青空の下で(第八章エピローグ)
◆黒髪の賢者チユキ
周囲ではレイジを賞賛する声が響いている。
攻めて来た蒼き竜アズィミドと竜人を追い払ったのだ。
湿地を干拓した場所で人々が喜んでいる。
まるでお祭り騒ぎである。
農地が増えた事で多くの人間が暮らしていけるだろう。
しかし、それは湿地で暮らしている者の住む場を奪う事に繋がる。
元の世界では蜥蜴人等の亜人はいなかった。
だからこそ気にならなかった。しかし、元の世界でも人類の発展と共に多くの生物が死んでいるのだろう。
だからこそため息が出る。
「どうしたんすか? チユキさん? 何か悩みでもあるんすか?」
いつの間にか側に来たナオが私の顔を覗き込んでいる。
その猫っぽい大きな目は私を不思議そうに見つめている。
「何でもないわ。ナオさん。ただ、ちょっと気になる事が出来ただけよ」
私は首を振って答える。
目の前では人々が輪になって踊っている。その中心にはレイジがいる。
レイジは英雄だ。嫌う人もいるが、どちらかと言えば人々を救っている彼を讃える声の方が大きい。
大賢者マギウスの言葉を思い出す。
今までの認識を変えた方が良いのかもしれない。
「チユキさん……。猫はネズミの気持ちを考えちゃダメっすよ」
「えっ!?」
ナオが突然呟く。
私は思わずナオを見る。
しかし、その時にはナオは私を見ていない。
お祭りを見て楽しそうに笑っている。
「さて! このナオさんも踊りに参加するっす!」
ナオがレイジ達の所へと走り出す。
あっという間にたどりつくと、レイジの側にいたリノと一緒に踊り始める。
「ナオさん……。貴方……」
踊っているナオを見る。
よく考えてみると私はナオの事を良く知らない。
ナオは自身の事を語らないからだ。
出会う前はどうしていたのだろう?
気になる。だけど、聞いても笑ってはぐらかされるだろう。
「猫はネズミの気持ちを考えちゃダメか……」
大賢者も似たような事を言っていた。
少なくとも私達は人間のために戦っている。それは目の前の人達が喜んでいる姿を見ても明らかだ。
そこに疑問を持つべきではないのかもしれない。
そんな事を考えてしまうのだった。
◆魔王モデス
「まさか、魂の宝珠を奪って来るとはな……」
思わず声を出す。
クロキから渡された宝珠は間違いなく魂の宝珠であった。
ザルキシスが持っている事はわかっていたが、まさかこれを奪うとは思わなかった。
「はい。間違いなく魂の宝珠でございます陛下。そして、その……中には」
ルーガスが顔を顰める。
それ以上は言わなくてもわかる。
「わかっている。宝珠から母の影を感じる……」
懐かしく、とても恐ろしい感覚。
忘れたくても忘れられない。
そして、心の奥がざわつく。それは破壊の衝動だった。
自身の体の中には母の力が眠っている。影に触れる事で少しだけ活性化してしまったようだ。
「おそらくザルキシスは宝珠で何かをしようとしていたのでしょう……。どうします陛下?」
ルーガスが聞く。
しかし、出来る事は一つだけだ。
「封印だ……、ルーガス。この宝珠を世に出してはならない」
そう言って宝珠をルーガスに渡す。
「わかりました陛下」
ルーガスが謁見の間から去ろうとする。
「ところでルーガスよ、クロキはどうしている? 今ここにいないようだが?」
クロキは魂の宝珠を渡すとどこかに行ってしまった。
何か用事でもあるのだろうか?
「いえ、わかりません。どうやらルヴァニアの北、アレマニアの地へと向かったようです」
「そうか。アレマニアか……」
アレマニアはルヴァニアに近い。クロキはその地にいるようだ。
クロキは母の影に触れたらしい。
あの影に触れてクロキは何を思うのだろうか?
