黒い霧
◆黒髪の賢者チユキ
「そんな事があったの」
シロネが塔から戻ったので話を聞く。
私達も捜索を終え、今は別荘に全員戻っている。
すでに時間は昼をすぎ、もうすぐ夕方になろうとしていた。
「その吸血鬼が言っていたその方ってのが気になるわね」
その吸血鬼を目覚めさせたその方は塔に来て御使いを残してどこかに行き、そのいるはずだった御使いとやらも塔にはいなかったらしい。
「チユキさんはどう思う?」
シロネに聞かれるがそれだけでは判断はできない。そのお方はディハルトかもしれないと思ったが、だとしたら3日間も何も行動がないのはおかしい。それにディハルトは前に会った時に竜を連れていなかった。
またそのお方は吸血鬼よりも強そうなので、吸血鬼よりも弱いストリゲスがその方ではないだろう。
「わからないわね。何者なのかしら」
「そっか、チユキさんにもわからないのならどうしようもないわ」
シロネは残念そうに答える。
「そういえば変質者は見つかったの?」
シロネの問いに私は首を振る。
「キョウカさんを囮にしてナオさんにロクス王国にいる全員を調べさせたけどそれらしき人は見つからなかったわ」
結局それらしい男は見つからなかった。これだけ探しても見つからないなんて潜伏能力が高いのだろうか?
他に考えられるのは捜査している間は王国の外にいた場合だがそれだとあまりにもタイミングが良すぎる。
おかげでナオは疲れたといって横になっている。
「でも収穫があったわ。ストリゲスらしき者が見つかったの」
「えっ本当に!!」
シロネが驚いた声を出す。
ナオが捜索途中で人間に化けている魔物を見つけたのだ。
魔物の中には人間に変化できる者もいる。最初はその魔物が変質者ではないかと思ったが、魔物は女性であり私達が来る前からこの国にいるらしいから変質者ではないだろう。
薬師オルア。それが魔物の名だ。
「それでどうしたの?」
「今の所何もしてないわ。まだそいつが犯人とは決まっていないしね」
シロネにそうは言ったものの私はおそらく犯人だろうと思っている。
それに人間に化けて生活している魔物が犯人でなくても非常に怪しい存在なのは間違いない。
様子見なのは、可能性は低いが犯人ではなく人間に危険な存在でないかもしれないからだ。
もちろんレイジの言うとおり、さっさと退治した方が良いかもしれない。判断に迷う所だ。
「今の所、ルクルス卿達に見張ってもらっているけど、シロネさん達が戻ったのだからレンバー卿にも報告しておいた方が良いわね」
私達はよそ者だ。この国の事はこの国の騎士が第一に動くのが望ましいはずだ。
あまり話していないがレンバーならうまくやってくれるだろう。というよりこの国の騎士で役に立つのはレンバーだけのようだ。他の騎士とも会ったが正直任せられそうではない。
見張り役も神殿騎士よりもレンバー達に任せた方が良いだろう。
そうなれば見張りをしているルクルスも本来の任務に戻れるはずだ。
見張りをやっているルクルスはうまくやっているだろうか?
