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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
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ヴェロスの舞踏会

◆アルゴアの王子オミロス



 目の前には、2人のドレス姿の美女がいる。今日、踊る予定のキョウカ姫とシロネ姫だ。


「今日はよろしくお願いしますよ、姫君」


 パルシスが礼をして、勇者の妹であるキョウカ姫の手を取る。

 薔薇色のドレスが彼女に良く似合っており、見惚れてしまう。

 そんな美しいキョウカ姫が美男子であるパルシスと並ぶとまるで絵画のようであった。

 パルシスの目がキョウカ姫の胸元に釘付けになっているのがわかる。

 注意すべきかもしれないが、実際に彼女が自分の前に立ったら同じ事をしてしまうだろうからやめておく。

 こんな美しい女性と踊る事ができるパルシスには、舞踏会に来ている男達から嫉妬されるだろう。

 だけど、嫉妬の対象はパルシスだけではないだろう。自分もまた嫉妬されるに違いない。

 目の前の女性を見る。


「今日はよろしくお願いします、シロネ姫」


 そう言って目の前の女性の手を取る。

 目の前の女性も美しい。

 高貴で華やかなキョウカ姫とはまた違って、凛とした美しさを持っており、手を取るのがためらわれる。

 話しによると彼女は勇者の妻の1人であるらしい。そんな女性の手を取って、後で問題になるのではないかと思うが、今更言っても仕方が無い事だろう。


「まあ……よろしくお願いしますわ……パルシス卿」


 キョウカ姫がパルシスに返事をする。

 パルシスと違って、あまり嬉しそうに見えない。

 大変な美男子であるらしい勇者を見ているせいだろうか、パルシス程度ではあまり嬉しくないのかもしれない。


「よろしくね、オミロス卿」


 シロネ姫が自分に挨拶をする。

 シロネ姫はそれほど自分を嫌がっていないような気がする。2人の性格の違いだろうか?


「では、みなさん。そろそろ時間ですよ」


 カヤと言うキョウカ姫のメイドが言う。

 彼女は舞踏会の手伝いをするため踊らずに、会場の給仕をするそうだ。だからここからは別行動になる。


「それでは皆さん。行きましょうか」


 パルシスの言葉で会場に向かう。

 舞踏会は沢山の人が来る事からホールだけでなく、中庭も解放されて開かれる。

 中庭には魔法の照明や花が飾られ、明るく華やかになっている。

 会場には様々な国の王侯貴族が集まっている。色とりどりの衣装を纏った紳士淑女が王宮を賑わせている。

 だが、見た感じでは集まっているのは王侯貴族だけではない。有力な商人や市民もこの舞踏会に参加しているみたいだ。正確な数はわからないが、かなりの人数がこの舞踏会に参加しているみたいだ。

 さすがは大国のヴェロス王国だ。アルゴアではこうはいかないだろう。

 そもそもこの舞踏会の目的は各国の人々の連帯が目的だ。魔物が多い地域であり、各国の連携をしやすくするために舞踏会が開かれる。

 また、舞踏会には独身の男女が結婚相手を見つけるという意味もある。

 特に女性は、将来の伴侶を見つけるために目一杯のおめかしをする。

 特に人気が高いのが独身の王子や貴族の若者である。彼らの目にとまろうと令嬢達は必死に自分を着飾る。

 ただ、運よく目にとまって踊る事ができても同じ相手と続けて踊る事は不作法らしく、相手を変えなければいけない。

 そして、本命の相手を射止める事ができたら、後で会う約束をするか又は踊るのをやめてこっそり2人で抜け出したりするそうだ。

 可哀そうなのは誰とも踊ってもらえない男女だろう。

 せっかくおめかししたのに誰にも誘ってもらえず、壁の花となる女性や誘ったのに誰も一緒に踊ってくれない男性は悲しい物がある。

 もっとも、自分もシロネ姫と踊った後は壁の蔦になる予定だ。調べた所によると女性から男性を誘う事はあまりないはずなので静かにすごせるだろうし、自分を誘う女性がいるとは思えなかった。

 シロネ姫なら踊る相手に苦労しないから良いだろう。

 エカラス王が挨拶して音楽が鳴ると舞踏会の始まりだ。

 歩いているとシロネ姫が突然立ち止まる。


「どうかしましたか?」


 シロネ姫の方を見ると、どこか遠くを見ている。


「オミロス卿」

「何でしょうか?」

「御免なさい、用事ができてしまったの。踊れなくて御免なさい」


 シロネ姫が手を合わせて謝る。何があったのだろうか?


