いったいどうなっているのやら。
知っていればもっと気遣ってやれたのに。
だけど今更後悔しても遅かった。
自分の迂闊さに腹が立つ。
これはリジェナの過去をあまり詮索しなかった事が原因だ。
リジェナはアルゴアの人達からゴブリンの巣穴に送り込まれるという仕打ちを受けた。そのせいでリジェナの一族のほとんどはゴブリンに殺された。生き残っているのはわずか数名だ。リジェナはもしかすると自分を追い出した人達に復讐したいと思っているかもしれない。
だけど自分はその復讐に加担する気はなかった。
だからこそ何も聞かなかったし、調べもしなかった。
それが失敗だった。
まったくもって自分の不手際だ。
もっとも、ヴェロスの王国の人間やゴズだけなら、多分自分の力で何とかなっただろう。
だけど、リジェナを捕えた人達の中にはシロネ達がいる、それが問題だ。
自分とリジェナの関係は、シロネ達に知られているのだろう。女の子に酷い事をしないシロネが、リジェナを捕えたのは自分が原因のはずだ。
そして、おそらく自分がリジェナを救いに来る事を待っている。
「どうすれば良いのかな……」
気分が重たかった。
助けに行くべきだろう。
だけど、確実にシロネが待ち構えている。またシロネと戦わなくてならないかもしれない。それは嫌だ。
だから動きが鈍る。
シロネは自分を憎んでいるかもしれない。何しろシロネの好きなレイジを傷つけたのだ。
自分はレイジと敵対した男が、女性達からどういう扱いを受けるのかを知っている。あれはきつい。
その女性達とシロネが重なる。
冷たい瞳で憎々しげに自分を見るシロネを想像する。あまり心地良いものではない。
だからこそ、兜をかぶって顔を隠していたのだ。クロキではなく、ディハルトという別の何者かが憎まれるようにと。
だけど、もう正体はバレてしまった。シロネは自分を嫌っているだろう。
だから、会いたくない。
冷たい目で見られるくらいなら、ずっと会えない方が良いような気がする。
今更どうにもならない。進退窮まれりだ。
「情けないな……自分」
レイジに喧嘩を売っておきながら、嫌われないように正体を隠す。
なんて卑怯で情けない男なのだろう。
こんなだからシロネは自分よりもレイジを選ぶのだ。
レイジだったら、速攻でリジェナを助けているだろう。
リジェナも運が無いと思う。こんな情けない男に拾われたのだから。
本当にゴズの事さえ無ければ、リジェナはそのままアルゴアに戻った方が良いだろう。
クーナの話しを聞く限り、ゴズはあまり性質があまり良くないようだ。だから、ゴズにはリジェナを渡さない方が良いだろう。
もし、リジェナを任せるならばオミロスだろう。
クーナに聞いた感じでは、オミロスという男はとても一途な男のようだ。
オミロスという男は、危険なゴブリンの巣穴にリジェナを求めて何度でも入って行くぐらいリジェナを想っているらしい。
考えてみれば、リジェナも暗いナルゴルの自分の側よりも明るい人間の世界のオミロスの側にいた方が良いだろう。
2人がうまくいくなら、リジェナにはもう自分は必要ない。
もしかするとリジェナは捕えられているのではなく、オミロスとうまくいっているからナルゴルに戻ってこないのかもしれない。
もしそうなら、リジェナを助けに行く自分は随分間抜けだろう。とんだピエロだ。
だけどそんな間抜けはいかにも自分のキャラではないか。2人の恋路を邪魔する三枚目の悪役こそがディハルトであるはずだ。
そして、そんな2人を助ける正義の味方のシロネ……。
「ありえそうな光景だな……」
そこまで想像して呟く。それが一番のハッピーエンドだ。そうなるなら、自分は悪役でも良いだろう。
もちろん、そうじゃない可能性もある。
だからシロネに会いたくはないが、リジェナの所に行って確認をしに行かなくてはならない。
シロネには会いたくないが、何とかしなくてはならない。
今、リジェナはどこにいるのだろう?リジェナは自分が与えた小剣を持っているはずだ。
あの剣には自分の魔力が込められている。
精神を集中して剣の魔力を探る。
リジェナ達はアルゴアに向かっているみたいだ。
ならば、アルゴアには行かなくてはならない。
そして、リジェナの事を考える。
家族を殺され、怖ろしいゴブリンの巣穴に送りこまれた少女。
平和な日本に生まれた自分には想像もできない程の過酷な人生だ。
そんな彼女の命を自分は救ってしまった。救ってしまった以上は、彼女には幸せになって欲しい。 そう願わずにいられなかった。
リジェナにはシロネ達にクロキの情報を伝えるメンセンジャーになってもらいます。