◆神殿騎士隊長ルクルス
「ヒュロスお前……。操られて……」
膝をつき目の前にいる神殿騎士を見る。目の焦点があっていない。まるで起きながら夢を見ているみたいだ。
人間に化けた魔物を監視している途中で部下であるはずの神殿騎士ヒュロスの襲撃を受けた。
急な事だったので対応できず、彼らが放った麻痺毒の煙幕を受けてしまった。
煙幕はかなり強力な魔法の薬から作られたようで体が自由に動かない。
「ルクルス隊長……」
私と同じように麻痺毒にやられた部下が自分を呼ぶ。
声がする。見ると監視対象であった女がこちらに歩いて来る。
「気付かれたみたいだけど、この神殿騎士達をお前達の所に運んだ者には私の事は話さないように指示をしておいたのが良かったようだね。勇者の女に気付かれたけど、さすがにこっちには気付かなかったみたいだね」
この女とヒュロス達が接触していた事を報告として聞いていない。自分達の所にヒュロス達を運んだ者達も支配を受けていたのだろう。目の前の魔物の女の事は何も話さなかった。
勇者様の言うとおり、さっさと倒すべきだったかもしれない。
「だがオルアよ、勇者達に気付かれたことには間違いない。これからどうするつもりだ」
監視対象であった女の後ろから声がする。
その声を聞くと体が痺れているにも関わらず、背筋が凍るような感覚に襲われる。
その声を発した者が女の後ろから近づいて来る。
その者の顔は仮面に隠されており何者なのかわからない。声の感じから男のようだ。そして監視対象の仲間のようであった。
そこで疑問に思う。チユキ様の話では監視対象は1人だったはずだ。何者だろう。このような者がいるとは聞いていない。
「はい、ザルキシス様。気付かれた以上は動かななくてはなりません」
女が恭しく頭を下げる。
その態度から男の方が上位者のようだ。
「そうか、動くか。ならば我も隠れていないで動くとしよう。予定にはなかった勇者が来ているのだ。勇者に対しても存分に復讐を果たすがよいぞ」
「はい、ザルキシス様」
ザルキシスと呼ばれた男が去って行く。
男が去るとオルアと呼ばれた女こちらを見る。
「お前達は殺さない代わりに道具になってもらうよ」
女が近づいて来る。逃げようとするが体が動かない。
「今夜でこの王国もお終いさ」
女が高らかに笑う。
「チユキ様……」
黒髪の少女の名を呼ぶ。
そこで意識が途絶えた。
◆ロクス王国の門番
まだ夜が来ていないが曇り空があたりを暗くさせる。
検問所である小屋の窓から空を見て夜が来る事を感じ取る。
先程レンバー卿が帰って来て以降は、自分達城壁の門を守る仕事はなかった。
自分が門番になってから10年になる。
城壁の門番は出入国を管理する重要な仕事だ。
そのため、前職である城壁の上の衛兵よりも給金が良い。
しかし、給金が多い分責任も多くなってくる。
魔物だけを警戒すれば良い衛兵と違って門番は人間も相手にしなければならない。
どんな人間でも入国を自由にしてしまえば、国の治安や食料事情が悪くなる。
そのため入国させる人間を選別しなければならない。
入国が可能なのは自国の市民はもちろんのこと、同盟国の市民や自国の市民の紹介や保証がある人間だ。そうでない流民などは基本的に入国させる事はない。流民の中には情に訴えてきたり、脅しをかけてくる者もいる。そういった事に流されない強い精神を必要とされる。そのため門番は隙を見せないよう市民権を持たない流民に対して威圧的に振る舞うのが基本だ。
しかし、例外もある。ロクス王国では祭りの間は流民でも入国を可能にしている。
もちろんそのまま通す事はできないので、名前や年齢や滞在先等を記録に取らなければならない。そのため祭りの間の門番の仕事は通常の3倍まで増えていた。
今日も普段より多い入国者の対応で疲れている。
日が落ちたら交代の人員が来るはずだ。帰りに一杯でもやっていこうかと考える。
そこで異変に気付いた。城壁の上から慌てる声がする。
「何があったんだ……」
そして、自分もまた異変に気付く。何者かが門に近づいて来ている。
近づいて来る者の数は多く100体以上はいる。
「あれは魔物……」
近づいて来る者達は人間ではないゴブリンやオークといった魔物達だ。しかもただの魔物ではなかった。
「ゾンビ……?」
近づいて来る魔物達の中には頭がなかったり、体に穴が開いている奴もいた。
先日起こったゾンビ事件を思い出す。
「は、速く門を閉めるんだ!!それと王宮に連絡をっ!!!」
門番は常時3名で職務に就いている。振り向き同僚達に急いで指示を出す。
だが返事がない。見ると同僚の1人が倒れている。そして横にはもう1人の同僚がいる。
「おっ!!おい何があった!!」
もう1人の同僚がこちらを見る。目の焦点が合っていない。そしてその手には棍棒のような物が握られていた。
