ナルゴルの神々
◆暗黒騎士クロキ
雌蟷螂の女官に案内されて魔王城の廊下を歩く。
廊下はとても広く、巨人でも歩く事が出来そうだ。
もしかすると本当に巨人サイズの者のためにこの廊下が作られたのかもしれない。
何しろモデスの仲間には全長10メートルを超える者もいる。
そのような者のためにも廊下は広く作っているのだろう。
やがて大きな扉の前へとやってくる。
この扉も巨人が通れそうな程だ。
「どうぞ閣下。中で陛下がお待ちです」
雌蟷螂の女官は頭を下げると扉が勝手に開かれる。
予想通り中はかなり広い。
おそらく魔王城の部屋の中でも最大だろう。
広間は輝く宝石で彩られていて、とても明るい。
その大広間へ足を踏み入れる。
「良く来たなクロキ。既に皆揃っているぞ」
入ると魔王モデスが出迎えてくれる。
モデスの他に、大広間には宰相であるルーガスと大魔女ヘルカートに鍛冶神ヘイボスに暗黒騎士団団長のランフェルドがいる。
他にも異形の者達がいて、自分を見ている。
この異形の者達は神族。魔王モデスを盟主とするナルゴルの神々である。
これから神々の会議を始めるのだ。
そのため、この大広間にいるのは全て神族、もしくは神族と同等とされる者だけだ。
ヘイボスはエリオスに属する神であると同時にナルゴルの神でもある、そのためここにいる。
ランフェルドは神族では無いが神と同等の力を持つ者としてこの会議に出席している。
そして、神族だが、この者達はモデスの仲間という位置づけである。
ルーガス等の一部を除き、彼等は配下というわけでは無い。
そのためモデスは彼らに命令する事は出来ない。
例えばヘルカートがそうだ。モデスは彼女に命令をする事は無い。
モデスはあくまで彼らの盟主であり、何かあれば要請するだけである。
これはエリオスも同じらしく、オーディスも絶対の権力を持っていないそうだ。
「クロキ先生! お久しぶりです~!」
広間に入ってしばらくすると姫であるポレンが駆け寄って来る。
まだ、変身は安定しないらしく美少女の姿では無い。
「お久しぶりです殿下。殿下も出席されるのですか?」
「はい先生。御父様が私も出席しても良い頃だと言われましたので、それに御母様の代わりでもあります」
ポレンの言う通りモーナの姿が見えない。
どうやら出席していないみたいだ。
まあ何となく理由はわかる。
ポレンがきょろきょろと自分の周りを見る。
「先生。クーナ師匠は来ていないのですか?」
ポレンが首を傾げる。
「ああ、クーナは来ていないよ」
クーナもナルゴルに属する神族。
一応参加できる。
しかし、会合に興味が無いのか御菓子の城で留守番をしている。
「そうですか。残念です。久しぶりにお会いしたかったのですが」
ポレンが残念そうに言う。
ポレンは何故かクーナに懐いている。もっとも、クーナの方はポレンを特に何とも思っていないようである。
当然その事はポレンには言えない。
ポレンと話をしている時だった。
突然頭上に影が差す。
見上げると身長6メートル以上の巨大なマーマンがそこにいた。
そのマーマンは太っていて、腹がでっぷりと出ている。
マーマンは見降ろした状態で自分を見て笑っている。
「会うのは2度目やな。暗黒騎士。わての事はちゃんと覚えてんか?ダラウゴンや」
海神ダラウゴン。
それが巨大なマーマンの姿をした神の名だ。会うのは2度目である。
彼はモデスの友人である。
ダラウゴンは腹をボリボリと掻きながら自分を見降ろしている。
彼は普段はナルゴルに住んでおらず、遥か西のセアードの内海に住んでいる。
会合のためにこのナルゴルまで来たようだ。
そのダラウゴンは自分の周りをきょろきょろと見ている。
どうしたのだろう?
