表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第2章 聖竜王の角
22/195

女神の休日

◆知恵と勝利の女神レーナ


 モーナ。

 それはモデスが私の髪を元に作った模造の女神の名だ。つまり私の複製である。

 どうやって私が彼女の存在を知ったのか。モデスが特に彼女の存在を隠さなかったのもあるが、彼女の存在そのものに理由がある。

 理由はわからないが、ある時から彼女の知る情報が私の夢に出て来るようになったのである。

 おそらく彼女が私の複製だからだろう。

 しかも、モーナから私に情報は流れるが私からモーナに情報は流れないようである。おそらくオリジナルと複製の差だろう。モーナは私が彼女の知る情報を得ている事を知らないようだ。

 そして私はエリオス中で一番ナルゴルの事を知る事が出来た。

 ただ、知りたくもない情報までも知ってしまう。

 何が悲しくてモデスとモーナが夜な夜な行っている営みを知らねばならないのだろう。なぜ夢の中でモデスの醜い裸体を見なければならないのだろうか、正直悪夢だ。どうにかなってしまいそうである。

 だからこそレイジ達を召喚してモデスを倒そうと思ったのだ。

 しかし、それもモデスがディハルトを召喚したせいで上手くいかなかった。

 ディハルトをどうにかできないかと思い、予言の力を持つと言われる女神であるカーサに相談したが、カーサにも対処方法はわからなかった。カーサの予言の力とは無数にある未来の中で特に可能性が高い未来を見る事ができるだけであり、厳密には未来視であって予言ではない。

 存在しない未来や可能性の低い未来は見る事はできない。それに結構不安定な能力であり、あまり使うのは危険なのだそうだ。そのためこれ以上カーサに頼るわけにはいかなかった。

 自分でなんとかするしかない。

 だが、私が知る事ができるナルゴルの情報はモーナが知る事ができた情報である。モデスは多くをモーナに語る事はしないらしく、また情報が不正確な時もある。

 ディハルトの召喚もぎりぎりまでモーナは知らなかった。これはモデスがモーナを信じていないからではなく、モデスはモーナに癒しのみを求めており、ナルゴルの問題となる案件をあまり語りたがらないからだ。

 だが、それでも重要な情報が入る時がある。

 ディハルトが私の複製を作るために白銀の聖竜王の元に向かったとの情報が入ったのだ。

 私はまた複製を作られてはならないと思い阻止する事にした。

 だが、ディハルトは強い。私と私の配下である女性の天使族で構成された戦乙女ヴァルキリー隊だけでは阻止するのは難しいだろう。

 彼女達は戦力的には聖騎士団に劣る。その聖騎士団を壊滅させたディハルトには敵わないに違いない。

 だから、レイジ達を動かそうと思った。

 段取りはこうである。

 聖竜王の棲む洞窟の入り口に結界をはりディハルトがその中に入ったらわかるようにする。

 そして、ディハルトに聖竜王の角を取らせる。

 洞窟から出てきた所でレイジ達がディハルトを足止めをする。

 そして足止めしている間に戦乙女隊が角を奪う。

 レイジ達には警報の鈴を渡して、その鈴が鳴ったら聖竜王の洞窟へすぐに移動するように伝えてある。

 そして、偵察に出していた戦乙女からディハルトがロクスまで来たという連絡を受け、私達は空船に乗って急いでこの地に来たのだった。

 ところが、一昨日に連絡したのに彼らが来たのは今日である。何をやっていたのだろう。

 彼らの力を持ってすればもっと速く来る事ができたはずだ。

 レイジのみならず異世界から来た者は強い。正直エリオスの神族に匹敵する力を持っている。

 一応彼らは人間という扱いになっている。しかし、人間と同じ扱いで良いのかと考える。

 だが神族としては扱えない。神といえばエリオスの神族の事を指し、そうでなければ神ではない。他のエリオスの神々の了解も無しに神族としては扱えない。

 また種族の特性を備えていないので上位種族である天使族やエルフ族としてもあつかえない。そのため、どうしても下位種族である人間と同じ扱いしかできなかった。神と同等の力を持つというのにだ。なので、扱いに困る時がある。

