侵入者
◆暗黒騎士クロキ
城壁の中にある市民のための公園の中に自分は立っていた。
公園には明かりがなく月の光だけが地面を照らしていた。
魔法で指定した道具を引き寄せる魔法で引き寄せた武具一式を身に纏う。
暗黒騎士の鎧を着るのはこれで2度目だった。
戦闘になるかもしれない。
神殿の警備は厳重であり、またレイジ達もいる。
そのためモデスから貰った中で最強の装備をした結果、再びあの時と同じ恰好になったのだ。
さて行くか。自分は決意する。
目標はレーナから話を聞く事。
しかし、正面から入って足止めされている間に逃げられるかもしれない。
だからこれを使う。
今、自分の手にある袋の中には30個ほど小さな白い石が入っている。
竜の牙を原材料にしたマジックアイテムだ。
これは、モデスがナルゴルを出る時に、役に立つかもと渡してくれたものだ。
この白い石は誰にでも使う事ができるわけではないらしいが、おそらく自分には使えるだろうとも言っていた。
その白い石を等間隔に埋めていく。
そして魔法を唱える。
「戦士達よ竜の牙の力により、生まれ出でよ!!」
唱えると、右手に剣を左手に円形の盾を持ち黄土色の鎧兜を身に纏った完全武装の戦士達が地面から這い出してくる。その数は30体。
竜牙戦士と呼ばれる魔法で生み出された戦士である。
兜のわずかな隙間から覗く赤く光る目からは、生気を何も感じなかった。
そのスパルトイ達は自分の前まで来ると整列する。
スパルトイ達を眺める。
あんな小さな石からこんな戦士が生まれるのだから、改めて魔法はすごいと思った。
モデスからこのマジックアイテムの説明を受けた時、本当に戦士が生まれるのか半信半疑だったのだ。
そのマジックアイテムから生まれたスパルトイ達と何か魔力的な繋がりを感じる。
これなら操る事ができそうだ。
「ナット。君は外で待っていてくれ」
自分の肩に座っているナットに言う。戦闘になって巻き込まれる危険があった。
「ヘイ」
ナットは自分の肩から降りる。
「それと、もしかすると帰れないかもしれない。だからこれを」
自分はナットに懐から石を出して渡す。
「そんなディハルト様!!!」
転移の石。転移の魔法を使えない者でも一度だけ使う事ができるマジックアイテムだ。
「もしものためさ。明日の朝になっても戻らないならこの石を使って帰るんだ」
「ディハルト様を
「死にに行くわけじゃないよナット。危なくなったら絶対に撤退するから」
ナットを安心させるように言う。
「そういうことでヤンしたら……。わかりやした、ご武運をでヤンス……」
ナットがしぶしぶ承諾する。
「行くよスパルトイ!!」
スパルトイ達が動き出す。その動きは素早く重そうな鎧を着こんでいるとは思えない。
そのスパルトイ達は自分と同じく民家の屋根の上までジャンプすると、その屋根の上を軽やかに移動する。
目標はレーナ神殿。
八方からスパルトイを囮として突入させ、ワンテンポ遅れて自分が侵入する。
ナットの話ではレーナはシロネ達を帰すための術の準備のため神殿の中央部にある祭壇が設置された部屋にいるそうだ。
術は明日にでも行われるらしい。よって動くなら今しかない。
自分達はレーナ神殿に向けて進撃した。
◆勇者の仲間チユキ
「ちょっとレイジ君、これお酒じゃない!!」
私が渡された飲み物を突き出して抗議する。
「まあ良いじゃないかチユキ。チユキ達にとってここでの最後の夜になるかもしれないんだからな」
レイジが茶化すように言う。
「そうだよチユキさん、固い事を言わない、言わない」
「そうっすよチユキ先輩、固い事を言いっこなしっす」
リノとナオが楽しそうに言う。
明日、私とシロネは元の世界に戻る。
そのためレイジ達が簡単なお別れ会をしてくれたのだ。
レイジは神殿の人達に軽食と飲み物が用意させた。
その用意させた飲み物がお酒だったのである。
今、私が持っている飲み物は葡萄のような果実から作られた酒に海水と蜂蜜を混ぜた物だ。
このお酒はアルコール度数が低く飲んでも、まず酔う事はない。例外は、たった一口飲んで倒れたキョウカぐらいだろう。
そのキョウカは近くのソファーで寝ており、カヤの介抱を受けている。
しかし、いくらアルコール度数が低くても私達は未成年であり、飲酒は禁止だ。
キョウカが倒れなければ気付かなかったかもしれない。
「でもなチユキ、この世界とこれで最後になるかもしれないし、しばらくは会えなくなるんだぜ。最後は楽しく別れようぜ」
レイジが言う。
「みんなとしばらく会えなくなっちゃうね」
シロネがさみしそうに言う。
その言葉にみんなも少ししょんぼりしてしまった。
「ほらほら、チユキ。場が湿っぽくなっちまうぜ。みんなも楽しくやろうぜ」
その言葉にリノとナオが賛同する。
