死の饗宴
◆吸血鬼伯ジュシオ
「偉大なる。偉大なる。死の君主に血を捧げよ
偉大なる。偉大なる。死の君主に臓物を捧げよ
ミナの子等の首を刎ね。その血で大地を清めよ。
その首で死の御子らの旗印とせよ。
皮を剥ぎ、骨を飾れ。
ミナの子の嘆きを世界に響かせよ」
幽霊の歌姫達の歌声が聞こえる。
幽霊の歌姫達が歌うと、スケルトン達が骨を叩く。
カラカラと骨の音に合わせて、吸血鬼達が踊る。
吸血鬼は死の貴族だ。
偉大なる死の君主の帰還を、祝うためにこのモードガルへと集まったのである。
私は宴が開かれている大広間を歩く。
前を歩くとゾンビの道化が楽しげに通り過ぎる。
右横を見ると、自らの首を皿に載せた新米ゾンビの少女が、貴族達の杯に血を注いでいる。
左横を見ると厳めしい顔をした死霊が巡回している。
豪華な卓の上を見ると、捕えた天使が串刺しにされて、その肉が切り分けられている。
死の饗宴は始まったばかりであった。
「ジュシオ卿」
歩いていると呼び止められる。
振り返ると、金髪碧眼の美しい少年が一名と、色鮮やかな衣装を纏った数名の女性達が近づいて来る。
少年は見た目だけなら白い肌をした、10歳前後の人間に見えるだろう。
しかし、その姿が偽りである事を私は知っている。
「これはザシャ公子様。お久しぶりでございます」
私は呼び止めた少年に頭を下げる。
彼の君の名は紅玉の公子ザシャ。
姫様の弟君である。
「ああ、久しぶりだ。君に会えて嬉しく思うよ。天使殺し君」
ザシャ公子が意味ありげに笑う。
「公子様、御戯れを。たまたま、打ち勝っただけにすぎません」
天使殺しと呼ばれて困ってしまう。
たまたま、うまくいっただけだからだ。
「ジュシオ卿。謙遜する事はないぞ。胸を張るが良い、さすが姉上のお気に入りだ」
ザシャ公子が笑うと一緒にいる女性達も笑う。
笑うと女性達の口から牙が見える。
おそらく、どこかの貴族か、貴族の令嬢だろう。
ザシャ公子の愛人なのかもしれない。
「申し訳ございません。ザシャ公子様。私は行かねばなりません。そろそろ、姫様の元へと戻らなければ」
「そうか、それは残念だ。また会おうジュシオ卿」
ザシャ公子が去って行く。
私はその後ろ姿を見送ると、主である姫様の元へと行く。
急いで戻らねばならなかった。
先程急に呼び声が聞こえたからだ。
吸血鬼となった私は姫様と精神が繋がっている。
普段は特に何も無いが、緊急事態の時は、どんなに離れていても呼び声が聞こえる。
姫様は先程と同じく謁見をした王の間にいるはずだった。
大広間から王の間へと入ると既に姫様がいる。
その周りに多くの者達が集まっている。
その多くが側近である吸血鬼騎士だ。
姫様の側近には容姿と強さを兼ね備えていなければならない。
その者達の様子がおかしい。
何かがあったみたいだ?
「来たわね。ジュシオ」
私が来た事に気付いた姫様がこちらを見る。
「姫様?お呼びでございますか?何があったのでしょうか?」
私は姫様の前に行くと膝を床に付け、頭を下げる。
「ええ、呼んだわジュシオ。どうやら、迷える鳥が入り込んだようなのよ」
姫様が意味ありげに笑う。
「小鳥ですか?」
「そうなのよ。ジュシオ。迷える小鳥よ。さて、そろそろ良いわ。ザルビュート。ここにいる者達に説明をしなさい」
姫様がそう言うと法衣を纏った者が出て来る。
その法衣を纏った者は頭巾を目深に被り顔がはっきりと見えない。
しかし、その頭巾の影の中から巨大な一つ目だけははっきりと見える。
この一つ目の御方こそ蛆蝿の大僧正と呼ばれるザルビュート様である。
偉大なる死の君主の御子の中で、姫様の次の席次の方でもある。
蛆蝿の大僧正と呼ばれるだけに、その全身には、おびただしい蝿を纏わりつかせ、強烈な死臭を漂わせている。
美しい者が好きな姫様も普段はこの御方と付き合おうとはしない。
その御方が出て来るのだから、よほどの事が起こったのだ。
「それでは姉上に代わり、この拙僧が説明させてもらうとしようかのう。単刀直入に言ってこのモードガルに許可なく侵入した者がおる。何らかの手段で姿を隠しているようだが、父上の目はごまかせぬ。そして、捕縛を命じられた。そなたらにはその侵入者を捕えてもらいたいのだよ」
僧正様が説明するとその場の者達からどよめきが上がる。
