銀色の風
◆暗黒騎士クロキ
城の窓の外、そこに浮かぶ幽霊空船の船首が窓から突き刺さるように入って来ている。
その船首を伝い赤い衣装を纏った女性が降りて来る。
鮮血の姫ザファラーダ。死神ザルキシスの娘にして、吸血鬼が崇める神でもある。
ザファラーダは楽しそうに笑っている。
「クロキ様……。まずいですよ……。ここは人間共をおとりにして逃げるべきですぅ……」
耳元でティベルが小声で囁く。
しかし、その言葉に首を横に振る。
フルティン達は人間の中ではかなり強い方なのだろう。
だけど、ザファラーダが相手では一瞬で引き裂かれてしまうに違いない。
「それは出来ないよティベル。ここは自分が残る」
「そんなあ……。危険ですぅ……」
ティベルの言う通り危険だ。
体はまだ本調子ではないが、自分以外に足止めが出来る者はいない。
「大丈夫だよティベル。死ぬ気はない。ほんの僅かだけ時間を稼げれば良いんだ……。だからティベルも後ろに下がっていて」
そっと指輪を触る。
勝機はある。だけど、そのためには時間を稼がなければいけないだろう。
それぐらいできなくてどうすると言うのだろう。
「うう……。わかりましたです」
ティベルはしぶしぶと了承すると後ろに下がる。
「フルティン殿! 自分が残り、足止めをします! 子ども達を頼みます!」
ザファラーダから目を離さずにフルティンに言う。
「何を言われる! 小妖精使い殿! ここは私が!」
「駄目です! 貴方達では足止めにもならない!」
代わりに残ろうとするフルティンとマルダス達を大声で止める。
そう言うと何かを察したのか、フルティン達が後退する気配を感じる。
「わかりましたぞ小妖精使い殿! 子ども達は私が安全な場所へと送りましょう! ご無事を祈りますぞ! マルダス殿! 行きましょう!」
「わかったぜ旦那! 兄ちゃん! 無事に帰って来たら! 俺のケツを貸してやるぜ!」
「俺のも貸してやる!」
「俺もだ!」
「もちろん俺もだ!」
フルティン達の気遣う声。
しかし、ケツはいらない。本当にいらない。
「ティベルちゃん! また会えるよね!」
ウェンディが泣きながら言う。
「さっさと行くです! お前が生きていないと会えないですよ!」
ティベルはそっけなく言う。
「わかった! 私! 絶対に生きるから! また絶対に会おうね! ティベルちゃん!」
ウェンディ達が去って行く。
「全く。クロキ様が折角温情をかけてやったのですから、さっさと行けば良いのですよ」
その言葉を聞いて笑う。
本当に不機嫌そうだ。自分が足止めをするのを良く思っていないようだ。
後でティベルには謝ろう。
「ふん。逃げられると思っているのかしら、追いなさい」
ザファラーダがお付の5名の吸血鬼達に命じる。
吸血鬼は強力アンデッドだ。
光の魔法が使えるフルティンでも相手をするのは厳しいだろう。
だから、ここで止める。
思いっきり息を吸い込む。
「止れ!」
そして、魔法を込めた咆哮を放つ。
自分を避けてフルティン達を追おうとした吸血鬼達の動きが止まる。
竜の咆哮。
それが、先程使った技だ。
竜の咆哮は魔法の咆哮だ。その咆哮を聞いた者は恐怖を誘発させる。
そして、竜王級にもなれば死者の魂も凍てつかせる。
自分の咆哮も竜王級はある。
だから、吸血鬼を止める事ができる。
ただ、この技は自分よりも遥かに弱い者にしか効かない。
現にザファラーダには効いていないみたいだ。
「まさか、私の側近を止めるなんて。どうやったのかわからないけど、やるじゃない。顔を見せなさい」
ザファラーダがこちらを見る。
ねっとりと視線が自分の顔に絡みつく。
そして、しばらくすると消える。
「う~ん。造りは良いけど地味だわ。悪くないけど、あんまり好みじゃないわねえ。光の勇者ぐらい美男子なら良かったのだけど、騎士には出来ないわ」
ザファラーダは何となく残念そうだ。
地味で悪かったなと叫びたくなる。
別に騎士になりたいわけではないが、なんとなく傷つく。