「もう、しょうがないわね……」
私は飲酒を渋々了承する。
私だって場が湿っぽくなるのは嫌だ。
レイジにはいつも乗せられてばかりだ、私は昔の事を思い出す。
私は親に厳しく育てられ勉強ばかりだった。
そんな私をレイジは外に連れ出してくれた。
生まれて初めて学園を2人でサボった事を思いだす。みんなが勉強をしている時に街の中で遊ぶ。いけないと思いながらも今までにない新鮮な体験で楽しかった。
この世界での冒険も私はレイジに怒ってばかりだったが、心の奥ではきっと楽しかったに違いない。
ドラゴンと戦い、エルフ達と交流し山や海や洞窟にも行った。それは、幻想的で物語の中に入ったようだった。
もちろん危険や苦しい事もあったがレイジがいてみんながいたから楽しめた。私一人でこの世界に来たら、ただ辛いだけだろう。
だからみんな帰りたくないのだろう。
しかし、私にとって、この冒険も明日で終わりだ。
私は先に日常に帰る。本当は後ろ髪を引かれる思いだが。
いい加減、誰かが帰らなくてはいけない。
いけない湿っぽくなってきた。
私はお酒を飲む。お酒は少し甘くおいしい。
一般に飲むお酒は不純物が多く、中が空洞の植物をストローにしなければ飲めない。
しかし、この神殿で出されるお酒は丁寧に不純物が取り除かれており飲みやすかった。
私達はお酒を飲みかわし雑談する。
「レイジ君もごめんね。練習途中でやめる事になっちゃって」
「しかたないさ。急に決まっちまったからな」
シロネがレイジに謝る。
対ディハルト対策の為の練習はシロネが急に帰る事になったのでやめなくてはならなかった。それに、シロネもレイジを指導するのは無理と言っていたので、もとから別の対策法が必要だった。
「みんな、レイジの事をお願いね。特にディハルトには絶対に勝てる算段がつくまで戦っちゃだめよ!!」
皆が頷く。
ディハルトは強い。だが、私達が命をかけてでも倒さなければならない相手ではない。
私はカヤに変質者の捜索をお願いしている。場合によってはレーナ以外の召喚ができる人を見つけなければならない。
ディハルトを倒せず、魔王討伐ができないようなら、その人に頼むしかないだろう。
それから、私達はお酒と軽食を楽しんだ。
そして、明日にそなえてお開きにしようかと話している時だった。
カンカンカン
複数の鐘の音が聞こえてくる。
「何の音!?」
皆が顔を見合わせる。
「侵入者だー!!」
「西口から来ているぞ!!!」
「東口に怪しい奴らが!!」
騎士達のあわてた声。
「侵入者!?」
先ほどの鐘は警報装置の音だったらしい。
「侵入者か、俺達が出る必要があるかな?」
レイジが言う。
私もまず、侵入者がどんな奴か知りたい。
「ナオさん。お願いできる?」
「わかったっす」
ナオが目を閉じ瞑想する。
ナオがこの世界に来て身に付けた特殊能力の一つに物体感知能力がある。
目で見なくてもどこに何があるか、敵がどこにいるのかがわかる能力だ。
この能力はレイジやシロネやカヤも使える。しかし、レイジ他2名が感知出来る距離は半径8、9メートル程度なのに対しナオは実に半径2キロメートルぐらいまで感知できる。
もっとも、普段は何かがいる程度にしかわからないが。精神を集中すると精密さが格段に上がり、相手がどのような姿をしてるかまでわかるようになる。
もちろんその感知能力にも弱点がある。感知できるのは物体の形だけで魔力や色などは感知できず、また魔法による結界などで空間が遮断されていると、その遮断された向こう側も感知できない。
この神殿も魔法による結界が張られているが、結界の内側にいるので感知できるだろう。
「侵入者らしき者は30名ほど神殿を取り囲むようにバラバラで侵入してきてるっス」
ナオの報告に首をかしげる。この神殿には女神が降臨していることもあり、いつもより警備が厳重になっている。
今日は約300名ほどの騎士が警備にあたっているはずだ。たったの30名ではすぐに取り押さえられるだろう。
「……こいつらは以前にあった事があるっす。確かスパルトイとかいう奴っす」
ナオの報告に皆が驚く。
スパルトイはナルゴルで戦ったときに遭遇した魔物だ。
確か呼び出した者の魔力の高さによって強さが変わるはずだ。
「魔王が攻めてきたって事なの?」
リノが不安そうに言う。
「ナオさん。スパルトイなら呼び出した者がいるはずよ」
そうスパルトイなら呼び出した術者がいるはずだ。
そいつを倒せばスパルトイは消えるはずだ。
「わかったっす!!」
ナオがさらに瞑想する。
「他のと違う姿の奴がいたっす……」
ナオがスパルトイではない侵入者を補足する。
おそらくそいつがスパルトイを呼び出した術者だろう。
ならば、そいつを倒せば終わりだ。
