ドワーフの都
◆暗黒騎士クロキ
神々の住まう国エリオス。そのエリオスはこの世界でもっとも高い山であるエリオス山の頂上の雲に浮かぶように作られている天空にある国だ。
このエリオスに入る方法は3つある。1つは空を飛んで入る方法。2つ目は山を登って入る方法。3つ目は地下から山の中を通って入る方法だ。
どのルートで入るにしても簡単にはいかない。
1つ目は当たり前だが空を飛ぶ方法が無ければならず、また空から入るには神王オーディスに仕える聖騎士団の許可がなければ、近づくだけで殺されるだろう。
2つ目はエリオス山が険しい山である事もあるが、エリオス山の麓に広がる大樹海はエルフの王国があり。森に入るにはエルフの許可が必要だ。
3つ目の地下道はドワーフが守っており、ドワーフの許可が無ければ入る事ができない。
自分が行こうとしているルートは3番目の地下ルートである。
視界が揺らぐとそれまでいた部屋とは違う部屋に変わる。足元の魔法陣はまだ少し淡い光を残していた。
「ダリオ殿、ここは?」
「ここは樹海の外れにある祠じゃよ、ディハルト殿。この奥にある地下道から目的の地へと行ける」
答えてくれたのは自分の肩までの身長だが、横は2回りも大きな男である。
ドワーフ。彼はそう言われる種族だ。
彼らドワーフは人間よりも長命であり、鍛冶に優れている。ドワーフが作る道具はこの世界で最上級の物だ。
そんなドワーフは魔王モデスとドワーフ達の神であるヘイボス神の仲が良い事もあってナルゴルに出入りする者も多い。ナルゴルは鉱物資源が豊富なのでドワーフとしても利益があるのだろう。
ダリオはナルゴルに出入りするドワーフの1人で自分がエリオスに行く道案内をしてくれる。
エリオスに来た理由はエリオスの一番最下層にいるヘイボス神に会うためである。レイジ達との戦闘でぼろぼろになった鎧に代わりの新しい鎧をもらいに行くためだ。
「それでは、行くとするかの」
ダリオはそう言うと歩き始める。
祠の奥には地下道があるらしくそこからドワーフの王国に行けるらしい。
「行こうか、クーナ」
自分は横を見て、自分の腕に抱き着いているクーナを促す。
クーナはそれに答えず頷く。すると顔を隠した黒色の頭巾が揺れて銀の前髪と白い顔が少し見える。
自分とクーナも歩き始める。
クーナが腕を離してくれないため、少し歩きにくいが我慢する。
せっかく綺麗で可愛い女の子が自分を慕ってくれているのだ。少しぐらい歩きにくくても構わないに決まっている。
そもそも、今までこんな可愛い子に好かれた事があっただろうか?
自分のために作った女神なのだから自分を好きになって当然なのかもしれないが、出来上がったクーナを見ているとそんな事はどうでも良くなった。
今までの事を思うと色々な物が込み上げてくる。
「クロキ……泣いてるの?」
クーナが下から自分の顔を覗き込むように聞いてくる。その仕草が可愛らしい。
「違うよ……これは目から鼻水が出てるだけだよ。さあ行こう、クーナ」
歩いていると通路に変な形をした小さな舟みたいのが置かれている場所に出る。
「ディハルト殿、ここからはこれに乗っていく」
「これにですか?ダリオ殿」
別に水に浮かんでいる訳ではない。ただ舟が通路に置かれているだけだ。
「ふぉふぉふぉ、まあ乗ってみればわかるよ」
ダリオはニヤッと笑いながら言う。
ダリオを先頭に自分とクーナが船に乗り込む。
自分達が乗ると突然、舟が浮かび上がる。
「おおっ!!」
自分は思わず声を出す。
舟は浮かび上がるとそのまま前へと進む。
「どうじゃな、さすがの暗黒騎士も驚くじゃろう」
ダリオが笑いながら言う。
「はい。驚きました」
自分は素直に答える。
この世界の技術には驚かされる。ある意味自分が元いた世界よりも発達している。
舟はかなり速く進んでいる。
