嘆きの森
◆暗黒騎士クロキ
クーナ達と別れ、ルヴァニアの地へと入る。
ルヴァニアの周囲には侵入者を感知する結界が張られている。
クーナの蝶の力で結界をすり抜ける事はできるが、大勢で行けば気付かれる。
そのため、最少の人数で行くしかない。
また、結界の中には転移を阻害する魔法がかけられている。一度入ったら転移魔法で脱出するのは難しいだろう。
同行するのは闇小妖精のティベルと意思を持つ道化人形。
自分達は急ぎザルキシスがいるであろう、死都モードガルへと向かう。
気付かれる可能性があるので、空を飛んではいけない。
そのため地上を走って行く事になる。
幸い、ルヴァニアの地はジプシールに比べてはるかに小さい。
自分の足なら、短時間でモードガルへと行けるだろう。
そうして、今雪が残る大地を走っている。
ルヴァニアの地は氷の海に近い、大陸北部にある。
今は風の季節なので大丈夫だけど、氷の季節になると、雪に埋まると聞く。
そして、雪は北の沿岸部よりも山が近い内陸部で深くなる。
そのため、氷の季節の次の季節である風の季節でも、雪が残るのは珍しい事では無い
「大丈夫? ティベル?」
自分の懐に入っているティベルに聞く。
小妖精は生命力が豊富な森に住む。
そして、ルヴァニアは生命力とは真逆な、瘴気が濃い土地だ。闇小妖精のティベルにはきついのでは無いだろうか?
「今の所、大丈夫、大丈夫です。クロキ様ぁ~。生命力の強いクロキ様の近くなら、大丈夫です~」
ティベルが楽しそうに言う。
自分の側にいるから大丈夫とはどういう意味だろうか?
しかし、見る限り元気そうなので安心する。
「旦那様~。この辺りはまだまだ大丈夫ですよ~。人が住んでいるのを見ましたでしょ~。生き物はまだまだ生きていけるよ~。大変なのはこの先なのさ~」
道化が笑いながら説明する。
確かに来る途中で人里らしき場所を発見した。
死神が支配する土地であるにもかかわらず、人がいる事に驚きだったりする。
「確かにそうだね。まさか、人がいるとは思わなかったよ」
「彼らは家畜だよ。死の貴族に飼われているのさ~」
「えっ? そうなの」
驚きを隠せない。
もし本当なら助けてあげるべきだろうか?と迷う。
しかし、潜入調査を目的としている以上は、気付かれる事はできない。
ルヴァニアは生きるのが難しいが、決して生きていけない土地では無い。
ルヴァニアの北には、海に面したアレマニアの地があり、そこは人間の支配する国がいくつかある。
また、道化が説明するところによれば、通り過ぎたのはサンショスという村であり、領主は吸血鬼だそうだ。
かなり、詳しい説明だなと思う。
この道化はどうしてそんな事を知っているのだろうか?
それに、人形にしては高い魔力を持っているように感じる。
ただの人形では無い。
人形の制作者は誰なのだろう?
考えられるのはヘルカートである。
大魔女ヘルカートならば、これほどの意思を持つ人形を作る事ができそうな気がする。
そして、人形を弟子であるクーナにあげたのだろうか?
帰ったら聞いてみようと思う。
「さて、もうすぐ嘆きの森だよ。僕がいるから大丈夫だと思うけど、ティベル君、姿を隠す魔法を用意してね」
「ふん。言われなくても、わかっているよ~だ。道化」
ティベルが道化に向かってべーと舌を出す。
闇小妖精のティベルは隠形や姿を隠す魔法に優れ、またクーナの蝶と同じように、どんな転移が阻害された場所でも転移できる。
もっとも、転移できる距離が短いのは同じだ。
そして、気になるのは何故道化がいると大丈夫なのだろう?
そんな事を考えながら走っていると、見るからに気味の悪い森が見えてくる。
森の木々は葉が無く、枯れ木の様であり、奇妙にねじ曲がっている。
あまり入りたいとは思わない森だ。
「見えて来たよ。あれが嘆きの森なのさ、にひひひひ。気を付けないと、森に魂が奪われちゃうよ~」
道化が気味の悪い笑い声を出す。
懐のティベルが本当に嫌そうな仕草をする。
気持ちはわかる。
ヘルカートはもう少しまともな性格に出来なかったのだろうか?
