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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
34/195

鬼の支配する地

◆剣の乙女シロネ


 空を飛び北へと向かう。

 かなり出発が遅れてしまった。理由は後ろを飛ぶヒポグリフにある。

 私の後ろを飛ぶヒポグリフにはキョウカさんとカヤさんが乗っている。キョウカさんが準備に手間取ったために出発に遅れてしまったのだ。

 本当なら1人で北へと向かうつもりだった。クロキの事でみんなには迷惑をかけられない。

 魔王に捕えられたクロキは必ず私の手で助け出す。

 私はこの世界に来てとても楽しい。こんな冒険と探検の世界に来てわくわくしている。

 そしてレイジ君がいて、チユキさんがいて、みんながいる。

 ちょっと苦しい時もあるけど、みんながいるから乗り越えられる。

 でもクロキはどうだろうか?

 クロキは普通の人間だ。冒険や探検等とは無縁の人だ。レイジ君とは違う。退屈で何の変哲もない平和な日常にいる人だ。

 それを無理やりこの世界に連れてきたあげくに、無理やり戦わせるなんてして良いはずがない。

 だから早く助け出してあげたい。

 だけど、ヒポグリフの速度が遅い。早く行きたいけど、折角来てくれたのに文句は言えない。

 2人がいるのは私が1人で行くのを心配したチユキさんが、キョウカさんに一緒に行ってくれるように頼んだからだ。

 ヒポグリフを見る。ヒポグリフは前半身が鷲で後半身が馬のグリフォンに似た魔獣だ。

 グリフォンよりも弱いけど大人しくて騎乗に適している。

 そのヒポグリフに乗せられた荷物は明らかに重量オーバーだ。キョウカさんの荷物が多すぎるのだ。

 もう一匹いれば良いが、騎乗用の魔獣はそんなに数をそろえておらず。またレイジ君達も魔獣を使うのでこのヒポグリフ一匹しかいなかった。

 流石のヒポグリフもきつそうである。休ませた方が良いかもしれなかった。

 私はヒポグリフの近くによる。


「シロネ様! そろそろ休みましょう」


 カヤさんが提案する。

 私は頷き下へと降りる。

 森の少し木々が少ない開けた場所でヒポグリフを休ませる。


「今日はこれ以上進むのは無理です。どこか寝泊まりできる場所を探しましょう」

「えっ!?まだあんまり進んでいないのに」

「これ以上は無理です。もうすぐ夜が来ます。ヒポグリフは夜になると飛べません」

「確かにそうだけど……」


 確かにヒポグリフは鳥目だから夜は飛ぶ事ができない。しかし、私は違う。夜だって飛ぶ事ができる。全速力で飛べば今日中にアルゴアやヴェロスにたどり着ける。


「シロネ様……。くれぐれも1人で行くなどと馬鹿な事を考えないでくださいませ」


 私の考えを察したのかカヤさんが釘を刺す。

 そもそもこの2人が付いて来たのは、私を1人で行かせる事に不安を覚えたチユキさんが一緒に行ってくれるようにお願いしたからだ。

 ちなみに神殿騎士を共に付ける話もあったけど、ロクス王国の一件や聖レナリアからかなり遠い事を考えて、その話しはなかった事になった。

 何はともあれ、みんなが私を心配してくれている。その好意を無下にはできない。


「わかったよ、カヤさん。でも……」


 私はそう言って荷物を見る。


「もう少し減らせないかな……」


 重い荷物を載せているためヒポグリフのスピードが遅い。減らせればもっと速く飛べるはずだ。


「あら、いつまで北の国に滞在するのかわかりませんもの。これぐらい普通ですわ」


 キョウカさん言葉に何も言えなくなる。

 北の地であるヴェロスやアルゴアに行くのは私の自己満足だ。ナルゴルの近くに行けばクロキの情報も手に入るかもしれない。

 そんな不確かな可能性に賭けて北に行くのだ。その情報がいつ入るかわからない。長期戦を覚悟しなければならなかった。

