クタルの牢獄
◆暗黒騎士クロキ
クタルの宮殿は世界で最も高いエリオスの山の地下にある。
元々は破壊神ナルゴルの地下宮殿だったらしいが、今はエリオスの神々の管理下にある。
この宮殿の3階層には牢獄があり、エリオスの神々に逆らった者達が閉じ込められている。
死刑にする程ではない者もいれば、殺す事が難しい者もいる。
後者の多くは破壊神ナルゴルの配下だった神々等だ。
そして、その中でも特に凶悪な神が凶獣フェリオンだったりする。
血塗られた狂神とも呼ばれたフェリオンには理性がなく破壊する事しか知らないらしい。
その力は凄まじく、解放されたなら多くの命が奪われると言われている。
そのため、エリオスの神々はグレイプニルと呼ばれる強力な魔法の戒めでフェリオンを封じた。
ただ、このグレイプニルも7年に1度だけ戒めが緩む時がある。
その時はフェリオンの唸り声が地上まで聞こえてくるらしい。
自分とクーナは上方にあるヴェルンドから降りてそんなクタルの宮殿の入り口である巨大な門の前へと来ている。
中に入らないのは宮殿の中は闇の気が充満しているので、弱い者は入るだけで死んでしまうような場所だからだ。
もっとも闇の属性を持つ自分なら平気で入れそうな気がするが、用心をして中に入らないようにしている。
門の前にはこの牢獄を管理しているドワーフの集落がある。
ここに住むドワーフ達は看守であり、自らが作ったゴーレムを使い、牢獄の中を管理している。
そのゴーレムは作業用だけでなく防衛も兼ねている。中にいる者達が地上に出てこないように見張っているのだ。
また、牢獄を襲って来る者がいても大丈夫なように、牢獄の門にも多数のゴーレムを配置している。
石ゴーレムに鉄ゴーレム、さらに自己再生能力を持つオリハルコンゴーレムもいる。
そして、ゴーレム以外にも燃える血を持つ金属生命体のタロスも多数配置されている。
タロスの戦士団はドワーフ達が有する戦力で最強だ。
それが多数配置されている事からもこの牢獄の防衛が重要視されている事がわかる。
さらに門の前に城壁を築き、外からの襲撃者にも備えている。
外から見ると集落というより城塞のように思えた。
そして、現在ドワーフの集落では現在ささやかな宴会が開かれている。
理由は自分の歓迎のためだ。
集落の中心地ではドワーフ達が輪になって酒盛りをしている。
目の前ではフォーンの少年が踊りながら笛を吹いている。
その軽快な音色は聴く者達を楽しくさせ、音色につられた者達も躍り出す。
フォーンはこの樹海に住む種族で、両足が鹿であり、頭から鹿の角が生えている。
その姿は優美で、ゴブリンやオークと違い、人間やエルフとは敵対関係にはない。
そもそも、エリオスの神々は全てのナルゴルの眷属全てを滅ぼそうとはしておらず、フェアリーやマーメイド等と同じく、存在を認めている種族もいる。
フォーンもまたそんな種族の1つで、目の前で笛を吹いている彼は度々ドワーフの所に出入りしているようだ。
笛に音に合わせてドワーフ達が歌っている。
とても楽しそうだ。
もしかすると自分を歓迎するというのは建前で、自身達が飲みたかっただけかもしれない。
「どうだ? クロキ? 似合うか?」
猫耳のアクセサリーを付けたクーナが甘えてくる。
それは凶悪的な可愛さだった。
すごくペロペロしたくなるのを自制する。
ドワーフ達の目もあるので我慢しなければならない。
だから、頭を撫でるだけに留める。
「うん、すごく可愛いよ、クーナ」
頭を撫でるとクーナは嬉しそうにする。
なぜ、クーナが猫耳を付けているのかというと、ここに住むドワーフ達の妻に猫人が多いからだ。