「お前……」
その同僚が自分に対して棍棒を振り落としてきた。
◆黒髪の賢者チユキ
「ナオさんどうしたの?」
王宮に行こうと思い館を出る所でナオに呼び止められる。
ナオは昼間の探索で疲れたと言って寝ていたはずだ。
一度寝たら中々起きないはずのナオが起きているこれは緊急事態だ。
「うーんとね……チユキさん、何か変なのが来てるみたい……」
ナオが困ったような顔をして言う。
何が来てるのかわからないがナオが言うのだから何かがあるのだろう。
「ちょっと見て来るわ。ナオさんはみんなを集めて」
私は飛翔の魔法で空を飛ぶ。
あたりはすでに暗くなっている。
城壁の上や門の所では篝火がすでにつけられているので、なんとか国の様子を見る事ができた。
門の所で何か騒ぎが起こっているようだ。
私は遠視の魔法を使う。
ナオ程ではないがこの魔法である程度遠くを見る事ができる。
「ちょっと、門が破られているじゃない!!」
南にある正門からゾンビ達が侵入しているのが見えた。
「ちょっとまずいかもしれないわね……」
私は急ぎ館に戻った。
◆ロクス王国の自由戦士ガリオス
「どうしたんだ、クロ?」
横を歩くクロが急に立ち止まる。
王宮に報告に行ったレンバーと別れた後、家に帰る途中の道である。
クロを見ると遠くを見ている。クロの様子が普通ではなかった。
もっともクロは初めて会った時から普通ではなかったのだが。
初めて会った時の事を思いだす。
足をやられて動けなくなった夕暮れの森の中、なんとか這ってでも帰ろうとした時だった。
「大丈夫ですか?」
そう声を掛けられ、顔を向けると1人の青年が立っていた。それがクロとの出会いだった。
声を掛けられるまで気が付かなかったのに、気が付いた後はこの青年から目が離せなかった。
俺よりも細い体で運んだのも驚きだった。
おそらくクロは人間ではない。そしておそらくものすごく強いのだろう。
さきほどの塔も本当はクロ1人で問題は片付いたのではないだろうか。
なぜ人間の振りをしているのだろうか?理由はわからない。
ただこの青年を放っておけなかった。だから俺の家に招待したのだ。
そして付き合って話てみて、この青年が悪い存在とは到底思えなかった。
「ガリオス……」
クロが自分の名を呼ぶ。最初はガリオス殿とよそよそしかったが今では打ち解けてガリオスと呼ぶようになった。
「急いで先ほど別れた自由戦士達を呼び集めた方が良いかもしれない……。なんだか嫌な予感がする」
クロが慌てたように言う。
なぜそんな事がわかるんだ?一瞬そう言いたくなった。
「詳しくは話せないが何かが起ころうとしているみたいなんだ……。信じて欲しい……」
クロがもどかしそうに言う。
だがその目は真剣だった。短い付き合いだがクロは悪い冗談を言わないように思う。
「ああ、わかった」
俺は頷く。
クロを信じようと思った。
クロには自分達にはわからない何かが見えているのだ。何か大変な事がこれから起こるのだろう。
「ありがとうガリオス」
クロが礼を言う。
「良いって事よ!!」
俺は先程別れた自由戦士達を呼びに戻った。
◆ロクスの民
「ゾンビだっ!!」
「門が開いている!! なぜだ!?」
「助けてくれ!!」
周りの人間が騒ぎ出している。
それは日が落ち、夜になり始めた頃だった。門を抜けてゾンビ達が雪崩れ込んで来たのだ。
「門番は何をやっているんだ!?」
当り前だが門番は魔物が近づいてきたら門を閉めるのが仕事だ。
それが果たされていない。
「はやく騎士様か衛兵を!!!」
ゾンビは動きが遅く、まだ門の近くの広場にいるだけだ。しかしゾンビの数は多く、放っておけば大変な事になるだろう。
その時突風が吹いた。
「何が……」
見ると門の近くにいたゾンビ達がいない。
代わりにいたのは翼を持った少女。
「天使様だ!!」
「天使様が助けに来てくれた!!」
周りの人間が口々に言う。
「ここは私が抑えるから急いで避難して!!」
少女は振り向くと笑ったのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
「間に合ったみたいね」
シロネは門の付近でゾンビ達を抑えているようだ。
後は私は北を見る。ロクス王国は南の正門の他に北に裏門がある。そこも危ないかもしれない。だからそこにはキョウカとカヤに行ってもらっている。
また、リノとサホコには負傷者の救助や都市内部の巡回をしてもらっている。
そしてナオにはゾンビの原因となっているであろう人間に化けた魔物の捕縛に向かわせている。
そして私はそれぞれの場所で何かあった時のため待機している。
後はレイジの陽光の魔法でゾンビ達を一掃する。
「これでうまく行けば良いのだけど……」
私は呟く。
なぜこんな事になったのか?