「シロネさん。何かありましたの?」


 自分の代わりに横にいたキョウカ姫がシロネ姫に聞く。


「ううん、大丈夫。大した事じゃないよ。キョウカさんは踊ってて」


 そう言うとシロネ姫は身をかがめこっそりと会場の外へと向かっていった。





◆剣の乙女シロネ


 ドレスの裾を持ち会場の外に出ると大急ぎで移動する。すでに魔法で自分の剣を呼び寄せている。

 会場に向かう途中だった、強力な敵意がヴェロスの王宮に向けられたのを感じたのは。だから、私は敵意を感じる方へと王宮の中を走る。


「シロネ様!!」


 カヤさんが自分を追いかけてくる。

 どうやらカヤさんも感じたみたいだ。


「カヤさんも敵意を感じたの?」


 その問いにカヤさんは首を縦にふる。


「かなり強い敵意でした」


 私も頷く。強力な敵意がヴェロス王国に向けられたのを感じた。

 だから、敵感知を使える私とカヤさんは会場を抜け出して、その敵意を放たれた方角へと行く。

 私は城壁を越えると翼を出して空を飛ぶ。カヤさんは地面の上を飛ぶように走る。

 時刻はもう夜になっていて、あたりは暗い。だけど、私達は物体感知で半径10メートルなら何も見えなくても何があるかわかるのでほぼ問題なく行動できる。

 ヴェロス王国を含むこの地域には蒼の森と呼ばれる広大な森林が広がっている。

 その森の奥から敵意を感じる。

 私とカヤさんはその敵意の発生源へ進みたどり着く。

 私は森の中へと降りる。

 しばらくしてカヤさんが追い付いてくる。

 森の木々は高く密集しているため、星の光も森の中には届かない。

 暗くて姿は全く見えないが前方に何者かがいる。敵意はその者から放たれているようだ。


「良く来たね」


 前方の何者かが私達に語りかける。


「何者です! なぜ、ヴェロスに敵意を向けのですか!!」


 カヤさんが叫ぶ。


「ふん、違うさ。狙いはお前達だよ。私のかわいいゼングを殺したお前達を殺してやる!!」


 ようやく敵意を向けて来たのが何者かわかる。


「なるほど、敵討ちですか。それではあなたはオーガですね?」


 目の前の人物はオーガにしては小さく感じる。魔法で姿を変えているのだろうか?


「いかにも! オーガのクジグと言えば私の事さ! ゼングは優しい良い子だった! そのゼングを殺した報いを受けてもらおうかい!!」


 そんな事を言われても人間を食べ物にするオーガを優しい良い子と思えるわけがない。


「何が報いですか! 人間を食い物にしてきたあなた達に、そんな事を言う資格があるものですかっ!!」


 カヤさんがそう言うとクジグに飛びかかる。


「ひいいいいい!!!」


 突然目の前の者の声が変わり、その者は尻餅を付く。

 声が先程の老婆のような声とは違う男性の物に変わっている。

 その声を聞いたせいだろうか、カヤさんが拳をあてる直前に止める。

 そして、それまで感じていた強力な敵意が前方の者からさっぱり消えていた。まるで前方の者が全く違う者になったような違和感を感じる。


「あなたは……?」


「私でございます、カヤ様! エチゴスでございます!!」


 暗くて何かローブみたいな物を頭からかぶっていたからわからなかったが、オーガの手下であったエチゴスのようだ。

「なぜあなたがここに?」

 カヤさんがエチゴスに詰め寄るのを感じる。


「はっ、はい! オーガのクジグによって体をのっとられまして……その……」


 エチゴはカヤさんにしどろもどろに答える。


「もしかして憑依魔法?」


 憑依魔法はいわゆる対象となった生物の体を乗っ取る魔法だ。

 リノちゃんも使う事ができる魔法だ。もっとも、本人はあまり使いたがらないのだが。

 そして、憑依魔法はかなりの魔力を使うと聞いている。それに乗っ取っている間は本当の体は眠ったような状態になる上に、乗っ取っても元の体の半分ぐらいの力しか使う事ができないので戦いには不向きである。