「もちろん覚えていますよ。ダラウゴン殿。お久しぶりです。それからどうしたのです?自分の周りを見て」
「いやな。おめえはんと一緒におった美少女がおらんなと思うてな」
なるほど、わざわざ挨拶に来たのはクーナ目当てですかい。
「あー。そうですか……。クーナなら来てませんよ」
自分がそう言うとダラウゴンは手で顔を押さえ天井を仰ぐ。
「くはー! そうか! そいつは残念やな! モーナはんも来とらんし! 花が無いわ!」
ダラウゴンは残念そうだ。
横でポレンがジト目で見ている。
それを聞いたダラウゴン以外の男神々もどこか残念そうだ。
実はクーナはナルゴルの男神々が嫌で出席しなかったのだ。おそらくモーナも同じ理由で出席しなかったのだろう。
しかし、その事は言えない。
「失礼ですがダラウゴン様。花なら私とヘルカート様がいますが」
自分とダラウゴンの会話を聞いていた女官長のエンシェマが会話に割って入る。
雌蟷螂女帝と呼ばれるエンシェマは、女官長であると同時に大魔女ヘルカートに従属する者でもある。
明確に神族とは言えないが、ランフェルドと同じように出席している。
「えっ?えーと。まっ、まあ。そうやな。すまんかったエンシェマはん」
ダラウゴンはがはははと笑う。
どう見ても本心から言ってはいない。
エンシェマは綺麗な女性の姿をしているが、その正体は青銅の足を持つ巨大な雌蟷螂だと聞いている。
本当の姿を見たことは無いが、かなり恐ろしい姿らしい。
花にしても棘が有りすぎるだろう。
それにしても、ここにいる神々のほとんどは男性である。
元々モデスの仲間であるナルゴルの神々には女神が少ない。
まだ、ジプシールの方が女神が多かったりする。
ちなみに今日出席しているのはポレンとヘルカートとエンシェマ。
それにトロル達の神、山の女神トゥローラの娘である谷の女神ムーミぐらいだ。
ムーミもまたトロルの崇める神であり、柔らかい苔が体を覆っている所から緑の淑女と呼ばれる。
すごく優しい性格で、従属するトロルも穏やかな性格な者が多い。
「まあ、別に構いませんが」
エンシェマは興味無さそうにそっぽを向く。
彼女も言ってみただけで本気で怒ってはいないのだろう。
ポレンの話によれば実はエンシェマはかなりの美少年好きらしい。
そう考えれば中年太りっぽいダラウゴンは好みでは無いはずだ。
「それよりも皆様がお揃いのようです。そろそろ、会合を始めるべきだと思います。閣下も姫様もよろしいですか?」
エンシェマの言葉に自分とポレンは頷く。
会合に参加している神々はサイズが違うので席は用意されていない。
そのため各々が独自の場所に立つか、そのまま床に座る。
自分はポレンと共に並ぶ。
「さて、全員そろったようだな。始めるとしよう。今回の事だが、皆の知っての通りザルキシスが力を取り戻した。エンシェマよ、奴について集めた情報を述べよ」
盟主であるモデスがそう言うと神々が騒がしくなる。
それだけ、ザルキシスは有名なのだろう。
エンシェマが前に出る。
「はい陛下。その死神ですが、ルヴァニアの地にいるそうです。おそらく、かつて自身の都であるモードガルに戻ったのだと思われます。どうなさいますか?」
そう言ってエンシェマは周りを見る。
神の中には自身の住処となる場所を持つ者がいる。
例えばラヴュリュスは迷宮都市ラヴュリュントス、セクメトラは黄金の都アルナックがそうだ。
そして、死の都モードガルはかつてザルキシスの住居と聞いている。
生存が確認された後も戻ってはいなかったらしいが、力を取り戻した事で、ようやく戻ったようだ。
「ルヴァニア? かの地は元々ザルキシスが支配していた場所。戻っても不思議ではありませんな」
ルーガスが髭を触りながら言う。
ルヴァニアという地に聞き覚えは無い。後で調べよう。
「確かにそうだな。ルーガス。さて、どうするか?」
モデスが考え込む。
モデスとザルキシスは敵対関係にある。
そもそもザルキシスが力を失ったのはモデスに負けたからだ。
そのザルキシスが力を取り戻した。モデスに復讐をしようとするかもしれない。
しかし、居場所がわかったのだから、こちらから攻める事も可能だろう。
「どうする必要も無いと思うがね。奴らが最初に狙うのはエリオス。ザルキシスは冷静な男だ。こっちを狙わずに、あっちを狙うはずさ。互いに潰し合わせておけば良いさね。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートが笑う。
ヘルカートはエリオスの事が好きでは無い。
そのため、エリオスがどうなろうと構わないみたいだ。
しかし、それではヘイボスが危ない。
「ヘイボスよ。オババはエリオスを狙うと言っているが、エリオスの方はどうなのだ?対応をしているのか?」
モデスが心配そうにヘイボスに聞く。
「オーディスは動いておる。このヘイボスには知らされておらぬが、おそらくザルキシスがルヴァニアにいる事は気付いておるよ。聖騎士共が騒がしいからな。しかし、あの瘴気だらけの土地に攻め込むのはせぬだろうな。危険すぎる」
ヘイボスが髭を触りながら言う。
「確かにそうだな。あの地はザルキシスにとって有利な地。下手に踏み込めば並みの者なら危うい。しかし、だからと言って放っておくのは危険」
モデスが考え込む。
何か気になる事でもあるのだろうか?