「この形は騎士……。もしかして暗黒騎士?」
ナオの呟きに全員が同じことを考える。
「もしかしてディハルトが来ているのか?」
レイジの言葉にナオは瞑想をやめる。
「たぶんそうだと思うっす……」
「もしかしてレイ君が目当て……?」
レイジはまだ回復していない。今、戦えば負けるだろう。
「いや、他に狙われる人がいる」
レイジはそう言うと武器を持って立ち上がる。
「ちょっと、どこに行くの!!」
「レーナが危ないかもしれない!」
レイジがそう言って部屋を出ようとする。
確かにレーナが降臨したのを見計うかのようにディハルトは来た。
レイジが狙われるよりも、むしろその可能性が高いかもしれない。
そのレーナは明日の帰還のための準備をしているはずだ。
「だめだよ、勝てないよ!!」
サホコがレイジに抱き着いてとめる。
「そうよ、無理よ!!ここは行っても殺されるだけだわ!!」
レーナのために命を懸ける必要はない。見捨てるべきだと思う。
だが、レイジは首を振る。
「悪いが、行く。レーナが危険なら俺は行くし、みんなが危険な時も俺は行くさ」
レイジは行くだろう。可愛い女性を助けるためなら命をもかける。
だからこそ、レイジの側にみんないるのだ。
「いやだよ、行かせない!!」
サホコがさらに強くレイジを抱きしめる。
「すまないサホコ。行かせてくれないか……」
だが、そんな事を聞くレイジではない。
しかし、弱っているためか、サホコを振りほどこうとするができない。
「あなた自分がどんな状態かわかって言っているの!!」
この中でサホコが一番非力なはずなのだ。だが今のレイジはそれを振りほどけない。
レイジの体はまだ戦えるような状態ではない。行くだけ無駄だ。
だからレイジを無理やり止めなくてはならない。
「私が行く!!」
みんながシロネを見る。
「私がレーナさんを守る! だから、お願いレイジ君はみんなと安全な所にいて!!」
「シロネさんっ!!!」
私が止める間もなくシロネはそう言うと部屋を飛び出した。
◆神殿騎士
「なんなんだよ! こいつはっ!!」
そう言って剣を振るうが、相手の持つ円形の盾に阻まれ届かない。
目の前の侵入者は盾でそのまま押し込んでくる。
そのまま押され、後ろにいた奴ごと倒れる。
「ぐはっ!!」
「ぐへっ!!」
間抜けな声が2つ重なる。
「なんて力だよ」
目の前の黄土色の鎧を着た侵入者を見る。
その兜の隙間から見える瞳は赤く輝いていた。
「人間じゃない……」
おそらく魔物。
女神様が降臨し、本来非番だったはずの自分が警備に駆り出された。
待機所で女神様の姿が見られないかなと仲間の騎士達と軽口を叩いている時の事だった。侵入者の存在を知らせる鐘がなったのは。
鐘は設置された全ての場所で鳴っており、侵入者が複数で四方から同時に侵入してきたの知る。
そして、指定された持ち場に来たときにそいつは現れた。
周りを見ると同僚の騎士達が6人も倒れている。
腕や足を斬られた者。盾で殴られた者。だが、不思議と死んでいる者はいない。
その敵はこちらを殺す気がないように感じられた。
今も倒れている自分を殺そうと思えば殺せるはずなのに何もしてこない。
「なんなんだよ……。遊んでいるのか……?」
起き上がり剣を構える。
ここにいる仲間は残り3人。それに対して相手は1人。
こちらの方が数が多い。しかし、こちらからは攻められなかった。
たった1人に9人いた仲間の内、6人が瞬く間に戦闘不能になったのだ。
慎重にならざるを得ない。
「うん?」
仲間の一人が変な声を出す。
仲間の視線をたどると侵入者の後ろに1つの影があった。
新手かと思い影を見る。漆黒の鎧を着た者がこちらへとやって来る。
その影を見ていると背筋が冷たくなるのを感じる。
その者の圧力は前にいる黄土色の侵入者の比ではない。
「あっ、暗黒騎士……」
別の仲間が搾り出すような声を上げる。
「暗黒騎士だと、まさか暗黒騎士ディハルトか! 噂は本当だったのか!!」
暗黒騎士ディハルト。今や、その名は今世界中で鳴り響いている。無敵であった勇者を打ち破った男。
そして、その暗黒騎士ディハルトが各地の魔物を率いて人間達を滅ぼしに来ると噂されている。
手始めに女神レーナを狙っているのだろうか?
「めっ女神さまが危ない……」
剣を構えるが震えが止まらない。対峙するだけで死にそうだ。
暗黒騎士が近くまで来ると手をこちらに向ける。
「眠れ……」
その言葉が聞こえると猛烈な睡魔が襲ってくる。周りを見ると他の仲間も倒れていく。
「睡眠の魔法……」
その睡魔の正体に気付いたときには遅かった。
「確かこの先が祭壇のある部屋だったな……」
その言葉を聞いたのを最後にそのまま意識が遠のいた。
次回はシロネと対決です。