 その長期戦に付き合う覚悟で来てくれる2人に感謝しなければいけないだろう。

 それに荷物のほとんどはキョウカさんの物とはいえ私の荷物も入っている。文句も言えない。


「うう。わかりました……」


 私は降参する。


「それでは納得していただいた所で、今夜の逗留先ですが飛んでいる途中で人間の国を見つけましたので少し戻ってそこに行きましょう」





◆剣の乙女シロネ


 その国は国というにはあまりにも小さかった。

 人口は少なく1000人に満たないだろう。建造物も粗末で過去に本で見た茅葺小屋を連想させる。

 この村のような人間の国はコキと言って、これでも国である。こういった小さな国に来るのは初めてではない。レイジ君達とナルゴルに行く途中で何度か立ち寄った事があった。

 ただこういった小さな国は閉鎖的である事が多く、立ち寄ろうとしても門前払いになる事も多かった。

 もちろん、そんな事を聞くレイジ君ではない。無理やり入国して寝泊まりする。

 なんでも女の子に野宿をさせる事はできないからだそうだ。おかげで私達は野宿する事はなかった。

 カヤさんがコキ国の長らしき人と交渉している。門前払いになるのではないだろうか?

 その時はカヤさんはどうするのだろう?キョウカさんを野宿させる訳がないから、力で押し通るような気がする。

 この長の家に来るまで住人はヒポグリフに怯えていた。脅せば何とかなるかもしれない。


「私達は旅の者です。一晩だけこの国で逗留したいのですが宜しいでしょうか?もちろん謝礼は払います」

「いえいえ、謝礼なんてめっそうもない。私の家で良ければどうぞ、一夜の宿にしてください」


 しかし、予想に反してコキの長はあっさり了解した。

 コキの長は恰幅の良いおじさんでニコニコと笑っていた。

 そしてその笑顔に何か違和感を感じる。


「それではどうぞ、こちらへ。その魔獣は納屋になりますので後で案内いたします」


 しかし、カヤさんはその言葉に首を振る。


「いえ、全員同じ納屋でよろしいです。案内していただけますか」


 その言葉に私とキョウカさんは驚く。


「は……はい、それではこちらへ」


 コキの長も私達と同じくらい驚いているみたいだった。少し言葉を詰まらせている。

 そして、私達は納屋へと案内される。


「どういう事ですの、カヤ?」


 キョウカさんがカヤさんを問い詰める。

 キョウカさんもいるのに納屋で寝泊まりするなんて。ヒポグリフならともかく寝泊まりするのは遠慮したい。


「お嬢様。それについてはシロネ様に尋ねたい事があるのですが?」

「えっ、私に?!」


 急に話を振られ驚く。


「先程の男から何か違和感を感じませんでしたか?」


 カヤさんに問われて考える。


「うん。この国の長だと思うおじさんからは、魔物が私達を見る目と同じだったような気がする」


 私が言うとカヤさんも頷く。


「はい、私もシロネ様と同じように感じました」


 あのおじさんの目は私の敵感知に引っ掛かったのだ。あのおじさんは魔物が私達を獲物として狙うのと同じ目をしていた。それはわずかの物だったから、もしかして気のせいかもと思ったが、カヤさんも感じたのなら気のせいではないらしい。


「どうやらこの国の長は、私達に対して良からぬ事を考えているみたいですね」


 カヤさんが少し笑う。その笑みは少し怖い。


「どうする? この国から出る?」


 この国が私達に害意を持っているのなら、早くこの国を出た方が良いだろう。だけどカヤさんは首を振る。


「そうしたいのは山々なのですが……、もうすぐ夜になります。今から野営できる場所を探すのは困難です」


 ヒポグリフは夜の間は飛べない。私達の中には暗視やまともな照明の魔法ができる人がいない。ある程度なら物体感知で暗闇でも動く事はできる。けど、それに頼るには限界があった。

