勇者の来訪
◆黒髪の賢者チユキ
ロクス王国は聖レナリア共和国から馬車で2日ほど旅した所にある王国だ。大陸東部の中央大街道の通り道にあり、それなりに人の往来は多い。
統治者は国王であるロクロス8世、人口は約3万人。
それだけなら、この世界の一般的な国と言える。
だがロクス王国は他の国にはない特徴を2つ備えていた。
1つはこの国には温泉が出る事である。その温泉目的で来る観光客が多い。私達の表向きの来訪も湯治のためという事になっている。
2つ目はこの国の近くにある聖竜山に住む白銀の聖竜王の存在だ。そもそもロクス王国は初代ロクス王がこの白銀の聖竜王と盟約を交わしこの地に王国を築く事を許してもらった事から始まる。
今日はロクス王国の建国記念日なのだそうだ。今日から1週間ロクス王国はお祭りである。その間この国の温泉施設の入浴料と宿屋の宿泊料が半額になり、またこの国の入国は自由となるそうだ。その為多くの人がこの国に訪れている。前回来た時よりも圧倒的に人が多い。
この国に来るのは2度目だ。温泉が出る国があるというので前に来た事があるのだ。
日本人である私達にとって温泉という言葉にはあらがえない魅力がある。魔王討伐をわざわざ中断してロクス王国に湯治に行ったのは約1ヶ月とちょっと前になるだろう。
その時にストリゲスという魔物を退治したり、私達の入浴を覗こうとした奴に魔法を放ち、それが反れて城壁を壊してしまったりした。
前に来たときは聖竜王と呼ばれる竜がいる事に気付かなかった。ナオの物体感知にも引っ掛からなかった事から何かしらの結界が張られていたのだろう。
そんな竜がいるなら会ってみたいものである。
何でも白銀の聖竜王は幸運を呼ぶ白い竜との事だ。まるでエンデの小説に出て来る竜のようではないか。
その聖竜王の事なのだが、私達がロクス王国に来た本当の目的はその聖竜王の角にあった。
暗黒騎士ディハルトが聖竜王の角を手に入れるのを阻止して欲しい。突然のレーナの頼み事に私達は困惑した。
レイジの傷はサホコの魔法と医神の秘薬によりほぼ回復した。
だがレイジが回復したといってもディハルトは強い。なるだけ戦いを避けたい。
しかし、例によってレイジはレーナの頼み事に乗り気である。レイジ1人だったら前回と同じように死にそうな目に会うかもしれないのにだ。
ちょっとは周りの事も考えて欲しい。またサホコやシロネが泣くような事になって欲しくない。
そのため、私はわざとゆっくりと移動させた。
しかし、どうやらまだディハルトは聖竜王の角を手に入れていないようである。レーナから渡された鈴はまだ鳴っていない。
レーナとその配下の天使達は聖竜山の周りに、レーナ神殿と同じような警報装置を設置したらしく、その警報装置を張られた中に何者かが侵入すればこの鈴が鳴るらしい。
そして結局鈴は鳴らず、間に合ってしまった。
そもそも、レーナはディハルトの行動をどうやって知ったのだろう?ナルゴルにスパイでも忍ばせているのだろうか?
また、暗黒騎士は何故聖竜王の角を狙うのだろうか?
