襲撃の巨人
◆ゴブリンの王子ゴズ
「そうか、オミロスとかいう奴がリジェナを探しているのか。ならば、お前よりもオミロスを探した方が良いのかもしれないな」
目の前の白銀の魔女がそう言うと体が自由になる。
この魔女に全て話してしまった。
それにしてもなぜリジェナの事を聞いて来るのだろう。
そこで自分はある事に思いつく。
もしかして、リジェナを攫ったのはこの白銀の魔女なのではないだろうか?
「もう良いぞ、後は好きにしろ。クーナは行く」
そう言って白銀の魔女は去ろうとする。
「お待ちください、クーナ様!!」
自分は呼び止める。そちらの用は終わってもこちらは終わっていない。
「なんだ、ゴズ? 何かまだあるのか?」
白銀の魔女が不機嫌そうに聞く。不機嫌そうな顔をしてもその顔は美しかった。
「もしかしてあなた様が……リジェナを?」
「おまえに言う必要は無い」
しかし白銀の魔女は冷たく答える。
「それだけか? ならばクーナは行くぞ」
再び去ろうとする。
何とか引き留めなければならなかった。急いで白銀の魔女の前に回り込む。
「おっ、お待ちくださいクーナ様! そっ、そうだ! 実はこの国には特産品の果実酒があるらしいのです! どっ、どうでしょう! 1杯付き合っていただけませんか?お土産に持って帰ると閣下も喜ばれるでしょう」
慌てて答える。そして胸に手をやる。
懐には媚薬がある。
これを目の前の魔女に飲ませてやろう。この媚薬を飲めばいかに強力な魔女といってもただの発情したメスに成り下がるはずだ。
そしてベッドの上でリジェナの事を聞きだしてやる。
しかし、それを聞いた白銀の魔女の目がさらに冷たくなる。
「飲ませたいのは果実酒だけか?」
その言葉を聞いて背筋に冷たい物が走る。
「なっ!? 何の事でしょうかゴブ!!?」
少し口調がおかしくなる。
「愚かだな、お前は……。あまりにも愚かだ。魅力も知性もクロキにはかけらも及ばない。このまま黙って行かせてやろうと思ったのだが身の程を知るべきだな」
もしかして何をしようとしたのかに気付いている。
「あの……。私はただ果実酒を一緒に……」
「それは嘘。お前程度の魔力ではクーナに嘘はつけない。お前のその懐にはゴブリンの女王から与えられた媚薬が入っているのだろう」
その言葉を聞き目が驚きで限界まで開かれる。
白銀の魔女は媚薬の事を知っている。
「クーナの目を見ろ」
白銀の魔女の目が光ると体が動かなくなる。
「お前が持っている媚薬はお前が飲み干せ」
その言葉を聞くと手が勝手に動くと、懐から小瓶を取り出して口へと運ぶ。
それは飲んではいけない物だ。
一滴二滴でもかなりの効果のある媚薬だ。この量の媚薬を飲むと正気ではいられなくなるだろう。
抵抗するが、手が勝手に動き媚薬を口へと運ぶ。
ナルゴルにある闇の森の魔蜂の蜜を原料にした媚薬は、とても甘く口の中に広がっていく。
半分ほど飲んだ時だった。下半身が震える。
「おふっ……おふっ……」
変な声が出る。
股間がいきり立つ。
目の前の白銀の魔女から甘い芳香がする。
もうたまらなかった。
白銀の魔女に襲い掛かろうとする。
「えっ……あふっ……」
しかし半歩進んだところで足が地面に張り付き動かなくなる。
「醜い顔がさらに気持ち悪くなったな……。正直、存在自体が不快だ」
白銀の冷たい瞳で見下される。
その瞳を見た瞬間。下半身に電流が走る。
両手で股間を押さえてびくびくと動く。
「あへっ……」
漏らしてしまった。
股からこぼれた液体が床を汚していく。
「お前は舞踏会が終わるまでそこで悶えていろ」
白銀の魔女は冷たく言い放つとどこかに行ってしまう。
「待って……クーナ様……あへ……あへ……」
しかし、何もする事ができず、涎をたらしながら立ち尽くすしかなかった。
◆アルゴアの王子オミロス
シロネ姫がいなくなり、踊る相手がいなくなった自分は、1人になれる場所を探す。ダンスをしないのはシロネ姫の都合だ。エカラス王に対しても問題ないだろう。
エカラス王の態度を見る限り、ヴェロス王国と国交を結べそうだ。ならば、無理して踊る必要もない。
王宮を少し歩く、そして少し空腹を感じる。
そういえば昼食以降何も食べていない。食事が用意された部屋へと行く。
その部屋は広く様々な食べ物が置かれていた。
