幼馴染との対決
◆暗黒騎士クロキ
「意外と楽だった」
ここまで睡眠の魔法に抵抗できた者はいない。来るまでに遭遇した人間は全て眠らせた。
これなら、暗黒騎士の鎧を着るまでもなかったかなと思う。激戦になる可能性も考えていたのだが。
首を振る、油断は禁物だ。
この扉を開ければ祭壇のある部屋だ、ここにレーナがいるはずだ。
スパルトイ達に意識を飛ばしてこの部屋に誰も入らせるなと命令する。
扉を開け中に入ると祭壇のある部屋は非常に広く、所々に魔法の灯りで照らされていた。
その部屋の中央部には巨大な魔法陣が描かれている。
そして、魔法陣の四隅には自分より少し高い石灯篭のようなものがあった。
石灯篭はモデスが自分を召喚した時に見た物と同じ物である。技工の神ヘイボスが作った召喚術の補助道具に間違いなかった。
そして、その魔法陣の手前には自分に背を向けている女性が1人いた。
「侵入者は捕えたのですか、神官長?」
レーナは振り向きもせずに問いかける。
「すみません、神官長じゃないです」
自分の言葉にレーナは振り向く。
「暗黒騎士……。まさかディハルト!!」
レーナはあわてて魔法を口にする。
「転移!!」
しかし、魔法は発動しなかった。
「すみません、この神殿に侵入した時に移動系の魔法は封じました。このあたり一帯では転移の魔法は発動できないと思います」
レーナは驚いたような表情をする。
相手の魔法を打ち消す魔法は魔力の差が大きいと発動しないと聞いている。レーナと自分の魔力はそこまでの差がないのだろう。
もし、これで封じる事ができなければどうしようもなかった。うまくいったみたいでほっとする。
自分が近づくとレーナは後ずさり周りを探すように見る。
武器を探しているのだろう。
しかし、この場に武器になる物はないようだ。
「狙いは私ですか……」
自分は首を振り、そして兜をぬぐ。
レーナの息を飲む音が聞こえる。
「はじめまして、女神レーナ。あなたの神殿にこのように押しかけてしまって申し訳ございません」
そして、兜を脇に抱えて礼をする。
うまく、礼ができただろうかと不安になる。
この世界の神々に対する礼儀作法はモデスにならった。この世界を旅する上で必要だと思ったからだ。
この世界の礼儀作法は自分が元いた世界とあまり変わらなかった。元の世界でも接点がないのに似た文化の国があったりするらしいので、それと同じなのかもしれない。
礼をしたのは実際の所、レーナが悪いとは決まっていないからだ。
悪くもないのに非礼な態度をとることはできない。
顔を上げレーナを見る、そこには映像で見たよりもはるかに美しい顔があった。
レーナはじっと自分の顔を見つめている。
自分はレーナの言葉を待った。
しかし、レーナは自分の顔を見るだけで何もしない。
「女神レーナ……?」
自分はおそるおそる声をかける。
「はっ……えっ……」
ようやく我に返ったのか。レーナはちょっと慌てる。
「ど、どうやら狙いは私ではないようですね。なんでしょう暗黒騎士?」
レーナが少し笑う。その笑顔に思わず見惚れてしまいそうになる。
自分の命が狙いではないと知り安心したのだろう。
「女神レーナ。あなたに確認したいことがございます」
「確認……ですか?」
「はい。また、自分と同じ異界の者を召喚するつもりなのかと……?」
これは嘘では無い。シロネ達を帰還させるのではなく、新たな召喚をする可能性も否定はできないからだ。
「ああ、そういう事ですか……。違いますよ暗黒騎士ディハルト」
「では……なにを?」
「勇者の仲間を帰還させるためです。あなたにとっては都合が良いのでは?」
レーナは自分と勇者が敵対関係にあると思っている。自分にとって勇者の仲間が減ってくれたほうが都合が良いと思ったのだろう。
「こちらの戦力が減るだけです、神界では異界の者の召喚は禁止されました。断じて召喚ではありません」