まあ何を企んでいるのかはわからないが、聖なる幸運の白い竜と呼ばれる竜王の角を奪おうと言うのだから碌な事ではないのだろう。
ロクスの城壁の門を通りロクスの大通りの道に出る。
馬車で入れるのは門の付近までであり、衛兵に馬車を預ける。ここからロクスの王城まで歩きである。
歩きだすと複数の視線を感じる。かなり嫌な視線だ。私達をよく見ようと多くの人が集まってくる。そのほとんどは男だ。
聖レナリア共和国より護衛の為について来た神殿の騎士達が私達を通すために、通りにいる男どもを追い払ってくれる。前回と違い護衛を連れて来て正解だった。
少々乱暴だが人払いには丁度良い。
「うう、チユキさん……やっぱり恥ずかしいよ……」
私と同じように嫌な視線に曝されたシロネが泣きそうな声を出す。
「言わないでよ……。考えないようにしてたんだから」
シロネを見る、すごい恰好だと思う。ほとんど下着姿と変わらない。いわゆるビキニ鎧という奴だ。バランスが良いスタイルのシロネに良く似合っている。もっとも本人は嫌そうだが。
だが恰好に関しては私も人の事は言えない。今の自分の恰好は超絶ミニスカートの黒のゴスロリである。ちょっと前かがみになるだけで下着が見えてしまいそうになるので行動に注意しなくてはならない。
なぜこんな恥ずかしい恰好をしているかと言うと、キョウカを襲った変質者をおびき出すためである。
暗黒騎士ディハルトにより召喚の道具を壊されてしまい、私達は元の世界に戻れなくなってしまった。戻れなくなった事で私達は少し気落ちしてしまう。
どんなにすばらしい遊園地であってもそこから出られず、家に帰れなくなるならその遊園地は楽しくなくなるだろう。今まさにそんな状態だ。
しかし、まだ元の世界に帰れる希望はある。レーナの他に召喚の道具を持っている者がいるはずなのだ。なぜならキョウカを襲った変質者は私達と同じ世界の人間のようなのである。つまり、レーナの他に召喚を行える者がいる。その者を探さなくてはならない。
そして、まず手始めにキョウカを襲った変質者を捕まえようという事になった。
その変質者はキョウカの胸を狙ってきた。女性の胸が好きなのだろう。
だから全員で胸を強調する恥ずかしい服を着て変質者をおびき寄せようと言う事になったのである。
最初はキョウカだけが囮役になるはずだったが、キョウカの抗議もあり、またレイジがキョウカ以外の胸にも来るかもしれないから万全を期して全員でやるべきだと言い始めたのがはじまりだ。
そのため、私やシロネだけでなく他の女子もすごく恥ずかしい恰好をするはめになった。
外出する時はずっとこの恰好だ。それは聖レナリア共和国以外でも変わらない。
ちなみに私達が着ている衣装はレイジが持ってきたものだ。胸だけでなく他の部分も露出しているのは、変質者が寄ってくる可能性を高めるためだとレイジが言うからだ。
どう考えても下心があるとしか思えないが、変質者の手がかりがなく、他におびき出す効果的な方法が思いつかなかったのでやむを得ずこんな格好をしている。
確かに変質者は大量に来るだろう。実際、市内を歩いていると私達に寄って来る男が3倍に増えたような気がする。
しかし、目当ての変質者は今だに現れていない。
私達がこんな格好をするようになってから神殿は私達の護衛を3倍に増やした。このロクス王国にも彼らは同行している。今の所、私達の所に来る男はその護衛によって阻まれている。カヤと互角以上に戦える変質者ならばその護衛を物ともしないだろう。だからまだ現れていないとわかる。
現れるなら、早くして欲しい。いつまで、こんな恰好をしなければならないのだろうか?
この格好は戦う時に支障が出るが、ディハルトならともかくそこら辺の魔物や人が相手なら簡単に勝てるし、本来の武装は魔法でいつでも呼び出せるのでそんなに危険な事にはならないだろう。
シロネ以外の格好を見る。
まずナオはミニのチャイナドレスにネコミミを付けている。チャイナドレスのスリットがナオのすらっとした足を際立たせており良く似合っている。レイジはネコミミの他にネコのシッポも渡してきたが、ナオはつけかたがわからず私に相談してきた。
私もわからなかったのでレイジに聞いた所、シッポは変な所に挿すいかがわしいアクセサリーだった。それを聞いた私は当然のごとく無言でそのシッポを燃やした。レイジが少し悲しそうな顔をしたがそんな事は知らない。
そのためナオはネコミミだけの姿になったのだ。
それにしても、こんな衣装といい、なんでレイジはあんな変な物を持っているのだろう。レイジともども作った奴を殴りたい。
リノの恰好はチアガールだ。可愛らしいリノに良く似合っている。リノの場合は普段から露出の多い服を着ているのであまり変わらなかったりする。
モデルをしているだけあって、こんな恥ずかしい衣装でも何の躊躇いもなく着ている。
最初レイジはリノにリボンだけを巻きつけただけの恰好にしようとしたが、ありえないのでやめさせた。本当何を考えているのやら……。
キョウカは踊り子の恰好だ。変質者が寄って来るようにと一番派手な格好をしてもらった。