子羊の肉が中に挟まれたパン、濃密な魚醤を付けて焼かれた鰻の串焼き、ニンニクと香草をつめて焼かれたガチョウの丸焼き、蕪と人参と玉ねぎのスープ。
どれもおいしそうな匂いを漂わせている。
「さすがヴェロス王国だ、豊かだな」
アルゴアにはこのように色々な種類の食べ物は無い。
子供の頃は豆のスープばかり食べていた。それは今でも変わらない。
そこで1つ思いつく。
「リエットに何か持って帰ってやりたいな」
あまり行儀が良くない事だが、アルゴアには無い食べ物がたくさんある。これだけあるのだ何も問題はないだろう。
リエットは自分達がヴェロスに行く事が決まった時に一緒に来たがったが、リエットはまだ子供である上に遊びに行くわけではないので置いて来た。
懐から手拭き布を取り出す。まだ使っていないので綺麗なままだ。焼き菓子等を持って帰ろうと思う。
菓子類が置いてある場所を探す。
場所は程なく見つかった。その場にある焼き菓子を手に取る。
焼き菓子は甘いヴェロス果実を薄く切って小麦に包んで焼かれた物だ。それをいくつかを手に取り布で包む。
「これぐらい有れば良いだろう」
他にも持って帰りたいが、こういった食べ物を持って帰るための容器がないのであきらめるしかない。
その時、一人の女性が目につく。
その女性はいくつかの食べ物を手に取り何かの容器に入れていた。
彼女が何をしているのか一目瞭然だ。
「上には上がいるな……」
自分では焼き菓子を少々持って帰るのが精いっぱいだが、彼女はあらゆる食べ物を取っているみたいだ。
自分と同じように貧しい国から来たのかもしれない。
だけど彼女が持っている容器が気になった。
彼女の持っている容器が今まで見たことが無かったからだ。
その容器は透明で柔らかそうな素材でできているみたいだ。初めて見る容器だ。
貧しい国の人間があんな不思議な容器を持っているものだろうか?
一体何者だろう?
その女性の顔を見る。
女性の顔は前髪と髪飾りの布で少し見えにくい。
「えっ!?」
彼女が顔を少し動かした時に彼女の横顔が見えた。
その顔は自分がこの世で誰よりも会いたい人の顔だった。
女性の側に駆け寄る。
「リジェナ」
自分がそう呼ぶと女性がこちらを見る。
その顔は驚きで目と口が限界まで開かれていた。
「オミロス……」
女性が呟く。
ゴブリンの巣穴にいるはずのリジェナがそこにいた。
◆アルゴアの元姫リジェナ
まさか、こんな事でヴェロス王国に来る事になるとは思わなかった。
ヴェロス王国はお母様の故郷だ。
婆やに聞いた所、お母様はこの国の貴族の姫でヴェロスの宝石と呼ばれた事もあり、この国で一番の美人だったらしい。
そんなお母様がヴェロスの舞踏会で踊る姿はとても綺麗だったそうだ。
小さい頃の私はいつかヴェロスの舞踏会に出て踊ってみたいと思っていた。だから小さい私はお母様に踊りを何度も教わったのだった。
だけど、それは今にして思えば無理だろう。
お母様はこの国の王子様の婚約者だったけど、アルゴアの王であったお父様と駆け落ちをしてしまった。
だから、そんな二人の間から生まれた私が舞踏会に出られるはずがない。
また、アルゴアを追い出されたとはいえ私は、お母様に似ているらしい。だから踊らないとはいえ、この舞踏会に出るのは危険だった。だけど、一度は見たかった。
だから舞踏会に行きたいと言い出したクーナ様に頼んで連れて来てもらったのだ。
「綺麗だったな、クーナ様……」
少し前まで舞踏会で踊る2人を見ていた。
できれば私も旦那様と踊りたいと思う。
旦那様の事を思うと胸が苦しくなる。
最初に旦那様に出会った時はかなり驚いた。
何故人間が暗黒騎士になっているのだろうか?と。
だけどよくよく考えてみれば、暗黒騎士に人間がいるはずがない。
旦那様は人間に見えるけど人間ではないのだろう。
アルゴアの守護神である女神様だって人間と変わらない姿をしているのだから、人間じゃなくても不思議ではない。
だからあんなに強いのだ。
旦那様の前ではどんな凶悪な魔族も魔物も畏れて頭を下げる。
話しに聞くところによれば、あの勇者を倒したのも旦那様であるらしい。勇者は私達の一族の破滅の原因を作った人だ。
だから旦那様は私達の恩人と言う事になる。
旦那様のために何かしてあげたいなと思う。旦那様が望むならこの身を差し出しても良い。