「本当にそうですか? おかしいですね、私の知る限り、その術では召喚された者が元の世界に帰るのは難しいはずですが……?」
「ああ、モデスから話を聞いていたのですね……。ですが、信じてもらうしかないですね。本当に召喚ではありませんよ」
「わかりました。しかし、それでは勇者の仲間は大変な事になるのでは?」
「確かにそうですね。でも、あなたにとっては関係のない話しでしょう」
レーナのその言葉を聞くと自分は兜をかぶる。
確認は終わった。
「暗黒騎士……?」
自分の様子が変わったのでレーナが戸惑ったような声を出す。
問答はもはや無用だ。
自分は飛び上がりながら抜剣し、召喚の補助道具の1つを上段から斬った。
「なっ何を……」
レーナの驚く声。
補助道具の上部分がゴトリと斜めに落ちる。
続けて飛び、補助道具を2本、3本と斬っていく。
最後の4本目を斬り、剣をレーナに向ける。
そして、レーナの方を見る。
「あなたにとって勇者達は何ですか?」
怒りを抑えながら言う。
その声にレーナは狼狽する。その顔は少し怯えていた。
「……そうでしたね……。あなたも召喚された者なのだから」
レーナは少し勘違いして言う。
「なぜ、勇者を騙すような事を……」
自分はレーナに剣を向けながら言う。
「大変だったんですよ……召喚術を作る作業は……」
レーナは苦しそうに言う。
どうやら、帰還術まで作る余裕はなかったようだ。
「だからと言って……」
「仕方ないでしょう、気持ち悪いもの。あの醜いモデスが私の分身を作って変な事をしているなんて……」
レーナは目を逸らしながら言う。
「せっかく、追い出してやったのに……。あんな事をするなんて」
その言葉に何も言えなくなる。
レーナのモデスに対する生理的嫌悪感が争いの原因だ。そして、自分達はその争いのために召喚されたのだ。
正直、力が抜ける。
だが、よく考えてみると争う原因とはそのように感情的な物かもしれない。
それにしてもモデスが女性から好かれるような男なら何も争いは起きなかっただろうと思うと頭が痛い。
物語にある魔王がお姫様を攫い、勇者や騎士が助けに行くと言う話も綺麗にまとめらているが実際は頭の痛い話ではないだろうか?
そもそも魔王が美形であり、全ての女性から好かれるようなら攫う必要は無く、争いにはならない。むしろ、なんで争うのって事になるだろう。
作中では語られないがお姫様は魔王をキモイ奴ウザイ死ねと思っているのかもしれない。心優しいはずのお姫様が敗れた魔王を助命する話は聞いたことがないのだから。
しかし、それはシロネ達を騙す理由にならないだろう。
シロネ達に本当の事を教えなくてはならない。そのためにはレーナに協力してもらうのが一番だろう。
「女神レーナ。勇者達に本当のことを話してください」
自分は剣をレーナにさらに突きつける。
自分とレーナの間に緊張が漂う。
「……ねえあなた。私の騎士にならない?」
しかし、レーナの言葉は予想外の言葉であった
「はあ!?」
自分は素っ頓狂な声を出す。
「あなたみたいな人がモデスなんかに仕えるなんて可笑しいわ。あなたは私の騎士になるべきだわ」
この女神は何を言っているのだろう。
じゃあ勇者はどうなるんだ?そう聞こうとしたときだった。
開かれた扉から1つの影が飛び出してくる。
「でややああああああ!!」
影は走って来るとそのまま自分に斬りかかる。
自分はその攻撃を後ろに下がり躱す。
「無事で良かったレーナ!!」
影はシロネであった。
「ごめん遅くなった。途中にスパルトイがいたから……」
シロネは背中にレーナを庇いながら剣を向ける。
「卑怯な男。武器を持っていない女性に剣を向けるなんて!!」
シロネは怒りの表情を向ける。
正直そんな目で見ないで欲しい。
「逃げてレーナ! 後は私にまかせて!!」
「あっはい……わかりましたシロネ、後は任せましたよ……」
シロネの気に押されてレーナは扉に向かって行く。
「待っ……!!」
