サリアの学院
◆黒髪の賢者チユキ
キソニア平原の上空を飛んでいると下に草原を走る者達が見える。
走っているのは上半身が人で下半身が馬の種族ケンタウロスだ。
そのケンタウロス達が慌てている様子が見える。
おそらく原因は私だ。今私はグリフォンに乗っている。そのグリフォンを怖れているのだろう。
広大なキソニア平原には草原に住む種族が多数生息している。その代表的な種族が下に見えるケンタウロス族と上半身が人間で下半身が山羊の姿をしたサテュロス族だ。
神話の中に出て来る種族を最初に見た時は感動したが、実際に会ってみるとその幻想は打ち砕かれた。
ケンタウロス族は一部の例外を除いて好色であり、私達を見ると襲い掛かってきたのである。もちろん追い払ったが、なんでも彼らは男性しかいない種族であり繁殖のために人間の女性を襲うらしい。
その一件もあって幻想は打ち砕かれたが、よくよく考えてみれば神話でも彼らはそんな性格だったような気がする。
お話に出て来るドラゴン等も見た時は感動したが、この世界の人間にとっては凶悪な存在だ。それは元の世界のお話しでも変わらないはずだ。
話しを聞くのとは違い実際に会って見るのとは違う。私達は力があるから笑っていられるが、本来この世界は人が生きるには過酷である。それを忘れてはいけない。
そして本来ならグリフォンも凶悪な魔獣であるはずだった。
「でもこうなると可愛いのよね……」
私はグリフォンの首をなでる。
グリフォンは鷲の頭と翼を持つライオンの体をした魔獣だ。生息地は中央山脈で行動範囲は西側のミノン平野から東側のキソニア平原にまで広がっている。
中央山脈には竜が住んでおらず、この辺り一帯の最強の生物がグリフォンである。そのキソニア平原の最強の魔獣が大人しく私を背に乗せている。
私達はナオとリノの能力を使い、キソニア平原に住むグリフォンとヒポグリフの何匹かを騎乗用にする事に成功した。またドワーフに頼んで作った、召喚のための魔法の道具でいつでも呼び出す事ができる。
そして空を飛ぶ事の許可もレーナの口利きで、エリオスの領空を飛ばない事を条件に特例として認めてもらった。そのため、このグリフォンも本来の生息地を離れて飛ぶ事ができる。
グリフォンを活用することで私達の行動範囲は格段に広がった。
そして私はグリフォンに乗り、ある場所へと向かっている。
やがてグリフォンで飛んでいると、高く険しい山々が見えてくる。
大陸を東西に分ける中央山脈だ。
中央山脈に差し掛かるとそこには多数のハーピーが飛んでいるのがわかる。
ハーピー族は人間の女性の体に腕が鷲の翼、そして下半身が鷲の種族である。そして彼女達はあまり人間に友好的ではない。
だが、彼女達よりも強いグリフォンに乗っているから襲われる事はなく、むしろ逃げるように遠ざかっていく。
またハーピー族はケンタウロス族と違い、女性しかいない種族だ。彼女達は繁殖のために人間の男性を襲う。
ちなみに他種族間で子供を作ると男の子なら父親の種族で女の子なら母親の種族で生まれる。
だったらケンタウロスとハーピーでつがいになれば良いのではと思うが、どちらも人間の方が好みらしい。全ての種族の事を調べたわけではないが、ほとんどの種族における異性の好みが人間と変わらないみたいだ。
不思議だと思うが、そういう物だと納得するしかなかった。
そんな事を考えていると中央山脈を通りすぎる。ここから先は大陸の西側だ。そしてここからミノン平野を抜け、アリアド湾を越えた先に目的地であるサリアの学院がある。
サリアの学院に向かう理由はある事を調べるためだ。
暗黒騎士ディハルトの正体はシロネの幼馴染だった。おそらく魔王によって召喚されたのだろう。
しかし、わからない事がある。なぜ彼は魔王なんかに協力しているのだろう?
