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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
36/195

北の都

◆剣の乙女シロネ


 ヴェロス王国はナルゴルにもっとも近い地域にある人間の国で最大の国だ。

 アケロン山脈の南に広がる蒼の森。その中心に流れる河の河口にその国はあった。

 人口は約15万人。魔物の多い地域であるため、城壁の外に外街は無い。このあたりの国は貧しい国が多いがヴェロス王国だけは違った。ヴェロス王国は、この地域でのみ取れる林檎に似た果実の最大の生産国である。

 その実は甘く、お酒の材料や調味料にも使えるため様々な国で需要がある。

 そのヴェロスの果実は、遥か南の聖レナリア共和国までも輸出されている程だ。

 今、私とキョウカさんとカヤさんはそのヴェロス王国の王宮にいる。ちなみにヒポグリフはこの国の馬舎に預けている。

 他の馬達には可哀そうだが、他に預けられる場所がなかったので仕方がない。


「これはこれは、シロネ様。よくぞこのヴェロスにおいで下さいました」


 目の前にいる50歳位の男性はこの国の王様であるエカラスだ。彼に会うのは2度目になる。

 エカラスは太った恰幅の良いオジサンで、娘よりも年下である私達にも嫌な顔をせず敬語で話す。

 彼の容姿は少しエチゴスと似ている。だけど、似ているのは名前と外見だけで中身は全然違うみたいだ。


「シロネ様。そちらが勇者様の妹君で?」


 エカラス王が私の右側に偉そうに座っているキョウカさんを見る。

 本来なら、この国の王様が立っているのだから立って応対するべきなのに座ったままだ。レイジ君ならともかく、その態度はまずいかもと思う。

 だけど、カヤさんは全くキョウカさんを注意しない。むしろ当然と思っているみたいだ。


「その通りですよ、ヴェロス王。このお方こそ、勇者レイジ様の妹君、キョウカお嬢様です。お嬢様がこの国にしばらく滞在します。その手配をよろしくお願いしますよ」


 カヤさんが偉そうに言う。


「はははっ。もちろんですとも。このヴェロスに好きなだけ滞在していてください」


 カヤさんの無遠慮な申し出にも怒らず、エカラスは笑って了承する。

 エチゴスの時と違ってその視線には怪しい所はない。前に会った時も良い人だと思ったが、変わっていないようだ。

 クロキの情報を得るための拠点として私達はヴェロス王国を選んだ。

 もっと近い国としてアルゴア王国があったが、アルゴア王国は過去に争った事があるので滞在先として不向きであり、またこのヴェロスの方が豊かで滞在するには良いと判断したからだ。


「ところでお嬢様方。実は明後日に舞踏会があるのですが、皆様も出席してはいかがでしょうか?」

「「「舞踏会?!!」」」


 私達の言葉が重なる。

 エカラス王のその言葉に私達は顔を見合わせた。

 どこの世界においても上流階級の付き合いという物がある。いわゆる社交界はこの世界でもある。

 特に魔物が多いこの世界においては、人間は協力して生きていかねばならない。

 それは城壁の中だけでなく、城壁を越えた国家間でも協力していくのが望ましく、国々の王侯貴族や上流階級が集まって、交流会みたいな物が多く開かれる。いわゆる、国同士のコミュニケーションである。