 カヤさんの言うとおり今からでは動けないだろう。


「ではどうするのです、カヤ?」


 キョウカさんが聞く。その声には少しいらだちを感じる。


「もちろん、力づくで何とかします。この国の人達が何を企んでいるのかはわかりませんが、叩きのめせば問題は無いでしょう」


 カヤさんが拳を合わせる。

 私はため息が出る。これでこの国の人達は酷い目に合うだろう。

 だけど仕方がないとも思う。

 追い払うだけなら、さすがのカヤさんも酷い事はしないだろう。だけど、襲うなら話は別だ。

 その時、私達がいる納屋の周りで複数の人達が集まる気配がした。

 私は納屋の窓から外を見る。納屋の周りを武器を持った人達が取り囲んでいる。

 その中にはこの国の長もいた。私達を留めて置いて、武器を持った仲間を集めていたようだ。


「どうやら来たようですね。それでは少し懲らしめてやりましょうか、お嬢様」


 そう言ってカヤさんが胸の前で拳を合わせる。





◆代官エチゴス


「エチゴス様! 頼む後生だ! 許してくれ! おらから娘を取り上げねえでくれ!!!」


 目の前の男が頭を地面に擦り付ける。


「悪いがそれはできん。ゼング様に捧げる娘はお前の娘に決まった」

「そこを何とか! できれば他の家の娘を!!」


「お前も仕方がない男だな。自分の娘を助けるためなら他の娘がどうなっても良いとはな」


 少し笑ってしまう。他人の不幸は蜜の味だ。これだからこの仕事はやめられない。


「お父さん!!」


 部屋に何者かが入って来る。その顔には見覚えがあった。目の前で無様に土下座している男の娘だ。


「マチメ! どうしてここに!!」

「お父さんもうやめて! 私がオーガに食べられれば良いだけだから! そうすれば他の子が犠牲にならなくてすむわ!!」

「だけどそんな事をすれば……お前は……」

「いいの、お父さん……。私はお父さんの子に生まれて幸せだったわ……」


 親子はそういって抱き合う。

 笑わせ……もとい泣かせる話だ。


「娘よ、なかなか殊勝な心がけだ。それでは覚悟は良いな」


 私は笑いをこらえながら神妙な顔つきで娘に言う。


「はい、エチゴス様……」


 娘はうなだれて言う。

 けなげな娘だ。ゼング様への捧げものでなければ私が手を出したい所だ。

 この国はオーガのゼングの支配下にある。この国の人間はオーガの家畜だ。

 この娘はこの国を支配するオーガのゼングの捧げものに選んだ娘だ。

 この前ゼングから母親の誕生日に持っていく娘を選ぶように言われて、容姿や肉付きから良さそうなのを選んだ。

 本当はもっと別の見た目が悪い娘を選びたいが、ゼングが気に入らなければ私の身が危ない。だから勿体ないがこの娘には死んでもらうしかないだろう。


「エチゴス様!!!」


 また誰かが入ってくる。


「今度は何ですか、騒々しい」


 入ってきたのは配下の者だ。


「旅人が! 女が3人来ました! かなり美しい女です」


 美しい女。

 その言葉は聞き逃す事が出来なかった。


「旅人ですか……案内しなさい」


 私は配下の者に連れられて女に会いに行く。

 そして、その3人に会う。


「ほう……」


 思わず声が出る。今まで会ったどの女よりも美しかった。

 おそらく真ん中にいるいかにも高慢そうな女が3人のリーダーだろう。着ている服もかなり上等であり、どこかの国の姫かもしれなかった。

 何としてもこの女をこの国に置いておきたいと思った。

 そして、この3人の後ろにいるのは間違いなくヒポグリフだ。