 そして、彼らが遅く来た理由を考える。おそらくはチユキの影響だろう。彼女はレイジがディハルトと戦うのを嫌がっていた。わざと遅れて来たに違いない。

 戦ってくれなければ困る。そうでなければ何の為に召喚したのかわからない。

 もし、これ以上邪魔をするならこれを使わなければならない。私は懐にある小瓶に触る。

 愛の魔法薬。

 この薬を飲んだ者は最初に見た対象を愛するようになる。魅了の魔法をとてつもなく強化した魔法の薬だ。これをチユキに飲ませる。

 非常に危険な薬であり、この薬を飲ませて奴隷にする事もできる。

 奴隷にするだけなら支配の魔法を使えば良いが、支配の魔法をかけられた相手は例外なくその能力を下げる。その能力が欲しいのに、その能力がなくなっては意味がない。

 だが、この薬を使えば能力を下げる事なく支配する事も可能だ。

 そして、この薬はレイジを召喚した時にレイジに使うはずだった薬である。召喚したが召喚された対象が自分に従ってくれるとは限らない。

 従ってくれなかった時のためにこの薬を用意していたのである。

 しかし、レイジはあっさりと私の言う事を聞いてくれたためこの薬を使う事はなかった。最初からチユキに使っておけば良かったと思う。

 だが、この薬には制約がある。

 まず、飲ませた対象にとって見た相手がある程度は愛し合える存在でなければならない。あまりにも種族がかけ離れていたらこの魔法薬の効果はない。例えば薬を飲ませた猿に犬を見せても犬を愛したりはしない。もっともその猿が特殊な嗜好を持っていたら話は別だが。そして、同種族であっても、あまりにも愛する対象からかけ離れていたら効果が少し弱まり、ただ、友好的になるだけのようだ。

 チユキに飲ませた場合はそれで充分だ。ようは私が頼み事を言った時にレイジを止めなければ良いのだから。

 次に完全に愛する対象がいる相手には効果がない。つまり、この薬は一度飲ませた相手には再び使えないのである。同時に別々の者を愛することで矛盾が生じてしまうからだ。同じ理由で主人を愛する使い魔や、元から何かを愛するために存在する者には効果がない。

 また、飲ませた薬の量と対象の魔法抵抗力によってこの薬の効果が変わる。抵抗力が強い相手では少量の魔法薬を飲ませても効果が出ない。

 チユキならどれほど飲ませれば良いだろうか?今持っている薬は特に強力な魔法薬だ。普通の人間なら一滴で永遠に愛するようになるだろう。

 神族並みの抵抗力を持つ者ならどうだろうか?