もともと変質者はキョウカを狙って来たのだから当然だろう。
この中で一番スタイルの良いのがキョウカであり、豊かな胸にくびれた腰を強調する服は世の男性の目を引き付けてやまないだろう。
中身はともかく、そのスタイルは女性から見ても少し羨ましくなる。
キョウカは最初その恰好をすることを渋ったがレイジが説得するとしぶしぶ了承した。兄妹なのにレイジに比べ、性に対して古風な考え方をしている。あまり露出の多い服は着たがらない。もっとも水着は派手なのを着たりしているので、そのあたりの基準は不明だったりする。
カヤの恰好はミニのメイド服だ、元々カヤはキョウカの家の使用人であり普段からメイド服を着ていたらしいのでその着こなしは見事な物だ。ミニスカートの下の白いニーソックスが彼女の脚線美を際立たせている。
もっともレイジはもっと露出のある格好をさせようとしたらしいが、カヤの無言の圧力には敵わなかったようだ。私もあんな風になりたいと思う。
それにしても何故カヤはキョウカに従っているのだろうか?この世界に来てもキョウカとカヤの関係は変わらず、とてもただの使用人とは思えない。おそらく何かあるのだろう。しかし、余所の家の事情なのでおいそれと聞くわけにはいかなかった。
最後にサホコだが、サホコの恰好は白いバニーガールだ。その服は特に胸を強調する作りになっており、一番胸が大きいサホコが着ると大変な事になってしまっている。
サホコは少しぽっちゃりした体型なのでスタイルはキョウカに及ばないが、それでも男性の目を引くには充分だ。人によってはサホコの方が好みと言う人もいるだろう。
安産型のお尻の所がハイレグになっており、かなり恥ずかしい恰好だ。本人も泣きそうになっている。生地が白く透けて見えてはいけない部分が薄らとだが見えている。とても人前で見せられない。私なら絶対に着ない。しかし、サホコはレイジの頼みを断らないため、しぶしぶその衣装を着ている。
先程から視線が痛い。神殿の騎士達が変な奴が寄らないようにと護衛してくれなければ、恥ずかしさのあまり爆裂魔法(エクスプロ―ジョン)で見ている男共を吹っ飛ばしたくなる。
私達は恥ずかしがりながら、ロクスの王宮へと向かう。まずはこの国の王に謁見をする事になる。
なんでも、他国の要人がその国を訪れた時は国王に挨拶するのが慣習なのだそうだ。私達が来ることもすでに知らせている。
別に私達は自分達を要人だとは思っていないが、周りが持ち上げるのでしかたがない。
それに他国の騎士を勝手に引き込んでいるのだ。一応許可を取っておく必要があった。
今、私達の護衛をしている騎士達は神殿が勝手につけた者達だ。彼らは私達を守るためというよりも私達に力を使わせないためにいる。なぜなら私達の行動によっては女神レーナに傷がつくからだ。正直失礼だと思うが、レイジの一連の行動やキョウカが街を魔法で破壊したりしているので何も言えない。
レーナ神殿の騎士達は女神レーナに愛を誓う事が神殿騎士になる条件なので、私達を見ても特に心動かされる事はないらしい。別に見られたい訳ではないが、ちょっと悔しく思う時もある。まあ、あのレーナが相手では私達もちょっと分が悪いのも確かなのだが。
そのレーナだが今回はレーナとその配下も動くとの事だ。いい加減私達ばかり戦わせるのではなく彼女達も戦いに参加して欲しい。レーナ達はロクス王国の近くで待機しているらしいが、本当だろうか?
ロクスの王宮に着く。ロクスの王宮は聖レナリア共和国の政庁の3分の1ぐらいしかない。
これでも大きい方らしいが聖レナリアの政庁よりもはるかに大きいレーナ神殿で暮らしている私には小さく見える。人口約3万人の国なのだからこれぐらいで丁度良いのかもしれないが。
「よくぞ来られました。勇者レイジ様とその奥方様方」
王宮に入るとロクス王が出迎えてくれる。
おそらく前回の事で懲りたのだろう、ロクス王の態度は自分よりも上位者に対する態度だ。レイジも王様を前にしているのにふてぶてしい態度である。
「ああ、また世話になるぜ」
レイジは笑いながら言う。レイジのこういった態度が各地でトラブルを呼んでいるのだ、少しは自重して欲しい。
だがレイジが態度を改める事はないだろう。
レイジは自分をこの世で一番エライと思っている俺様男だ。おそらく神王の前でも態度を変えないだろう。
そして、誰もその態度を改めさせる事はできない。レイジは私が覚えているかぎり、反発して向かってきた相手を前の世界でもこの世界でも叩きのめしてきた。
何時だったかアルゴアとかいう国ではレイジに反発して敵対してきた王の軍勢を壊滅させた。
その後アルゴア王国ではクーデターが起こったらしいが、もしかするとレイジが原因かもしれない。実際にレイジの力なら1国の王と言えども破滅させるのは容易いだろう。穏便に事を済ませたいのなら下手に出た方が良いので、ロクス王がレイジに頭を下げるのは正しい行動と言える。
ロクス王に会うのはこれで2度目だ。前より少しやつれたのではないのだろうか?