だけどそれは難しい話だ。なぜなら旦那様に不必要に近づこうとすれば、クーナ様が怒るからだ。
クーナ様が何者であるのかは、はっきりとは聞いていない。
ただ魔王陛下の姫君であるらしいとの噂だ。
クーナ様は旦那様に執心で、近づく女性はたかが人間であっても許せないみたいだ。
あの美しい顔で睨まれると背筋が凍りそうになる。
今頃彼女は旦那様と踊っているはずだ。
舞踏会用に着飾ったクーナ様の姿を思い出してため息が出る。
とんでもない美しさだった。彼女の美しさはきっと女神様に匹敵するだろう。
そんなクーナ様と踊れる旦那様はさぞお喜びになるだろう。
私もこの舞踏会のために着飾っているのだが、クーナ様と比べると天と地ほども違う。
クーナ様と踊った後では私と踊ってはいただけないだろう。
そこまで考えて私は頭を振る。考えても悲しくなるだけだ、なるだけ考えないようにしよう。
練習時に一緒に踊っただけで我慢するべきだ。
それよりも目の前の美味しい物でも食べて気分を変えよう。
私は舞踏会の会場の別室にある食事が置かれた部屋に来ている。
目の前には今まで食べたことがない食べ物が並んでいる。
その食べ物をタッパーに詰めていく。
このタッパーなる容器は旦那様がドワーフの職人に作らせた魔法の道具だ。
そして、このタッパーは保温と保存にすぐれている。
「みんな喜ぶだろうな」
ナルゴルに残してきた一族の者達を思い出す。
ナルゴルには人間の食べる事が出来る物が少ない。
ナルゴルで最多の種族であるオーク族の食べ物は、人間が食べると死んでしまう物が多くて食べられない。
今はなんとか食べられる魔族の食事の余りをもらって生きている。
旦那様は自分の食事をを分けて下さろうとするが、そんな事をすれば魔族達から反感を買う。いくら旦那様の庇護があるとはいえ、ナルゴルで生活していくのに魔族の反感を買う事は良くないので、折角の旦那様の申し出も断るしかなかった。
だからこそ、タッパーに取ってみんなの所に持って行ってあげよう。
私は手を動かす。
ふとそこで誰かが横に来ている事に気付く。
もしかして私の不作法に気付いたヴェロスの人かもしれない。
まずいかもと思う。私はこの舞踏会に招かれた正当な客ではない。絡まれるとやっかいだ。
私はスカートを握る。スカートの下には、旦那様から貰った小剣を隠してある。
この小剣は旦那様が私に下さった物だ。
なんでも、旦那様が自らの手で作った物らしい。
もし、自分に何かあった時はこの剣を使いなさいと渡された。
動くのに邪魔になるけどヴェロスまで持って来たのだ。
だけど、この剣をここで使うのはあまり良くないだろう。ここは相手に顔を見せずに、足早で離れた方が良いかもしれない。
「リジェナ」
横に来た人が私の名を呼ぶ。
何故私の名を知っているのだろう。
私は驚いてその人の顔を見る。
それは知っている顔だった。
「オミロス……」
そこには1年前に武者修行の旅に出た幼馴染の顔があった。
何時の間に帰ってきたのだろう。
オミロスは以前よりも精悍な顔つきになったような気がする。
「リジェナ……本当に、何故君がここに……。何をして……」
彼は信じられないという顔をしている。
彼の視線が私の全身をくまなく眺めている。そして私の手に持っている物に止まる。
そこには食べ物が入れられたタッパーがあった。
何となく私は恥ずかしくなりタッパーを背に隠す。
「こっ、これは違うの……。何かの間違いなの……」
何が間違いなのだろう。言っている事が支離滅裂だ。
何故かこの幼馴染の前で恥ずかしい姿を見られたくなかった。
「御免なさい、オミロス!!!」
私はそう言ってオミロスに背を向けて走る。
「待って、リジェナ!!」
オミロスが追ってくる。
なぜオミロスから離れようとしたのかはわからない
足は自然と旦那様の所に向かっていた。
だけど、会場へと続く扉で何か大きな物にぶつかり尻餅をつく。
おかしい、出入り口にこんな大きな物が置かれるはずがない。
私はぶつかった大きな物を見上げる。
「えっ……?」
そこには私の身長の倍以上ある大きさの何かがいた。
その何かは人間と同じような姿をしているが、大きさが違っていた。
その顔を見ると大きな牙が生えている。そしてその目は私を見下ろしていた。
「きゃああああああああ!!!!」
