過去の幻影
◆日本人の青年クロキ
「こらー!クロキ!起きなさーい!」
眠っていると突然誰かに起こされる。
目を開けると天井が見える。
間違いなく日本の自分の部屋だ。
首を動かし横を見ると
幼馴染のシロネが怒った表情で自分を見下ろしている。
「うう、何だい?シロネ?今日は休みじゃ無かったけ?もうちょっと寝かせてよ」
自分が抗議をするとシロネは首を振る。
「駄目!今日は買い物に付き合ってくれる約束でしょ?さっさとそれをしまって起きる!」
そう言ってシロネは自分の下半身を指差す。
身を少し起こして下半身を見ると、トランクスのおしっこをする穴から、無駄に元気な自分の息子が「おはよう」と言わんばかりに大きくなっている。
「ちょっ?!!見ないでよ!!シロネ!!」
慌てて股間を隠す。
シロネは全く慌てていない。
「もう、何度も見てるから今更だってば。それより、早く支度する!」
不平に思いながらも起きる。
シロネはたまに勝手に自分の部屋に入ってくる。
それに対して自分はシロネの部屋に入った事は無い。
これは不公平では無いだろうか?
そんな事を思うが、今更言っても聞かないだろう。
起きて身支度をする事にする。
「ところでシロネ。今日はどこに行くの?」
着替えながらシロネに聞く。
するとシロネは呆れた顔をする。
「何言ってるのクロキ?今日は水着を買いに行く予定でしょ?もうすぐ夏期休暇だし、2人だけで海に行こうって言ったじゃない」
シロネの言葉に首を傾げる。
「あれ、そうだっけ?確かシロネはレイジの別荘に行くって言って無かったっけ?」
「レイジって誰?そんな人は知らないわよ?それとも私との約束を忘れて、別の予定を立てたの?」
シロネは悲しそうな顔をする。
「一応修業のために山に行くつもりだったよ。まあ確かな予定じゃ無いけどね」
夏期休暇はシロネがいないので山で剣の修業をする予定だった。
そして、修業から帰ったらバイトをするつもりであった。
水着は一緒に買いに行ったが、シロネと遊ぶ予定は無かった。
それが本当にあった事だ。
「なにそれ?楽しくなさそう!それよりも、私と遊びに行こうクロキ。そもそも何で修業なんかするの?弱くっても良いじゃない?強くなる必要なんか無いよ」
シロネは屈託なく笑う。
それを見て溜息が出そうになる。
最初は現実に起こった事だけど、途中からは違う。
何もしない自分を無条件に受け入れてくれる人。
シロネは自分にとって、そんな都合の良い存在ではない。
どれだけ自分がシロネを見てきたと思っているのだろう。
「ううん。修業はするよ。勉強だって頑張る。恰好良くなる努力だってやめないよ」
首を振る。
心の中の黒い炎は消えない。
だから、そう答える。
「なんで?努力するのって、とっても辛いでしょ?頑張るのなんてやめなよ」
シロネがらしくもない妖艶な笑みを浮かべる。
「それは違うよ。努力しない事や頑張るのをやめるのは、もっと辛いんだ」
そう言って目の前の偽物を睨む。
おそらく生きる事は戦いなのだ、だから強くなる努力をやめるのは生きる事をやめる事に等しい。
その事に気付かせてくれたのは他ならぬシロネだ。
前はシロネを恨んだ事もあった。
だけど、それは逆恨みで有る事に気付いた。
シロネは美人で凡庸な自分と釣り合うはずも無い。
剣の練習はしていたけど、そこまで努力はしていなかった。
勉強もしてたけど、真剣にした事は無かった。
もっともっと早く頑張るべきだったのだ。
そうすれば、あんな苦しい思いをしなくて済んだのに。
後悔する。
しかし、時は戻らない。だけど、これからも苦しい思いはしたくない。
だから、やめない。
「もう、何でそんな怖い顔するの?えへへへ、実は今日はクロキのためにすっごいいやらしい水着を買おうと思ってるんだ。後で着て見せてあげる!」
シロネが自分の腕にしがみつく。
すっごい水着?!それは見たい!!!
