サンショスの村
◆サンショスの村娘ウェンディ
朝になると大人達が朝食を持って来る。
大人達は全員が目の部分だけ穴の開いた、白い布で顔を隠している。
私はここに来てから、大人達の顔を一度も見た事がない。
だけど、見たいとも思わなかった。
「ウェンディ。全員を集めろ。それから、いつもよりも多く食べて良い」
大人達は私達の食事をいつもより多く持って来ている。
その中にはいつもはない御菓子も見える。
それを見た小さい子達が喜びの声を出す。
喜ばないのは私より少し下のリリだけだ。
「ウェンディ……。どうして、いつもより多いの? ナナ姉さんがいなくなったばかりなのに……」
リリが不安そうな声を出す。
食事の量が増える時はこの家から誰かがいなくなる時だ。
ナナ姉さんがいなくなる時も食事の量が増えた。
「わからない。リリ。でももし私がいなくなったら、後はお願いね」
声が震えそうになるのをなんとか抑える。
「そんな、ウェンディ……」
代わりにリリが泣きそうになる。
「大丈……痛っ!」
大丈夫と言おうとして突然耳が引っ張られる。
「どうしたのウェンディ?」
リリが私の様子を見て首を傾げる。
「ううん。何でもないよ。それよりもリリ。私の代わりに食事を配って、ちょっと気になる事があるから」
私はそう言ってその場を離れる。
背中からリリの不思議そうな視線を感じる。
だけど、言えない事があった。
「どうしたの? ティベルちゃん」
私は物陰に隠れて小声で喋る。
目の前には蝶の羽を持つ小さな人間が飛んでいる。
小妖精のティベルちゃんである。
私の耳を引っ張ったのは彼女だ。なにか用事があるのだろう。
今朝知り合ったばかりだ。
彼女は魔法で姿が見えなくなっているらしい。
だけど、特定の人や、魔力が高い人は見る事ができる。
私も特別に見えるようにしてくれた。
「人間! クロキ様の食事の用意をするのです~。言う事を聞かないと魔法で酷い目に会わせるですよ~」
ティベルちゃんはそう言って私に手を突き出す。
だけど、元がすごく可愛いので怖くなかったりする。
だから、酷い目に会わせると言われても、微笑ましい感じがする。
それにクロキさんはとても優しい。だから、きっとティベルちゃんも優しいに違いない。
「うん。わかっているよ。ティベルちゃん。後でクロキさんのところに食事を持って行くね。ティベルちゃんは何が良い?」
「あの甘そうな御菓子が良いです~」
御菓子を思い出しているのかティベルちゃんはむふふと笑う。
その様子は本当に可愛らしい。
「わかったよティベルちゃん。後でちゃんと持って行くからね」
「ちゃんと持って来るのですよ。人間」
食堂へと戻る。
ティベルちゃんと話をした事で少しだけ元気が出たのだった。
◆暗黒騎士クロキ
花咲く廃屋でウェンディが持って来てくれた食事を食べる。
雑穀のパンやタマネギに豆やカブのスープ。甘い果実の入った焼き菓子。
この地は瘴気が濃いため土地が痩せている。
作物も育ちにくいはずだ。しかし、その割には食事が豪華である。
「クロキ様。美味しいです~。人間にしてはやるです~」
ティベルが焼き菓子を食べながら喋る。
この世界の人間の暮らしを見て来たが、この村の規模では御菓子は簡単に手に入らないはずだ。
それを、ティベルが満足するだけ分けてくれる。
この村の子ども達は、かなり良い食生活をしている事になる。
「ねえ、ティベル。ウェンディ達は子ども達だけで生活しているのだよね?」
「えーと。確かそうです。あの人間のメスは迷子の家とか言っていたです」
ティベルが首を傾げながら言う。
ティベルには人間の大人と子どもの違いははっきりとわからない。
だけど、ウェンディよりも大きな人間は一緒に暮らしているようではないと言っていた。
ウェンディは迷子の家でお母さんの役をしているらしい。
この村には大人達がいるにもかかわらずだ。
そして、ウェンディがぼそりと呟いた大人になりたくないという言葉を思い出す。
「はあ、この村はそういう事か……」
空を見上げ溜息を吐く。
おそらくサンショスの村の子ども達は吸血鬼達の家畜だ。
ウェンディ達は成長すれば、やがて吸血鬼の餌になるのだろう。
だから、大人になりたくないと言うのだろう。