おそらく監視している事がばれたのだろう。
ルクルスがへまをしたのだろうか?
それで魔物である事がばれたと思い、行動をおこしたのかもしれない。
さっさと退治しておくべきだったかもしれない。私は後悔する。
ナオが向かっているがおそらくもういないだろう。すぐに見つかると良いのだが。
「待たせたなチユキ」
後ろから声がかけられる。
「いえ、あなたにしては速い方よ」
私は振り向きレイジに答える。
レイジはマイペースだからいつ来るかわからない。遅い時もある。
少し皮肉を込めて言ったのだがレイジは相変わらず涼しい顔だ。
「それじゃやるとするか」
レイジの手が光り輝き始める。
少しすると近くにいる私は目が明けられない程だ。
レイジがその光を空へと放り投げる。
その光は夜空を照らし、再び太陽が登ったのかと錯覚させるほどだ。
極大の陽光の魔法だ。光属性に特化したレイジならではの技だ。
その陽光はロクス王国の全てを照らす。これでゾンビも一網打尽だろう。
私は下を見る。
「えっ、そんな……」
王国が黒い霧のようなもので包まれている。
太陽の光で照らされた事でその事に初めて気付く。
「ありゃ夜の衣だな」
レイジの言うとおりあの黒い霧のような物は陽光の魔法を防ぐ夜の衣だろう。しかし国全体を覆うほどの夜の衣は初めて見る。
これではレイジの極大陽光魔法が届かない。
「これほどの魔法が使えるなんて……本当に犯人はストリゲスなの?」
前回戦った時のストリゲスにはこれほどの魔法を使える者はいなかったように思う。それよりもかなり強力な魔物かもしれない。
だとしたらナオが危ない。助けに行った方が良いだろう。
「レイジ君。ナオさんの助けに行った方が……」
私は言いかけてレイジの方を見る。レイジは王宮の方を見ている。
レイジの様子がおかしい。
「レイジ君?」
「チユキっ!!」
レイジが突然声を出す。
「どうしたのレイジ君?」
「アルミナが危ない! 後は頼む!!」
「ちょっとレイジ君っ!!」
私が止める暇もなくレイジの姿が消える。追跡移動の魔法。おそらくアルミナの所に行ったのだろう。
「もう……。勝手なんだから……」
私はレイジがいなくなった空間に文句を言う。こっちはどうなると思っているのだろうか?