いくら召喚されたからといって従う必要はないはずだ。
シロネの話しでは、彼は優しい性格で極悪な魔王に協力するような人ではないらしい。
だとすれば何らかの魔法か何かで操られているのかもしれない。
今から向かうサリアの学院は世界中から魔術師が集まり、魔法について研究したり学んだりする、いわゆる大学みたいな所だ。
サリアの学院には様々な魔法に関する書物があるそうだ。人を操る魔法に関する情報もあるかもしれない。だから私は1人で学院に向かうのだった。
1人なのはこういった調べものをする事は私ぐらいしかできないからだ。他のメンバーはこういった地味な作業に向いていない。唯一カヤが出来そうだったが、他のメンバーが心配だから残ってもらった。だからこそ私ことチユキが1人でサリアの学院に行くことになった。
またシロネが一緒に行きたそうにしていたが、今のシロネは明らかに落ち着きがなく邪魔にしかならない。だから聖レナリア共和国に置いて来た。
おそらく今頃は周辺の魔物でも退治して気を紛らわせているだろう。
そういうわけで私はグリフォンを飛ばし、一路サリアの学院へと向かうのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
魔術都市サリアは山に囲まれた盆地の中にある都市だ。
この世界では都市が1つの国である事が一般的だが、サリアは国ではない。だからサリア市民というものは存在しない。
そもそもサリアは、世界中に支部を置く魔術師協会が支配する都市である。協会に属する魔術師の全てが市民と言えるかもしれない。
そして魔術師協会が魔法の研究と魔術師の育成を行うために作ったのがサリアの学院である。
サリアの近くに辿りついた私はグリフォンを解放し、サリアへと向かう。
このサリアに転移先を設定できれば良いのだが、許可が下りずにいる。どうやら協会の中でもかなりの地位にならないと駄目みたいだ。
城壁の門で手続きをする。門番に協会の魔術師である事を示すカード型の銀板を見せると中に通してくれる。
サリアは協会に所属する魔術師なら自由に出入りができる。私は聖レナリア共和国の魔術師協会に所属している。銀板もそこで発行された物だ。
サリアに入ると迷わず目的地へと行く。
サリアに来るのは2度目だ。前にサリアという都市を知り、興味があったので来た事があった。その時に大体何がどこにあるのかを確認している。目的の場所はサリアの学院にある図書館だ。
歩いていると何人かの魔術師らしくない者とすれ違う。おそらく、この都市に住む普通の人だろう。
魔術師は黒いローブを必ず着ているからそうでない者を見分けるのは簡単だ。
魔術師の都市だけあってサリアには何百人もの魔術師が住んでいる。
しかし、魔術師の都市とはいえ魔術師だけしか住んでいないわけではない。門番や魔物からこの都市を守る城壁の衛兵は魔法を使えない普通の人だ。どこかの国の自由戦士を雇っているらしい。そして他にも生活に必要な必需品を扱う商人等も普通の人との事だ。
6割くらいが普通の人だと思っても良いだろう。
歩いていると図書館にたどり着き、受付を行う。
この受付の男性は門番と違い魔術師のようだ。このような受付業務に魔術師を使うあたりこの図書館は重要な施設なのだろう。
図書館も同じく協会の魔術師だったら誰でも入れる。
門番に見せたように私は銀板を見せる。すると受付の男性が奇妙な顔をする。何かおかしい所でもあったのだろうか?