「おそらくそうでしょうね。先程まで感じた力がこの男からは感じません」


 私の疑問にカヤさんが答える。


「でも何で……」


 私達と戦うつもりなら憑依魔法を使う意味はない、純粋に戦力が落ちるからだ。


「どうやら、おびき出されたようですね。急いで戻りましょう」


 私は頷く。


「あの、私……暗くて何も見えないのですが。ここに置いていかれると……」


 エチゴスが情けない声を出す。クジグの魔法から解放された今の彼は、魔法を使えない一般的な人間だ。だけど、彼に構っている暇はない。


「お嬢様が心配です」


 普段感情を表さないカヤさんの声に焦りを感じる。

 おそらくクジグの狙いはキョウカさんだ。私達をおびきよせて、その間にキョウカさんを襲うつもりなのだろう。

 オーガのクジグについてはコキの国の人々から聞いている。オーガの魔女であり、9人の息子がいるらしい。

 そのクジグが来ているとなれば、その息子達も来ているだろう。

 魔法が制御できないキョウカさんでは対処できないかもしれない。


「うん、急いで戻ろう。カヤさん先に行くね」


 私は翼を出すと空へと飛ぶ。そしてカヤさんが走り始める。


「待って~~~~~」


 エチゴスが叫ぶが構わない。


「えっ!?」


 ある程度飛んでいる時だった。私は違和感を感じ下へと降りる。


「シロネ様!!」


 下を走っていたカヤさんが駆け寄る。


「見えない壁がある……。閉じ込められたみたい……」


 おそらく魔法による結界だろう。その結界により行く手が阻まれている。


「ちっ! どうやら、やられたようですね!!」


 珍しくカヤさんが焦っている。キョウカさんの身が危険かもしれないから当然だろう。

 私も心の中で焦る。

 オーガぐらいだったらキョウカさんが本気を出せば簡単に倒せる。

 ただ、キョウカさんは魔法をうまく使えない。

 もしキョウカさんが魔法を暴走させたらヴェロス王国は大変な事になる。

 急いで戻らないとヴェロスは焼野原になっている可能性が高い。

 こんな時にチユキさんやナオちゃんがいればと思う。

 チユキさんならこんな結界は簡単に破れるだろう。

 ナオちゃんならこんな罠には引っ掛からないだろう。

 私は今まで前線で剣を振るっていれば良かった。だからこういった搦め手で来られると対処できない。

 それはカヤさんも同じみたいで、引っ掛かってしまった。


「シロネ様。破れますか?」


 カヤさんが聞いて来る。力づくで結界をぶち破る事も可能だが、魔法で破る方が早い。一応カヤさんよりも私の方が魔力が高い。だから結界を破るなら私の方が良いだろう。


「チユキさんなら簡単だろうけど。私だと少し時間がかかるかな」


 結界はそれほど強くはない。だけど、私は破魔系の魔法はあまり得意ではないからほんの少し時間がかかる。

 私は剣に魔法を込めると結界を破るために振りかぶった。




◆ゴブリンの王子ゴズ


 美しい曲が会場に流れている。

 ゴブリンが聞けば一目散に逃げてしまうような曲だ。もちろんゴブリンの母を持つとはいえ、人間である自分には何も影響はない。

 その曲で色とりどりのドレスを着た人間のメス達が踊っている。

 皆良いメスだが、目の前のメスには敵わない。

 キョウカという人間のメスは、この中のどのメスよりも美しかった。

 そのメスと踊れる事に優越感を感じる。周りのオス共が羨望のまなざしで見ているのがわかる。

 まさかあの勇者の妹を紹介されるとは思わなかった。

 勇者の事を思い出す。

 美しく強い男。

 勇者を見て羨ましく思わぬ男はいないだろう。

 そして反感を覚えずにはいられない男だ。

 勇者は様々な美女を侍らせている。それだけでも悔しいのに、リジェナにも手を出そうとしたのだ。

 許せなかった。

 だけど勇者は強い。許せないからといってどうにかできる相手ではない。

 目の間のメスを見る。その顔は勇者に何となく似ていた。まあ、勇者の妹なのだから当然だろう。

 このメスをベッドの上で屈服させたらさぞ愉快だろう。

 その光景はまるで勇者を屈服させているみたいではないか。

 勇者を敵に回すかもしれないがその欲望は押さえられそうになかった。

 このメスはあの時、アルゴアにはいなかった。

