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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
35/195

王子とゴブリン

◆少年オミロス


 月が照らす森の中。なるだけ、影にならない場所を2人で歩く。


「ごめんね……ごめんね……オミロス。私が花を取りに行きたいなんて言わなければ……。こんな……。こんな……」


 リジェナは泣きじゃくる。

 アケロン山脈の麓に咲く花に病気を治す効果がある。

 それを知ったリジェナに病気の母親のために取りに行きたいと、誘われて付いて来た帰り道だ。

 僕達は道に迷い森の中を歩いている。すでに日は落ちあたりは暗くなっている。


「いいよ、リジェナ。僕はリジェナの力になりたいと思っているんだ。これぐらいどうって事ないさ」


 そう言ってリジェナを慰める。

 僕も暗い夜道は怖い。だけど、リジェナの前でカッコ悪い所は見せたくなかった。


「大丈夫だよ。きっとみんなが探しに来てくれる。絶対戻れるよ!!」


 そう言うとリジェナは頷く。


「うん、オミロスが言うなら……」


 僕達は再び歩き始める。

 その時、後ろから何かが付いて来る気がした。


「オミロス……何だか後ろから付いて来る人がいるみたい……」


 リジェナも感じたのか不安そうに言う。


「うん、僕もそんな気がする……」


 僕達はアケロン山脈を背にして歩いているはずだ。自分達の国アルゴアはもっともナルゴルに近い国である。その境界となるアケロン山脈とアルゴア王国の中間に、人間の住む場所はなかった。付いて来ているのは人間ではないと思う。ゴブリンかもしれなかった。

 ゴブリンの事は母親から散々聞かされてきた。とても恐ろしい魔物だ。

 捕まったらどうなるかわからない。


「もしかして、ゴブリンかな……」


 今まさに自分が思っている事をリジェナが言う。


「リ、リジェナ! 歌おう! ゴブリンは歌が苦手なはずだ!!」


 母親から聞いた事がある。ゴブリンは綺麗な歌声が苦手なはずだ。何故かはわからないけど、人間の歌声はゴブリンにとってすごく不快な物らしい。


「歌を……歌うの?」

「うん、そう! 歌を歌おう! リジェナの声は綺麗だからゴブリンはきっと近づけないよ!!」


 前にリジェナの歌を聞いた事があった。とても綺麗だったのを覚えている。


「うん。わかった、オミロス。でも何の歌を歌う?」

「前に僕の前で歌ってくれた事があったよね。その歌がいいな」


 僕がそう言うとリジェナは頷く。


「わかった、歌うね……。

 森の奥のかたすみで

 愛を探す黒い鳥

 愛を求めて山を越え

 青い空を飛んでいる

 緑の森の真ん中で

 白い鳥に会いました

 黒い鳥は歌うけど

 白い鳥は歌わない

 黒い鳥は泣きながら

 赤い夕陽へ飛んでいく」


 歩きながらもリジェナが歌う。

 夜の森の中で綺麗な声が響く。

 僕はその歌に聞き惚れる。繋いだ手の震えが少し無くなっている。歌う事で少し怖いのが薄れたみたいだ。

 後ろから近づいていた気配がなくなっている。

 このまま何も無く帰れそうだと思った。


「綺麗な声だな、お前……」


 暗がりから声を掛けられる。

 歌うのをやめたリジェナと共に暗がりを見る。そこに何者かがいる。


「だっ、誰だ!?」


 リジェナを庇うように前に出る。

 暗がりから何者かが出て来る。


「ゴブリン……」


 月明かりが差す中で出て来たのはゴブリンだった。

 リジェナが歌っていたのに出てきた。ゴブリンの中には歌が苦手ではない者もいるのだろうか?