「あの……もしかしてあなたは黒髪の賢者殿なのでしょうか?」
受付の男性はおずおずと聞いてくる。
「私自身はそうは名乗りませんが、そう呼ばれる事はあります」
男性が奇妙な顔をした原因がわかると私はそう答える。
自分から賢者ですなんて名乗れるわけがない。だけど否定するのもどうかと思うので、聞かれたらそう答えるようにしている。
「聖レナリア共和国の発行の銀板を持つ上に、黒髪の美しい女性だったのでもしやと思ったのですが、あなたが黒髪の賢者チユキ殿なのですね。あの今度……」
「あの……できれば図書館に入りたいのですが……」
話しが長くなりそうだったので話しを遮る。
「ああ、申し訳ございません。どうぞ、チユキ殿」
まだ話をしたそうだったが、かまわず先に行く。
まずは入口の近くにある目録から目当ての本がある場所を探す。探すのは精神など内面に干渉する類の魔法が書かれた本だ。
精神など内面に干渉する類の魔法には睡眠や混乱などがある。人を操る魔法も同じ所にあるはずだ。
本が置かれた棚の間を歩き、ほどなくして目的の場所につく。
どうやらこの一帯の棚に精神など、内面に干渉する類の魔法書が置かれているらしい。
本の題名はこの世界の文字で書かれているが問題は無い。
この世界の文はそんなに難しくは無かった。
まず基本となる文字が21種類でそれぞれ大文字、中文字、小文字と有って全部で63文字ある。それに記号をいくつか加えて文章が表記される。そして構文は英語よりも日本語に近かったので私達には習得しやすかった。
もちろん、いくら習得しやすいといっても別世界の文を読むのは一苦労だった。覚える気のないリノを除けばシロネやサホコ等は今も読む事は難しいようだ。キョウカは読めると言っていたが少し怪しい。カヤはそれなりに読めるみたいだが。
意外なのはレイジとナオである。この2人の習得は速かった。
特にレイジの習得能力は高く、努力しているようには見えないのに私と同程度に読む事ができる。私なんか必死に夜遅くまで勉強して、やっと読めるようになったというのに頭にくる。こういう奴がいるから嫌になる。
ナオも身体能力に目を引かれるが、実は頭がかなり良くあっさり習得してしまった。
私は努力の甲斐があって普通に読み書きができる。ただ今も読むのに違和感があったりする。まるで日本語を全てローマ字にしているような感覚だ。
まあ、やがて慣れるだろう。それに今の読解力なら難しく書かれた本を読むのは難しいが、普通の本を読むのに支障はない。
私はいくつかの本を取る。背が届かない所にある本は魔法の手で取る。
この魔法の手は魔力で透明な手を作って、遠くにある物体を取る事ができる。
普通の魔術師でも魔法の手は2、3本しか作れないらしいが、私は最高で百本の手を作る事が出来る。長さは最大で100メートルまで伸ばせる。
ただし魔法の手で持つ事が出来るのは、本当の自分の手で持てる重さの物までである。そのため、非力の者が魔法の手を使っても重い荷物は持てない。もっともこの世界の私は力持ちなので、かなり重い荷物を持つ事ができるので問題はない。やろうと思えば人の頭を潰す事もできる。
本を20冊ほど取ると私は空いてある机を探す。
手引書によればこの図書館は貸出を行っていない。そのためこの図書館内で本を読まなければならない。そのために図書館内にいくつか閲覧用の机が用意されている。そこにいくつか本を持ち込んで読んだり、書き写したりしなければならない。
私は空いてある机を見つけるとそこに本を広げる。最初は支配の魔法について書かれた本だ。様々な種族の魔物相手にどれだけ支配ができるかを実験し、その事を内容にしている。何かの役にたつかもしれない。
私は本を読みだす。
「黒髪の賢者チユキ殿」
本を読んでいると突然小声で声を掛けられる。
振り向くと先ほどの受付の男性であった。
「あの? 何か?」
図書館で大声を出す事が出来ないので小声で答える。
「あのチユキ殿。実はタラボス副会長がお会いしたいそうなのですが……お時間よろしいでしょうか?」