 シロネというメスは見たことがある。勇者と一緒にアルゴアに来ていたメスだ。

 そのシロネと言うメスは何かあったのか、どこかに行ってしまった。そして、踊る相手がいなくなった不運なオミロスはどこかに行ってしまった。

 シロネの事も気になるが、今は目の前のキョウカの事が重要だ。

 再びキョウカというメスを見る。キョウカのドレスは胸元が大きく開いており、豊かな谷間が見えている。その胸を揉みしだきたくなるが今は我慢する。

 このメスはあまり自分の事が好きではないみたいだ。先程から自分を見ようともしない。仕方が無いから踊っている。そんな感じだ。

 昨日ダンスの練習で踊ったメスは自分を熱っぽい目で見ていた。そのメスは誘うと簡単について来た。だから一晩中可愛がってやった。

 パルシスの姿はメス共に魅力的に映るはずなのだ。しかし、キョウカの目は冷たい。もしかすると本当の顔が見えているのかもしれない。

 だとしたら、懐にある媚薬を使わなければならないだろう。この薬を使えば本当の顔が見えていようが俺の下で喘ぐようになるだろう。

 このダンスが終わったら別室の食事や飲み物がある部屋に誘おう。そして隙を見てこの媚薬をたっぷり飲ませてやる。

 この薬は自分も過去に飲んだ事があるが、2日間メス無しでは生活できず、また薬が抜けきるまで5日間もかかった。その間にゴブリンのメスを数十匹も孕ませてしまった。きっとこのメスにも効くだろう。

 1曲目のダンスが終わる。

 するとオス共がこちらに寄って来る。目当てはキョウカと踊るためだろう。

 かばうようにキョウカの前に出る。


「もうしわけないですが、この後キョウカ姫は私と食事の予定です。遠慮していただけますか?」


 本当はそんな予定はない。だがキョウカは誰とも踊りたくなさそうだ。ここを抜け出すために自分について来てくれるだろう。

 そう思ってキョウカを見る。

 しかし、キョウカは自分や誘いに来たオス共を見ていない。

 キョウカは別の所を見ている。そこにはキョウカに集まったオス達よりもさらに多くのオスが集まっている。

 オス共の間から辛うじて、何が有るのか見える。

 その中心にいるのは1組のオスとメス。そのメスの顔を見た瞬間に衝撃を受ける。


「白銀の魔女……」


 思わず呟いてしまう。美しいドレスを着ているが、銀色の髪とその美しい顔を間違えるわけがない。

 ゴブリンの巣穴で出会った白銀の魔女に間違いなかった。曲が始まる直前まではいなかったと思う。あんな美しいメスがいたらすぐに気付くはずだ。何故ここにいるのだろう?まさか自分を追いかけて来たのだろうか?

 母に敵意が無い事を言ったはずなのに連絡が届かなかったのかもしれない。だとしたらこの場を離れた方が良いだろう。


「あの方。どこかで見た事がありますわ……」


 キョウカが呟く。キョウカの視線の先には白銀の魔女の隣にいるオスがいた。おそらくは白銀の魔女のダンスの相手だろう。一体何者だ?

 しかし、そんな事を気にしている場合ではない。急いでこの場を離れなければならない。


「あちらに行きますわ。付いて来なさい」


 しかし、キョウカは自分の腕を掴み、白銀の魔女の所に行こうとする。抵抗するがすごい力だ。無理をすれば腕が引きちぎれるかもしれない。

 周りにいたオス共はキョウカの迫力に負けて道をあける。

 白銀の魔女まで1直線だ。

 誰か助けてくれ。

 心の中で叫ぶが当然誰も助けてくれない。

 そのまま、俺は引っ張られていった。






◆暗黒騎士クロキ


 ドレス姿のクーナを見て、来て良かったと思う。

 深い藍色をベースに、青色のフリルと宝石がドレスを輝かせている。そのドレスを着たクーナは大変美しかった。

 クーナが生まれた時にドワーフの職人に一通りの服を作ってもらった。その中にはドレスもあったのだが、今まで着る機会はなかった。

 クーナは背が低い割に出る所はしっかりと出ている。ドワーフが作ったドレスは、クーナの可憐さと妖艶な魅力を余す事無く引き出している。

 ドレスの胸元は少し開き、クーナの豊かな胸の谷間が少し見える。だけどその事が下品にならず、青い宝石と水色の花の装飾がむしろ上品さを出している。そして、きゅっとしまったウエストから光沢のある藍色のスカートが広がりとても華やかだ。