「ゲロ?どうしたんだい? 坊? 何か気になる事でもあるのかい?」
「オババよ。ザルキシスやディアドナが何を企んでいるのか気になる。何かとんでもない事をしようとしているような気がするのだ」
モデスは、すごく深刻そうな口調で言う。
「ゲロゲロゲロ。心配する事は無いさね。ザルキシスの凍てつく力は坊の黒い炎の前では無力。例えディアドナがいても同じさ。ゲロゲロ。それに、そこの暗黒騎士がおる。何も怖れる事は無いよ」
深刻そうなモデスに対して、ヘルカートは楽観視している。
ザルキシスの凍てつく力は黒い炎を持つ者には効かない。
なぜ、ロクス王国で自分だけは普通に動けたかの理由はそれであった。
つまり、自分ならザルキシスに対抗できる。
「オババよ。奴らの狙いが母の復活でもそう言えるか」
「ゲロ?!」
モデスの言葉にヘルカートが驚く声を出す。
それだけでは無い。
その場にいる神々が騒ぎ始める。
今度はモデスも止めない。
「坊は……。奴らがあの御方を復活させるつもりだと思っているのかい?」
ヘルカートの顔に油汗が流れているのが見える。
ルーガスやダラウゴンに他の神々も恐怖の表情を浮かべている。
それはザルキシスが力を取り戻したと聞いた時の比では無い。
「その通りだオババ。方法はわからぬ。しかし、ザルキシスは力を取り戻した。復活の方法が無いとは思えぬ。どうだルーガスよ、そうは思わないか?」
モデスがルーガスを見る。
「確かに絶対に不可能とは限りませぬ。このルーガスにも知らない事はありますので。それに可能かどうかは別としてディアドナとザルキシスならば、復活は考えそうな事です陛下」
ルーガスが首を振って答える。
その顔はどこか不安そうだ。
「ゲロッ。確かにそれは一大事だね。これはぜひとも確認したいところさね。誰かモードガルに入って様子を見に行けるものはいないかね?ゲロゲロ」
ヘルカートが神々を見る。
しかし、ほぼ全員がそっぽを向く。
ダラウゴンはわざとらしく口笛を吹いている。
「ヘルカート殿。それは無茶というものです。あの地はおそらくザルキシスの凍てつく力で満ちています。あの力に対抗できるのは黒い炎を持つ、我らが盟主のみと思いますよ」
一柱の神が前に出る。
下半身が馬になった男神、風の賢神サジュタリス。
サジュタリスはケンタウロスが崇める四柱の兄弟神の末弟だ。
好色で暴れ者である兄と違い唯一理性的である。
普段はキソニア平原に住んでいるが、ダラウゴンと同じく会合に参加するためナルゴルへと来た。
また、サジュタリスは武技に通じていて、特に弓に関してはアルフォスと互角の腕前らしい。
「サジュタリスの言う通りだオババ。あの地に直接入るのは危険だ。まずは外から奴らを監視する。それから、皆で知恵を出し合おう」
「しかし、それだと遅いかもしれないよ。坊」
ヘルカートが溜息を吐く。
「お待ちください! ヘルカート様! 私が行きます! 黒い炎を持つ私ならば死神に対抗する事が出来ます」
出てきたのはランフェルドだ。
「駄目だ! ランフェルド卿!」
しかし、モデスが即座に止める。
「ザルキシスは強い。凍てつく力に対抗できても、奴の力はそれだけでは無い。卿では勝てぬ」
ランフェルドが悔しそうにする。
「その通りだよ。ランフェルド。お前さんは強い。しかし、ザルキシスはもっと強い。だから、お前さんでは無理だよ。だけど、そこの暗黒騎士ならどうだろうね。ゲロゲロ」
ヘルカートがそう言うと自分を見る。
その目から何が言いたいのかわかる。
つまり、自分に行けと言いたいようだ。
「えーっと……。ならば自分が行きましょうか?」
そう言うとヘルカートがにんまりと笑う。
それに対してモデスは心配そうな顔をする。
「クロキよ。確かに、もし、あの地でザルキシスに勝てる者がいるとすれば、このモデスの他はお主しかおるまい。しかし、それでも危険で有る事に変わりは無い。奴らが何をしようとしているのか気になるが、無理はさせられん」
しかし、モデスの言葉に首を振る。
モデスやこの場にいる神々の様子を見る限り、ザルキシスを放っておくのは危険なのは間違いない。
少し考える。
あの死神と対峙した時、すごく危険な気配を感じた。
生とは真逆の存在。そんな感じだ。
そのザルキシスが何を考えているのか気になる。
だから、様子を見に行きたい。
なぜなら、自分もこの世界に生きる者なのだから。
おそらく、ヘルカートの言う通り、自分が一番適任なのだろう。
「いや、それでも行くよ。もちろん危険だと思ったら即座に撤退する」
はっきりと言う。
そして、自分とモデスの視線が交差する。
少しの時間が流れる。
「そうか、気を付けて行くのだぞクロキ」
モデスが諦めたように溜息を吐く。
どうやら、自分が本気だとわかったのだろう。
モデスの言葉に頷く。
さて、クーナに何て言おう。
八章2話です。
一日に二度投稿は久しぶりだったりします。
今回はザルキシス達との戦い。吸血鬼等が出ます。
モードガルの語源はモートとネルガル。どちらも死の神。
次回はモードガルにはまだ行かずに、レーナとクーナが出ます。
ちなみに前回で書き忘れていましたが、今回はレイジ達の出番はほぼ無いです。