そう考えると、もう少しだけ、この夢に浸っていたくなる。
さすが自分の心だ。弱点がわかっている。
「何やっているの?クロキ?」
後ろから声がする。
振り向くとレーナがいる。
呆れた顔をしている。
心が繋がっているからだろう。
平気で心の中に現れる。
「呼びに来たの?レーナ?」
「そうよ?クロキ?まあ大丈夫だろうとは思ってきたけど、まさかこのまま消えるつもりじゃないでしょうね?」
その言葉に首を振る。
「そんなわけないよ。そんな事は許されない」
シロネがしがみついていない左手を口に持ってくる。
指輪は見えないがその感触はする。
指輪の向こうにはクーナがいる。
彼女をおいて消える事は出来ない。
この指輪の感触が有る限り心の中の黒い炎は消えないだろう。
レーナの反対側のシロネの顔を見る。
目の前のシロネは何も言わない。
虚ろな目をしている。もう優しく微笑む事は無いだろう。
目の前のシロネは自分の中の思い出を元に作った、都合の良い幻影だ。
エクリプスの精神の中に飛び込んだ時に夢を見せられたのだ。
エクリプスは力を奪う者だ。
自分の心の力を奪おうとしたのである。
だけど、この程度では心の炎は消えない。
「だったら早く戻りなさい。いやらしい格好なら私がしてあげるから」
「えっ?本当に?!」
マジですか!と思わず振り返る。
しかし、もうそこにはレーナはいない。
「こりゃ早く戻らないと」
勝利の女神様は簡単に負けさせてはくれないようだ。
それに指輪からも熱を感じる。
このまま負けるなんて恥ずかしい事が出来るものか!
心の中の黒い炎を燃やす。
目の前のシロネが歪むと周囲の景色が闇に溶ける。
重い闇が自分を浸食しようとしている。
だけど、消えるつもりはない。
精神を研ぎ澄ます。
ザルキシスはエクリプスを完全に制御出来ていない。
「負けるか!今度はこちらが攻める番だ!エクリプス!」
心を強く持つ。
黒い炎を広げると、エクリプスの中の蜘蛛の糸を発見する。
黒血の魔剣を振るい、糸を断ち切る。
これでザルキシスの支配は無くなった。
後はエクリプスを従えるだけだ。
黒い炎を広げエクリプスの闇を自分の闇で塗りつぶす。
エクリプスの咆哮が聞こえる。
体が黒い奔流に流される感覚がする。
本当の目を開けるとそこは砂漠の上空。
自分の周りをエクリプスが飛ぶ。
目を瞑るとエクリプスと繋がっているのを感じる。
かなり疲れた。だけど、うまく行ったようだ。
多くの視線が自分に集まっている。
レーナとトトナ達を見ると壁はまだ健在だ。
レーナを見ると疲れた表情をしている。
盾を張った上に精神潜入まで使ったのだから無理もない。
疲れてはいるが、それでも美しさが損なわれていないのだから、大した者だ。
トトナの方を見ると普段無表情の彼女がネルと共に嬉しそうに笑っている。
彼女達の無事を確認するとジプシール勢と蛇の女王勢の中間の砂の上に降りる。
トトナがディアドナとザルキシス達を見る。
ザルキシスは信じられないという表情でこちらを見ている。
「馬鹿な!このザルキシスからエクリプスを奪ったというのか!」
ザルキシスの憎しみの叫び。
ザルキシスはエクリプスを完全に制御出来ていなくて、自分の方が相性が良かった。
だからこそ奪えた。
「中々怖ろしい男だな、暗黒騎士よ!ザルキシスからエクリプスの支配を奪い取るとはな!あの腑抜けのモデスには勿体ない!もう一度訊ねる!このディアドナの仲間になれ!」
蛇の女王が再び勧誘をする。
だけど、そんな事は出来ない。
ピラミッドの中を思い出す。
ディアドナは失敗した部下を平気で処分しようとした。
モデスはそんな事はしない。
信賞必罰が出来ていないだけかもしれないが、自分はその甘さが嫌いでは無い。
それが上に立つ者として不合格だとしても、仲間になるならモデスの方が良かった。
だから、彼女の仲間にはなれない。
「申し訳ありません。蛇の女王。貴方の仲間にはなれません。腑抜けであっても魔王陛下の方が自分には合っているのです」
頭を下げて勧誘を断る。
「なるほどな。貴様も腑抜けか?残念だ……」
蛇の女王が悲しそうに首を振る。
「蛇の女王よ!エクリプスは自分が手に入れました!こちらの形勢逆転です!引いてはもらえませんか?!」
蛇の女王に呼びかける。
エリオスやジプシールはともかく、自分には蛇の女王と戦う理由が無い。
「あはははははは!形勢逆転だと!笑わせるな!暗黒騎士よ!それで勝てるつもりか!なあ、ザルキシスよ!」