 それは単純な会合だったり晩餐会だったりお茶会、そして舞踏会だったりする。

 私はレイジ君やチユキさんと旅をしている時に何度か晩餐会や舞踏会に参加した事があった。

 舞踏会と言っても様々な様式があり、私が最初に思い浮かべたようなシンデレラに出て来るような舞踏会ばかりじゃなかったりする。

 地域によってはフォークダンスみたいな舞踏会やアメリカの映画に出て来るようなダンスパーティーみたいなのもあったりする。

 チユキさんに言わせれば、日本のお祭りの盆踊り等もある意味舞踏会と同じとの事だ。

 まあでも、着ている衣装は多少違ってもシンデレラに出て来る舞踏会と同じように優雅な曲に合わせて男女ペアになって踊るのが一般的みたいだ。

 このヴェロスで催される舞踏会も一般的な舞踏会みたいである。


「どうする?」


 私はキョウカさんとカヤさんに聞く。

 常識的に考えるなら出席するべきだろう。

 エカラスは別に強制しているわけではないが、これからお世話になる相手である。折角のお誘いを無下にするのは悪いだろう。

 少なくとも私だけでも出るべきだろう。

 しかし、エカラスには悪いがあまり乗り気にはなれなった。

 なぜなら、舞踏会には婚活の意味合いもあるからだ。

 レイジ君と共にこの世界に来た私達は、何人もの男性から求婚を受けた。

 中にはどこかの国の王子様もいたし、どこかの国の貴族の嫡子もいた。

 普通ならそういった貴公子から求婚を受けるというのは非常に光栄な事なのだろうけど、正直魅力を感じなかった。

 なにしろ皆貧弱だ。私達の力なら、普通の男性はちょっと強く手を握ったくらいで骨の折れてしまう。そのため、気を付けて踊らなければならない。そんな男性と一緒に踊っても面白くないし、結婚を求められても受ける気はしない。

 そもそも玉の輿に乗らなくても私達の力を持ってすれば、どこかの国の王様になるなんて簡単だ。王子という地位も魅力を感じない。

 それにどうしてもレイジ君と比べてしまう。

 レイジ君に見劣りする人達からいくら言い寄られてもめんどくさいだけである。

 そのため、リノちゃんはさっさと出るのをやめた。ナオちゃんは最初から興味が無い。サホコさんは注目をあびるのが苦手なため、そもそも出席しない。当然、私も出席することは無くなった。

 さすがに誰も出ないのも悪いと言う事で、今はレイジ君とチユキさんだけが出席している。

 そして、今回もできれば参加したくないなと思った。

 キョウカさんの方を見る。

 キョウカさんもまた乗り気ではないのか渋い顔をしている。

 キョウカさんは黙って立っていればものすごい美人だ。

 この世界ではもちろん、元の世界でも彼女と付き合いたいと思う男性は多いだろう。実際に私などよりも沢山の人から言い寄られているみたいだ。そして、その事にかなりうんざりしているようだ。だからきっと参加はしないだろう。