追いかけようとする自分にシロネが立ちはだかる。
「ここは通さない!!私が相手だ!!」
◆クロキの幼馴染の剣士シロネ
レイジ君を戦わせてはいけない。
必死にレイジ君を止めるサホコさんを見て、これ以上、レイジ君を傷つけるわけにはいかなかった。
だから飛び出した。
レイジ君は私達のヒーローである。
私がレイジ君の事を知ったのは中等部のときだった。その時はただカッコ良い人がいる程度の認識だった。
ある日、事件が起こった。
その日、私は後輩の子から友達がガラの悪い人に連れて行かれたからと助けを求められた。
私は実家が道場をやっている事もあって腕に自信があり、よく後輩の女の子から助けを求められた。
だから、その時も私は木刀を持って後輩の友達を助けに行った。
現場には3人の女の子とそれを取り囲むように5人の男性。男性は高校生だろうか、体が大きく暴力の匂いがした。
それまで、私は男の子に負けたことがなかった。木刀さえ持てば勝てるはずだった。
だが、その日は違った。
木刀を向けられ激昂した男の一人が鉄パイプで叩きつけてきた。
私は木刀でその一撃を受けた。すごい衝撃だった。その時、私は手がしびれて木刀を落してしまう。
武器を無くして恐怖する私を男達はあざ笑うように見ていた。
その時だった、レイジ君が来てくれたのは。後輩は私だけでなくレイジ君にも助けを呼んでいた。
その時のレイジ君の動きは良く覚えている。相手は武器を持っているのにレイジ君は素手、なのにレイジ君は5人を簡単に倒してしまった。
相手は武器を持っているのに、レイジ君よりも大きいのに恐れる事なく戦い勝利する。その姿は物語のヒーローだった。
そんなレイジ君は恐怖で足がすくんでいた私に優しく笑いかけた。私はその笑顔に泣きそうになった。
その戦いの時、レイジ君は右手に怪我を負っていた。私と後輩達はその怪我が治るまでレイジ君のお世話をする事にした。もしレイジ君に何かあったら私が守ろうと思った。
その時にサホコさんやチユキさんに出会った。
そんな私達をレイジ君の取り巻きになったと揶揄する声があった。
私はその事がくやしかった。私の事は良かったがレイジ君を悪く言うのは許せなかった。
レイジ君は何も悪くないのに。
幼馴染のクロキともその事で喧嘩になった。直接クロキは何か言うわけではなかったが、明らかに不満そうだった。私にはそれがとても腹立たしかった。
いや、クロキだからこそ余計に腹が立ったのだろう。
その時に私はクロキに色々とひどい事を言った気がする。ひどい事を言われたクロキはしょんぼりしていたように思う。
ちょっと悪かったかなと思った。でもレイジ君はヒーローだ、クロキにもそれを認めて欲しかった。
そのレイジ君がこの世界では勇者である。
昔見たアニメを思いだす。内容は異世界から来た勇者が魔王を倒す話だ。今の状況はそのお話と良く似ている。
私は昔、よくクロキとそのアニメのごっこ遊びをした。勇者は私で、クロキにはその手下の敵役をやらせて遊んだ。その敵役の名前は忘れたがそんな事はどうでも良いだろう。
クロキも勇者の役をやりたがっていたように思う。だけど、譲らず私はいつも勇者だった。
でも本当の勇者はレイジ君だろう。私ではない。
そのレイジ君が戦いに負けて死にそうになった。
私はそれがショックだった。
レイジ君は絶対に負けない物語のヒーローだと、私は知らないうちにそう思いこんでいた。
だけど、違った。レイジ君だって傷つくことだってあるし負ける事がある。
それをディハルトに負けた時に気付かされた。
その時のサホコさんは必死だった。必死になってレイジ君を治癒していた。
サホコさんにとってレイジ君は特別な存在だ。
私にとってクロキがそうであるように。
クロキはきっと心配している。
だから、絶対に戻らなければならない。
チユキさんと一緒に元の世界に戻るのはクロキを安心させてやるためだ。
特別な人が傷つけば不安になる。