「俺はゴブリンじゃねえ、人間だ」


 ゴブリンが不機嫌そうに言う。


「嘘だ! 僕は前にゴブリンを見た事がある。お前の顔はゴブリンだ!!」


 確かに、目の前のゴブリンは前に見たゴブリンに比べると人間に近かった。だけど、その顔つきはゴブリンと変わらない。だから、ゴブリン人間と言うべきかもしれない。


「ちっ!!信じねえか。だがまあいい」


 ゴブリン人間はそう言ってリジェナを見る。


「そこのメスが歌うから、手下が逃げちまった。だから俺が出るしかなくなったぜ」

「歌から逃げる?やっぱりゴブリンじゃないか!!」


 しかし、ゴブリン人間は首を振る。


「手下共はゴブリンだが、俺様は人間だ」


 その言葉に驚く。ゴブリンは人間を襲う魔物であるはずだ。少なくともそう教わった。

 そのゴブリンを手下にできるのだろうか?


「もし本当に人間なら僕たちを助けてよ!!」


 僕がそう言うとゴブリン人間は意外そうな顔をする。


「なぜ俺様がお前を助ける? オスはいらねえよ」


 ゴブリン人間の目がリジェナに向けられる。

 その目は怪しく光って見えた。


「逃げよう、リジェナ!!」

「うん!!」


 このゴブリン人間から危険な物を感じ取った自分は、リジェナの手を取り走ろうとする。


「させるか! 麻痺パラライズ!!」


 しかし、ゴブリン人間が叫ぶと体が鈍く痺れる。

 リジェナも体が痺れたらしく膝を付く。


「リジェナ!!」

「御免……オミロス……」


 リジェナが謝る。自分は何とか動く事ができるが、リジェナは無理みたいだ。


「ふん、俺様の魔法に耐えたか」


 そう言ってゴブリン人間が近づく。


「リジェナに近づくな!!」


 自分はゴブリン人間に立ち向かう。


「ふん!!」


 だけど辺りが暗く足元が見えないため、ゴブリン人間の足払いにより僕は横に倒される。


「うわああ!!」


 自分は悲鳴を上げて倒れる。


「オミロス!!」


 リジェナは悲痛な叫びを上げて立ち上がろうとする。

 しかし、体が痺れているためか転びそうになる。


「おっと!!!」


 リジェナが転ぶ前にゴブリン人間がリジェナの腕を掴む。


「いや……離して、離してよ……」


 リジェナの涙声。


「リジェナを離せ!!」


 起き上がり挑みかかろうとするが、今度は足で蹴られ再び倒される。


「ぐっ!!!」


 ゴブリン人間がそのまま足で自分の背中を踏みつける。ゴブリン人間の手はリジェナの腕を掴んだままだ。


「大人しくしろ!!」


 ゴブリン人間がそう言うと足に力を入れる。


「うう……」


 僕はそのままなさけない呻き声を上げる。


「このまま踏み潰してやろう!!」


 ゴブリン人間が足に力をこめる。息ができなくなってきた。


「やめて、オミロスに酷い事をしないで……」


 リジェナが泣きながら言う。


「そうか。お前がそう言うならそうしよう」


 ゴブリン人間が足に力を入れるのをやめた。おかげで苦しくは無くなる。だけど、足は背中に乗せ

られたままで体は動かせなかった。


「ひっ……」


 リジェナの怯えた声。何とか顔を横にして見上げるとゴブリン人間がリジェナを抱き寄せている。


「お前、人間のメスだな」


 ゴブリン人間はそう言うとリジェナの顔をさわり、匂いを嗅ぐ。


「ゴブリンのメスよりも柔らかくて、いい匂いだな」


 ゴブリン人間の声は興奮しているようだった。見ているだけで何もできない事が悔しい。

 リジェナの顔が怯えている。


「リ、ジェ……はな……」


 背中に足を乗せられているためかうまく話せない。涙が出そうになる。


「決めた! お前を俺のメスにする!!」


 そう言うとゴブリン人間はリジェナの顔を舐めまわす。


「ひっ……ひいいいい……」


 リジェナは声にならない悲鳴をあげている。


「唾をつけた。お前はもう俺の物だ。俺の名はゴズだ! お前のオスだ!!」


 ゴズと名乗ったゴブリン人間が笑う。


「俺が大人になったら迎えに行く。それまで待ってろ!!」


 そう言うとゴズは森の中に消えていく。

 後には泣きじゃくるリジェナと痺れて動けない僕が残された。