ロクス王の隣にはこの国の姫であるアルミナがいる。彼女に会うのも2度目だ、婚約者の騎士とはうまくいっているのだろうか。
「ひさしぶりだなアルミナ。元気にしてたか?」
当然、一国の姫の前でもレイジは態度を変える事をしない。すごくなれなれしい態度である。
他に王子がいるはずだが、ここにはいない。前にレイジが態度が気に食わないといって叩きのめしたので出て来れないのだろう。
「はいレイジ様。アルミナは元気しておりました」
アルミナがレイジを見る。それは恋する目だ。
父親や兄がレイジにひどい目に会っているのにアルミナは喜色満面だ。婚約者は良いのだろうか?
レイジは中身はともかく顔が非常に良い。そのため魅かれる女性は多い。それに、レイジは男性には厳しいが女性には優しい。どんな女の子にも優しくし、来る者は拒まない。
聖レナリア共和国ではレイジのファンの女の子がいつもレーナ神殿に押しかけている。魔物が出るのでなければこのロクス王国にまで付いて来ただろう。
レイジとアルミナは熱い視線を交わしている。横を見るとリノとキョウカが不機嫌そうな顔をしている。サホコは少し悲しそうな顔をしている。シロネとカヤは平然としている。ナオは興味がなさそうだ。レイジが自分以外の女の子と話す時、いつもこんな感じである。もう慣れてしまった。
だが私にとっては日常の光景だが、アルミナはそうではない。リノとキョウカに睨まれて泣きそうになっている。少し助け舟を出した方が良いのかもしれない。
そう考えていると1人の男が出て来る。
私の他にもこの雰囲気を何とかしたいと思った人がいたようだ。
出てきた男を見る。確かこの国の宰相だったはずだ。
「あの、レイジ様の宿泊の件のなのですが……。何分急な来訪だったので……」
レーナから連絡があったのが一昨日だ。それから連絡をしたので、この世界の早馬の速度なら彼らは私達が来る事を昨日知ったはずだ。おそらく私達を迎える準備が間に合わなかったのであろう。レイジの不興を買ったのではないかと顔が青ざめている。
そして彼は後ろを見る。私達を護衛するためについて来た神殿騎士達が整列していた。彼らを含めるとかなりの大所帯だ。全員を迎える事はできないだろう。
「それについては問題はありません」
宰相の態度から何かを察したのだろうか、カヤが前に出て来る。
「あっ、あなたはカヤ様!!」
宰相がカヤを見て驚く。レイジの影に隠れてカヤに気付かなかったのだろうか。
「2週間ぶりですね宰相殿」
2週間前にカヤは宰相に会っていたのか?その言葉にカヤを除く全員が驚く。
「心配はいりません。宿泊やその他の事に関しては私が手配しておきました」
カヤが少しだけ微笑んだ。
その後、私達はロクスの王宮から少し離れた屋敷へと移動する。
「お待ちしておりましたお嬢様」
3人のメイド姿の女の子達が私達を出迎え頭を下げる。
この屋敷はカヤが買った別荘である。
そして、彼女達はカヤの部下だ。
実はカヤは私達が冒険をしている頃、留守番をしている間に商業に手を出しており、知らないうちに大金持ちになっていた。
もちろんカヤが商業に手を出し大金を得たのはキョウカの為なのだから、カヤが大金持ちになったというよりキョウカが大金持ちになったと言う方が正しいだろう。
たった2ヶ月の間にこれだけ大金持ちになったカヤの手腕に驚かされたが、カヤが言うには勇者の名を使って、元の世界では使えないような手段でお金を稼いだとの事だ。
なんでも、カヤは商売をするにあたって一切の税金を納めていない。
勇者の妹から聖レナリア共和国の政庁は税金を取る事ができず、また他所の国でも勇者の名をちらつかせて税金を取らせなかった。つまり、収入を得た分だけ利益になるのだ。お金持ちになるわけである。他にもちょっとズルい手段を使い荒稼ぎしたようだ。
今では聖レナリア共和国にはキョウカの為の大きいお屋敷が建っていたりする。
そしてカヤは2週間前に温泉の出る国であるロクスで別荘を買った。カヤは他の国でも不動産を買っており、このロクスの屋敷もその1つのようだ。
