勝利の女神来たる
◆暗黒騎士クロキ
自分がメジェドから暗黒騎士の姿になった事で邪神達が騒いでいる。
とまどっているのか、自分を攻撃する気配が無い。
「お前はっ?!!」
レイジが自分を見て呻く。
メジェドの正体が自分だった事に驚いているみたいだ。
溜息を吐く。
正体を見せるつもりは無かった。
出来る限り、後ろにいるつもりだった。
レイジがシロネを救ってくれるなら、自分は影でも良かった。
レイジの眩い輝きが作る日陰者で良かったのに……。
しかし、レイジは自分の後ろで倒れている。
これ以上は戦えない。
ピラミッドは壊れたが目の前の奴らをそのままに撤退するのは難しい。
自分も戦う必要があるだろう。
だから、メジェドの姿から暗黒騎士の姿になったのである。
「貴方があのアルフォスを倒した暗黒騎士ですか?一体私に何の用なのです」
目の前の蠍神ギルタルが自分を見て鬱陶しそうに言う。
ギルタルは自分とシロネの関係を知らない。
だから、自分から敵意を向けられる事が不思議なのだろう。
「用はある。だけど、それを知る必要は無いよ」
低い声で言う。
「ふん。何を怒っているのかわかりませんが。返り討ちにしてあげますよ。あのアルフォスを倒したらしいですが。とても信じられません。その嘘をここで暴いてあげましょう」
ギルタルがそれぞれの手に武器を構える。
ギルタルは四本の腕に四本の脚を持っている。
背中には巨大な蠍の鋏が翼のように広がっている。
臀部の所から長い蠍の尾が伸びている。
体には鎧のように固そうな真紅の外骨格。
その形態から身を屈めれば巨大な蠍のように見えるだろう。
巨大な蠍が身を起こした姿こそが蠍人であり、その神ギルタルだ。
「私の毒の尾で死になさい!!暗黒騎士!!死刺妖毒鞭打圏!!」
ギルタルの蠍の尾が何倍にも伸びて鞭のように撓る。
重心を崩さないように足を動かし、鞭となった尾を躱す。
「ほほう!!これではやられませんか?!!ですが、まだまだ行きますよ!!暗黒騎士!!双剛鋏刃斬!!!」
ギルタルの背中にある2つの巨大な鋏が動き風刃を発生させる。
背中にいるレイジに当たるかもしれないので、両腕を素早く回し風刃を受け流す。
「これでもやられないのですかっ?!!ならばこれならどうですっ!!!」
ギルタルはいらだつ声を出すと、それぞれの腕の武器を振るう。
しかし、これ以上は受け身に回る気は無い。
ギルタルの槍と剣を掻い潜り、間合いを詰める。
「へ?!!」
虫と人間の顔となったギルタルの間抜けな表情。
懐に入られた事が信じられないみたいだ。
「痛い目に会ってもらうよ……」
中に眠る大地の剛竜の力を解放する。
宝石の鱗を持つこの竜の力は凄まじい。
ギルタルの外骨格を打ち砕けるはずだ。
両腕の筋肉が膨れ上がるのを感じる。
竜の力を感じ取ると大地に体重を乗せ、腋を絞め、腰を回し、右腕を高速で突き出す。
「ぐえ!!」
腹を撃ち抜かれたギルタルの体がくの字に曲がり、巨大な牙が生えた口から吐瀉物を吐き出す。
真紅の外骨格がひび割れ緑色の体液が浸みだしてくる。
「汚いな……」
左腕を振るいギルタルの下あごを打ち砕く。
「!!」
ギルタルの声にならない呻き声を聞いた気がした。
そのまま体を回転させるとギルタルの体を地面に叩きつけた後、少し体を浮かせると両足に力を込めて鋏を踏み砕く。
「きひゃまあ!!!」
顎を砕かれたギルタルが叫ぶ。
素早く右腕を動かし、自分の背中に攻撃してきた毒の尾を掴む。
「これがシロネを刺した毒の尾か?不意打ちを狙うならもっとうまくやりなよ」
そう呟くと両手で毒の尾を掴む。
「きひゃま!!なにを?!!ひゃめて!!ほねがい!!」
自分が何をしようとしているのか理解したギルタルが懇願する。
だけど、聞いてあげない。
そのまま毒の尾を引き千切る。
「ひぎゃーーーー!!!!!!!!!!!ブリュウリュー!!!!!!!!」
妹の名を呼びギルタルが悲鳴を上げる。
その目には涙が溢れている。
自分はそのギルタルの腹を蹴り、邪神達の元へと飛ばす。
受け止めてもらえずギルタルはそのまま地面に落ちる。
邪神達は信じられないという表情で自分とギルタルを見比べる。
「おい!!あのギルタルが簡単にやられたぞ!!」
「ああ!!信じられねえ!!あの上から目線のギルタルが簡単にやられるなんて!!」
「澄ました顔で俺達と一緒にされたくないとほざくギルタルがそんな簡単に……。」
「二枚目気取りで、アルフォスの次に美男のつもりのギルタルが負けるなんて信じられねえ」
「ちょっと体にぶつかったぐらいで仲間であろうと半殺しするギルタルよりも怖ろしい奴がいるとはな」
「ああ、ギルタルは強くて怖ろしい。俺なんかあいつの女と話しただけで体を斬り刻まれたぜ、しかし、そのギルタルが全く敵わないなんて……」
もしかしてギルタル嫌われている?
