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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
33/195

アルゴアの王子

◆暗黒騎士クロキ


 グロリアスでアケロン山脈を飛ぶ。山の少し険しくなった場所に大きな横穴がある。

 この穴の中にゴブリンの巣がある。ゴブリンは夜行性ではないが闇行性だ。そのため光が入らないように洞穴等に住む事が多い。

 そのゴブリンの住処の入り口にグロリアスを降ろす。

 自分が先に降り、後ろに乗っていたクーナを降ろす。


「クロキ。ここがカロン王国なのか?」


 クーナが横穴を見て言う。その問いに自分は頷く。


「確かそのはずなんだけどね……。自分も来るのは初めてなんだ」


 カロン王国はアケロン山脈の北側、つまりはナルゴル側にあるゴブリンの王国だ。

 そしてモデスの支配下にあるゴブリンの国である。このゴブリンの巣は別名をカロン王国という。何匹のゴブリンがいるかわからないがナルゴル側のゴブリンの部族で最大らしい。

 入り口に立つとやがて5匹のゴブリンが近づいてくる。

 その真ん中に立つゴブリンに目が魅かれる。ゴブリンは成人しても人間の10~12歳くらいの子供の身長ぐらいにしか大きくならない。だが真ん中のゴブリンは周りのゴブリンよりも一回りも大きい。


「お待ちしておりました、ディハルト閣下ゴブ。わらすはケンエオと申すでゴブ」


 真ん中のでかいゴブリンが自分に頭を下げる。


「ゴブ?」


 ゴブリンの言葉は聞き取りにくい事が多いがこのケンエオの言葉は良く聞こえる。しかし、語尾に変な言葉がついていたのは気のせいだろうか?

 大きなゴブリンは自分に頭を下げた後、ちらりと横を見る。そこには当然クーナがいる。


「それと奥方様でゴブ」


 クーナにも頭を下げる。それから変な語尾は気のせいではないようだ。


「奥方様……。見る目がある」


 クーナが呟く。何故だろうか?クーナが少し嬉しそうだ。


「こちらに、女王様がお待ちでゴブ」


 ケンエオが自分達を案内する。

 ゴブリンの巣の中を案内される。ゴブリンの巣の中は暗く先頭を行く者の持つ、光虫の入ったランタンだけが灯りとなっている。暗視が使える自分は灯りが無くても問題はないが、クーナは助かっているだろう。

 歩いていると多数のゴブリンとすれ違う。

 ゴブリン族は大人でも人間の10~12歳の子供と同じサイズにしかならないが、力は人間の大人と同じ位ある。彼らの頭は石のように固く、通常の武器では刃が立たない。攻撃するとき頭以外の場所を狙わなくてはならない。だが戦いをさけるだけなら歌えば良い。彼らは綺麗な歌声が苦手だからだ。

 そしてゴブリンの生活だが、基本的に日中は洞穴や森に潜み生きている。文明のレベルは教科書で教わる原始人とほぼ同じである。

 それがルーガスから教わったゴブリンの生態である。実際に今まで見たゴブリン達は教えてもらった通りだった。

 だがこのカロン王国のゴブリン達は普通のゴブリン達とは違うようだ。彼らの生活レベルは高く、着ている服もロクス王国で会った人間と劣らない。洞穴の壁もただ掘ったのではなく、整備されていて平らになっている。

 前を歩くケンエオの装備も人間の騎士と遜色ない。

 やがて広い場所に出る。その部屋は至る所に光虫の照明が備え付けられていて明るかった。

 その部屋の奥に一匹の巨大なゴブリンが座っている。大きさは自分と同じくらいだが、非常に太っていて動きにくそうだった。この太ったゴブリンは他のゴブリンが禿頭なのに対して長い髪が有る。そしてこのゴブリンからは強大な魔力を感じる。その魔力は強く魔族にも引けを取らない。


「おおきい……」


 クーナが呟く。これをゴブリンと言っていいのかわからないが、これがカロン王国の女王なのだろうか?