そのため、猫人でない妻達も猫耳を付けるのが流行った結果、クーナも猫耳を付けたのである。
猫人は元はジプシールの民で獅子の女王セクメトラと猫の王女ネルフィティの眷属だ。
そして、ドワーフの神であるヘイボス神はセクメトラの夫とされていて、ネルフィティは両者の娘である。
自分達の信仰する神がそうだからか、猫人は外見の悪いドワーフに嫁ぐ事に抵抗がない。
猫人は伴侶を見つけるのに苦労するドワーフの助けになっているのだ。
フォーンと一緒に猫人の踊り子も踊っている。
ジプシールの踊りはベリーダンスに似ていて、この世界で最古の踊りの1つだ。
よく見たいが、クーナがいるのでやめておこう。
「騎士殿。飲んでいますかな?」
1名のドワーフが酒瓶を抱えてこちらに来る。
彼の名はアーベロン。
ヘイボス神から地上のドワーフのまとめ役を任されているドワーフだ。
その事から大ドワーフともドワーフロードとも呼ばれている。
このクタルの牢獄のドワーフ達の長でもあり、北西のカウフの地のドワーフ達の指導者でもある。
「はい、アーベロン殿。宴を開いて下さりありがとうございます」
そう言って杯を差し出すとアーベロンは瓶から酒を注ぐ。
注がれているのは麦酒ではなく果実酒だ。
何でもエルフの国であるアルセイディアで醸成されたらしい。
技巧の民であるドワーフはなぜか食料品を造るのは苦手だ。そのため、ほとんどの食料を外部から輸入している。
その大部分は近いからか、エルフの国アルセイディアからだそうだ。
エルフの国は少し気になるので見に行きたいが、ナルゴルの者である自分には少し難しいだろう。
注がれたお酒を飲む。
いつもは飲まない。しかし、友好の酒を断る事は難しい。
例えばケンタウロス族のように勧めた馬乳酒を断った者を敵とみなす事があるからだ。
だから、最初だけは飲むようにしている。
この世界では飲酒をして良い年齢に明確な定めはない。
だからだろうか飲酒を始める年齢は日本に比べてはるかに早い。飲料水を得られないので仕方なく飲む場合もあるが、それでも全体的に早いだろう。
最近、自分も仕方がない場合は飲酒をするようにしている。
しかし、お酒を飲むと確実に戦闘力は下がるので、なるべく飲むべきではない。
一応アルコールを無効にする魔法もあるようだが、普段から飲みなれない自分はその魔法を使えない。
次回からはできるだけお酒を断ろうと思う。
「少し甘味があって飲みやすいですね」
そういうとアーベロンは苦笑する。
「確かに飲みやすいですが、我らドワーフには少しものたりません。出来ればもっと辛いのを欲しいのですが、エルフ達が作る酒はこのようなのばかりなのですよ。森に異変が起きているので、人間達が作る酒が入ってきません。辛い酒は先日飲み切ってしまったのです。暗黒騎士殿には申し訳ない」
「いえ、気になさらずとも大丈夫です。宴を開いてくれるだけでも嬉しく思います」
心底そう思う。申し訳ないが、自分には酒の味がわからない。
エルフは甘めの酒を、ドワーフは辛い酒を好む。
辛い酒は人間の国から輸入しているが、ダハーク達が森に攻めてきているので、輸入が難しくなったようだ。そのため、近いエルフの国から酒を輸入しているが、ドワーフの好みではないみたいだ。
自分としてはどうでも良い事だが、酒好きのドワーフ達には問題のようだ。
「ところでアーベロン殿。エルフ達はどうしているのでしょう? 森の地上部分は彼女達が防衛をしていると聞いていますが?」
ダハーク等の強敵はアルフォスや天使達が応戦するだろう。
しかし、彼らが連れて来ている兵士達は森の管理者であるエルフ達が相手をするはずだ。
どうなっているのだろう?