そんな事を考えるのだった。
◆吸血鬼騎士ジュシオ
「へえ、ここが新しい住居ってわけね。中々面白い所じゃないジュシオ?」
姉のアンジュが室内を見て飛び回る。
確かに姉の言う通りだ。御菓子で出来た城なんて珍しい。
焼き菓子で出来た廊下を歩く。
今、姉と私はこの城の主である暗黒騎士預かりの身である。
待遇は悪くない。敵対しないのなら、出て行っても良いそうだ。
滅ぼされないだけましなのかもしれない。
元々は死の眷属であった事を考えると信じられない事だ。
「姉さん。あんまり騒がない方が良いと思う。僕らは新参者なのだから」
姉の前では呼び名が僕になってしまう。
これはもう仕方のない事だ。
「わかっているわ、ジュシオ。あの暗黒の閣下は優しそうだけど、奥方様は厳しそうよね……。目を付けられないようにしないと……」
姉が体を震わせる。
幽霊である姉が体を震わせると、周囲が軋む。
まさに騒霊現象である。
確かに白銀の髪をした奥方は厳しそうだった。何かあればすぐに滅ぼされるだろう。
しかし、そろそろ姉に落ち着いてもらわなければならない。
新参者が騒がしくするのはよくないだろう。
「待て! 新入り!」
突然声を掛けられる。
振り向くとそこには凶悪な棘が付いた赤い鎧を纏った戦士らしき者がいる。
騒がしくしたことで目を付けられたのかもしれない。
「えっと、何でしょうか?」
私はおそるおそる聞く。
「そんなに怖れる必要はない。新入りのお前に渡したいものがある」
そう言って戦士が私に一枚の紙を渡す。
「これは?」
「よく読んでくれ。返事は後で良い」
戦士が去る。
「ねえジュシオ? 何を渡されたの?」
姉が紙を覗き込む。
紙には、「愛らしいクーナ様に踏まれ隊、入隊届」と書かれていた。
◆少女ウェンディ
ブリュニア王国はサンショスの村のはるか北にある。
私は今その国のフェリア神殿に預けられている。
サンショスの村の仲間たちはそれぞれ引き取られてバラバラだ。
クロキさんが助け出した戦士達の紹介のおかげで路頭に迷う事はなかったので良かった。
クロキさんには本当に感謝しなければならない。
これからはそれぞれの道を歩まなければならない。
私は参拝所でフェリア様にお祈りする。
結婚と出産の女神フェリア様は子ども達の守り神だ。小さな子達を守ってくれる事を祈る。
「ウェンディ。今日もお祈りですか?」
不意に声を掛けられる。
後ろを見るとポナメル高司祭様がいる。
ポナメル様はフェリア様に仕える司祭様ですぐ隣のオーディス神殿のフルティン高司祭様の奥様でもある。
今の私はフルティン・ポナメル夫妻の養女である。
夫妻には子どもがおらず、私を引き取ってくれたのである。将来はフェリア様に仕える司祭になろうと思う。
「はい。フェリア様にお祈りをしておりました」
私は頭を下げて言う。
「そうですか。女神フェリア様は私達を常に見守って下さいます。しっかりとお祈りするのですよ」
「はい。お義母様」
「それから、お祈りが終りましたら、私の部屋に来てちょうだいウェンディ。頼みたい事があるの」
そう言うとポナメル様は去っていく。
後少しお祈りをしておこう。
私はフェリア様の像の前で膝を付く。
「なかなか元気にしているようですね」
頭上から声がする。
それは懐かしい声だ。別れてから少しの時間しかたっていないのになぜかそう感じた。
見上げるとそこには綺麗な蝶の羽を持つ小妖精が飛んでいる。
「ティベルちゃん!」
思わず叫んでしまう。
なぜここにいるのだろう?