この地下道の上はすでに聖域である。聖域はエリオスの神々が認めた種族天使族、エルフ族、ドワーフ族しか基本的に入る事ができない。ましてや自分はエリオスの敵であるナルゴルの者だ。ドワーフ以外の種族に見つかったらただではすまない。
舟は進んでいく。聖域は広いのでその下を通る地下道もかなり長い、舟はかなりの速さで進んでいるのに中々終わりが見えなかった。
本来なら転移魔法で移動した方が速いのだが、防衛上の都合から聖域全体に転移を封じる魔法がかけられているため、このような手段でしか聖域を進めない。
時間にして一時間ぐらいだろうか、ようやく出口が見えてくる。
舟が止まると自分達は舟を降り、今度は少し小さい通路に出る。
通路を抜けると広い場所に出る。
様々な光が自分達を照らす。通路も灯りがあり明るかったがこの場所の光はそれとは違う物だ。
赤や緑に黄色等様々な光に彩られたその街並みはここが地下である事を忘れさせる。
街並みのいたるところに綺麗な装飾が施されており、それが様々な光で照らされる事で幻想的な光景を作り出している。
「おおっ!! これはまた……」
初めて見る光景に自分は感嘆の声を上げる。
その自分の顔を見たダリオが満足そうな顔をする。
「ようこそ、暗黒騎士ディハルト殿。ここがドワーフの都ヴェルンドじゃよ」
◆暗黒騎士クロキ
エリオス山の聖域の地下にあるドワーフの都ヴェルンドは、魔法技術の粋を集めて作られた都市だ。
いくつもの階層を何重にも重ねた都市の至る所に、動く床やロープも何もないのにエレベーターのように上下する石等があり、都市の各区域を繋げている。これは人間の世界には無い物だ。ドワーフはこの世界の人間よりも遥かに進んだ魔法技術を持っているのは間違いないだろう。
そして都市の外観は至る所に魔法技術の光輝く宝石に彩られ、その七色の光が綺麗な装飾が施された道や建物を照らしている。そして、地下ではあるが丁度良い広さに設計されているため狭苦しさを感じさせない。
ヴェルンドに住むドワーフは約2万人。ドワーフの数が人間よりも遥かに少ないとはいえ都にしてはさみしい人数だ。しかし、ドワーフの神である技工の神ヘイボスのお膝元であるこの都市は、ドワーフ達にとって特別な意味を持つ。
道を歩いていると何人ものドワーフとすれ違う。ドワーフの都なのだから当然といえば当然だろう。
だが歩いているとドワーフではない者ともすれ違う。ドワーフ以外の者も住んでいるのかと思い見てみるとそれは生物ではなかった。のっぺりとした顔に丸い筒を合わせたような体をしている。おそらくドワーフ達が作るゴーレムだろう。
ゴーレムは岩や木や鉄等を材料にして作られる動く人形だ。元の世界で言う所のロボットと同じである。
そのゴーレム達はドワーフのお供をしたり、道路の掃除をしていたりしている。
ルーガスからゴーレムの事を聞いた事があった。ゴーレムは色々な用途で使われており、戦闘用から家事雑事用の物まであるそうだ。
今掃除をしているゴーレムは掃除用といった所だろう。
そういえば祠の転移した所に鋼鉄の巨大な人形があったが、あれもゴーレムかもしれない。
おそらく許可なき者を撃退する戦闘用のゴーレムだろう。ダリオが一緒でなければ大変な事になっていたかもしれない。
「驚きで声もでないようじゃな、ディハルト殿」
先程からきょろきょろしている自分を見てダリオが言う。
「はい、ダリオ殿。地下であるにも関わらず、これだけの都市を作るドワーフ族の凄さには驚かされます」
自分の素直な感想にダリオは喜ぶ。
「ふぉふぉふぉ。だが、ディハルト殿。驚くのはここまで。そろそろ件の場所に入りますゆえ心の準備を」
ダリオは少し真剣な顔に戻して言う。
自分は頷く。
「クーナ、顔を隠して」
それまで全く喋らず自分の腕にしがみ付きながら歩いていたクーナに促す。