突然会場の端から叫び声が上げられる。
「オーガだ!!」
「なんでこんな所に!!」
「きゃああああ助けて!!!」
悲鳴が会場のあちこちから悲鳴が聞こえる。
オーガという言葉を聞いて私は目の前の人型が何であるかに気付く。
現物を見るのは初めてだけど、目の前にいるのはオーガで間違いない。
彼らは獰猛な人食いの化け物だ。逃げなければ、だけど尻餅をついているためすぐには動けない。
「なかなかうまそうな奴だな」
オーガが恐ろしげな声を出して私に手を伸ばしてくる。
「リジェナから離れろ!!!」
オミロスが私を助けようと駆け寄ってくる。だけど無謀だ。武器も持たずにオーガに敵うわけがない。
「何だ、おめえは」
オーガが手を振る。払いのけられたオミロスは簡単に倒されてしまう。
オーガの目がオミロスに向く。
このままではオミロスが危ない。
そう思うと勝手に体が動いていた。私は立ち上がるとスカートをまくりあげ小剣を引き抜く。
鞘から引き抜くと黒い炎の纏った黒い刃が姿を見せる。
「オミロスから離れて!!」
私は剣を振るってオーガの足を斬りつける。
「ぐぎゃああああああ!!!」
油断していたオーガは足を斬り裂かれ、のた打ち回る。
「オミロス!!」
私はオミロスを引き起こす。
「リジェナ……」
オミロスは呆けた顔で私を見ている。
「逃げるわよ、オミロス!!!」
私はオミロスの手を取り走り出す。
「待て! おめええらららあああああ!!!」
オーガの叫び声が聞こえる。
だけどそれには構わず私達は走った。
◆暗黒騎士クロキ
突然のオーガの乱入に戸惑う。
「マズイですわね……。王の所に行きます。ちょうど良いわ。あなた付いて来なさい!!」
美堂京華がそう言って。歩き出す。
「えっ……何で自分が……」
自分の戸惑う声が聞こえていないのか美堂京華は構わず歩き出す。
しかし、なぜか逆らう事ができずに付いていく。
流されてしまう所が自分の悪い所だ。
ヴェロスの王はすぐに見つかった。なぜなら衛兵が多く集まっているからわかりやすい。
その王は床に座り込んでいた。
「私の事は良い。君たちはここに来ている招待客達を守るんだ」
「しかし、陛下……」
そんなやり取りが聞こえてくる。
近づくと王もこちらに気付く。
「キョウカ殿か……。すまないこんな事になってしまって」
王は座ったまま謝る。
「別にかまいませんわ。ここは私がなんとかします。早くあなたもお逃げなさい」
「はは、招待客を残して逃げるわけにはいかないのですよ。それにね……腰が抜けて動けなくてね……ははは、なんとも情けない。そうだ、代わりにコルフィナを安全な場所に連れて行ってもらえないですかな?」
「そんな、あなた……」
王妃が泣きそうな顔をする。
美しい夫婦愛だなと思う。
それに、自分の身よりも周りの心配をするあたり、思いやりのある性格みたいだ。
王は王妃に逃げるように言って、兵士には周りの招待客を逃がすように言っている。
自身はここに残るみたいだ。
もっとも、王様の判断としてそれが正しいかどうかはわからない。
現に兵士たちは王の言葉に逆らって王を運ぼうとしている。この国の事を考えればそれは正しい判断なのだろう。
だけど少し遅いみたいだ。
すでにこの場所はオーガに見つかっている。
三匹のオーガがこちらに来る。
まあこれだけ衛兵が集まっているのだ。重要人物がここにいるのは誰の目にも明らだ。
オーガがすぐそこまで来る。
「お前が王かい?」
三匹の真ん中にいる女性のオーガがヴェロスの王を見て言う。その声は怖ろしく響いた。
おそらくこのオーガ達のリーダーだろう。
「おっ! 王を守れ!!!」
衛兵達がオーガの前に立つ。
「雑魚はひっこんでろ!!」
左右のオーガが手を振るう。
衛兵達は簡単に跳ね飛ばされてしまう。
「ひいいいいいいい!!!」
王が悲鳴を上げる。
「あなた!!」
王妃がその前に立つ。
「だ、駄目だコルフィナ! お前だけでも逃げるんだ!!」
王がそう言うが王妃は逃げる気配はない。
「オっ、オーガがい、一体な……何の用だ!?」
王が震えながら聞く。
「私の名はクジグだ。この国に勇者の妹がいるはずだよ! そいつを差し出せ!!」
オーガの言葉でこいつらの狙いが美堂京華である事がわかる。なぜ彼女を狙っているのだろう?