◆アルゴアの王子オミロス


 朝の光で目を覚ます。

 子供の頃の嫌な夢だ。最近毎日のように見る。

 リジェナを守れなかった苦い記憶だ。

 あの後、自分達を探しにきた大人達に助けられた。

 あの日からだ。自分が強くなろうとより努力するようになったのは。

 他にもアルゴアを支配する様々な物からリジェナを守りたかった。

 だからこそ、1年もアルゴアを離れ武者修行の旅をしていたのだ。

 だけど、戻ってきたらリジェナはいなくなってしまった。何の為に強くなろうと努力したのかわからない。

 ベッドから出て着替えると部屋を出る。


「おはようございます、オミロス王子」


 部屋を出ると声を掛けられる。振り向くとそこには1人の少女がいた。


「王子はやめてくれないか、リエット……」


 王子と呼ばれる事はあまり好きではない。リジェナをゴブリンの巣穴に落した事で得た称号で呼ばれたくない。


「では何とお呼びすれば?」

「前と同じ呼び方じゃだめかな……」

「わかった。おはよう、オミロス兄」


 リエットはマキュシスの妹だ。父が忙しかったので、自分はマキュシスとリエットの両親に育てられた。5歳年下の彼女は、実兄のマキュシスと共に兄妹のように育った。そのためか、彼女は自分を兄と呼んでくれる。


「また、山に行くの?」


 彼女の目が少し冷たい。

 マキュシスとリエットの父と母は、キュピウス王に殺された。だから、リジェナを探しに行く事をあまり良く思っていないようだ。


「今日は行けない……。ヴェロス王国の舞踏会に出席する準備をするから……」


 自分とパルシスは王となった父に代わり、5日後に行われるヴェロス王国の舞踏会に出席する事になっている。今日はその準備をしなければならない。


「今日以外なら行くの?」

「……」


 リエットのその問いには何も答えられなかった。


「もう死んでるよ……」

「リエット!!」


 思わず叫ぶ。


「オミロス兄は生きてると言うけど。なんで……そんな事がわかるの?戦士でもない人間がゴブリンの巣穴に入ったら生きて帰れないよ……」


 本来ならリエットの言うとおりなのだろう。

 だけど、ゴズの事を思い出す。あのゴブリンを手下に持ち、リジェナを迎えに行くと言ったゴブリンのような人間。なぜあの夢を頻繁に見るようになったのか?それは、リジェナがゴズに捕らわれている可能性があると思っているからだ。

 その可能性があるからこそ、ゴブリンの巣穴に行って探しているのだ。

 その可能性の事は誰にも言っていない。子供の頃、ゴズの事を言っても大人達のほとんどは信じてくれなかった。

 リジェナもゴズの事を言えば信じてくれたのかもしれないが、リジェナはその事を思い出したくないのか何も言わなかった。もちろん、その事でリジェナの事を責めたりしない。一番怖い思いをしたのはリジェナなのだから。

 唯一信じてくれたのはリジェナの母親ぐらいだ。彼女は対立していた氏族の子供である自分にも優しかった。

 その彼女はゴズが来ても大丈夫なように、自分の宝物である魔法の護符をリジェナに与えたのだった。

 そのリジェナの母親はゴズと出会った年の2年後に死んだ。

 今やゴズの存在を信じているのは自分だけだろう。

 だけど、リエットやその他のみんなはゴズの存在を信じていない。彼女から見たら自分のやっている事はとても馬鹿な事に見えるのだろう。


「だからオミロス兄もゴブリンの巣穴に何回も行ってたら、そのうち死んじゃうよ……。もういやだよ、誰かが死ぬのは……」


 リエットが暗い顔をして言う。


「ごめん、リエット……」


 リエットの頭をなでる。

 優しい彼女は自分の身を案じてくれている。なのにそれでも彼女を探すのをやめる事はできなかった。


「大丈夫だよ、英雄パルシスもいる。必ず生きて帰るよ……」


 自分がそう言うとリエットは少し変な顔をする。


「どうしたんだい、リエット」

「パルシス様だけど……。私達の命の恩人だからこんな事を言ったらいけないんだろうけど……。時々変な感じがするの、あの人」

「変な感じ?」

「うん……うまく説明できないけど、変な感じ……」


 リエットは勘が鋭い。何かに気付いたのだろうか?