 良い仕事をしてくれた。

 このドレスを作ったドワーフの職人に感謝する。

 最初にクーナがヴェロスの舞踏会に行きたいと言ったのは2日前の事である。過去に自分がクーナに読んで聞かせた子供向けの本に舞踏会の記述があったので興味があったらしい。

 舞踏会に興味があるとはクーナも女の子と言える。

 正直に言って最初に聞いた時はあまり乗り気になれなかった。ああいう華やかな場所は苦手だ。

 だけどクーナの行きたそうな顔と、また喜ぶ顔が見たいと思ったのでヴェロス王国に行くことを決めた。

 踊りはリジェナから習った。何でも、いつか役に立つかもしれないからと母親が教えてくれていたらしい。その母親は3年前に亡くなったらしいが、リジェナは母親の教えてくれた事をしっかりと覚えていた。

 あまり時間は無かったが、何とか少しは踊れるようになった。ただ、リジェナと練習で踊っているとクーナはとても不機嫌だった。

 そしてリジェナもこの舞踏会に来る事になった。リジェナも舞踏会に興味があったのだろう。

 クーナはリジェナが付いて来る事に渋い顔をしたが、踊りを教えてもらった事もあり、自分と踊らない事を条件に承諾した。

 まあ、自分と踊れなくてもリジェナはかなりの美人さんだから踊る相手に苦労はしないだろう。

 そして舞踏会の当日、ドレス姿のクーナを見て息を飲む。クーナは元々綺麗な子だ。それがドレスを着る事でさらに美しくなった。

 こんな綺麗な女の子と踊れるなら何度でも舞踏会に行きたくなる。

 そして当日になって自分達はヴェロス王国へと向かった。

 ヴェロス王国の舞踏会へ参加するのは簡単みたいだった。舞踏会は一定の金銭を支払えば誰でも参加できるみたいだったからである。

 なんでもこの国の王妃の発案らしい。そのため、この舞踏会には様々な国の商人が参加しているようである。

 この舞踏会には経済的な目的もあると見て良いだろう。舞踏会に出す食べ物にはこの国の特産品が多く使われるらしく、また食べ物に限らず新商品も売り込んでいるみたいだ。

 コルフィナという王妃はかなり頭が良いらしい。

 そして王妃はこの国の市民に人気がある。なんでもこの国を影から支配していた悪徳商人を没落させたかららしい。そのお陰で物価が5分の1にまで下がったそうだ。

 また、人の往来も以前に比べてかなり自由になったと聞く。おかげで経済はかなり潤っているみたいだ。

 だけど、経済的な面では良くても治安の面ではあまり良いとは言えないだろう。なぜなら、自分達のような者も簡単に入り込む事ができる。まあ、おかげで舞踏会にも参加できるのだから良しとしよう。

 クーナと共に舞踏会の会場に入る。丁度1曲目が始まる所みたいだ。

 音楽が奏でられダンスが始まる。

 クーナの白い手を取り、クーナの細い腰に手を回し自分達は踊り始める。

 周りにはドレスを着飾った女性が沢山いるが目に入らない。クーナだけを見る。


「クロキ! クーナは楽しい! クロキと踊れてすごくうれしい!!」


 クーナが華やかに笑うと自分まで嬉しくなってくる。元の世界ならきっと自分と踊って喜んでくれる人はいないと思う。シロネがお情けで踊ってくれるぐらいだろう。

 でもこの世界にはクーナがいる。だからこの世界に来て良かったと思う。

 クーナみたいな綺麗な子と踊れるなら自分も嬉しい。

 クーナを見つめる。


「どうしたんだ、クロキ?」


 自分がクーナをじっと見つめるので聞いてくる。


「クーナがすごく綺麗だから」


 自分がそう言うとクーナの顔が真っ赤になる。

 その顔はすごく可愛かった。

 1曲目が終わる。

 自分とクーナは微笑み合う。

 すると何だか周りが騒がしい。周りを見ると沢山の男達に取り囲まれている。何なんだ?