 この薬がなくなったらもう手に入らないだろう。この薬はあまりにも危険な為にエリオスで禁止された物だ。

 なにしろ、一度効力が発生したら外から魔法の効果を消す事ができず、自身の抵抗力で消去するしかない。

 この薬を同じエリオスの神族に使えば追放だけではすまないだろう。それほど危険な薬だ。

 ただ今まで神族に使われた事がないため、神族並みに抵抗力がある者にどれほど効果があるかわからないのが難点だ。

 レイジ達にはディハルトと戦ってもらわねばならない。

 このまま角を取られる訳にはいかない。

 だが運の良い事に、ディハルトも行動が遅い。こちらに来ているらしいがまだ角を取りに行ってないようだ。レイジ達は遅れて来たが、結果的に間に合った。

 ただ、肝心のディハルトが今どこにいるのかわからなかった。

 配下の戦乙女は探索等が得意な者がおらず、様子を見に行かせる事もできない。

 ディハルトに気付かれないようにと空船を離れた所に待機させたため、今どうなっているのかわからない。

 だから私は、チユキに薬を飲ませるため、そして現況を調べるためにロクス王国に単身で行くことを決めたのである。

 戦乙女達が同行しようとしたが、彼女達の中で隠密行動ができる者がおらず、彼女達が動くと目立つので私だけで来た。少なくとも戦乙女達よりは隠れて動ける。

 私も隠れるのはあまり得意ではないが人間に見つかるような事はないだろう。

 問題はディハルトである、彼の探知能力がどれほどあるかわからない。レイジの仲間であるナオと同じくらいの能力であれば簡単に見つかるかもしれない。

 また、ナオ程でなくても意識して探知されたらシロネやカヤ程の力があれば簡単に見つかるだろう。私の隠形はそれぐらいの力しかない。

 私は警戒し隠れながらロクス王国へと入った。

 レイジ達に渡した鈴の魔力を感知しその方向へと進む。

 しかし、歩いていると何者かが立ちはだかる。

 その者の顔を見て驚愕する。

 その顔はかつて私の神殿で見たことがあった。

 漆黒の髪に白い細面の整った顔、私を見る2つの黒水晶のような瞳は忘れようもない。


「ディ……ディハルト!?」


 立ちはだかった者はディハルトであった。

 まさか、こんなに簡単に見つかるとは。


「お久しぶりです。女神レーナ」


 そう言ってディハルトは私に一礼をした。




◆黒髪の賢者チユキ


 屋敷の温泉は広く快適であった。

 カヤは比較的小さな温泉の施設を手に入れたが、それでも数名以上の客が温泉に入ることができる規模があり、それを私達6名だけで使っている。この中で泳ぐ事もできそうだ。


「どうしたのナオ?」


 温泉に浸かっているとナオがじっと私を見ている。


「チユキさんの髪、綺麗だなと思って」

「そう、ありがとう」


 髪が綺麗と言われるのはこれが初めてではない。しかし、いくら褒められても悪い気はしない。

 ただ、髪ばかりが褒められていると他がそうでもないのかと思ってしまう時もある。


「さすが黒髪の賢者と呼ばれるだけの事はあるっすね」

 黒髪の賢者という2つ名は私に付けられたものだ。2つ名を持つのは私だけではない。

 シロネは剣の乙女でリノは妖精の舞姫と呼ばれる。

 そのシロネもリノも一緒に温泉に入っている。2人共髪を下して、いつもと違う感じがする。白い肌がピンク色に染まり色っぽい。

 見ていると2人がこっちに来る。


「ねー何話してるの?」


 リノが尋ねてくる。


「チユキさんの髪が綺麗だなって話をしてたっす」

「確かにチユキさんの髪はとても綺麗ですね。私も羨ましいです」

「そういうシロネさんの髪だって綺麗だと思うわ」


 シロネの髪を見る。普段ポニーテールにしているが今はロングヘアーだ。


「そうっすね。特に剣を振るっている時なんかポニーテールの髪が舞って綺麗っす。さすが剣の乙女っすね」


 ナオが褒めると、シロネが恥ずかしそうにする。


「剣の乙女か……格好良くていいな」


 リノが羨ましがる。


「あら、リノの妖精の舞姫も良いと思うけど」

「そうっすよ!!シロネさんにもリノっちにも2つ名があって良いじゃないですか。自分も欲しいっす……」


 実はナオには2つ名がない。元の世界では野生児と呼ばれていたが、それは言わないでおこう。


「良いじゃない、変な名を付けられるよりかは」


 リノが少し離れている2人を見る。

 そこにはキョウカとカヤがいた。