「ふん! 様子を見に来てやったですよ!」
ティベルちゃんが羽を震わせる。
すると鱗粉が私に降りかかる。
「これは?」
何故だろう鱗粉が降りかかると何か周りの景色が違って見える。
「小妖精の祝福ですよ! 感謝するです!」
ぽろぽろ涙が零れる。
彼女は私のためにわざわざ来てくれたのだ。とても嬉しい。
「ありがとうティベルちゃん。どうしてここまでしてくれるの?」
「ふん! まあ、ちょっと一緒にいたから、お前が不幸になると寝覚めが悪いと思っただけですよ!」
ティベルちゃんはぷんすかと頬を膨らませる。
でも私の事を考えてくれているみたいだ。それがとても嬉しい。
「それじゃ! 様子を見た事だしティベルは行くですよ! 人間! 不幸になったら承知しないのです!」
ティベルちゃんはそう言うと窓から空へと出て行く。
私は窓に近づき空を見上げる。
ブリュニアの空は何時も雲がかかっていて薄暗い。なのに今日は何故か青く明るかった。
青空へとティベルちゃんが消えていく。
小妖精の彼女には空が似合う。
「ありがとうティベルちゃん……。絶対に幸せになるね」
私は空を見上げてそう思うのだった。
◆暗黒騎士クロキ
アレマニアの地はルヴァニアの地の北にある。
瘴気が濃いルヴァニアの近くにあるためか、あまり豊かな土地ではない。
そんな土地で人々は細々と前を向いて暮らしている。
ブリュニア王国はそのアレマニアの地にある国だ。
人口は8千ぐらいで、この地にしてはかなり大きい。
自分とクーナとグロリアスはそのブリュニア王国の近くへと来ていた。
「ただいま戻りましたです~」
ブリュニア王国へと行っていたティベルが戻ってくる。
「ご苦労様。ティベル」
戻ってきたティベルを労う
「いえ、これぐらい何ともないですよ~。クロキ様」
ティベルはクーナの肩へと飛ぶ。
「クロキ。なぜ、わざわざこんな所に来たのだ?」
クーナが不機嫌そうに言う。
クーナにとってこの地はつまらなく見えるだろう。
しかし、それでも一緒に来てくれたことは感謝である。
「ごめんね、クーナ。ちょっと気になる事があったんだ」
気になったのはウェンディ達の事だ。
彼女達は無事でいるのか気になったので様子を見に来たのである。
しかし、心配は杞憂だった。
吸血鬼の城で助けたフルティンはこの国の重要人物だった。
彼の働きかけで子ども達全員に受け入れ先があったらしい。
ウェンディも元気に過ごしているらしい。
その事にほっとする。
空を見上げる。
グロリアスの力で雲を吹き飛ばした。
おかげで青空が広がっている。
この薄暗い地に時には明るい時が有っても良いと思ったのだ。
「さて、そろそろナルゴルに戻ろうか? クーナ?」
第八章もこれで終わりです。正直うまくなかったです。
しかし、色々とありすぎて書けなかったです(´;ω;`)
この思いを第九章にぶつけます。
というわけで次回予告
「妖精の国からエルド国へと上エルフの姫ルウシエンと3名のお供のエルフがやって来る。
理由は光の勇者レイジを見るためである。特にレイジに惹かれなかったルウシエンはエルド国を歩いている時に一人の少年コウキと出会ってしまう。少年に惹かれたルウシエンは思わず攫ってしまう。
一方その頃クロキは調査のために妖精の国がある樹海へと来ていた。
父子の出会い。テス再登場。コウキを攫われた事で、激おこのレーナ。
第九章 妖精の森」
再開は8月予定です。
その前に設定資料を7月に再開しようと思います。
また色々と心の療養をしたいです。
何か適度に頭空っぽの新作でも書こうかな……。暗黒騎士と並行しつつ。
候補は以下のどれかです。
①女性主人公もの
②おっさんもの
③上記おっさんものの18禁版ノクターン……って、をい!!
最後はギャグです。
まあ、どれも書くかどうかわからないのですけどね……。