「閣下。こちらは我らが女王である、ダティエ様でゴブ」


 ケンエオが巨大なゴブリンを指して言う。やはりこの太ったゴブリンが女王なのだろう。正直ゴブリンにも女性にも見えないがそれは言わないでおこう。


「ようこそカロン王国へ、ディハルト閣下」


 ダティエが頭を下げる。

 自分は兜を外し脇に抱える。一応自分が上位者となっているが、兜を着けたまま話すのは非礼だろう。


「ディハルトです。問題があったみたいですが、何があったのです?」


 しかし、ダティエは何も喋らずこちらを見ている。その視線にさらされると何故か背筋に冷たい汗が流れる。


「クロキが聞いているのに何も答えないのとはどう言う事だ! つまらない事だったらクーナが許さないぞ!!」


 クーナから攻撃的な魔力が発せられる。


「ちょ! クーナ!」


 自分は慌てる。

 クーナの剣幕にダティエやケンエオ等のこの部屋にいるゴブリン達が怯えだす。

 何故かダティエの事が気に要らないみたいだ。


「申し訳ございません、閣下」


 ダティエが謝る。


「いっ、いえ。クーナも落ち着いて。何があったのですか?」


 自分はクーナを宥めるとダティエを促す。


「はい、実は。最近アケロン山脈に人間達が攻め込んで来ているのです」

「えっ……」


 ダティエの言葉に自分は思わず声を出す。それは一大事だった。


「ま……、まさかレイジ達が?」


 一応レイジにはナットを始めとした見張りが動きを監視しているはずだ。現在彼らは大陸の西側に行っていると聞いている。何時の間にこちらに来たのだろうか?

「いえ閣下。攻めて来たのは光の勇者ではないのです。本来ならお伝えする程の事ではないかもしれないのですが……念のためと思いまして……」

 自分達では判断しづらいから呼んだのだと言う。

 もしレイジ達が攻めて来たら、このカロン王国が最初に相手をする事になる。前回は抵抗する間もなく通してしまったらしい。

 当時はナルゴルとの間に連絡網が整備されておらず、レイジ達が侵入してもしばらく気付かなくて後手に回ったらしい。

 その教訓から緊急時は魔法の警報装置でナルゴルに知らせる事になっている。また緊急でなくても異常があった時も知らせる事になっている。

 そして、今回はその警報装置を使っていない。異常ではあるが緊急ではないのだろう。


「初めは南側の部族の何匹かが、峰を越えてカロンに入って来たのが始まりでした。最初は南側の部族の間で争いがあったのかと思ったのですが……。どうも違うようでしたので使いの者を南にやったのです」


「そこで人間が攻めて来ているのに気付いたと?」


 ダティエは頷く。


「彼らは峰を越えては来ないのですが、何度もアケロンの南側に攻めて来ているみたいなのです。何がしたいのか目的はわかりません……。とても怖いですわ閣下」


 ダティエは腕を回してくねくねと体を揺らす。不気味だった。

 そして、確かに何が目的なのだろう。単純にゴブリンの討伐なのだろうか?


「レイジでは無いと言いましたが、彼らが何者かわかっているのですか?」


 彼らゴブリンに人間の区別が付くのかわからないが一応聞いてみる。


「光の勇者のような良い男ならすぐにわかりますわ、閣下。もし再び攻めて来たら、今度は私が身を捧げてナルゴルを攻めないでと懇願するのですが……」


 ダティエの言葉にうわあと思う。この世界の人間型の種族は美的感覚が何故か人間と同じなのを忘れていた。

 そしてレイジも可哀そうにと思う。


「調べによりますと攻めて来ているのはアルゴアの英雄パルシスとか言う男ですわ。絵の達者な者に似姿を描かせて持って来させました。間違いなく勇者ではございません。パルシスも良い男の様ですが、光の勇者にはかなり劣りますわね」


 相変わらず不気味に体を揺らしながらダティエが言う。

 そのダティエの言葉に以前聞いた事がある名詞が入っていたような気がする。


「アルゴア……リジェナがいた国」


 クーナの言葉で思いだす。


「そうだ、リジェナがいた国だ」


 アルゴア王国はリジェナの父親が治めていた国のはずだ。

 リジェナはナルゴルに来る前の事をあまり話さないから忘れていた。

 そのアルゴアの英雄が、何故アルゴア山脈の南側のゴブリンを攻めるのだろうか?