 キョウカの2つ名は爆裂姫。街中で爆裂魔法(エクスプロ―ジョン)を使った事からついた名だ。本人はこの2つ名を嫌っている。


「確かにそうっすね……」


 ナオが納得する。


「2つ名といえば、光の勇者と白の聖女は今どうしているのかな?」


 リノがここにいない2人がどこにいるか聞く。


「白の聖女は夕食の準備をしているわ」


 白の聖女はサホコの事だ。この屋敷はまだメイドの数が少ないためサホコが作る事になった。またロクスの王宮に務める料理人も来て手伝っていると聞く。

 私達の中で料理ができるのはサホコとカヤだけだ。

 サホコは家庭料理が得意でカヤはパーティに出せるような豪華な食事を作ることができる。

 私もある程度は料理ができるが2人には敵わない。

 リノとナオとキョウカは自分で料理をする気がまったくない。

 シロネは一応自分で料理をする気があるが下手である。もちろん本人の前では言えない。

 いつだったかしょっぱいクッキーを持って来た事があった。

 レイジにあげようと持ってきたらしいが、さすがのレイジも食べなかった。普段サホコの料理を食べているのだから当然だろう。

 仕方がないので幼馴染の男の子にあげたそうだが、なんでも喜んで食べたらしい。

 お腹は大丈夫なのだろうか?

 私はその幼馴染の男の子に会った事はないが、リノが言うには結構カッコ良かったらしい。

 また幼馴染の男の子はシロネに気があるみたいだ。もっともシロネはレイジの事が好きなのだろうから、ちょっと可哀想に思う。

 そのレイジは今何をしているのだろうか?


「光の勇者は何をしているのかわからないわ」


 一応、レイジ用の浴室も用意しているらしいが今は使っていないようだ。


「まあ、覗きには来てはいないようだけど」


 覗き防止のために私は浴室に強力な魔法の結界を張っている。

 さすがのレイジも私達に気付かれないように突破する事はできないだろう。

 問題はこの結界に阻まれて結界の外が探知できなくなる事だろう。外で何か問題が起こってもわからない。レイジが何もしてなければ良いのだが。

 あと何をしているかわからないと言えば、ディハルトとレーナもまた何をしているのかわからない。

 問題となる2人は今、何をしているのだろう?

 お湯に肩まで入り考える。





◆暗黒騎士クロキ


 昼の大通りには露店が立ち並び、大勢の人が歩いている。

 こういう露店を見ていると日本のお祭りを思い出す。

 最近はお祭りに行くことはなかったが、子供の頃は夏祭りをシロネと一緒に回ったりした。

 シロネが一緒に行ってくれなくなってからはお祭り等には行っていない。

 やはり、お祭りに行くなら可愛い女の子と一緒なのが男のロマンだと思う。

 だから、この状況は本来ならとても良い事のはずなのだろう。

 隣を見る、そこには1人の女性が歩いている。その女性はフードを深く被っているため口元のあたりしか顔が見えない。

 だが自分はフードを取った下の顔がとても美しい事を知っている。

 女神レーナ。

 シロネ達を呼び出した張本人である。

 彼女と会うのは2度目だ。彼女が何故こんな所にいるのだろう?

 また、シロネ達に何かしようとしているのだろうか?

 シロネ達とはもう関わらないつもりだった。

 しかし、勇者の護衛を頼まれ、そして勇者に仇なす者がいないか探してくれと頼まれてしまった。

 その頼みを受けた時は正直軽い気持ちだった。レイジ達は強く、彼らにとって危険な存在などあまりいない。

 適当に見て、後は神殿の騎士にでも任せておけば良いと思っていた。

 だから、彼女を城壁の上から見つけた時は驚いた。フードを被っていたが間違いなくレーナである事がわかった。

 見つけた以上、放ってはおけない。

 なぜなら、自分は彼女こそが勇者達にとって一番危険な存在だと思うからだ。

 だから、彼女の前に自分は現れたのである。

 しかし、現れたのは良いがこの後どうすれば良いかわからなかったりする。

 取りあえず彼女が何故ここにいるのか真意を見極めたい。もちろん、レイジ達を呼ばれたら逃げなければならないが。


「意外と強引なのね、あなた」


 一緒に歩いているとレーナが少し非難するように言う。

 少し前のやり取りを思い出す。

 レーナにどうしてここにいるのか尋ねた所、彼女は祭りの見物だと言う。もちろん、嘘だろう。そこで自分は彼女に、それならば自分も一緒に見物すると言って無理やりついて来たのだ。