受付の男性は申し訳なさそうに言う。
「副会長?」
「はい、魔術師協会の副会長です」
受付の男性が頷く。
タラボスとかいう人に会った事はない。だが副会長と言うぐらいだ、かなり偉い立場にある人間なのだろう。仕方ないから会いに行く事にする。
私は受付の男性に連れられて、図書館の中にある一室へと案内される。
中に入るとそこに小太りの中年の男性が1人いた。年齢は50代ぐらいだろうか、終始にこにこした態度は魔術師というよりも商人を連想させる。あまり魔術師の感じがしない人物だった。
「チユキ殿、こちらはタラボス副会長です」
受付の男性が小太りの男性を紹介する。
「いやー、あなたがあの黒髪の賢者チユキ殿ですか、お初にお目にかかります。噂以上に美しい」
小太りの男性が胸に手を置き頭を下げる。その態度からある程度の作法は心得ている人物のようだ。
「チユキです。何か御用でしょうか、タラボス副会長?」
私も同じように頭を下げ挨拶をする。できれば早く戻って調べものの続きがしたい。用件があるなら早く言って欲しい。
「調べものをしていた所、申し訳ございませんチユキ殿、実は勇者殿に折り入って頼みたい事があるのですよ」
タラボスは申し訳なさそうに言う。
「頼み事?」
何を頼みたいかはわからないが、魔術師協会の副会長が言う事なので話しを聞く事にした。
◆黒髪の賢者チユキ
「それじゃ、調べた事の報告をするわね」
調べものが終わり、私は聖レナリア共和国に戻ってきた。戻るのは転移の魔法を使えば良いから簡単だった。
戻ってきた私は全員を集める。
「人を操る魔法は調べによると3つの方法があるわ、支配の魔法と記憶操作の魔法と魅了の魔法ね。まず支配の魔法なんだけど、名前の通り対象を支配する魔法よ。ただ問題はかけた対象の知力を下げてしまう所ね」
支配の魔法は対象をロボットみたいにしてしまう。知識や演算能力は変わらないが臨機応変には行動できなくなる。場合によっては1つ1つ命令しなければ動いてくれなかったりする。
前に一度ゴブリンを操った事があったが細かに指示をしないと思い通りに動いてくれなくて全く使えなかった。
彼の場合はどうだろうか?
「その魔法って確かお馬鹿さんになっちゃうんだよね?確かそれで操るのは面倒なんじゃないかな?」
リノの言葉に私は頷く。
「私も違うと思う」
「という事は別の方法っすね」
ナオの言葉に頷くと私は言葉を続ける。
「次に記憶操作の魔法なんだけど、これは相手の記憶を自分に都合の良く書き換える魔法よ。自分の命令を聞くのが当然みたいに記憶をいじる事もできるわ。ただこの魔法で操るのは難しいわ。それまでの記憶と矛盾した記憶に書き換えるのはほぼ不可能だし、無理して植え付けようとすると精神崩壊を起こしてしまう可能性があるわ」
シロネの話では、彼は日本人として普通の人生を歩んできたようだ。魔王の命令を聞くのが当然などと突拍子もない記憶を植えるのは難しいはずだ。
また無理して辻褄をあわせようとするぐらいなら全ての記憶を消して、生まれたての子供の状態から育てた方が早い。それはかなりの手間である。
「この魔法だと支配の魔法よりも説明がつくわね。ただ、この世界の人間の記憶を操る事もかなり難しいのに、それを異世界の人間に行うなんてとんでもない難易度だわ」
私が言うとみんな微妙な顔をする。
そしてこの魔法を使われた場合はどうしようもない。書き換えた事で失った記憶は元に戻らない。元の世界に戻れても元の生活を送る事は不可能だろう。今までの人生を全て消されたも同然なのだから。
シロネが泣きそうな顔をしているがどうしようもない。この魔法を使っていない事を祈るしかない。私は先に進める事にする。
「そして最後に魅了の魔法の方ね。この魔法ならリノさんの方が詳しいはずじゃないかしら?」
私はリノを見る。
リノは睡眠や混乱そして魅了など精神に作用する魔法を使う事ができる。以前に魔物にこの魔法を使用した事があったはずだ。
「うん、確かに操るならこの魔法が一番かな。ゴブリンさんもオークさんもリノの言う事をなんでも聞いてくれるよ」