「わかりました。その舞踏会には出席いたします。よろしいですね、お嬢様?」


 しかし、カヤさんが参加を了承する。


「カヤ! 何を勝手に!!」


 キョウカさんが慌てる。


「お嬢様! こういった事はお嬢様の仕事ですよ! それにいい加減、お嬢様はレイジ様から離れるべきです。これを機会に他の殿方に慣れた方が良いはずです!!」

「うう……」


 カヤさん迫力にキョウカさんも何も言えなくなる。

 いつもは傍若無人なキョウカさんだが、カヤさんにだけは頭が上がらない。

 あいかわらず二人の関係はよくわからない。

 でもキョウカさんには悪いが、こういう事はレイジ君の妹だけあってキョウカさんに似合っていると思う。彼女のドレス姿はとても綺麗だろう。


「はあ……わかりましたわ、カヤ……」


 カヤさんの迫力にキョウカさんと私はしぶしぶ承諾する。


「ははは、これで舞踏会も盛り上がるでしょうな」


 こうして私達は明後日の舞踏会に参加する事になった。






◆アルゴアの王子オミロス


 パルシスと共に馬に乗って、ヴェロス王国に付く。朝早くにアルゴアを出たのに時刻はすでに夕方になっていた。

 ヴェロス王国は広い国であり、都市部だけでなく森も城壁で囲んでいる。森の木々はヴェロスの産業の1つでヴェロスの果実と言われる甘い実をつける。

 城壁を見ると高い城壁の至る所に装飾が施されているのがわかる。

アルゴアは魔物に対する砦が元になっているためか、どの建物も無骨な造りになっている。アルゴアとはえらい違いだ。

 ヴェロスはアルゴアと違って豊かな国だ。

 ヴェロスはこの地域における産業と交易の拠点として発展してきた。

 人口も多く、アルゴアの3倍以上もある。国も豊かで富はアルゴアの10倍以上はあるだろう。

 そのヴェロス王国はこの地方の中心国家であり、その王家主催の舞踏会には周辺諸国の王族や貴族が軒並み集まる。もちろん自分もその内の1人だ。

 舞踏会は明後日だが、早く来たのには理由がある。

 自分はダンスが踊れない。それは横にいるパルシスも同じだと思う。

 そもそも踊れなくても生きる事に支障はない。

 戦士としての教育は受けたが、ダンスを習った事などない。それが王子になったばかりにこんな難題を押し付けられる。

 父であるモンテスに文句を言いたくなる。本来なら父が出席するべきなのだが、踊るのが嫌だからと自分に押し付けたのだ。

 この舞踏会にはアルゴアの未来がかかっている。そんな重要な仕事を自分ができるだろうか?

 先代のキュピウス王の時にアルゴアは孤立し貧しくなった。その孤立を解消するためにも、この地域最大の国であるヴェロス王国と仲良くする必要がある。

 舞踏会には様々な国の王侯貴族が集まるので、孤立を解消するには打ってつけの舞台だ。

 うまくすれば良い印象を各国の指導者に与える事ができるだろう。

 だからこそ気は乗らないが舞踏会には出席しなければならなかった。


「舞踏会、楽しみですね、王子」


 横にいるパルシスが興奮気味に言う。

 パルシスは自分と違って舞踏会が楽しみのようだ。自分と同じように踊れないはずだが、不安ではないのだろうか?

 踊れない事にはどうにもならない。だからエカラス王にダンスを踊れる人物を紹介してもらうつもりだ。

 アルゴアで踊れる者は1人もいない。そのために早く来て練習するつもりだったのだ。

 時刻は夕方だが、まだ王に謁見をする事はできるだろう。

 自分達は王宮に向かった。

 王宮に付くと門番にアルゴアの王子が来たことを知らせる。

 まだ王子を名乗る事に抵抗があるが仕方がない。

 王宮の衛兵が来て自分達は案内される。


「おお、よく来たね。オミロス王子にパルシス君」


 部屋に入るとエカラス王が自分達を出迎えてくれる。彼こそがキュピウス王に婚約者を奪われた王子である。

 そのため、キュピウスが王位にいる間はヴェロスとアルゴアは仲良くする事ができなかった。


「舞踏会にお招きいただき有難うございます」


 自分は礼を言う。

「いやいや、良いとも良いとも。これからはアルゴアとも仲良くしていきたいものだよ」


 エカラス王は明るく笑う。エカラス王は大らかな人柄で本当はキュピウス王の元に行った婚約者を許したかったみたいだが、周りが許さず国交が断絶された状態になっていた。だけど、これからはうまくやっていきたいと思う。


「それにしても早い到着だね。舞踏会は明後日の夜だよ」

「実は舞踏会の事でお願いしたい事がございまして」

「なんだね?」

「実は私とパルシスは踊る事ができません。どうか踊る事ができる女性を、もしくは踊りを教えてくれる人を紹介してはいただけないでしょうか?」


 自分が言うとエカラス王は笑う。


「わははは、なるほどね。良いとも良いとも。どちらも紹介しようではないか」

「できれば美しい女性が良いのですが」


 パルシスが図々しい事を言う。


「パルシス!!」


 自分は慌てる。こんな事で不興を買いたくない。


「いやいや、結構結構。君達にはとびきりの美人を紹介してあげよう」


 だが、エカラス王は気にしていないみたいだった。その態度にほっとする。


「美人ですか。それはとても楽しみです」


 パルシスが嬉しそうに言う。

 溜息が出る。そして問題が起こらない事を祈るのだった。





◆剣の乙女シロネ


「初めまして、姫君。私はパルシスと申します。あなたのような美しい方と踊れるとは光栄でございます」


 パルシスと名乗った男がキョウカさんに頭を下げる。

 キョウカさんの顔が引きつっている。

 人の顔をあまり悪く言いたくはないが、パルシスという男性の顔はゴブリンに似ていた。はっきり言ってすごいブサイクだ。また正直に言えば、あまり一緒にいたい相手ではない。