「さて、聞いた通りよ貴方達。何者かはわからないけど我らが都に入った事を後悔させてやろうじゃない。可能ならば生け捕りに、少数なのはその者が気付かれたと悟らせぬためよ。まあ、無理なら殺すしかないわね」
姫様は嗜虐的な笑みを浮かべる。
侵入者をどのように痛めつけてやろうか考えているみたいだ。
「さて、すでに。すでに拙僧の可愛い蝿達が探しておる。そなたらも動いて欲しい」
◆暗黒騎士クロキ
死の都モードガルは幽幻の霧の中に包まれた都だ。
都は以前に行った事のある聖レナリア共和国並みに広い。
その中を自分はビクビクしながら歩く。
姿はいつでも戦闘に入れるように、暗黒騎士の姿になっている。
ここはすでに敵中だ。
霧の中から幽霊の歌声が聞こえて来る。
目の前をスケルトンやゾンビが踊っている。
いかめしい骸骨の顔をした死霊もどこか楽しげだ。
今まさにモードガルはカーニバルの真っ最中だ。
「クロキ様ぁ……。怖いですぅ……。早く出たいですぅ……」
懐にいる闇小妖精ティベルが震えている。
無理もない。ここは瘴気が濃い。
ティベルも自分の魔力で守ってやらなければ、既に死んでいるかもしれない。
通りには石畳では無く、様々な生き物の骨が敷き詰められている。
そのため歩く度に軋む音がするような気がする。
都市の建物も骨だ。
角の柱となった様々な生き物の頭蓋骨が、こちらを見ている気がする。
骨で無い場所には、青く光る石が突き出している。
その石には魂のようなものが出たり入ったりしている。
いかにも死の国という感じだ。
「ごめんねティベル。怖かったら外で待っていても良いんだよ」
「あうう。でも駄目ですぅ。クロキ様といなければ駄目なのです」
ティベルが泣きそうな声で言う。
本当に大丈夫なのだろうか?
「それよりも、本当に大丈夫でしょうか?クロキ様ぁ」
ティベルが自分の手を見て言う。
自分の手には霊除けの香炉がある。
この香炉にはキフィが入っていて、良い匂いの煙を漂わせている。
キフィとは魔法の香の事で、悪霊等から身を守る効果がある。
キフィを焚くとアンデッドから身を隠す効力と、近寄らせない効力がある。
この香炉が有る限り、この地のアンデッドは自分達に気付かないはずであった。
「多分、大丈夫だよ。ティベル。何しろあの大魔女様の特製だからね」
キフィはヘルカートが調合してくれたものだ。
ヘルカートは薬だけでなく、魔法の香も調合できる。
魔法の香には様々な種類があり、眠らせたり、癒したりできる。
そのため香を調合できる者は、重宝される。
薬師という職業の他に、調香師という職業もあるぐらいだ。
自分とティベルはモードガルの中を歩く。
鬼火が灯った蝋燭を持ったゾンビがすぐ目の前を巡回するが、気付かれない。
「今度もやりすごしたな……。でも、気付かれているかどうかはわからないな?」
道化の言葉を思い出す。
クーナの従者である道化は別行動をしている。
彼が何をしているのかわからないが、何となく大丈夫そうな気がする。
そして、自分達も今の所気付かれている様子は無い。
上空を蝿が通り過ぎる。
香炉には虫除けの効果もあるので蝿は近づけない。
そして、おそらくこの蝿は蛆蝿の大僧正の使いだろう。
自分は前もってザルキシスの子供達について調べた知識を思い出す。
蛆蝿の大僧正は鮮血の姫ザファラーダと同じく腐敗と疫病を司る神だ。
この神の寵愛を受けた者は肉体が腐り、蛆蝿の苗床となる栄誉を得る。
そして、より多くの者に神の愛を広めようとする。
ただ、この寵愛のほとんどが人間に向けられている所に何か悪意を感じる。
周囲のアンデッドを見る。ほとんどが元人間だ。
おそらく、エリオスの眷属を狙っている。
エルフやドワーフも狙っているのかもしれないが、数が少ないので人間だけが目立つのだろう。
「クロキ様。吸血鬼が近くにいますぅ」
ティベルが小声で知らせてくれる。
ティベルの感知能力は自分よりも高い。目で見えない距離でも、存在を感じ取る事ができる。
そして、香炉では吸血鬼の目まではごまかせない。
そのため、建物の影に隠れる。
「さて、どうしようか? このまま歩き回っているだけなのもな……。吸血鬼等を捕えて情報を引き出そうか?」
現在モードガルを歩いているだけだ。
情報収集が全く出来ていない。
本来なら、中央の建物に向かうべきだろう。そこなら、必要な情報が手に入るだろう。
ただし、その建物はこのモードガルでもっとも危険な場所らしい。
例え香炉を持っていても、気付かれる可能性が高い。