そもそも、こっちだって願い下げだと言いたい。
ザファラーダよりもクーナの方がずっと可愛いのだから。
「でも強いから、下僕にしてあげる。光栄に思いなさい。本当なら貴方のような冴えない男は私の側にはいられないのだから」
ザファラーダがこちらに来る。
これはチャンスだ。
自分は神経を研ぎ澄ませる。
ザファラーダは自分の正体をわかっていない。少し特殊な普通の人間だと思っている。
そこが勝機だ。
「お待ちください。姫様。この者は普通ではありません。我ら吸血鬼を止める等、普通は出来ません。近づくのは危険です」
ザファラーダの近くにいた吸血鬼騎士が余計な事を言う。
見覚えがある、かなり動きが良かった吸血鬼騎士だ。
自分の咆哮は効いているみたいだが、動いている。
他の吸血鬼よりも特殊なようだ。
「確かにそうね。ジュシオ。貴方のように特殊な力があるのでしょうね。でも、たかが人間。どんなに強くてもしれているわ」
ザファラーダは何を言っているのかと手を振る。
ジュシオと呼んだ騎士の言う事を聞くつもりはないようだ。
「ならば姉上。その者を捕えるのは僕に任せてもらえませんか?」
幽霊空船から小さな影が出て来る。
死の公子であるサジャだ。
「サジャ? 何をするつもりなの?」
「折角なので、僕の作品をぶつけてみたいと思います。出て来い首なし大男共!」
サジャがそう言うと幽霊空船から巨大な人型の者が3体出て来る。
上半身が裸の者達は白頭巾と同じくツギハギだらけだ。
ただし、大きく違う所がある。
出て来た者達全員に頭が無かったのである。
どうして、動いているのか疑問に思うが、良く考えたら、似たような奴に前に会っていた。
それは首なし騎士である。
彼等も首を奪われていたにもかかわらず動いていた。
どうやっているのかは知らないが、おそらく同じ原理で動いているのだろう。
「さて、君は何か特別な精神攻撃が出来るみたいだけど、彼らに効くかな?」
サジャが笑う。
確かに首がない首なし大男には竜の咆哮は効かなそうだ。
「行け首なし大男!」
サジャの号令と共に首なし大男達が襲って来る。
ツギハギ男にしては動きが速い。
しかし、これぐらいでは、自分を捕える事はできない。
首なし大男の腕をかいくぐり逃げる。
倒さず時間を稼ぐ。
「何をしている速く捕えろ!」
ザシャが首なし大男に叱咤する。
3体の首なし大男が自分を囲む。
「そんなんじゃ、やられないよ」
自分は前から来た首なし大男にタイミングを合わせて足を引っ掛ける。
前から来た首なし大男はそのまま後ろの2体にぶつかり倒れる。
「何をしている! 早く起き上がり捕えろ! 姉上が見ているのだぞ!」
ザシャの悲鳴にも似た声。
3体の首なし大男がのろのろと起き上がる。
この程度なら、もう少しだけ遊んでも良いだろう。
「もう良いわ」
しかし、自分の思惑通りには行かないのが世の常。
ザファラーダの声と共に、目の前で3体の首なし大男が一瞬でバラバラに引き裂かれる。
振り向くとザファラーダがこちらに近づくのが見える。
左手の鉤爪を口元に当てて、こちらを見ている。
「全くザシャのガラクタは役に立たないわね、面倒くさいったらありゃしない」
ザファラーダがそう言うと、後ろでザシャが落ち込む姿が見える。
「全く最初から私が優しく抱きしめてあげれば問題無かったわ」
ザファラーダが両手を広げる。
それを見て身構える。
今の自分ではまともに戦ったら勝てない。だから、隙を狙う。
相手は女性だけど、そうは言ってられない。
ザルキシス達、死の一族は世界を滅ぼすために動いている。
恨みはない。憎くもない。だけど、戦わねばならない。
ザファラーダが近づく。ザファラーダさえ倒せば後はどうにかなる。
後少しだ。
「どうしたの? 逃げないのかしら?」
先程まで逃げ回っていた者が逃げずに待ち構えているのだから、疑問に思うのも当然だろう。
しかし、もはや遅い。
「はあっ!」
自分は掛け声と共に魔剣を呼び出すと、ザファラーダに斬りかかる。
取った!
