約束の常若の国
◆サンショスの村娘ウェンディ
夢の中のお母さんが私にお話を聞かせてくれる。
小さな妖精を連れた男の子が常若の国へと連れて行ってくれるお話だ。
そんな国があるなら私も行って見たい。
何でこんな夢を見るのだろう?
きっとナナ姉さんが連れて行かれた事を思い出したからだろう。
私は大人になりたくない。
子どものままなら怖い人達に連れて行かれないのだから。
私は目を覚ます。
窓から外の景色を見る。
いつものように空は暗い。
このサンショスの村に連れて来られてから、綺麗な青空を見た事はない。
この地は夜が過ぎても空は暗いままなのだ。
北の海からの冷たい風は山にあたり、この村に雪を降らす。
今はまだ大丈夫だけど。
私は寝台から起きる。
一緒の部屋の弟達はまだ寝ている。そろそろ、起こすべきだろう。
ナナ姉さんがいなくなってからは、年長者の私がお母さんをしなくてはいけないのだから。
だけど、弟達を起こす前にやる事がある。
私は着替え、外に行く用意をする。
「ウェンディお姉ちゃん……」
一緒に寝ていたミカルが私の名を呼ぶ。
ミカルは4歳だ。甘えん坊で私と一緒に寝たがる。
だけど、そろそろ1人で眠る事を覚えるべきだろう。
私は12歳。
そろそろ、私もいなくなる。
「ごめんねミカル。お姉ちゃんはいつもの場所に行くだけだから、まだ寝てても良いからね」
ミカルをなだめる。
男の子だし、我慢してもらわなくてはならない。
ミカルは少しぐずったけど、いつもの事だからか、最後は納得してくれた。
私は外に出ると、ある場所に向かう。
誰も住んでいない廃屋。
ここには秘密の花園がある。
この地は瘴気が濃いため、綺麗な花は中々育たない。
だけど、ここだけは花が咲くのだ。
私がこの地に来る何年も前に、誰かがこの花を育てたらしい。
そして今は私が引き継いでいる。
私の前はナナ姉さんが世話をしていた。
ナナ姉さんが言うにはこの花は瘴気に強く、多くの世話を必要としないそうだ。
だけど、私は毎朝この花の様子を見るのを日課にしている。
私は廃屋の中へと入る。
屋根は壊れ天窓となり、床は剥がれて地面がむき出しになっている。
その剥き出しの地面に紫色の小さな花が咲いている。
私はこの花を見るのが好きだ。
私もこんな花みたいに強くなりたいと思う。
その時だった。私は異変に気付く。
「誰? 誰かいるの?」
廃屋の奥、そこに誰かがいる。
私は目を凝らして奥を見る。誰かが横たわっている。
怖い大人達だろうか?
しかし、そんな感じではない。
近づくと1人の男性が寝ている。
初めて見る顔だ。怖い大人達ではない。
そして、その顔から少し目を横にしたときだった。
男性の胸の上で何かが動いている。
最初は綺麗な布かなにかだと思った。だけど、それは自らの意志で動いているようだった。
気になった私は男性の横に腰を下し、よく見る。
それは背中に蝶の羽が生えた小さな人間だった。
瑠璃色の蝶の羽は淡く光っていて、とても綺麗だ。
綺麗な布だと思ったのはその蝶の羽であった。
「えっ? 嘘? 小妖精なの?」
小さな人間はお伽話に出て来る小妖精のようであった。
小妖精は男性の胸の上ですやすやと寝ている。
間違いなくお伽話に出て来る小妖精に違いない。
私の心臓がどきどきと鳴る。
なぜ? ここに小妖精がいるのだろう?
私の中に色々な感情が込み上げて来る。
こんな気持ちになるのは、この地に連れて来られてから一度もない。
男性を見る。
漆黒の髪に整った顔立ちをしている。良く見ると領主様に負けないぐらい綺麗な顔をしている。
男性は疲れているのか死んだように眠っている。
誰だろう?