「そういえば、パルシスは今どこに?」

「わからない。今日はまだ姿を見てないわ」


 リエットが首を振って答える。

 パルシスは時々ふらっと姿を消す事がある。今日もどこかに行っているようだ。

 今日はヴェロスに行く準備をしなければいけないのに、どこに行ったのだろう?




◆ゴブリンの王子ゴズ


 汚らしい南のゴブリンの集落を抜けて、アケロンの北側へとたどり着く。

 カロン王国に戻るのは久しぶりだった。

 他のゴブリンの巣穴に比べると、まだましと言えるがそれでもゴブリンの巣穴だ。


「トマレ、人間! 何者ダゴブ?」


 ゴブリン共が自分を取り囲む。

 そして、奥から知っているゴブリンが出て来る。


「貴様の事は魔法の映像で見たことあるゴブ。確かパルシスとかいう人間ゴブね。何故ここにいるゴブ?」

「久しぶりです、ケンエオ将軍」


 問いには答えず、自分が名前を呼ぶとケンエオは驚く。


「何故、名前をゴブ?」

「さすがのケンエオ将軍でもわからないみたいですね」


 ケンエオはゴブリンの中でもかなりの力を持つ。しかし、それでも本当の姿はわからないようだ。

 魔法を解き本当の姿を見せる。できればこの姿を見せたくなかった。だが見せなければ話が進まない。


「あ! あなたはゴ、ゴズ王子ゴブーー!!」


 姿が変わった事でケンエオとゴブリン共が驚く。当り前だ、人間の英雄パルシスが自分達の女王の息子だったのだから。


「そうです。ゴズですよ、ケンエオ将軍。おひさしぶりです。母の所に行きたいのですが、通してもらえないでしょうか?」


 そう言って頭を下げる。

 ケンエオは姉の夫だ。無礼な事はあまりできない。姉は俺様よりもはるかに強く、危険な存在だ。ケンエオには礼を尽くした方が良いだろう。

 ケンエオは少し考え込み答える。


「ちょっと待ってくださいでゴブ! ちょっと、女王陛下に確認するゴブ」


 ケンエオ将軍が言うと、ケンエオの部下が母の所に行きしばらくして戻って来る。


「どうぞお通りくださいゴブ」


 ケンエオの言葉を聞くと自分はカロンの廊下を歩き女王の間へと進む。

 巨大な門をいくつかくぐり女王の間へと入る。

 膝をつき頭を下げる。この母はたとえ我が子であっても無礼に対して容赦はしない。だから礼を尽くさなくてはならない。


「お久しぶりです、母上」

「面を上げな、ゴズ」


 母から許可が出たので頭を上げる。そして母である女王ダティエの姿を見る。母は相変わらず醜くかった。

 ゴブリンの女王と人間の男との間に生まれた子が自分だ。

 異種族で子を作るとオスなら父親の種族、メスなら母親の種族として生まれる。だから俺は人間だ。

 ゴブリンのメスは、基本的に巣穴から出る事はない。出るのはオスだけだ。そのオスが人間のオスをメスのために連れてくる事はまずない。また、醜いゴブリンのメスが人間の男に相手にしてもらえる訳が無い。だから普通ならゴブリンの腹から人間のオスは生まる事は無い。だけど、何事にも例外がある。それが自分だ。

 女王と言う権力者である母の為なら、ゴブリンも人間のオスを連れて来る事があるのだ。

 父親は物心つく前に死んでいたからどんな奴だったのかは知らない。だけど想像はできる。面食いな母の事だかなりの美男子だったのだろう。

 そして、無理やり母親に襲われたに違いない。母が持つ強力な媚薬を飲まされれば、どんな醜い女が相手でも勃ってしまう。そして、死ぬまで精をしぼり取られるのだ。

 自らの顔を触る。鏡はないが母親に似た醜い顔だ。エルフから生まれた人間のオスが強い魔力を持って生まれる事が有るように、種族の違う片親の性質をある程度は受け継いで生まれる。