リノが楽しそうに言う。
魅了の魔法は魔法をかけた対象が自分を愛するようになる魔法だ。
支配の魔法のようにいちいち命令しなくても愛する人のために自発的に行動したりする。ただ自発的に行動する分、思ってもみない行動を取ったりするので使いづらい所もある。
「でも確かこの魔法は魔物によって効かなかったりするんじゃなかったかな?」
「う~ん確かにサホコさんの言うとおりかな。ケンタウロスさんには良く効くけど、ハーピーさんに
はあんまり効かないんだよね」
「多分男性と女性の違いね。魅了の魔法の弱点はそこでしょうね」
魅了の魔法は魔法をかける者が対象にとって魅力的な存在である程効果がある。
自分を嫌っている相手などには効きづらく、効果があっても友好的になるだけだったりする。
そのため不確実な魔法だ。
「でも実際に魔王がその魔法で操っているとしたらっすよ、どういう事になるっすかね?」
ナオの言葉に考える。もし彼が魅了の魔法で操られているとしたら……。
「シロネの幼馴染は魔王に魅了されて言いなりになっているって事か……」
「もし魔王が魅了の魔法で操っているのならそうなるわね……」
レイジの言葉に頷く。
「も……もしそうならば今彼は魔王と愛し合っていると言う事に……」
突然カヤが喋り出す。いつもと比べて声が高い気がする。
「うわあ……あの……魔王とっすか……」
ナオが言うとみんなが微妙な顔をする。ここにいる全員は魔王の姿を魔法の映像で見たことある。その姿は醜く凶悪だった。
全員が魔王と彼が愛し合っている姿を想像しているのだろう。
私もその魔王と彼が互いに裸で抱き合っている姿を想像してしまう。少し気分が悪くなってしまった。
「なんか不気味……」
「あんまり美しくないですわね……」
リノとキョウカがげんなりとした顔をする。
「わははははははは。あいつ魔王と愛し合っているのかよ!!わはははこりゃ面白いぜ!!」
レイジがものすごく笑う。少し笑いすぎだろう。
「ちょっとレイ君……」
サホコがレイジを窘める。確かにシロネが見てる前だ少しは押さえるべきだろう。
「でもおかしいですわね。魅了の魔法は同性等には効きにくいのではなくて?」
キョウカが疑問に思う。
確かに魅了の魔法は同性にはあまり効果が無いはずだ。
「あの……もしかして彼は同性愛者ではないでしょうか?」
「ちょ、ちょっと!!カヤあなた何を言ってるの!!」
「いえ、お嬢様。世の中にはそういう方もいらっしゃるのです。きっと彼は魔王のたくましい体に魅了されてしまったのでしょう」
カヤの言葉にキョウカが少し慌てる。
だがカヤの言うとおり彼が同性愛者で、しかも魔王モデスみたいのが好みなら魅了の魔法も効果があるはずだ。
それを聞いてさらにレイジが笑う。
「いいぜ助けてやろうぜ。シロネの幼馴染をよう。くはは……」
レイジが笑いながら言う。
レイジが男性を助けると言うなんて珍しいと思った。
おそらく同性愛者ならレイジの敵になる事がないからだろうか、レイジが男性を助ける事を承諾する。
「レイジ様!!」
カヤが突然大きな声を出す。
「ど……どうしたんだカヤ?」
カヤの声にレイジも引き気味だ。
「同性愛者だから助けるとはレイジ様もそのような趣味があると言う事なのでしょうか?」
「はい!?」
レイジが間抜けな声を出す。
いくら何でもレイジが同性愛者には見えない。
「彼のような方が好みだったのですね。確かになかなか端正な顔立ちの方でした」
カヤの表情は変わっていないが少し興奮しているように見える。
いつも冷静なカヤがこうなるなんて意外だった。
「でもそれだったら良いかも~」
リノが楽しそうに言う。
「確かにそれならいけるっす」
ナオが親指を立てて同意する。
「ナオさんまで……」
私は頭を押さえる。
だけど確かにあの魔王よりレイジと彼が裸で抱き合っている方が絵になると思う。
レイジは容姿が良いし、シロネの幼馴染の彼も良い顔をしている。もしカップルになるならこっちの方が見ていて楽しい。