この世界に来てから、少し私達の扱いが雑なような気がする。
このまま王宮に行って文句を言ってやりたくなるが、それどころではなかった。急いでナオの所に行かなくてはいけない。
ナオは回避能力が高い代わりに攻撃力が低い。そのため苦戦する事がある。
ナオが探している魔物が前回会ったストリゲス程度なら問題はないが、それよりも強い魔物かもしれない。急いだ方が良いだろう。
私は魔法でナオの位置を探る。
◆ロクス王国の騎士レンバー
剣を受け止めるとキンという音がする。
「そんな……ルクルス卿。なぜ……?」
剣を振るった目の前の男に呼びかける。
剣を振るってきたのは勇者様を守るための神殿騎士のルクルスだ。
彼はこの国に来た神殿騎士達の大隊長であり、何度か話をした事がある。
彼は他の神殿騎士達と違い、自分達を見下したりする所がなく、人格的に優れた人物に見えた。
その人物がなぜ王城を襲うのだろうか?
塔より戻り、王に報告をした後で武装もそのままでアルミナに会いにいった。
そして、アルミナと話している時に突然悲鳴が上がったのが始まりだった。
私は異変を感じ取り、アルミナと王を安全な場所に移動させるため走っている所をルクルスに出会った。
その時ルクルスは自分の同僚の騎士の1人を倒した所であった。
見ると衛兵や他の騎士も何人か倒れているのが見える。
正直何が起こっているのかわからなかった。
そしてルクルスが突然こちらに向かってくると剣を振るって来たのである。
咄嗟の事だったが何とか最初の一撃を受け止めた所だ。
「なぜです?ルクルス卿! なぜ我々を襲うのです!!」
しかし、ルクルスは何も答えない。自分の声が届いてないように見える。
そこでようやく気付く、ルクルスの眼が正気ではないことに。まるで、感情を無くしてしまったかのようだ。
だが今はそんな事を気にしてる暇はないようだった。
ルクルスと剣を交える。相手の剣は速く、防ぐのがやっとだった。
それに先程から何だか力が出ない。
「レンバー……」
私の後ろにいるアルミナが不安そうに呼びかける。
アルミナが後ろにいる以上、自分が倒れるわけにはいかない。
ルクルスはさらに剣を繰り出してくる。
その剣は速く重い。守るのがやっとであった。
さすがは神殿騎士だと思う。自分よりも遥かに強い。
私は剣を繰り出しルクルスの剣を防ぐ。
何度目か剣を合わせたときだった、突然ルクルスが剣を引き下がっていく。
「何が……」
いつの間にか1人の人物がルクルスの後ろにいた。
「お前は薬師オルア……」
その人物の事は知っていた。
2週間前にこの国に来た薬師のオルアだ。
オルアは目が悪くいつも黒い布を目に巻いていた。それが今は解かれている。
「ストリゲスだったのか……」
オルアの目は人間の目ではなかった。その目は丸く大きく白い部分が黄色かった、それは梟の目、ストリゲスの目であった。
そして、私はある事に気付く。昨日の晩に倒れた神殿騎士が最初に運ばれた所がオルアの店だった事に。
「そうか、あの時に……」
気付くが後の祭りだ。
「お前は他の騎士とは違い、少しはやるようだね」
オルアが笑って近づいてくる。
まさか人間に化けて入って来る奴がいるとは思わなかった。
王国への入国は同盟国の市民かロクス市民の紹介がなければ原則入国させない。
しかし、もちろん例外がある。それは入国希望者が魔術師等の特別な技能を持っている場合だ。理由はもちろんそういった技能者が国にいる方が国の利益になるからだ。
オルアも薬の知識に精通していた事から王国への滞在を許していたのである。
しかし、これからは技能者といえども入国を制限した方が良いかもしれない。
「さて、その姫様をこちらに渡してもらおうか。勇者を倒す道具になってもらうよ」