「わかりませぬ。エルフ共は我らに教えてくれませぬから」
アーベロンは溜息を吐く。
エルフとドワーフは共にエリオスの神々の眷属だが、仲が良いわけではないと聞く。
交流はあるが、必要な情報交換を全く行っていないみたいだ。
「アーベロン殿。今回はあの蛇の王子も出て来てます。一応エルフ達が戦況がどうなっているのかを確認した方が良いのでは? もちろん、相手の状況によっては教えてくれない事もあるでしょうが……」
そう言うとアーベロンが考え込む。
「確かに気になりますな。しかし、素直に教えてくれるかどうか? う~ん、ならばこうしましよう。 近々、食料を得るために我らの使者がアルセイディアに行きます。その時に様子を見てもらいましょう」
アーベロンがうんうんと頷いて言う。
まあ、それしかないのだろう。だけど、多くの情報は得られなさそうだ。
自分もその使者達に付いて行きたいが、ドワーフの中に自分がいたら目立つ。正体を隠して来ている以上はそんな行動は出来ない。
だけど、ダハーク達の動きが少し気になる。何とかエルフの様子を調べられないだろうか?
そんな事を考えていると隣のクーナが自分の袖を引っ張る。
「どうしたの? クーナ?」
「なあ、クロキ。良かったらクーナがエルフの国の様子を見てくるぞ? クーナならエルフ達が何をしているのかすぐにわかる」
「えっ? でも、使者の中にクーナがいたら目立つんじゃ……」
クーナは美少女だ。目立つだろう。
それにクーナの顔を知っている者がいるかもしれない。
それに魔法で姿を変えても、エルフ達はそういった魔法を見破る力に長けている。
クーナの魔力は強いが、変身系の魔法には疎い。
見破られる可能性がある。
「もしかすると大丈夫かもしれないぞ。なあ、その使者の中に猫娘達はいないのか? 髪を隠し、外見だけ猫人の娘はいないのか? いるのなら、髪を隠して、変装すればバレないだろう。そして、近づいて蝶を放つ」
クーナがそう言うと光輝く蝶が周囲に現れる。
クーナの使う幻夢の蝶だ。
無限の距離を飛ぶ事は出来ないが、近い所なら次元を超えて侵入できる。
その探知能力は高く、使役する者に多くの情報をもたらしてくれる。
確かに自分が行くより、多くの事を知る事が出来るだろう。
「はい。奥方殿、我々ドワーフよりも彼女達の方が食料品の目利きが優れていますので、いつも付いて来てもらっています」
アーベロンの言葉にクーナは頷く。
「ならば決まりだな。後ろに隠れて目立たないようにすれば大丈夫のはずだぞ。だから、クロキ。クーナはちょっと行ってくるぞ」
「ありがとうクーナ。でも良いのかい?」
「クロキの役に立てるのなら、クーナの喜びだぞ。それにエルフ程度が相手なら危険はないはずだぞ。大した事はない」
そう言ってクーナは自分の膝に乗る、頭を自分の胸に預ける。
確かにクーナの方がエルフよりも強い。例えバレてアルフォスが出て来ても、奴はクーナを傷つけないだろう。クーナの身に危険は少ないだろう。
「そう、多分大丈夫と思うけど。それでも気を付けてね。クーナ」
「ああ、任せておけクロキ」
そう言うとクーナは笑うのだった。
また、文字数が少ない……。休日しか書いていない上に絵の練習をしているからだろうか?
何をしているのでしょうね(´・ω・`)
さて、言葉の説明です。
・クタル。メソポタミアの冥界を意味するクルとタルタロスのタルを合わせました。
・アーベロン。元ネタはオベロンだったりします。そもそもオベロンの元ネタはニーベルンゲンのアルベリヒだそうです。そしてアルベリヒはドワーフらしいです。
つまりオベロンの元ネタはドワーフ。(`・ω・´)
最後に何気に幻想生物でフォーンを登場させてみました。
ナルニア国にも登場しますね。
優美で平和主義者。笛が上手くニンフを相手に演奏会を開いています。