 だから、片親がゴブリンなら種族は違うが、ゴブリンの性質を持って生まれる。なので、自分は醜いゴブリンのような顔つきだ。すぐに死んだ弟も同じような顔だった。

 たとえゴブリンが片親でも、人間にとってゴブリンの巣穴は生きるにはあまり良い環境ではない。体力のない人間の子供はすぐに死んでしまうようだ。

 母親から魔力を受け継いで生まれたから何とか生きていける。だが弟や、存在したであろう兄はどうやら魔力を受け継がなかったようだ。母から生まれたオスで、まともに成長できたのは自分だけだと聞いている。すぐに死んでしまったのだろう。

 母を見る。おそらくゴブリン最強だろう。その魔力は魔族に匹敵すると言うのだから。

 母には遥かに及ばないとはいえ、この魔力だけは母に感謝しても良い。


「最近姿を見ないと思ったら……。まさかパルシスの正体がお前だったなんてね。報告した者の魔力じゃ魔法は見破れなかったようだね」


 母が笑いながら言う。

 母と縁を切りたいがために、姿を変えて人間の国に行っている事を伝えていない。だからこそ問題が起こった。


「母上……。私はパルシスになっている時に銀髪の魔女に襲われました。あれは母上の差し金なのではありませんか?」


 問うと母は少し考え込む。


「銀髪の魔女……。ああ思い出した。あの凛々しいディハルト様の隣にいたメスだね。確かに最近南の奴らの集落を荒らしまわっている奴がいる事をディハルト様にお伝えしたよ。またディハルト様にお会いしたいねえ……」