突然、蛇の女王が笑いだす。
「その通りだ暗黒騎士!このザルキシスの力はエクリプスだけではない!貴様に死の力の真髄を見せてやろう!」
そう言うとザルキシスの姿が変化する。
下半身の法衣が破けると中から6本の蜘蛛のような足が出て来る。
その蜘蛛の足は鋭利であり、まるで大きな鎌のようだった。
「さあ歌え!嘆きの魂共よ!暗黒騎士に死をくれてやるのだ!」
ザルキシスの法衣が完全に破れると、その体中に浮き上がった無数の顔達が苦しそうに叫ぶ。
「吸い取った者達の魂を取り込んだのか?!」
思わず叫ぶ。
「そうだ!暗黒騎士!貴様の魂を喰らい!エクリプスを取り戻してくれる!」
ザルキシスの姿が完全に人の姿ではなくなる。青ざめた毛のない肌、蝙蝠の上半身に下半身は蜘蛛。
腹だった箇所には巨大な口。
顔には十二の赤い目がこちらを睨んでいる。
「はははは!ザルキシス!貴様が本気を出すのなら、このディアドナも本気を出そう!さあ出て来い混沌の霊杯よ!」
蛇の女王がそう言うと彼女の目の前に大きな一つの杯が現れる。
杯の中から、すごく嫌な気配を感じる。
あの杯の中のモノは絶対に溢れさせてはならない。そんな気がする。
邪神達が騒がしくなる。
邪神の中には恐怖で叫び出す者もいる。
蛇の女王が何をしようとしているのか知っているみたいだ。
それはレーナやトトナ達がいるジプシール陣営も同じで騒がしくなっている。
冷や汗が出て来る。
おそらく、エクリプスを使っても勝つのは難しそうだ。
こちらも全力でいく必要がある。
だけど、竜の力を全開にすると制御ができない。
いい加減認めるしかないがレーナにまた助けてもらう必要があるかもしれない。
それは終わった後の下半身事情も含めてだ。
だから、できれば使いたくない。
「待て!ディアドナ!」
頭上から声がする。
見上げるとそこには黄金に輝く巨大なスフィンクスが飛んでいる。
顔を見て驚く。
その顔は獅子の女王セクメトラであったからだ。
人間に近い姿から獅子に近い姿になっている。
これが彼女の本当の姿なのかもしれない。
「ほうセクメトラか?!まさかお前が出て来るとはな」
蛇の女王が驚いた顔をする。
「そなたが動いていると報告を受けての!急いでこちらに駆け付けたわ!可愛い甥御と娘を死なせるわけにはいかぬからのう!」
有翼人面獅子形態のセクメトラが吠える。
「なるほど!しかし、かつては殺戮の女神と呼ばれていたお前も、今ではエリオスの男に骨を抜かれた腑抜けも同然!このディアドナが負けるとは思えん!」
蛇の女王もすかさずやりかえす。
「それはどうかのう?ディアドナ?なぜ暗黒騎士が助けてくれるのかはわからぬが、その者と妾、それにエリオスの女神の力が加われば貴様達もただではすむまい。ここは互いに引くのが賢いと思うがの?」
セクメトラの提案にディアドナが考え込む。
「確かにそうか。良いだろうここは引いてやる。者共!撤退だ!」
蛇の女王が叫ぶ。
「ディアドナよ!どういうつもりだ!」
予測通りザルキシスが抗議する。
「今は引け、ザルキシス!我らは何千年も待った!必ずや機会は来る!」
ディアドナの言葉にザルキシスが悔しそうな顔をする。
「くっ!わかった!ディアドナよ!暗黒騎士!次は必ず貴様を死の淵へ叩き込んでやろう!」
ザルキシスが下がり距離を取る。
蛇の女王に率いられた邪神達が下がっていく。
どうやら戦いにならなくて済んだようだ。
それにしても疲れた。
自分には精霊使いの素質は無いみたいだ。剣のようにはいかない。
空を見上げると闇の精霊エクリプスと力が弱くなった光の精霊ベンヌが飛んでいる。
ジプシールとアポフィス、光と闇の境であるこの地にふさわしい光景のようだった。
去年の年末頃に1000名の方にブックマークをしていただきました。
それだけでも嬉しかったのですが、無謀にも今年の元旦に今年は3000名の方にブックマークをして頂くぞと願掛けをしておりました。
本当に身の程知らずな願いでしたが、何と現在1万名もの方がブックマークをして下さったのですヽ(≧▽≦)ノ
本当にありがとうございます (´;ω;`)
7章は次とエピローグで終わりだったりします。
実はザルキシス戦を考えていたのですが、エクリプスと連戦になるので長すぎるかもと思い省きました。
アサシンクリードオリジンはすごいですね。ゲームをやる暇は無いのですがトレーラーを見るだけで心が躍ります(*゜∀゜*)ムッハー