 以前に飼いならせる魔獣がいるとは聞いたことがあるが、まさかそのヒポグリフを見る事ができるとは思わなかった。

 おそらく飼育されたヒポグリフを買ったのだろう。

 だとすればこのヒポグリフは人間に対して大人しいはずだ。

 女だけでなく、飼いならされたヒポグリフも手に入るとは私も運が良い。


「私達は旅の者です。一晩だけこの国で逗留したいのですが宜しいでしょうか?もちろん謝礼は払います」


 左側に立つ女が交渉してくる。


「いえいえ、謝礼なんてめっそうもない。私の家で良ければどうぞ、一夜の宿にしてください」


 私はそう応える。

 当り前だ、どうせ全ての身ぐるみを剥ぐのだから。今謝礼をもらわなくても良い。

 私は平静を装いながら3人を獲物を狙う目で見てしまう。


「それではどうぞ、こちらへ。その魔獣は納屋になりますので後で案内いたします」


 私は3人を案内しようとする。


「いえ、全員同じ納屋でよろしいです。案内していただけますか」


 しかし、左側の女は首を振り納屋に案内する事を求める。

 納屋は藁が敷いてあるぐらいで人間が泊まるには適さない。何故だろうか、少しメイドの声が怖い気がする。


「は……はい、それではこちらへ」


 少し疑問に想いながら納屋に案内する。

 3人を納屋に案内すると配下を呼びこの国の戦える者を集めさせる。

 1番要注意なのは、剣を持った髪を後ろに纏めた女だろう。身分の高そうな女を護衛をするぐらいだから腕が立つかもしれない。


「中々良さそうなのが入って来たようだな、エチゴス」


 背中から声を掛けらる。

 振り向くと背中に大剣を背負った男がいた。大きな体に筋肉が盛り上がった腕、口からは犬歯が見える。いかにも暴力で身を立てている男の容貌だ。

 そして、この男がいる事もこの国に他の魔物が入って来ない理由の1つである。


「これはこれは、ダイガン様。おっしゃる通り中々の上玉です」

「女共を騙して、油断した所を襲うか?」

「はい、もちろんでございます。ぐふふふふ」

「くく、エチゴスよ、お主も悪よのう」

「いえいえ、ダイガン様には敵いませんよ。ぐふふふ」


 ダイガンは笑う。

 そう、この男がいればどんな相手でも怖れる事はない。

 行商人として旅をしている時にオーガのゼングに掴まった。

 しかし、持ち前の口先と尻尾を振り、なんとかゼングの人間の飼育場の管理者になる事ができた。

 その時に飼育をうまく行かせるために、ゼングから貸し与えられたのがこのダイガンだ。

 この国の人間はダイガンを怖れて私の言いなりだ。

 たかが人間の商人だった私が、今やこの国の王のような者である。ゼングの力を使えば何でもできる。

 ましてや相手はたかが女3人だ、何を怖れる事があるだろうか?

 怖れる事は捕える時に女を傷つけてしまう可能性がある事ぐらいだ。

 それにゼングに渡す前に1人ぐらいなら楽しんでも良いだろう。

 思わず笑いが込み上げてきた。





◆代官エチゴス


「エチゴス様。女は納屋の中にいます」


 見張りから報告を受ける。

 私の周りには50人の武装した男達がいる。

 たった3人の女相手に多すぎる気もするが、絶対に勝てない力を見せつける事で抵抗する気をなくすという目的もあるので、妥当な戦力だろう。

 さてどうやって踏み込もうか?

 だが踏み込む前に納屋の扉が開かれる。

 そこには会った時と変わらない3人の姿があった。つまりは武装したままである。


「一応理由を聞いた方が良いのかしら?」


 リーダーであろう高慢な女が聞いてくる。

 さて何て答えよう?