そう思った時だった。
「姫様!」
邪魔が入る。
あの動きが良い吸血鬼騎士だ。
魔剣は吸血鬼騎士を斬り裂く。
彼が盾になり、体が万全でなかったために一歩届かなかった。
魔剣は吸血鬼騎士の後ろのザファラーダをかすっただけだ。
ザファラーダは後ろへと逃げる。
「その剣は? まさか、あなたが暗黒騎士だったとはね……」
ザファラーダは盾となった吸血鬼騎士を見らずにこちらを見ている。
吸血鬼騎士は倒れたまま「姉さん……。姉さん……」と呟きながら天井を見上げている。
彼が何を思っているのかわからない。しかし、もはやこれまでだろう。
何となくだけど、彼の魂が安らぐ事を祈る。
問題は自分だ。ザファラーダは完全にこちらを警戒している。
もはや奇襲は不可能。
こうなったら全力でいくしかない。鎧を呼び出し、暗黒騎士の姿へと変わる。
「ザシャ。ザルビュートを呼びなさい。他の奴らはどうなっても良いわ。だって、暗黒騎士はここにいるのだから」
ザファラーダはそう言うと背中から巨大な蝙蝠の羽を出す。
どうやら本気で来るようだ。
背中から、再び冷や汗が流れる。
「暗黒騎士。私の下僕になりなさい。あんな醜い魔王に比べれば私の方がましよね?」
ザファラーダの問いに、かつてのレーナとのやり取りを思い出す。
レーナも自分を誘っていた。その時は下僕では無く騎士だった。
「あ、いえ。お断りします。もっと綺麗な人から誘われていますので」
深くお辞儀をして断る。
そもそもザファラーダよりも美しいレーナの誘いを断った自分だ。
誰がそんな誘いに乗るだろう。
「そう、ならじわじわと痛ぶってあげる。手勢を呼んだわ、逃げられるとは思わない事ね」
丁寧に断ったつもりだが、ザファラーダの顔が怒りに染まる。鉤爪をこちらに向けている。
だけど、それも遅い。
何とか間に合ったみたいだ。
「いや、逃げます。あなた達は少し時間をかけすぎた!」
そう言った時だった。
ザファラーダの後ろの幽霊空船が爆発する
ザシャが甲板から投げ出され、落下していくのが見える。
そのすぐ後、幽霊空船に漆黒の竜が体当りする。
「嘘!? 竜!? 何が起こったの!?」
ザファラーダの叫び声。
竜はグロリアスだ。助けに来てくれたようだ。
そのグロリアスの背から、小さな人影が窓から飛び入って来る。
その人影の銀色の髪が躍動的に動く。
それはまさに銀色の風。
その人影は空中で一回転すると自分の前で着地する。
「助けに来たぞクロキ!」
クーナが自分を見て笑うのだった。
アクシデントが有ったので更新が遅れました。
そして、哀しいお知らせ。何とおっさんの出番はこれでお終いなのです(≧≦)
おっさんものが好きな人はごめんなさい!
良く考えたらおっさんは人気なのだから、いっぱい出しても良かったかもしれません。
「転生したら、おっさんを百人もらえました」とか書いたら大人気間違いなしと思います(・∀・)ノ゛
ちなみにジュシオですが、本当はもっと出番がある予定でした。色々と変えたので後ちょっとしか出番がありません。
そして、この章ですが予定よりも短くなります。
リアルでしなきゃいけない勉強が進んでいないのですよ。゜・(>A<)・゜。
計画通りに進められない自分が悪いのですが、胃が痛いです……。