「そんな事をさせるか!!」
アルミナを人質にして勇者の盾にするつもりのようだがそんな事はさせない。
剣を振りかざし突撃する。
この女を倒せば全ておわるはずだ。オルアは油断してルクルスを下げている。今がチャンスだ。
「フェザーアロー!!」
オルアが腕を振るうと何かが飛んでくる。
「なっ!!」
私は慌てて防御の姿勢を取る。
「ぐっ……」
体に激痛がはしる。
全てを防ぐ事ができず、飛んでくる物体が体に刺さったのだ。刺さった物は鳥の羽であった。
鳥の羽は鎧を貫通して自分の体に刺さっている。
「くそっ……」
膝を付く。動くことができない。
「レンバー!!!」
アルミナが悲痛な叫び声を上げる。
「アルミナ、逃げろ……」
しかし、無理だろうと思う。逃げるには来た道を戻らねばならず、そちらは行き止まりだ。
涙が出そうになる。なぜこんなにも私はなんて非力なのだろう。好きな女1人守れないなんて。
「ふん、女1人だと思って甘く見たようだね」
オルアが近づくと自分を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた私はそのまま通路の端に転がる
オルアはそのままアルミナに近づいていく。
「そんな……アルミナ……」
ただ見ているしかできない自分がすごく悲しかった。
「さあこっちにおいで」
オルアの後ろ姿から表情は見えないが笑っているのがわかる。
「いやー!! 助けてレイジ様―――!!」
アルミナが勇者の名を呼ぶ。
「ふふっ勇者を呼ぶのかい。それはー」
オルアが何かを言いかけた時アルミナの前が光輝く。
「なに!!」
オルアが自分を飛び越え後ろに下がる。
「レイジ様っ!!」
アルミナの嬉しそうな声。
光が収まった後には勇者がいた。
「アルミナ!!助けに来たぜ!!」
勇者が笑う。
その勇者を見るアルミナの表情は自分には見せた事のない表情だった。
◆剣の乙女シロネ
「でやあああサンライトブレード!!」
私は剣を振るいゾンビ達を倒していく。
「もう何よ、この影みたいなのは!!」
私は文句を言う。
レイジ君が太陽を呼び出してくれたみたいだけど黒い霧みたいなのがこの辺り一帯を覆っていて光が届かないようだ。
私も陽光を出したが阻まれて届かず、剣に付与して戦うしかなかった。
私は肩で息をする。
いつもよりも消耗が激しいような気がする。
周りを見るとガリオスを始めとした自由戦士達がゾンビと戦っている。
彼らがいなければゾンビ達は市街地に雪崩れ込んでいただろう。
突然の事だったのに自由戦士の動きが速かったので助かった。それに対してこの国の騎士や衛兵の動きが鈍いように思う。
もしかすると王宮で何かあったのだろうか?
確認したいが、今は目の前のゾンビ達を何とかしなければならない。
私は近づいたゾンビ達を斬り裂く。
ガリオス達もなんとかゾンビ達を押しとどめている。
しかし、ゾンビ達は途切れる事なくやってくる。いずれ限界がくるだろう。
本当なら私1人でも大丈夫なはずだが力が出ない。
「もしかしてこの黒い霧みたいな奴のせい?」
この黒い霧のせいで自分の力が制限されているのかもしれない。
「もしかしてすごくやばい状況……?」
◆ロクス王国の騎士レンバー
「すごい……」
目の前では勇者と神殿騎士達が剣を交えている。
私は傷ついた体を横にし、その戦いを見ていた。
私が敵わなかった相手のみならず、他の神殿騎士やオルアの攻撃を勇者は防いでいる。
「大丈夫よレンバー。きっとレイジ様が助けてくれるわ」
アルミナが自分に寄り添いはげます。
傷口から血が流れ意識がなくなりそうだった。
だけど、おかしいと思った。勇者の妻の1人であるお方は塔でもっと強かったように思う。