 リジェナに聞けばわかるかもしれないが、聞く気は起こらなかった。リジェナの一族は今のアルゴアを治めている人達によって殺されたも同然である。聞く事で辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれなかった。

 それに、その英雄がリジェナの一族を追放した事に加担している可能性もある。尚の事聞けない。

 リジェナは彼らに復讐したいと思っているのだろうか?リジェナは何も言わないし、こちらも聞こうと思わないからわからない。

 恨みを持つなと言うつもりもないが、復讐を手伝おうとも思わなかった。

 彼女をどうすれば良いのかわからない。人間の彼女を魔物の国であるナルゴルに長く置いても良いとは思えなかった。いつかは人間の国のどこかに良い受け入れ先を探さないといけないだろう。

 自分は考え込む。

 そこでふと視線を感じる。顔を上げるとダティエがこちらを見ている。


「何か?」

「いえね、閣下も光の勇者と同じくらい良い男だなと思いまして。ぐふふふふ」


 ダティエは舌なめずりしながら笑う。その視線がねっとりと自分を捕えていた。

 自分の背筋にぞわっと冷たい何かが走る。


「いい加減その目をやめろ! ゴブリンの女王! クロキはクーナのだぞ!!」


 自分を見つめるダティエの視線にクーナが怒る。


「いっ! いいからクーナ! わかりました! そのアルゴアの英雄の事はこちらに任せてください! 行こうクーナ!!」


 自分はクーナを宥めると足早にこの場を立ち去る。

 ダティエが引き留めようとするがかまわない。

 ここは急いで撤退しないと危険だ。

 自分は大急ぎでカロン王国を出た。





◆アルゴアの王子オミロス


「閃光!!!」

「グギャアア!!」

「グアアア」


 パルシスの放つ閃光の魔法が炸裂する。

 その強い光を受けたゴブリン達が目を押さえて苦しみだす。闇行性のゴブリンは強い光に弱い。しばらくは目が見えないだろう。


「今だ! 奴らが視力を回復しないうちに倒すんだ!!」


 こちらは7名なのにゴブリン達は20匹以上はいる。視力が回復し数で押し切られるとやっかいだ。

 号令と共に自分も剣を掲げてゴブリン達に突っ込んでいく。


「頭は固いから狙うな! 胴体を狙うんだ!!」

「そんな事わかってら!!」


 口々に言い合いゴブリン達と剣を交える。ゴブリン達は暴れ回り彼らの攻撃を躱そうとする。

 ゴブリンの頭は石のように固いため剣が通らない。そのため、首から下を狙わなければならない。人間はゴブリンよりも背が高いため、狙いにくいがある程度熟練した戦士であれば問題はない。