心底そう思う。
しかし、そんな事を考えても仕方が無いので、嘆きの森へと入る事にする。
嘆きの森は枯れた木でできた森みたいで、どの枝にも葉は無い。
しかし、枝はよく伸びていて、それが頭上で複雑に絡まり、森の中を暗くしている。
死都モードガルはこの森の中にあるらしく、地上を行く時は必ずこの森を通らなければならない。
「何か、不気味な森~」
ティベルが森の様子を見て、震えている。
確かにティベルの言う通り、この森は不気味だ。
時々、呻くような不気味な声が森の中を木霊している。
おそらく、風が吹き、枝の隙間を通る時に、このような呻き声に似た音が鳴るのだろう。
もしかすると、これが嘆きの森の由来なのかもしれない。
こんな不気味な森は早く通りすぎるに限る。
「おっと! ダメだよ~。旦那様~。僕から離れると森が襲って来ちゃうよ~。けけけけ」
走る速度を上げようとしたら、道化に止められる。
「森が襲う? どういう事だい?」
「言葉通りだよ。旦那様~」
意味がわからない。
森の木々を改めて見る。
木々はとても不気味だ。木の幹のあちこちに瘤ができている。
その瘤の中には人間の顔のようなものが、幾つか見受けられる。
「えっ?!」
思わず声が出てしまう。
人間の顔をした瘤が動いたのだ。
目の部分が動き、口元が開いている。
自分はその瘤に近づく。
まぎれも無く、人間の顔だった。
虚ろな目をして、時々呻き声を上げている。
先程から聞こえて来る呻き声は風の音では無かった。
「これは……。どういう事だ?」
「ふふっ、旦那様。これは、この木に魂を吸われた者のなれの果てさ~」
「なれの果て? どういう事だい?」
「この森は生者を許さない。近づく者は森に魂を吸われこうなるのさ~。見てよ旦那様。彼の体はきっとあれだね~。きゃははは」
道化が指した先には木の枝に絡まった人間の死体がある。
死体は干からびて動かない。
武装している所を見ると生前は戦士だったのだろう。
森に入った死の眷属以外の者は木の枝につかまり魂を奪われるのだと、道化は説明する。
「この武装は北のアレマニアの物だね~。きっと、ぼ……、死の貴族の討伐に来た戦士の1人なのかな? 馬鹿だね~。わざと人間が来やすくしているのに、のこのこと来るなんて」
道化が馬鹿にした様に干からびた死体の頬を指でつつく。
その言葉は気になる。
「来やすくしている、だって?」
「そうだよ。やろうと思えばさ~、ルヴァニアの地に人間が立ち入る事ができないようにできるはずさ。だけど、そんな事はしてないよね~」
確かにそうだ。
あのザルキシスなら人間が立ち入らないようにする事も可能だ。
しかし、そうはしていない。
周囲を見ると人間の戦士の死体がいくつも見える。
おそらく、死の眷属を討伐しに来た者達かもしれない。
「なぜ?こんな事を?」
「それはね~。苦しめるためさ~。エリオスの眷属をね~。にひひひひひ」
「そのためにこんな事を? 彼等の魂を救う方法は?」
「そうだね~。捕えている木を燃やしてしまえば、魂を解放できるはずだね~。でも、そんな事をすれば気付かれるよ~。今はやめた方が良いかもね~」
確かに道化の言う通りだ。
この森を燃やせば、ザルキシスに気付かれるだろう。
「わかった。確かに君の言う通りだ」
「ありがとう。理解してくれて嬉しいよ~」
そう言って道化が木の枝からするりと死体を抜き取る。
木はもう死体には興味が無いのか、あっさりと明け渡す。
道化が死体の手を取り、踊り歌う。
「勇敢なるアレマニアの戦士♪
死の王を討伐せんと赴かん♪
死霊群れを乗り越えて~♪
嘆きの森へとたどり着かん♪
戦士は目指す死の都♪
だけど枝に足を取られて、すってんてん♪
後は皆様想像通り♪
枝が体に巻き付いて♪
戦士は森の一部となる♪
どうして、こんな森に来たのかと♪
戦士は毎日嘆き泣く♪」
道化の声に合わせて、嘆きの声が木霊する。
ティベルが震えているのが、わかる。
自分も聞きたい歌では無い。
「やめるんだ道化。先に進もう。死の都はもうすぐなのだろう?」
「は~い。わかりました。じゃあねえ戦士君。僕達は死の都に進むね」
道化が戦士の亡骸を彼の顔がある木の幹にそっと横たえる。
この道化からは何か嫌なモノを感じる。
しかし、同時に自分を助けようともしている。
だから、彼の行為に目を瞑る。
こんな森は早く通り過ぎよう。
そして、自分達はモードガルへと向かうのだった。
ごめんなさい今回は短いです……。
そして、クロキ達は強いから、大丈夫だけど、普通の人にとってこの世界は生きるのが難しい世界だったりします。
嘆きの森の設定。調べてないけど、別の誰かが考えていそうな気がします。
何となく誰もが思い付きそうです……。
もっと、想像力が欲しいです (TwT。)