なんだか勇者は本当の力を出せていないように見える。
「レイジ様……」
アルミナも勇者の様子がおかしいのに気付いたのだろうか、心配そうに見ている。
「女神様、どうかレイジ様にご加護を……」
アルミナが祈る。
そして、私も目を閉じ同じように女神に祈った。
◆黒髪の賢者チユキ
「こんな地下通路がこの国に有ったなんて」
私は歩きながら呟く。
ナオの位置を魔法で探しているうちに、王宮近くの路地裏に地下通路の入り口を発見した。
普段は閉じられているのかもしれないが、今は入口が開いており、ナオはここから地下通路に入ったようだった。
入ってみると通路は長く先が見えなかった。
「それにしても魔力の消費が激しいわね」
ほんのちょっと照明の魔力を使っただけで疲労が押し寄せてくる。
おそらくはこの国を覆っているであろう黒い霧の影響だろう。
この黒い霧はこの国全体に広がっているようであり。この霧を生み出した者の魔力の高さを窺わせる。
ナオの安否が気にかかる。急いだ方が良いだろう。
歩いていると通路の途中で扉を発見する。ナオはこの中にいるみたいだった。
扉を開けると広い部屋に出る。
部屋にはあまり明るくないが照明がつけられていて、部屋をぼんやりとだが照らしている。
そして扉から少し離れた所にナオが倒れていた。
「ナオさん!!」
私はナオに駆け寄る。
「ナオさんしっかりして!!!」
「チユキさん……」
私が呼びかけるとナオが弱弱しく返事をする。
命は無事みたいだがナオの顔は青ざめ、いつもの元気がなかった。
「ナオさん……あなたがやられるなんて」
私はショックを隠せなかった。
ナオは私達の中で一番回避力が高い。ナオを倒す事ができた者はこの世界に来てから1人もいない。
そのナオが倒れている。
「だめチユキさん……。ナオに触ったらだめ……」
ナオが警告する。
良く見るとナオの体を黒いイバラのような物が巻き付いている。
おそらく魔法の茨だろう。この茨のせいでナオは動けないみたいだった。
ナオは触るなと言ったがこのままにしておくわけにはいかない。
私はイバラを剥がそうと触る。
「うっ……」
ほんのちょっとトゲにあたっただけで力が奪われるような感覚がした。
「何よ!!このイバラ!!」
今度は手持ちのナイフを使ってみようとするがトゲが邪魔でどうにもならない。
「だめだよチユキさん……。速く逃げて、あいつが来る前に……」
ナオが首を振り逃げるように促す。
「あいつって誰! そいつがあなたをこんな目に?!」
私はナオに聞くがナオはもう答える事はできないみたいだった。
「もうダメ……」
そう言ってナオは何も答えなくなる。
「ナオさん! しっかりして!!」
ナオに呼びかけるが返事がない。
「ほう……。どうやら蝶がもう一匹かかったようだな」
部屋の奥から誰かが出て来る。
「誰っ?!」
私は立ち上がり身構える。
部屋の奥の暗がりから仮面を被った……おそらく男が歩いてくる。
男のその仮面には蜘蛛の装飾が施されており不気味だった。
「あなたがナオさんを? 何者なの?」
昼間にナオが捜索した時にこいつを発見できなかった。見つけた魔物の仲間なのだろうか?
「あなたの敵だよ。黒髪の賢者」
敵だとはっきりと口にする。
かなりの強敵のような気がする。普通の魔物とは違うような気がする。
このほどの魔物ならばもしかしてナルゴルから来たのかもしれない。
「もしかして? ナルゴルの手の者なのかしら?」
私が問うと仮面の男は頷く。
「いかにも、そのとおり」
どうやらモデスの配下で間違いないみたいだ。ナルゴルを攻めた時にこんな奴はいなかった。
魔王には出し惜しみをする癖でもあるのだろうか?