 母がうっとりした表情で言う。

 その母の言葉を聞き、やはりと思う。あの白銀の魔女は母の差し金だったのだ。

 ディハルトと言う者にも聞き覚えがあった。あの怖ろしい勇者に勝った暗黒騎士の名だ。あの美しい白銀の魔女は、ディハルトの部下だったのだろう。


「母上。私は母に逆らう気はございません。もちろん魔王陛下にもです。どうかその事をディハルト閣下に伝えてはいただけないでしょうか?」


 前回は見逃してもらったが、また会わないとも限らない。その時に殺されてはたまらない。


「わかったよ。この事は閣下に伝えておくよ。今日来た用件はそれだけかい?」


 ここに来た1番の目的は達成した。だけど、もう1つ目的があった。


「もう1つあります。母上の持つ媚薬をいただけないでしょうか?」

「あの薬を? 何に使うんだい?」

「3日後にヴェロスという人間の国で、なんでも舞踏会とかいう祭りが開かれるようです。そのときに人間のメスに使いたいと思いまして」


 笑いながら言う。母の持つ秘薬はオスだけでなくメスにも効くはずだ。3日後の舞踏会は面白い事になるだろう。


「ふふん、あの薬をね。まあ良いさ、いくつかくれてやるよ」

「ありがとうございます、母上」


 お礼を言って、女王の間を退出する。

 通路を歩き自分の部屋へと行く。途中、ゴブリンのメス共に色目を使われるが蹴り飛ばす。

 人間のメスを抱いてからは、醜いゴブリンのメスを抱く気にはならない。

 カロン王国の自分の部屋だった場所に戻ると自分が出て行った頃とあまり変わらなかった。

 この部屋はこのカロン王国の中で唯一人間が生活できる場所だろう。

 通常のゴブリンの巣穴のように暗くジメジメしておらず、天井から外の光が入るが、雨風が入らない造りになっている。

 ゴブリンの女王である母から生まれた男の子はここで育てられる。

 俺様は人間でありながらゴブリンの王子として育った。

 だけど、母の子供は沢山いるため、王子とはいえそこまで権力は強くない。それでも王子であるため、カロン王国では不自由をした事はあまりなかった。

 人間にとってはゴブリンのような醜い顔立ちだが、ゴブリンの中では美男子の俺はゴブリンのメスを抱き放題だった。

 だけど、少しやりすぎて母から折檻を受けた。その時は許してもらったが、以後カロン王国内では自粛するよう心掛けた。

 そのかわり、カロン王国ではない、アケロン山脈の南側のゴブリンの領域で好き勝手に行動した。

 南側のゴブリンは母の支配下にはないが、カロンの女王である母を怖れているため、敵対する者はいなかったので好きに行動できた。

 ただ、南の頭の悪い連中の巣穴はカロンに比べて臭く、メスもカロンよりもブサイクであまり面白くなかった。

 南の頭の悪い奴らの何匹かを手下にしてアケロン山脈から離れて、人間の領域まで行くことにした。

 そして、奴らを率いて人間の住処の近くたまたま通りかかった時だった。俺はリジェナに出会った。

 運命の出会いだと思った。

 人間のメスは何度か遠目で見た事があった。だけど、あれ程自分のメスにしたいと思ったのは初めてだった。

 だから唾をつけた。

 そしてリジェナをどうやったらの物にできるか考えた。

 無理やり連れ去りたいが、人間の子供は死にやすいからある程度大きくなってから攫った方が良いだろう。

 だから、その場は彼女を見逃して力をつけて攫う事にした。

 そして、魔法を猛烈に勉強した。

 その甲斐もあって数年後には母には及ばないまでも強力な魔法を使えるようになった。

 そして、リジェナを攫うためにアルゴアへと向かったのだった。

 いくら力を付けたとはいえ、アルゴアの人間全員を相手にする事は危険だ。だからまずは、アルゴアに潜入して機会を窺う事にした。

 調べた所によるとアルゴアは強い者ならば戦士として入国を認めるらしいから簡単に入国できるはずだった。

 だけど、最初にアルゴアに行った時は門前払いを喰らった。

 理由はあまりにもブサイクすぎるからだ。

 だから魔法で姿を変えてアルゴアに潜入する事にした。この魔法は幻覚系の魔法であり、魔力が弱い者には魅力的に見えるはずだ。

 名前もゴブリンぽい名前ではなく、パルシスと名乗る事にした。

 アルゴアの人間共には魔術師はおらず、姿を見破れる者はいないようだった。

 ただ、見破る程ではないが姿に違和感を感じる者がいるようなので油断はできない。

 そして、自由戦士としてアルゴアに潜入する事に成功した自分は、リジェナに近づく機会を窺った。だけど、近づきたい当のリジェナが俺の姿に違和感を感じたみたいなので、あまり近づく事ができなかった。

 昔のリジェナは魔力が高くは感じなかったはずなのに、どういう事だろうか?魔力が高くなったのだろうか?それとも何か魔法の道具で自分の魔法を防いでいるのだろうか?何にせよ、リジェナに近づく事はできなかった。