そんな考えが頭に浮かぶ。
しかし、今はそんな事を考える暇は無い。
ザルキシスやディアドナは戦うつもりは無いのか、先程から自分とギルタルの戦いを見ているだけだ。
自分はレイジの襟首を掴むと暴れるのを無視してトトナ達の所へと戻る。
「レイジ君!!大丈夫!!」
レイジを地面に降ろすとチユキが駆け寄る。
「ああ、大丈夫だチユキ。それよりも……」
レイジが自分を睨む。
助けて欲しく無かったのかもしれない。
その気持ちはわかるつもりだ。
「この尾でもシロネを救えるはずだ」
レイジの視線を無視すると蠍の尾をチユキに渡す。
「貴方……。もしかして?」
チユキはシロネを救うために来たのかと言いたいようだ。
しかし、その言葉に答える気は無い。
元々影に徹するつもりだった。だから、もう良い。
「クロキ、どうしたの?何だか怒っているみたいだけど?」
トトナが不安そうな顔をする。
「何でも無いですトトナ。心配をさせたのなら謝ります」
自分はトトナに頭を下げる。
「レイジ?大丈夫なの」
イシュティアもこちらに来る。
「ああ大丈夫だ。少し休めば回復する」
レイジが強がりを言う。
おそらく回復は簡単にいかない。
体の傷は癒せても、中の魔力は簡単には元に戻らないはずである。
もう少し早く正体を見せるべきだったかもしれない。
そうすれば、きっと……。いや、それは思い上がりだ。
世の中は思い通りにはならない。
それは何よりもわかっているはずだ。
ただ、その時々で全力を出せるように頑張るしかない。
うまく行くかどうかわからない。だけど出来る事をしよう。
「そう、でも今は少しでも休みなさい。出来るだけ万全な体勢で戦えるようにするべきだわ。その方が良いはずよ。その間は彼が頑張ってくれるでしょうから……」
イシュティアもわかっているのかレイジに休むように言うとこちらを見る。
その顔には意味ありげな笑みを浮かべている。
「それにしてもズルいわトトナちゃん。紹介してよ」
「駄目です」
トトナは即答する。
「ぶー。いいもん。彼に直接聞くから」
イシュティアがふくれる。
「もうしわけありませんが、今はそれどころではありません。蛇の女王が睨んでいます」
自分はこちらに来ようとしているイシュティアを見ないようにして拒絶する。
まだ戦いが終わっていない時にあのおっぱいに近づかれるのは危険だ。
前屈みになったら戦い難い。
イシュティアから残念そうな気配を感じるが、蛇の女王達の様子が気になる。
自分は蛇の女王を見る。
「どうやらギルタルに用があったようだが?!!気が済んだか?!!暗黒騎士よ!!では答えてもらうか!!何故貴様がここにいる?!!何故エリオスの女神共と一緒にいる?!!魔王とは敵対するつもりはないぞ!!!」
ディアドナが叫ぶ。
これまで動かなかった理由がわかる。
おかげで少し助かった。
「蛇の女王よ!!こちらも敵対するつもりはない!!このまま引かせてくれ!!」
自分は蛇の女王に答える。
奪われたピラミッドはもう無く、蠍の毒も手に入れた。
これ以上は戦う理由はこちらには無い。
「ふん!!このまま引かせる事は出来ぬぞ!!暗黒騎士!!引くならエリオスの女神共を置いてもらおう!!」
蛇の女王の言葉に首を振る。
それは出来ない。
「それは出来ない!!蛇の女王よ!!トトナを渡す事は出来ない!!」
自分がそう言うと蛇の女王の顔が怒りですごい形相になる。
「やはりお前もそうなのか?!!モデスと同じなのか?!!惜しい!!口惜しいぞ!!暗黒騎士よ!!!」
蛇の女王の瞳に映る感情。
それはきっと彼女の過去に起因しているものだろう。
過去にきっと何かあったのだろう。
「ふん!!だから言ったのだ!!ディアドナ!!あの腑抜けのモデスの配下に期待すべきではない!!今ここで殺しておくべきなのだ!!」
ザルキシスが巨大な蝙蝠の翼を広げると瘴気を含んだ風が発生する。
生命力の弱い生き物はこの風を受けただけで死ぬかもしれない。
ベンヌの力を抑えていたエクリプスの闇が濃くなる。
自分はエクリプスと同じく闇の力を持つ、だからレイジ程には影響を受けない。
しかし、それでもエクリプスに力を吸われる感触がある。
レイジの回復には時間がかかる。ただし、それは向こうも一緒だ。
時間をかければダハークやラヴュリュスが復活するかもしれない。
ザルキシスや蛇の女王は強そうであり、邪神の数も多い。
こちらはトトナやチユキにイシュティア、そしてネルにハルセスやイスデスがいるが戦力的にはこちらが劣るようだ。