この屋敷を買う時にこの国の宰相に会ったらしい。本来ならこの国から出る温泉はこのロクス王家の独占であり、他の者が持つ事は許されないはずだったらしい。カヤはそれを無理やり捻じ曲げたようである。
その時の事を想像すると宰相が可哀想になるが、おかげで温泉付きの別荘が手に入ったのだから良しとしよう。
この屋敷はもともとこの国の温泉施設の1つだった物を2週間前にカヤが買って屋敷へと改装したものだ。
まだ改装の途中だが私達と護衛が泊まる事がなんとかできそうであった。ようやくこの衣装から解放されそうなのでほっとする。
メイドが屋敷を案内する。
このメイドは聖レナリア共和国でカヤが部下にした少女の1人だ。他にもカヤは聖レナリア共和国で見どころのある少女をメイドとしている。レイジの近くにいられるのでメイドに応募する少女が後を絶たないらしい。カヤはその中から選りすぐってメイドにしている。選抜の基準は一定以上の容姿と能力である。
今案内してくれている少女もその1人だ。
選ばれた少女はカヤや先輩のメイド達から訓練されるらしく、このメイドも礼儀作法などよく訓練されている。
案内された部屋で着替えた後、皆で一つの部屋に集まる。全員着替えて普通の格好になった。ちょっとレイジが残念そうな顔をしている。知らない。
「それじゃ今後の事を話しましょうか」
部屋には護衛もメイドもいない異世界から来た私達だけだ。これからミーティングを開始するので人払いをしたのだ。
「まず最初に怪しい奴いた?」
私が聞くと何人かが頷く。
「いつもどおり、怪しい人ばかりだったよ」
リノが言う。だがリノが言う怪しい人はいつもの事なのでどうでも良い。
「そういうどうでもいい人達は無視して……」
いちいちそんな奴らに構ってられない。
「ナオ。あなたはどうなの?」
ナオはこの中で一番感知能力が高い。
感知能力には物体感知、魔力感知、敵感知、毒感知などがある。
物体感知はレイジ、シロネ、カヤが使え、魔力感知は私とキョウカが使えて、敵感知はシロネとカヤが使える。
そして、ナオはその4つ、全ての感知能力を持つ。
魔力感知等は私の方が上だが、他の物体感知や敵感知等はこの中でナオが一番能力が高い。
ナオに怪しい奴が見つけられないのであれば誰も見つけられないだろう。
「怪しい奴はいっぱいいたけど、チユキさんが言うような怪しい奴は特にいなかったっす」
ナオが言うには敵意などは感じたらしいが、いつものレイジファンの女の子の敵意で特に注意する必要はなく、男の視線もいつもの事で、取り立ててどうと言う事はないみたいだ。
「じゃあ次にディハルトの事だけど……」
私がその名を口にすると皆の表情が変わる。
当然だろう。あのレイジを倒し、シロネがまったく敵わなかった相手だ。今私達にとって一番危険な存在だ。
そして、ロクス王国に来た真の目的はディハルトの目的を阻止する事にある。
その目的とは聖竜王の角を取るためだ。何に使うかわからない。この世界にとって非常に危険な事かもしれない。
だが、エリオスの神々は何もしないようである。動くのはレーナだけだ。
この世界の問題にこの世界の神々が動かず、私達が命を懸けるのは間違っている。
だから私はディハルトと戦う事に反対している。
しかし、レイジはレーナの頼みを聞くだろう。レイジが動けば私を含む他の女の子も動かざるを得ず、結局戦いになるだろう。
私が出来たことはせいぜい行動を遅らせるぐらいだ。本当なら私達はもっとはやくロクス王国に来ることができた。
それをわざと遅れさせてディハルトとの戦いを避けようと思ったのだ。だが、結局間に合ってしまった。
ディハルトは今どこにいるのだろう?
「ディハルトはもう来てると思う?」
私は周りを見て皆に聞く。
「わからないっすね、さすがに。集中して探ってみたんすが。暗黒騎士らしき奴はいなかったっす」
ナオが言う。ここに来る間に物体感知で探ったらしいが半径2キロメートルの範囲にはいないようだ。結界で隠れている事も考えられるが、あれほど強い者が隠れるとは考えにくい。まだこの王国に来ていないのだろうか?