「あっ、あんた達が代わりになれば娘が助かるんだ! 悪いが身代わりになってくれ!!」


 何か言おうとすると、先程頭を下げていた男が代わりに答える。

 その言葉に3人の女は顔を見合わせる。そして何か相談をしているようだ。


「何か事情があるみたいですわね。聞いてあげますから話してごらんなさい」


 話が纏まったのか、高慢な女が再び尋ねてくる。

 だが、これ以上無駄な話をするつもりもなかった。


「それには及びませんよ、御嬢さん方。痛い目を見たくなければ武器を捨ててもらいましょうか」


 私は警告する。

 そもそも話など聞いてどうするつもりなのだろう。人間がオーガに敵うわけないじゃないか。

 大人しくすればゼングに渡すまでは良い思いをさせてあげよう。

 そう思い女を見る。すると剣を持った女が私を睨んでくる。

 その眼光で腰を抜かしそうになる。


「て、抵抗するなら痛い思いをするぞ!!」


 叫ぶが女達の態度が変わる様子はない。これだけの人数で囲まれているのになぜだろう。


「かまわん!女を捕えろ!!」


 命令すると配下の者達が女に近づく。


「どうやら痛い目を見なければわからない方がいるみたいですわね。カヤ!シロネさん!少し懲らしめてやりましょう」


 高慢な女が言うと左右の女達が頷く。


「お嬢様。下がってください」

「キョウカさんは下がっていてね」


 左右の女はやはり従者だったのだろう。中央の高慢な女を後ろに下げて前に出る。

 左の女は拳を構え、右の女は剣を構える。

 配下の5名の男が左の女に挑みかかる。


「くれぐれも怪我をさせては……えっ?」


 その光景に目を疑う。

 5名の男が声も無く急に倒れたのだ。男達は地面に転がり呻き声を上げている。


「うわああああ!!」


 突然右から叫び声が上がる。

 見ると右の女を捕まえようとした男共が尻餅も付いている。何人かは気絶しているみたいだ。

 彼らの持っていた武器や縄がズタズタに斬り裂かれている

 よく見ると斬り裂かれているのはそれだけではない。彼らの髪の毛もなかった。

 配下に禿の男はいなかったので、一瞬で髪の毛を斬り落とされたのだろう。もしそうならなんて早業だ。

 その様子に配下の者達が怖気づく。


「ええい!!何をやっているんだ! たかだか小娘3人! オーガに食べられたいのですか! さっさと捕えなさい!!」


 大声出し配下を向かわせる。

 最初に向かった者と同じように地面に転がされ、髪を斬り裂かれて終わる。

 この女達は強い。

 流石の事態に私も怖気づく。


「下がれ、エチゴス。この私がやろう」

「ダイガン様……」


 配下の者達を下げる。


「なかなかやるようだな。この私が相手をしてやろう」


 ダイガンがそういうと体が膨れ上がる。

 もともと長身だった背がさらに高くなる。体から剛毛がはえ顔の口が裂けて大きくなる。


「人狼? ワーウルフ!!」


 剣を構えた女が叫ぶ。

 ダイガンの正体は人狼だ。オーガのゼングが私の家畜である人間を守るためにこの国に寄こしたのだ。

 このダイガンはオーガに調教されており、オーガの家畜である人間を食べる事は無い。

 だが、獣人であるその腕力は健在だ。どんなに腕が立とうが人間では相手になるまい。


「ふーん、人狼か。じゃあ私が相手をしてあげる」

 剣を持った女が平然と構える。人狼を相手にしても怖がるどころか少し楽しそうだ。

 その態度にダイガンが怒る。


「小娘がっ! 舐めるなよ!!」


 ダイガンが剣を引き抜き斬りかかる。

 私はその様子に慌てる。殺してはまずい。女は動けないのか剣を防ごうともしない。


「えっ……?」


 ダイガンが間抜けな声を出す。

 私もその光景に目を疑う。剣を引き抜いたはずのダイガンの腕が無くなっていた。

 良く見ると背中の剣の柄を握ったままぶら下がっていた。剣は引き抜かれておらず、鞘に収まったままだ。


「ばっ、馬鹿な! ?いつの間に!!?」


 ダイガンが狼狽する。

 斬った腕からは血は噴き出しておらず、煙を上げている。女の剣に炎が纏わりついていた。


「まだやる?」


 剣を持った女が尋ねる。顔は笑っているが、目は笑っていない。


「キャイン!!!」


 ダイガンが怯えた声を出し逃げ出そうとする。しかし、逃げられず倒れる。今度は左足が無くなっている。何時の間に斬ったのだろう?


「キャイン! キャイン! ひえええ私の腕が足がががあああああ!!」


 ダイガンは無様に地面を転がり呻いている。


「なんなんだ、お前達は……」


 私は呟く。この強さは尋常ではない。


「控えなさい! あなた達!!」


 突然拳を構えた女が大声を出す。


「控えなさい! あなた達、このお方をどなたと思っているのです。この方はかの光の勇者レイジ様の妹君であるキョウカ様ですよ! お嬢様の御前です! 者共控えなさい!!」