しかし、邪神達からこちらを攻めようとして来ない。
「さて?どうするの?向こうの殿方のほとんどは貴方の戦いを見たから積極的に戦うつもりはないようよ。でも上空の闇の精霊にディアドナとザルキシスだけでも厳しいわよ」
イシュティアが邪神達が積極的に攻めてこない理由を教えてくれる。
どうやら邪神達の戦意は高くないようだ。
だとすれば勝機はある。
「自分が闇の精霊を抑えます。その間、蛇の女王達を抑える事はできませんか?」
「それは、ちょっと厳しいわね。ザルキシスとディアドナのどちらかなら多分大丈夫だけど両方は無理だわ。それぐらい彼らは強いわよ」
イシュティアの言葉にトトナも頷く。
「確かに厳しい。私達が劣勢だと知れたら邪神達も動く。そうなると王子達だけでは支えきれない」
トトナはハルセスを見る。
少しは強いかもしれないが、あの数の邪神は抑える事はできないみたいだ。
「わかりました……。ですが、まだ終わったわけではありません。レーナが近くに来ているみたいです。彼女が来てくれたなら勝機はあります」
実はレーナが近くまで来ているみたいなのだ。
その香りを感じる。
自分にならそれがわかる。
盾の女神と呼ばれるレーナの防御能力は神族随一だ。
時間を稼ぐとしたら最適な能力である。
「レーナが近くに来ているだって?なぜお前にそれがわかる!!」
レイジが激昂する。
トトナも不思議そうな顔をしている。
トトナはともかく、何でレイジにわからないのだろう?
むしろ何故わからないのだろう。すごく良い匂いなのに。
「もしかして?敵感知?ナオさんと同じような」
チユキが首を傾げる。
違うけど否定するのは面倒そうだ。
「はい。ですがまだ少し遠いです。もっと早く来てくれれば……」
自分はザルキシス達を見る。
すぐにもこちらに来そうだ。
大急ぎで来てくれたのならともかく、このままでは間に合わないかもしれない。
だから祈る。
レーナ!!来てくれ!!
しかし、祈ったからと言ってすぐに来てくれるわけがない。
何とか時間を稼ぐ必要があるだろう。
「助けに来たわよ!!!」
突然空から何かが飛んでくると自分達の所へと着地する。
振り向くとレーナがそこにいた。
槍を持ち、盾を持った完全武装の姿だ。
髪が少し乱れている。
かなり急いで来てくれたみたいだ。
どういう事だ?
「レーナ……。まさか俺のために?」
「おお!!我が勝利の女神よ!!このハルセスを助けに来てくれたのだな!!」
レイジとハルセスが感動の声を上げる。
感動の声を上げているのはレイジ達だけでは無かった。
力を失い倒れかけていた犬人や鳥人の戦士達も歓声を上げている。
それに対してディアドナ達は突然のレーナの登場に戸惑っている。
特に邪神達は浮足立っているのがわかる。
「ふふ。レーナちゃんも女ね。レイジの危機を感じ取ったのね。好きな男を救いに急いで来るなんてね~」
イシュティアが楽しそうに笑う。
「そうなのレーナ?以前の貴方なら考えられない」
「良かったわね~。レイジ。綺麗な女神様に愛されて」
トトナが信じられないと首を振り。
チユキが複雑そうな顔をする。
「全く。この私を急がせるなんて……」
一瞬レーナからものすごい目で睨まれる。
何で?
まさか、自分の祈りが通じた?
いや、いや、まさかそんなはず無いよね?
一瞬だけ自惚れそうになってしまった。
「くそ!!レーナまで来るとは!!暗黒騎士もそうだが!!次から次へと!!お前たち!!浮足立つんじゃないよ!!ザルキシス!!構う事は無い!!エクリプスを奴らにぶつけろ!!」
「わかっておるディアドナ!!行けエクリプス!!」
ザルキシスの声と共にエクリプスが咆哮する。
しかし、勝利の女神は来たのだ。
ここからが反撃の時であった。
実はエクリプス戦まで書く予定でした。ですがギルタル戦に文字を割いたので次回に持ち越しです。
ちなみに一日で書ける文字は最大でも約3000字ぐらいです。
5000~6000字を目安に更新しているので連投は難しいかも……。
実はギルタルの姿は文字だとわかり難いので、挿絵で表現したいのですが、やり方が良くわからない。絵心もないですし……。
ケンタウロスっぽい、キン肉マンのサタンクロスにサムソンではなく寄生の方のお尻の所から蠍の尻尾が生えて、翼のように蠍の鋏が生えている姿を思い浮かべて下さい。
そして、身を伏せると巨大な蠍の姿になるのです。わかり難いですね(´;ω;`)