何となくだけど、レイジ達はレイジに限らず、敵を作りやすいような気がする。だからオーガの恨みを買っても不思議ではない。
「狙いはわたくしですか。逃げも隠れもしませんわ。だから他の方達に手を出すのはおよしなさい!!」
美堂京華が前に出る。
「良い度胸じゃねえか。弟を殺した落とし前をつけてもらおうじゃねえか!!」
左のオーガが恐ろしい声で言う。
「私に手を出しますと私の付き人が黙っていませんわよ」
美堂京華がすごんで言う。
だけどオーガが笑いだす。
「残念だけど、お前の仲間はもう来ないよ」
真ん中の女のオーガが笑いながら言う。
「お前の仲間の2人の女は私の作った魔法の檻の中さ。神々だって簡単には抜け出せない。ましてや人間には絶対に抜け出す事は不可能さ」
オーガの女が笑う。
「何ですって! カヤとシロネさんが!!」
美堂京華が慌てた声を出す。
「そうだぜ、母ちゃんの魔法は最強だ。勇者の仲間といえども、たかだか人間。俺達に敵うわけねえだろが!!!」
左右のオーガが笑う。他のオーガ達も聞こえているのか笑い出す。
「そうですか……。2人がいなくなったのはあなた達の仕業ですのね。でも舐めないでいただきたいですわ。仮にもわたくしはお兄様の妹です。あなた達なんてわたくし1人で充分ですわよ」
美堂京華の手が光る。その細い体からもの凄い力を感じる。
「良いのかい?お前は魔法が制御できないらしいじゃないかい。ここにいる人間も殺してしまって良いのかい?」
オーガの女が笑う。
「なぜそれを知っていますの!!」
「わかったら大人しくするんだね」
オーガの女が勝ち誇ったように言う。
横のオーガ達が近づいて来る。
美堂京華が後ずさる。
そのため横にいた自分が最前列になってしまう
「何だ、おめえは」
オーガが自分を睨む。
「あっ……いえ別に……」
完全に逃げ遅れた。いつの間にか王や他の人達もオーガから離れている。
「何をしていますの、あなた。あなたなんかが出て来て何ができますの! 危ないから引っ込みなさい!!」
美堂京華が怒ったように言う。自分から下がっておいてその言いぐさはないだろうと思う。
「はっ! さしずめお姫様を守る騎士って所か。だったら貴様から喰ってやるよ!!」
右のオーガが笑いながら掴みかかってくる。
自分は掴みかかったオーガの手を取ると、その体を一回転させて地面へと叩きつける。
「「「えっ?!!!」」」
周りの人達が驚きの声を出すのがわかる。
「い、今何が起こったんだ……」
「あの巨体のオーガを投げ飛ばしたぞ……」
周りの人間がざわつく。
「リっ、リング!!」
女のオーガが叫ぶ。投げ飛ばしたオーガはリングという名前らしい。
「な、何なんだ君は……」
後ろにいる王が驚きの声を上げる。
「今の技はどこかで……見たことがありますわ……」
美堂京華の呟きが聞こえる。
正直に言って、自分が動かなくても彼女がなんとかできると思っていたから何もする気はなかった。
まさか魔法が制御できないとは思わなかった。そういえば爆裂姫とか呼ばれていたっけ。
「お前は何者だい! なぜこのクジグの邪魔をする!!答えろ!!」
クジグと名乗ったオーガの女性が叫ぶ。前にもこんな事があったような気がする。
だとしたら後で美堂京華によって殺されそうになるかもしれない。
「別に邪魔するつもりはないのだけど……。あの……。できればこの者を連れて帰ってくれませんか?もちろん見逃します」
自分は頭を下げてオーガ達に向けて言う。
「はあ……何を言っているんだね、あんたは?」
クジグは自分が頭を下げた事に戸惑っているみたいだ。