 拳を構えた女の言葉に驚く。

 勇者の妹だって……。

 勇者の噂は聞いた事がある。オーガなんかよりも遥かに恐ろしい魔物がいるナルゴルに入っていった男だ。

 かなり傍若無人な男で、敵となった者に容赦がないらしい。

 結局、魔王は倒せず暗黒騎士に敗れたらしいが、ナルゴルの奥地である魔王城に辿りつくだけでもその強さが窺える。

 そして、勇者はすでに回復していると聞いている。もし、この女が勇者の妹であるなら襲おうとした私の命を奪いにくるかもしれない。

 いや、それでなくともこの女達は強い。とてもではないが敵わない。


「ははーーーっ!!」


 私はキョウカと呼ばれた女に平伏する。周りの男達も同じようにする。

 強い者にはとことん従う。それが私の生き方だ。


「まさか、勇者様の妹君だったとは!申し訳ございませんでしたーーーー!!」




◆剣の乙女シロネ


 月明かりの中、私達は夜道を歩く。

 目指すはオーガのゼングが住む城だ。

 オーガ族は基本的に山に城や宮殿を作ってそこに暮らす。

 城と言っても人間から見たら城のように見えるだけで、巨体であるオーガからすれば館である。

 城を作るだけあって、彼らの技術力は高い。また、彼らは魔法に長けている。腕力が強く、魔法能力も高く、潜在能力だけなら人間はおろかエルフ族でも敵わない。

 だけど彼らは能力は高い割には知力が低く、人間と知恵比べで負けてしまう事もあるらしい。物語では猫の妖精に騙されて、城を乗っ取られた間抜けなオーガもいるとの事だ。

 また、人間にとって幸いな事に彼らの数は少ない。そのため、大半の人間は彼らに支配を受けなくてすんでいる。

 もっとも、先程の国はオーガの支配を受けていたのだけど。


「あれでございます、キョウカ様。あれがゼングの館でございます」


 案内をしているエチゴスが山の上の館を指して言う。

 オーガの館なだけあって中々立派だった。

 この城はコキの国の近くにあり、歩いて1時間の場所にあった。

 すでに日は落ちており、休みたかったが無理をしてやって来た。

 オーガの建築能力は高く、彼らは山に宮殿や城を建てて暮らす。オーガの中には雲の上に城を築く事が出来る者もいるらしい。

 そのオーガの住居には様々な財宝が有ると言われている。そして、住居が大きくて財宝を多く持っているオーガ程強いらしい。

 ゼングの館を見る。人間の住居よりも立派だが、前に見た事があるどのオーガの住居よりも小さかった。

 ゼングはあまり強いオーガでは無いようだ。


「それでは私はこれで……」


 私は去ろうとするエチゴスの服を掴む。


「あの……なんでしょうか? シロネ様」

「帰れると思っているの、エチゴスさん?他の人ならともかく、あなたとそこの人狼はただで帰せるわけないでしょう」


 そう言うとエチゴスとダイガンがうな垂れる。

 このエチゴスは、人間だけど他の人と違いオーガに媚びへつらってコキの人々を支配していた。このまま逃がすわけにはいかない。

 コキの国はオーガのゼングが支配する国だった。カヤさんが調べた所、このように力のある魔物に支配される国は珍しくないらしい。

 そういった国はその魔物に支配される代わりに他の魔物から襲われる事はなくなる。だから一見人間側にもメリットがあるように見える。

 だけどそれは飼い主と家畜の関係だ。喰われる側とすればあまり良いとは感じられないだろう。

 私達が事情を聞き、オーガのゼングを倒すと言ったらコキの人々は喜んで案内を買って出てくれた。

 私とキョウカさんとカヤさん以外にも、このゼングの館には何人かが付いて来ている。

 案内役のエチゴス。獣人の回復力で腕と足を回復した荷物持ちのダイガン。そしてコキの国の何人かの人達だ。

 私達は館の門まで付くとエチゴスを促す。


「ゼング様――――! ゼング様――――! 門を開けて下さい―――!!」


 ダイガンが大きな声を出すと。大きな門が開かれる。

 中から出てきたのは身長3.5メートルほどの巨人の男だ。おそらく、これがゼングだろう。

 ダイガンの話しではオーガのゼングには、母親と8人の兄がいてゼングは末っ子らしい。母親の誕生日に出す、ごちそうの人間の女をエチゴスに選ばせていて、その選考の最中に私達はコキの国に来たようだ。

 ゼングは人間の年齢では30歳後半ぐらいに見える。太っていてだらしない格好をしている。いかにも頭が悪そうだ。

 実際に股間を掻きながら出て来るゼングからは知性があまり感じられない。


「なんだ、エチゴスじゃねえか、何の用だ?」


 そしてゼングはエチゴスの後ろの私達を見る。


「おう、母ちゃんに持っていく女を連れて来たのか、ご苦労だなエチゴス」


 ゼングは私達を見ると笑う。その笑顔は不気味だ。オーガ族は種族の特徴として、逆さに生えた巨大な牙を持つ。そのためか、顎が四角になっており口が大きい。そのせいで、笑うと恐ろしい感じを与える。

 ここまで付いて来たコキの人達が怯えている。


「どれどれ、どんな感じかな」


 ゼングがキョウカさんに手を伸ばす。

 私は危ないと思った。キョウカさんが危ないのではない。キョウカさんは魔法が制御できない。もしゼングがキョウカさんに触れ、怒ったキョウカさんが魔法を使えば、このあたりが焼野原になるだろう。