 しかし、彼も好きでこんな顔に生まれたわけではないのだから、あまり悪く思うのはやめよう。

 ただ気になる事が1つあった。

 パルシスという男性は、魔法で姿を美しく見えるようにしているみたいなのだ。

 私の目なら彼の本当の姿を見る事が出来るので、パルシスのいやらしく欲望に満ちた顔がはっきりとわかる。

 キョウカさんは私以上の魔力があり、カヤさんは私と同じ位の魔力があるので、彼女達もパルシスの本当の姿が見えているだろう。

 私達には及ばないまでも人間にしてはかなりの魔力を持っている事は間違いない。

 私達はこの世界に来た時からなんの修行もせずに魔法が使える。だけど、この世界の一般的な人間はかなり魔力を持っている者でも、かなりの修行をしないと魔法は使えないらしい。

 きっと彼もかなりの魔法の修行をしたに違いない。

 容姿を変える魔法を習得する事は難しかったのかもしれない。

 その彼は、優雅な動作でキョウカさんに礼をしている。

 もっとも、そのキョウカさんは自分の好みとあまりにもかけ離れた男性を紹介された事で顔が強張っている。

 舞踏会のパートナーがいない私達に紹介して来たのがこのパルシスと横のオミロスである。

 エカラスはパルシスを、キョウカさんにオミロスを私のパートナーとした。

 エカラスの目では彼は美男子に見えているのだろう。

 一応、キョウカさんが私達のリーダーとなっている。だからエカラスはリーダーであるキョウカさんに一番良い男性を紹介したつもりなのだろう。

 でも真実の姿なら、パルシスよりそれなりの容姿のオミロス方が良い。


「これで美男美女のカップルの誕生です。明後日の舞踏会が楽しみですな」


 エカラスは笑いながら言う。エカラスはパルシスを美男子だと思って疑っていない。

 エカラスにパルシスの本当の姿をいうべきだろうかと思うけど、今まで彼は容姿で苦労したかもしれないので言わないでおく。


「あの、できれば他の方が……」


 キョウカさんがチェンジを要求する。


「いえ、このお方でよろしいです」


 キョウカさんが他の男性に変えてもらおうとするのをカヤさんが遮る。


「カヤ!!」

「お嬢様、これも試練ですよ。この方で耐性をつければ、この先どんな殿方とも踊る事ができるはずです」


 カヤさんも結構酷い事を言う。

 実はキョウカさんは、レイジ君と違って異性が苦手だ。

 そして、私はカヤさんがキョウカさんのそんな所を変えたいと思っている事を知っていた。

 もちろん、キョウカさんを自分以外に渡すつもりはないだろう。

 だけど、パルシスが相手では少し荒療治が過ぎるのではないだろうか?