「うん」
クーナはそう言うと頭巾をかぶり、顔を隠す。
浮かび上がる石に乗ってかなり上の階層まで自分達は来ていた。ここから先は気を付けて移動しなければならない。
この先はヴェルンドの中でもっとも重要な区域であるドワーフの工房である。
そして、この工房を抜けたその上にヘイボス神の工房がある。
自分達は工房区域に入る。それまで装飾などがあった場所とは違い、殺風景だが実用的な光景が広がっていた。
この工房にいるドワーフは特に気難しい者が多く、あまり騒がしくしてはいけない。
またこの工房のドワーフの中には女性嫌いの者もいるため本来ならクーナは連れてこない方が良いのだが、クーナが自分から離れたがらず、またクーナをナルゴルに残す事に不安があったから結局連れてきた。
なぜ不安なのかというとアルゴアの元王女であるリジェナに関係があった。
自分がアケロン山脈で拾ったリジェナはその後、魔王城における自分付きのメイドになった。
そしてどうもクーナはリジェナの事が嫌いみたいなのである。リジェナの方はそうでもないのだがクーナが一方的にリジェナの事を嫌っているらしく、このままクーナを置いて魔王城を留守にするのは不安だった。そのためクーナを連れて来たのである。
自分達は静かに工房を抜ける。ドワーフ達がこの工房でやっている事に興味はあったが、自分の領域に入られる事を非常に嫌がる者もいるらしいので我慢する。
そして、その工房を抜け上の階へと辿りつく。
そこは奇妙な部屋だった。
様々な鉱石や道具や紙類が所せましと置かれており、部屋の形も狭いのか広いのかわからないような間取りをしていて、見る者を混乱させる。
ここがヘイボス神の工房らしかった。だとしたら、ここはヴェルンドとエリオスの境界でもあるはずだ。話によればヘイボス神はエリオスで最も低い場所にして、ヴェルンドで最も高い場所に住んでいるとの事だ。
自分達はヘイボス神の工房を進む。
すると少し広い場所に出る。そこには1人の男がいた。ふさふさの髭にまがったような体は見る者に弱弱しい印象を与えるが、腕の筋肉や横顔から覗く眼光は鋭く気迫を感じさせる。
「ヘイボス神様。暗黒騎士を連れてまいりました」
ダリオが男に礼をする。だとすればこの男性がヘイボス神で間違いないだろう。
ヘイボス神がこちらを見る。
鋭い眼光が自分を捕える。ヘイボス神は戦う事に長けていないそうだが、その眼光は歴戦の戦士といっても良い力を感じる。
「お初にお目にかかります、ヘイボ……」
「挨拶は無用だ、暗黒騎士ディハルトよ」
礼をして挨拶をしようとすると遮られる。
「ダリオから教えを乞いておるのだろう。その剣を見せてくれんか?」
ヘイボス神は手を差し出す。
懐に持っていた小剣を差し出す。
小剣は一般的なロングソードより短く、ショートソードよりも少し長い。
この小剣はダリオに習って自分が打って作った物だ。
ヘイボス神は小剣を抜くと黒い剣身が露わになる。
「このヘイボスにわかるのはこれだけだ。百の言葉を紡ぐよりもわかる事がある」
ヘイボス神は剣をしげしげと眺める。その剣はダリオから習いながら自分の放つ黒い炎を駆使し、何度も失敗しながらもようやく完成した1品だ。
黒い炎に耐えられる素材を探す事も大変だった上に、剣を作る時の力加減が難しく沢山の残骸を作った。
最終的に出来上がった小剣は黒い炎によって鍛えられたためか剣身が黒く光り、切れ味もなかなかの物だった。
我ながら良いできだと思うが、技工の神に見せられるほどの物かといえば自信がない。
「ふむ、なるほどな……。なかなか良くできているな。だが、ちょっと待っておれ」
そういうとヘイボス神はそう言うと席を外す。そしてしばらくして戻ってくると、その手には自分が渡した小剣を持っておらず、別の綺麗な細工が施された小剣を持っている。