 そして自分達はアルゴアの戦士だ。この程度のゴブリンなら何とかなるだろう。

 ナルゴルに近く、常に魔物の脅威にさらされているアルゴアでは強い事が重要な価値を持つ。アルゴアの男子は生まれてから戦士として生きる事を宿命づけられる。

 アルゴアの男は皆が戦士であり精強だ。そしてアルゴアの戦士と言えばこの地域で最強を意味する。

 だからこの数のゴブリンでも負ける事はない。

 戦況はこちらに有利に進んでいる。しかし、さすがにゴブリンの数が多くまた暴れるので中々倒す事ができない。


「ガアアア!!」


 ようやく視力が回復したゴブリンが棍棒を振り上げ襲ってくる。

 自分はゴブリンの棍棒を盾で防ぐと体を回してゴブリンの体を斬り裂く。

 斬ったゴブリンを蹴飛ばし他のゴブリンに当てそのまま横から来たゴブリンを突き殺す。


「やるじゃないですか、オミロス王子」


 パルシスが笑いながら言う。

 よく言うと自分は思う。この男は自分よりもはるかに多くのゴブリンを相手にして倒している。

 パルシスは元々アルゴアの人間ではない。腕を見込まれて父の食客となった他国の人間だ。

 その腕は凄まじく、1対1なら誰もパルシスに敵わないだろう。

 最近は他国にもその名が鳴り響き、アルゴアの英雄と呼ばれるまでになっていた。

 自分はこのパルシスと言う男があまり好きではなかった。キザで女たらしである。この男は我が国の女性だけでなく、他国の女性にも手を出しているようだ。

 先代の王とは違い、近隣諸国と友好関係を築くという父の方針で自分は周辺の国々に行かされた。それにこの男は供として付いて来たのだ。その時に他国の令嬢達に手を出したみたいだった。

 パルシスは男とは思えないほどの美形である。女性も放っておかないのだろう。


「それでは、このパルシスも王子様に負けてはいられませんね。行きますよ!!」


 そう言うとパルシスはゴブリンの群れに向かっていく。そして次々とゴブリンを斬り裂いて行く。

 その動きはまさに疾風だった。


「すごい……」

「さすがパルシス様だ!!」


 そこにいた全員が口々にパルシスを褒め称える。

 パルシスは英雄と言われるだけあって本当に強い。噂では弱いオーガぐらいなら1人で渡り合えるらしい。

 自分は舌を巻く。顔も良く強い。まるで光の勇者のようではないか。

 やがてパルシスの働きにより、ゴブリン達で動いている者はいなくなる。


「終わりましたが、まだ先に進むのですか? オミロス王子?」


 パルシスが振り返って自分に問う。


「はい、もう少し先に進みたいと思っています」


 自分がそう言うと不満の声がでる。


「若様……戻りましょう。これ以上ここにいたら死んでしまいますよ」


 一緒についてきたバルサザが撤退を提案する。彼は父の配下で自分の護衛だ。


「すまない、バルサザ。もう少しだけ付き合ってくれ」

「もういいじゃねえか、オミロス。キュピウスの姫の行方なんか。もうゴブリンに殺されているぜ」

「マキュシス!!」


 自分はマキュシスの胸ぐらをつかむ。彼は自分の従兄弟だここまで一緒について来てくれた。


「ゴブリンは必ずしも人間を殺したりしない! 生かしておく事もある!!」

「おい、それじゃ、生きてるよりも悲惨だぜ……。ゴブリンの子供を産まされるなんてよ……」


 ゴブリンが人間の女性を殺さずに生かしておく理由は1つしかない。そのマキュシスの言葉に泣きそうになる。


「それでも……リジェナを……」

 最後は言葉にならなかった。


「マキュシス殿。そんなに王子ををいじめるものではないですよ」


 パルシスがそう言うとマキュシスがため息をつく。


「すまない、オミロス。言い過ぎた」


 マキュシスが謝る。


「来る途中に外に通じる穴がありました。そこで休みましょう」


 パルシスの提案に皆が賛同の声を上げる。元々ここにいるのは自分のわがままなのだ。

 自分達は引き返した。

 穴にたどり着き、外に出ると空は薄曇りであった。

 カンテラの火を消し、各々そこらに座り込む。


「オミロス王子。マキュシス殿ではないですが、いつまで続けるつもりなのでしょう?」


 パルシスの問いに自分は頭を悩ませる。


「すみません、パルシス殿……。せめてリジェナがどうなったのか知りたいんです……」


 自分が言うと皆が黙る。

 言わなくてもわかっている。おそらくゴブリンに捕えられた女性の最悪の姿を想像しているのだろう。


「だがよ、オミロス、もうここら辺のゴブリンは刈りつくしたはずだぜ」


 マキュシスの言葉に頷く。


「ああ。だからもう少し先に進もうと思う」


 自分が言うと戦士達から反対の声が上がる。



「それはだめだ! これ以上進むと山の北側に入っちまうぜ!!」

「そいつは勘弁してもらえませんか王子、北側のゴブリンは南側のゴブリンよりも遥かに強い。さすがに危険だ!!」


 配下の者の言う事はもっともだった。

 北側のゴブリンは強い。装備も南側ゴブリンの武器が棍棒ぐらいしか作れないのに対して北側のゴブリンは鉄製の武器や鎧を作る技術を持っている。パルシスを除き、行けば確実に死ぬだろう。