しかし混乱しているのはこちらも同じだ。
なんでこんな事になったんだ。今日はクーナと舞踏会を楽しむはずだったのだ。それが完全にぶち壊しである。
「あなた、一体……?」
美堂京華が尋ねてくるが、当然正体を言うわけがない。
「ここは自分がなんとかするよ」
自分は振り返り美堂京華に言う。
不本意だけど。自分が何とかするしかないようだ。
オーガ達を見る。
「帰らないなら……。痛い目を見てもらうしかないのだけどね」
自分はそう言って体から黒い炎を出す。
「ひっ!!」
自分の黒い炎を見たオーガが怯えた声を出す。
このオーガ達には少し痛い目を見てもらう。
オーガ達が後ずさる。少し怯えているみたいだ。
「ひっ……」
だけど怯えているのはオーガだけではないようだ。
ふと見ると周りの人間が怯えている。
そういえば、自分の感情が高ぶると魔族も怯えていたように思える。
そして目の前のオーガもどこか怯えているように見える。
自分はオーガに向けて歩いていく。
「なっ、何を言うか! 邪魔するならお前から殺すよ!!」
クジグと名乗ったオーガは怯えた表情で自分に言う。
そこまで怖がらせるつもりはないのだが。
クジグの腕にバチバチと音を立てて雷の蛇が現れる。
「雷の蛇よ、汝の敵を絞め殺せ!!」
クジグの手から雷の蛇が鎌首を上げて襲いかかってくる。
だけどそれぐらいの蛇は、今の自分にはまったく脅威ではない。
今の自分の体には雷竜の力が宿っている。これぐらいではダメージは受けない。
当然、佐々木理乃対策である。もし、再び対戦する事があった時のためだ。
ナルゴルの南東の島の近くに常に渦巻いている雷雲がある。
そこに浮かぶ島には雷竜が住み、自分とクーナはグロリアスに乗って雷竜を尋ねた。
最初は戦闘になるかと思ったけど、雷竜は人懐っこいみたいで簡単に力をくれた。
だから雷の蛇ぐらいでは自分を傷つける事はできない。
クジグの手から放たれた雷の蛇が自分の体を締め上げる。
「これぐらいじゃ、痛くも痒くもない」
自分はそう言うと黒い炎を体から発して雷の蛇を焼き消す。
「ちっ! なら、これならどうだい!!」
クジグの手から赤く光る玉ができる。
クジグが何の魔法を使おうとしているのかわかる。その魔法は少しマズイと思った。
「爆裂!!」
「魔法消去!!」
クジグが使おうとした魔法を消去する。エクスプロージョンなんか使われたら自分は大丈夫でも巻き添えを喰らって沢山の人が死ぬだろう。だから魔法で消去する。
「くっ、私の最強魔法を……。お前達! 何ぼさっと見ているんだい! 周りの人間を人質にするんだよ!!」
クジグが叫ぶ。
会場を囲んでいたオーガが動き出す。
ちょっとまずいと思う。
自分の魔法は対象を速攻でピンポイントで攻撃できる物はない。魔法も火力が高く、人間を巻き添えにしてしまう。剣で倒すにしても、全てのオーガを倒すまでに犠牲者が出るだろう。
どうすれば良いか悩んでいる時だった。会場中に光る何かが飛ぶ。
「ぐあっ!!」
「があっ!!」
突然オーガ達が苦しみだす。
見るとオーガの足や手が切り刻まれている。どれも致命傷ではないが戦う事は難しいだろう。
「オーガよ。折角の舞踏会が台無しではないか」
淡々とした声がする。
声をする方を見ると大鎌を持ったクーナがいる。
オーガ達を攻撃したのはクーナの持つ大鎌の力だ。大鎌は魔法の刃を飛ばし、一定範囲にいる複数の対象を同時に切り刻む事ができる。
その大鎌を使いオーガ達を切り刻んだようだ。
「なぶり殺しにしてやろう」
クーナから強力な魔力の波動を感じる。