この世界では珍しい話ではなかった。
ゴブリンは人間を奴隷にする事もあるし、中央大陸西部のオーガの支配領域に住む人間も家畜扱いされているらしい。
そもそも、人間だってゴブリンを奴隷にする事もある。だから、どちらかが悪というわけではない。
互いに普通に生きているだけだ。
それでもウェンディの境遇を考えて嫌な気持ちになるのは、姿が同じだからだろう。
もし、自分が羊の姿なら、人間に敵意を抱いていたかもしれない。
そして、そこまで考えて頭が痛くなる。
こんな風に考えるのは魔王側で召喚されたからだ。人間側で召喚されたレイジ達は、こんな事で悩まないだろう。
だから、種族はどうであれ一宿一飯の恩義は返すために、動こうと思う。
そうやって自分の行動に無理やり理由を付ける。
「ねえ、ティベル。この村のウェンディよりも大きな人間を見たのだよね。どんな感じだった?」
ティベルから聞いた感じだと、この村の大人はおそらく吸血鬼の手下だ。
でなければ、ウェンディがお母さんの役をしないだろう。
そして、顔を隠した大人達は子供達と一緒に暮らしてはいない。
どうも、嫌な感じがする。
「顔を隠していましたですが~。強い感じはしなかったですよ~。クロキ様。姿も見えてなかったようです~」
「そう」
ティベルは透明の魔法を使っていた。
魔力の高い者、もしくは破幻の力を持つ者か、与えられた者にしか見えない。
そして、大人達はティベルが見えなかったのなら、魔力が高い者はいなかったと言う事になる。
「あれぐらいならティベルの魔法でポイできます~」
ティベルは楽しそうに空を飛ぶ。
実はティベルは人間よりもはるかに強い。
さすがに腕力や耐久力は人間よりも低いが、魔力は人間の数倍はある。
そもそも、小妖精は見た目の可愛さに反して、人間にとって恐ろしい存在なのである。
強力な風魔法と精神魔法を使う事ができ、その魔法はナパイアやドライアドを超える。
人間の中には魔法をかけられて、永遠に同じ場所をぐるぐる回ったあげくに衰弱死した者もいる。
つまり、見た目に騙されてはいけないのだ。
その小妖精の中でもティベルはかなり強い存在らしい。
そして、ティベルは人間を下等な種族だと思っている。
ティベルがウェンディに付いて行った時はちょっと不安だった。
だけど、食事を持って来てくれた時のウェンディは普通のようだった。
魔法で特に何もされていないようなので安心する。
「だけど、ティベル。油断は禁物だよ。何か特殊な能力を持っている可能性もあるからね。もし、奴らに近づく時は気を付けて」
「はい。わかりましたです~」
ティベルはどうでも良さそうに答える。
はっきり言って甘く見ている。
しかし、彼女の危険察知能力は高い。大人達はそこまで危険ではないのだろう。
だとすれば警戒すべきなのはこの村の領主である吸血鬼と言う事になる。
その吸血鬼はこの村の近くの城に住んでいるはずだ。
この廃屋からでもその城を見る事はできる。
自分は廃屋の窓から、外を見る。
小高い丘の上に作られた不気味な城。いかにも、幽霊が住んでいそうだ。
「あれ? 何だあれ?」
窓から領主の城を見ている時だった。
その領主の城に巨大な空船が近づいて来る。
その空船は霧がかかっているみたいに、おぼろげだ。
その空船から霊気を感じる。
目を凝らして見ると、多くの幽霊が空船に纏わりついている。
まさに幽霊空船だ。
「クロキ様~。あれは危険です……。すごく怖いです」
ティベルが震えた声を出す。
その声に頷く。
おそらくかなりの強敵が乗っているのだろう。
自分は幽霊空船を注意深く眺めるのだった。
◆吸血鬼伯ジュシオ
姫様所有の幽霊空船で城へと戻る。
姫様に同行しているのはサジャ公子様と私、そしてお付の騎士と侍女である。
「この城に来るのも久しぶりね。ジュシオ。貴方に任せた村で育てている人間は中々良い味だわ。褒めてあげる」
城主が座る椅子に腰かけて姫様が私を褒める。
この村は人間を養殖するための場の一つだ。
血を吸うには若すぎる子どもを攫い育て、年頃になると姫様へと献上される。
多くの子どもは血を吸われ死ぬが、中には侍女や吸血鬼にしてもらえる幸運な者もいる。
かくいう私もこの村で育てられた。
あの廃屋の花は今でも咲いているだろうか?