 だから、先程も後ろに下がってもらったのだ。

 キョウカさんがいつも留守番をしているのもそのためだ。最初、キョウカさんは留守番を嫌がったが、魔法を暴走させ逃げ遅れたサホコさんを庇ったレイジ君が怪我をした事で、さすがのキョウカさんも聖レナリア共和国に残る事を承諾した。

 ゼングの手がキョウカさんに迫る。しかし、その手は弾かれる。


「お嬢様に触れるのはやめてもらいましょうか」


 もちろん手を払ったのはカヤさんだ。後ろに下がっていたのにいつの間にか前に立っている。


「何だ、お前は?」


 ゼングがそういうとカヤさんが飛び上がる。


心臓破壊ハートブレイク!!」


 そう言ってゼングの胸を拳で軽く打ち抜く。


「ぐっ!!」


 ゼングは呻き声を上げそのまま倒れる。

 心臓壊しは拳で胸を打つ衝撃波により、体を傷つけずに体内の心臓を止める技だ。

 心臓を止められたゼングは倒れたまま動かなくなる。


「さて、ヒポグリフの餌には丁度よいですね」


 カヤさんがゼングを見て言うと周りの人が恐れおののく。


「嘘だろ……。オーガが一撃だ」

「あんなに細い体なのに」

「しかも魔獣の餌になんて……。オーガよりも恐ろしい」


 コキの人達が口々に言う。ちなみに私も時々カヤさんが怖いときがあったりする。

 カヤさんが一緒に連れて来たヒポグリフにゼングの体を与える。


「疲れましたわ、カヤ。中に入りますわよ」


 そう言ってキョウカさんが中に入る。

 私達もオーガの館の中に入ると外見に劣らず立派だった。

 チユキさんが調べたところによるとオーガの建築技術はドワーフ並みで、雲の上に城を建てる者も過去にいたらしい。

 その人間の家よりも立派なオーガの館を一晩の宿に選んだのだ。だけど、元々オーガが居住していたので少しは片づけが必要だろう。

 寝室らしき部屋に入るとかなり散らかっていた。

 壁には裸のオーガの女性の絵がたくさん張られている。

 そして床には下着らしき物も落ちている。


「こちらはごみ箱みたいですわね。なんですの、丸まった紙がたくさんありますわ。すごく生臭いですわね……」


 キョウカさんが嫌そうな顔をする。たまにクロキの部屋にあるあれだろう。その紙には触れない方が良いと思う。


「話しに聞く、典型的な1人暮らしの殿方の部屋ですね……」


 カヤさんが呟く。


「クロキの部屋はここまでは散らかっていなかったんだけどな。だとしたらあれもあるのかな?」


 ゼングに比べてクロキの部屋は清潔だったと思う。いやらしい絵も壁になかった。

 でもエッチな本は必ずどこかに隠されていた。こっそり部屋に入って読むのはちょっと楽しみだったりする。

 私は部屋の中を探す。


「あっ、やっぱりあった。エッチな本」


 ベッドの下に沢山のオーガの女性の裸が描かれた本を見つける。肉感的だが、牙と四角な顎が人間の男性の好みに外れていると思う。


「シロネ様。こんな所で広げないでください」

「あっ、御免なさい。すぐに処分するね。こんな本を持っているなんてクロキと一緒だね」

「不潔ですわ。お兄様はそんな本を持ってはいませんでしたわ。そうでしょう、カヤ」


 その言葉にカヤさんが頷く。


「確かにレイジ様はそのような本は持っていないようでした。そのような本を持つ必要がなかったからかもしれませんが……」


 カヤさんが言う。


「そうでしょうとも。お兄様はシロネさんの幼馴染と違って、そんないかがわしい本を持ったり等しませんわ」


 キョウカさんのその言葉に少しカチンと来る。


「確かにレイジ君はすごいけど。普通の男の子のクロキと比べたらクロキが可哀そうだよ」


 私はクロキを弁護する。そもそもレイジ君と比べたらほとんどの男性は可哀そうな評価にしかならない。


「それなのですが、シロネ様。彼を普通の人間と言って良いのでしょうか?」

「どういう意味なの、カヤさん」

「彼はレイジ様に勝ちました。レイジ様が特別なら、それに勝った彼も特別でしょう」

「それは……」


 カヤさんに言われて言葉につまる。


「シロネ様はたびたび幼馴染の彼の事を話していましたが、強い印象を受けませんでした。ですが、実際に戦って見るととても強い。本当に彼はシロネ様の幼馴染なのでしょうか?」