「これを」
ヘイボス神が小剣を自分に渡してくる。
自分はその小剣を手に取る。
「抜いて見るが良い」
小剣を鞘から抜くと黒い剣身が露わになる。
「これは……」
自分は驚きの声を出す。
「そう、それはお主が作った剣」
渡された小剣は自分が渡した小剣だった。自分が渡した時は柄等に何も細工を施しておらず、ただ持ちやすく使いやすくする事だけを考えていた。
しかし、ヘイボス神が渡してきた小剣は使いやすさは変わらず、見事な細工が施されていた。そのため自分が渡した物とは気付かなかった。
自分は素直に感心する。
「剣に全く飾り気がないのが気になってな…。少し細工をさせてもらったよ。正直に言って着飾ろうという気が感じられないな。お主、洒落た服とかまったく持っておらぬだろう。いつも黒い服を着て目立たぬように生きているのではないか?」
ヘイボス神の言葉が心臓に突き刺さる。
なんでそんな事がわかるんだ。実際にそうなのだから驚きだ。
シロネからも「クロキって黒色とか灰色ばかりの服を着ているけど他にないの?」とか言われるくらいだ。暗い色の服の方が落ち着くんですよはい……。
「当たりか?」
ヘイボス神の言葉に言い返せない。
まあ実際に当たっているのだからぐうの音もでないのも当たり前だが。
そして剣を見る。
「良い物を作ろうと言う意志は感じられるのにな……」
そして、ヘイボス神は自分を見る。
「ある意味において不器用そうな男だな……。好きな女がいても何もできず、他の男と女を争う事もせず身を引くと言った所だな」
言葉が再び自分の心臓に突き刺さる。
「おそらくお主は女に限らず何事も争う事はせず、身を引くのではないか?そして最後にどうしょうもなくなって取り返しのつかない事をしてしまう」
そしてヘイボス神は少し遠くを見る。
「モデスの奴と同じだな……。モデスの奴も少しは争えば良いのに、さっさとナルゴルに引っ込みよって。だから舐められて要求を拡大させたあげく、互いに引っ込みのつかない争いを始める事になる」
そして、ヘイボス神は少し笑う。
「だが他者との関わりを否定して、このせまい工房だけの世界に閉じこもった、このヘイボスには何も言う資格はないか……」
ヘイボス神は呟くように言う。
ナットの話しではヘイボス神は常にこの工房に引きこもっていて、神々の会合にも出る事はないそうだ。そのためモデスがエリオスを追放された時も後になって知ったらしい。
ヘイボス神はそれを少し悔いているように感じられる。だからこそモデスを助けるのだろう。
そして今度は自分の持つ小剣を見る。
「少し話しがそれたな……。飾り気はないが純粋に剣としてならなかなかの出来だ。ドワーフが作る物と比べても劣らない」
これは間違いなく最上級の褒め言葉だった。
「ありがとうございます」
褒められて自分は頭を下げる。
「モデスから与えられた剣を見せてくれないか」
自分は腰の魔剣を引き抜きヘイボス神に渡す。
黒い剣身に赤い紋様が施されており、そこから黒血の魔剣と呼ばれる物だ。
「いつみても素晴らしい剣だな。これほどの剣はこのヘイボスでも作れぬ」
それは意外な言葉だった。
「その剣はヘイボス神が作った物ではないのですか?」
自分の言葉にヘイボス神は首を振る。
「その剣を作ったのはモデスの母であるナルゴルだよ。破壊神と呼ばれたナルゴルには破壊のための武器を作る能力がある。このヘイボスにも敵わない程のな。実はモデスも武器に限ればこのヘイボスと同等の物を作れるのだよ。本人はあまり武器を作りたがらないがな。そして、お主にもその能力があるのかもしれん」
ヘイボス神は魔剣と自分の作った小剣を見比べながら言う。
剣を作る能力。