「敵意を向けてくれたらわかるんだけど……」
シロネが言う。シロネとカヤとナオは敵感知が使えるが、向こうが敵意を向けなければ感知しようがない。
ディハルトはシロネと戦っているにも関わらずシロネの敵感知に反応しなかった。シロネなど敵ですらないのだろう。なんて奴だ。
思えばディハルトが斬ったのはレイジだけだ。レイジのみを敵と思っている可能性もある。
だがそのレイジは敵感知を使えなかった。直接戦闘系のシロネやカヤが敵感知を使えるのにだ。ある意味レイジらしいといえる。
レイジは元の世界で男達からあれだけ敵意を向けられても平然としていた。常に敵意が向けられるのが普通のレイジにとって敵感知は必要ないのだろう。
「この辺りを探索してみましょっか?」
ナオが提案する。
「いえ、それはしなくて良いと思う。下手に藪をつつきたくないしね。それに、ディハルトが角を取りに来たのならこの鈴が知らせてくれるはずだわ」
私は鈴を取り出してみせる。それに、わざわざ積極的に動く必要はない。
「そうだぜ、折角温泉の出る国に来たんだ。のんびりしようぜ」
レイジが明るく言う。
「それについては私も賛成。折角の温泉よ楽しみましょう」
ひさしぶりにレイジと意見があった気がする。
レイジが死にそうな目にあったり、帰れなくなったり、変な格好をさせられたり等、嫌な事が続いたのだ。ここら辺で気分転換をしたい。
せっかく温泉の出る国に来ているのだのんびりしようではないか。
私達はミーティングを終了して温泉を楽しむ事にした。
◆ロクス王国の騎士レンバー
「勇者様の護衛は我らだけで充分だ、貴公らの出る幕はない。貴公らは街に勇者様に仇なす奴がいないか見回りでもしてもらいたい」
勇者の護衛に行ったら神殿騎士にそう言われた。
その神殿騎士の無礼な言葉に選抜された自由戦士の中には憤る者もいる。
前回はこんな護衛はいなかったので短い間に信頼できる者を集めたが、その努力は無駄だったようだ。
「すまない。折角集まってもらったのに……」
集まってくれた全員に謝る。
「仕方がねえぜ、あの名高い神殿騎士が護衛についているんじゃ俺達の出る幕はないぜ」
ガリオスが慰めてくれる。
「まあ仕方ないですよレンバー殿。努力をしても実らない事もあります」
クロも特に気にしていないようだ。
当然集められた自由戦士の中には怒る者もいるが、それはガリオスが説得してくれた。
それに、どんなに怒ってもどうしようもないのも事実である。
聖レナリア共和国の神殿騎士団は大陸東部で最強だ。その騎士が20名も来ているのだ、自分のような者が出る幕はない。
神殿騎士がいうように見回りでもするしかないだろう。
少し情けなかった。
なんでこんな思いをしなければならないのだろう。
運がないと思った。本来なら他の騎士と違って祭りの前日で仕事は終わりのはずだった。祭りの間は問題が起こった時に出動する予備役のはずだった。
だからこそ、突然の来訪した勇者の護衛をするはめになったのだ。他にもゾンビが出る等、突然の問題が起こりすぎた。
実は祭りの間はアルミナと祭りを楽しむ事になっていた。そうそう問題になる事は起こらないはずなので問題はないはずだった。
だがそのアルミナは勇者の案内役をしなければならないので祭りの間一緒にいる事はできない。踏んだり蹴ったりだ。
見回りにそんなに人はいらないので自由戦士達も解散させた。
残っているのはガリオスとクロだけだ。
「俺はレンバーに付き合って見回りをするが、お前さんはどうする、クロ?」
ガリオスがクロに尋ねる。
「自分も見回りをしてみます。そして、特に問題がなければ祭りを見学してみようと思います」
他の自由戦士と違いガリオスとクロは手伝ってくれる。2人に感謝すると大した事じゃないと笑ってくれた。
「そうだ、クロ。見回りが終わったらこの国に来ている女をひっかけてみたらどうだ」
突然ガリオスがクロに女性を誘う事を進める。
観光客目当てで沢山の娼婦がこの国に来ている。それを狙えと言っているのだ、ガリオスは。
あんまりクロはそういう事をしそうにないが、勇者の連れてきた女性を見たら、そういう事をしたくなるかもしれなかった。
勇者の連れた女性達のあの姿を見たせいで、今この国のその手の店は大盛況になっているだろう。今頃劣情を刺激された男達がわんさか押しかけているに違いない。
そして普通の市民の女性に危害が及ばないようにする必要があるなと思った。
「まあ頑張ってみますよ」
クロは苦笑いを浮かべながら言う。
クロの口調からガリオスの言葉を冗談と受け取ったようだ。しかし、ガリオスは本気で言っているのかもしれない。
クロはそのまま歩き出す。言ったとおり見回りに行ったのだろう。
「うまくいったら部屋に連れ込め、ペネロアには言っておくからよ」
ガリオスがクロの背中に声を掛ける。クロは後ろ向きに手を振る。
「さて俺も行くかな。そういやゾンビの事はどうするんだ?」