 配下達は口々に不平を言う。バルサザやマキュシスも何も言わないが不満そうだ。

 言わないのはパルシスぐらいである。


「そんなに不平を言う物ではないですよ、皆さん。私は王子の気持ちもわかりますよ。リジェナ姫ですか。確かに美しい姫でしたからね。固執するのもわかります」


 パルシスが皆を窘める。

 だけど自分はそのパルシスの言葉に血が逆流する感じがした。


「パルシス殿! そう思うならば、何故リジェナを助けてくれなかったのですか?! むざむざとゴブリンの巣穴に……」

「それを決めたのは王であるあなたのお父上ですよ。私に何ができましょう」


 そう言われては黙るしかない。

 パルシスの言うとおりだった。リジェナをゴブリンの巣穴に追放したのは父だ。

 元々アルゴアには内部で争いがあった。

 争いの原因は建国の時まで遡る。

 アルゴアの起こりは400年前に魔王討伐を行うために集まった東大陸の諸国の騎士団や戦士団の拠点となった砦である。

 最初はナルゴル攻略の時までの臨時の砦が時代を得る事で国となっていった。

 いつしか司令官が王となり、各国の騎士団や戦士団がそれぞれの氏族となった。

 最初は聖レナリア出身の氏族が王となっていたが、他の氏族が不満を持ち争いになり。各氏族が話し合いの結果10年交代で各氏族の族長が王となる事が決定した。

 だけど、次第にその決め事は守られなくなり、特に有力な氏族だったある氏族が王位を独占しはじめた。それがリジェナのいた氏族だ。

 それに不満を持つ者もいるが、その氏族が強力だった事もあり、争いは表面化する事は無かった。

 しかし、ある時問題が起こった。

 時の王であるキュピウスが、大国ヴェロスに滞在中にその国の王子の婚約者と恋に落ち、そのあげく駆け落ちをしてアルゴアに連れて帰ってしまったのだ。

 当然ヴェロス王国は怒り、王子の婚約者を戻すように要求した。

 だがキュピウス達は返す事はしなかった。

 不満に思ったのが他の氏族である。元々王家に不満を持っていたからなおさらだ。

 他の氏族はキュピウスに戻すように説得したが聞き入れられなかった。

 結果としてアルゴアは大国ヴェロスと争う事になり、周辺の国もアルゴアと距離を置くようになった。

 そのためアルゴアには商人が寄り付かなくなり、孤立し生活が苦しくなった。結果、他の氏族は王家にさらに不満を持つようになったのだった。

 その不満を持つ人々が対立する有力氏族の長である自分の父モンタスの所に集まり、王となったキュピウスに退位を求めるようになったのである。

 もちろんキュピウスは聞き入れない。

 王家は強力であり、他の氏族も正面から争う事はできなかった。王家も他の氏族を滅ぼすだけの力は無く、争いが表面に出る事は無かった。しかし、不満だけは溜まっていった。

 やがて月日が流れ、駆け落ちした女性はキュピウス王との間に姫を生んだ。それがリジェナである。

 リジェナが出会ったのは5歳の時。王宮で行われた氏族長の会議に父に連れて来られた時の事だった。

 その時、自分は初めて来た王宮に興奮して勝手に歩き回った。その時に、たまたま王宮を歩いてリジェナに出会ったのだった。

 リジェナの周りには同年代の子供がおらず自分達はすぐに仲良くなった。

 大人達は争っていたがそんな事は子供であった自分とリジェナには関係がなかった。

 自分達は時々親の目を盗んで一緒に遊んだ。

 そして、リジェナと共に大きくなった。

 大きくなったリジェナはとても綺麗になった。リジェナの前では言えなかったが自分はそんなリジェナを守りたかった。

 だから自分はマキュシスとバルサザと共に1年程アルゴアを離れ武者修行の旅をした。

 だけどそれは失敗だった。

 そして祖国であるアルゴアに戻って自分は仰天した。いつの間にか自分の父モンタスがアルゴアの王となり、リジェナ達を追放していたのである。