「さて。あの忌々しい女神の娘の配下であるお前達には私の贄になってもらおうか!!」
仮面の男から強力な魔力の波動を感じる。
なんらかの魔法を使おうとしているみたいだ。
私は先手を打つことにする。
「ウルトラソニックウェーブ!!!」
私が唱えると音撃波が仮面の男に襲いかかる。
しかし、音撃波は男の前で消え去る。
「嘘っ!?防御魔法なしで防いだ!!」
そして、すごい疲労感が押し寄せてくる。このぐらいの魔法じゃこんなに疲れる事はない。何かがおかしい。
「この国はすでに我の領域だ。この領域内ではナルゴル様の加護無き者の力は奪われる」
仮面の男の言うとおり体に力が入らない。
「どうだね、力が出ないだろう。お前達はエリオスの神々に匹敵する力を持っているようだが、この領域内では何もできまい」
男が近づいてくる。
私は後退する。
私1人の力では勝てない。ナオには悪いがここは助けを呼びにいくべきだ。私はこの場を離れようとする。
「そうはさせぬ。黒血薔薇の縛りよ!!」
私が撤退しようと察したのか仮面の男が魔法を使ってくる。
地面から黒いイバラが出てきてナオと同じように私の体を縛り上げる。
「いっ……痛い……」
イバラによって縛り上げられ呻く。力が出ない。
「運が良い。この国の人間だけの生命力を奪う予定だったが、まさか勇者達が来てくれるとは思ってもいなかった」
仮面の男が笑う。
「勇者達の事はいずれ殺そうと思って調べさせてもらった。お前達の事を調べるのは簡単だった。何しろ目立つからな、お前達は。そこの娘も探知力は優れているが自分を隠す事はあまり得意ではないようだな。その娘の事さえ注意しておけば見つからない方法はいくらでもある。さてそろそろ終わりにしよう」
男の手がこちらに伸びて来る。
「我が贄になってもらおうか。すぐに殺しはしないじわりじわりと命を吸い尽くしてやろう」
私の中に恐怖が湧き上がってくる。
「いやだ! いやだ! 助けてレイジ君!!!」
私は泣き叫びレイジを呼ぶ。
「勇者は助けには来れない。この部屋は結界が張られていて、魔法で通信する事は不可能だ。それに今勇者はこの国の姫を助けるためにオルアと戦っている。お前を助ける余裕などないだろうよ。そして勇者も我が領域にいる限り力を出せまい。助けに来たとて返り討ちにしてやるわ」
仮面の男の無情な言葉。
私はこのまま死ぬのだろうか?いやだ誰か助けて!!私は心の中で叫ぶ。
仮面の男の手が私の頬に触れる。その手はとても冷たく心までも凍ってしまいそうだった。
私はぎゅっと目を瞑る。
恐怖でどうにかなりそうだった。
その時後ろから扉が開く音がした。
「何っ!!」
仮面の男が慌てた声を出す。
突然体が自由になり仮面の男から遠ざかる。
「大丈夫?」
かけられた声はとても優しい声だった。
見るとそこには覆面で顔を隠した者がいた。声の感じから男性だろう。
私はその男の右腕に抱きかかえられている。男の暖かさを感じ、それまで感じていた恐怖がなくなる気がした。
「この子を……」
顔を隠した男の左腕にはナオが抱えられていた。ナオは私と同じようにイバラの縛りはすでに外されている。
私は地面に降ろされるとナオを渡される。
「ううっ……」
ナオが呻き声を上げる。気を失っているが生きているみたいだ。
私はナオの右腕を肩にまわしナオを支える。
「あなたは誰?」
いきなり登場し私とナオのイバラを外した後で抱えて扉まで下がる。とんでもない素早さだ。只者ではない。
しかし、顔を隠した男はその問いには答えず後ろの扉を指す。
「その子を連れて速く逃げるんだ。後は自分がなんとかします」
この男は何者なのだろう?仮面の男は危険だ。1人で大丈夫だろうか。
しかし、私はその男の言葉になぜか安心感を抱いた。
「わかったわ……ありがとう。でも無理をしないで、助けを呼んでくるから」
私は扉を出る。レイジを呼ばなくてはならない。彼1人では危険だろう。
ナオを支えて地下通路を歩く。この世界での私は力持ちだから1人ぐらい抱えても速く動ける。しかし、今は力が出ず歩くのもやっとだった。
急がなければ。だけど歩みは速くならない。
「名前を聞いておけばよかったかな……」
少し後悔する。
もし助かったなら彼を探してお礼を言おう。
私は地上を目指して歩き続けた。
なかなかうまく進まない。もっと文章力が欲しい……