 ちなみにカヤさんは踊らない。自分は裏方だから良いそうだ。

 カヤさんが参加すると言い出したのに1人だけ舞踏会に出席しない。そこはキョウカさんと同じく私も少し納得できなかったりする。


「ねっ!ねえ!!シロネさんパートナーを交換してもよろしくてよ」


 キョウカさんが私を見て提案する。


「ごめんなさい、キョウカさん……。私もちょっと……」


 私はキョウカさんに頭を下げて断る。できれば私もパルシスは遠慮したい。

 キョウカさんが私の方に恨めしそうな目を向けるが知らぬ顔をする。


「ううっ……」


 キョウカさんがうなる。


「どうかなさいましたか?」


 エカラスが心配そうに言う。エカラスとしては善意でパルシスを紹介しただけに文句も言えない。


「いえ、何でもありませんわ……。舞踏会はよろしくお願いしますわ……パルシス卿」


 どうやら観念したようだ。うな垂れながら言う。

 キョウカさんがそう言うとパルシスが嬉しそうに笑う。嘘の顔ならきっと爽やかなのだろうけど、真実の顔が見える私にはいやらしい笑いに見える。


「それでは後は若い方でお話をされてください。では私はこれで」


 エカラスは笑いながら部屋をでる。

 後には私達5人が残された。

 パルシスがキョウカさんに楽しそうに話かけている。よほどキョウカさんと踊れる事が嬉しいのだろう。ちなみにキョウカさんの顔はひきつったままである。

 まあ確かにキョウカさんはとても美人だ。この世界に来る前から綺麗だったけど、この世界に来てからさらに美しさに磨きがかかったように見える。

 黒よりも少し明るい髪の色はこの世界に来てから黄金に輝き、白い肌はさらに艶を増した。パルシスで無くてもキョウカさんと踊りたいという男性はきっと多いだろう。

 もっとも、今のキョウカさんの顔色は悪く、美しさに少し陰りが出ていたりする。

 私は心の中でキョウカさんに合掌をして自分のパートナーの方を向く。


「よろしくね……。えーと、オミロスさんで良かったかな?」

「はい、よろしくお願いします、シロネ姫。私はアルゴアのオミロスです」


 オミロスが私に頭を下げる。少し気になる事を言った。


「アルゴア? リジェナ姫の所の?」

「リジェナを知っているのですか!!」


 私がリジェナの名を口にするとオミロスが大声を出す。


「ええ……。前にアルゴアに行った時に少し見た事があるぐらいだけど」

「そうですよね、勇者様と一緒だったのなら会った事はありますよね。私はその時にアルゴアにいなかったので……」


 オミロスが俯きながら言う。

 顔の表情がとても暗い。その様子はただ事ではない。


「ねえ、オミロスさん。もしかしてリジェナ姫に何かあったの?」


 一応レイジ君がリジェナ姫の事を気にしていたから聞いておこうと思う。


「はい、実は……」


 オミロスがアルゴアで起こった事を話始める。


「そんな事があったの……」


 私はオミロスの話を聞いて茫然とする。まさか、リジェナ姫がそんな酷い事になっているとは思わなかった。


「本当に悲しい話ですわね」


 横で話を聞いていたキョウカさんが涙ぐみながら言う。


「敵対し合う家、引き裂かれた2人。過去に読んだ事のある物語みたいですね」


 カヤさんがしんみりと言うと私とキョウカさんが頷く。


「ええ、私も読んだ事がありますわ……。とても悲劇的なお話でしたわ」

「私も読んだ事がある。確か10人ずつ代表を出して殺し合う忍者の話だよね……。悲しい話だよね……」


 私が言うと2人がこちらを見て変な顔をする。あれ?何か違ったかな。


「私の読んだ話とずいぶん違いますわね……」

「はい、そんな魔界じみた話ではなかったと思います」


 なんだろう2人が残念そうな顔でこちらを見ている。一体何なのだろう?


「リジェナ姫の事は私も残念に思いますよ、王子。それを忘れるためにも舞踏会を楽しもうじゃありませんか!!そう思いませんか、キョウカ姫」


 パルシスがキョウカさんの手を取って言う。

 パルシスに手を取られたキョウカさんの顔が青ざめているのがわかる。


「えええええ、そうですわね」


 キョウカさんが手を振りほどきながら言う。

 さすがにパルシスに悪いのではと思うが、言わないでおく。自分が当事者なら同じ事をしたかもしれないからだ。

 オミロスは少し離れた所で違う所を見ていた。リジェナ姫の事を考えていたのかもしれない。

 パルシスではないが、舞踏会で少しでも元気がでたら良いなと思った。





◆白銀の魔女クーナ


 再びカロンの女王の間に立つ。


「あの……閣下は?」


 ゴブリンの女王がクロキの姿を探す。


「クロキは来ていない。用件はクーナが聞く」


 当り前だ。愛しいクロキをお前のような女の前に連れて来れる訳がない。

 ゴブリンの女王は残念そうな顔をする。


「話はなんだ、ゴブリンの女王?」


 ゴブリンの女王はため息をつく。


「実は先日報告したアルゴアの英雄パルシスの件なのですが……。実はパルシスは姿を変えたわたくしの息子であるゴズだったのです。息子はナルゴルに敵対する気はないと言って来たのです」