「あの、姫君……、私と1曲踊っていただけませんか?」

「いえ、私と……」

「ぜひとも私と踊ってください」


 口々に男達が言い合う。どうやらクーナと踊りたい男達みたいだ。そこで初めて周りの状況に気付く。

 会場の視線がクーナに集まっている。

 耳をすますと「どこの姫君なのかしら?」「なんて美しい……」「なんであんな子が……」「あまり高くない身長に、きゅっとしまった腰、豊かな胸……。羨ましい」等とクーナを褒める声や妬む声が聞こえる。


「クロキ、こいつらは一体何だ?」


 クーナを見ると男達の様子を不思議そうに見ている。まるで状況がわかっていない。


「みんなクーナと踊りたいんだよ」

「なんだそれは? クーナはクロキ以外と踊る気はないぞ」


 とは言っても同じ相手と連続で踊る事はあまり良くない事であり、次の曲は一回休んだ方が良いかもしれない。ちなみに間に曲を挟めば連続にはならないらしい。


「何だ?」


 取り囲む男達の外側から声がする。すると突然道ができる。男達の退いた通り道を一組の男女が歩いて来る。

 その女性の顔を見たときに衝撃を受けた。

 美堂京華。

 その女性はレイジの妹であった。何でここにいるのだろう?レイジ達は大陸の西側に行っているはずだ。

 急いで視線を飛ばして会場にいる全員を確認する。レイジや他のレイジの女性達はいないようだ。

 だとしたら何故彼女はここに1人でいるのだろう?理由はわからない。少し気になる。

 横にいる男にも見憶えがあった。ダティエの息子のゴズだ。姿を変えている時はパルシスと名乗っているそうだ。クーナからそう報告を受けた時は驚いた。彼はアルゴアで一体何をやっているのだろう?

 そして気になるのは何故彼は美堂京華と一緒にいるのだろう?