 真意を見極めるという目的がなければ自分は絶対にこんな事はしないだろうなと思った。まるでナンパみたいではないか。


「いえ、あなたを放ってはおけませんでしたので……」


 嘘は言っていない。


「ふうん、そう」


 レーナはフードを少し手で上げこちらを値踏みするように見る。

 綺麗な瞳が自分を捕える。

 それだけで心臓の動きが速くなる。


「いいわ、エスコートを許してあげる」


 レーナは歩き出す。自分は横で一緒について行く。

 綺麗な女性と一緒に祭りを見て歩く。

 それはデートとはとても呼べるものではなかった。








◆暗黒騎士クロキ


「人が多くて歩きにくいわ」


 歩いているとレーナが言う。


「お祭りですから……。大勢の人が楽しむためにも1人1人がちょっと我慢し合わなければなりませんので……」


 自分はレーナを窘める。


「そう」


 レーナは女神である、あまり我慢する事になれていないのかもしれない。

 自分はレーナに人がぶつからないように盾になるようにして歩く。


「おっと」


 自分はレーナを引き寄せる。レーナの背が自分の胸にあたる。

 なるだけ盾になるようにして歩いていたが、それでも人が多く少し寄って歩かねばならなかったので仕方なくだ。


「ちょっと!!」


 レーナが怒って言う。


「すみません、レーナ」


 レーナに謝る。


「私、ここまで男に触れさせた事などないのだけど」


 暗に自分に触れるなとレーナが言う。


「すみません、レーナ。ですが……。人を力で排除するわけにはいきませんので」


 人が多い以上、互いに配慮しなければならない。


「まあいいわ、離してちょうだい」

 レーナを離す。


「そう。ではアレが邪魔ね、片づけられないのかしら?」


 レーナは露店を指して言う。

「いえ、あれはお祭りに必要かと……」


 実際、露店の品物は高くて買えない時がある。が、ないならないでさみしい。


「ふうん」


 レーナはつまらなそうに答える。

 一緒に歩いている女性にこんな態度をとられ落ち込みそうになる。

 もしこれが本当のデートだったら心が折れていたかもしれない。

 そもそも露店があっての祭りではないだろうか?