その魔法の力を会場にいる人達も感じたのか悲鳴が会場にこだまする。
「駄目だ、クーナ! ここの人達まで死んでしまう!!」
自分がそう叫ぶとクーナから魔力の波動が消える。
「なんないだい、お前は……」
オーガの女性がへたり込む。
「おふくろ……。やばいぜこいつら……」
他のオーガ達がククジグの元へと集まってくる。
「くそっ! ここは逃げるよ、お前達!!」
オーガ達が逃げて行く。
別にオーガを殺す気がなかったので彼女達を見逃す。
オーガ達が去ったのを見届けるとクーナがこちらへとやって来る。
「助かったよ、クーナ」
「クロキ、折角の舞踏会が……」
クーナが少し悲しそうに言う。
「そうだね……。でも、また踊る機会があるよ」
自分はそう言うとクーナの頭を撫でる。
するとクーナは少し機嫌を治す。
「今日はもう帰ろうか、クーナ」
正直に言うと早くナルゴルに戻りたい。オーガが来なくてもシロネ達がいる以上はなるべく早くここから離れるべきだろう。
「わかったぞ、クロキ」
クーナは転移魔法を使おうとする。
クーナと帰ろうとしている時だった。
「お待ちなさい!!!」
美堂京華が大きな声を出す。
「思い出しましたわ。あなた聖レナリアでわたくしの胸を触った方ですわね!!」
美堂京華が自分を指して言う。
「クロキがこの女の胸を……? どういう事だ、クロキ?」
クーナは魔法を使うのをやめて自分を問い詰める。何か怒っているみたいだ。
「それにクロキと言う名にも聞き覚えがあります。逃がしませんわよ!!」
美堂京華が自分の方へと来る。
「何だ、お前は! クロキとどういう関係だ!!」
クーナが美堂京華の前に立ちはだかる。
今にも斬りかかりそうだ。
自分はクーナを抱き寄せ抑える。
「駄目だよ、クーナ……。オーガは去ったんだ。ここは帰ろう」
「お嬢様―――――!!!」
自分がクーナにそう言った時だった。大きな声と共に会場に何かが降りたつ。
「シロネ!!」
降り立ったのはシロネだった。続いてメイド服の女性が降りたつ。おそらく、シロネの風で引き寄せる魔法で付いて来たのだろう。
自分はしまったと思う。長居をし過ぎた。早く逃げなければ。
「お嬢様!!!」
メイドは自分の主人を見つけると駆け寄る。
「カヤ!!」
2人は抱き着く。
「みんな無事!!」
シロネが周りを見て言う。
そして、こちらを見る。
「えっクロキ……」
そしてこちらを見る。
「どうしてクロキが……?」
シロネは呟きこちらへと歩いてくる。
そして、少し視線を下げ顔を強張らせる。
今、自分はクーナを抱き寄せている。
そしてシロネの視線は明らかにクーナの方を見ている。
「クロキ……その子誰?」
そう言うシロネの顔は笑っているように見えるが、目が笑っていない。
間違いなく怒っている。
「何だ、お前は! 私のクロキになぜそんな目を向ける!!」
クーナが今度はシロネに鎌を向ける。
「私のクロキ……? あなた……クロキの何なの?もしかしてあなたがクロキを……?」
鎌を向けられたシロネも剣を構える。
「駄目だ、クーナ。ここはナルゴルに帰ろう」
自分はクーナを抱き寄せて止める。
「わかった、クロキ……」
自分の切羽詰まった声から何かを感じたのかクーナが了解する。
クーナが魔法を発動する。
「待ちなさい、クロキ!!」
シロネがこちらに向かう。
だけどさせる訳には行かない。
「黒炎よ!!」
自分はシロネが駆け寄ろうとするのを黒い炎で遮る。
「待って、クロキ!!」
だけど待つことはできない。
転移魔法が発動する。
自分達はナルゴルへと運ばれて行った。
少し更新です。