昨晩のゾンビ騒動の事を言っているのだろう。
「アルミナが勇者様の助けを借りてくれる事になっています。もしストリゲスが相手なら勇者様も無関係ではないでしょうし」
ストリゲスという魔物がいる。
その姿は鳥と人間の女性を掛け合わせた物だ。
中央山脈に生息しているハーピー族や南の海に出没するセイレーン族によく似ている。
違うのはハーピー族は鷲の翼を持ち、セイレーン族は海鳥の翼を持つのに対してストリゲスは梟の翼を持つ。
梟と人間の女性を掛け合わせた姿のためかストリゲスは夜行性である。
だがそれだけなら危険はない。ストリゲスの恐ろしさは人間の血を吸う所にある。また彼女達は種族の特性として死霊魔術に長けていた。
そのストリゲスの一族がいつの頃かロクス王国の近くに塔を築き住み着いたのである。
そのストリゲスのせいで周辺諸国のたくさんの人間が犠牲になった。それはこのロクス王国でも同じである。
翼を持ち空を飛ぶ彼女達を前に城壁は意味がなく防ぎようがなかった。
彼女達は日中は動く事ができないので、倒すなら昼に向かわなくてはならなかった。しかし、昼の間ストリゲスは塔に引きこもっていて、中に入っても巧妙に仕掛けられた罠や彼女達が呼び出したアンデッド等に阻まれて討伐は上手くいかなかった。
幸いかどうかはわからないが、ストリゲスは餌である人間を滅ぼすつもりがなく周辺の国が亡ぶような事まではしなかった。しかしそれでも犠牲が出る事に変わりはなかった。
状況が変わったのは1ヶ月より少し前である。ストリゲスの一匹が夜に旅をしていた勇者の一行を襲ったのである。
当然、返り討ちに会いそのストリゲスは倒された。
だが事件はそれだけでは終わらなかった。次の日の晩になんとストリゲス達がゾンビ等のアンデッドで構成された軍団を引き連れてロクス王国を襲ってきたのである。仲間をやられた仕返しだったのだろう。
しかしその行動は愚かだった。ロクス王国に滞在していた勇者にとって何百体ものアンデッドなど敵ではなく、魔法で疑似的な太陽を作り出してアンデッド達を一瞬で消滅させてしまった。
また勇者達は襲いかかってきたストリゲスを1匹残らず倒すとそのままストリゲスの塔に向かい、生き残りを殲滅した。
よってストリゲスはもういない。そのはずだった。
だが、祭りの日に合わせたかのように再びゾンビ達が現れた。ストリゲスの生き残りがいたのかもしれない。
ストリゲスはこの国を恨んでいるのかもしれない。だが、自分達で対処するのは難しい程にストリゲスは強い。だから勇者達の力を借りたかった。
女性に甘い勇者ならアルミナの頼みを聞いてくれるかもしれなかった。
「良いのか? 勇者は手が速いと聞くぜ、姫様に手を出すんじゃねえか?」
ガリオスが心配そうに言う。
「まさか……。勇者様には綺麗な女性がついています。わざわざアルミナに手を出さないでしょう」
とは言ったものの少し不安に思う。勇者の案内はアルミナが自ら言い出した事だ。前にもアルミナは勇者と会っていた。何かあったのかもしれない。
しかし、どうする事もできなかった。勇者には何もできず、アルミナは恋人とはいえ姫である、文句はつけられない。
何もなければ良いのだが。
心がざわついた。
◆暗黒騎士クロキ
「すごい格好だった……」
シロネ達の格好を思いだす。
その姿は脳内のフォルダに保存済みだ。いつでも引き出せる。
シロネ達の姿に通りにいる男達は食い入るように見ていた。
そりゃ見るだろう。自分もふらふらと引き寄せられそうになった。
ひさしぶりに見た刺激的な物に下半身がのっぴきならない状態になっている。
マントで隠さなければ完全に変質者だ。
そもそもナルゴルは刺激が少ない。自分の周りには人外しかいない。唯一人間に近い姿をしている魔族の女性はモーナの側近であり、モーナがあまり自分の事を好きではないので近づく事もできない。
この間助けた人間の姫であるリジェナを思い出す。自分の奴隷なのだから頼めばエッチな事もさせてくれそうな気がする。しかし、リジェナの将来を考えれば、一時の劣情によって傷物にするわけには行かなかった。
一度身柄を預かった以上出来る限り最後まで面倒をみてあげたい。自分は将来的には彼女を人間の社会に帰そうと思っているのだ。将来彼女の夫になる人物とうまくいくように無傷で帰すのが良いだろう。
それにしても歩きにくい。
昨日の浴場での冗談で言っていた事のように本当にその手の店に行こうかと考える。
あの時は、冗談でああ言ったがなんとなくお金で女性を買うようなのであんまり良くないと思う。
それもこれもシロネ達が悪い。あの姿は本当にいけない。シロネのおしりが丸出しではないか。
小さい頃は一緒にお風呂に入ったが、成長してからは水着姿も見ていない。
あんなに成長してたのか……。胸は大きくふくらんで腰はくびれていて、幼馴染の成長にドッキドッキである。
シロネは自分の知らない所でレイジの前ではいつもあんな格好をしているのであろうか?