 レーナは祭りを見物に来ているはずだが、祭りを見ていないような気がする。やはり祭りの見物は嘘なのだろう。

 突然レーナの足が止まる。


「あれは何かしら?」


 レーナが見ている方向を見る。

 そこには佐々木理乃の絵が描かれた旗があった。

 それを見てちょっと焦る。正直女性に見せて良い物ではない。


「あれはリノ……」


 レーナは自分が止める間もなく歩き出す。

 もうすでに欲しい人達は買っていったのか先ほど見た時より人が少ない。

 レーナは人の肩越しに旗の立っている露店を覗き込む。

 自分も見ると、そこにはシロネ達が描かれた絵があった。

 絵は今日シロネ達が着ていたコスチュームだ。結構きわどい絵である。

 結構良いできだ。ちょっと見入ってしまいそうになるが、レーナの前なので堪える。


「ディハルト。彼らはリノ達の信者なのですか?」


 レーナの声は少しきつかった。


「ある意味そうではないでしょうか……」


 正直、彼らを何と表現して良いかわからない。

 アイドルのおっかけというべきか。


「神族でもないのに……」


 レーナの態度は自分が想像していたのと違った。女神であるレーナにとって神ではない者が崇められるのは面白くないのだろう。


「あなたもあの絵が欲しいのではなくて?」


 レーナが絵の一枚を指していう。

 レーナが指した先にはシロネの絵があった。そして、その声はどことなく意地悪そうだった。

 正直に言えば欲しい。

 だが、他の女性の前で欲しいなどと言えるわけないじゃないか。自分は心の中で叫ぶ。

 自分は鉄の自制心で体の向きを変え、絵を見ないようにする。向いた先にはレーナがいる。

 そういう事は聞かないで欲しい。偽りとはいえエスコート中なのだ、他の異性の話題をするのはどうかと思う。


「いえ、あなたがいますので」


 自分はレーナを見つめて言う。他の女性には目もくれないと言う態度を取る。


「えっ?!」


 自分の言葉を聞いたレーナが意外そうな声を出す。

 レーナはフードを少し上げて顔を少し上に向けると自分の顔を見る。

 レーナの瞳に自分の顔が映る。そんな目で見ないで欲しい。

 本当に綺麗な女性だと思う。見つめられると頭が沸騰しそうになる。

 レーナが少し考え込む仕草をする。そして、何かに気付いたかのように頷く。


「そうよね、当然だわ。私の方が美しいものね」


 レーナが笑う。


「だから、偽物をねえ」


 うんうん頷いている。意味がわからない。


「行きましょうディハルト」


 再び歩き出す。少し嬉しそうだ。

 さっきまで、不機嫌そうだったのに何故だろう。


「あっそうだ」


 突然歩みを止めて振り向く。

「今度、あの絵と同じ格好をしてあげましょうか?」

「なっ!?」


 何だって―!!!

 心の中で絶叫する。今までの人生の中で一番大きな心の叫びだった。

 レーナがあの格好をするだって。レーナは服の上からでもわかるほど胸が大きい。

 してもらうなら誰の格好が良いだろうか?