これ以上はサホコさんにそんな思いはさせられない。
だから私は飛び出した。
レイジ君が怪我をしている時に戦うのは私の役目だ。
私は2体のスパルトイを倒し、祭壇の部屋まで来た。
部屋に入るとディハルトがレーナに剣を突き付けている。
それを見て私は頭に血が上る。
レイジ君は武器を持たない女性に剣を向けることなどしない。
なんて奴なのだろう。
「でややあああああああああ!!!」
私は剣を抜きディハルトに向かっていった。
◆暗黒騎士クロキ
「覚悟しなさいディハルト!」
そう言って繰り出されるシロネの攻撃を防ぐ。
なんでこうなるのだろう。
それにディハルトって、まるでシロネと一緒に遊んだごっこ遊びの続きみたいじゃないか。
シロネに本当の事を教えなければならない。しかし、自分の正体を明かしたくない。だからこんな事になる。
シロネと剣を交えながら思う。
シロネは殺意を込め剣を振るってくる。
救いなのはシロネの剣筋は読みやすいという事だ。だから防ぐのも簡単だった。
シロネと対峙して気付かされる。
なぜ、あの時、自分はレイジに敗れ。なぜ、あの時、レイジに勝てたのかを。
最初に戦ったとき、レイジの剣が理解できなかった。
そして、負けた。ぼろ負けだった。相手より重い防具をつけているからとかそんな理由で負けたのではなかった。
そして、なぜ負けたのか理解できなかった。なにしろ相手の剣が見えないのだ。そこに自分は恐怖し、敵わないと思った。
2度目に戦ったとき、なぜかレイジの剣が見えた。そして勝った。
そして、シロネと剣を交えて気付いた。
シロネの剣は正式に学んだものだ。だから、理解できる。
それに対してレイジの動きは正式に剣を学んだ動きではなく、無茶苦茶だ。だから最初に戦ったとき理解できず恐怖したのだ。
本来なら、そんな動きが喧嘩ならともかく武術を学んだ者には通用しないはずだった。
しかし、レイジにはたぐいまれな身体能力があった。レイジの戦い方は持って生まれた力だけで戦う獣のようなものだ。
学園の武術を学んでいる者達が負けたのはそのためだろう。
武術は本来、人間を相手に戦うための術だ。獣のような戦い方をするレイジに惑わされたのだろう。
もちろん自分も惑わされた。剣道ではありえない、あまりにも出鱈目な動きに完全にやられた。
だが、2度目に戦ったときレイジの動きは最初の時と何も変わらなかった。だから、読めて勝つことができた。
そして、シロネと対峙して、レイジの動きが獣と同じだと気付いたのだ。
レイジに勝つためには人間ではなく、猛獣を相手にしていると思えば良い。
あの時、モデスの頼みから逃げていたら絶対に気付けなかっただろう。
今にして思えばレイジは獣のような男だ。
自分の欲望に忠実な野生の獣だ。普通ならあんなふうに自由に生きることはできない。そこに女性は憧れ、男性は嫉妬する。
自分はあんなふうに生きられない。シロネもレイジの自由な生き方に魅かれたのだろうか?
剣で勝ててもレイジには敵わないかもしれない、自分はそう思った。
シロネは自分に剣を振るう。
シロネと剣を合わせるのは久しぶりだ。シロネはあれから弱くなったのではないだろうか?
前はもっと強かったような気がする。それとも自分が強くなったのか?
いい加減この勝負を終わらせなければならない。
シロネに本当の事を伝えなければいけない。そのためにはシロネに話を聞いてもらわなければならない。
ディハルトでは聞いてもらえないかもしれない。
だが、その前にシロネに剣を下させなければならない。
実は自分はシロネに勝った事がない。手加減したわけではないのだが、自分は何故かシロネに打ち込めないのだ。だから最終的に負ける。
そして今自分が持つのは竹刀ではなく真剣だ。より打ち込むわけにはいかない。そんな事をすればシロネが傷ついてしまう。
傷つけないように勝負を終わらせなくてはいけない
ではどうするか?