 何でも、キュピウス王が父達を皆殺しにしようとしたらしい。

 最終的に反撃に成功した父が勝ち、父は王となった。

 最初にその事を聞かされた時は耳を疑った。確かに争いはあったが、キュピウス王はそんな暴挙に出るような人ではないと思っていたからだ。

 だけどその思いは裏切られた。

 確かにキュピウス王は自業自得かもしれないが、何もしなかったリジェナまで追放しなくても良いのではないだろうか?

 自分は父を責めたがどうにもならなかった。

 せめてリジェナがどうなったのか知りたい。そう父に言って英雄パルシスを借りて、このアケロン山脈を捜索しているのだ。

 リジェナが生きているのかどうかわからない。生きているなら助けたい。死んでいるならその遺品を持ち帰りたい。暗いゴブリンの巣穴の中に閉じ込められているなんてあまりにも可哀そうだ。


「王子。悲嘆に暮れる気持ちはわかりますが、そろそろ戻らないと夜が来てしまいます。今日はもうやめましょう」


 その言葉に頷く。自分のわがままでバルサザやマキュシスまでも死なせるわけにはいかない。

 休憩が終わり、全員が立ち上がる。


「休憩は終わり?」


 突然声がかけられる。女性の声だ。

 全員が声のする方を一斉に見る。

 そこには美しい少女が1人立っていた。

 透き通るような白い肌に白銀の髪がとても綺麗だった。

 黒いドレスのような服に身を包み、その手には巨大な鎌が握られていた。

 こんな綺麗な少女に出会うのは初めてだった。彼女のいる場所だけ、まるで別世界のようだ。

 ここにいる全員が少女に見惚れてしまう。


「お嬢さん、なにか御用でしょうか? 只者ではないみたいですが」


 誰もが動けない中で唯一パルシスだけが動く事ができた。

 パルシスの言うとおり、この少女は只者ではないだろう。


「貴方達がアルゴアの方から来ている人で良いの?」


 少女は自分達に尋ねる。


「はい、そうですけど……」


 自分は頷く。


「そう……ヘルペスは誰?」


 その少女の言葉に顔を見合わせる。ヘルペスという名の仲間はいない。


「いないの? アルゴアの英雄と聞いている……」


 その言葉にようやく合点が行く。


「アルゴアの英雄ならヘルペスでは無く、パルシスだぜお嬢ちゃん」


 マキュシスが訂正する。


「そう……じゃあそのパルぺスは誰?」


 名前を覚える気がないみたいだ。


「パルシスは私ですよお嬢さん」


 パルシスが長い髪をキザったらしく触りながら名乗り出る。


「ゴブリン顔……。お前がヘルペスなのか?」


 名前が最初に戻っているが訂正するのが面倒なのかパルシスは頷く。

 それにしてもゴブリン顔とは妙な事を言う。パルシスは男から見ても美形だ。醜いゴブリンとは似ても似つかないはずだ。


「ならクーナと戦って。鍛錬の成果を見たいの」


 そう言うと少女は大鎌を構える。その態度に全員が驚く。この少女は自分達の敵なのだろうか?


「なぜあなたと戦わねばならないのですか?」

「クーナが鍛錬の成果を見たいからだ」


 その理由はどうなんだろう。それではただの戦闘狂だ。


「よくわかりませんね……。もしかしてナルゴルの者ですか?」


 パルシスの言葉に少女は頷く。


「確かにクーナはナルゴルに住んでいる」


 その言葉に再び全員が驚く。


「ナルゴルに住んでいるって……人間じゃないのか?」


 ナルゴルは魔物の住む国だ人間が住める土地ではない。この少女も人間ではないのだろう。確かに人間とは思えない美しさだ。


「もしかして伝説の魔族……。魔女か?」


「魔族の女は恐ろしい姿だと聞いている。だけど美しいぞ……」


 口々に少女の事を言い出す。少女がナルゴルの者なら人間の敵だ。だからこちらに攻撃しようとしているのだろうか?