 シロネの格好が良いか?またはレイジの妹の京華という女の子が良いか?いや!!ここは吉野沙穂子が着ていた白バニーで……。

 そこまで考えてはっとする。

 レーナを見る。ジト目でこちらを見ている。


「冗談よ……あなたって、わかりやすいのね……」


 レーナはあきれたような声で言う。


「ううっ……」


 泣きたくなる。真意を見極めるはずが完全に手玉に取られている。もっとクールにカッコ良く女性と接したいが、いかんせん経験値が足りない。

 レーナはそう言うと自分に背を向けそのまま歩いて行く。

 自分は情けなくそのまま追いかける。

 歩いていると人が少ない通りに入る。さらに進む小さな路地に入り、ほとんど人がいなくなる。

 これ以上先に行っても何もなさそうなのでレーナに戻ろうと言いかけた時、レーナの足が止まる。

 前方を見ると騎士の姿をした者達がいる。

 騎士達の着ている服には蔓草と白い花を象った紋章が縫い付けられていた。

 その紋章は聖レナリア共和国で何度も見た、女神レーナの聖印である。

 コデマリに似た聖印の花はレーナ草と呼ばれ、なんでも純心を意味するそうだ

 聖印からわかるとおり騎士達はレイジ達の護衛の神殿騎士であった。

 その神殿騎士が5名程いて道を塞いでいる。何をしているのだろう。


「あれは、あなたの騎士ですね」


 自分も立ち止まると神殿騎士を見て言う。


「私の騎士ではないわ、神殿の騎士よ。あの程度では私の騎士にふさわしくないわ」


 レーナの冷たい言葉。神殿騎士はレーナに愛を誓っているらしいが、その愛は伝わっていないようだ。

 ちょっと可哀想に思う。


「あなたの騎士はレイジだけですか?」


 ちょっと意地悪に聞いて見る。

 エスコート中に他の男性の事を聞くのはマナー違反だと思うが先ほどのお返しである。

 だがレーナは気を悪くはしていないようだ。


「ふふっ。レイジは騎士になれないわ。騎士は礼節を重んじる者のはずよ。自由奔放で傍若無人なレイジには礼節なんて言葉は似合わないわ」


 レーナは笑っていう。

 へえ、と自分は思った。意外と良く見ている。


「あなただったら、私の騎士にふさわしいと思うのだけどどうかしら?」


 レーナが自分を見て言う。

 自分もまたレーナを見る。

 その言葉を聞いた瞬間、心が躍った。

 その言葉は正直嬉しい。

 自分の中のトゲが1本抜けたような気がした。

 おそらくレイジよりも評価された事が嬉しいのだ。すごくくだらない対抗心だと思う。いつまで気にしているのだろう。

 自分は負けず嫌いな性格をしている。だから、あの日から剣を磨き。少しでも追いつけるように容姿に気を使ってきた。

 だけど、どんなに頑張っても自分に自信は持てなかった。

 だからレーナの言葉に心が揺れる。

 だが、しかし―。

 首を振り心を落ち着かせる。

 それは駄目だと思った。

 レーナは信用できなかった。

 どんなに美しくても、甘い言葉で囁かれても盲目になる事はあってはならないと思う。

 だから首を振る。


「お誘いは嬉しいのですが、あなたの騎士にはなれません。それに簡単に裏切るような者を騎士と呼べるのでしょうか?」


 自分はレーナの申し出を辞退する。


「確かにそうね、簡単に裏切る者は騎士に相応しくは無いわね」


 レーナは納得してくれたようだ。

 その態度にほっとする。レーナが不機嫌になるかと思ったがそうはならなかったようだ。

 もっとも、自分が騎士に相応しい男とは思えなかった。

 例えレーナが信頼でき、モデスの事がなくても辞退しただろう。


「何を見ているお前!!」


 声を掛けられる。

 見ると神殿騎士の1人が近づいてくる。

 この神殿騎士達はおそらく城壁の上から見た者達だろう。

 確か娼婦らしき女性を巡って争っていたはずだ。

 だが近くに女性らしき者は見えない、逃げられたのだろうか?

 神殿騎士は近づくと自分を見て、そのまま視線が隣に向く。

 おやっと?!思う。どうやらレーナの存在に気付いたようだ。

 レーナは隠形を使っているようだったが、それに気付くとはかなりの魔力の持ち主かもしれない。


「女を連れているな。お前の恋人か?」


 最初に近づいて来た神殿騎士が質問してくる。

 詰問するような口調に自分は少しムッとする。ここはあなたの国ではないだろうに。なぜそんな事を聞かれなければならないのだろう。


「いえ、違いますが……」

「ほー、恋人でもないのにこのような所に女性を連れ込むのか?」


 周りを見ると普通の路地と雰囲気が違う。

 どうやら、歩いている内にちょっといかがわしい所に来てしまったようだ。


「それが何か……」

「ふん、大方騙して、連れ込んだのだろう。だが、この私に見つかったのが運の尽きだったな」


 神殿騎士が絡んでくる。

 今レーナはフードを深く被っていて顔があまり見えないようになっている。

 この女性はあなたが仕える相手だという事を教えようかなと思った。

 しかし、隠形を使っている所からレーナは正体を隠したいようだ。だから何も言わない。

 そのレーナは自分の横でなりゆきを見守っている。

「今我々は勇者様に仇なす者がいないか巡回中だ! 貴様がそうではないのだろうな?」

「いえ、自分は別に……」


 自分は否定する。


「怪しいな勇者様に仇なす者は貴様のような変態らしいからな。だが、今回は見逃してやる。さっさと立ち去れ!!」


 男は犬を追い払うかのように手を振って追い払おうとする。


「危ない所でしたなご婦人」


 その神殿騎士がレーナに触ろうとする。

 その瞬間危ないと思った。

 レーナに触ろうとした神殿騎士の手を取るとそのまま投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた神殿騎士が尻餅をつく。