◆クロキの幼馴染シロネ
強い。まったく歯が立たない。
目の前の敵、ディハルトを見てそう思う。
私の剣は相手に簡単に防がれ、避けられる。
完全に見切られている。
相手は必要最小限の動きで剣を躱す。
その地面をすべるような動きができる人は私が知る限り1人だけだ。
それは、私の家の道場に修行のために来ていたおじさんだ。
おじさんはお父さんの知り合いで良く稽古に来ていた。
お父さんはそのおじさんの事を剣の天才だと言っていた。
お父さんとおじさんが試合しているのを見たことがある。あの強いお父さんがおじさんにまったく触れることができず負けた。
ディハルトの動きはそのおじさんの動きに似ている。きっとディハルトはそのおじさん並に強いのだろう。
しかし、その強いおじさんでも人を見る目はなかったようだ。
だってクロキの事を才能があると言うのだから。クロキは私に一度も勝った事がないのにだ。
そのおじさんはクロキに色々な事を教えていた。
私もおじさんから剣を学べば良かった。
学べなかったのは、おじさんの指導は厳しくて私はすぐに根を上げてしまったからだ。
今になって後悔する。
学んでいたら少しはディハルトとも戦えていたかもしれない。
私は泣きそうになっていた。本来ならとっくに勝負はついているはずだ。
そんな強いディハルトとの戦いが今も続いているのは、相手が私に攻撃してこないからだ。
遊ばれている、そう思った。
悔しかった。相手は無防備な女性に剣を向ける卑劣な奴だ。そんな奴に勝てない自分が悔しかった。
しかし、剣を振るう事しかできなかった。
そして、何度目の事だろう。
キンと言う音とともに私の手が軽くなる。
私は自分の手を見る。握っていたはずの剣がない。
私の剣は横で転がっていた。
私は茫然として、そして相手が私に何をしたのか気付く。
虚を突かれた。
剣は普段は柔らかく握り、斬る一瞬だけ強く握る。
柔らかく握っている時を虚。
強く握っている時を実。
ディハルトは剣で斬るために強く握る直前の虚を突いたのだ。
強く握られていない剣はディハルトの剣を受け、手から離れた。
信じられなかった。こんな神業みたいな事が出来る人がいる事が。
化け物だろうか、ディハルトを見てそう思った。
私は茫然としてしまう。しかし、ディハルトは何もしてこなかった。
ディハルトにとって私は敵ですらなかったのだろう。
「私では勇者になれなかった……」
知らないうちに涙が出てきた。
「これで勝ったと思わないでよね!!!」
私は泣きながらディハルトを睨んだ。
◆暗黒騎士クロキ
うまくいった、そう思った。
うまく虚を突く事ができた。
この技はがちがちに剣を握りしめている素人には使えない技だ。
剣を学び、また何度も自分と剣を交えているシロネだからこそこの技が使えた。
剣を失ったシロネはこれ以上は戦えない。後はどうやって話を聞かせるかだ。
自分はシロネに近づこうとする。
「私では勇者になれなかった……」
俯いたシロネが呟く。
その呟きに足が止まる。
「これで勝ったと思わないでよね!!!」
そう叫んでシロネは自分を睨む。
その顔は泣いていた。
その泣き顔に何も言えなくなる。
「いずれレイジ君があなたを倒すわ!!!」
そして、息を飲んで大声でこう言った。
「貴方なんかより! レイジ君の方が百倍も良い男なんだからね!」
その言葉は自分の心臓に突き刺さった。
正直すごく痛い。
過去にも同じ事を言われたのを思い出す。
シロネとレイジの事で喧嘩した時の事だったように思う。
あのときもすごく痛かった。
あの時に刺さった棘は今でも自分に突き刺さっている。
やっぱり勝てなかった。剣では勝ててもレイジには敵わないのだろう。
シロネは叫んだ後、地面に座り込みわんわん泣き始めた。
泣いているシロネを見て自分は途方に暮れてしまう。
シロネを泣かしてしまった。これじゃあ本当に自分は悪役じゃないか。
心が沈んでいくのを感じる。
本当の事を伝えなければならないが、正直どうでも良くなってきた。
召喚の道具は壊したのだ、一応シロネが危険な目に合う事はないはずだ。
もっともレーナが何もしなければの話だが。
「シロネ、無事かっ!」
「シロネさん!」
しばらく考えているとレイジ達がやって来た。
「レ、レイジ君……?」
シロネは少し泣き止み、レイジを見て笑う。
その笑顔を見て、自分は逆に泣きそうになる。
「貴様―! シロネから離れろっ!!!」
レイジが剣を抜き構える。
その姿はまるで勇者がお姫様を救いに来たように見えた。
だとしたら悪役である自分は消えるしかないではないか。
自分は剣を鞘に収めるとシロネともレイジとも違う方向に歩き出す。
背中からレイジ達の戸惑う声がするがどうでも良かった。
歩く自分の手には黒い炎が握られていた。
この黒い炎は自分の心から噴き出した物のように思われた。
その黒い炎を神殿の天井にぶつける。天井は瓦礫を出す事なく溶けて穴を開ける。
自分はそのまま飛翔の魔法で神殿の上から飛び出した。
ナルゴルへ帰ろう。
あの暗い土地は自分にふさわしいのだろう。
飛翔の魔法で移動すれば、エリオスの神々に見つかるかもしれないがどうでも良かった。
月明かりの中、自分は1人さみしく飛んだ。
ようやく一区切り終わりました。主人公は悪役なので敗北です。
すみません主人公の心理を加筆しました……。