 カヤさんが疑問を口にする。


「それは……間違いなくクロキだと思う。うん、それは間違いない」


 私は断言する。私がクロキを見間違うはずが無い。

 元の世界で退屈な普通の日常をすごしているはずのクロキが、なぜこの世界にいるのだろう。

 そのクロキが強い敵となって私達の前に現れる。そもそもそれがおかしいのだ。

 特に何の変哲もない普通の男の子。それがクロキのはずだ。意味がわからない。

 クロキは私に勝った事は一度もない。私よりも弱いはずだ。

 それがヒーローのレイジ君に勝つなんてありえない。

 でも、あれは間違いなくクロキだった。私の頭は混乱する。


「だとしたら彼は実力を隠していた事になりますね。彼の動きはかなりの鍛錬を積んだ者の動きに感じられました。私もかなり修練を積みましたが彼はそれ以上だと思います。よほど強い思いが無ければあそこまで武の高みには登れないでしょう」


 カヤさんの言葉に強いショックを受ける。クロキの事は何でもわかっているつもりだった。でも実際は違っていた。

 レイジ君達と付き合うようになって、クロキと会う回数は減った。その間に何か会ったのだろうか?

 その何かに立ち会えなかった事がとても悔しい。


「正直、私もわからない。いろいろな事がありすぎて……」


 私は俯き答える。


「そうですか……。ではこの事はもうやめにしましょう」


 私の様子を見たカヤさんがそう言う。

 今いくら考えても答えはでないだろう。クロキを取り戻して真相を聞いてやろう。


「そうですわ、カヤ。いい加減、休みたいですわ」


 キョウカさんが言う。確かに私も休みたい。


「そうですね、この部屋を片付けて食事にしましょう。肉類は食べる気がしませんが野菜類なら食べられるはずです。シーツ等も人間の物よりも上等ですし、ゆっくり休めるでしょう」


 カヤさんの言葉に頷く。

 連れて来た人達に手伝ってもらい、部屋を片付けた後に食事にする。

 連れて来た人達は良く働いてくれた。

 特に娘をオーガにやらなくてすんだ父親とその娘は私達にすごく感謝して働いてくれた。

 ただ中には、私達が怖くて働いている人もいるみたいだ。

 これからコキの国はどうなるかわからない。オーガがいなくなった事で他の魔物が来るかもしれない。

 でも、これ以上この国の面倒を見る事はできない。

 部屋の掃除と食事を作るのを手伝ってもらい、私達はコキの人達を帰らせる。

 この館に住んでいたオーガには兄弟がいるらしいが、もしコキの国に来た時は私達がやったと言うように伝えてある。

 食事が終わり、簡単に湯あみを済ませると私達は休む。

 オーガのベッドのシーツも新しい物に取り換えているので臭くはない。ベッドは1つしかないが、オーガはかなりの巨体だったので私達3人が寝ても大丈夫だ。

 今は考えても仕方がない。クロキに会って、話せばわかるはずだ。

 私達はゆっくり休む事にした。




◆落ちぶれたエチゴス


 助けてくれ。

 そう叫ぼうにも猿轡をされていて、うまく喋る事ができない。

 コキのやつらは私達を気の毒そうに見るだけで帰って行った。

 私の横には私と同じように、鎖で何重にも拘束されたダイガンが気絶した状態で吊るされている。

 案内をした事で殺されずにすんだが、カヤと言う女によって拘束されて、オーガの館の屋根から鎖で吊るされてしまった。あの女は鬼だ。

 なんでも、あのカヤとシロネとか言う女達は、自分に危害を及ぼそうとする相手の気配を感じ取る能力があるらしい。それで、あの2人に邪な考えを持った事を見破られたみたいだ。

 だから、こんな状態になってしまった。

 夜風が冷たい。

 このエチゴス様がこんな目にあうなんて。涙が出そうになる。

 私はどうなるんだ。

 誰か助けてくれ。



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