 ゴズがこの舞踏会に出る事は知っていた。だけど美堂京華と一緒にいる理由がわからない。


「クロキ、あいつが何をやっているか気になる。少し話をしたいが良いか?」


 クーナがゴズを指して言う。自分もゴズが何をやっているのか気になる。そしてレイジの妹が何故ここにいるのかも気になる。


「いいよ、向こうの別室で話してくると良いよ」


 自分の言葉を聞くとクーナがゴズの所に行く。クーナの魔法ならゴズから情報を引き出せるだろう。


「お前と話をしたい。付いて来い」

 クーナが魔法を使うのを感じる。支配の魔法だ。ゴズの魔力ではクーナの魔法に抵抗できなかったみたいで目から光が消え操り人形みたいになる。

 そして、支配されたゴズはクーナに連れられて別室へと行く。

 後には自分とレイジの妹と沢山の取り巻きの男達が残された。

 美堂京華がじっと自分を見ている。連れ去られていくゴズの方を見ようともしない。

 自分の連れであるゴズが魔法にかけられて連れ去られたのにあまり気にした様子がない。

 ゴズの事はどうでも良いみたいだ。


「ちょっとあなた。どこかで会った事がないかしら?」


 美堂京華が聞いて来る。

 もちろん会った事はある。最初に出会ったのは聖レナリア共和国だ。その時に少し顔を見られたはずだ。

 そして彼女の言動から、自分が暗黒騎士である事を知らないみたいだ。そう言えば彼女だけ聖竜王の山にいなかった。理由はわからないが助かったと言える。


「いえ、会うのは初めてでございます、キョウカ姫」


 自分は一礼して嘘を言う。


「あら……。私の事を知っているのね」

「はい。勇者様達の事は有名ですから……」


 自分は言葉を濁す。

 美堂京華は少し考え込む。


「少し腑に落ちませんわね……。でもまあ良いわ、1曲踊っていただけません?」


 そう言って美堂京華は手を差し出す。

 踊って欲しいと言われて迷う。自分もクーナ以外と踊る気はなかった。

 しかし、彼女が何故ここにいるのか情報が欲しかった。だから彼女の誘いに乗った方が良いだろう。だから踊る事にする。


「よろこんで、姫君」


 自分は美堂京華の手を取る。

 細くて綺麗な手だ。もちろん綺麗なのは手だけではない。美堂京華はとても綺麗な女の子だ。

 だからこんな綺麗な子と踊れる事は光栄な事なのだろう。

 元の世界なら一緒に踊る事はもちろん、話す事さえできないに違いない。

 音楽が鳴り始める。

 2曲目が始まる。

 音楽が奏でられ、自分達は踊る。


「ヴェロスにはお1人で来られたのですか?」


 踊りながら聞く。


「いえ、カヤとシロネさんと言う方と一緒ですわ。今は2人ともどこかに行っているみたいですけど……」


 その言葉に驚く。シロネがここに来ている。そして、その言葉からレイジが来ていない事がわかる。レイジの動きは監視しているが、その他の女性の動きが完全に抜け落ちているのかもしれない。

 はっとして、キョウカの顔を見る。彼女はじっと自分の顔を見ていた。顔の良いレイジの妹だけあって、彼女はかなりの美人だ。見つめられてドキドキしてしまう。


「不思議ですわね……。あなたはわたくし達の事を良く知っているみたいですわね」


 彼女の目が自分を射抜く。


「はは、そうですか……」


 笑ってごまかす。あまり根掘り葉掘り聞くと怪しまれるかもしれない。

 少し黙っていよう。

 先程まではクーナばかり見ていたが、少しは周りも気にした方がよさそうだ。

 周囲に気を配ると男達の目が痛い。クーナが抜けた今なら、彼女がこの舞踏会の最高の花と言って良いだろう。そんな女性と踊っている自分に男達から敵意を感じる。だけど優越感に浸るような余裕はなかった。

 何時、自分の正体がばれるか気が気でない。

 美堂京華の様子から正体がばれてはいないようだが、怪しんでいるのは間違いがない。

 彼女の様子を見ながら踊る。

 優雅でゆったりとした曲であるにもかかわらず、彼女の胸がゆれる。

 その様子に彼女のドレスは胸元が開きすぎなのではないだろうかと思う。とても目のやりばに困る。

 女性をいやらしい目で見てはいけないと思う。だけど、相手から目をそらすのも失礼だ。だから、彼女を正面から見ながら、胸元に目が行かないようにしなければならない。

 ダンスをしながら自制心と煩悩が激しく戦っている。

 しかし、踊るたびに揺れるので目がどうしても行きそうになる。

 ふと気付くと彼女がじっと自分を見ていた。


「あの、何でしょうか?」

「まあ、あなたなら合格かしら。お兄様には劣るけど、あなたとならこの曲が終わった後もご一緒してあげても良いですわよ」


 レイジに劣ると言われて少し心に棘が刺さる。

 レイジに劣る事はわかっている。だけど言われたくない。


「いえ。遠慮しますよ、姫君。あなたのような美しい方を独占すると他の男から恨まれそうだ」


 だから、嘘を言って断る。

 それにシロネ達が来ている以上あまり長くここにいるのは危険だ。

 クーナには悪いけど、なるべく早くナルゴルに帰った方が良いだろう。


「なかなか奥ゆかしい方ですのね。ですけど、遠慮しなくてよろしいのですわ」


 美堂京華が笑いながら言う。

 だけど、別に遠慮したわけじゃない。

 そもそも彼女と自分とでは釣り合わないだろう。彼女も自分と踊るよりもどこぞの王子様と踊った方が良いはずだ。


「きゃああああああああ!!!!」

 突然会場の端から叫び声が上げられる。


「何だ?」

「何ですの?」


 自分とキョウカは声がした方を見る。


「オーガだ!!」

「なんでこんな所に!!」

「きゃああああ助けて!!!」


 悲鳴が会場のあちこちから聞こえる。

 周囲を見渡す。巨大な8つの影がこの会場を取り囲んでいる。

 取り囲んでいる種族は以前に一度見たことがあった。2~3メートル程の巨大な体に鋭い牙を持った亜人種オーガ族だ。

 そのオーガ族が舞踏会の会場に入り込んでいた。

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