 ゴブリンの女王の言葉でパルシスの事を思い出す。姿を変えているみたいだったが、クーナの目はごまかせない。あの顔は目の前のゴブリンの女王に確かに似ていた。


「そうか、それで?」

「折角、閣下が動いてくれたにもかかわらず、申し訳ないのですが……、この件は終わりとしたいのです」


 ゴブリンの女王は頭を下げる。

 少し考える。

 女王には悪いが、この件から手を引く気になれなかった。

 あの時、確かにあの者達はリジェナの名を口にしていた。

 なぜリジェナの名を口にしていたのかまではわからなかった。何とかその理由を確認したい。なぜなら、理由によってはリジェナをクロキの側から排除できるかもしれないからだ。


「わかった、それはクロキに伝えておく。それであなたの息子は何をしているの?」


 内心を隠し聞く。

 女王の息子が何をしようとしているのか?それは聞いておかなくてはならない。


「何をしているのかまでは聞いていないのですが……。そういえば、今度ヴェロスとかいう人間の国で舞踏会に行くと言っておりましたわ」


 ゴブリンの女王の言葉に気になる事があった。

 舞踏会。

 前にクロキが読んでくれた物語に舞踏会が出てきたのを思い出す。何故か心が魅かれた。

 その舞踏会にクロキと一緒に踊る光景を思い浮かべる。中々良い光景だった。


「舞踏会か……」

「はい、舞踏会です。その舞踏会に行くから媚薬が欲しいとも言っておりましたわ」

「媚薬?」


 それも、ちょっと気になった。


「はい、男を奮いたたせる薬です。魔王城の西にある闇の森に住む妖蜂の蜜を元に作られた物です。それを男が飲めば、さかりのついたケンタウロスのように腰を振り、もし女が飲めばさかりがついたエルフのように腰を振るでしょう」


 その言葉に興味が出て来る。


「もしよろしければお1つ差し上げますが?」

「本当か!!!」


 思わず大きな声が出てしまう。


「ただし、条件があります」

「むっ……なんだ……?」


 ただでは無いと知って少し警戒する。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ただその御髪を一本いただきたいだけですわ」


 ゴブリンの女王の言葉に拍子抜けする。髪の毛一本ぐらいならあげても良いだろう。


「わかったぞ。髪の一本ぐらいならやろう」


 髪を一本引き抜くとゴブリンの女王に渡す。


「確かにいただきました。薬は後で持って来させますわ。その薬をお茶に混ぜて閣下に飲ませると良いでしょう。グフフフフ」


 ゴブリンの女王がいやらしく笑う。おそらくクロキの事を考えているのだろう。

 その笑みは不快だが今は我慢しよう。

 やがて、一匹のゴブリンが薬を持ってくる。綺麗な小瓶に入った透明な薬だ。


「薬の事は礼を言うぞ、ゴブリンの女王」


 そう言って薬を受け取りカロン王国を後にしたのだった。





◆剣の乙女シロネ


 鏡には水色のドレスを纏った私がいる。

 くるっと1回転をすると、スカートがふわっと舞う。

 うん。我ながら綺麗だ。

 だけど隣には負けるような気がする。

 隣には薔薇色のドレスを着たキョウカさんがいる。ドレス姿のキョウカさんは本当に綺麗だ。

 すらりとしたスタイル。きゅっとしまったウエスト。大きく開いた胸元からは彼女の豊かな胸の谷間が見えている。思わず同性の私も覗き込みたくなる。


「姫様方、とても似合っていますよ」


 エカラスの妻であるコルフィナがドレス姿の私達を褒める。その態度には全く偉ぶった所がなく、好感が持てる。王の妻であるはずなのにコルフィナは全く王妃らしくない。

 エカラスと同じくコルフィナに会うのも2度目だ。

 チユキさんが聞いた所によるとコルフィナは元々は商人の娘であるらしく、父親と共にヴェロスに商売に来た時にエカラスに見初められ、そのまま妻になったらしい。玉の輿である。