少なくともこの村の大人達ではないようだ。
この村の大人達の仲間ではないだろう。もしそうならここで寝ていないはずだ。
この小妖精を連れた男の人は、間違いなく村の外から来たに違いない。
そして、この村に流れ着いた。
何かの物語が始まりそうだった。
できる事なら私も物語の中に連れて行って欲しい。
そう思い私は男性に手を伸ばす。
「ううん……」
小妖精の方から声がする。
見ると小妖精が身を起こして目をこすっている。
そして、私と目が会う。
「嘘?! 人間?! どうして? どうして? 気付かなかったの~?! クロキ様! クロキ様! 大変です! 起きてください~!」
小妖精が私を見て慌てだす。
そして、男の人を慌てて起こそうとする。
それを見て私も慌てる。
このままだと見付かる。この人達は大人に秘密にしなければならない。
そんな気がするのだ。
だから、静かにしてもらわなくてはいけない。
「待って! 私は何もしないよ! 落ち着いて!」
私がそういうと小妖精は訝しげな目で私を見る。
「ふ~んだ! 人間の言うことなんか信じられないよーだ! 魔法でこうしてやる!」
小妖精が私に両手を振りかざす。
「待ってティベル……」
声がした方を見ると、男性が目を覚ましている。
男性は少しだけ身を起こして首を振る。
「クロキ様。まだ寝ていないと駄目です~」
小妖精が心配そうな声を出す。
どうやら、男性は体調が悪いみたいだ。
顔色も悪い。
だけど意識はしっかりしているみたいだ。
優しそうな目で私と小妖精を見る。
「大丈夫だよティベル。彼女は危険じゃない。だって、ティベルがここまで近づかれるまで気付かなかったのだからね」
そう言って男性は小妖精の頭を撫でる。
ティベルと呼ばれた小妖精はそれでも不安そうだった。
「ですが、クロキ様……」
「自分はティベルの力を信じるよ、彼女は危険じゃない」
そして、私の方を見る。
「ごめん。君の花園に勝手に入ってしまって……」
男性が私に謝る。
私は慌てて首を振る。
「ううん。いいの」
おそらく、姉さん達も許してくれるだろう。
「そう、ありがとう。できればこのまま見逃して欲しいのだけど……」
クロキと呼ばれた男性がすがるように私を見る。
「はい! 大丈夫です! 誰にも言いません!」
おもいっきり頷く。
その私の様子に男性と小妖精が驚く顔をする。
「あの私! ウェンディっていいます! 良かったら治るまでここにいて下さい!」
◆知恵と勝利の女神レーナ
アレマニアの地。
ザルキシスが支配するルヴァニアの北方の地域だ。
今、この上空にアルフォス達は待機している。
エリオスから来た私はアルフォスの空船へと乗り込む。
「これはレーナ様。よくお越しくださいました」
アルフォスの近侍であるヒアシスが出迎えてくれる。
一見少女のような外見だけど、彼はれっきとした男だ。
「アルフォスはどこかしら? 様子を見に来たのだけど」
私が聞くとヒアシスは困った顔をする。
「アルフォス様はその……」
そのヒアシスの表情を見て溜息を吐く。
「いつもの事でしょう。入らせてもらうわ」
空船の中へと入る。
アルフォスの私室に入ると寝台に腰かけた半裸のアルフォスが出迎えてくれる。
私が来たと聞いて最低限の服は着たようだ。
寝台で寝ている横の女は知らない。どこかで拾ってきたのだろう。
脱いでいる服からどこかの王女だろう。
「やあレーナ。君が自ら来てくれるとはね。僕の事が心配だったのかい?」
アルフォスが嬉しそうに言う。
確かに心配した。
しかし、それはアルフォスの事ではない。
「確かに心配したわ。貴方がモードガルに送った天使達は戻って来たのでしょう。どうだったの?」
私がそう言うとアルフォスが考え込む。
「ああ、戻って来たよ。全員無事で良かった。だけど、ちょっと気になる事があってね。彼等は逃げるときに暗黒騎士に助けてもらったらしいんだ。それに、なぜか追手も来なかった。奇妙だね」
私はそれを聞いて心がざわつく。
馬鹿なクロキ。アルフォスの部下なんか見捨てれば良かったのに。
もしかするとと思ったからこそ、私はここに来たのだ。
クロキは傷ついている。クーナの情報からもそれがわかる。
だから、助けが必要だろう。
だからこそ、アルフォスに動いてもらわなければいけない。
「追手が来なかった? きっと、ザルキシスは天使達を追うどころではなかったのでしょうね。だとしたら暗黒騎士達は重要な情報を得たのかもしれないわね。少し探った方が良いかもしれないわよ。アルフォス」
これで動いてくれるかどうかわからない。
兄のアルフォスは気まぐれなところがある。
「もちろん動くさ。レーナ。モードガルに潜入させたのとは別に、ルヴァニアで諜報をしている者は多くいるからね。状況はわかっているつもりだよ」
「えっ? そうなの?」
ちょっと驚く。
「酷いなレーナ。僕が遊んでばかりだと思っていたのかい」
ごめんなさい。遊んでばかりだと思っていたわ。心の中で謝罪する。
アルフォスが説明する。
目立つ天使ではなく、隠密に優れた人間を大量に潜入させているらしい。
何名かは発見されるかもしれないが、全滅さえしなければ確実に情報が入るはずである。
「なるほどね。それで順調に情報は手に入っているの?」
「それが、ちょっと厳しくてね。ザルビュートの手先に掴まって、そのまま、敵の間者になった者もいる」
ザルビュートを崇める蛆蝿の教団の事は知っている。
この教団は人間達から、忌み嫌われている。
なぜなら、彼らが通った後は深刻な疫病が蔓延するからだ。
疫病は身体を腐らせ蛆の苗床となる。
疫病にかかった者の大半は死ぬ。だけど、稀に生き残った人間は新たな蛆蝿の教徒となり、さらに疫病を広めるために行動するようになるのだ。
アルフォスの手の者達の中に犠牲になった者がいるのだろう。
「そう……。それじゃあ、特に重要な情報は手に入れていないの?」
「いや、そんな事はないよレーナ。暗黒騎士はどうやら傷ついているらしい。そして銀髪の子は一緒じゃない。これは好機だよ」
「なっ?! まさかアルフォス?! 貴方?!」
もしかして、弱っているクロキを狙うのだろうか?
それは何としても阻止しなければいけない。
「そのまさかさ。暗黒騎士が死んだのなら、慰めてあげないといけないからね。さあ、行こうじゃないか銀髪の姫君のところへ」
私はそのアルフォスの言葉でこけそうになるのだった。
まあ、色々とぎりぎりのネタを入れています。
元ネタはわかりやすいです……。
最近どんどん短くなっていきています。
もっと気合をいれないといけないと思うこの頃です(;><)