つまりは剣の鍛冶師としての能力は、この世界に来た事で得た能力で間違いないだろう。本来研ぎだけでも一生と言われる程、刀剣の世界は奥深いはずだ。
以前に師匠の知り合いの刀鍛冶の人に少し教えてもらった事があったが、一朝一夕でできる物ではないように感じた。
また、自分はこの世界に来た事で精密な動作が出来るようになっていることもドワーフに負けない品を作る事が出来た理由だろう。だから元の世界にもどったらヘイボス神に渡した剣と同じものは作る事はできないだろう。
「まあ見てくれは違うがモデスとお主は似ているな。誰かに渡すと良い。少し派手に作ったのでお主の好みではないだろう」
そう言って剣を返してくれる。
この小剣を誰に渡すか考える。
横でクーナが欲しそうな顔をしているが、クーナには自分が作る剣よりももっと良い物を上げたい。
「クーナには何時かもっと良い物を上げるよ」
そう言ってクーナの頭を撫でると剣を懐にしまう。
クーナは不満そうにするが、頭を撫でると機嫌を治してくれたみたいだ。
「それから鎧ならこちらに作ってある。付いて来るが良い」
そう言うとヘイボス神は歩き出し自分達を案内する。
案内された先には兜も含む1領の鎧があった。鎧の色は漆黒で前と同じに見えるがそこに込められた魔力は以前の物に比べて遥かに強い。
「この鎧は前と違いお主に合わせて作った物だ。先に渡されたぼろぼろの暗黒騎士の鎧を元に作ったが、実際に来てみんとわからんだろうから着てみると良い」
ヘイボス神に言われ鎧を着てみると体にしっかりと合いブレが無い。体を動かしてみると重厚な鎧であるにも関わらず動きを阻害する事はなかった。
「すごいな。こんな大きな鎧を付けて動くのに、邪魔にならないなんて……」
元の世界でもこれ程の鎧は作る事ができないだろう。
「それとこれをその娘にやろう」
ヘイボス神は長い棒のような物を取り出す。それは巨大な鎌だった。
「これは……」
「うむ、モデスから連絡があってな。なんでも、その娘にはこの大鎌が似合いそうだから作ってくれと頼まれてな。1つ作ってみたのだよ」
そう言ってヘイボス神は大鎌をクーナに渡す。
クーナが持つと、その身長に対して長すぎず短すぎずピッタリだった。そして良く似合っていた。
クーナを戦わせる事に抵抗はあるが、力が無い事の辛さは自分も良くわかっている。
なるだけ戦わせたくはないが、もしもの時もあるかもしれない。
「ありがとうございます、ヘイボス神」
自分はあらためて頭を下げお礼を言う。
「お主にも譲りたくない物はあるのだろう、それを守る事ができるよう祈っているぞ」
ヘイボス神はそう言うと背を向ける。
もう何も話す事はないみたいだ。
自分はヘイボス神の背中に何度も頭を下げるとナルゴルへ帰還した。
◆白銀の魔女クーナ
転移魔法で魔王城に戻る。
先程ヘイボスとかいう奴からもらった大鎌を見る。
これでクーナも戦う事が出来るだろう。クロキの助けになればと思う。
振ってみるとクーナの手になじむ。でもクロキのように鍛えないと駄目みたいだ。
クロキは毎朝剣を振っている。
何でも鍛錬とかいう奴だ。剣とは違うがクーナも一緒に鎌を振った方が良いだろう。そうすればクロキと一緒にいられるのだから。
「これはクーナ様……。お帰りなさいませ」
歩いていると1人の女に出会う。その女はクーナを見るとおじぎをする。
リジェナと言う女だ。
この女の事はあまり好きではない。この女がクロキに近づくといらいらする。
クーナはクロキの物だ。それならばクロキはクーナの物であるべきだろう。
クロキはクーナだけの物なのにこの女にも優しくする。それがたまらなく嫌なのだ。
クロキに首輪をつけてクーナだけで独占したい。しかし、それをすればクロキは嫌がるだろう。
ではこの女をどうにかするしかないだろう。殺す?でもそれをすればクロキは悲しむだろう。