 ただ身分が低いコルフィナが王妃になる事に反対する者も多かったそうだ。

 しかし、婚約者がアルゴアの王と駆け落ちして以来、ずっと落ち込んでいたエカラスの事を考えれば周りの者達は了承するしかなく、最後には2人の結婚を認めたようだ。

 コルフィナは奥ゆかしい美人であり、そんなコルフィナと結婚したエカラスは明るくなった。

 コルフィナは商人の娘なだけあって帳簿にくわしく、夫を財政の面から支えている。おかげでヴェロスはさらに豊かになり、今では誰もが彼女を王妃として認めている。

 そしてエカラス王との間には今年で5歳になる息子がいる。

 チユキさんも良妻の見本と言って彼女を褒めていた。特に夫に操を立てて、レイジ君を寄せ付けなかった所が特に良いとの事だ。

 この国に来てから一晩経ち、私達は舞踏会で着るためのドレスをそのコルフィナから借りている所だ。

 エカラスはコルフィナのために、沢山の衣服や貴金属をプレゼントしたらしく。衣装部屋には全く使っていないドレスが沢山あるので、そのいくつかを借してもらえる事になった。

 この世界の服飾技術は国によってまちまちだ。やたらと高い国もあれば、やたらと低い国がある。

 だけどヴェロス王国ほどの大きな国なだけに高い。

 私とキョウカさんが着ているボールガウンに似たドレスは、かなり優美で元の世界にも引けを取らない。


「胸元が開きすぎですわ……」


 キョウカさんが文句を言う。

 コルフィナは細っとした体形で胸もあんまり大きくない。私であれば胸がきついだけですむが、かなり胸の大きいキョウカさんは苦しそうだ。

 そのため、胸元を大きく開く形に修正しなければならず、結果、かなり色っぽい衣装になった。


「確かに開きすぎですね。ですが、とても魅力的だと思います。パルシス殿も喜ばれるでしょう」


 コルフィナがパルシスの事を口に出すとキョウカさんが微妙な顔をする。

 そもそも、キョウカさんはパルシスと踊りたいと思っていない。

 私もオミロスには悪いが、どうせならレイジ君と踊りたいと思う。

 一度だけ踊った事があるが、レイジ君と踊りたい女の子は多くて順番待ちなどもあって、短い時間しか踊れなかった。もし、また踊る機会があるなら今度はゆっくり踊りたい。

 クロキとも踊りたいと思う。クロキはこういった舞踏会とか目立つ事や華やかな場所に出る事が苦手だ。だけど、今の私の姿を見れば考えを改めるかもしれない。

 クロキの容姿はそんなに悪くないのだから、もっと明るい所に出るべきだと思う。暗いナルゴルにいるべきではない。絶対に取り戻してやる。


「大丈夫ですよ、お嬢様。もし、お嬢様に不埒な事をしようとしたならば、きっちり潰してねじ切って差し上げますから」


 カヤさんの言葉に私とコルフィナが苦笑する。

 どこを潰してねじ切るのかは聞かないでおく。

 こことは違う所でダンスを教えてもらっているパルシス達には聞かせられない。

 でも、美人なキョウカさんと踊れるのだ。それぐらいは覚悟してもらおう。

 何はともあれ明日は舞踏会だ。さっさと終わらせてクロキの情報を集めたいと思うのだった。


 