だから、代わりに吸血鬼を捕えようと思ったのだ。
「クロキ様ぁ~。やめてください~。今は危険ですぅ~。道化に任せるべきですぅ~」
ティベルが泣きそうな顔でとめる。
何故、ティベルが危険だと言うのか?実は自分達以外にも侵入者がいるみたいなのである。
道化が、蝿の動きからそれに気付いたそうだ。
ぶっちゃけ、どうして、蝿の動きでわかるの?と聞きたい。
しかし、あの道化から聞き出すのはすごく疲れる。だから、やめておいた。
そして、その侵入者の動きが読めない。だから、中央に近づかずに様子見をしている。
そのため、不気味なカーニバルを見るはめになっているのである。
「わかっているよ。ティベル。ただ、様子を見るだけなのはつらいからね」
そう言うとティベルがほっとする顔を見せる。
よほどの側近じゃない限り吸血鬼が何かを知っているとは思えない。
道化を待つのも疲れる。
彼は単独で何かを探っている。
もっとも、それが何かわからない。
そんな事を考えている時だった。
「クロキ様ぁ~。どうやら、何かあったみたいですぅ~」
ティベルが緊急事態を告げる。
確かに、モードガルの様子がおかしい。
この都市を包んでいる霧が生き物のように動き出す。
自分は感覚を広げる。
何かが起こっているのなら、気配ぐらいは感じ取れるはずだ。
そして、すぐ近くで戦いの気配を感じる。
戦いは空中で繰り広げられている。
そのため、建物から少し顔を出すだけで見る事ができる。
幽幻の霧が蠢いているが、何とか見る事ができる。
光る翼を持つ者達が、幽鬼の騎士と吸血鬼騎士を相手に戦っている。
「あれは天使?」
翼を持っている者達は天使で間違い無いだろう。
おそらくアルフォスの手の者達に違いない。
天使の数は4。男性天使が3名に女性天使が1名だ。
それに対して幽鬼の騎士と吸血鬼騎士の数は40以上はいる。
数の上ではアンデッド側が優勢だが、天使達は負けていない。
天使族は上位であれ下位であれ、光と癒しの魔法を得意とする。
光や癒しの魔法を苦手とするアンデッド達には戦いにくい相手だ。
本来なら天使にとって数が多くても勝てる相手だ。
しかし、幽鬼の騎士も吸血鬼騎士も健在だ。
この土地はアンデッドに有利に働く、そのため天使達も相手を倒せずにいるようだ。
「このままじゃまずいな……。死の御子達が出て来たら、天使といえどお終いだ」
ザルキシスの子供達は天使よりも強いはずだ。
だから、アンデッド達をさっさと倒して逃げる必要があるだろう。
しかし、彼等はそれが出来ないでいるようだ。
幽鬼の騎士も吸血鬼騎士は巧みに相手を逃がさないように戦っている。
その中でも一名の吸血鬼騎士の動きが特に良い。
その白い蝙蝠の羽を持つ、吸血鬼騎士は天使の光の魔法を無効化している。
もしかすると一騎でも天使と渡り合えるかもしれない。
その白い羽の吸血鬼騎士のために天使達はかなりの苦戦を強いられているようだ。
「ティベル。助けるよ」
自分はそう言うと魔剣を手にする。
するとティベルは意外そうな顔をする。
「駄目ですよ~。天使なんか、無視しましょうよ~」
その言葉に首を振る。
「いや、彼等は中央の建物から出てきた。もしかすると、ザルキシスの企みを突き止めたのかもしれない。天使はこちら側では無いけど、助けておけば後で何かわかるかもしれない。ティベル、悪いけど離れていて。君なら香炉が無くても身を隠す事が出来るはずだ」
天使達とナルゴルは敵対している。
しかし、ザルキシスはそんな天使達と共通の敵である。
だから、今は協力するべきだ。
香炉の火を消す。
ティベルも虫と同じように香炉の煙は苦手だ。だから、香炉は意味がない。
だけど、小妖精は隠れるのが得意だ。
瘴気も自分の魔力で遮断している。しばらくは離れていても大丈夫のはずである。
「駄目ですぅ~。危険ですぅ~。後でクーナ様に怒られますぅ~」
ティベルはなおも引き留めようとする。
しかし、一刻の猶予も無い。
引き留めるティベルを置いて自分は空を飛んだ。
1章の改稿を行いながら、WEBの続きを書く、
頭の切り替えがうまくできない。゜(>д<)゜。!!
そのため、ちょっときつかったりします。
ザルビュート。ベルゼビュートが名前の元ネタ。まんまナ〇グル様ですね……。
ザシャ。元ネタ特に無し。
そして、明日宝島社様と協議をします。上京します(`・ω・́)ゝ