だから、別の手段を考えなければいけない。
「リジェナ」
「はっ、はい! 何でしょうクーナ様!!」
クーナが呼ぶとリジェナが怯えたような表情をする。別に今は殺しはしない。だから怯える必要はないはずなのだが。
ふとそこでリジェナの手に持っている物に気付く。
「それは何?」
手に持っている物を指して聞く。
「せっ……洗濯物です!!」
ちょっと聞き方が怖かったのか声が上ずっている。
「誰のだ?」
「……旦那様のです」
今度の声は小さかった。
リジェナが旦那様と呼ぶ相手はクロキだけだ。その旦那様と言う呼び方を聞くと黒い炎が湧き上がって来るのを感じる。
「お前が洗ったのか?」
リジェナはこくんと頷く。
「お姫様はそんな事をしないのじゃなかったの?」
リジェナはアルゴアとかいう人間の国のお姫様のはずだ。
そしてお話に聞くお姫様は洗濯などしないはずだ。
クロキはこの世界の文字を覚えるために色々な本を読んでいる。
その中には様々な人が出て来る物語もあり、夜寝る前にクーナに読んで聞かせてくれる。
クロキの優しい声を聞きながら眠るのはクーナにとって幸せの時間だ。
そして、その本の中にはお姫様が出て来る物語もあった。
物語に出て来るお姫様はそんな事をしない。いつもお付の従者がやってくれるはずだ。だからリジェナにそんな事ができるとは驚きだった。
「いっ、いえ、旦那様に助けてくれたお礼をしたいと思いまして……、洗濯はばあやに習いまして……その……」
リジェナはしどろもどろに答える。
リジェナは確か従者と一緒にここに拾われた。その従者に習ったのだろう。
「そう……」
そして、リジェナの手に持つ洗濯物を見る。その中にはクロキの下着が見えた。
それはクロキが昨日身に付けていた物だ。何度も確認したから間違いはない。
「……しゃぶったの?」
リジェナに聞く。
「えっ……?」
リジェナはそう答えた後、視線を下に向ける。当然そこにはクロキの下着がある。
「そそそそそんな事はしてないです! しゃぶるだなんてそんなそんな!」
最初言われた意味に気付かなかったのか、少し遅れてリジェナは否定する。
「被ったり……。舐めたり……」
「してません! してません!」
リジェナは首をぶんぶんと振り否定する。
「しゃぶったり! 舐めたりなんて! してません! ちょっと嗅いだりするぐらいですぅ!!!」
リジェナは必死に否定するが、その言葉の中で聞き逃す事はできない言葉があった。
「嗅いだ?」
「あ……」
静寂が場を支配する。
だめだ……早く何とかしないと……。
「リジェナ……」
「はっはい!!!」
リジェナに近づき顔を寄せる。
「クーナに洗濯を教えて」
殺す事はできない以上。クーナが洗濯を覚えて下着を守るしかない。
「えっ? クーナ様がですが?」
リジェナが意外そうな顔をする。理由はわからない。
「洗濯だけじゃなくて、クロキの世話に必要な事は全部クーナに教えて。クロキの世話はすべてできるようになりたい」
「そんな、魔王陛下の姫君にそんな事を……」
リジェナが申し訳なさそうに言う。
いつの間にかクーナは魔王の娘という事になっていた。おそらくモーナに似ているからだろう。
違うけど、いちいち否定はしない。
「覚えたいだけだ」
全てをクーナができるようになれば、リジェナがクロキのメイドをする必要はない。
その時はリジェナをどこかにやれば良い。
どこに行かせるかも考える必要がある。どこにも行く所がなければ優しいクロキはリジェナを置いておくだろう。
1つの言葉が頭に浮かぶ。
アルゴア王国。
リジェナがお姫様をしていた所だ。そこのお姫様に戻してあげればどうだろうか?
何しろお姫様に戻れるのだクロキも悪いとは言わないだろうし、リジェナにとっても良いはずだ。
だから、それはとても良い考えに思えた。
ちょっぴり再開します