「ちょ!!ちょっと待て! 俺にそんな趣味はない!」
レイジが慌てて否定する。
レイジには悪いがその慌てぶりは見てて面白い。
だけど確かにレイジが同性愛者である可能性はないだろう。
「え~、つまんない」
レイジの言葉にリノが残念そうな声を出す。カヤもどことなく残念そうだ。
「ほらさ、シロネの前だぜ」
レイジがみんなを窘める。お前が言うなだ。
「う~ん。みんなには悪いけど多分クロキは女の子の方が好きだと思う。夏場とか私の胸ばかり見てるし……」
今まで黙っていたシロネが言う。
その言葉にリノとカヤに加えレイジまでがっかりした顔をする。
あなた達ねえ……。
「本人は見てない振りをしてるけどばればれだし。ベッドの下にもエッチな本をいっぱい隠してるし。うん絶対女の子の方が好きだと思う!!」
シロネが力説する。多分幼馴染を擁護しているつもりなのだろうが、擁護になっていない。それに彼のプライバシーは無いみたいだ。
「それはそれでどうかと思うのだけど……」
サホコが言う。確かにそれはそれで嫌だ。
「ところでチユキさん。全ての魔法は抵抗力が強い人には効果が無いはずじゃなかったすか?クロキさんでしたっけ。彼の魔法抵抗力は強い感じがしたっすよ」
「ナオさんの言うとおりね。支配の魔法も魅了の魔法も抵抗力の高い人には効果が無いわね。そして、私の魔法を受けて生きている所からも彼の魔法抵抗力はとても高いでしょうね」
だから、そう簡単に魔法にかかったりはしないはずだ。
「それじゃあどうやって操っているのかな?」
リノの言葉に私は考える。
「おそらく普通のやり方じゃないでしょうね。例えば愛の魔法薬を使うとかね」
「愛の魔法薬?なんだいそれ」
レイジが聞いてくる。
「いわゆる惚れ薬よ。図書館の本でその記述をたまたま見つけたのだけど、神ですらその魔法薬の効果には逆らえないみたいよ」
「じゃあクロキはその魔法薬で操られているかもしれないの?」
シロネの言葉に首を振る。
「それはわからないわね。今まで言った以外の方法で操っている可能性がないわけじゃないし。ここでいくら話をしても結論はでないわね」
結局何もわからないままだ。
その他にも魔法を使わずに操る方法もあるだろう。
「魔法の解き方も操られ方によって微妙に違うみたいだし。調べる必要があるわね」
私は結論を言う。結局は彼がどういう状況なのか調べなければわからない。それがわからなければ対処ができない。
「あと一応レーナにも調べてもらおうと思うのだけど。あまりあてにならなそうなのよね……」
レーナはディハルトが、つまりはシロネの幼馴染が聖竜王の角を取りに来る事を知っていた。おそらくナルゴルに対して何らかの情報網を持っているに違いない。ナルゴルにスパイでも送り込んでいるのだろうか?
だが、レーナはロクス王国で何かあったみたいで最近姿を現さない。あまりあてにできなかった。
「レーナか……。ロクス王国で何かあったみたいだが大丈夫だろうか?」
レイジがレーナの心配をする。その言葉を聞き何人かの顔が険しくなる。
何があったのかわからないが勝手に戦線離脱した上にその後何の説明もない。レイジを除く全員がレーナに怒っていた。
「まあレーナに色々と白状……もとい聞く必要があるわね」
もし連絡が取れたら色々と聞く事がある。ロクス王国で何があったのか。仮面の男に心当たりがないか。そして魔王が召喚した人数。レーナや魔王以外に召喚を行った者の事でその後何かわかった事がないかである。
特に魔王が召喚術を使える事をレーナは知っていたみたいなのだ。
魔王が無制限に召喚を行えば大変な事になる。
そう思って私達は魔王が召喚を行った事をレーナに報告する事にした。だけどレーナに会う事はできず、その代りにニーアが応対してくれた。そしてニーアは魔王が召喚をした事を知っていた。
また、神王オーディスの力により魔王がこれ以上召喚を行えないようにした事を話してくれたのだ。
何でそんな重要な事を話してくれなかったのか、ニーアを問い詰めたが彼女も詳しい話を知らないみたいだった。