 こうして、リジェナに近づきあぐねている時だった。あの忌々しい勇者が来たのは。

 なんとあの勇者は事もあろうにリジェナに手を出そうとしたのである。リジェナは自分の物なのにだ。

 それを阻止すべく、行動を起こした。

 魅了の魔法は使えないが、性格を攻撃的にする魔法を使う事ができる。

 その魔法を使い、勇者に反感を持つアルゴアの若者達を攻撃的な性格にした後で、勇者を攻撃するように仕向けた。

 怒った勇者はアルゴアの戦士達と争いになった。

 結果はアルゴアの戦士達が一方的に勇者に倒されて、ほとんどが戦闘不能状態となった。そして、一通り暴れた後に勇者達はアルゴアを離れた。

 だがそこで問題が起こった。元々アルゴアは血こそ流さないが国内で争いがあったのだ。

 そして、俺の魔法で攻撃的になったアルゴアの戦士達は争いを始めたのである。

 争いが始まったのは想定外だったが、自分はこの争いを利用する事にした。

 小さい争いをさらに拡大させ、リジェナの一族と対立する一族を全面戦争にまで発展させた。

 劣勢だったリジェナの一族と対立していた一族に味方して、リジェナの一族と戦った。

 結果は自分が味方した事により、対立していた一族が勝利した。

 そして、リジェナの父親である王を処刑した後に、リジェナをゴブリンの巣穴に送るように誘導したのだった。

 そこを俺が助け、カロンに連れ去れば、リジェナを完全に物にする事ができるだろう。

 だけど、問題が起こった。ゴブリンの巣穴でリジェナを助ける前に何者かによってリジェナが連れ去られたのだ。

 連れ去った者が何者かはわからない。配置して置いた部下達の話では、竜に乗った何者かが連れ去ったらしい。何にせよ、リジェナをとり逃したのは間違いなかった。

 リジェナを手に入れるために他の手段を使うべきだったのかもしれないが、後の祭りだ。

 悔しく思ったが、どうにもならない。リジェナの事はひとまず忘れる事にしよう。

 だけど、その代わりに正体がばれるまで他の人間のメスを抱きまくってやる。

 今度の舞踏会にはかなりの上玉が来るはずだ。

 今から楽しみだった。




◆オーガの魔女クジグ


「ゼング……なんて姿に……」


 骨だけとなった末の息子を見る。


「まさか……こんな事になっているなんてな。どいつがやりやがったんだ!!」


 長男のリングが言う。自分の弟が殺された事で怒りが抑えきれないようだ。


「母ちゃん! 兄ちゃん! 大変だこっちに来てくれ!!」


 次男のピョウグが何かを見つけたみたいだ。

 行って見るとそこには壁に何かが書かれていた。


「どうやら、ゼングを殺した奴は北に行ったみたいだね」


 壁に書かれた文字を見て言う。

 そこにはゼングを殺した勇者の妹が書置きを残していた。

 勇者の妹共はここから北へ向かうつもりらしい。用があるなら北に来いと言う事だ。

 嘘かもしれないが、あの勇者の妹を名乗るぐらいだ、調べればすぐにわかるだろう。

 自分の息子を殺した奴が勇者の妹だろうが容赦はしない。必ず殺してやる。

 末の息子のゼングが自分の誕生日に来ないから、8男のザイグを迎えに行かせたら変わり果てたゼングの姿を発見した。そして魔法を使って急いで一家で駆け付けたのだ。


「リング兄ちゃん、大変だこっちに来てくれ!!」


 今度は5男のカイグが何かを見つけたようだ。


「今度はなんだ!!」


 リングとピョウグがカイグの方へと向かう。

 私はその場に残る。犯人がわかった以上、これ以上の探索は必要ないからだ。


「これは―――! 俺がゼングに貸してたお宝本じゃねえか! 全部燃やされてやがる―――!!」

「俺の大好きなイヴァリアさんの絵が――――!!!!」

「くそ! 誰がこんな事を! 残っているのはこれだけか!」

「ひでえよ……。俺なんかまだ見てないのに――――!!!」


 息子たちが向こうで叫んでいるのが聞こえる。

 他にも何か奴らが行った痕跡が見つかるかもしれないが、犯人がわかった以上、ここにいつまでもいる訳にはいかない。

 奴らを追いかけるべきだろう。

 幸い奴らは私の領域である北へと向かったようだ。すぐに追いつけるだろう。

 私は息子達がそろっている暖炉へと向かう。


「お前達! そろそろ行くよ! ゼングを殺した勇者の妹達にその報いを受けてもらうんだ!!」


 私がそう言うと息子達は頷く。


「わかっているぜ、母ちゃん!!」

「ああ! 俺達の大切な宝を燃やした報いは受けてもらうぜ!!」

「ああ! 同じように燃やしてやろうぜ!!」

「まだ見てない俺の哀しみをどうしてくれるんだ!!」

「灰に……灰に……なっちまった……」

「あれを……もう見る事ができないなんて辛すぎるぜ……」

「俺のイヴァリアさんが――――!!」

「あれはもう2度と手に入らないんだぞ―――!!」

「必ずぶっ殺してやる!!」


 息子達が口々に怒りを口にする。みんな弟が殺された事に怒りが収まらないようだ。

 当然私もだ。

 かつてエリオスの神と戦った天空の巨人族に仕えた、オーガの一族の末裔が自分だ。

 天空の巨人族は敗れ、姿を消したが彼らが残した遺産を持っている。

 その遺産を駆使すれば、勇者の妹と言えどもただでは済まないだろう。


「行くよ、お前達! 勇者の妹だが何だが知らないが、このオーガのクジグ一家が必ず殺してやる!!首を洗って待っていな!!」

年度末の仕事でこんなに時間がとられるとは思わなかった・・・。

気付けば1ヶ月も更新してない・・・。


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