通りを歩いていたレイジの顔を思いだす。
レイジの顔は得意満面だった。
レイジの表情が物語っている。どうだ、お前達にはこんな良い女を連れて歩けないだろう。と見せびらかしているのだ。
あのレイジを見た通りにいた男達は、レイジにもげろと念じていたに違いない。
なんであんな格好をしていたのかはわからないが、まあレイジがさせたのは間違いないだろう。
すっごく羨ましい。自分が頼んでもシロネはあんな格好をしてはくれないだろう。
そんな事を頼めば無言で拳が飛んでくるに違いない、シクシク。
考えていると落ち込んでしまう。だがおかげで下半身が落ち着いてきた。
レンバーとの約束通り見回りをしよう思う。
正直レイジ達を護衛するのは馬鹿らしい。だが約束した事でもある。
レイジ達に危害を加えそうな人物がいないか一応見ておこうと思った。
自分はこの国で一番高い建造物である城壁の上まで登るとロクス王国の街並みを見る。
この世界に来てから自分の視力は格段に良くなった。城壁の上からでも人々が何をしているのか細部まで見る事ができた。
怪しい奴がいないか見てみる。
中央を見る。そこには見るからに危なそうなグヘグヘ言っている1団がいた。聖レナリア共和国でも見かけた佐々木理乃の親衛隊だ。佐々木理乃の絵が描かれた旗を持っている。
こんな所まで追いかけて来ていたのか……。自分は呆れた。
危ない連中だが、あの程度なら神殿騎士でも対処が可能だろう。あれは放っておこうと思う。
そう思い違う所を見ようとして異変に気付く。そういえば、なんで彼らの周りに人だかりができているのだろう?
目を凝らして見る。危なかった。
彼らはレイジの側にいる女の子達の肖像画を売っていたのだ。佐々木理乃だけでなく、シロネの他にも全員分がある。しかも今日着ていたコスチュームの肖像画だ。
おそらく版画か何かで量産したのだろう。かなりの数を持ってきているようだった。
こんな重要な情報を見落としそうになるとは、自分のうかつさに歯噛みする。
後で買いに行こう。
次に右側を見る。特に誰かいないか探してみると神殿騎士が5人程見つかった。
先程会った神殿騎士とは違う人達だ。
彼ら神殿騎士と会うのは2度目だ。レーナ神殿に侵入したときと同じように統一されたサーコートを着ている。
なぜこんな所にいるのだろう?
考えられるのは交代で護衛を休んでいるからだろう。
見ると彼らは一般人の男性達と争っているようだった。
耳をすませ彼らの会話を聞く。どうやら娼婦の取り合いになっているようだった。
神殿騎士はレーナに愛を誓い、他の女性に心惹かれるはずがないはずだが実際は違うのだろう。
まあ、あんな格好をしたシロネ達の側にいたら蛇の生殺しだろうし、おかしくなっても仕方がないだろう。むしろ人間らしい反応だ。
最後に左側を見る。特に何もないようだ。だがそこで1人の女性らしき者に目が留まる。その女性はフードをかぶり顔を隠している。姿かたちはそこらにいる観光客と同じだ。
しかし何故か目が離せない。
なぜだろうと思い目を凝らす。そして彼女の正体に気付き驚く。
意図的に見なければ気付かなかった。
なぜこんな所に彼女がいるのだろう?
まさか、本当に勇者達にとって危険な存在が来ているとは思わなかった。
自分は急いで城壁を下りると走る。
そして目当ての女性の所まで行く。
女性がこちらに気付く。
「ディ……ディハルト!?」
女性がこちらを見て驚愕する。
「おひさしぶりです。女神レーナ」
自分は女性の前で礼をする。
普通の人間の振りをしているが、自分の目は誤魔化せない。
自分の目の前にいる女性は間違いなく女神のレーナであった。