「おかしいですね魔族の女性はもっとこう……。本当に魔族なのですか?」


 そのパルシスの言葉におやっと思う。パルシスは魔族を見たことがあるのだろうか?


「クーナは魔族じゃない。クーナはクーナだ」


 少女の表情は変わらないが。かなり焦れているようだ。


「いい加減剣を取れ。こないならこちらからいくぞ」


 少女が今にも襲ってきそうだ。


「女性と戦う気はないのですが……。やむをえませんね」


 パルシスが剣を抜き盾を構える。


「申し訳ないですが私は強いですよ」


 パルシスは強い。しかし、目の前の少女も只者ではないだろう。


「いくぞ!!」


 少女が鎌で突いて来る。


「ふふんその程度……」


 その少女の鎌をパルシスは笑いながら盾で受け止め……


「……ゴブウウウウウウウウ!!」


 ……られず。そのまま弾き飛ばさる。

 パルシスは変な叫び声を上げながら飛ばされ後ろの岩に激突する。

 その様子に全員があっけに取られてしまう。


「パルシス様!!」

「パルシス殿!!」


 しばらくして我に返った自分達がパルシスに駆け寄る。


「ゴブ……なんて力なんですか……」


 岩に体をぶつけたがパルシスは無事のようだった。


「嘘だろ……あのパルシス様が……」

「あんな小さな体で……」


 少女の腕は細いがとんでもない力持ちのようだ。アルゴアの戦士が何人がかりでも彼には勝てないというのにだ。


「なんだ、今のは? クーナは軽く突いただけだぞ」


 その言葉に全員が恐怖を覚える。

 先程の突きは本気ではなかったようだ。


「見た目とは違って中々の力のようですね……。ですがまだ終わりませんよ」


 パルシスがふらつきながら。盾と剣を再び構える。


「力は強いみたいですが、これならどうです! 火弾!!!」


 パルシスの手から火の玉が放たれる。

 火の玉は少女の足元に当たり、土煙を上げる。どうやらわざと当てず相手の視界を塞いだようだ。


加速ヘイスト!!!」


 土煙が上がるとパルシスが動きながら叫ぶ。パルシスの動きが早くなる。その動きは風のようだ。

 動きを加速させたパルシスは少女を迂回すると後ろに立ち、背中に剣を突き付けていた。


「勝負ありですね。降伏するなら命だけは助けて上げますよ」


 パルシスは笑いながら少女に言う。


「何を言っている。それで全力?」


 少女がそう言うと突然姿が消える。


「えっ!!」


 パルシスの驚く声。

 消えた少女はパルシスの後ろにいた。


「いっ、何時の間に!!」


 パルシスが振り返り驚愕する。


「今度はこちらの番」


 少女が鎌を振るう。


「なにっ!!」


 パルシスだけでなく全員が驚く。

 少女の持つ一本の鎌がいくつも分裂してパルシスに襲い掛かったのだ。


「うわああああああ!!!」


 パルシスは叫ぶだけで何もできない。何本もの鎌がパルシスの体を通りすぎていく。

 数秒の後。鎌は消える。


「えっ?」


 パルシスの驚いた顔。鎌は何本もパルシスを通りすぎたように見えたのに死んではいなかった。


「安心しろ命は取らない。鎧を斬っただけだ」


 少女が言うとパルシスの鎧がその体から外れ地面に落ちて行く。

 少女の放った鎌はパルシスの体を斬らずに、鎧の部分だけを正確に狙ったみたいだ。パルシスの鎧は全て外されてしまった。

 だが、外されたのは鎧だけではなかった。パルシスの鎧の下の服が裂けてずり落ちる。


「失敗……少し手元が狂った。もっと練習しないと」


 少女がそう言った瞬間パルシスのズボンがずり落ちる。

 こちらからだとパルシスの尻が丸見えだ。


「小さい……。豆?」


 少女が目線を下げ呟く。

 この攻撃は痛い。パルシスに同情する。


「ううっ……ここは撤退です! 行きますよ! 皆さん!!!」


 パルシスが股間を押さえて我先にと逃げ出す。すごく格好悪い。