だからこそレーナに直接会って納得のいく説明をしてもらいたい。
「だけど今はレーナは話ができないみたいだ。ここは待つべきだと思うぜ」
レイジがレーナをかばう。
その言葉に何人かがさらに不満そうな顔をする。
レイジはレーナに甘い。私はその事に少しいらつく。
「ねえ、レーナが動けないなら私達でナルゴルを調べに行こうよ!!」
シロネが提案する。
だけどそれはもっと無理な話だ。
「シロネさん……それは無理だわ。調べるにはナルゴルへ入らなければならないわ。それに確実に戦闘になる。彼と戦いたいの?」
この中で気付かれずに潜入できそうなのはナオぐらいだが、彼女1人にそんな危険なまねはさせられない。
「それはちょっと困る……。でもナルゴルの近くに行くだけでも……」
「まあナルゴルに入らないなら……。でもそれじゃあ、有効な情報が手に入らないかもしれないわよ」
「いいの、少しでもクロキの事がわかれば」
シロネは何もしないでいる事が耐えられないみたいだ。少しでも近くに行きたいのだろう。
「ナルゴルの近くと言うとヴェロス王国っすね。そこに行くっすか?」
「まあ、あの地域で一番大きい国がそこね」
「でも確かもっと近くに国がなかった?」
「確かにアルゴアって国があるわね。でもそこは前に私達と一悶着あった国よ。何でもその後、政変があったみたいだけど、今どうなっているのかわからないわね」
リノの問いに私は答える。以前アルゴア王国は私達と喧嘩になった事があった。王の兵はレイジに叩きのめされた。その後私達はすぐにナルゴルに入ったので王国がどうなったのか詳しくはわからない。噂で政変があったと聞いているぐらいだ。
「じゃあちょっとその点も気になるから行ってみるか」
レイジもかなり乗り気だ。当事者なだけにその後のアルゴア王国が気になるのかもしれない。
「そういえばあそこのお姫様可愛かったっすね」
ナオがにやにやしながら言う。
「待て! ナオ!」
レイジが慌てた声を出す。
「レイ君……」
「レイジさん……」
それを聞いたリノとサホコの顔がふくれる。
「ちょっとレイジ君……あなたねえ……」
あきれてしまう。確かリジェナ姫だったかな。結構可愛かった覚えがある。アルゴアにいたのは短時間だったのでレイジも手を出せなかっただろう。
ナオが言わなければ忘れていた。
リジェナの事を聞いてしまった以上、レイジをアルゴアに行かせたくない。
「そういえばチユキ様。サリアで何かあったのではないでしょうか?」
カヤの言葉で思い出す。この会議をする前に少しだけその事をみんなに伝えていた。
「そうそう、サリアの学院で魔術師協会の副会長に会ったの」
魔術師協会には1人の会長に3人の副会長がいる。タラボスはその副会長の1人であり、大陸中に支部を置く魔術師協会は副会長クラスになるとそこら辺の王様よりも権力がある。その彼がレイジに直接会いたいと言うのだ。
なんでもタラボス副会長は多数の国の相談役を引き受けており、その相談の中に勇者の助けを必要とするような厄介な相談事あったらしく、できれば勇者の力を借りたいらしい。
私はその事を伝える。
「できれば近日中にお会いしたいそうよ。私としては行くべきだと思うのだけど?」
正直に言うとシロネの幼馴染の件は重要事項だが、どうしたら良いかわからない。情報が欲しい。だから今はナルゴルの情報を集める事ができるレーナの回復を待つしかない。
だから魔術師協会の方を先に済ませるべきだと思う。
タラボスの依頼は特に日時を指定されたわけじゃないが、あまり返事が遅いのも悪いだろう。会うなら早い方が良いし、向こうの印象も良くなる。
そして魔術師協会と仲良くなれば、私達の行動範囲も広がる。
レーナに召喚された私達はレーナ神殿の影響が強い大陸東部ならば、どこの国でも入国が出来るし、どこの国の待遇も良い。
だが大陸西部はそこまでの影響はないみたいであり、下手をすると入国を認めてくれない事もあるだろう。
魔術師協会は大陸全土に影響力があるので仲良くなっておくに越したことはない。今の所大陸西部に行く必要はないが念のためだ。