「貴様何を!!」


 その神殿騎士はそう言って起き上がると剣を抜く。

 あなたを守ってやったんだぞ。そう言いたくなる。

 先程、レーナに触ろうとした時、レーナから殺気を感じた。

 その気配は殺す事に躊躇いを感じさせなかった。

 あのまま触っていたら目の前の騎士は消し炭になっていたかもしれない。

 騒ぎに気付いたのか他の騎士が近づいて来る。

 彼らも剣を抜く。

 争いになるなと思った。

 いつもなら面倒を避けて退散するのだが。横にレーナがいる以上それはできない。

 むしろこのままではレーナが彼らを殺す。さすがにそれは避けるべきだろう。


「レーナ、あなたに手を汚させるわけには行きません、後ろにいてください」


 自分は小声で言うとレーナの前に出る。


「そう」


 言葉は短いが、ちょっと嬉しそうに感じたのは気のせいだろうか。


「ふん、謝るなら今のうちだぞ」


 剣を向ければ怖れるとでも思っているのだろうか?

 レーナは否定するが彼らはレーナの騎士である。

 自分は暗黒騎士と呼ばれる存在なのに、この状況は自分の方がレーナの騎士みたいではないか。

 彼らの身なりは立派だが、その行動は昨日出会ったオークと変わらない。

 せっかくの祭りを血で汚すのも何だから、殺しはしない。少しだけひねってあげようと思った。

 そう考えて神殿騎士に近づく。

 自分の心が冷たくなるのを感じた。


「なっ貴様! 逆らうのか!!」


 自分が立ち向かって来た事を驚いているようだった。

 この世界の国際関係はまだよくわからないが、普通に考えてよその国で問題を起こして良いわけがない。

 剣を抜いたのは脅しだったようだ。


「あの……。このまま撤退してもらえませんか」


 このまま、互いに無かった事にできないだろうかと思い提案する。

 しかし、逆に火に油を注いでしまったようだ。騎士達の顔が赤く染まる。


「ふざけるなっ!!」


 馬鹿にされたと思ったのだろうか、目の前の騎士が剣を振るってくる。

 その動きはとても遅い。

 自分は振り下ろしてきた剣身を人指し指と親指でつまむ。

 それを見た騎士達の驚く声。


「そんな馬鹿な……」

「ありえない……」


 呟く騎士達の顔が青ざめている。赤から青と忙しい。

 もういいや。さっさと終わらせよう。


「行くよ……」


 自分はそう言うと騎士達の間をすり抜ける。


「がはっ!!」

「ぐっ!!」

「げっ!!」


 うめき声を上げ騎士達は左右に飛ばされる。

 騎士達は地面に叩きつけられ、のたうち回っている。

 手加減をしているから、死にはしないだろう。

 道が空きレーナが寄ってくる。


「殺さないのですね」


 レーナはさらっと恐ろしい事を言う。


「一応あなたの神殿の騎士です……。手加減をしました」


 嘘を言う。


「そうなの、礼をいうべきなのかしら?」


 そう言うがレーナはこれっぽっちも感謝しようとは思っていないだろう。

 レーナは騎士の、いや人間の命をなんとも思っていないように感じる。

 でも、今ならちょっとだけ気持ちがわかる気がする。

 なぜなら、あまりにも弱すぎるのだ。

 先程も殺さないように手加減するのは大変だった。

 小さな虫を殺さないように逃がすよりも、潰すほうが楽なのと同じである。

 おそらく、レーナなら彼らを潰していただろう。他の神々も同じかもしれない。

 神にとって人間など虫けら程度の存在なのかもしれない。

 では、自分はどうなのだろう?

 この世界での自分は人間と言って良い存在なのだろうか?

 人間でないなら何なのだろう?

 孤独に感じる時がある。この世界ではレイジ達が自分と同じ存在だ。だがレイジ達の仲間になる気は起きない。そもそもレイジが自分を仲間にしてくれるだろうか?

 だからこそ聖竜王の角を取りに来たのではないだろうか?

 しかし、考えても答えは出なかった。


「いえ。行きましょう、レーナ」


 自分とレーナは路地を後にした。


次はもっとはやく更新したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