「化け物だ!!!」

「魔女だ! 白銀の魔女だ!!」

「逃げろ!!」


 配下もまた逃げ出す。


「オミロス!こっちも逃げるぞ!!」


 マキュシスが自分を促す。


「わかった!!」


 自分も背を向け逃げ出す。

 逃げながら後ろを振り向く。

 少女は追ってこない。その少女の傍らにもう一人誰かがいる気がした。





◆暗黒騎士クロキ


「弱すぎ。これじゃ上達したのかわからない」


 クーナが不満を言う。


「しかたないよ。クーナが強いんだよ……」


 自分はクーナの頭をなでる。するとクーナの表情が少し和らぐ。


「あいつら逃げた。どうするクロキ?」


 クーナが自分に尋ねる。


「本当……どうしようか……」


 グロリアスに乗って飛んでいる時に、ゴブリンの巣穴から人間が出て来るのが見えた。

 きっと、彼らの誰かが英雄パルシスなのだろうと思い接触する事にした。

 グロリアスで近づくと巣穴に逃げられると思ったので、グロリアスを少し離れた所に降ろし、気配を消して近づいた。

 さてどうするべきか?なぜ彼らはこんな所に来ているのだろうか?理由を聞くべきか?

 でもリジェナをゴブリンの巣穴に追放した人達かもしれない。そんな奴らなら碌な理由じゃないかもしれない。それなら聞かない方が良いだろう。

 だから少し痛い目を見てもらって2度とこの地に来ない事を約束させる。

 そう思って行こうとすると、クーナが自分が相手をしたいと言い出した。どうやら大鎌の練習の成果を見たいらしい。

 大鎌は見た目通り使いにくい武器だ。実戦で練習の成果を見た方が良いのは確かだ。

 だけどクーナを戦わせる事にためらいがあった。しかし、どうしてもと言うクーナの頼みを駄目だと言えなかった。

 不正確だが、自分はある程度なら相手の力を計る能力がある。彼らから感じる力は弱い。クーナでも問題はないだろう。

 だからクーナが行く事を了解した。

 そして、彼らに近づきクーナ1人が彼ら近づいて行ったのである。

 もちろん危ない時はいつでも助けに行けるように隠れていた。しかし、予想以上に彼らは弱く、簡単に逃げ出してしまった。

 結局、ここに来ない事を約束させる事はできなかったみたいだ。

 追うべきだろうか?


「そう言えば、彼らは何かを話していたみたいだけど、何を話していたか聞こえたかい?」


 この世界に来て自分の耳は良くなっている。しかし彼らの声は自分が待機していた場所までは届かなかった。


「確か……リ……」

「リ?」


 クーナが言いかけてやめる。そして何か考え込む。


「ううん、何でもない。すまないクロキ。クーナはあいつらの声が良く聞こえなかった」


 クーナはそう答える。


「しかたがないよ、クーナ。聞こえなかったんなら」


 聴こえなかったのなら仕方がない。

 それに、あまり知りたいとは思わない。

 もし、理由を聞くとしたら今度にしよう。素直に話してくれるとは思わないが、クーナは支配の魔法や魅了の魔法が使えるし、また虚偽判別の魔法も使える。

 彼らの魔力なら抵抗できないだろうから理由はすぐにわかるだろう。


「それじゃあ、魔王城に戻ろうか」


 自分はクーナの頭をなでる。クーナが再び嬉しそうな顔をする。


「わかった、クロキ」


 自分とクーナはグロリアスの所まで戻る事にする。


「クロキ……」


 自分のすぐ後ろを歩いているクーナが自分の名を呼ぶ。


「何だい、クーナ?」

「クロキは大きいな……」

「そうかな……」


 クーナにとって自分の背中は大きく見えるのだろうか?

 そんなやり取りをしながら魔王城まで戻った。



こっそり更新。

学生時代に王女とゴブリンという本を読んだ事があります。面白かったのでもう一度読んでみたい。

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