「いやでもアルゴアに……」
「アルゴアなら私1人で大丈夫だよ。元々私のわがままだし。だからサリアにはみんなで行って来て」
レイジがアルゴアに行きたそうにしているのをシロネが遮る。
魔術師協会は基本的に男社会だ。魔術師がエルフを母親に持つ男性がなる事が多いためである。そのため、あまり行きたくないのだろう。そしてアルゴアにはリジェナ姫がいる。中年の男のタラボスと若い姫であるリジェナを比べたらレイジがどちらに行きたいか明白だ。
シロネの事だからレイジをアルゴアに行かせまいとしたわけじゃないだろう。だけどグッジョブすぎる。
「それじゃあレイジ君は私達とサリアに行きましょう。ごめんねシロネさん」
「ううん。気にしないで」
シロネは明るく返事をする。だけどその表情は少し暗い。幼馴染の身を案じているのだろう。
もし魔王が愛の魔法薬等で彼を操っているとしたら酷い話だ。
だけど召喚して右も左もわからない状態の者にそんな薬を使い意のままに操るなんて、いかにも魔王がやりそうな事だと思う。
私達もあんな醜い魔王に召喚されたらどうなっていただろう。私達はレーナに召喚されたから運が良かった。
女神であるレーナなら薬を使って人を意のままに操ろうなんて卑劣な事はしないだろう。
私は卑劣な魔王に怒りを燃やすのだった。
◆知恵と勝利の女神レーナ
エリオスの自室で私は振り返る。
振り返った先にはレナリアという私の名を冠した人間の国がある。
誰かが私の事を話している気がしたのだ。
おそらくレイジ達だろう。きっと私の心の美しさについて話しているに違いない。
私が少し寝込んでいる間にチユキが会いたがっていたらしいが、ニーアに応対してもらった。その時はまともな精神状態じゃなかったため話ができる状態ではなかったからだ。
今はだいぶ落ち着いている。だけどチユキと会いたくなかった。だけどいつかはチユキに会わなければならないだろう。
何を話せば良いのだろう。
前はレイジ達にナルゴルに攻めてもらわなければと思っていたが今は違う。レイジ達がナルゴルに攻め込めば彼が傷ついてしまうではないか。
私は手に持っている小さな肖像画を見る。
そこには1人の青年の姿が描かれている。
「クロキ……」
肖像画の青年を見てため息をつく。
最近彼の事ばかり夢に見る。これはクーナの夢だ。
クロキが生み出したクーナという新しい女神が生まれた事でモーナの夢は見なくなった。
理由はわからないがおそらく受信側、つまり私に原因があるのだろう。
だけど、これは嬉しい誤算だ。あの醜いモデスを夢に見なくなったのだから。
その代わりクロキの夢ばかり見る。クロキなら何度でも夢で見たい。だから最近寝るのが楽しみになっていた。
もうモデスの事はどうでも良い。だからもうレイジ達はいらなかった。
「うふふふふ」
思わず笑ってしまう。
「あの……レーナ様」
後ろから声がかけられる。慌てて手の中の肖像画を隠す。
「ニっ! ニーア! 何時の間に!?」
私の後ろにいたのは私の配下の女天使であるニーアだ。
「あの……何度も声をかけたのですが返事がありませんでしたので……その……」
ニーアは気まずそうに言う。
「あらそそそそうなの! ごめんなさいねニーア! で何かしら?」
私は慌てる。肖像画を見られていないだろうか?
「はいオーディス様とお会いする時間なので、お知らせに来たのですが……」
「ああその事ね……。すぐに行くわ」
何の用事だったかな?まあそれは行ってみればわかる事だ。
「では私はこれで」
ニーアはそう言うと部屋を出て行く。
私も出かけなくてはいけないだろう。
私は下着を身に付け、出かける準備をした。
こっそり更新。
これで第3部のプロローグは終わり、ちょっと長かった。
物語はナルゴルに近い北の地へと移ります。
ギリシャ神話でケンタウロスは男性しか出てこない上に人間の女性が好きのうような気がする。だからこういう設定にしました。
女性のケンタウロスって原典にいるのかな?知っている人がいたら教えて欲しい。