後で見に行く事にしよう。
「いえ、姫様。これもサジャ公子様が派遣して下さった者達が優秀だからです。私の力ではありません」
私は姫様の横に立つサジャ公子様を見る。
サジャ公子様が派遣して下さった者達は優秀で、子ども達の飼育に役立っている。
彼らがいるおかげで、私はほとんど何もしなくて良かった。
「そう。それなら、貴方も褒めなきゃねザシャ。それに貴方が用意してくれた、この腕もすっかり馴染んだわ」
姫様が左手を上げてザシャ公子様を見て微笑む。
「いえ、姉上の役に立てたのならなによりです。用意した魔獣の左腕。存分にお使い下さい」
公子様が頭を下げる。
その時だった、吸血鬼の侍女が謁見の間へと入って来る。
「申し上げます。姫様。ブラグ殿と村の者共が姫様に挨拶に見えられました」
人面ネズミのブラグはこの城の兵を率いて、逃げた暗黒騎士の捜索に行っていた。
もちろん、この領地の警備は薄くなるが、元々警備は厚かったのだ。
ブラグが兵を引き連れても僅かの穴しかないだろう。
その穴を偶然すり抜けてこの領地に入る可能性は低い。
だから、この地に暗黒騎士が入って来てはいないだろう。
「良いわ。通してちょうだい」
姫様が言うと人面ネズミと白い頭巾で顔を隠した者達が入ってくる。
ブラグは姫様が来られると聞いて急いで戻ったのだろう。
少し疲れた顔をしている。
そして、村の者はザシャ公子様が派遣して下さった者達だ。
ザシャ公子様が来られたので挨拶に来たみたいである。
彼等には姫様が来る事を伝え、念のために子ども達に食事を多く与えるように命令した。
できるだけ、多くの血を取るためだ。
姫様が望まれるのなら献上しなければならないだろう。
「ザファラーダ姫様! お久しぶりでございます! 忠義の臣ブラグ! ただ今戻ってまいりました!」
先頭のブラグが後ろ足で直立するとお辞儀をする。
「そう。久しぶりねブラグ。捜索に行っていたみたいだけど暗黒騎士は見つかったのかしら?」
姫様が尋ねるとブラグは首を縦に振る。
「はい! 姫様! この地に潜入していた者達で怪しい男を片っ端から捕えてました! その数は15! 全員豚顔の者でございます! 必ずやその中に暗黒騎士がいるでしょう!」
ブラグは嬉しそうに報告する。
そして、何かを期待するように姫様を見る。
ブラグは吸血鬼になる事を望んでいる。
その願いがかなうならなんでもするだろう。
そもそも、ブラグは元人間らしい、なぜ人面ネズミになっているのか不思議に思う。
「そう。そんなに捕えたの。でもブラグ。念のために引き続き豚顔の男を捕えなさい。暗黒騎士が含まれていたのなら褒美を上げるわ」
「ははーーーっつ!!」
ブラグは平伏するとそのまま謁見の間を出て行く。
後には白い頭巾の男達が残される。
「さて、貴方達はザシャが作った者達だったわね」
「はい。姉上。お前達。頭巾を取り姉上に挨拶しろ」
ザシャ公子様が言うと白い頭巾の者達は頭巾を取り顔を出す。
その顔はツギハギだらけだ。
全員がザシャ公子様により、改造された人間である。
改造された人間はアンデッドと違い瘴気を出さず、僅かの水だけで生きていける。
そのため、子ども達は病気にならず、費用も少なくてすむ。
おかげで飼育が助かっている。
「偉大なる死の御子様方。このダリング。皆を代表してご挨拶申し上げます」
ダリングと名乗った改造人間が頭を下げる。
ダリングは偉大なる死の君主を崇拝する教団の司祭である。
その働きを公子様に認められて改造人間にしてもらった。今では実質的な村の長である。
ダリングが頭を下げると他の改造人間達も頭を下げる。
改造人間は他にもいるが、まともな知性を持っているのは、この場にいる者達だけだ。
他の改造人間は死の知性を奪われた、ただの労働力である。
「なるほど、これが貴方の作った改造人間なのね? ザシャ? 見た目を除けば普通の人間と変わらないけど、他に何か特徴はあるのかしら?」
「申し訳ありません。姉上。この者達は特に特徴はありません。ただ、他にも戦闘用に改造した者もあります。お見せしましょうか?」
ザシャ公子様が嬉しそうに言う。
よっぽど見せたいのだろう。
しかし、姫様は興味がなさそうであった。
「ごめんなさいねザシャ。それはまた今度にさせてもらうわ」
「そうですか……」
ザシャ公子様がしょんぼりする。
「それよりも、暗黒騎士よ。ブラグが捕えた中に私を傷つけた者がいれば良いのだけど、いないのならもっと探す必要があるわ。しばらくこの領地を拠点にします。ザシャ。貴方もザルビュートと同じように動きなさい。そして、捕えた者をこの地に連れて来るのよ」
「はい姉上」
そう言ってザシャ公子様が退出する。
「さて、捕えた者共を見に行きましょうか。この左腕で引き裂いてやりたいけど、お父様から殺すなと命じられているから我慢するしかないわね」
そう言って姫様は獰猛な笑みを浮かべるのだった。
ぎりぎり、今日中に投稿できた。
色々と厳しかったです……。
ザファラーダ達がサンショスの村へとやってきました。
改造人間の元ネタはわかりやすいですよね……。吸血鬼が次はこいつも出さないといけないような気がしました。
ツイッターの使い方がいまいちわらからない(≧0≦)