◆元代官のエチゴス


「くそ……これからどうすれば良いんだ……」


 ヴェロス王国の道を歩きながら今後の事を考える。

 自分とダイガンはあの後、鬼のような女に鎖で拘束されるとヒポグリフに運ばれて、この国へとやって来た。

 途中何度もヒポグリフを休ませていた。自分達を運ぶ事でヒポグリフに負担が大きくなったらしい。だったらさっさと解放しろと言いたい。

 ダイガンは今でも牢屋にいるだろう。人狼を野放しにできるわけがないから当然だ。

 自分は普通の人間だと言う事であり、牢屋に閉じ込めておく事で費用がかかると言う事で一晩牢屋に入れられただけで釈放となった。

 無事に釈放になったのは良いが、一文無しだ。これからどうすれば良いのだろう。

 コキの国の自分の屋敷の隠し部屋には、ため込んだ金貨が隠されている。何としても取りに戻らねばならない。

 しかし、コキの国に戻るには金がかかるだろう。当面はこの国で金を稼がなけれならない。

 どうやって金を稼ごうか?

 この国は商人に優しい。それはこの国の王妃が商人出身であるためだ。

 王妃は貞淑な権化、淑女の鏡等と呼ばれている。

 だが、自分達商人仲間では別の評価を受ける。計算高い女と。

 過去に勇者を袖にしたらしいが、当然だ。王妃は元々は身分の低い商人の出身だ。勇者の誘いに乗ればせっかく手に入れた王妃の地位を無くしかねない。実家だって破滅するだろう。

 そんな危うい事を王妃がするわけがない。勇者は常に助けてくれるわけではないのだから。

 今では王の寵愛を受けてこの国の影の支配者だ。

 かつて自分はこの国の大商人の手代だったが、王妃のせいで得意先をすべて無くし没落した。おかげで自分は放浪するはめになった。

 王妃は一見穏やかで優しそうに見えるが、かなりのやり手だ。何時の間にか王妃の思いどおりになっている。

 その王妃の作った商法は隙がなく、抜け穴が見つからない。だからと言って地道に稼ぐなんてやりたくない。どうすれば良いか?


「待ちな」


 考えていると声を掛けられる。

 振り向くと大柄な男が2人とその間に老婆が1人いる。声は大柄な男の1人から発せられたようだ。

 この3人に見覚えが無い。


「あの、何でございましょうか?」


 自分は丁寧に答える。大柄な男からは暴力的な気配を感じる。この男達の太い腕なら自分など簡単に殺せるだろう。

 だから下手に出る。


「お前、確かゼングの所にいた人間だな。確か名前はエチゴスだったよな?」


 ゼングの名を聞いたとき、自分の背中から冷や汗が出る。


「どうやら当たりのようだな」


 大柄な男が笑う。その口から牙みたいなのが見えた気がした。

 ゼングの名を出すと言う事は、この3人はオーガと言う事になる。一見、人間にしか見えないが化けているのだろうか?

 魔物の中には人間に化ける者もいる。有りえない話ではない。

 そして、老婆を見る。

 オーガでゼングの名を出すと言う事はこの老婆の正体は、あの怖ろしいゼングの母親であるかもしれない。

 逃げなければ。


「あ、あの人違いではないでしょうか?」


 自分は後ずさりながら言うと踵を返して走ろうとする。


「ぐへっ?!」


 そこで転んでしまう。まるで足と地面がくっついたような感触だった。


「お前の影は押さえた。このクジグから逃れられると思ったのかい?」


 上体を起こし足元を見ると老婆の杖が自分の影にあたっている。どうやら魔法で動けなくされたよ

うだ。

 クジグと言う名前は知っていた。ゼングの母親だ。そして蒼の森の女王と呼ばれるオーガの魔法使いだ。

 魔女クジグの名前は大陸北部で有名だ。

 蒼の森の奥深くにある砂糖菓子の宮殿に住み、その甘い匂いは遥か遠くの人間の国まで届く。そして知らないうちにその甘い匂いに引き寄せられ、クジグの餌食になってしまうのだ。

 老婆が寄ってくる。その口には怖ろしい牙が生えているのが見える。恐怖で体が震える。


「さあ、知っている事を全部喋ってもらおうかねえ」


 クジグが笑う。その笑みはとても恐ろしかった。

少しづつ更新していきたいと思います。

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